では。
今すぐにとは言えど、まだ空に残照留むる時間に動くわけには行かない。
完全に日が落ちるのを待ってから、クラン2世を番犬として残し、発つことになった。
「勇み足ではないか、マスター」
「むしろ今以外機会はないと思いますけど。多分、今頃キャスターとアーチャーとバーサーカー陣営は、あなたのせいというかお陰で混乱してるだろうし」
「……」
「桜さんの失踪と、衛宮とアインツベルンの関係の二つのタスクを両方捌かれる前に動いてしまいましょう」
桜さんの家出先が我が家だとはまだ知られてないだろうけど、知られるより前に動いたほうが良かった。
衛宮士郎の出方次第では、バーサーカーとキャスター陣営が同盟する可能性だってあるのだ。
少なくとも、衛宮士郎はイリヤスフィールを無条件に倒す敵とは見られなくなったはず。
そう考えたら、ランサーの仕出かしは割と利敵行為ではあるが、元々は身内同士が互いを知らない間に殺し合うという私の最も嫌な展開を回避したかったかららしい。
味方への報連相すっ飛ばして、敵陣営に直接言うのは斜め四十五度な行動だとは思うけど、根本がそれなら結局ランサーへの負の感情は持てなかった。
「何だかんだ、白矢先輩もランサーさんに甘いですね。あのアーチャーさんとバーサーカーが組んだら厄介に決まってます」
「ランサーは強いから。心配はしてないよ」
素早く柳洞寺に着きたいが、身体強化等ができないために、街を走るランサーに背負われることになった桜さんの結構容赦ないコメントに短く応じる。
他に根拠なんてないのだが、実際心配ができないというか、持てないのである。
黄金の英雄は怖いけれど、怖いだけだ。心が折れるとか、跪くとか、そういうふうにはならなかった。
というか、それよりも。
「桜さん、吹っ切れるの早いね。それに、何で私たちのところに来たの?きみこそ、衛宮くんたちを窮地に追い込んでいない?」
「……白矢先輩なら、衛宮先輩を絶対に殺さないでしょう?令呪を使ってまで庇って、何度も殺せたのに一度もそうしませんでした」
「……」
「わたしは、アーチャーさんが怖くなったんです。時々ですけど、先輩を怖い目で睨んでて。……殺してしまいそうなくらいに。だから、此処へ来ました」
「アーチャーが?」
民家の屋根を踏み台にして跳びながら、バゼットが会話に参加する。
今更だが、学生含めた男女五人で民家の屋根を足場にしながら夜の冬木を疾走という怪奇現象みたいな状態ではあった。
英霊のそこそこな走りについていける現代人二人がおかしいという真っ当な指摘をする者は、此処にはいない。
軽々と桜さんを背負ったまま跳んだランサーが、口を開く。
「過去の己に対するさつ─────」
「ランサーストップ!」
「……」
アーチャー=衛宮士郎説を味方陣営以外には口に出さないでとは頼んだでしょう!と言いそうになるが、もしやこれ、桜さんをもう味方に数えたから口にして問題ないと判断したのか。
だとしても、好きな人の未来があの英霊というのは天地がひっくり返る級にショッキングな話だろうが!!!!であった。
絶対自力ではフォローできない展開を招く言葉を口にしないで頂きたい。
さすがにジト目にならざるを得なかった。
「……どういうコトですか?ランサーさん、今何を言いかけたんですか?」
案の定、ランサーの発言の欠片で桜さんの顔色が変わる。目が据わる。
ほら見ろそれ見ろ知らないぞもう。
とそっぽ向ければ楽なのだが、ランサーのマスターは私なので、何もしないわけには行かなかった。
瓦屋根を踏み締めて星空に向かって跳びながら、同じ高さにいる桜さんの顔を見た。
「……私たちは、アーチャーの真名が衛宮士郎だと思ってる。能力と骨相が彼と同じだから」
意味がすぐに通じたのだろう。
桜さんの顔色が変わる。
「先輩が、アーチャーさん、なんですか?」
「恐らくね。彼は、衛宮くんの未来の姿ってところだ。そも、アーチャーの前髪を下ろしたら、多分そっくりそのままの顔だと思うんだけど、何で誰も言わないんだろう。あのマッチョのせいで見逃されてるのかな?」
「ど、どうして先輩の未来が先輩を殺そうとするんですか!そんなコトをしたら、アーチャーさんだって消えてしまうんじゃ!」
「否。それはない」
これは、ランサーがきっぱりと否定した。
「英霊は時間から切り離され、固定化された存在だ。たとえ今の衛宮士郎を殺したとして、英霊の衛宮士郎が消滅するわけではない」
「なら、どうして……」
「過去の己を呪ったためだろう。今の衛宮士郎を殺害すれば、少なくともこの時間軸、この世界における英霊・衛宮士郎の誕生は防げる。……幾度も幾度もそれを繰り返せば、或いは英霊となった衛宮士郎が消滅する可能性も完全にないとは言い切れない」
「そんなコトしなくちゃならないほど、先輩の未来には絶望があるって言うんですか!」
「弓兵となった衛宮士郎が未来で何を見たかは、オレにはわからない。あの少年は折れないだろう。だが、折れぬ心を腐らせるほどの何かはあったはずだ。……英霊にまで至った者を芯から絶望させ得るのは、他人の裏切りなどではなく自身の行動だ。アーチャーがその結論に達したなら、衛宮士郎の殺害を決意したのは何ら不思議なコトではない」
「……!」
夜目にもわかるほど、桜さんの顔が青褪めた。
一方で、セイバーは飄々としていた。
「そりゃそうかもしれねぇけどよ、つまりこの時間の衛宮って野郎があの赤い外套野郎になるかは、まだわかってないんだろ」
「ああ」
「ンなら、嬢ちゃんが止めてやればいいじゃねぇか」
あっさりと。
竹でも割るように言い切ったセイバーの赤い瞳は、真っ直ぐに先だけを見据えていた。
「セイバー、そんな簡単に言うものなのですか」
「何でだよマスター。こいつは自分の姉貴に叛いても、惚れた男を守りたいからオレらのとこに乗り込んだんだろ?いいじゃねぇか、わかりやすくてさ。その度胸と覚悟を持ち続けられるんなら、何とでもなる」
英霊セタンタ。
即ち英雄クー・フーリンとなる前の少年は、屈託なく口にして笑っていた。
己が最期を迎えた記憶を持ちながらも未だ英雄ではなく、未来を見据えている彼の言葉はどこまでも明るい。
けれど今は、その朗らかさが救いだった。
桜さんの瞳の奥に星が小さく灯り、ランサーが頷く。
「……おまえらしいな、セイバー。未だ英雄への道半ばを歩く者だからこその結論だ。オレにはできん」
「はいよ。そっちも、嫁さん絡みで唸ってたようだが、もういいのか?」
例の、弓を贈られて花を薬にした奥方のことかと思う。
彼女は、間接的とは言えカルナの行動によりクルクシェートラで戦死したという。
当時の律法からすれば、女性を戦死させるのは禁忌だ。それを、正義と定められたパーンダヴァ側が成したなら、彼女には相応の地獄があったのだろう。
ランサーは、それを覆したいとは言ってはいない。
己が地獄を招いたと思っていても、それこそアーチャーのように己を消そうとはしていない。
それを成すのは、カルナという男を信じた彼女への裏切りだと認識しているから、だそうだ。
それ即ち、彼女の受けた苦痛や地獄を和らげられるならば、
奥方が望まないから、カルナの消滅が彼女にとっては何よりの責苦だから、やらないだけ、にしか聞こえない。
何なんだそれは。
自分の戦死は受け入れているらしい奥方と揃って夫婦とも覚悟が決まり過ぎていて、私にはよくわからない。
でも、ランサーほど眼力が鋭くて思慮は深い人間が、私にもわかるほど矛盾した願いを持つほどだ。
それだけ、ランサーにとって彼女の死は許容したくなかったのだろう。
戦場で死を振りまいた己の最期は受け入れられても、彼女だけは違っていて欲しかったのか。そんな甘さが生まれるほどに、彼女だけはランサーの中で別枠にいたのか、そんなところだろうか。
そこまで想ってるなら、束の間の再会ぐらい聖杯に願ったってバチは当たらないだろうが!!!!!!
もっっっっどかしいな!!!!!!
何がどうして遠慮してるんだ!!!!
魂まで滅ぼされたとでも言うのか!!!!
と思うのだが、願いはもう叶ったの一点張りでどういう意味かは全然教えてくれないので、お手上げだった。
そんなランサーはと言えば、セイバーに素っ気なく応じていた。
「良くはない。彼女の末路に関わる一切、オレは認めたくはない。だが、かつてのオレはただ彼女の安寧が守られればそれで良いと思った。……オレは結局、その始めの願いにしか立ち戻れないようだ。ならば、それを全うしよう。生前、失敗したのだ。今度は間違えない」
「何故その願いがあるのに、聖杯を全然使わないうちから願いは叶ったって言い続けてるのか、聞いたら理由を教えてくれますか?」
「無理だな」
「だと思いましたよもう!!!」
あなたが護るって言ってる私自身が、奥方を踏み躙ってでも戦に勝とうとしたパーンダヴァの子孫なんですけど!!!!!!
しかも三男の血筋なんですが!!!!
お手上げ極まりないと、星を仰ぐしかなかった。
そんなやり取りを見て、桜さんがぽつりと言う。
「……白矢先輩、先輩は、生まれ変わりって知ってますか?」
「輪廻転生のコト?知ってるよ。ご先祖様の時代にもいたらしいし」
自分を辱めた英雄ビーシュマを倒すために、来世での復讐を誓って自害したアンバー姫及び、彼女の転生した戦士シカンディンの話は有名だ。
だけれど。
「
「……ショウ、私はあの霊廟であなた方先祖返りの始めから先代までの魂の形を見ました。……初代の弓は、カルナが奥方に贈った物と同一。それが、代を重ねるごとに変形し、あなたの扱う大弓に至っている。……どうしてあなたが今まで気がつかなったかはわからないが、不自然でしょう。あなたたちの武器は何故弓になり、何故、
何故って、それは─────。
■■■■、■さ■■■■■■■■ら。
■■■、ソ■■■■■ら。
─────■■、シ■?
─────────────
──────────────
─────────
「マスター!」
「ぇ、あっ!」
気がつけば、目の前に地面が迫っていた。
慌てて両手を突いて跳ね、宙返りの要領で屋根に飛び乗る。顔面から、アスファルトに突っ込むところだった。
ランサーに桜さん、バゼット姐さんとセイバーは、一つ先の屋根の上に立っていた。
どうしてだか私だけが失速し、地面に落ちかけたのだ。
「……あの、
カセットテープが千切れたように、直前の自分がわからなくなっていた。
走りながら眠ったとしか思えないぐらいの、記憶の断線である。何だそれ。そんなに疲労が溜まるわけないのに。
屋根の上で立ち竦む私の隣にランサーが戻ってきて、その背中にいる桜さんが顔を青褪めさせていた。
何で、そんな顔をしているのだろう。
ランサーが、衛宮士郎の未来の一つがアーチャーだと言ったから、だろうか。
彼女は、微かに震えながら問うて来た。
「……白矢先輩、さっきの疑問、答えてください。……
「何故って、それは─────」
そう、何故って、それは─────。
■■■■、■さ■■■■■■■■ら。
■■■、ソ■■■■■ら。
─────■■、シ■?
─────────────
──────────────
─────────
─────────────
──────────────
─────────
─────────────
──────────────
─────────
「マスター」
また、我に返る。
今度は、ランサーに手首を掴まれて何とか立っている状態だった。膝が死体のそれみたいにぐにゃりと力を失っている。
足に力を入れ直して、ランサーに手首を掴まれたまま彼を見上げた。
「……あの、
「で、ですから、白矢先輩の弓が─────」
どうしてか、切羽詰まった顔の桜さんと目が合う。
何で、そんな顔をしているのだろう。
ランサーが、衛宮士郎の未来の一つがアーチャーだと言ったから、だろうか。
彼女は、微かに震えながら問うて来た。
「─────白矢先輩の弓が、どうして、英雄カルナの贈った弓と、同じなんですか!」
叫ぶ桜さんに、つい首を傾げて答える。
「何故って、それは─────」
そうだ。
何故って、それは─────。
■■■■、■さ■■■■■■■■ら。
■■■、ソ■■■■■ら。
─────■■、シ■?
─────────────
──────────────
─────────
─────────────
──────────────
─────────
─────────────
──────────────
─────────
「……マスター」
─────また、我に返る。
今度は、ランサーに手首を掴まれて何とか立っている状態だった。膝が死体のそれみたいにぐにゃりと力を失っている。
足に力を入れ直して、ランサーに手首を掴まれたまま彼を見上げた。
「……あの、
ひ、と桜さんの喉が鳴る音がする。
何で、そんな顔をしているのだろう。
ランサーが、衛宮士郎の未来の一つがアーチャーだと言ったから、だろうか。
私の顔を見下ろして、ランサーはかぶりを振った。
「間桐桜、無駄だ。何度繰り返そうと変化しない。この点に関してのみ、オレのマスターは巻き戻る。世界を正しく認識せず、世界からも認識されない」
「巻き戻し、どうして……」
「不明だ。彼女だけがこうだったのか、すべての彼女がこうだったかもわからない。ただ、この状態が正常であると固定されている。……この世の記録すべてから抹消されたもういない者には還れず、死者は、戻らないというコトだ」
なるほど??
だって、死者は還らないだなんて、そんなの。
「
英雄カルナがかつて殺めた数多の人間の、そのうち誰か一人でも。
十年前のあの火事で亡くなった大勢の、そのうち誰か一人でも。
「
黒く聳える円蔵山の麓でそう尋ねる私の耳に、遠雷が微かに聞こえた。
バグ挙動が始まった主人公。精神汚染的なアレ。
この有様なので、初手自害は後々後悔することになってました。
ランサーからは、割となんでさ案件。
この話の最初のほうの後書きにも書きましたが、『正史』とは一点だけが異なった世界の物語となります。