では。
「─────というわけです。王女メディア。速やかに少女の治療を要求します。断ればこの山を吹き飛ばす用意がこちらにはあります」
「バゼットねえさーーーーーーーーん!!!」
何やってんだこの人ぉ!!!!
アサシンことコルキスのメディア王女が根城とした柳洞寺に乗っ込みアサシンが現れるなり、バゼット・フラガ・マクレミッツは堂々と告げた。
尚、その相方のセイバーといえば、今現在山門にて侍の幻霊と斬り結んでいる最中だ。
アサシンに召喚された門番を名乗った彼は、セイバーとランサーの二人を見て早々にセイバーとの一騎打ちを願い出、その間にこちらが通るのを許した。
セイバーは当然、快くそれを受けた。
ランサー曰く、挟撃されて一矢報いれぬまま果てるよりも、一人との死合いを望む武人らしい判断、だそうだ。
そのようなわけで、バゼット、ランサー、桜さん、私という四人で乗り込んだ。
当然察知していたアサシンは黒いローブを纏って現れ、現れて早々叩きつけられたバゼットの蛮族系交渉術に凍っていた。
ランサーの火力があれば、確かにできるだろうけども。
アサシンを、コルキスの魔女ではなく王女と扱ったほうがいいという進言をちゃんと受け入れてくれてはいるけども。
「初手更地宣言はさすがにどうかと思いますよ!ケルトにもそんな話ないでしょう!」
「む?そちらの故郷にはあったのでは?」
「ブラフマーシラーストラとかいう土地殺しの世界滅殺系兵器の話してますか⁉持ち込まれて堪りますか!論外!!!」
「あれはオレも持ち合わせがないぞ。アシュヴァッターマンなら持ち得るかもしれんが」
「あったら令呪使ってでも封印してますよあんなの!じゃなくて!何で初手から脅すんですか!」
桜さんもあまりの蛮族にびっくりしているだろうが。
確かに教会前の墓地をバーサーカーとの戦いでひっくり返したり、校舎の一階をサブマシンガンの乱射さながらに破壊したり、間桐邸を地下空間ごと焼き払ったりと、主な破壊の大体に関わっているのは
……ランサーの神話における破壊力を鑑みたら、仮にも市街戦でこれだけの被害に留めているのはかなり相当制限をかけている状態なのである。
全力なんて出そうものなら、比喩抜きで街が消し飛ぶ勢いなのだから。
そんな全力出されたら、私ごと魔力が暴走して焼き切れて消し飛ぶ勢いなのだが。
兎に角騒がしい一味に、アサシンはローブのフードの下の顔を顰めたようだった。
「あなたたち、こんな星の綺麗な夜に訪れた要求がそれなの?山門のアサシンはどうしたのかしら」
「あれがアサシン?アサシンはあなたでは?」
「不本意な己のクラスを依り代に、あの侍の亡霊をアサシンに見立てて召喚したのだろう。バゼット、呼びにくいならばメディア王女と呼べばいい。真名は全員に割れているのだから」
「承知しました。……サーヴァントがサーヴァントを召喚するルール破りをこうも堂々と成すとは、さすが女神から魔術を学んだ王族です」
「今更口先の甘言を宣ったところで、あなたたちが私の領域に踏み込んだ蛮族であるのに変わりはなくってよ?」
蛮族って言われてしまった。
それでも、いくらかアサシンの、メディア王女の空気は和らいでいた。
フードを被った頭が、私の方を見る。
「あなたたちの要求は随分奇妙ね。ランサーのマスターの呪いの話?それはあなたが断ったわよね?」
「はい。変更はありません。治療が必要なのは私ではなくて、彼女です」
背後の桜さんを手招きすれば、現れた彼女に向けてメディア王女は何らかの探知魔術を行使したらしかった。
たちまちに空気が尖り、手を握り締める。
「……何かしら、この醜い歪みは。これを成したのが現代の魔術師だと言うの?」
「ああ」
「その魔術師はどうなったのかしら。まだこの世にいるの?」
「首謀者の魔術師はオレのマスターが射殺し、遺骸はセイバーが焼き払い、根城はオレが焼き尽くした。この世のどこにもいない」
「……そう。よくやったと言いたいところだけど、つまり間桐家を崩壊させたのはあなたたちだったと。……どうりで、私の監視の目が壊れるはずよ。宝具ですべて薙ぎ払ったわね」
「そうなのか?気がつかなかった」
「上空から落下攻撃したからじゃないでしょうか……」
炎を伴う魔力放出でロケットの如く月夜に空高く上がったランサーの垂直落下で、間桐邸は結界ごと粉砕されたのだ。その後に駄目押しでもう一発ブラフマーストラを叩き込んだから、結果は言うまでもない。
夜に昇った太陽の輝きに現代魔術が敵う道理もなく、屋敷は更地となったのである。破壊したその中に、意図せずアサシンの監視の目も含まれていたらしい。
メディア王女は黒いローブの奥に表情を隠したまま、頷いた。
「…………わかったわ。その娘の治療をしましょう」
「判断が早いですね」
「黄金の鎧を纏うマハーバーラタの半神を矛にしたあなたに言われたくないわ。それにそこのランサーのマスターもそう。……どこで身につけたか知らないけれど、その眼と弓を私のマスターに向けていないのは褒めてあげるわ。とっくに場所など見抜いたでしょうに」
「葛木先生の授業は好きなので……」
やろうと思えば、アサシンのマスターを遠距離から射殺せる。
それを成していないなら、まだ信用できる。もとい、最早従うしか道はない。
ある種の諦観に満ちたらしいメディア王女だった。
そして桜さんに偽りの治療を成そうとすれば、ランサーによって見抜かれるのだから、詰みに近いのは間違いない。
深く被っていたローブのフードを取り去り、際立った美貌と、人外に通じる先の尖った耳を晒した王女は、高慢かつ気高く嗤った。
「それで?治療したその後は、私を自害でもさせるつもりかしら?私としては、そこの蛮族じみた剣の主従より、マスターの無事を保証してくれるだろうあなたたち槍の陣営に止めを刺される方が、幾らかマシなのだけれど」
堂々と言い放つメディア王女に、ランサーが応じた。
「何を勘違いしているかは知らんが、敢えて悪辣な魔女を被るのは止せばどうだ?地金が透けているぞ」
「私とて、一言もあなたを斬るとは言っていませんが?」
「寺を更地にするって脅したなら同じと思いますよ、バゼット姐さん」
もうこのケルト姐さんホントに英霊セタンタと相性いいなぁと思う。
今も、門番の剣士との戦いは一切をセイバーに任せると言ってこちらにいるのだ。
放置ではなく、相棒の力を信じているからこその放任に、セイバーは獰猛に笑っていた。
メディア王女は、眉を顰めていた。
「では、私を見逃すというの?」
「見逃します。元より間桐桜の治療はランサーとハクヤの依頼です。私からもあなたに依頼をしたい。それを叶えてくれるなら、見逃すどころか聖杯の使用権をあなたに譲ってもいい」
「バゼットさん⁉」
いきなり何を言い出したんだこの人は。
魔術協会の執行者は、淡々と応じた。
「落ち着いてください、曙宇。私の仕事は聖杯を届けるのみ。使ってはならないとは言われていない。メディア王女の願いの内容によっては、使用権を一時渡しても問題はないでしょう。要は届ける器さえあればいい」
「メディア王女の願い……?」
何だろう。
だいそれたことは願わなさそうな彼女をちらりと見ると、ランサーが答えをくれた。
「受肉だろう。己のマスターと共に生涯を生きたいと言う、ありふれた願いをこの二度目の生で得たと見える。その程度の願いならば、聖杯の魔力は目減りするだけで十分残る」
「え、つ、つまり添い遂げたいほど葛木先生を好きになったってコトですか?」
「……忌憚なく言えば、そうだな。だが、些か率直すぎる物言いだぞ、マスター」
「「ええーーーー!」」
これには、桜さんと揃って声を出してしまった。だって思わぬ恋バナなんだもの。
でも確かに、裏切りと神の思惑で狂わされたメディア王女の人生を思えば。
「堅物って言われるぐらい真面目な葛木先生って、合う……合いそうかも……」
「はい!きっと合いますよ!葛木先生ですから!」
なんか謎に桜さんと意気投合してしまう。
「あなたたちねぇ……!」
果ては、薄っすらと頬を赤らめたメディア王女に睨まれる始末だった。
後ろでは、セイバーと門番の侍の凄絶な剣戟が続いているとは思えない空気の中、メディア王女は杖を手にこちらを睨み据えた。
「その通り。その通りよ!私を召喚したあの恥知らずなマスターは既に処分しました。そして今は宗一郎様を依り代に留まっている身。……この二度目の生を手放さないためならば、ええ、ヘラクレスだろうと、メドゥーサだろうと殺してやるつもりだったわ!」
「同郷の最強の英雄と旧き女神すら打ち破る覚悟だったか。一途なものだな」
「
「さりとて魂喰いに走れば、オレのマスターが即座におまえを誅するようオレに命じると読んだか。その正確な見立てで動けなくなったゆえに、こうして交渉に引きずり出されるコトになったのはオレにとっては僥倖だな」
「ッ!……ランサーのマスター!あなたの槍兵はいつもこうなのかしら!煽っているの?」
「すみません。煽っているときもありますが、これは違います」
本当にそうなのだ。
戦うどころではなくなった空気の中、バゼットが告げる。
「そろそろ、私の要求も聴いて頂けませんか?」
「……ええ、いいわ。何かしら?彼女たちと違って、あなたは随分血腥いけれど」
「それを仕事としていますから。……私の依頼は至極単純です。曙宇にかかっているという呪い。その解析と、叶うならば解呪だ」
「え?」
─────こっち?
バゼット姐さんを見つめてしまった。
何で、と思う。
確かにバゼット姐さんとは前々から親交はあったけれど、そんなところにまで踏み込まれるほどだったろうか。
疑問が尽きないままに黙っていると、メディア王女が口を開いていた。
「尋ねるけれど、どうして私に?その娘を助けたいのならば、聖杯を使えばいいのではないかしら?」
「それは、私
「ん?」
理路整然とした物言いに、引っ掛かりを覚えた。
付き合いがそこそこ長いからこそ、わかる。
バゼット姐さんはよく言えば行動型で悪く言えば脳筋だ。動いてから判断することが多く、動く前に吟味を終えている物言いは滅多にない。
何よりも、彼女は私
私ではなく、『私たち』。
理路整然とした視点を持ち、共犯になり得そうなのはただ一人。
「ランサー?」
「何だ?」
「いつ巻き込んだんですか」
「……間桐家を襲撃した夜だが」
「別行動したとき、ですね。……確かに、こちらも襲撃で気が尖ってて見落としました」
これは、言う機会がなかったとかではなく、私が断る道を塞ぐために敢えて黙っていたのだ。
「人並みに人を騙せるなら、自分のために使えばいいのに……」
「オレがおまえに論戦で勝てるわけがないからな」
「負ける勝負に乗らない卑怯も、自分に向けて使ってください……」
「今のおまえにオレの言葉は届かん」
それは普通にショックな発言である。
けれどここまでバゼット姐さんが話を進めたのに私が断ったら、それは矜持ではなく意固地だ。
その不満が顔に出ただろう私をちらりとアサシンは見て、バゼットに視線を戻した。
「何故あなたがその娘を助けようというの?
「いえ、曙宇の姉は別にいます。しかし、彼女は私の友だ。友の妹の厄介な呪いが何とかなる可能性があるなら、逃す手はない。そしてあなたに依頼する理由は、あなたが大神ゼウスの求婚すら退けた魔術師だから」
「……!」
「それは紛れもない偉業です。女神すら大神から逃げるためには島に変じるしかなかったのに、あなたはその後も生きてエリュシオンに至ったと伝説には残っています」
「……ただの伝説よ。真贋定かならずだわ」
「だとしても、この世界においてあなたより優秀な魔術師はいないと言っても過言ではありません」
大神ゼウスの求愛を、メディアが拒み退けた。
内容は伝わっていなくても、それは神話に残る。如何ほどの力を持つかはわからないが、とにかくもメディア王女とはそれほどに魔術師としての最高峰なのだ。
……うん、だったらなんでその彼女にアサシンとかいう逆鱗を当て擦るようなクラスを当てはめたんだ。
召喚者の蛮行をつらつら思い返していると、メディア王女はまたこちらを見ていた。
桜さんにかけたような解析の魔術を使っているのかと思った途端に、メディア王女の顔が歪む。
「……なるほど。これは難題ね。神代、しかも私より旧い神の時代から続いているわ。ランサー、この娘の■■、あなたの縁者かしら?」
「■■」
「…………?」
ザザ、と虫の羽音のような音がメディア王女とランサーの口から漏れた。
何だろう、今のは。
目を瞬くと、ランサーがこちらを見下ろしている。見上げたら、ランサーはメディア王女に顔ごと視線を向けた。
「この通りだ。極小規模だが、オレには世界の巻き戻しに視える」
「武人にしては慧眼ですと言っておきましょう。今の反応で大体は把握しました。……まず、転生には前提となる『前』が必要となる。生まれ変わる前の大元がなければ転生という概念が成り立たなくなるからよ。けれど、■■■にソレはないのよ。いえ、あったけれどないものにされたわ」
「……」
ランサーは答えない。
ただ静かに、巫女の託宣のような言葉に聴き入っているようだった。
「存在しないものに立ち返ろうとするのは、世界にとって誤り。当世風に言うならば、深刻なエラーよ。従って、この娘は■■に触れようとすると世界に修整されて、巻き戻る。……ゆえに、自力で己の因果を解くのは不可能で、だからこんなにも代を重ねてしまった。擦り切れていないのは魂の資質だけれど、牢獄でもあるわ。これはね、肉体を檻にし、因果を鎖とした魂の投獄なのよ」
「……どうすれば、解ける?」
「定められた基準を満たしさえすればね。……けれど、それは
「火のついた薪を焔へ還し、個を奪うのを解放だと言うのか?」
「これを成した者たちにはそうだったのでしょう。あなた方の
青い瞳を細め、メディア王女はランサーを見据えていた。
「英霊であるあなたのような、己を持ったままの一体化とは訳が違う。一度焔へ還れば、名を剥奪された魂は融けて二度と現れない。始めから、存在しなかったものにされるだけ。けれど、還れなければ擦り切れるまでこのままよ。正常な輪廻には乗れずにね」
「あの、それ、詰んでませんか?」
辛うじて声を引っ張り出すと、メディア王女はこちらを見て目を瞬いた。
「驚いた。あなた、今の話を正常に聴き取れていたの?」
「気を抜くとノイズ混じりになりますが、何とか……」
ランサーやメディア王女が急にノイズ混じりの言語を吐いたら、異常なのだとさすがにわかる。
というよりも、異常があるのは、私だと判断せざるを得なかった。
「まさか、魂を組み替え続けて巻き戻しを止めているの?やめなさい。罅が入るわよ」
「そんな高度はできません……。あなたたちが、
「……自己暗示で認識をすり替えているのね。でも、止めてしまえばまた巻き戻るわよ」
「そのよう、ですね。……こうやって、喋るたびに、吐きそう、です。こんなのだから、私たちは、今まで誰も、先祖返りなんて呪い、を絶てなかったんでしょう」
メディア王女とランサーが、何について語っているか確かなことは理解できなかった。
きっと、私の視点がとても低くて、神のそれのようなものではないからだ。
ただ、ぼんやりとわかる。
今までの私たちの生命すべてが、ただただ祭壇の
『条件』とやらを満たすまで解放するつもりがなかったくせに、『条件』に関わろうとすれば巻き戻しを強要する無意味な枠に嵌め込まれていたことだ。
と言うのならば。
「……それでは、正しい罰にならない。罰には赦し、が、なければ、成立しないのに」
これを仕掛けた何者どもは、私たちに悔い改めることなんか、求めていなかった。
だって、罪状を証さないなら投獄の刑は、成り立ちようがない。
まさか、
だとするなら。
「……許さない」
ぽつり、と乾いた地面に落ちた雨のように言葉が溢れた。
許さない。
許さない。
許さない。
絶対に、許さない。
「私の父さんは、そんな無価値を背負った
永い罰を与えられるだけの罪を、私たちの始まりたる者が犯したと言うならば。
「私の罪状を数えて、罪を告げて、私が如何なる罪を犯した宣告があって然るべきだ。悔悟の念すら奪うこんなものの、何が正しき神罰か」
これは裁きではない。
ただの
だからこそ、とても腹立たしい。
とても、悔しい。
だって結局、私はソレを自力では跳ね除けられない。抗い切れない。
この怒りすらも、数秒先にはノイズに塗れて巻き戻される。
生まれる前から壊されて、奪われたから取り戻せない。
無かったことにされてしまう。
直せない。
治せない。
なおせない!
私は、私を、助けられない。
私は、家族を、守れない。
だから。
「……ランサー」
「何だ」
「何もかも、また忘れる前に、お願いします。……私を、助けてください」
私はランサーに、何も返せない。
何も報いれないし、何も渡せない。
それでもいいのかと見上げて、薄青い瞳と視線が合う。
木漏れ日のような、淡い微笑みがそこにあった。
「承った。おまえが忘れようと、オレは覚えている。案ずるな、今度はまた会えるのだから」
「……そう、ですか。ありがとう、ございます」
──────そうして。
せめて、笑顔で願えただろうかと最期にちらりと思った。
やっと『助けて』と言われた。
けれど、存在しなくなったものには、還れない。
ここのバゼットは、極東の愉快な母娘との縁であちこちに交流があります。略奪公とも。