では。
ざわざわと、風が吹いていた。
冷たく肌を切る、冬の風だ。
風が、髪を揺らす。
衛宮士郎の、そして、左胸に矢を突き立てられた、間桐桜の。
「お、まえ──────」
目の前が弾ける。
どくりと、心臓が鳴る。
けれど、衛宮士郎が立ち上がるより先に。
「白矢ァ!」
宝石の弾丸が放たれていた。
ルビー、サファイヤ、エメラルド、トパーズが乱舞し、飛ぶ。
猛り狂う魔力の主は、遠坂凛。
狙いは当然、弓を手にした少女。
迫る魔弾に対し、少女は手を翳す。弓はかき消え、円形の盾が腕に装着される。
宝石の魔弾は盾に衝突し弾け飛び、花火のような色鮮やかな光が舞い散る。
数歩たたらを踏んだそれだけで、白矢曙宇は遠坂凛の魔術を防ぎ切っていた。
ひゅう、と軽快な口笛が響く。
セイバーだった。
「へぇ!盾なんてあそこにあったのかよ!おいハクヤ、助けは必要か?」
「不要です。セイバー、撤退します」
剣の英霊は、少女の一言に口を尖らせた。
「ンだよ、もう終わりか?オレはまだランサーほど撃ち合ってねぇのによ」
「撃つべきモノは撃ちました。これ以上の戦闘は不用……もとい、早急に合流しろ、だそうです。そちらもでは?」
「あー……確かにな。まったく、お互い口煩い相方を引いたもんだぜ」
「部分的に同意します」
平坦に、淡々と。
地面を蹴り、白矢曙宇とセイバーは門の上に立つ。
「白矢、アンタ、一体何を────!」
「何をしてるのか、なんてわかりきったコトを口に出すのは賢明じゃないよ、凛。聖杯戦争は、殺し合い。ちがう?」
冷酷なまでに変わらない瞳で、少女は告げた。
「だから殺した、そこの
その指がひたりと指し示したのは、間桐桜。
衛宮士郎の腕の中で未だ動かない、一人の少女だった。
「おまえ、聖杯戦争の犠牲者を出さないために、戦ってるって言ったじゃないか!それなのに─────!」
「
「……!」
返答は平らかで、教科書を読むように揺らぎがなかった。
犠牲者を減らす為に。
英霊などという超越者の争いに巻き込まれる一般人を少なくするために。
─────マスターを、直接殺める。
言葉を失う少年の前で、射手の少女は首を傾けていた。
「納得も理解も、してもらおうとは思っていないよ。ただ、その矢は回収させてもらう」
手袋に覆われた指先が動き、するりと桜の胸から矢が抜け落ちる。
宙を飛び、白矢曙宇の手に収まった矢は、セイバーが指を鳴らすや即座に炎が包んで燃やし切った。
風に吹き散らされて崩れる灰の中に、ちらりと異形の影が見えた気がしたが、定かではない。
矢を抜き取った白矢曙宇は、塵でも振り落とすように手を払った。
「ありがとうございます、セイバー。それでは帰りましょう」
「ああ。その姿隠し、まだ使えるな?」
「はい」
言って、黒い布を握った白矢曙宇の姿は闇に溶けるように消え、セイバーの姿も粒子となって解ける。
遠坂凛が走り寄るが、とうに気配は消え失せていた。
「待ちなさい!……アーチャー、追って!あのバカを私の前に引き摺って来て!」
「……了解した、凛。だがその前に、彼女の様子を確かめてはどうだね?……小僧、おまえもだ。死体に慣れるより先に、生者を見極める鍛錬でも重ねたらどうだ?」
「は?」
アーチャーの視線に釣られ、下を見る。
心臓に、確かに矢を穿たれた少女は。
間桐桜は。
両目を閉じ、
「…………へっ?」
「へ、じゃありませんよシロウにリン!早く家の中にサクラを寝かせてあげなくちゃ!リン!アーチャーを派遣するんじゃなくて、屋敷を護ってもらいましょう!」
「え、ええ、わかったわよ!アーチャー、命令変更!このままこの家を警戒!頼んだわよ!」
「了解した」
キャスターはシロウの手からさっと桜を抱き上げて家の中へ突撃し、アーチャーは皮肉げに肩をすくめる。
そして衛宮士郎と遠坂凛は、家の中に駆け込んだ。
手早く居間に桜を寝かせ、脈を取り呼吸音を聞く。
一通りの確認をして、遠坂凛はへたり込んだ。
「と、遠坂?どうだったんだ?」
「……全然、問題ないわ。桜の心臓には穴もない。眠っているだけよ。三十分もしないうちに目を覚ますわ」
その、診断を下した後。
ふふふふふ、と不穏な笑いが漏れた。
遠坂凛の、赤く艶めく形の良い唇から。
「そう。そういうコト。……あのドッッッ天然記念物、自分がどう思われようが何とも思ってないわね!つまりは、わたしを敵としても見做してない!よくも宝石の無駄撃ちさせやがったわね……!」
ヤバい。
何がヤバいって、遠坂凛の激怒ぶりがヤバい。
衛宮士郎にわかることと言ったら、間桐桜の無事だけだった。
隣のキャスターをちらりと見れば、彼女も彼女で、ひぇぇぇ、なんて口に出している。サーヴァントすら慄かせる遠坂凛の怒気が凄まじいのか、キャスターが普通の女の子なのかどちらなのだろう。
きっ、と遠坂凛は眦を決していた。
「士郎、キャスター!あの馬鹿絶対とっちめるわよ!当然ランサーも!」
「施しの英雄をとっちめられたら苦労しないですよー!」
「遠坂!落ち着け桜が起きちまう!あと今名前で呼んだのか!」
「呼んだからそれがどうしたの!アンタもよ士郎!曙宇と何を話したか、キリキリ全部吐いてもらうわよ……!」
「待て待て目が怖いぞ遠坂!っていうか全部⁉なんでさ!」
「当たり前じゃない!アンタがへっぽこであいつが言葉足らずだからよ!全部発言を繋がないと引っ掛けられるわ!」
「ひ、引っ掛けてる気はないんじゃないかなぁ……」
「尚悪いのよ!」
ひたすらに続く大騒ぎは、渦中の間桐桜が目覚めるまで続いたのだった。
■
─────襲撃があった、翌日。
日曜日の、午後。
「うわっ!」
「わあ」
「む」
白昼の商店街という往来に、いたのだ。
白髪に痩躯の、半人半神の英雄が。
至って普通のシャツとズボン、コートという周囲に溶け込めそうな装いの青年は、まったく溶け込めていない鋭い目で、衛宮士郎とキャスターを見た。
「衛宮士郎にキャスターか。言うまでもないが、日中の戦闘は聖杯戦争のルールに抵触する」
「……戦うつもりはこっちもないぞ」
一晩で一つの魔術師の家を滅亡せしめた大英雄は、至って変わっていなかった。
聖杯戦争前の『ランチャー』を名乗っていた頃とも、変わりなく見える。
今更だが、真顔で大ボケかましたような偽名を名乗られて、マスターも頭を抱えたんじゃないだろうか。どうやらあの偽名、ランサーが勝手に決めて使っていたようだし。
─────では、なく。
「ランサー、ライダーと慎二はどうしたんだよ」
昨日、間桐家は壊滅した。
焼け跡から遺体は見つからず、学校の事件と合わせてガス管の事故とされたが、いずれにしても間桐の屋敷は灰燼に帰したのだ。
確実に、それを成したのはランサーだ。
バーサーカーに叩きつけたあの宝具で、間桐邸を燃やし尽くしたとしか思えなかった。地面を深く抉り取るような破壊の跡は、宝具でしかあり得ないだろう。
だが、何となく間桐慎二は死んでいないような気がしたのだ。
果たして、ランサーは淡々と応じた。
「ライダーはオレが斃し、間桐慎二は教会に預けた。敗北したマスターの受け入れ先だ」
「慎二は無事なんだな?」
「無事だ。発言が癇に障ったセイバーのマスターの拳が、顔面に突き刺さりはしたが」
「……」
「実力や覚悟を測れない軽率な発言が原因だった。衛宮士郎、今後も間桐慎二と友として付き合うなら諌めるのを勧める。オレのマスターの顔なじみだったからセイバーのマスターも加減をしたが、そうでなければ首から上が吹き飛んでいたぞ」
「わかった。……礼は、言っとくぞ」
「不要な感謝だ」
切り捨てるような無機質な返答だが、昨日のキャスターの話からすると、カルナという英雄は、万人を尊んでいるらしい。
多分間桐慎二に対しても、本心から気遣いはあるのだろう。
「で?白矢はどうしたんだ?買い物か?」
「いや。マスターは眠っている。昨日一日、弓の鍛錬で急に力を引き上げたのが原因だろう」
「弓の鍛錬……?」
それはあの、間桐桜を撃ち抜いたあの一撃か。
あの時の、冴え冴えと光る青い瞳は確かに
あの現象の一端を担っているらしい槍兵は、あくまで淡々としていた。
「僅かでも狙いが逸れれば、間桐桜の生命をも狩り取ってしまう状況だったゆえ、オレが持っていた弓術を限られた時間でマスターに授けたまでだ」
「神代の技術を直接教えたんですか」
「必要だったからな」
「……その必要なコトが、桜に弓を向けるあれだったのかよ。……なぁ、白矢は一体桜に何をしたんだ?」
昨日の夜、セイバーと共に襲撃して来た白矢曙宇は、間桐桜を矢で射抜いた─────のでは、なかったらしい。
あの矢は間桐桜の心臓ではなく、もっと別の、違うものを撃ち抜いた。
それがわかったのは、目覚めた桜が呆然と心臓に手を当て、そしてほろほろと涙を零したからだ。
衛宮士郎には理由もわからず慰めることしかできず、凛は気まずそうにぎこちなく接し、それでもとにかく桜は生きていた。
けれど、白矢曙宇は
「白矢は誰かを殺したと言った。俺は桜だと思ったけど、桜は今も元気にしてる。……じゃあ、あいつは何をしたんだ?」
「その問いに対する答えをオレは持ち合わせていない」
半ば予想していた冷徹な返事である。
だがそれで終わりかと思いきや、ランサーはやや苦心するように口を再度開いた。
「……昨晩の出来事について、おまえたちに詳細を明かすなとマスターから言われている。令呪の使用も辞さない勢いだったので、オレから言える事はない。だが、一つだけ言おう。……オレのマスターは、昨日、人を殺めた」
「……!」
「少なくとも、マスターはあの行為をも殺人と見做して矢を放った。その覚悟と決意をオレは裏切れない」
「つまりランサーはハクヤの事情をちゃんとわかってるんですね」
「……すべてではないがな。どうやらオレのマスターも、望まぬモノを背負わされていたようだ。どうすべきか思案していたのだが、辛気臭いとセイバーに蹴り出されてここに来たところだった」
施しの英雄が、拠点からまさかの締め出しを食っていたらしい。しかも理由が、辛気臭い。
それで商店街を彷徨い歩いて、ばったり遭遇とは。
キャスターが、深く息を吐いた。
「……なら、ハクヤに花でも買って帰ったらどうですか?」
「花?」
「花ですよ。お花!武器の目利きしかできないとかは言わないで下さいよ?」
キャスターが指さした先には、冬でも色鮮やかに並べられた花がある。
「花、か」
「そうです!気分が上向きますよ!大体、あなたはわたしから見ても口下手なんです。ハクヤは読めてくれてるから問題ないんでしょうけど、甘えてちゃダメだと思います!」
「慧眼だな。人あらざる異邦の魔術師よ。その眼と共に、感情を持つ生き物と向き合うのは重くはないのか?」
「わたしの心配する前に、ハクヤの心配をしろって話です!頭カチコチですか!」
「カチ、コチ……………………」
容赦なく他人の本心を口にするくせ、自分の図星を突かれるのは弱いのか、ランサーは素直にふらりと花屋の方へ向かいかけ、しかし思い出したようにその隣の洋菓子店を覗き込む。
そう言えば元々、ランサーは洋菓子店の前に佇んでいたのだ。買った素振りも見せず店に入りもせず、何をしていたのだろう。
その疑問は、すぐに解けた。
カランと涼やかにドアベルが鳴り、銀の髪の少女が現れたのだ。
「あっ!」
「ああーっ!」
「え?」
誰あろう、あの夜、巨人と共に現れた銀の少女がいたのだ。
狂戦士に躊躇いなく衛宮士郎の殺害を命じた少女は、一瞬固まるがすぐに顔を綻ばせる。
「お兄ちゃんだ!ランサー、あなたが連れてきたの?」
「否、偶然だ」
素っ気なくランサーは応じ、銀の少女はふぅんと鼻を鳴らした。
「それでもいいわ。ランサーがお兄ちゃんたちを引き留めてくれてたんでしょう?ありがとね!」
「礼は不要だ。オレより、衛宮士郎に時間を割くべきだろう」
「わかってるわよ!ほんっと、バーサーカーもランサーも大英雄なんて言われてるくせにお喋りが下手ね!ショウ、イライラしたりしないのかしら!」
「……」
あ、今ちょっと不安になったな。
鉄面皮はそのままだが、ランサーの気配がやや悩ましげになった気がする。
しかし本当にわかりにくい英雄である。
それは、さて置いて。
「……イリヤスフィール、だよな?アインツベルンから来たんだろ?」
向き合った少女は、こくりと頷いた。
「そうよ。お兄ちゃんは……」
「俺は衛宮士郎だ」
「エミヤシロ?」
「いや、衛宮、士郎だ」
「エミ、ヤシロ?」
「あー……わかりにくいなら、士郎でいいぞ」
「それじゃあシロウね!」
くるり、と回って楽しげにイリヤスフィールは微笑んだ。
……到底、あの夜殺せと命じてきた少女とは思えないほどにあどけなく、無邪気だった。
「イリヤはここで何してるんだ?」
「情報シューシューに来たの!昨日間桐のお屋敷が燃えたから、何があったか調べなくちゃ!」
にっこりと笑ったイリヤスフィールの隣で、ランサーがしらりと口を開いた。
「という理屈をつけ、侍女の目を盗んで遊びに現れたようだ。危険がないか見ていた」
「もー!ランサーうるさいなぁ!セラみたい!わたしが危なくなるわけないじゃない!」
「ちがう。おまえは聖杯戦争のマスターとしては最強と言えるだろうが、英霊には敵わない。加えて、魔術師の流儀など考慮しない戦い方をする者もいる。彼らに狙われれば、バーサーカーを伴っていないおまえでは心許ない」
「ランサー、それって白矢とあのバゼットって人のコトか?」
「肯定する。オレのマスターは性根こそ甘いが、魔術師や武士の流儀など知ったコトではない無法者でもある。魔術を使う
自分のマスターだと言うのに、凄まじく公平な一言だった。
イリヤはと言えば、ぷいと横を向いていた。
「ランサー、ホントにうるさいんだから!せっかくわたしが知ってるハクヤの家のコト教えて上げるって言ったのに!」
「確かにそれはオレの望む情報だが、おまえの浅慮は別の問題だ。自然の嬰児でありながら人の血も通わせ生まれた者よ、身内と繋がる糸を徒に切るような軽挙は慎め」
「ランサーちょっとストップです!」
「ランサー、あんたなぁ、白矢のコトもイリヤのコトも本気で心配してるから忠告してるって先に言ったほうがいいぞ。それに、少し言い方が怖い」
「!」
背後に雷でも落ちたような顔で、ランサーは黙った。
その様子を見て、ふーんとイリヤは鼻を鳴らす。
「何だ。ランサーが煩かったのって、わたしを本気で心配してたからなんだ」
「一応、俺もそう思うぞ。俺は何日かランサーを見てただけだけど、誰かを騙したり陥れたりはしない。というか、できないヤツだと思う」
「そうなの?……シロウがそう言うなら、信じてあげてもいいよ。でも変なの。バーサーカーのマスターのわたしがやられても、ランサーには関係ないじゃない。むしろ、強い敵がいなくなって嬉しいはずよ」
「……バーサーカーは確かに倒すべき敵だ。だが、おまえはオレのマスターの友の身内だろう。失えば、その哀しみがマスターにも伝染る」
「……ん?身内?誰だよ?」
ひたり、と途端にランサーは薄青い瞳を据えてくる。
「おまえだぞ、衛宮士郎」
「……………………はい?」
『あっ』とキャスターがいつぞやの白矢のように声を出すが、もう遅かったのである。
説明ブン投げムーヴには一応理由がありますので、追々。
尚エミヤがどこぞの武器庫から得た武器を投影したり、ブロークンファンズダムしたりした場合、ランサー主従は無言のうさみちゃん目でガン見します。