では。
「─────それで、私が気がつかないうちにランサーに何があったの?元々から上乗せしてやる気に満ちてたような?」
「白矢先輩のせいです」
「ですよねー」
柳洞寺、アサシンの工房にて。
肉体と魂と言う違いはあれど、歪みを正す必要があると言われた桜さんと私は、そこにしばらくいることになった。
尚、現在メディア王女は桜さんから抜き取った蟲を解析しに離れ、ランサーとバゼットはセイバーと共に山門の侍とスパーリング中である。
お侍さんと相対したバゼットから、多重次元屈折現象とかいう言葉が聞こえたりしたが、スルーして此処にいる次第だった。
「白矢先輩、本当にさっき怒ってたの忘れてしまったんですか?」
メディア王女手製と思しい古代ギリシャ時代の壺絵にあるような椅子に座り、桜さんが尋ねてくる。
同じような椅子に腰掛けて、弓を弄りながら私は答えた。
「うん。何にも覚えてない。……覚えてないのが異常ってのは厄介だよ。異常を異常と感知できないから」
アサシン曰く、私たち一族にかかっていた呪いというのは有り体に言えば神罰だったらしい。
神代を抜けたことで神の存在そのものは和らいだが、一部が世界の修正力だか何だかにすげ変わるカタチになってしまい、結果としてより複雑化した厄介な呪いと化したそうだ。
神代が終わり、インド神話、或いはマハーバーラタというテクスチャの影響下にある土地を抜け出して極東にいても、何ら呪いの効力が落ちなかったのが、その結果だそうだ。
仮にもパーンダヴァの末裔がそんな有様になった理由は、どうも血筋と魂両方に原因があるとのこと。
平たく言えば、【先祖返り】は全員同一の魂だったそうだ。延々と輪廻転生し続け、戦いで斃れる修羅道に陥っていると言われたのだ。
どうも、【初代】の一つ前、仮に【零】とした人間が何かしらやったことが原因らしいか、迂闊に触れると修正力が働くとかで、この【彼女】に関してはさっぱり掴めないままである。
辛うじて、女性であることだけはわかったが、そこ止まりでしかない。
「先祖返りが一世代に一人しか現れないわけだ。元々一人以外生まれようがなかったんだから。……私たちの肉体が強いのも、肉体が先祖返りしてるからじゃなくって、魂が同一だったからじゃないのかな」
「どういう意味ですか?」
「肉体に見合った魂や性格になるんじゃなく、魂に見合った肉体にされてたんじゃないかなってコト。神代からずーっと同じ呪いを重ね続けた魂なんて、もうそれだけでメモリを食うよ。普通の人間の器だと、単純にスペック不足で稼働しないかも」
「……サーヴァントの皆さんは、魂が大きいって遠坂先輩が言ってました。つまり、白矢先輩の魂に見合う肉体は、自然とサーヴァントの皆さんみたいなモノじゃないといけなくなるんですか?」
「うん。それで、そんなモノ産むのなら必然母親は強靭でないといけない。でも、誰が母胎になるかわからないから、一族全員、一定以上の強靭な肉体になる。何より私たちの直系は女性ばっかりだ。……それが、先祖返りをこの世に生まれさせるためだとしたら?」
「……」
「ふざけてると思う?」
「……気持ち悪い、です」
「うん、私も。私は、私が気持ち悪くなっちゃったよ」
手の中の弓に、目を落とす。
何のために?
何のために、私たちは、
─────いつか、戦わなくて済むように、そのために、戦っていたはずなのに。
─────戦わなくても、生きられる道を、自分ではない次の誰かに渡したかっただけなのに。
そんなの、全部、無駄だったのかもしれないんだ。
大事に取っておいた白いハンカチを、泥水に落とされてぐちゃぐちゃに踏まれたような、最悪の気分だった。
ランサーは、私たちの
人殺しの道具が美しかったからって、それが、何?
こんなものを、自分の裡から汲み上げてしまえる自分自身が、わたしは、嫌いで仕方なかったのに。
ぎち、と音が鳴るほど弓と手を握りしめたときだ。
「────なら、白矢先輩の本質って、武器じゃなかったかもしれないんですね」
「……ん?」
明日の夕食の献立を決めるような声に、顔を上げた。
間桐桜は、きょとんと首を傾げている。
「わたし、白矢先輩の魂が武器ってお爺さまに聞いていたから、ずっと怖い人なんだなって思ってたんです」
「……」
「でも、アサシンさんとランサーさんのお話を聞いたら、それって呪いの影響だったんですよね?」
「……少なくとも、私たちの相伝魔術がこうなった理由はそうらしいね」
「やっぱり。じゃあ、きっと元々は弓じゃないんですね。良かった。白矢先輩のコト、少し怖くなくなりそうです」
「今でも怖いコトは怖かったの⁉」
「だって私に矢を刺したじゃありませんか」
「申し訳ございませんでした」
それを持ち出すのは反則!と言いたいけれど、武器を向けられるのは怖いですと言われたら頷くしかない。
だって、私も怖いもの。
でも、そうか。
武器が、呪いを被せられた魂のカタチと言うならば、本当は違っていてもおかしくないのだ。
武器じゃないわたし。
生まれた瞬間、武器を手にしなくて良かった私。
他人の生命を無感情にこの手で奪わなくても、生きられたわたし。
ソレは、間桐臓硯を殺めたあの時に、この世界にはもういなくなったけれど。
でも、もしかしたらいたのかもしれないのだ。
ソレは、夢想の私、
無限に広がる可能性の何処かには、いたかもしれないって言う空想だけで、少しこころが軽くなった。
嗚呼そうだ。
確かに、私たちが生まれた意味はくだらない罰かもしれないけれど、生まれた私たちが何を成すかは、まだ変えられる。
だったら、膝を折るのはやめよう。
強張っていた手と肩から力を抜いて、私は桜さんを振り返る。
「桜さん、きみって本当に良い
「えっ?」
「何で衛宮くんが無限の鈍感を発揮してるか全然わからないくらいには……」
「せっ、先輩はそこが良いんです!それにわたし、悪い子ですからね!先輩に心配をかけて、こっちにいるんですから!」
「ははは。それなら、ちゃんと全部終わらせて衛宮くんに叱ってもらいなよ。心配かけてごめんなさいって」
尤も桜さんの心配の原因もアーチャーなので、詰まる所衛宮士郎が原因ではあるのだけれど。
む、と桜さんは少し頬を膨らませていた。
「わたしだけ先輩たちに叱られたくありません!白矢先輩は遠坂先輩に怒られちゃえばいいんです!」
「唐突に道連れ宣言⁉やだよ!怒髪天遠坂凛なんて背後に不動明王背負ってるんだよ⁉」
「白矢先輩が言葉足らずだからです!ランサーさんとそっくり!」
「あそこまでじゃないとは思いたいんだけど!」
日常の。
学校の廊下で友達とふざけるように言い合って、私たちは少し笑えた。
くすくす笑う私たちの空間に、ひょいと顔を出したのはアサシンである。
「あなたたち、仮にも魔術師の工房にいるのに緊張感というものはないの?」
「あなたの魔術の初撃は防げますし、それが何とかなるならランサーは呼べます。そして、それをあなたはご存知ですから、変なコトはしないでしょう?令呪の縛りも、多分気合と根性で外しかねないのがランサーですから」
と、素のにこにこ顔で言うと、メディア王女は素で引いた顔になった。
「……なるほどね。戦乱の神代に生まれているとこうなるの。まったく羨ましくないけれど」
「生まれてませんよ?私、十七歳です」
「あなたの■■……今のは聞こえた?」
「駄目です。雑音になりました」
どうやら、私にかかっている神罰と世界の修正力だか抑止力の複合体は、私が特定の概念を頭の中で想起するか触れるかした場合、『私』を巻き戻してしまうらしい。
目撃した桜さん曰く、『唐突に言葉も呼吸も止まって目から光が消え、数秒前の言動をそっくりそのまま繰り返す』という現象になっていたと。
今の今まで普通に喋っていた人間が、唐突にそんなことになったらホラーである。
しかもそんな状態なのに、私にはまったく危機感も何もないのだ。
これが一番の難敵だ。
ある意味では、魂を無痛症にされたようなものだろうか。
体が訴える痛みという異常がなければ、人が傷病に気がつく可能性が極端に落ちるように、自分の場合は魂にそれがかかっているため、意識や心の異常を認知しづらい。
ただでさえ、精神的な痛み苦しみは他人も自分も気がつきにくいのに、神罰で補強されれば己一人ではどうしようもないだろう。
そのようなわけで、『巻き戻る』前の自分はランサーに助けを求め、ランサーはやる気に溢れてしまったようだった。
アサシンはと言えば、優雅に鼻を鳴らしていた。
「溢れたところで、あの武人では無力に等しいのよ。誰から教わったのか呪術の基礎的な知識はあるようだし洞察力は高いし誠実だけれど、総合的な能力値が脳筋もいいところ。気合と根性のみで魔術は組み立てられないわ」
「
「黄金の鎧もそう。外敵に対しては絶対の護りとなっても、既に内側にある敵には効果がない。蟲や魂がこれに当たるわ」
「……」
貶してるのか褒めているのか、微妙に判断に困る王女の言だった。
折角添い遂げたい殿方と奇跡の出会いを果たし、ヘラクレスやメドゥーサという難敵を屠る覚悟を決めたところに、カルナ、ギルガメッシュという追加の敵が現れたのだから、その鬱憤もあろう。
どうやら、彼女がランサーの真名に気がついたのは、教会前でのあのバーサーカーとの戦いで黄金の鎧と槍を初めてまともに使うところを見た時らしい。
それまでは、ランサーのスキル『無冠の武芸』で、全ステータスが本来よりも下に見えており、下位の英霊と思っていたとか。何とかなると思っていたサーヴァントが、別神話の最強の一角であるのが発覚して、凍っていたそうな。
とは言え口で言うほど、内心にランサーへの隔意は無さげだった。
葛木先生に似たところがあるからだろうか、と思う。
「……兎に角、あなたより先に間桐のお嬢さんよ。先ほど蟲をすべて摘出したけれど─────」
「え、もう全部を?」
思わず口に出してしまい、軽く睨まれる。桜さんも隣で目と口を丸くしていた。
それをどう見てか、メディア王女はやや穏やかに続けた。
「確かに、あなたたちの常識からすれば、神経にも同化する蟲を取り出すには聖杯でも使わなければならなかったでしょう。でも、私にとって現代の魔術は一段階どころか、一次元も違う。蟲を剥がすことぐらい容易いのよ。身体も、可能な限り修復したわ」
「し、神代の魔術ってそんなにも凄いんですね……!」
「貴女こそ神代の呪術を…………いえ、もう違うのね」
ちらりと物悲しげとでも呼べそうな表情を見せてから、メディア王女は気を取り直すようにかぶりを振った。
「話を戻すわ。……間桐のお嬢さん、あなたはもう自由よ。蟲は完璧に取り去りました」
はく、と桜さんが全身で戦慄く。
「ほんとう、に……?」
「ええ。蟲は既にいないし、蟲の魔術師の魂が欠片も残っていないのは確認できました。そこの弓のお嬢さんの腕とセイバーのルーンがよほど良かったのね。一撃で冥府に落としているわ。次の依代先になり得た屋敷の蟲も、ランサーが焼き尽くしています。……もう、あなたの体は、あなた一人だけのものよ」
ランサーも念入りに焼いていたからな、と思う。
女性の性と魔力を貪り肥え太るような蟲はランサーにとっても相当に地雷だったらしく、追加で焼いていいかと言ってきたほどだ。予定になかった二発目のブラフマーストラは、結果的には正解だったろう。
元々浄化の側面を持つ、太陽と炎の力を解放した半神半人の英霊に、間桐の翁は太刀打ちできなかった。
間桐臓硯の亡骸となった蟲の死骸は、セイバーがルーン魔術で焼いたので、復活の兆しはない。これに関しては、魔術師たちと渡り合ってきたバゼット姐さんのお墨付きだ。
マスターではない魔術師の抹殺がそこまで念入りに行われるのは、臓硯翁も予想外だったろう。
でも、彼も散々に運が悪いだけの人たちを殺めたのだ。自分も、その側に回るときが来ただけだろう。
「ふっ……う……く……っ」
それが、間違いだったかどうかは間桐桜の涙が答えでいいだろう。
メディア王女も私も何も言わない中、しばらく桜さんの嗚咽だけが続く。
彼女の生きてきた時間も、道も、私は何も知らない。
ここ数日で交わした言葉が、今までの十数年分の会話よりも多いくらいなのだ。
だから何と言えばいいかはわからず、ただ涙の音だけを聞く。
「……すみません。もう、大丈夫、です」
しばらくして、赤い目元のまま背筋を正した少女に、アサシンは浅く頷いた。
「そう。では、ついでにあなたたち二人の間に魔力のパスも通しましょう。これで、ランサーは二人分の魔力供給を受けられるわ」
「そこまでしてくれるんですか?」
「ランサーには、ヘラクレスと推定ギルガメッシュを倒してもらわなければならないの。その後、ランサーとセイバーも共倒れしてちょうだい」
願望がフルオープン過ぎる。
もう策謀とか諦めてないか、このアサシン。全自動嘘発見器みたいなランサーがいるからか。
「なら、お願いします」
「…………」
最早警戒するのも時間の無駄だとばかりに、アサシンは月を象ったような杖を一振した。
ぱちぱちぱち、と炭酸飲料を飲んだ時のような感覚が全身を走り、自分の一部が【外】に向かって流れ、繋がる感覚がある。
桜さんの方を見ると、同じ感覚があったらしい。同時に、ランサーの声が頭の中で響く。
『マスター』
「はい」
『オレに供給される魔力が増えた。何かあったか?』
「アサシンに、桜さんと魔力供給のパスを繋いでもらいました。支障はありますか?」
『ない。ないが、夜が明ける。アサシンに伝えておけ』
「了解しました」
要するに、ランサーはそろそろ家に戻る旨を伝えるべきと言っているのだ。
短い念話の後アサシンを見ると、すいと水鳥のように工房の出口を指さしていた。
「ランサーが魔力のパスの開通に感づいたのでしょう。では、もうお帰りなさいな。……弓のお嬢さん。あなたの魂のほうは難題です。指先一つとは行かないので、また使いでも寄越します。……そうね、ギルガメッシュとヘラクレスを倒してくれたら、お話しましょうか」
「わかりました」
「ただし、今度あのルーンの蛮族のように踏み込んできたら、相応の饗しを覚悟しておきなさい」
「……はい」
バゼット姐さんたち、完全に蛮族認定されてないかこれ。似たようなことしてるランサーや私はいいのか。
しかしなるほど、魔力のパスの開通は前払いということかと納得できた。やっぱり変に律儀だと思いつつ、桜さんと二人して外へ出る。
ただの扉のように見える門をくぐると、水の中から外へ飛び出た時のような感覚があり、朝日が全身をあたためるのを感じた。
手日差しで冬の澄んだ空を見上げると、太陽は今日も穏やかに輝いている。
隣で、眼下に広がる街をどこか呆然と眺める少女に、私は気がつかないふりをした。
「……白矢先輩」
ぽつり、と声が落ちる。
「ん?」
「この街の朝日って、あたたかいんですね。ずっとここで生きていたはずなのに、わたし、知りませんでした」
「……嗚呼、そうだね。明日も、明後日も、太陽はきっときみを照らしているよ」
ランサーたちが現れるまで、私たちは並んで風の音だけを聞いていた。
・幸薄な恋する美少女
・神による運命の歪曲
・誠実すぎる誠実な男
という特攻をくらったメディアさんです。