では。
間桐桜を、私はよく知らない。
理由は簡単。
向こうに、好かれてないからだ。
魔導の才があったがために生家と引き離されて間桐に預けられ、実の両親は相次いで他界し、唯一の姉とは魔術師同士のルールのために接触できない。
同じ魔術師の次女に生まれ、魔導の才があったからこそ、家族と共に暮らせている私とは逆だ。
だから時折、世界のすべてが憎いとでも言うような昏い瞳になる彼女に嫌われていても、それはそれでいいと思っていた。
だって、嫌いなヤツがのうのうと生きてたら、死んで堪るかと人は思う。
アイツより幸せになりたいとか、アイツより後に死んでやるとか、そういう負のエネルギーは人を生かす。
むしろ、誰かの為にとか何かの為にとかいうお為ごかしよりも、よっぽど健全に生きられるんじゃないだろうかと思う。
そんなわけなので、間桐桜さんに私は踏み込まなかったし、踏み込ませもしなかった。
踏み込んだら、地金の性格の相性はそう悪くない私たちは多分気が合って、そうなると、間桐桜は嫌いな人間を嫌いでいられなくなってしまう。
それが、彼女には却って負担となるように思えたのだ。
だから、嫌いなままにしていた。
そのままでいいと思っていた。
では昨晩、何故桜さんの心臓に住み着いている
それが、一番効率的だったのだ。
間桐臓硯は明らかに事態を悪化させる魔術師だったし、姉さんも既に彼を誅する前提で動いていた。
加えて、バゼット姐さんが既に殺しのGOサインを協会から受けている。
生かす理由が、消え果てたのだ。
しかし、もう人間の体なんてとっくになくなって、蟲に魂を詰め替えている間桐臓硯はとても殺しにくい。
だからこそ、屋敷ごとランサーに蟲を焼き払ってもらうのと同時に、誰かが間桐臓硯を殺す必要があった。
バゼット姐さんだと、桜さんの心臓ごと臓硯を爆散させかねないのでアウト。
セイバーは、アーチャーとキャスターの気を逸らす必要があるのでアウト。
ランサーは、
だから、私が
消去法的な、適材適所だ。
私個人は、間桐臓硯に恨みなんか微塵もなかったので、初めてのひと殺しは殺気も何もないものになった。
視えたから、矢を放ち。
放ったから、死んだ。
因果も何もない、当然の結末だ。
ちなみに、あれも人と見做して矢を撃つのかとランサーには言われた。
確かに間桐臓硯を蟲と見做して害虫駆除と考えることもできた。
そうしたほうが、精神的な負担は軽くなるのもわかってはいた。
けれど、一つの機構のように弓を引いて射殺す身としては、彼を人として記憶するのは最低限の礼儀だった。
身を滅ぼす律儀さだなんだと例によってランサーにはくどくど言われたが、寄進の誓いを逆手に取られて自分で自分の生命を縮めた人に言われたくない。説得力が皆無だ。
その意を込めて無言で鏡を向け、ランサーを映して対抗したら引き下がってくれたのが、昨日の夜の出来事だった。
襲撃前にコントみたいなことをするなとセイバー主従にはツッコミを食らっている。
そんなふうに、無感情に義理の祖父を射殺した魔術師の家に、単身で乗り込んできたのが間桐桜さんである。
どんな度胸だ、本当に。
「桜さん……衛宮くんと凛にここに来たコトは言った?」
「言ってません。先輩とキャスターさんが夕食を作って、遠坂先輩とアーチャーさんが偵察に行っている間に抜け出してきちゃいました」
「来ちゃいましたって……」
昨日、自分の胸に矢をぶっ刺した人間の家に来るとは何事か。
テーブルの反対側に座った桜さんに頭を抱えそうになる私の隣で、ランサーは淡々としていた。
「何をしに来た、間桐桜。衛宮士郎と遠坂凛の庇護下にいれば安全だと言うのに、此処へ現れたのは蛮勇だろう」
「蛮勇っていうのは、人間の魔術師なのにライダーに弓を向けた白矢先輩も同じじゃないんですか、ランサーさん」
ランサーの突き刺すような言葉に、流れるように打ち返してきた。
数日前、ランサーの視線に曝されるだけで身を固くしていた少女と同じ人物には到底見えない。
何故だろうか、と首を傾げる。
「桜さん、もしかして間桐家が潰れて吹っ切れた?」
「白矢先輩って本当に、言葉に遠慮ってものがありませんね。ランサーさんとそっくり。お爺さまを殺してくれたのは、先輩じゃありませんか」
「一応聞くけど、敵討ちとか考えてる?」
「あり得ません。……白矢先輩は、知ってるんじゃないですか?わたしが、お爺さまや間桐家に何をされて来たか」
「……」
「やっぱり。だから、ちゃんとした説明もしなかったんでしょう?姉さん、凄く怒ってましたよ。馬鹿にしてるのかーって」
くすくす笑う桜さんに、束の間怒髪天の凛が重なる。
間違いなくこの姉妹、怒らせると怖い。怒りの発露は、真逆になるようだが。
「きみが何をされていたか、すべてはわからないよ。私はただ、矢を放つ瞬間に少し覗いただけだから」
「十分です。わたしにもわかりましたから。白矢先輩のそのとっても良い眼、お爺さまを怖がらせてたんですよ。生命を仕留めに来る、鳥の目を射抜く眼だって」
「……溜飲は下がった?」
「少しだけ、ですけど。それに蟲も何もかも、みーんなランサーさんが消し飛ばしてくれたんでしょう?あ、兄さんはどうしたんですか?」
「教会に預けたよ。生命に別状はない。……バゼット姐さんに余計なコト言ってぶん殴られたけど」
「ライダーは?」
「オレが斃した。最期までおまえを案じていた、旧き女神の一柱だった」
「…………そうですか」
間桐臓硯や間桐慎二の行方を聞いたときとは異なる微かな哀悼の影が、ライダーの最期を聞いた桜さんの目の奥にちらつき、顔が伏せられる。
私からすれば、ライダーは此方を殺しにきた恐ろしい女怪だったけれど、ランサーには旧き女神に見え、桜さんには短い時間でも絆を結んだ相手だったのだ。
人も英霊も怪物も神も、見方を変えれば如何様にも変貌するということか。
なんて、妙に納得しているこちらを見計らったのか、桜さんは顔を上げた。
「ここに来たのは、取り引きのためです。白矢先輩、あなたは弓で私に寄生していたお爺さまだけを殺しました。……同じように、他の蟲を消せますか?」
「他の………………他の⁉」
反射的に弓を顕現させ、『眼』を開く。
間桐桜の魔力回路に纏わりつくような別の影が視えて、眼を思わず擦った。
「どうした、マスター」
「……蟲が、刻印虫が」
覗いただけで悍ましいそれに、矢を顕現させたくなるが留める。
視えてはいても、射抜けない。
「私には無理だ。射殺せても魔術回路を寸断してしまうよ」
「……そう、ですか」
「魔術回路を捨て…………るのはダメだな。回路を破壊してしまえば、桜さんには自衛の手段もなくなる」
「ええ。そうです。お爺さまたちが言ってました。私に始めからまともな魔術を教える予定なんてなくて、胎として引き取ったって。……魔術回路が壊れても、産む機能は変わらないでしょう?それに、どこかの誰かさんたちが間桐の跡取りを私だけにしてしまったし」
「そうだね。私だって、親指を切り落とされようが、その意味での価値は落ちないから」
「同じですね、わたしたち」
「同感だけど、もっと良いところで似たいよ」
なんて。
そろそろランサーから抗議が出そうなので、解決方法を考えないと行けなかった。
「セイバー、ルーンでどうにかできますか?」
隣の部屋に声をかけるとすぱんと障子を開けて、セイバーとクラン2世、少し遅れてバゼットが現れる。
ずかずかと入って来た少年は、テーブルに手をついて身を乗り出し、桜さんをじろじろと見てから頭を振った。
「無理だな。オレもハクヤと同じだ。蟲は剥がせても壊しちまう。そも、その蟲は何なんだ?」
「刻印虫という魔術師が用いる蟲です。簡単に言えば、回路に食い込み魔力を搾取します。謂わば蟲型の魔術礼装です」
「オレが焼き払った屋敷は、ヒトの血肉を喰らう蟲で満ちていた。かつてオレを噛んだ蟲にも似ていたな」
「黄金の鎧を貫通した蟲は、もう現代では災害級ですよ。バゼット姐さんは?」
無言でシャドーボクシングをされた。
無理って意味だろう。
忘れかけていたけど、この二陣営、頭も能力も武者ばかりであったのだ。
尚、蟲を何とかできないか自分も聞かれたそうな空気をランサーが醸し出していたが、誰も尋ねなかった。
ブラフマーストラも槍術弓術の腕も、たったひとりの女の子を助けるには向いてないのだ。
そのランサーを横目に、バゼットが口を開く。
「曙宇、セイバー、その前に聞き忘れています。……間桐桜は取り引きと言った。私たちに何かを差し出す代わり、見返りを受け取りに来たのです。報酬の内容を聞くのが先では?見返りは刻印虫の除去であるのは間違いないでしょうが」
「あっ」
「ん?……おー、そりゃそうか。忘れてたぜ。で、間桐の魔術師さんよ。見返りってのは何だ?」
うん、普通に言われるまでソレが頭からずっぽ抜けていた。
蟲を視た瞬間、生理的な嫌悪で滅したくなったからだ。だって、こんなのが体内にいるのは嫌すぎるから。
当然そんな油断を、見逃してくれない槍兵がいる。
「目先の者に気を取られれば、足元を掬われると何度忠告すれば受け取る気だ?マスター。他者の嘆きを徴収し続けるのは機構の役目だ。おまえではない」
「……」
毎度になりつつあるランサーの苦言には、丸い手鏡でランサーの顔を映して返事とする。
一度舌戦が着火すると、『おまえが言うな』でノーガード殴り合いになるこちら二名は話が長いとセイバーに言われたための、短縮返事だった。
そんなわけなのでランサーは口を一旦は引き結び、間桐桜を見る。
桜さんは、今度も静かにランサーを見返していた。
「よかった。取り引きって言ったの、忘れられたのかと思っちゃいました」
「まぁ……うん、ごめん。それを忘れるのは、きみと対等に話してないコトになる。謝るよ」
「白矢先輩、そうやってちゃんと遠坂先輩にも話したほうがいいですよ。わたしを撃った説明も端折ったから、今怒髪天です」
「普通に眼が痛くて説明の余裕がなかったんだけど……」
「それだけじゃないでしょう。衛宮先輩がいたから、わたしに遠慮した。ちがいます?」
「ゔっ」
図星だった。
「…………それは、だって……嫌、だろう?好きな人の前で、心臓に別人がいるって言われるのは」
間桐桜は、衛宮士郎を好いている。
ソレは誰がどう見たってこの世の真理でありつつ、衛宮士郎にはまったく正しく伝わってない事柄だ。
だから、衛宮士郎の前で、間桐臓硯の存在を言うわけにはいかなかった。間桐桜が間桐家で何をされていたかに及ぶ事柄を、彼には一欠片も悟らせたくなかったのだ。
好きな人には、可愛くて綺麗なところを見てもらいたいっていう心ぐらいは、たくさんのものが壊れ果てた私でもわかるから。
しれっと口に出しそうなランサーにも、滾々と絶対言うなとまで頼んだ。
しかし結局、ランサーはイリヤスフィールと衛宮くんが姉弟だと本人たちに直接暴露したのだから、とことん洞察力とコミュ力が明後日の方向へ爆走していく英雄だった。
恋する少女は、くすりと笑った。
「白矢先輩、好きな人なんて考えられたんですね。兄さんが言ってましたけど、恋バナの時間に、一人だけ空を見てる人なんでしょう?」
「よし間桐慎二あの野郎あとで私も殴る。何を喋ってくれてんだ」
「白矢先輩がちっとも自分に靡かないから、憂さ晴らししてたんですよ。でもそんなコトはいいんです。……私が来たのは、白矢先輩とランサーさんの協力者になるためです。具体的には、私の魔力を貸そうと思って」
「魔力?私たちに?」
意外な一言である。
ランサーも目を瞬き、バゼットが微かに眉を顰めた。
「はい。ランサーさんの魔力消費は桁外れだって、遠坂先輩が言ってました。ランサーさんと戦うなら、マスターの魔力切れを狙うのが最もいいって。……そんな簡単じゃないんでしょうけど、でも、宝具を連発するようなコトになったら?」
「……」
「白矢先輩は、バーサーカーとの戦いでランサーさんが宝具を撃ったら昏倒して、昨日間桐の屋敷を壊すのにランサーさんが宝具を使ったあとも、半日は外に出て来なかった。……本当は、今日も魔力を使い過ぎて気絶していたんでしょう?」
疑問ではなく、確信に満ちた一言だった。
浅く、頷く。
「正解。一回目は一発で限界になって、昨日は二発で限界になったから、マシにはなってるんだけどね」
一回目は、ライダーから受けた瀕死の重傷を治したばかりで元々魔力が危うく、二回目は丸一日弓を引いて使い始めたばかりの透視を使ったから疲労が嵩んでいたのはある。
けれど、そういう要因で毎回ランサーの宝具の後に人事不省になっているのも事実。
万全な状態で迎えられる戦いなど滅多にないのを鑑みれば、私の魔力供給力がランサーの力に見合ってないのは事実だった。
少なくとも、イリヤスフィールに私は及んでいない。
「……普通のサーヴァントなら、曙宇の魔力で十分以上のはずです。己の魔術も使用しつつ、黄金の鎧を纏うランサーを単独で運用できているだけで、魔術師としては破格だ」
「と言っても足りていないのは事実その通りです。桜さんと二人がかりの魔力供給ができるなら確かに有難い。……でも、その刻印虫がいる限り、桜さんは魔力を自分の意志で使えない」
「はい。ですから、これをどうにかするのは、白矢先輩にとっても利益になります」
という取り引きを単身で言い出すのだから、間桐桜は見た目よりずっと強かだった。
少し考えて、頷いた。
「私は乗る。バーサーカーだの八番目だのセイバーだの、難しい敵ばかりなのはそうだもの」
「セイバーさんも敵なんですか?」
「最後に二人残って、一騎打ちする条件で同盟を組んでるからね。どっちが勝っても、聖杯はバゼットさんが回収するようになってるし」
「応よ。確かに、オレと戦うときにランサーがガス欠になったんじゃあ面白くねぇ。つっても、どうする?」
どうしようか、と一人以外の全員首を傾げる。
傾げたその時に、すっとランサーが手を上げた。
「オレのよく知る者に一人、呪術師がいたが、彼女がよく言っていた。足りないものは他所から持ってくればいい、と。……オレたちの手に余るなら、それができる者を見繕えばいいのではないか?」
「それができる者って、そんなのキャスターに選ばれるようなサーヴァントでもな……あっ」
いた。
性根が甘くて、搾取される少女に弱いであろう、凄腕の魔術師が、一人だけ。
先日見逃し、未だ御山に引き篭もる王女が、いたではないか!
「わかりました。柳洞寺を襲撃しましょう、今すぐに」
「賛成です」
頷き合う私とバゼット姐さんを、ぱちぱちと瞬きしながら間桐桜が見つめていた。
セイバー&ランサー「判断が早い」
主人の境遇の地雷度合いを差っ引いたら、先輩に欠片も恋心を抱かなさそうな主人公は、桜にとって安牌で性格も割と合います。(我慢強いが爆発する)(恋バナの時に太陽ばかり見ている変なひと)(多分優しい)