では。
予想通り、衛宮くんはサーヴァントを連れてきていなかった。
霊体化できないからそうなるだろうとは思っていたが、今頃衛宮邸ではキャスターはやきもきしているだろう。
当然の如くその主は、凄まじき笑顔の遠坂凛に詰め寄られていた。
「へぇぇぇぇ?衛宮くん、ずっとこの土地に住んでいた魔術師だったんだ。知らなかったわ。てっきり、魔術師はお父様だけかと」
「りーん、彼は魔術使いだよー。衛宮家の魔術は知らないからね」
「フォローになってないのよ!白矢!アンタ知ってたわね!一家ぐるみで!」
「……いやまぁそれは、ね?ほら、私は眼がいいから」
ほれそれほらそんな場合じゃないよと凛を宥め、目を白黒させる衛宮士郎と三人揃って放課後の屋上に着席する。
アーチャーとランサーは霊体化するかと思いきや、実体化していた。
というより、ランサーが無言で姿を現したのでアーチャーも引きずられ現れた形だ。
霊体化したサーヴァントは、実体化したサーヴァントに対して一手攻撃が遅れる。ランサー相手に、その隙は致命的だという判断だろう。
夕暮れの光の下で見たアーチャーは、やはり衛宮士郎と似通っていて、しかも割と消耗しているようだった。
間違いなく、ランサーとの戦闘が原因だろう。一撃は与えたと言っていたし。
褐色の肌に白い髪、高い背丈は、今の衛宮くんとは違う。何があれば、彼はこうなるのだろうと不思議になる。
まだ続く凛と衛宮くんの押し問答の横を抜けて、アーチャーの前に行く。
「こんにちは。アーチャーさん、挨拶はしておきます。ランサーのマスターの白矢曙宇です」
「……アーチャー。リンのサーヴァントだ。マハーバーラタの大英雄を呼ぶとは、随分優秀な魔術使いのようだな」
「魔術使いはそちらもなのでは?」
と、口にした途端にランサーにがしりと襟首を掴まれてぶらんとぶら下げつつ戻された。獣の子じゃないのだが。
「マスター、流石にアーチャーの間合いに踏み込んで迂闊な発言は許容しかねる。オレの間合いから出るな」
「間合いどころかぶら下げてるんですが。私は犬ですか」
「忠告を素直に呑まない点を考えれば猫ではないか?」
「……そこの漫才コンビ、ちょっとこっちに来なさい。てるてる坊主でいいから。むしろそこのお転婆にはちょうどいいくらいよ」
「ひどいぞ幼なじみ」
とはいえ一応、ランサーは衛宮士郎と凛の間に私をどすんと落とした。
「遠坂もマスターだったのか……昨日、白矢とも戦ってたのは……」
「私のアーチャーと白矢さんのランサー、そして私と白矢さんで戦っていたの。ま、聖杯戦争の前哨戦ってところよ。……そこにノコノコ現れたあなたを、白矢さんが攫うまではね」
「私たちも人の確認を怠った点はあるよ、凛。殺さなくて済んでよかったって内心安心していない?」
「……」
「……なぁ、殺すとかって本気なのか?」
凛と私のちょうど間に挟まれた衛宮士郎は、そう言い出していた。
途端にアーチャーの鋭い視線が突き刺さる。
「甘えたことだな、未熟者。その有様では、キャスターのマスターとなって長らえた生命を早晩捨てることになるだろう」
「なんだと!」
まさかのアーチャーからの皮肉に、衛宮くんはすぐ顔色を変える。こちらもぎょっとした。
凛は手で額を押さえていた。
「……そうね。アーチャーに私も賛成。目撃者は殺すのがルールだし、衛宮くんが聖杯戦争のマスターになったなら私とアーチャーの敵。戦う必要があるわ」
「……!」
「そこで惚けた顔してる白矢さんにも、そこのところは滾々と言われたんじゃないかしら?最低限の聖杯戦争のルールも、教会で教えてもらったはずでしょう?」
「……ああ。でも、俺は聖杯戦争で無関係な人たちが殺されるのを黙って見ているつもりはないぞ」
「見上げた矜持だ。だが、この場でサーヴァントも連れず、最も無防備な姿を晒しているのはおまえだぞ、衛宮士郎」
今度の指摘は、ランサーだった。
とてつもなく真っ当な刺し方である。
凛が、くわりと吠えた。
「それよ、それ!どうしてサーヴァントも連れずに学校に来てるの!」
「霊体化できなかったからでしょう?キャスターって可愛い女の子だもの。どう頑張っても言い訳も登校もできないよ」
「霊体化、できない……?」
「アーチャーのマスター、おまえも、召喚の不具合で己の弓兵が真名を忘却する事態を招いたのだろう?衛宮士郎の召喚も意図してのものではない。同じような予期せぬ不具合だろう」
「ぐっ……!」
また刺してるランサーの一言に、凛は一先ず引き下がった。
「それで白矢さん?私と衛宮くんを集めたのは一体何の目的?同盟のお誘いでもしに来たの?」
「いや、同盟は保留で。まず私たちの不可侵領域にしたい学校に、結界が張られてるでしょう?これを何とかするために一時的な共闘をしたい、かな」
「結界って、もしかして昨日からあるこのぞわっとした感じか?」
まさかの衛宮くんからの指摘に、凛は驚いたようだった。
「驚いた。衛宮くん、白矢さんの説明じゃポンコツ魔術使いなのにわかるんだ」
「白矢??」
「控えめに言って、衛宮くんは偏りが激しいんだよ。初歩的な魔術は失敗して、才能のある方しかできない気がする」
「ぐっ……!」
「だからその才能が向いた方には強いんじゃない?衛宮くん、物を直すのがとっても上手いって柳洞くんが言ってたけど、あれって魔術の才能を使ってたんでしょう?……そうだね。得意なのは、物の構造の把握。ちがう?」
「………………合ってる」
それなら話は簡単だ。
「校舎を『物』として捉えられたなら、結界の起点を見つけられるんじゃないかな。だから起点の破壊を手伝ってほしいんだけど」
「結界ってのは、悪いものなんだよな?」
「極下だよ。人が溶ける」
「……は?」
「人を溶かして、サーヴァントに食わせて養分にする。その類の下法、魂食いだよ。私は嫌い」
「私も嫌いよ。けど忌々しいコトに、サーヴァントの力でできたものだから、結界そのものの破壊は不可能。でも、邪魔はできるの」
「ランサーやアーチャーでも結界はなんとかできないのか?」
「オレでは校舎を跡形なく吹き飛ばす形で対処することになる。アーチャーも同様だろう。穏便な解除ができるとするなら、魔術を得意とするキャスターのサーヴァントだろうが……」
「白兵戦よりって自分で言ってたからね、キャスターが。彼女の得意な魔術も教えてもらったけど、確かに結界の解除は無理そうだった」
衛宮くんのサーヴァントであるキャスターは、正真正銘正体不明だ。
バーサーカーとランサーの戦いでランサーを援護できる力はあっても、こういうちまちましたのは苦手そうだった。
そしてまたしても凛が頭を抱えていた。
「何でキャスターが自分の得意な魔術をランサーのマスターに教えてるのよ……!」
「聞き出したんじゃなくてこう、自然な会話で」
「それで、その間キャスターのマスターは何をしてたのかしら?」
「あ、朝飯の後片付けを……」
「へぇぇ?」
「凛、私が言えたコトじゃないけど落ち着いて、ね?」
こほん、とわざとらしく衛宮くんが咳払いした。
「結界の対処をするのは賛成だ。俺にできるコトは何でもする。桜や藤ねえがいる学校に、そんなものあって堪るか。……って言っても、俺は探すだけしかできそうにないぞ。壊すのはその、自信がないんだ」
「正直なのは結構なコトだ。……それと、放課後ならばキャスターが紛れ込んでも支障はあるまい。呼んだらどうだ?」
「……で、電話とか?」
「…………私が矢文を飛ばすよ。すぐ来てって」
「矢文?」
説明するより見せたほうが早いと、手元に弓を顕現する。
昨晩私の負傷を移しているので戦闘には使えないが、伝文の魔術ぐらいは使える。
虚空から現れた黒い大弓にぎょっとした衛宮くんは、私が魔力の矢を番えて衛宮邸の方へ放つと目と口をぽかんと開けた。
「これでよし。多分五分もすれば来るよ。全力で走った私がそんなものだから、もっと速いかも」
「相変わらず冗談みたいな身体能力ね。……何、衛宮くん、ぽかんとして。曙宇は元々こうよ。学校じゃ猫被ってただけ」
「その弓矢は……?」
「私の魂を汲み上げて形にする魔術で造った。ぽんぽんと武器を出すんじゃなくて、あれだけだけどね」
「白矢は魂が、武器なのか?」
「その点は深く突っ込まないでほしいかな!」
黒弓を手から消して、一つ頷いた。
「キャスターが来たら、結界の邪魔をしに行こうか。その前に、この屋上の特大刻印を壊そうと思うんだけど、どう?」
「賛成。私がやるわ」
ツカツカと靴音を鳴らして近寄った凛は、魔力を纏わせて手を屋上のコンクリートに当てる。
隠されていた魔術の陣が顕になり、赤い光が走った。
バヂバヂバヂィ!と漏電の時のような音が鳴り響き、陣に罅が走る。
薄れた刻印に、衛宮士郎は目を丸くしていた。
「こんなのが隠れてたのか。確かに一カ所、特に変なのがあるとは思ってたけど」
「よく気がついたね、衛宮くん。……あと、あの投影魔術のガラクタのコト、凛には言っても大丈夫だよ」
声をひそめてほとんど囁くように耳元で言うと、衛宮士郎は勢いよくこちらを見た。
「え?」
「一般人に毛が生えたくらいの魔術使いなら、殺したくないって凛の顔に出てるもの。きみのコト瓶詰めの標本にはできないタイプだし、今は凛がそっちに思い切っても私が止めるから大丈夫だよ、今は、ね?」
「……」
「令呪一画使ったのに、きみに翌日に死なれても困るの、私が。だから、自分のサーヴァント以外は信用したらダメだよ?」
「……おまえのコトもか?」
ゆるり、と私は首を横に振った。
「私には一番護りたいものがあるし、それはきみじゃない。だから、いつかはそっちを優先するかもしれない。そうなったら、私はきみを見捨てるよ。きみを見捨てないのは、きみのサーヴァントときみ自身だけ。忘れたらダメだからね」
「裏切らないのではなく、見捨てないに留めているのはおまえの甘さだぞ、マスター」
「秒で背中から刺すのやめてくれませんか、ランサー。何度目です?」
「何度でもやるが?」
ええい、しまらないな。
「とにかく、そういうコトだから私のコトも信用はしても信頼したらダメって言ってるの!わかった?」
「それってどう違うんだよ」
「信じて利用するのはいいけど、信じて頼るなって言ってるの。似ていても違うからね、そこのところ」
「おまえのお人好しにつけ込めって言ってるのか?」
「きみにだけはお人好しと言われたくないよ、正義の味方さん」
と言ったタイミングでグラウンドの方で魔術の気配がした。
ずばばばと騒がしい気配と共にひたすら身体強化魔術で壁を上って来たキャスターが、屋上に着地する。
「と、到着っっ!シロウ、ハクヤ、状況はどう…………って、またサーヴァントがいるじゃないですか!」
杖を構え、マスターの前に出たキャスターにアーチャーが寸の間硬直し、されど皮肉げに肩をすくめた。
「君がその未熟者のサーヴァントか。主共々、成長の余地を残しているようだな」
「むっ!何ですかあなたは─────って、んんんんッ?」
アーチャーを見て、衛宮士郎を見て、今度はこっちを見て、キャスターはくるっくると表情を変えた。
明らかに困っている。
……もしかして、彼女、アーチャーが誰か
今、それを口にされたら大混乱だ。
咄嗟に凛に隠れてランサーの陰からしー、と指を口元に当てると、キャスターはコクコクと頷いてくれた。
信用したらダメだとマスターに予防線を張ってすぐ、そのサーヴァントに合図し合うのは、どうかと思うけれど、仕方ない。
ランサーは、今度は沈黙を保っていた。
物理的に駆けつけたキャスターに凛は驚きつつも、頷く。
「その子が衛宮くんのサーヴァントなのね」
「あ、はい!キャスターのサーヴァントです!アーチャーのマスターのリンさんですか?」
「そうよ。曙宇、アンタ私のコトキャスターに言ったわね?」
「成り行きだよ。ほら行こう!衛宮くんと凛で組んで校舎を探して!私たちは東回りで、そっちは西回りでどう?」
「白矢とランサーだけで大丈夫なのか?」
凛が、軽く首を横に振った。
「あのねぇ、衛宮くん。あなたは知らないだろうけど、ランサーは破格の大英雄だし、マスター本人も戦闘特化のぶっ飛んだ一族の末裔で眼がいい射手なの。まともに考えれば、立派に優勝候補の一角よ」
「えっ」
「仮にこれを校内に仕掛けた陣営に襲われたとしても、問題ないの。むしろ組んで行動すべきなのは私たちよ。だから、またあとでね、曙宇」
「うん。気をつけてね、四人とも」
屋上から降りて左右に分かれる。
放課後だけあって、人の気配はなくなっていた。最近頻発する殺人事件やガス爆発のために、下校時間が早まったからだろう。
「刻印……刻印……あ、ありました」
消火栓の陰に一つ見つけたそれに手を当て、バチンと魔力を流す。
掻き消すまでは行かないまでも、薄れさせる程度の手応えはあり、手を離した。
「焼かないのか?」
「焼けませんって。これ、私より古いんですから」
「……オレたちの時代に連なる神秘を纏うなら、可能なのではと思ったのだがな」
「焼き払う力を引き出すコトはできますが、そんな力を現代の人間である私の肉体で何度もやったら、エンジンが壊れます」
先祖返りの力の強かった先々々々代なんて、気合と根性で死徒の巣窟となった街を、丸ごと焼き払って討伐したらしい。この冬木よりは小さいとはいえ、立派な一都市を、一人で、だ。
無茶な魔力を行使した代償に、自分も吹き飛んでしまったそうだけれど。
「気合と根性で無理筋を通して吹っ飛ばせるのが、私たちの家系ですので。諸共自分まで吹き飛ぶ可能性が高いですが」
「……」
「だから、私はやりませんって。したくないので」
「したくない、やらない、ではなく、
「蟹に真っ直ぐ歩けと言いますか」
自分にもできそうにないコトを、人に願うな、無茶苦茶な。
と、思うわけだ。
そんなふうに、とことこと歩いて歩いて、消して、歩いて、消して、歩いて、歩いた時だ。
差し掛かったのは職員室。
ガラリ、と扉が開く。
無機質な瞳に、無機質な気配の教師が顔を出す。
それが、余りにも、
危ないからと、呼びかけの為に片手を伸ばす。
「葛木せん、せ──────」
名を呼ぶ最後の一音を発するより前に。
刹那に、拳が空気を切り裂く音がした。
プレイヤー視点の現時点のランサー陣営は、
・常に笑顔な病弱幼なじみと、無愛想で毒舌な槍兵コンビ
・聖杯戦争開始前に「早く呼び出さないと死んじゃうよ」予告をしてくる(1人目)
・ド序盤で令呪一画使って救助してくれる
・聖杯戦争の解説をしてくれる
・バーサーカーとの戦闘を肩代わりしてくれる
・家を直してくれる
・主従揃ってやたらめったらデカい弓と槍を使う
・それでもひたすらルートが開かない
という状態です。
あと、アサシン陣営はヘラクレスとカルナ揃い踏みなんてふざけるんじゃないわよになってると思います。