では。
「このような邂逅があった。すまない。オレの言葉でおまえに敵を増やしたかもしれん」
……と、朝方ふらりと屋敷を出て、夕方頃に戻ってきたランサーは報告してきた。
「衛宮くんたちと会って、イリヤスフィールと会って、イリヤスフィールがこっちに憎悪を向けて、あなたは花を買ってきた、と……」
畳の上で腹を抱えて大爆笑のセイバーは視界から丁重に外し、手の中の鉢植えを見下ろす。
何とこの英雄、鉢植えごと花を買ってきたのである。
冬の今でも、瑠璃色の小さく愛らしい花を咲かせている植物だ。
「
「気晴らしにはいい贈り物だけどよぉ、大方キャスター辺りの意見だろ?ランサーにこれは無理だぜ、無理。嫁さんに弓贈ったって聞いたぞ」
私の左右からにゅっと顔を出したバゼットとセイバーのコメントだった。セイバーからランサーへの負の信頼がすごい。
む、と若干ランサーから不服が漂う。
「花なら生前にオレも贈ったが」
「へー。で、嫁さんはなんて言ってたんだよ?」
「……普段のオレの行動と余りに懸け離れていたために、彼女はオレの贈った花を薬草と勘違いした。礼を言うなり葉をすり潰してドゥリーヨダナへの薬にしたな。後から材料ではないと知って飛び上がっていたが」
「ぶふっ」
耐えきれないと吹き出したセイバーは、再びの爆笑だった。まあ誰だって笑うだろう。
かく言う私も、ランサーが帰宅早々花の鉢を渡してきたときは、瑠璃花笠の可食部位と薬効を頭の中で更ってしまったので、恐らく奥方と同類である。笑えない。
「……ありがとう、ございます」
「ああ」
「ちなみに、瑠璃花笠は根や葉に抗菌作用があり、傷や潰瘍の治療に用いる場合もあります」
「ちがうぞ?」
「ちがうのは今わかりました。……本当に、ありがとうございます」
日当たりのいい窓辺に、鉢植えを置く。冬が開花時期である花は、可憐な瑠璃色の花弁を開いていた。
その花に背を向けて、向き合う。
「さて、それではイリヤスフィールとの一件ですが……具体的に、何をしたんですか?」
「問答を重ねた結果として、彼女の感情の箍が緩んだ。詳しく説明する前に聴きたいのだが、おまえの一族はアインツベルンと戦闘したのか?百年ほど前の先祖返りが、アインツベルンに追い詰められ自爆して果てたとイリヤスフィールは言っていた」
「百年前?……百年前というと先代ですか。……えーと」
ああ、確かに先代の墓は空のはずだ。
魂の形たる弓はあの
「そうですね。確かに彼女はいなくなっています。アインツベルンを相手取ったからとは知りませんでしたけど」
「アインツベルンとそんな因縁があったのですか⁉何故伝わっていないのですか!」
「敵対した魔術師が多すぎて抜けたかもしれません。少なくとも彼らは、私の記憶の限り今までまったく干渉して来なかったので……」
「で、そこの姫さんをランサーがつついて爆発させた、と。……身分も気位も高いキレた女ってのは怖ぇぞ?」
どこぞの
「バーサーカーとはどのみち戦うしかなさそうですから、構いませんよ」
「いいのですか?」
「イリヤスフィールがランサーや私を見て感情のコントロールを失うようであれば、むしろ僥倖では?彼女、魔術師としては私よりずっと高位ですから」
「……それは、そうですね。確かに、イリヤスフィールは聖杯戦争を始めた御三家のアインツベルン。聖杯を渡すとは到底思えませんから、撃破以外はあり得ない」
デスヨネー。
こちらはバゼット姐さんが聖杯を回収してお偉いさんに届けてくれさえすればいいのだが、そんなのアインツベルンからすれば一番認められない展開だろう。
聖杯戦争で勝ちたいだけの遠坂家と、負けたどころか当主が死んだ間桐家とは違い、アインツベルンは融通が利かないとしか言えないほどに、頑なだ。
アインツベルンは昔、人を不老不死とする第三魔法を得て、失ったと言う。
今も彼らはかつての魔法を諦めておらず、聖杯にその望みを託しているのだろう。
……不老不死になる第三魔法を得て、どうしようというのか。
彼らは皆、生き人形たるホムンクルスなのに、何故、人の不老不死という自分たちには益のない道を邁進するのか。
と麦茶を啜りながら不思議に思っていたら、ランサーが堂々と手を上げていた。
「マスター、それから一つ言いそびれていたコトがある」
「?」
「イリヤスフィールだが、彼女は衛宮切嗣の実の娘だ。衛宮士郎とは義理の姉弟になる」
「⁉⁉⁉⁉」
飲みかけの茶を、吹きかけた。
いやいや何でと思う。けれど、ランサーが嘘をつくわけない。
「か、彼女、ホムンクルスですよね……?」
「ホムンクルスと人間の間に生まれた者だろう。自然の嬰児の調和と、人の司る混沌の両方を受け継いでいる。……衛宮士郎は、衛宮切嗣の養子という話だったか。義理にはなるが姉と弟に違いはあるまい」
「しかもイリヤスフィールが姉さんなんですか!」
「オレの勘だがそう思う」
「ほぼ当たりじゃないですか!ちょっと待って下さい!紙に描いて整理します!あと、それ衛宮くんたちには言ったんですか?」
「言った」
「やっぱり!!!!」
勘弁してくれ聖杯戦争。及びランサーの報連相能力。
マスター同士に血縁ないし家族関係が多すぎる。
コピー用紙に、遠坂、間桐、衛宮、アインツベルンという枠を描いて、中に名前を書き込む。
「遠坂の凛と間桐の桜さんは実の姉妹。間桐慎二と桜さんは義理の兄妹。衛宮くんとイリヤスフィールは義理の姉弟……」
呟けば、線が乱れる図をセイバーが覗き込んできた。
「ん?間桐って、一昨日おまえが射殺した蟲爺の家だろ?爺が心臓にいたヤツが、アーチャーのマスターの妹だってのか?」
「はい。桜さんは、間桐の養子になったんです。以後は盟約に則り姉妹の交流はなかったはずです。うちも含め跡取り同士の交流は基本不可なので、姉さんも凛や桜さんと交流はほぼありません」
「跡取りではないショウは例外ですがね」
「はーい。気楽な次女でーす」
ふざけてないとやってられない家系図の混迷具合である。
露骨にセイバーが顔をしかめた。
「つーか、アーチャーはあのエミヤの坊主の未来なんだろ?同一のヤツと身内だらけとはな」
「魔術師には珍しくないとは言え、これでは完全に身内同士の殺し合いですね。混乱してくれればよいのですが」
何ともバゼットらしい発言に苦笑し、改めて見る。
各マスターの名前の横にサーヴァントを書き加えて、改めて思うことがあった。
「八騎目のサーヴァントのマスターは、不明のままですよね」
「ああ。だが、あのサーヴァントが前回の生き残りと考えれば絞れるのではないか?十年前の聖杯戦争に参加し、生き残った者がいればその者がマスターである可能性が高い。十年前に、聖杯戦争のマスターとなれた能力を備えた者は今いるか?イリヤスフィールが言っていたが、衛宮切嗣も前回のマスターだったとのコトだ」
長く喋ったランサーに言われ、考える。
衛宮切嗣さんと同じく、魔術師たり得る要素を持つ、十年前からの冬木在住者と言えば。
「…………言峰綺礼神父が、います」
「あの人が⁉」
「他に思いつかないってだけですが、可能性はあるかと。聖杯戦争の監督役なら、諸々を誤魔化して八騎目を隠蔽できると思います。……ただでさえ、聖職者なのに魔術儀式に関わってるんですから胡散臭いんです」
「正確に言えば、あの黄金の英霊は八騎目ではなく一騎目だろう。肉の体を伴っていたから、前回の折に受肉でも果たしたか」
「そういや、マスターとランサーはライダーの偽マスターを教会に預けたんだよな?神父や黄金野郎と鉢合わせしなかったのかよ」
「門前に放り出しただけなので、言峰神父とは顔を合わせていません。……間桐慎二は人畜無害ですし、私たちへの人質としても機能しません。放置でいいでしょう」
致死性の結界を学校に張るやらかしはすれども、確かに間桐慎二単体に魔術戦ができる能力はない。
放置というのは、賛成できた。
ふぅんとセイバーが鼻を鳴らし、そのまま何でもないように口にする。
「なら、マスターはもう教会に行くなよ。アンタ、男の趣味悪ィ……つーか、惚れっぽいみたいだしな。緩んでるところを不意打ちされたんじゃ目も当てられねぇぞ」
「はっ⁉⁉⁉⁉⁉」
バゼットの息継ぎの失敗みたいな声に、はて、と首を傾げてしまう。
真っ赤になっているバゼット姐さんは大変可愛らしいのだが、男の趣味とはどういう意味か。
ついランサーを見ると、無表情で答えが返ってきた。
「セイバーのマスターは、言峰綺礼を憎からず思っているという意味だろう」
「
間髪入れず思わず真顔で返してしまう。
バゼット姐さんは、あぁぁぁぁぁなどと声を上げて卓袱台に突っ伏してしまった。
「…………あのその、どなたを信頼しても自由とは思いますけど………………さすがにちょっと……どうかと……」
「半端な慰めなら口を閉じていろ、マスター。アシュヴィン双神とて恋情に効く薬は生み出せん」
「恋情ってほどのカタチにもなってなさそうなのに……」
「変わらんだろう」
その通りなんだが、奥方に弓贈って花を薬草と勘違いされた英雄に言われると、なんか頷けなかった。
「…………今度姉さんと合コン参加します?姉さん顔だけはいいので、割とちゃんとしたの開催してるみたいですよ?」
「…………………………します」
凄まじいタメの後、バゼット姐さんは呟いた。というか、これで仮に言峰神父が八騎目のマスターでなかった場合、バゼット姐さんは無駄に暴露されただけである。哀れ。
よし、一旦放置しようと、頷いた。
「けれど、あの黄金のが受肉しているなら、マスターを叩いても意味はありませんか?」
「むしろ誘い込まれる危険もある。あの黄金の英雄は戦いの格や舞台に拘るが、神父はそうではないだろう。これまで以上に警戒すべきだ」
「黄金の英雄、なぁ。オレは見てねぇんだけど、ランサーたちから見てどうだったんだよ、実際。真名の手がかりはねぇのか?」
赤面撃沈バゼット姐さんが、この辺りでようやく復活する。
「傲岸不遜な態度に、曙宇を贄に定める慧眼からして、高位の英霊であるのは間違いないでしょう。ランサーの見立てでは、王とのコトでしたが」
「ランサーは、もう真名がわかってるんじゃありませんか?確かあの夜、『未だ世界が小さく幼い時代にのみ、頂点を極めた人の王』と言ってませんでしたか?」
「言った。オレにはそう見えたが、真名に確証があるわけではない。先入観を与えるべきではないと黙っていたのだが」
「言われたところで盲信はしませんから、見立てだけでも聞かせてください。あと、衛宮くんとイリヤスフィールの姉弟関係をなんで言ってくれなかったんですか?」
「すまない。言う機会がなかった」
「……………………はい、承知です」
ランサーはスキルに『貧者の見識』即ち、『相手の本質を掴む眼力』があるのだから、見立てはほぼ正解だろう。が、本人がそれを特別と捉えていないから、どうも微妙なコミュニケーション能力になると思われる。
ともかくも、ランサーは口を開いた。
「あれは原初の王。あらゆる神話の頂点にも立ち、賢王にも暴君にもなり得る王の中の王だ」
「原初の王……?」
それこそ、マハーバーラタのユディシュティラ王とて旧い王だ。
だが、どうも神話の中の正しき王と、あの黄金は重ならない。とすると、誰なのだろう。
今度は、バゼットが口を開いた。
「ギルガメッシュ、ではないでしょうか?」
「古代ウルクの?」
「ええ。彼の神話は多くの物語の原典とも言われています。そして彼は、暴君であり賢君でもある。ランサーからの戦利品を蔵に納めるなどという発言もあったと聞きました。彼の王が統べたバビロニアには、この世の財を集めた宝物庫があったはず」
「英雄たちの原典になった王、ですか……」
では何故そんな王者が私を器に聖杯なんか降臨させようとするんだ。私がなり得るのは武器だけで、杯ではない。
「全然わけわからないコト言ってたのに賢君なんですかぁ……。しかも、弱点とか別になさそうだし……」
「わけわからないって何だよ?」
「だって、ランサーに槍か、鎧か、首か、私か、どれか寄越せって言ったんですよ。一つだけやたら格落ちを混ぜてます。……どれか一つでいいなんて、要求が慎ましいなって思いましたけど」
「そりゃあ、マスターのおまえが落ちればランサーも落ちるって意味なんじゃねぇのかよ。多分、ランサーはおまえ以外と再契約する気はねぇんだろうし」
「ランサーの首と同じ数え方をされたと?」
「じゃねぇのかよ。ランサーの首を獲るのはオレなんだから、それより前に負けんじゃねぇぞ?」
「はいはい、わかってます。アイルランドの光の御子さん」
げ、とセイバーが顔を顰めた。
「チッ。やっぱりバレるか」
「あ、ランサーは関係ありませんよ。元々ケルト系とは思ってました。さっきイリヤスフィールの話が出た時に、メイヴ女王を思い出したように見えたので、カマをかけました」
「全部当ててんじゃねぇよ!……その通り!オレはセタンタ!クー・フーリンになる前の『オレ』だよ!……ったく。こいつも隠しとく意味がなくなったな」
セイバー─────セタンタが指を鳴らす。瞬間、もふっとした白い毛玉が現れた。
犬である。
仔犬である。
わふーと気の抜ける声を上げた犬は、そのまま私に飛びついて頬をぺろりと舐めてくれた。
「かわいい……」
「一応猛犬だぜ、そいつ。クラン2世とでも呼んでくれ」
「では、クランの猛犬の仔か?」
「そんなところさ。そいつがいたら、オレが誰かなんてすぐわかっちまうから隠してたんだよ。けど、もうおまえらにバレたらいいだろ」
主の言葉を理解しているかのように、白毛玉はバフバフと何か喋っていた。
かわいい。すごく可愛い。
ランサーとセイバーの真面目な話も、ギルガメッシュの話も、一時頭から吹っ飛ぶほどの可愛さだった。
「かわいい……」
「見た目はな。ま、勝手に屋敷の庭走らせとくだけでも番犬にはなるだろ。こいつが走って壊れるような結界の要はあるか?」
「かわいい……」
「すまん。オレのマスターは小動物の愛らしさにやられた。獣が一頭走るぐらいならば、結界に緩みはないだろう。だが、蔵だけは何があるかわからん。避けるように命じることを勧める」
「了解っと」
そんなわけで、クラン2世は庭へ解き放たれることになった。わふんとどや顔しながら夕暮れの外へ飛び出かけた白い毛玉は、縁側で急に四肢を踏ん張って立ち止まる。
同時に、結界に誰か触れたのを感じた。
門のインターホンを、誰かが律儀にも鳴らしたのだ。そして宅配業者の類は、聖杯戦争開始以後一切使っていない。
ぴん、と糸を張るように緊張が満ちた。
バゼットが無言で手袋を装着し、セイバーが武装する。
「見てきます。ランサー、お願いします」
「心得た」
ランサーと立ち上がり、廊下を歩いて玄関に向かう。
外へ出る手前で立ち止まり、弓を顕現させて意識を集中させれば、視界がテレビのチャンネルでも変えたように切り替わる。
色を失った代わりに、物体を突き抜けその向こうにある景色を映す『眼』が開く。
先日、丸一日弓を引いて得た、射手の千里眼だった。
ランサーの生きた神代の技術を扱っていいのかと思ったが、弓を手にした時しか発動しないからか、体への負担は極少ない。
こんなものまで得ないと、桜さんの体、心臓の間近中に巣食った人間だけを射抜けなかったのだ。
そしてこの眼があっても、人の肉を傷つけず蟲の体だけを射通す、セイバーのルーンを矢に刻まなければならなかった。
五百年を生きた魔術師マキリ・ゾォルケンを、一方的に葬るためには、英雄二人の力が必要だったのだ。
そこまでしなければ殺せなかった魔術師が心臓に寄生していた間桐桜は、今何を思っているのかは知らない。
そんな感傷と共に外を『視て』、私は眼を瞬いた。
「どうした、マスター」
「外に、
「何?」
さすがに予想外だったのか、見上げたランサーも目を瞬いていた。
主人公尊厳破壊問題の原因は、エミヤではありません。
ありませんが、生前にやらかした感じです。
また、主人公たちの人間体を見てもストックはされません。あくまで武器を見た時のみです。
とはいえ、爆散やら改造は遺灰を敵への目潰しか何かとして何度もぶち撒かれる感覚なので、うさみちゃん目は不可避です。
生前の贈物薬剤化事件は、
わし様が(些細だが痛い)怪我をしてごねる→主人公が薬を作っている時にカルナが偶然花を贈る→徹夜明け主人公、ドゥリーヨダナへの薬草と思いうっかり薬にする→意図と違うがまぁ双方喜んでいるし役に立ったならいいかとカルナは黙る→あとから事情を察したドゥリーヨダナに『バカモーン!』と叱られる→徹夜の原因も旦那では?とアシュヴァッターマンからのツッコミが入る
のような流れです。