では。
「魔力のパスは通りましたので、しばらく桜さんはウチでお泊りです。取り引きの達成条件として、アーチャーから衛宮士郎くんを守ることも追加されました」
クラン2世に守ってもらっていた我が屋敷。
その居間にて、新たに加わった桜さんはぺこりと頭を下げていた。
茶を一口飲んだバゼット姐さんが、うむと頷く。
「私とセイバーに異存はありません。アーチャーは元々倒さねばならない敵ですから。……曙宇、これは提案ですが、あの武器庫の中で護りに向いたものを桜さんに持たせていいのでは?遠坂凛の攻撃を弾いた盾のような防具は他にあるでしょうか?」
「あります。……わかりました。一番軽いのを出します」
凛の宝石魔術を弾いた盾は小ぶりだが重いので、多分桜さんでは扱えない。素手の殴りでコンクリートを壊せる私やバゼット姐さんぐらいの腕力でないと、持ち上げるのもきついだろう。
私たちが転じる武器にも、一応、サーヴァントの宝具のように『真名解放』によって特殊効果を発揮するものはある。
単純に、その武器を遺した使い手の名を呼ぶだけだが、それにより起動して自動で持ち主を守る盾もあったはずだ。
盾だって生前の持ち主はそれを鈍器にしていたから、武器扱いではあった。
というかこの『偽・真名解放』、生きている間は使えない。使い手が死んで何らかの昇華がされないとならないのだ。その代わり、使い手が魔術師でなくとも名前さえ呼べば起動するのは大きなメリットだった。半分霊体半分実体のような武器たちだから、自立稼働する魔力炉搭載のようなものなのだ。
尚先祖返りの機能は全員一律で焔の矢を飛ばすだけで、ややしょっぱかった。
「なら、私だけで取ってきます。この前一度に四人も入ったから、少し安定させたいので」
「待て、オレも行く」
「え」
返事を待つ前に、既に【入り口】を自分の足元に開けていた私の体はすとんと下に落ちる。
瀬戸際で腕を掴んで来たランサーも、諸共落下して来た。
「わっ、と……っ」
一人分のつもりで開けたところに二人が入った影響で門が『震える』。
「第二第四静止!第一第零右へ二!第五から八は左に回転!第九は東で固定!」
咄嗟に『門』を構成する『石』を言葉で組み立て直して安定させ、くるりと宙返りして武器庫に着地する。
ランサーも一拍遅れて、隣に着地していた。
目の前に広がるのは、見慣れた武器で墓標の群れだった。地上にいる子孫の大騒動など預かり知らず、彼女たちは静かに訪れを待っているようだった。
「ランサー……」
「すまん」
「ここが魂を正常に保ち続ける空間だから何とかなりましたけど、サーヴァントが立ち入ったら震える空間は珍しくないんですからね!侵入には気をつけてください!」
「心得た。盾を探すのか?」
「はい。マドゥは……桜さんには合いそうにないから、ダールですかね。『シャンタ』か、『ラーム』か……百年前の『陽子』は少し新しいか……あ、どうせなら桜さん以外にも渡そうかな」
名前を呼べば、蔵の三ヶ所が淡く光る。
その武器を遺した『彼女』たちの名前を私が呼んだからだった。
「名をすべて覚えているのか?」
「私たち皆そうですよ。誰がどんな名前か覚えておかないと、さみしくなります」
「……彼女たちもか?」
ランサーが指さすのは、先祖返りたちの弓の列だった。
それは、当然。
「覚えてます。一番始めが
数百の名前を、ひとつひとつ唄うように繋げる。
何となくだけれど、ランサーが知りたそうな気がしたのだ。
アサシン曰く、その彼女たちは皆『私』だったらしい。
同じ魂が都度に記憶を忘れ生まれ変わって、何度も何度も弓を手にする、手にしなければならない修羅道に落ちていて、私もその中にいる。
でも、私には彼女らの記憶はない。
彼女らにも、互いの記憶などなかった。
ある意味で、私たちは植物のような存在だ。
花が咲いて、種をつけて枯れ、残った種からまた花が芽吹くありふれたサイクルに乗っていただけ、とも言える。血腥いので屍から咲く狂い花とも言えるかもしれないが、それはそれだ。
けれども、ランサーにはそれが到底肯んじられなかった。どうして、と思うけれど、多分聴いても無駄なのだ。
ランサーが受け入れられない理由は、恐らく私たちの因果の始まり『零』に関わってくる。
だから、それを聞いても私は忘れる。
何度伝えても、私は記憶できない。感情ごと白紙になり、戻せない。
多分、私が忘れているだけで、何度かそれに触れる時間はあったのだろう。
届かないどころか、触れた途端に燃え尽きる蝶でしかないのだ。どうしろと言うのか。
一つ前の私は、何故この詰んだ状況から助けてくれだなんてランサーに頼んでしまったのだ。
そもそも、
私には理解できない筋道で、ランサーが破茶滅茶やる気になってしまったのだがと言いたかった。
私の地獄は踏み入ったわたしがどうにかすべきもので、ランサーには関係ないのである。
かつて地獄を歩いて斃れていった『私』の名前を唄いながら、そう思う。
そうして唄い続けていれば、終わりにも辿り着く。
「最後が、『
「名前は二百十二。オレたちの生きた頃から数え、空白期間を挟むなら凡そ三十年ほどがおまえたちの寿命か?」
「……マハーバーラタを紀元前五十世紀の出来事として数えるなら、そうでしょうね」
そういう数え方をしてたのか。
である。
近現代ならともかく始まりが古代なのを鑑みれば別に短くもない寿命だから、今まで大して気にしていなかった長さだ。
しかしこの、
それとも、平常心が重要な弓を握り続けて、心がその形に研磨されたか。
いずれにしても、削れた部分はもとには戻らないだろう。元の形が、誰の記憶にも記録にも残っていないのだから、補いようもない。
そんな停滞を、容赦なく切り裂く声がした。
「いや、オレは覚えている」
「?」
「おまえは己の『零』がとうに失われたと諦めたようだが、オレは違う。覚えている。決して、忘れたりなどしない」
「……どうして?」
「そう在りたいとオレが望んだからだ。……数千年前から、日輪は変わることがないゆえな」
だから、
どうして、ただ召喚しただけの私に、そこまでするの?
元からそういう誠実な人だったとしても、度が過ぎている。
それとも、前提としてあった
サーヴァントとマスターとして出会うよりもずっと前から、
それら、喉の奥まで上ってきた疑問は、おそらくあと一歩思考を進めれば解ける。
けれど、解けば『巻き戻されて』また始めからになる、どころか感情に欠落が起きるようだから、踏み込んではならないのだ。
世界の認識を騙すぎりぎり瀬戸際で、私は『私』で居続けなければならなかった。
言葉にして世界に問いかければ、或いはランサーに問いとして向ければ、巻き戻しは容赦がなくなる。
想いに、言葉で形を与えてはならない。
世界に、何も刻もうとしてはならない。
ただ抱えて、信じる以外にない。
それって、最初から今までずっとやって来たことではないだろうか。
「悩ましい……」
「ようやく人並みに懊悩するようになったか。喜ばしいな。おまえは割り切りと適応が速すぎる。そうでなければ生き残れなかったのだろうが、駆け抜けて燃え尽きるのは流星だけでいい。おまえは地を歩く人間だ」
「なんで本気で嬉しそうなんですかこれで!」
ランサーの感情というか思考回路、どうなってるんだ。ちょっと、カチンと来た。
「ランサーって、何だか私のお父さんみたいなところありますね!」
「……そうか………………そうか」
「私に視えないものを視て、先まで駆け抜けて消えてしまった人なので、別に褒めてませんから!」
「オレはとうに死したおまえたちの先人だが、同じではないのか?」
「正論って人を怒らせるんですよ。知りませんでしたか?」
「おまえがオレの言葉で芯から激昂する代わり、己の感情に正直であるならまだ良かったのだがな。こうして、戯れの怒り程度しか抱けないのだろう?」
「……それは、まぁ……そうですけれども。別に、困ってなかったから」
この、
「おまえの感情自体は至極真っ当だ。母や姉と暮らし、父との想い出を含めて家族を愛し、彼らに愛されている自覚があるゆえに、己を肯定できている。だからこそ、それを破壊しかねない激しい怒りを表にしなくなった」
「私って、怒ったらそんなに無茶苦茶なコトになるんですか?」
「怒りの理由を他者に委ねるがゆえに、歯止めが利かない面がある。自覚はないのか?」
「ああ……確かに、自分のためじゃなくて、誰かのために怒るのは楽ですね。そうはなりたくないって思ったんですけど、そうなってしまっていたのかな」
「未だなってはいまい。そも、今までの十七年生きてきたおまえは、他者を破壊してまで遂げたい怒りを覚えていないのだろう。穏やかに暮らせていたからだろうが、これから先はわからん」
「……」
図星だった。
十八になったら住んでいた街を出るのは決まっていることだ。
家に帰れなくなるわけじゃないけれど、毎日ただいまを言えなくなる。そうなったら、今のままではいられないだろう。
「補足すると、ひとつ前のおまえは激昂していたぞ。が、その理由も己自身ではなく父母や姉を貶められたと感じたからだ。己自身の苦境については頓着がない。顧みない。オレにはそれがもどかしい」
「苦境だと感じ取れてないからだと思いますけどね」
「オレと違い、戦いは厭わしいのだろう?何故、戦わない道を選ばない?」
「向こうが放ってくれないからです。それに、戦いとは何も武器を手にするコトじゃないでしょう。普通に生きてるだけでも、どうしたって人は居場所の奪い合いをしなくてはならない生き物です」
武器を手にしなくっても、自分の居場所を勝ち取るためには誰かと争わなければならない。
そんなの人に限った話ではなく、神も英霊も変わらないだろう。
平等なんてのは綺麗事で、人間は争いがなければ成立しないようにできている。
それでも、惨たらしい争いをマシなものにする行為を、止めたくはなかった。
「平等とか博愛とか、腐るほどこの世に蔓延る綺麗事が、私は結構嫌いじゃないですよ。だって、そうありたいのにそうなれなかった、人間たちの良心でしょう?」
「……」
「人間は獣のひとつでしかないけれど、私たちは未来を語れます。今よりも良い、『明日』の話ができて、それを求めるコトができます。『今』だけを生きる他の獣には、できないでしょう?」
「……ああ」
「だから多分、私たち……『零』から続いた私たちはみんな、人間が好きなんです。好きだから、目の前にいる誰かに手を差し伸べたくなる。誰かと戦ったり、誰かに裏切られる痛みより、誰かを助けられた喜びのほうが勝ってしまうだけなんです。……あ、勿論先祖返りになりたくないって思いもありますけど」
人は、何かを好きにならないと、世界に区別もつけられない。すべてを愛しているというのは、何も愛さないのと同義だ。
私は正義の味方のような聖人君子などではなくて、たまたま『好き』という感情の矛先が、もっと言えば快楽を感じる方向性が『人の善性』を見たときだっただけの、ごく普通の人間なのだと思う。
つまり、欲望に忠実なだけなのだ。
ただ確かに、私たちはやり方が何とも無茶苦茶だ。先祖返りたちの死因、半分くらいは自爆である。
端から徒花としてしか生きるつもりがないなんて、私たちは一個の生命体として歪だ。何よりも、歪と認識していながら正す気が起きなかった。
「『人の善性』なんて広範なものが好きになってしまったから、無茶なコトやるようになった気はしてます。……普通、人はそんな大勢を好きになれるようできてないから、破綻したのかと。誰かを一人だけ特別に好きになってたなら、もう少し違ってたと思うんですけど。だって、その人を哀しませたくないっていう止まり方ができたはず」
生憎そういう特別な感情を持てる相手がいないから、『人の善性』なんて言うものに殉じるようになってしまったのかもしれない。
馬鹿だなぁ、とは思う。
一人を特別にできないなら、自分だって誰か一人の特別にはなれないくせに。
そんなだから、毎回庇ってもらえなくって死んでしまうのではないだろうか。
ランサーの声が、少し掠れた。
「家族では、楔になり得なかったのか?」
「私たちにとって、家族は『守らなければいけないもの』です。だって、私たちが一番強いから」
「此岸におまえたちを繋ぎ止める鎖ではなく、守るために盾となる理由となってしまう、か。度し難い円環だ」
「度し難いまで言わなくてもよくありませんか。個人的な感傷です。誠実さを墨守したいからそうし続けたあなたも、似たような者では?」
ランサーが誠実なのは、疑っていない。
ないけれど、ランサーの在り方は、易きに流れまいと正しさにしがみついて誠実であろうとする普通の人間のものではなく、自分が最も快く、納得できる選択肢を取り続けた形ではないかとも思う。
誠実を理由にして己が被る痛みに、ランサーは殊更強いのだ。
周りが悲劇の英雄だとランサーを語り継げど、本人が飄然としているのもそうではないのか。
偶然、人の善性が好きに生まれた私と、偶然、誠実を好んで生まれたのがランサーとするなら、性質だけで言うなら多分似た者だ。
その誠実さを好む性のまま振る舞って斃れて自分は飲み込んでいるのに、私には駄目だというのは筋が通らないのではなかろうか。
「あの黄金の英雄に対して、あなたは過ぎた感傷を抱いた死王と評しましたけれど、あなたもそうなのでは?過ぎた感情は身を滅ぼします」
「今を生きているおまえの在り方に、オレが口を挟む資格などないと理解はしている。だが、聞けんな。聞く耳持たんと決めたのはオレだ。こういう男を引き当てたと諦めて欲しい」
「開き直りでは?論ずる意義を振り捨てないで欲しいのですが」
「先も言ったが、言葉ではオレはおまえに勝てず、納得させるコトもできはしない。できたらとうにやっている。従って、取れる手段は限られる」
「……具体的には?」
「腕ずくでもその運命をこじ開けるだけだが。最低限、おまえは無限に続く戦いからは解放されるべきだ」
「至極当然この世の真理のように語るコトですか!」
結論、脳筋ではないか。
アサシンに、総合的な能力値は脳筋と判定を下されたのはこういうところか。
過去含めた自分の振る舞いは完全に脇に置いて、何が何でもこっちに深入りするつもりである。なりふり構ってなさ過ぎた。
「七千年後に他所の人間にそんなに肩入れするなら、生きてる頃にやっていてください……。もしかして、口だと無理だから腕力にするって結論は、生前からの反省ですか?」
「む」
「図星ですか……。後悔の矛先なら、向けるべきだった本人に向けてください。だから過ぎた感傷って言ったのに」
多分それは、亡くなった奥方だろう。前々から、重ねられている空気は感じていた。
私とその人が、似てたかどうにかしたのか。
それでは、当世の人まで己が裁くべき人類だと判定を下した、あのギルガメッシュと同じだ。あっちもこっちも、人間に対して向き合い方が真正面すぎる。
「ギルガメッシュは人類全体で、あなたは人間個人だとしても、人に対して向き合い方が真摯なんです。……いえ、ギルガメッシュ王に関しては、何故当代の人類を裁く発想になったかわからないんですけど。ミノス王やアイアコス王のような裁きの王ではなかったでしょうに」
「あれは己で己を定めたのだろう。人類の裁定者足らんと己に課して、人を愛さないと決めた。その在り方自体は偉大なる王だと思う」
「人類全体を何とかしてやろうと動き出すなら、慈悲深いかはともかく、真面目な王だと?」
「否定はできまい。だが、選ぶ手段が今を生きる人類の鏖殺だ。己の眼に適わぬ人類は容赦なく間引く。オレはそこまで、遍く人々を軽々しく消費していいものとは思わん。おまえもだろう?」
「それは……はい」
「何よりも、鏖殺の手段に聖杯とおまえを用いる気だろう。あり得ん」
「……」
何と言うか。
最早ギルガメッシュ王を鬱陶しがるような雰囲気すらあった。
ランサーにとっての優先順位は、『私を助ける』ことで他に構う余裕がないというか。
具体的に言うと、かつて私にちょっかいをかけようとした魔術師を『邪魔よ』の一言で打ちのめし、妹を引き連れて期間限定かつペア優先のスイーツビュッフェに突撃した姉さんの気配がある。
今忙しいから関わってくるな、とでも言おうか。
「でも結局、どうすれば私はどうにかなるんでしょうか。いっそ聖杯にでも頼らないといけないとか?」
冗談半分のつもりだったのだ。
だが、ランサーは完全に顔を顰めた。
「否、やめておけ。あれは汚染され厄災の揺籠と成り果てた。扱えるのはアサシン以外いないだろう」
──────ん?
「待ってください」
「うん」
「聖杯が、何に、なったって、言いました?」
「厄災だ。中身か器か、原因定かならずだが凡そ無色の万能の願望器ではない。無色ではなくなっただけで、願望器ではあるが」
「…………」
「ギルガメッシュ王を見た時、変質しているとおまえ自身も言っただろう?」
「言いました、けど……」
「あれは、聖杯の厄災によって受肉したからだ。食い切ったのだろうが、影響が皆無とも言い切れない。オレには泥に視えたが、おまえは……待て、もしや視えていなかったのか?」
素で驚いていると思しいランサーに、自然、笑顔になる。
すぅ、と息を吸った。
「先に!言って!くだ!さい!」
安らかに眠る武器たちをびりびりと震わせる、大音量が霊廟に轟いたのだった。
スライディング土下座案件発言を自分で積み上げる鈍感(強制)系主人公。
言いたいことと言うべきではないことが積み重なっているため、報連相ファンブルを叩き出す英雄。
マドゥは凄まじき見た目のインドの盾です。
ダールは一般的な盾とさせてください。