では。
身内絡みの積もる話ならば場所を変えようというランサーの提案により、移動した先は公園だった。
「身内ってどういうコトだよ、ランサー」
「……これも知らなかったのか。衛宮士郎」
「悪かったな」
「悪くはない」
答えはしたものの、どうしたものかあからさまに苦慮している英雄は、イリヤスフィールを見る。おいノープランだったんじゃないだろうなと言いたくなる所作だった。
だが、冬の少女はぷいと横を向いていた。
不意打ちのプレゼントのように自分で明かしたかった秘密、即ち、己が衛宮切嗣の『娘』であるという事実を事もあろうにまったく関係のないランサーが口にしたために、完全に拗ねてしまったようだった。
見ていたキャスターも、やりやがったなこの野郎とばかりの顔こそしているが、ランサーの発言に驚いた様子はない。
彼女も彼女で色々と視えているようで、そうと知りつつ黙ってくれていたのである。
それら諸々の気遣いや躊躇いを、正面から粉砕してしまったのがランサーだった。
本人的には何某かの理由や話の流れがあったのだろうが、全然わからないのである。
助けてくれ白矢、と衛宮士郎は思わず祈りたくなった。
あの少女も大概に言葉足らずではある。
聖杯戦争開始前から喚ばないと死ぬよなどと言ってくるし、いきなり家を襲撃して後輩の心臓目掛けて矢を撃つし、ろくに弁明はしないし、校舎はぼこぼこにするし、暗殺者のサーヴァントは見逃すし、割と色々はしている。
が、何度も助けてくれたのも事実だ。
何より、ランサーと周囲の軋轢を取り除く点ではきっちりしっかり役目を果たしていたと、不在の今そう思う。
マスター不在というほとんどノーブレーキ状態である英雄は、それでもと口を開いた。
「……殺し合うにしろ、手を取り合うにしろ、敵対者が身内である事実は双方知っておくべきと口にしたのだが、どうやらオレはまた間違えたようだな」
「何よそれ。ランサーこそ弟を宿敵にしてたじゃない」
「相違ない。だが、オレは生みの母が開戦間際に訪れて秘密を打ち明けるまで、『奴』を父違いの弟とは認識していなかった。……おまえは違うだろう。イリヤスフィール」
「……」
ルビーのような瞳を光らせる少女の前に躊躇いなく膝を折り、ランサーはその顔を覗き込んだ。
「父親に対する感情があるならば、同じ父を持つきょうだいに対し最低限口にはすべきだ。……オレの知る者に一人、母の死を契機に父に対し深い蟠りを抱いていた者がいる。感情が凝り、死を以てしか区切りを付けられない柵に縛られていた。ああなるコトを、おまえたちの父は望んではいまい」
「ふざけないでよ!ランサーは、キリツグのコト何も知らないくせに!」
瞬時に怒りを爆発させるイリヤスフィールにも、ランサーは顔色一つ変えなかった。
「ああ、知らん。だが、彼の娘と息子であるおまえたちをオレは多少なりとも知っている。おまえたちを気にかける父親だったのは間違いあるまい」
訥々と、文字を刃物で刻むような言葉だった。
されど肌を焼く無慈悲な太陽ではなく、木々の隙間から人々をあたためる木漏れ日のようなやわらかさがある。
俯き、コートの裾を掴むイリヤスフィールに、ランサーは言葉を投げかけていた。
「……オレのマスター曰く、衛宮切嗣なる父親は、異国に何度も足を伸ばしていたらしい。何かを探すように旅立っては、何も得られず帰る日々を繰り返していたそうだ。仕事と言っていたようだが、納得だ。娘を迎えに行くのは、これ以上ない父親としての仕事だろう」
「……」
「何なら、オレのマスターに確認するか?」
そこであっさりと巻き込むな自分の主を。
とは思うものの、白矢ならば頼まれたら現れそうでもあった。
イリヤスフィールは、首を横に振る。
「……そんなコトしなくっていいわ。ハクヤなら、わたしにウソつく理由がないもの。お兄ちゃんを守るために、バーサーカーとランサーを戦わせるようなお人好しだしね」
「っていうか、ランサーは何でイリヤスフィールと俺しか見てないのに、きょうだいってわかったんだよ。白矢は知ってるのか?」
「オレのマスターの話を聴き、おまえたちを見ていれば自然と解る。オレのマスターに関しては、気がついてはいまい」
「え、ランサー教えてないんですか?」
「言う機会がなかった」
そんなわけあるのか。
と思うが、ここまでの言葉選びややり取りを見ていれば、本当に『そう』だったのだろう。
これでマスターに対して隔意があるから隠したと言うならまだマシで、多分本気で『言いそびれた』だけであるのがランサーなのだろうと、衛宮士郎は悟りつつあった。
報!連!相!と叫ぶどこぞの弓使いの少女の姿が見えるようだった。
それでも、謀りなど微塵もない日輪によって雪と氷の棘を溶かされたように、イリヤスフィールは肩をすくめた。
「……わかったわよ、もう!いい、シロウ?わたしはイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。……前回の聖杯戦争でセイバーのマスターとして戦ったのに、アインツベルンを裏切った、衛宮切嗣の娘。だから、そのフクシュウをしに来たの」
「それで、俺を殺そうとしてたのか」
「そうよ。ランサーたちに邪魔されなかったら、お兄ちゃんとキャスターなんかあの夜に潰せてたのに」
愛らしい膨れ面のまま、混じり気ない殺意を唄うイリヤスフィールに、ランサーは肩をすくめていた。
「では止めて正解だったな。己の殺される理由もわからず衛宮士郎が斃れていれば、おまえは取り返しのつかぬ虚しさに囚われていただろう」
「理由を知ってても殺されたくはないんだけどな。っていうか、切嗣がマスターだったのも俺は今初めて知ったぞ」
「否。おまえは、必要とあらば自ら進んで己の生命を擲つだろう。大方の人間が有している他者と自己の天秤が、おまえには機能していない。英霊に至る者は多くがそうなっているが、それは身近な幸福を自ら遠ざける在り方でもある。……個人的な感傷だが、オレはおまえにもマスターにも、今の日常から遠ざかって欲しくはない」
獰猛な猫のように、イリヤスフィールは鼻を鳴らした。
「シロウはともかく、ショウはムリに決まってるじゃない。ハクヤの家は、みんな戦わないと生き残れないってお爺さまが言ってたもの。昔、聖杯戦争の触媒を手に入れるためにわたしたちアインツベルンと戦ったコトだってあるわ」
「何?」
それは完全に初耳だったのか、ランサーが目を見開く。
ようやくランサーをやり込められると思ったのか、イリヤスフィールは悪戯っぽく瞳をきらめかせた。
「ハクヤの家は、ずーっと続くバラタの王家の末裔。自分たちの魂を武器に変えて、宝物庫に収め続けているんだもの。なら、始まりの武器を使えば強い英霊が呼べるわ」
「聖杯戦争の……英霊を召喚する触媒を得るために、彼女らと事を構えたのか?」
「そうよ。宝物庫の鍵を持ってるのは、当主と先祖返りだけ。狙うなら、一人で戦う先祖返りになるじゃない。それに、先祖返りは肉体すら触媒になるわ。実際、あなたは触媒もなく召喚されたんだし。そうでしょ、英雄カルナ?」
「……」
押し黙るランサーの前で、イリヤスフィールは舞台の上にでも立ったように続けた。
「でも、捕まえられなかった。たくさんのわたしたちの仲間を巻き込んで先祖返りは弾けて消えちゃって、宝物庫の鍵も死体もなぁんにも手に入らなかったわ。百年くらい前の話だけど、多分先代の先祖返りね」
「当然だ。あの宝物庫の守りは彼女の精神。武器は魂の結晶だ。仮に遺体を得たところで、おまえたちでは無意味に解体するしかなかっただろう」
怒りも見せず、淡々とランサーは言う。
イリヤスフィールは不満げに頬を膨らませていた。
「じゃあ、ショウはランサーを宝物庫に連れて行ったんだ。どんなところだった?本当にたくさんの宝物があったの?」
「どれも美しくはあったが、すべて武器だった。あれも不老不死の一つの形だろうに、おまえたちは目指さなかったのか?オレのマスターは、アインツベルンは第三魔法という不老不死を目指す者たちだと言っていたが」
「……知らないわ。ハクヤたちは天の杯に興味ないんだって、お爺さまが言ってた。神代の頃からの魔術に沿ってるなら、きっと奇跡に一番近いはずなのに……なのに、奇跡から遠ざかろうするおかしな家よ。皆殺しにされて当然だわ」
「イリヤスフィール」
雪の少女の言葉を遮り、静かに口を開いたのは妖精の少女だった。
金沙の髪を冬の風になびかせ、澄んだ碧眼で、妖精は幼い少女を見つめる。
「彼女たちだって、ハクヤだって、望んで先祖返りになったわけでも、英雄の末裔に生まれたわけでもないと思う。逃げられないから、せめて心配をかけないように笑ってみせて戦っているだけ。心の底からやりたくないけど、自分がやめたら別の誰かがもっとひどい目に遭うのが怖いから、投げ出さないだけで。……因果の始まりになってしまった彼女だって、きっと逃げなかっただけの、普通の女の子だったはず。もちろん、あなたも」
一つ息を吸って、キャスターは続けた。
「だから、殺されて当然だなんて言わないで。……本当は、イリヤスフィールだってそう思ってないんでしょう?」
「…………ッ!」
束の間母親に叱られでもしたように狼狽え、されどイリヤスフィールは紅い瞳を激情で滾らせた。
ブーツで土を踏みにじり、幼い少女は妖精と英雄を見上げて叫ぶ。
「思ってるわ!だって、ハクヤの家がちゃんと魔術師だったなら、人間になろうとせず
「……仮に、イリヤスフィールという人間が生まれていないとすれば、おまえはバーサーカーと絆を結びもせず、この街を訪れもしないが。痛みすらない虚無か、痛みと光を伴う生か、どちらを良しとするかは、最期の瞬間を迎えるおまえにしか決められない。その選択までオレのマスターに負わせるな」
あくまで平坦に告げたランサーに、イリヤスフィールは鋭い目を向けた。
「本当に呆れたわ、ランサーもキャスターも!どっちもお節介なんかやめて、自分のマスターだけ心配していればいいのよ!どうせ、バーサーカーにはみんな敵わないんだから!」
言って、イリヤスフィールは駆け出した。
人形じみた、どことなくぎこちないその走りについ足が動く。
雪の少女を追って公園の出口へ向けて走りながら、衛宮士郎は振り返った。
「悪いランサー、俺、イリヤを追いかけないと!」
「ああ。オレはこれ以上関わるべきではないだろう。キャスター、衛宮士郎を頼むぞ」
「はい!お任せください!」
「助かる!それにありがとな、ランサー!」
幾度も目を瞬くランサーに、走りながら叫ぶ。
「イリヤと切嗣のコト言ってくれなかったら、俺は知らないままだった!だから、ありがとう!」
「……」
冬の日差しを浴びる英雄は、送り出すように手を振って感謝に応じてくれた。
白矢という名字にも意味はあります。
また先祖返りは自爆が持ちネタみたいになってます。