では。
遠坂凛とアーチャーとの『校内のマスターたちを倒すまで』同盟が成立した、翌日の夜。
衛宮士郎は、キャスターと共にばたばたと自宅を整理していた。
何しろ、家のあちこちに大穴が空いてそれを直してもらったばかりだったのだ。避難させていた荷物やら何やらがあった。
「同盟したからって何で、遠坂がうちに泊まるコトになるんだ……!」
「ハクヤとランサーもセイバーたちに家を提供してるみたいだし、便利って考えたんじゃないかな。実際、リンとアーチャーがいたらすぐに動けると思います!」
「む。……それは、そうか」
マハーバーラタの大英雄と、真名不明でルーンを扱うセイバーという難敵の同盟に対抗するには、連携が必要になるという凛は、何故か衛宮邸に押しかけてきたのである。
ただでさえ、桜と藤ねえがいるというのに。
ちなみにだが、校舎をぶっ壊しアサシンを見逃して消えたランサー主従をとっちめると息巻いていた遠坂凛だが、本日なんと白矢曙宇が学校を欠席したため、空振っていた。
だがそれよりも、衛宮士郎には目下の悩みがある。
「桜……桜のコト、遠坂にどう言ったらいいんだ……」
「ハクヤがバラしちゃいましたからね。彼女が聖杯戦争のマスターで、魔術師だって」
「ああ。……でもあいつ、自分がライダーに殺されかけたコトには軽口叩いてたよな?」
「そんなコトまで負わせられなかったんじゃないでしょうか。ハクヤ、やり方かなり不器用ですし。ランサーも同じく」
「アイツらなぁ……」
悪気はない。
悪気はないのはわかる。
わかるがもう少しこう手加減と言うか、物言いはどうにかならないのだろうか。
特にランサー。アイツほんと何なんだ。
「弱者に肩入れするなら、正義の味方だけはやめておけって何なんだよ!」
「あー……うーん……」
キャスターである自称妖精の少女は、困ったように頬をかいた。
彼女には、嘘を見抜く眼があるそうだ。その瞳で見ても、ランサー陣営には裏も表もないという。
「多分、それはランサーの……カルナの、経験からも来てるんじゃないでしょうか?」
「ん?」
「カルナは、神話の中では敵側の英雄です。けど困っている人に、自分の家の柱を薪として上げてしまうぐらいには、弱い人の味方をしていました」
「家の柱を、上げる……?」
「って、言ってた人がいたんです!見ず知らずの人に柱を分けていいかってカルナに聞かれて、その人は二度聞きしたそうです!」
「それはそうだろ!柱をくれってのは、家を解体してくれって意味だ!」
カルナが柱を解体して人に渡して良いか尋ねたと言うなら、同居人がいたのだ。
自分一人しかいないならともかく、別の誰かも住んでいる家を、他人の為に壊していいか、尋ねる。
やり方ってものはなかったのか。大方、あの突き刺さるような物言いで頼んだんだろう。
キャスターは、困ったような下がり眉で続けた。
「結局その相談された人も、困ってるならいいって頷いたそうですけど」
「頷いたのかよ」
「家をばらばらにしてしまったから、しばらく野宿してたそうです。気楽だったとか」
「そいつも逞しすぎだろ……。って、何でキャスターはそこまで知ってるんだ?インドの妖精だったのか?」
「そんなわけないですー!あんな人外魔境、生まれた時から住んでないとムリ!第一、わたしはブリテンって言ったじゃないですか!」
「わ、悪い……」
なるほど、インドに住んではなかったけど、そこに住んでいた誰かとは知り合いなのか、と心のメモに記す。
キャスターは、手に持っていたダンボール箱を置いて腰に両手を当てていた。
「ツッコミしてたら話がズレました!えーと、とにかくカルナは物語の中では敵の英雄なんです。正義の敵なんですから、彼は『正義の味方』とは呼ばれません」
「そっ、か……」
「人に求められたら与えて、自分の宝物まで神に渡して、自分の薪のために家をくれと願うような弱い人の味方をして、それでも正義の味方じゃないんです。……倒すべき悪に恩義で縛られた、悲運の英雄。それが、あのカルナだと思います」
「……」
「本人はほとんど何にも気にしてなさそうなんですけどね」
「……それでも、苦しんでる人を助けたいって言うのは、間違いじゃないはずだろ」
「間違ってはいません、絶対に。……けれど、人を殺すのも正義です。かつてカルナや、カルナの味方の人たちを殺したのは、みんな、『正義』の人々でした」
昔に聞いた物語を思い出すように、キャスターは天井を見上げる。
彼女にその物語を語り聞かせたのは、その『カルナの味方』だったのではないか。
ふと、そう思った。
時空を超えて召喚されるサーヴァント同士でなら、ブリテンとインドという場所も時代も隔たった者同士が言葉を交わす機会が、あったのかもしれない。
遠い昔の誰かから、物語の断片を受け取った少女は、衛宮士郎の瞳を覗き込んで続けた。
「それで以て、ハクヤの家はアレじゃないですか。シロウ、リンから話を聞いてどう思いました?」
「……間違ってるって思った。だって、人を助けるために頑張ってるのに報われないなんておかしいだろ」
「報いなんて彼らが求めてなくても?」
「
言いかけて、気がついた。
見返りなく誰かを助けて、助けたその人たちに裏切られても。
他人の幸福のために、自分自身が不幸になっても。
救われる誰かがいるのならいいと言い切る姿は、どうしようもなく、『正義の味方』だ。
けれど、それに対して、今、衛宮士郎は腹立たしく思った。
頑張ってるのに報われないまま、皆殺しにされかけるまで理解されなくて、それでも何故繰り返すんだと、腹が立った。
彼女たちを救わない世界にも、自分自身を救わない彼女たちに対しても。
「だからランサーは、正義の味方はやめておけって言ったのか?アイツ、それを白矢に言ったのか?」
「ハクヤは言われても聞かないんじゃないかと……。でもきっと、ランサーの言う正義の味方に関してはそうだと思います。シロウを心配してるはずです。くわしーく言わないのは、ランサーの問題だと思いますけど!自分が長々喋ったら怒らせるから、手短に要点だけ話さないといけないって思ってるんじゃないかな!」
「短くしすぎて相手に伝わってないなら意味ないし、伝わらずにムカつかせてたら本末転倒じゃないか。俺は、キャスターにこうやって話してもらうまで全然わからなかった。……一言足りないどころの話じゃないだろ、あいつら」
「それそれそれです!それを二人にも言ってやれー!ハクヤはまだマシなので主にランサーに!」
けしかけるようにぶんぶん両腕を振って、キャスターは息を吐いた。
「問題は、そんな二人がめちゃくちゃ強いコトなんですけどね。カルナはカルナですし、ハクヤの弓も頭おかしいってリンが言ってたし」
「あれって弓でいいのか?ホントにあいつは弓使いか?廊下はボコボコだったし、矢が残ってなかったよな?」
「ま、魔力の矢だからじゃないかなぁ?ハクヤはインド
「何でもありかインド……」
「そのうちビームとか撃つかもです!」
「やめてくれやりそうだからやめてくれ」
元弓道部員としては、どこが弓だと言いたくなる連射と速射をしているようだが、よく考えたらアーチャーも双剣使いなのに
聖杯戦争に絡む弓使いたちはなんなんだ。
と思うが、何にせよランサーとセイバーは強敵なのに変わりはない。
アーチャーは、彼らとバーサーカー、八騎目が潰し合うのを待つべきとは言っていたが、学校の結界は悠長に構えていていいとも思えなかった。
「ランサーに一言文句を言うにしても、まずは遠坂たちと作戦会議だな。……桜とライダーのコトも何とかしなくちゃな」
「サクラも今日は泊まるんですよね。ハクヤに正体が知られたとお爺さまに知られたから、帰りたくないって言ってましたし」
「その『お爺さま』ってのも魔術師なんだよな」
「はい。……この世界の魔術師ってのが何なのか、わたしにはよくわかりませんけど」
「大丈夫だ。俺も、白矢曰く魔術師じゃなくて魔術使いだから。まぁ、遠坂に聞かれたらまずそうだけど」
「へぇ?何がマズイのかしら?」
「うぉっ!」
気がつけば、もう到着していたらしい。
ボストンバッグ片手に、土蔵の入り口に仁王立ちの遠坂凛が現れていた。
「こんばんは、衛宮くん、キャスター。悪いけど、呼んでも返事がないから上がらせてもらったわ。けど、あの庭の大穴はどうしたの?ピンポイントで隕石でも降った?」
「あははは……」
庭に落ちたのは隕石ではなく、マスターの危機に現れた怒れるランサーの突撃である。
朝に来た槍主従は家に開いた穴は直してくれたが、庭は時間切れだったのだ。
「穴は後で塞ぐから大丈夫だ。それより遠坂、ライダーのマスターについて言っておかなくちゃならないコトがある。……ライダーの本来のマスターは、桜なんだ。一年の、間桐桜」
「は?」
「待て!……あのさ、昨日の朝なんだけど、俺、桜が魔術師で聖杯戦争のマスターだって知ったんだ。……サーヴァントは、ライダーだ」
「何ですって!」
「けどホントに待ってくれ!……桜は、マスターとして戦えなくて、マスター権を慎二に渡してた。ライダーのマスターは、今は慎二なんだ」
あれこれと、打ち明け方は考えていた。
けれどいざ遠坂凛を見たら、出たとこ勝負ですべてぶち撒けるのがいい気がしてしまったのだ。
果たして、遠坂凛は怒るのではなく事実を冷静に受け止めた。
「……そう。それなら色々と納得できるところがあるわ。……待って。昨日の朝?昨日って、まさかランサーたちは知ってるの?」
「知ってるどころか、あいつらがバラしたというか、何と言うか……」
「馬鹿!」
ボストンバッグを地面に落とすや、遠坂凛は庭の真ん中に飛び出た。
「アーチャー!間桐の家を見て!今すぐよ!」
「……凛、残念ながら遅かったようだ」
家の屋根の上に姿を現したアーチャーが、目を細めて言う。
「既に間桐の屋敷からは火の手が上がっている。屋敷だけを包む炎だ。……恐らく、ルーンの結界を用いているな」
「何だって!」
間桐家の方角からは、微かに明かりが見えた。
火だ。燃えているのだ。
間桐桜の、間桐慎二の家が、この瞬間に破壊されている。
「こうも堂々と襲うなんて、あいつら聖杯戦争のルールを知らないの⁉」
遠坂凛が、奮然と吠えた時だ。
「いーや、よく知ってるぜ?」
青い髪の少年が、不意に庭の中央に姿を現した。
「凛!」
「シロウ!」
即応したのは、サーヴァント二騎。
キャスターは衛宮士郎と遠坂凛を掴み庇いつつ飛び退り、アーチャーは双剣を握り少年に打ち掛かる。
屋根の上からの一撃を少年は軽々と受け止めた。棍棒と剣を手にする、変則的な二刀流である。
「貴様、セイバーか!」
「応さ!ま、オレたちの狙いはおまえらじゃない。退いても構わないんだぜ?」
「抜かせ!」
「ハハッ!そう来なくっちゃな!」
獰猛に笑ったセイバーは短い直剣を一閃させ、アーチャーの手元から双剣を弾き飛ばす。
が、直後にアーチャーの手は虚空から現れた双剣を掴み、交差させて振り下ろされた棍棒を受け止める。
受け止められたセイバーは驚きもせず、口元を吊り上げた。
「ランサーの言ってた通りだなァ!その才能、この世に二つとない類稀なものだろう!」
「抜かせ!同盟相手のマスターを顧みたらどうだ─────ッ!」
「それもそうだ!」
アーチャーと比べれば矮躯のセイバーは、しかし軽々と棍棒を振るい、弓兵を力任せに弾き飛ばす。
中空に跳ね上げられたアーチャーの背後に一足で回り込み、再度地面へ向けて蹴りで叩き落とした。
「アーチャー!」
土煙が猛々と上がる中、遠坂凛の声が響く。
「アーチャー!絶対に当てませんから行きますよ!」
叫ぶと同時にキャスターの杖から光弾が飛ぶが、セイバーはそれを俊敏に避けた。
若い────どころかまだ少年のセイバーは俊敏に搔き回し、棍棒と剣を扱っていた。その動きは獣じみていて、キャスターの魔術で捕捉しきれない。
双剣を構えたアーチャーの懐に飛び込み蹴りも織り交ぜた動きで黒白の剣を弾き、自らの剣を振り上げる。
が、その一撃はアーチャーが三度呼び出した剣に弾かれる。
火花を散らして鍔迫り合う剣越しに、セイバーは赤い瞳を光らせていた。
「動きが悪ィぞアーチャー!ランサーのヤツにやられた傷、治りきってねぇな?」
「ッ!」
「ま、それでも構いやしねぇよ!」
セイバーの瞳が、すいと水辺を滑る鳥のように動き、衛宮家の扉を見据える。
家の灯りを背負う、ぼんやりとした人影がそこに現れていた。
「桜!駄目だ来るな!」
忠告は僅かに遅い。
ガラスのはめ込まれた引き戸を軽やかな音と共に開けたのは、間桐桜。
菫色を帯びた少女の髪にあたたかな電灯の光が降り注ぎ、きらきらと光る。
「え……?」
目の前で英霊二騎が斬り結ぶ光景に、少女の瞳が丸く見開かれた。
アーチャーが息を呑む音、セイバーがひらりと跳んで道を開く音─────そして、大気を切って飛来する、
とす、と浅い、音がした。
「あ─────」
少女の、桜色のカーディガンの左胸で。
黒い矢羽が、細かく震えていた。
その鏃は、深々と肉に埋まっている。
「桜ァ!」
咄嗟に、衛宮士郎は駆け出していた。
キャスターの手も払い除け、一直線に駆け寄って、糸の切れた人形のようにくらりと足を蹌踉めかせた少女を抱き止める。
その左胸には未だ、矢が突き立っていた。
少女の目は、見開いたまま凍りついている。血の一滴も流れず、呼吸の一つも起きはしない。
誰も彼もが、停止した中。
さくり、さくり、と足が土を踏みしめる音がした。
衛宮の家の門を、黒い人影がくぐる。
「セイバー、撤収です」
穂群原学園の制服の上から羽織られた黒い布が、風に吹かれて翻っていた。
布の下から、細面の少女の姿が露わになる。
その手には、闇夜に溶け込む黒い弓があった。身の丈ほどの大弓ではない、短弓である。
青い瞳は、仄かな光を放ちつつ冴え冴えと澄み渡り、肩にかかる黒い髪が冬の夜風に揺れている。手袋をはめた指の間には、矢羽まで黒く塗られた二の矢があった。
弓を手にした射手は、自らが撃ち抜いた少女と、彼女を支える少年を見下ろしていた。
凪いだ瞳と、能面のような無表情で。
現在進行系で主人公は割と尊厳破壊され続けてます。
気がついてるのは極少数です。
お盆終わりましたので、次回より更新速度落ちます。