では。
新事実。
原因不明だが、聖杯は汚染されて中身がぐちゃぐちゃになっていたそうだ。
推察などではなく、確定事項として。
無色の願望器だと聖杯からの知識で知らされていたランサーだが、受肉している前回の聖杯戦争のサーヴァント、ギルガメッシュを視たときに、聖杯の汚染を感知。
人の願いを受け続けたならば、そういう澱みも溜まるのだろうと納得し、私が聖杯を解体すべき爆発物のような扱いをしていた上に、聖杯の魔力を汚染されていると言ったのを汲み取ったので、中身を完全に察しているのかと思い込み、今まで言っていなかったそうだ。
確かに、聖杯の魔力で受肉したらしいギルガメッシュが黒い魔力の気配を漂わせていたから、聖杯の中身ももしやろくでもないのではないか、という話題はバゼット姐さんやセイバーと確かにした。
……ランサーは、蔵を漁っていていなかったな、そう言えば。
確かに、サーヴァントの魂を溜め込んでいくなんて、生贄のようで良からぬやり方とは思った。
……だが、聖杯そのものがもう取返しのつかない汚染に遭っているという結論ではなかったろうが。
出ていたんなら報連相してください。
という話だった。
凄まじき報連相ポカである。何度目だ。
バゼット姐さんは、それでも冷静だった。
武器庫から急遽戻ってきて開いた作戦会議で、バゼット姐さんは口を開く。
「御三家にそう言った聖杯に関する不備の通達はありましたか?桜さん」
「ありませんでした。兄さんもそんなコトは一言も言ってません。でも、あったとしても受け取っていたのはお爺さまで、発しているのは教会の神父さんです。……まともなものに、なりますか?」
「ならないな」
「ならないね」
「ならん」
三人一致で、否定だった。
バゼット姐さんだけは言峰神父を擁護気味なのだが、私が胡散臭いと言い続け、セイバーとランサーが前回の聖杯戦争の参加者かつギルガメッシュの関係者である可能性を指摘したので、その声も小さくなっていた。
「しかし、アインツベルンは聖杯に異常があれば必ず気がつくのでは?彼らは聖杯の鋳造を担っているはず。鋳造段階で気がつかないとは考えられません」
「気がついても、聖杯戦争はやめないんじゃないですか?彼らはホムンクルスで、目的は第三魔法の成就です。人的被害は度外視できます」
「……確かに、そのほうが魔術師らしいですね。神秘の漏洩をも無視している点を除けば。……ではイリヤスフィールも認知していると?」
「していたとしても、イリヤスフィールは父と義弟への恨みの精算が勝るだろう。寿命の少ない肉体を、縁もゆかりも無い他人を助けるために使えというのは酷だ」
「ホムンクルスの稼働限界ですか?」
「恐らくはな。オレには、イリヤスフィールの魔力は強大でも生物としては脆く視えた。マスターが斑糲岩なら、イリヤスフィールは氷細工だ」
「斑糲岩とはクンナムですか?」
「相違ない」
仮にも十七歳の女の子を岩にたとえるのか。クンナムって、非常に硬い黒御影石だろう。墓石とかに使われる綺麗なものだけど。
そんな語彙だから奥方に花を贈っても勘違いで薬にされたのでは?と思わなくもなかった。
ランサーの一言がまた笑いのツボに入ったらしいセイバーを横目に、バゼットは咳払いをした。
「しかし、私たちも当面の方針は変更なく進めて構わないでしょう。ランサーの見立てでは、アサシンならば聖杯を願望器として扱えるとのコトでしたが、間違いありませんね?」
「あの腕前ならば問題あるまい。鏖殺の念に染まったとは言え、魔術儀式の一部だ。大神ゼウスを退けた魔術師の腕ならば、どうとでも扱える」
「わかりました。アサシンは聖杯の汚染を認知していると思いますか?」
「気配はあった」
「わかりました。元より、聖杯に触れられるのはサーヴァントのみ。私たちの目的は、最終的な勝利者をアサシンとして、彼女の受肉という願いを果たさせ、聖杯を魔術協会へ届けるコト。相違ありませんね?……衛宮士郎の生存も条件に含めておきますが」
「はい」
「はい!」
「異存はない」
「おまえは異存どうこうの前にマスターに連絡して確認を取れよ……。ま、オレも賛成だ。けど、いざ危なくなったら、聖杯をぶっ壊すコトも視野には入れとくべきじゃねぇか?この街が更地になるのは、オレも望まないぞ」
ふむ、とバゼットが頷いた。
「……そうですね。神秘の漏洩こそが最も避けるべき事態だ。危うくなれば、聖杯の破壊もやむ無しでしょう」
「あの、でも……聖杯って壊せるんですか?降臨するまでは、どこにあるかもわからないような、霊体なんですよね?」
「そうだね。破壊するにしてもこのまま聖杯戦争を進めてって、降臨させないといけないかもしれない。……一応聞きますけど霊体に攻撃できる人は、います?ちなみに私は無理です」
物理特化な一団である。
全員揃って沈黙だった。
セイバーが髪をかきながら口を開く。
「間違いなく破壊するなら、降臨したあとにランサーの宝具を使うぐらいだろうな。ブラフマーストラ、だっけ?あれを何発か入れれば問題ないだろ。聖杯が召喚される土地を吹っ飛ばす手もあるだろうが、別の場所が降臨の地に選ばれる可能性は残るしな」
「オレも賛成だ。器を破壊するならば或いは大槍でも構わん。あれは存在を絶滅させる。……マスター、おまえは手を出すな」
「何も言ってませんけど」
「自壊の選択肢があるだろう。おまえが斃れればオレにとっては敗北だ。おまえはオレを戦争の敗者にしたいのか?」
「ずるくありませんかそれは!」
さすがにテーブル叩いて立ち上がりたくなる周到さだった。しないが。
ランサーの向かいで、セイバーがぼそりと呟く。
「施しの聖者に小狡い物言いさせるって、アンタ地味に凄ぇな」
「褒めてませんよね?」
「褒めてる褒めてる。アンタにしろランサーにしろ間桐の嬢ちゃんにしろ、勿論マスターにしろ、今回は味方が気持ちいいやつらばかりでオレは満足なんだよ。だから、オレが最後に獲るのはランサーがいい。アンタが倒れたら、ランサーは戦うどころじゃなくなるだろ」
「……」
半神の赤い瞳で、少年は真っ直ぐにこちらを見ていた。
「……わかりました。そういうのであれば、やめておきます。けど元々やる気なんてないし、好き好んで聖杯を爆破なんかしません。私をなんだと思ってるんですか」
「白矢先輩、普通、聖杯を壊せる現代の魔術師はなかなかいないんじゃないですか。姉さんがまた宝石を構えちゃいますよ?」
「凛は真っ当に解体するほうだと思うけど。って、汚染は凛と衛宮くんには伝えます?」
「……いいえ、伝えれば彼らは聖杯戦争そのものの破壊を早急に目論むでしょう。私たちは、儀式としての聖杯戦争をアサシンの勝利で終わらせます。情報は渡せません」
「わかりました」
無関係の人を危険に晒し続けるのか、と衛宮士郎ならば言うだろうけれど、こちらにもメディア王女に助けてもらった恩はある。
聖杯戦争は、続けなければいけなかった。
「では次の手はどうしますか?」
「バーサーカーとの決戦を考えています。そのためにまず、アインツベルンを偵察しましょう」
「理由は?」
「キャスター、アーチャー陣営との関係を知りたい。アインツベルンが孤立を選んだなら攻め込むのも手ですが、アーチャーとの共闘なら、作戦を練り直さなければならない。……アーチャーが未だ己の真名を取り戻していないなら、衛宮士郎だと暴露して動揺させる手もあります」
普通に急所をぶっ刺すつもりだったらしい。そうだよなぁと思っていると、ランサーが頷いていた。
「アーチャーは既に衛宮士郎への殺意がある。真名を取り戻していると判断していいだろう。己のマスターに明かしているとは限らんが」
「隠しているなら、アーチャーのマスターに明かして動揺させられますね」
「自分のマスターにも隠し事かよ。食えねぇ弓兵だな。ま、弓兵なのに剣を扱ってる時点で今更か」
「アーチャーは良い剣筋をしていた。セイバー、おまえも剣を交えただろう。衛宮士郎もああなるだろうか」
「なったら駄目なんだろ。間桐の嬢ちゃん、頑張れよ」
「え!」
「驚いてる場合かよ」
それはそう。
衛宮くんがあの赤いマッチョにならないようにするには、色々頑張らないと行けない気はしている。
「その辺りの種々は、聖杯戦争が終わってからというコトで。バゼット姐さんとセイバーがアインツベルンを偵察するなら、私たちはギルガメッシュと言峰神父を探りたいのですが」
「正気か?」
「せめて根拠を聞いてから言ってください」
慣れたからいいけれど、初手暴言ではないか。
「言峰教会を偵察するだけです。あの神父様、胡散臭いので拠点を調べておきたくて」
「アンタ、そういや延々教会の神父を怪しがってたな。何かあったのか?」
「近づくなって母から言われてたから、何かされてはないです。……でも、あのひと、時々心臓がないみたいで」
「……ん?」
「説明しにくいんですけど、心臓の気配……鼓動が……ない、ような?」
「何だそりゃ。ダグザの釜で煮込まれでもしたのかよ」
「あり得そうです。聖杯のモチーフの一つに大釜はありますし。あれって戦士を蘇らせるんですよね?」
「不完全らしいけどな」
要するに、聖杯が彼に何かを為したのではないかということだ。
バゼット姐さんは大きく頷いた。
「ええ。私も教会を調べるのは賛成です。これは夏夜から
令呪は、七人のマスターが一人につき三つ持つ。
今までの聖杯戦争は四回。
令呪を使い切れずに終わるマスターもいたとすれば、令呪はかなりの数だ。
「監督役の令呪は、オレたちサーヴァントにも影響を及ぼすのか?」
「いえ、既に契約しているサーヴァントにはそこまでの強制力はありません。けれど、言峰神父がサーヴァントと契約していたなら話は別ですし、単純に膨大な魔力が込められていますから」
「ギルガメッシュが言峰神父の契約サーヴァントだった場合、彼も令呪の恩恵を受けられると?」
「はい。となれば、非常に厄介です。曙宇、言峰神父から残りの令呪を奪うか、破壊するコトはできますか?」
「ああ……」
基本的に令呪は腕に刻まれるはずだ。そして令呪は、持ち主の魔術回路と接続されている。
とするなら。
「腕を落とせばいいですね。狙撃します」
「頼みました。尤も、言峰神父がギルガメッシュのマスターだと確定してからの襲撃にしたほうがいいと思います。監督役を疑いだけで排除しては、曙宇が後々狙われます。ただでさえ、教会も協会も白矢の一族を回収したがっていますから、口実を与える必要はない」
協会はまだマシなのだが、教会は本当に面倒なところがある。
一般的な教会関係者なら、うちの家族と全面的に喧嘩をしたら被害が甚大になるのを察して、『見なかった振り』をするのだ。
が、一部過激派になると生きている異形だとばかりに消しに来る。失礼な!
「全能であるのを強いられた神の信徒か。人のように泣き、笑い、怒り、騙り、時には人との間に子まで成すオレたちの神は、さぞ受け入れ難いのだろうな」
「言峰神父も敬虔な信徒ですけど、そこまで極端ではありませんよ。…………いや胡散臭いんですけど」
「どんだけ胡散臭がってんだよ」
「蛇並みに嫌いなんです!」
桜さんが、きょとんと首を傾げた。
「蛇?」
「アルジュナの血筋である彼女たちは、竜王タクシャカに噛み殺されたパリクシット王の末裔でもある。パリクシットの息子、ジャナメージャヤは父の仇だとしてすべての蛇を滅ぼさんと祀りを執り行ったが、その復讐を止めるために現れた聖仙がいる」
「それをきっかけに語り継がれたのが、『マハーバーラタ』だよ。で、何故か私たちは皆蛇が嫌いなの。多分ご先祖が蛇を恨んだ影響だろうね」
先祖たちの輝かしくも血腥いマハーバーラタの物語を聞き、恨みに目が曇っていたジャナメージャヤは蛇を滅ぼすのをやめた。あれも、血で血を洗った復讐の連鎖ではあるから。
が、彼の子孫である私たちは、皆して蛇嫌いだ。
王として復讐は止めたけれど、私人としてのジャナメージャヤは恨みを残しているようで何とも言えなくなる特性だった。
「でも、タクシャカ王にだって、パリクシット王の祖父である英雄アルジュナと、彼の親友にしてヴィシュヌ神の化身クリシュナに同胞を焼き殺された恨みがあった。復讐の連鎖ってやつだよ」
「復讐は何も生まないが、気は晴れる。……拘泥する気はないが、クリシュナにはオレも蟠りがある。一発くれてやりたい程度には、ある」
「ん?おまえを殺したアルジュナじゃねぇのか?」
「クリシュナだ」
断定するランサーの口調に、セイバーが鼻の頭をかいた。
「もしかしてそいつ、おまえを負かすために嫁さんに何かしたのか?」
「ああ。彼女を追いつめ、死を選ばせた」
「おい、それは殴るだけでいいのか?」
「生命まで奪うと彼女が面倒がる。殴る程度に留める努力はする」
「面倒がるってまた変わった嫁さんだな。だろ?ハクヤ」
「否定はしませんけど」
弓や剣を必要としたり、呪術に通じていたり、花を勘違いで薬に作り替えたり、自分の仇の死は面倒がったりと、聴いた話だけを繋げると、結構愉快な性格に思える奥方だった。
まぁ、ヴィシュヌ神の化身、アヴァターラのクリシュナによって排除されたなら、相当手強い人ではあったか、利用価値が高かったのだろう。
しかし、自分を撃ったアルジュナでなく、クリシュナへ個人的な恨みが募っているランサーは、なんだか新鮮だった。殴るに留める努力はするというのは、努力なしでは殺すと言うのと同義ではないか。
ちゃんと負の感情も抱けて。
ちゃんと奥方が好きだったんだなと思う。
桜さんが、きょとんと不思議そうに首を傾けていた。
「でもランサーさんが全力で殴ったら男の人の首の骨ぐらい、折れちゃいませんか?」
おっそろしいこと言い出すな、と突っ伏しそうになった。
ランサーは真面目に応じる。
「彼女が自力で殴ってもそれぐらいの威力はあったぞ。病人の治療に余計な口を挟んだ村長を、平手で叩き飛ばしたコトもある。加減していたはずだ」
「奥方様腕力どうなってるんですか⁉そして何やってるんですか!」
ますます愉快な性格に思えて来た。
けれど、脳内イメージが鬼女ヒディンバー系になりそうだ。ランサーが一度も、奥方の容姿について口にしないからである。
当のランサーはと言えば、微かに顔を綻ばせながら続けた。
「彼女も半神だったゆえ、力が強かったんだ。オレが鎧を失ったときの平手打ちはかなり響いたぞ」
「力って単純な腕力かよ。鎧の件はどっからどう考えてもおまえが悪いだろ。そら嫁さんも手が出るぞ。なぁ、ハクヤ?」
「今の白矢先輩が自力で殴っても、あまり変わらないかもしれませんね」
「確かに鎧を自分で剥がした逸話は私もちょっと意味がわからないですし、腕力もそんなものだけどさ。腕力はバゼット姐さんも同じような感じでは?」
「私の拳は曙宇より強いです」
堂々胸を張るバゼット姐さんの一言で、一旦作戦会議はお開きとなったのだった。
カルナ「記憶がないなら昔のことをどれだけ喋っても恥ずかしがって止めに来ないな。ヨシ」
というポジティブシンキング。