では。
「オレも!オレももっと戦いたい!」
校舎での詰問から助けてくれたセイバーの言い分は、このようなものだった。
「ランサーはアサシンのマスターとやり合ったんだろ?それでマスターまでアサシンと戦ってる。オレはアサシンを追撃しただけだぞ!」
「戦いではありませんよ、あんなの。ランサーが割り込んでくれなかったら、十秒あとに挽肉になっていました」
「そうとも言えんが」
「ほらー!ランサーがこう言ってんだぜ?オレももっと戦いたいってのに!」
うーん、すごいケルト。
薄々わかるセイバーの真名的に、戦いを心底好むタイプなのは察していたが、まさかここまでとは。
白矢家居間の畳の上で猛抗議のセイバーに対して、バゼット姐さんは渋い顔になっていた。
「校内のマスターが、ショウ含めて五人とはまた多いですね。……それで、どこからトるべきと思いますか?」
「間桐です。既に、学校の生徒を対象とした魂喰いの結界を敷いていますから。……下手人は、正規のマスターの間桐桜ではなく、兄の間桐慎二ですが」
「同意する。あの男は己の手に入らないものに固執し、視野を狭めて暴走している。些細なきっかけで感情の箍を壊し、魂喰いを開始するだろう。サーヴァントを強化するためではなく、己が振るう力を誇示するためにな」
「そこまで暴走寸前なんですか」
「おまえや衛宮士郎の今日の所業を知れば、明日にでも破裂する。聖杯戦争のマスターという特権を得て保っていた間桐慎二の自尊心は、マスターの身で英霊と相対するおまえや、サーヴァントと確かな絆を育んでいる衛宮士郎の存在で粉砕されかねん。危ういぞ」
「んじゃ、手っ取り早くその間桐って家を襲うか?マスター、ルール的にありか?」
「……間桐家は零落したとは言え、魔術師の名門。その屋敷を襲撃するのは、魔術協会としては避けたい事態です」
それはそうだろう、と思う。
蛇蝎のように間桐臓硯を嫌っている母も、討伐しようとしたコトはない。
明確な敵対行動をとったならその限りではなかったろうが、それもないのに間桐家を駆逐したら、追われるのは私たちだ。
だからこそ、間桐臓硯は姉さんや私を害するような真似は一切しなかった。
血筋の絶えそうな名門という、雌の良質な胎を狙う理由はあるにも関わらず、である。
つまり、間桐の御老公はリスク管理が上手い御仁なのだ。
しかし、今は聖杯戦争という敵対状態。
加えて、学校を結界で覆うという神秘の秘匿のルールに抵触する行為を間桐家は既に行った。
たとえ間桐慎二の独断であろうと、当主に咎がまるでないとは見做されまい。
予想通り、バゼットはきっと顔を上げた。
「
「疑惑ってなんですか?」
「当主臓硯が行っている、魂喰いです。……ちなみにこれはさる筋からの情報ですが、間桐臓硯の真の名は、マキリ・ゾォルケン。聖杯戦争を開闢した者であり、数百年を生きた魔術師の成れの果てです。彼は己を維持するために、一般人を喰い殺し続けている疑惑がある」
「成れの果てとはどういう意味だ?」
「魂が腐り落ちて、既に別人に近いってコトでしょう。かつての人格等は時の流れで腐敗し、肉体だけが残っていると言えます。人の寿命を超えた魔術師にある現象です」
「……肉体を完全に失っても、魂を在りし日のまま遺す者とは真逆だな」
「確かにサーヴァントとは逆かもしれませんね」
「……」
少し変な顔で黙ったランサーを他所に、思考する。
ヒトの肉体は、百年程度で活動限界となるよう
踏み倒して生きようとすれば、どこかに歪みが生まれる。
歪みを超えられる魔術師もいるらしいが大方は脱落し、同じ肉体に違う魂が宿ったが如き朽ち果てた有様になるのだ。
「間桐家の当主もそうだった、と。……あと、その情報筋って姉さんだったりしますか?」
「情報筋に関してはノーコメントで!ええ、私でも情報屋ぐらいは押さえているのですよ。私でも!」
「ア、ハイ」
脳筋突撃人間大砲と散々言われるらしいバゼット姐さんである。これ私の姉さんからタレコミされただろうな、と思う。
敵には直接対決してチャクラムをぶん投げがちな母と違って、うふふと笑いながら策謀を巡らすのが姉だ。
十分強いのに、策を弄するコトで自分で矢面に赴かなくていいように立ち回りもする。
今回は、バゼットにマキリ・ゾォルケンの情報を流したのだろう。
流して、バゼット姐さんが
うーん、さすが我が姉。外見木蓮の中身夾竹桃。
多分ご先祖様の黒いご友人にちょっと似てるぞ。
「となると総出で間桐家を襲撃しますか?あそこは蟲を使います。いっそ、自分たちのサーヴァントの近くにいたほうが安全でしょう」
「賛成。マスターもかなりやる方だからな。アンタもそうだろ、ランサーのマスター?」
「私、接近はできませんよ。距離を詰められたら無理です。ランサーの邪魔にならない程度に逃げ回ります」
「いやアンタ、弓でアサシンぶん殴ったんだろうが!」
「それはそれでこう、気配探知が綺麗に決まっただけなラッキーパンチです」
ラッキーで英霊に当てるな等のボッソボソした抗議がランサーから来たが、しれっと流した。
バゼット姐さんも同じくだった。
「では、話は決まりですね。間桐家を襲撃し、臓硯、慎二の身柄を抑え、ライダーを排除する。……そして間桐桜について、ですが」
「……」
「当主が斃れたあとの遺産相続人として立ってもらいましょう。冬木の御三家のバランスを崩してもよくありません。……と、夏夜も言っていました」
「母さん……」
間桐家の老公を排除する気満々じゃないか、母姉よ。
まぁ、蟲嫌いだったからなぁと納得ではある。しかし本来なら、自分たちとバゼットで組んでやりたかったのだろう。
が、こうなったら私でも構わないだろうとは思う。
ふと脳裏に蘇るのは、おとなしやかな後輩が、私にだけ向ける激情の眼差しだ。
そのほうがいいな、と薄く目を閉じて、開く。
一方、戦闘があると知ってセイバーは途端に笑顔になっていた。
「了解だ!が、神秘は隠すモンなんだろ?人払いと隠蔽の結界はオレのルーンで何とかできるが」
「いえ、セイバーとランサーには十全に戦ってもらいたいので、隠蔽工作は私とショウで担います」
「そうですね。!魔術礼装はまだありますから。……武器庫も開けましょう。バゼットさん、使えそうな武器があったら貸しますよ」
「い、いいのですか⁉」
「いいですよ。母さんには許可が取れていますから。……フラガラックには劣る装備しかないと思いますけど」
「いえ十分です。是非!」
是非是非見たいと目が輝いているバゼットと逆に、サーヴァント二人は不思議そうだった。
武器庫と言っても、普通の武器庫ではないのだ。説明の必要はあった。
「私たち一族が代々収まる蔵なんですよ。私たちは、死んだ後一人ひとつの武器を遺します。それを集めた場所ですね。だから、数千年前の武器もあります」
ランサーは、鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった。
何故驚くのだろう。
死んだ後カタチに成るモノがなければ、
と思ったけど、あまり詳しくは説明していなかったなとも思い出す。
「霊廟ではないのか?」
「永遠の安らぎの眠りについてはないので、武器庫が適切です。今回のように子孫が持ち出して使う場合もあります」
「……」
「見ますか?サーヴァントでも入って問題ないはずです」
「オレは行くぜ。マスターを一人にしたくないしな」
と言いつつ、武器が見たいと顔に出ているセイバーだった。ランサーもゆるりと頷く。
「オレも立ち入ろう。……ところで一つ聞きたいのだが、そこにはいつかおまえも入るのか?」
「はい。亡骸は一族の下に帰らないまま死んでも、私たちの魂は彼処へ還ります。……完全な物体とはなりますが」
「……そうか」
要するに、私たちは死んだら一つの武器になるのだ。
死んだら、
アインツベルンの姫君が、畑違いの私たちを認知していたのもそれが理由だろう。
一生かかって、やっと『一つ』を世界に刻む私たちの対極が、あの衛宮くんの投影だ。
もし彼に、見たものを投影できるなんていう無差別な才能があるのなら、絶っっっっ対に私たちの武器庫には入れたくない。入る前から出禁だ出禁。
遺体を、そっくりそのままコピーされた気になるので。
第三者には武器でしかないから、仕方ないと言えばないのだが、いい気分にはならない。
ええい感傷は捨てろと頭を振った。
「では、早速行きましょうか」
「お?そんなすぐに行けるのか?」
「最も安全な入口はうちの蔵ですから」
「蔵とは、オレが召喚されたあの場所か?」
「はい。迅速に行きましょう」
間桐慎二の箍がランサーから見て危ういのならば、動いたほうがいいだろう。
正座から立ち上がると、他の三人も立つ。庭を回って蔵の戸をランサーに開けてもらい、四人が入ったのを確認して内側から扉を閉める。
それだけで。
周囲は、所狭しと武器を並べた空間へ変わっていた。
ランサーの頭上より遥か上まで伸びる木製の棚に、整然と収められた武具たちが並んでいる。
棚の列ごとに収まっている武器は決まっていて、槍、刀、剣、弓等々で列は統一されていた。
私にとっては親しんだ墓標の群れである此処には、何千年も前の武装もある。
金銭価格を測ったコトはない。
怖いので。
きっちりと並んで息づく武具を前に、セイバーの赤い瞳がきらめいていた。
「すげーなこれ!投石器に、棍棒に、弓に……ん?何だこの刀身が曲がってる剣は?」
「ウルミと言う撓る鋼の剣です。私の姉も同じ武器の使い手で、それは三世代前のモノですね。触って振ってもいいですよ」
「へー!……なぁマスター、あんたにこれはどうだ?」
言って、セイバーがバゼットにダガーを渡す。うん、五百年ぐらい前のやつですお目が高いな。
受け取ったバゼットも、おおぉ……と声を漏らしていた。
前々から来てみたかったらしいからなぁ、と思う。可愛い服も欲しいけれど、きらめく武具にも目が行くお年頃、だそうな。母さん曰く。
「こんな機会でもなければ使わないだろうし、持ち出して使いたいのを一人三つまで見繕ってくれて構いませんよ。それより多いと蔵が怒るからダメですけど」
「三つもいいのですか!」
「装備の貸与も同盟の条項に入ってましたから。壊れても、此処に勝手に戻りますから問題ありません」
「ありがとうございます!セイバー、向こうに槍が見えましたよ!」
「マジか!」
バゼット姐さん、セイバーと共に笑顔で蔵の奥へ突撃して行った。何だかんだ、いい空気吸ってる人たちだと思う。
母さん姉さんに物凄く気に入られてないと、ここには立ち入れない。血族か夫以外が入るのなんて、多分本家壊滅以来の出来事だろう。
ましてや英霊が入るなんて、きっとこの先二度とない。
と思って、気がついた。
「ランサー?」
どこにいても目立つランサーの姿が、消えていたのだ。
とはいえマスターとサーヴァントのラインはあるので、辿れば見つかる。
白髪の痩身の後ろ姿を、蔵の奥まった一角に見つけて、ほっとした。
「ランサー、どうしたんですか?」
「これを見ていた」
肩越しに覗き込んで、ランサーの見ているモノを確かめる。
他の武具の列とは離れたところに並べられているのは、弓だ。
すべて、弓。
けれど、弓の棚は別にある。
「この列にあるのは先祖還りたちの武器です。一番奥のが初代で、これは先代です」
「奥のものは、見られるか?」
「どうぞ」
見たいものは勝手に見ると宣っていたのに妙に殊勝にランサーは言い、奥の奥まで歩き出す。
墓標のように並んだ弓一つ一つを、ランサーは見つめながら進む。
まるで、何かを恐れているような遅々とした歩みだった。
ランサーが恐れるなんて、あり得ないはずだ。
自分の死すらも受け入れたろうこのひとが、何故物言わぬ葬列に等しい弓を恐れる道理がある。
けれど、その歩みは本当に遅かった。
それでも、歩き続けていれば終点にたどり着く。
私たちの因果の始点となった
弦は短く小振りで、まるで
今、私が振り回している大弓とは違う、華奢なものだった。
私の弓も、形態変化でこの形には変えられるけれど、真の姿と言えるのはあの大弓になる。
先祖還りの始まりの弓はこれで、後の時代に行くほどに、何故か巨大化していくのだ。
まるで、
この短弓、すごく使いやすそうなのにと見つめていると、ランサーが弓に手を伸ばしていた。
冷たいと知りつつ恐々に湖へ身を浸そうとする未熟な修行者のように、動きが遅いのだ。
何となく、それが、頭に来て。
ぐい、と弓を掴んだ。
一度たりとも、触れたコトのない『先祖還り』の武器はあっさりと私の手に収まり、何らの魔力も動かさない。
これは本当にただのモノであり、遺骸であり、魂の残響である。
「ランサー、あなたが触れても何も変わりませんよ。この弓はもう、役目を終えているのだから」
「……」
「触れたいなら、触れればいいじゃないですか。何も変化しません」
「ああ、そうだな……」
言って、ランサーは私の手から弓を受け取り、軽々と引いた。
体格に合っていない小さな弓なのに堂に入った構えなのは、ランサーにアーチャーの資格があるからだろうか。
そう思う間に、ランサーは構えを解いて弓を見つめていた。
「むかし……」
「……」
「昔、オレはこれと同じ弓を、作った」
「……はい?」
「オレが使うためではない。もっと小柄で力の弱い者が必要としていたから、作ったんだ」
「息子さんですか?」
「いや。少なくとも、オレに子はいないよ。伝承にはいるが、そういうオレもいたというコトなのだろう」
「はぁ」
妻も子もあるのが生前のランサーの物語のはずだが、違ったらしい。
では、誰に弓を作ったのか。
ランサーは、ただ淡々としていた。
「オレが弓を贈ったのは、生きるための狩りに弓が必要で、人を助ける呪術のために剣を求める人間だった。食べもしない生命を刈り取る
「クセの強そうなひとですね」
「クセ……クセか。……うん、クセは強かったな。オレも大概だと言われたが」
「そのひと、マハーバーラタにいますか?」
「いないな。ああ、いない。いたらよかったんだが、気がつけば消えていた。この弓も、諸共にな」
そうか、と思う。
ランサーの終わりは、クルクシェートラの戦いで訪れた。
敵も味方も皆殺しになったと言って差し支えない大戦争ならば、親しい間柄の人間が気がつけば戦死していたのもあり得る話だ。
叙事詩に名が残るほどの呪術師或いは武芸者ではなかったけれど、武器を贈るほどの親しい関係の人間がランサーにいても、別に不思議はない。
私はその『彼』の物語を知らないけれど、かつて生きた人々の断片を知るのは、心が浮き立つのだ。
「それで、その人に贈った弓が似ていると?」
「
「……………………ん?彼女?」
「ん?…………ああ、言い忘れていたか。オレが弓を贈ったのは女性で、オレの伴侶だ」
「女性に手製の弓贈ったんですか⁉⁉⁉」
実用一辺倒な贈り物なのは何ともらしいと思う。
同時にちょっと重い気もするけど、愛用していたらいいのか。
ランサーと言えば、心無し目を見開いていた。
「確かに、当時ドゥリーヨダナにも驚かれはしたが、彼女は使ってくれていたぞ。修理もオレに頼んで来た。頼んで来たぞ」
「私に惚気をされても……。作り手に修理を頼むのは当然では?」
「そ……………………うか」
「いえすみません深く信頼してないと自分の武器は預けないしまず使わないと思います!」
「そうか。……そうか」
しかし、古代インドで弓と剣を扱うなんてキャラの濃そうな女のひとだと思う。
「周りのひとたちと違うコトをして、そのひとは平気だったんでしょうか?」
「ん?」
「他に、いなかったのではないですか?弓を引いて、剣を取る女性なんて」
「……」
「人と違う道を選ぶのは孤独です。私ですら、今教室で机を並べている皆は、死んだ後はこんなふうにならないのになって考える時、ありますから」
亡くなったあと、武器に成り果て廟に安置される人間、家族以外では周りに誰一人いない。
とっくに慣れたけど、慣れるのと何も感じないのは別だ。ふと、水底で一つ転がった小石になったような気分になる日だってある。
数千年前のその女性は、果たして何を考えて、舞いと踊りではなく弓と剣を取ったのか。
なんてそんな、軽薄な興味だったのに、ランサーは手に弓を握りしめていた。
「……オレには、わからない。彼女が何を考えていたのか、最期の時、何を思ったか、知る機会をオレの過失で失った」
「……」
「確かなのは、オレは彼女を一人で死に追いやったコトだ。……そんな最期を、迎えるべき人間ではなかったのにな」
その呟きを、聞いて。
その横顔を、見て。
口が、ひとりでに動いていた。
「死に方を選べるのは、強者の特権です。その人間は、ただ、弱かったのでしょう」
─────ん?
言い過ぎだろう、と咄嗟に口を押さえる。
しかし、言葉は引っ込まないし吐いた唾は飲めない。
自分でもよくわからずにおたおたとしていると、ランサーはいっそ穏やかなまでの凪いだ瞳でこちらを見ていた。
「あの、ランサー、今のは……」
「ああ。
「……」
「彼女も、おまえによく似ていた。……人の悪辣さを、無情さを、無力を、悔恨を、恨みを、よく知っていた」
「何故そんな嫌な部分ばかりを……」
「彼女は弱き者だった。強者は弱者に残酷だ。あの時代は、特にな。自然、彼女はそう言ったものに晒される機会が多かった」
「……」
「オレと同じく父からの贈り物を持っていたが、それは彼女を護らなかった。むしろ人々の営みから遠ざけ、孤独にした。けれど立ち上がり、前を向いて、強くなり、そして、己が弱かった頃を忘れなかった。だから、彼女はいつまでも弱く……オレは、その弱い部分を、心の底から愛していたよ」
けれどそれだけでは、どうにもならなかったと、ランサーは続けた。
「気がつけば、彼女は姿を消していた。オレがアルジュナの矢で斃れる少し前だ。何か、あったのだろうとは思ったが、向かえなかった」
それは、そうだろう。
クルクシェートラでは日ごとに武将たちが次々斃れ、身分の低さで遠ざけられていたランサーにも、軍の指揮権が回ってくるほどに追い詰められていったのだ。
身内を探しに、離れられるわけがない。
「オレはオレの末路に後悔はない。多分、彼女も己の末路に後悔はないだろう。ゆえに、覆そうとは考えない。それをすれば、きっとオレは彼女の決意を踏み躙るからだ。けれど、何があったかは知りたい。……あの魂が、天に昇ったか地に下ったか、ただ真実を知りたいんだ」
「何も変えないまま、ただ知りたいと思うんですか?」
「一度知れば、人類史に固定され英霊となったオレは忘れないでいられる。オレは彼女に忘れ去られていい。いや、忘れられるべきだ。けれど、オレは覚えていたい。他に、望みはないんだ」
それは、真っ直ぐで、痛切で、祈りみたいな言葉だった。
祈り、即ち己だけでは果たせないと諦め、誰かに託すしかない、縋るための言葉だ。
戦いしかできなかった英雄の、行き着く先の結末が、これだったのだ。
課せられた責任から逃げず、負わされた柵を投げ出さず、避けられぬ義務を果たし、恩と義理を返し続け。
我欲で大切にしたかったモノを失った。
とてもありふれていて、どこにでもいる、凡庸な人間の末路だった。
「……そうですか」
だから、私もありふれた返事しか返せない。
彼と彼女の物語は数千年も前に終わっている。立ち入れないし、そうすべきではないのだ。
立ち入るべきは、其処ではない。
「私、今初めて、あなたとまともに言葉を交わした気がします」
「どういう意味だ?」
「あなたは、私に自分自身を語りませんでしたから。真名も、過去も、ほとんど何も。その割に、洞察力は高いからこちらに踏み込んでは来るので、表面的には理解し合う
ほぼ隠す意味を失った真の名前さえも、ランサーは自分から口にしない。教えてくれないのだ。
何をどう見て、『願いは既に叶った』なんて口にしたのか。
今の話を聞く限り、一つも願いは叶ってないではないか。
だからこちらも、『その名』では決してランサーを呼ばなかった。
「何らかの心境の変化で、こちらに願いを明かしてくれたコトには感謝しています。なので、私から感謝を返します。……ランサー、その願い、考え直しを勧めます」
「何?どこがだ?」
「自分は忘れ去られていい。でも、彼女の想いを知りたい。……確かに、自己を犠牲にした尊いモノに聞こえますが、それだけです」
だって。
「死者に何があったかを、死者が最期に何を想ったかを、死者に思い出させるコトなく、どうやって知るつもりですか?」
「……!」
「世界に残るのは、あくまで記録だけです。仮に聖杯に真実を知りたいと願いを入力しても、魔術師たちが鋳造した杯の手が届くのはそこまで。記憶や感情は、再生されません。……ランサー、あなたが真に求めるのは、彼女の記憶や感情や、彼女
寂しくはなかったか。
苦しくはなかったか。
痛くはなかったか。
……怖くは、なかったのか。
ランサーが、本当に知りたいのはきっとそれではないかと思う。
私には、そう聞こえてしまったのだ。
だって、死んでしまった人を想う気持ちは、私にもあるから。
「死者の想いは、死者の安らかな眠りを妨げなければ、手に入れられません。……人の想いを暴くなら、その人を傷つける覚悟が、必要です。自分は忘れ去られていいなんて、綺麗事では済まされない」
それにまず、前提として。
「ランサー、あなたは本当に、自分に纏わる何もかもを記憶から消してほしいと、彼女に言えますか?」
「……」
「自覚した上で忘れ去られていいと覚悟を持って言うなら兎も角、本心に気がつかず口にするのは、いけません」
当たり前の人間のように、ランサーの未練が、聞こえたのだ。
だって、自分は忘れ去られていいけれど、自分に対する本心を知りたいなんて、成立し得ない願いだと思う。
忘れた記憶の中にしかない答えをくれという願いを、一体誰に叶えてもらうつもりだったのだろう。神か?
神にでも、無理だろう。
だって、神は神だ。人ではない。
神を、他者を、経由した途端に、その人の想いは当人に属さなくなる。
誰かを慰める、物語に成り果てる。
「あなたは、己が彼女を、死なせたと、悔やんでいる。……もう一度会ったなら、また傷つけるかもしれない。でも、
「それでは……それは、彼女の墓を暴くに等しいだろう……!」
「最初からそう言ってます。……墓を暴いてでもいいから、もう一度会いたいと、私は、父さんに対して今でも思います」
日に焼かれでもしたように、ランサーが身を引いた。
私は、薄っすら微笑んだ。
楽しいコトなんて、何一つ此処にはなかったけれど。
「十年前、父は火に巻かれて死にました。最悪の夜に、愚かにも外に迷い出た娘を助けて、聖杯戦争に殺されました。言ってませんでした?私、焼け跡で見つかったんですよ。父の亡骸に、守られる形で」
何のために、どうして、自分が火災の近くにいたのかを、私は思い出せない。
わかるのは、父が私を腕で庇ったまま事切れていた事実だけ。
死者が最期に何を想ったかは、藪の中だ。
「会いたいけれど、でも、私は怖くなったから、真実を探すのは止めました。私を助けたコトを、もし父が悔やんでいたらと思うと恐ろしくて、聖杯を使おうと言えなかった。神秘の子としてじゃなく、両親の娘として生きていいという、都合のいい部分だけを信じました」
「……」
「私は諦めました。諦めて、置き去りにして進むと決めました。……ランサー、あなたは、どうするんですか?」
傷つけてでも、傷ついてでも、『彼女』の想いを知るのか。
二度と傷つけないよう、『彼女』に真実も何も求めない道……即ち、永遠の別離を選ぶのか。
すべての欺瞞と虚飾を剥ぎ取る英雄は、静まり返る死者の想いが並ぶ空間の中、成す
ApoやFGOはお互い昔そのままなのでこの点では何も拗れませんが、SNでは転生して記憶ゼロなので拗れます。
どこにいるかはわかったから、何があったかを知りたいと我欲が出ても、知っている当人が記憶を吹っ飛ばしたのでどうにもこうにもならないと言うか。
それはそれとして、記憶が仮に戻ったら主人公は即スライディング土下座です。
武器庫の話は冒頭でちょろっと言ったり言ってなかったりします。