では。
「あ」
「あ」
「あ」
「……」
学校に病欠の連絡を入れ、言峰教会に向かおうと門を出た途端に衛宮士郎とキャスターに出会った。
言葉にすればただそれだけの状態である。
にっこり、と笑う。
「おはよう、衛宮くん。じゃあ、私は用事があるからまたね」
「ああ、また─────いやそうじゃないだろ!」
「流されなかったか」
残念、とぺろりと舌を出して肩をすくめた。
「用事があるのは本当だから、手短に済ませてほしいんだけど」
「すぐ済む。……白矢、桜がうちから出て行ったんだ。どこに行ったかわかるか?」
「ウチにいるよ。犬と遊んでたけど、今犬がお使いに行ってるから、留守番」
庭をただ守るのではなく、桜を守れとセイバーに命じられたクラン2世はやる気に溢れたらしく、桜さんの後をわふわふとついて回っていた。
白い綿あめのような猛犬の仔犬に桜さんもすっかり気を許したらしく、好きにさせていたのだ。
が、今、クラン2世はちょっとしたお使いで出かけていた。桜さんを一人にするのも危ないので、今は、『蔵』に籠もってもらっている。
昨日、超速で『蔵』の情報を安定化させたので、今は緊急避難場所になっているのだった。本人は、『武器』さんたちを見てます!とのことで結構楽しいらしい。
そんなふうに、想像よりも間桐桜は強かだった。
「呼ぼうか?」
「いい。その前に聞きたい。おまえたち、桜を無理に連れてったのか?」
「彼女は彼女の意志でオレたちの元を訪れた。今は同盟相手だ」
「そっか。……それなら、いい」
顔に、良くはないと書いてあるのに、衛宮士郎はそう口にした。
彼の隣りにいるキャスターは、何とも居心地悪げにマフラーの裾を握っている。
その葛藤を、あまり考慮しない約一名が口を開く。
「良くはないだろうに」
「ランサー!わたしが滾々と話してやっとシロウがここに突っ込むのを止めたんですよ!火をつけないで下さい!それにハクヤ!サクラに矢を刺したあれは一体どういう意味か説明を!」
「するとしても凛にしかしないよ。魔術師同士の家族の話だもの。あと、矢を撃ってすぐ帰ったのは目が痛かったから」
「嘘つけぇ!あなたが痛いくらいで退くもんか!腕が使えなくなったら口で弓を引くくせに!もしくは全部焔でドカーンのはず!」
「私、火の魔術は使ったコトないんだけど」
「え?あなたが?」
「私たちは属性がおかしいらしくて、最近の五属性みたいな普通の魔術が合わないんだよ。……いやそれはどうでもいいか」
「ああ。おまえたち、何をしにきたんだ?」
「シロウがどうしても桜を探すって言って出てきたんです。もう探し終わっちゃいましたけど」
間桐家が吹き飛んだ話も間桐慎二の行方も、ランサーがとっくに話しているらしいから、その点は聞かなくていいのだろう。
向こうから来るのなら、聞きたいことはあった。
「衛宮くん、イリヤスフィールとはどうなったの?姉さんなんでしょ?」
「え、姉?」
「ランサーが姉って言ってたよ」
「い、イリヤって俺の姉さんなのか?あんなにちっちゃいのに?」
「ホムンクルスとヒトの間の子だ。通常の人間とは異なるだろう。オレたちのような半神半人の中には、肉体年齢が少女期で固定された者もいた。珍しくはない」
「半神半人がめちゃくちゃ珍しいだろって言っていいですか、ハクヤ?」
「いいけど、ランサーの言ってるコトは正論だよ」
「だと思いました!」
しかしこういつまでも家の前でやり合っていると、桜さんが出てきかねない。というか、出ていいですか?と聞いてきそうだ。
親指で行き先を示して歩き始めると、衛宮くんとセイバーはついてきた。
「……イリヤが俺の姉って、白矢は知ってたのか?」
「知らなかった、本当に。それで、きみの姉さんは何て?」
「一応殺すのは無しにされた。家に来て、アルバムを何冊も見て帰ってった。ただ、おまえとランサーに結構怒ってたぞ。バーサーカーで潰しに行くつもりだ」
「だろうな。こちらも、聖杯を造り出したアインツベルンと交渉の余地はない。戦う以外ないだろう」
「あの森どれぐらい残りますかね……」
ランサーとバーサーカーが激突するなら、せめてアインツベルンが所有する街外れの森林地帯がいい。というより、あそこ以外なかった。
「森が……残る?」
その被害規模が、当然予測しきれていない人もいる。
宇宙の深淵を覗いた猫の顔になったマスターの脇腹を、キャスターがちょいとつついていた。
「シロウ、マハーバーラタなんて全員ビーム兵器が標準装備みたいなものって言ったじゃないですか。彼らの子孫のハクヤだって、校舎ぐらい壊せますよ」
「いや壊したくないんだけど」
「壊せないじゃなくて、壊したくないなのかよ」
何おう、この封印指定確定レベルの異能持ちが!であった。
しかし、この土地には下手をすれば少々時代の特異点になる輩が集まりすぎとは思う。
魔術師どころか最早異能者の領域の衛宮士郎に、アベレージ・ワンの凛に、属性が虚ろな桜さんに、七千年ものの神代先祖返りの私なんて、最早滅茶苦茶すぎる。恐ろしいことに、全員未成年でもある。
それをどう聞いたか、ランサーが相変わらず平然と口を開く。
「当初の目的だった間桐桜の行方は知れただろう。衛宮士郎、無為に過ごす時間がおまえにあるのか?己の正義に喰い殺されるか、喰い返すかの瀬戸際だろう」
「ランサー、言い方。確かに衛宮くんはもっと鍛える余地がありますけど。……あと、魔術耐性弱いのにうろうろするのは危ないし、アーチャーの剣は見たの?」
衛宮くん本人と言うよりキャスターに向けての問いだったのだが、向こうは分かってくれたらしい。
「視てましたよ。セイバーとアーチャーが庭で斬り合った時に。あれから、投影の魔術は伸びてるんですよね。本人に理由はわかってなさそうなんですけど」
「完全に同系統の魔術だからじゃないの?アーチャーのあれも投影魔術だし」
「あれもなのか」
「そう。ランサーが言ってたよ。数十本は剣を弾き飛ばしたのに、次々手から現れたって。投影魔術で失っても補充してたんでしょう」
尤もその後、霊核を砕かないぎりぎりで袈裟懸けに斬ったらしい。衛宮邸を襲撃したセイバー曰く、アーチャーは半身を庇う動きをしていたからよっぽどの深手のはずだ。
向こうからすれば、黄金の鎧がある時点でふざけるなという話だったろう。だって幾ら斬っても傷にならないし、なったとしても即時回復だからだ。うちのランサーは強いのです。
しかし、未だに衛宮士郎はアーチャーの正体に関しては悟ってはいないらしかった。アーチャーも、隠したままなのだろう。自分の魂の始めを知ろうとすると頭を空っぽにされかける私も、人のことなど言っていられないけれど。
「世代を重ねた武器を投影すれば、その武器が蓄積した経験までも自分に下ろせるから、インスタントに使い手にはなれるよ。私たちもそんな感じで武器を扱うようになるし」
「あの弓もなのか?」
「まぁね。そもそも、生まれてから冬木を出てもない私が、あんなに弓を振り回せてるのおかしく思わなかった?」
「……白矢の魔術はそんなものなのかなって。便利に戦えるようになる魔術なんだなって言ったら、遠坂に凄い顔されたけど」
「きみ、本当に魔術師じゃないんだね。私もだけど」
魔術を人生を捧げるべきものと見做さず、道具として扱っているのだから。
きっと、桜さんもそんなふうになる気はしている。蟲にされていたコトを鑑みたら、魔術に誇りとか何とかは持てないだろう。
彼女の生まれ持った属性は相当珍しそうだから、修行はしないといけないだろうけれど、諸々が何とかなったらアサシンにでも弟子入りさせてはもらえないだろうかと思う。
何となくだけど、メディア王女は割と桜さんを気に入ってそうなのだ。昔の自分と同じように、自分の恋を守るために単身で敵方へ乗り込んだ女の子だからだろうか。しかも、神々の思惑なんて恋心じゃない、自分で育んだ普通の恋で。
けれど、何もかもを決めるのは桜さんだ。
なんて、思ってる側から向こうの道から嫌な気配がした。
……前よりも、具体的には聖杯戦争に関わる前よりも、鋭くなっている感覚に目を細め、進もうかどうしようか迷う。
「マスター」
「……会います」
「承知した」
無言でランサーが霊体となって姿を消す。
ほぼ同時に曲がり角から間桐慎二が現れ、衛宮くんとキャスターが身構えた。
桜さんと髪色だけは似た同級生は、こちらを見るや顔色を変える。
「衛宮、白矢……!」
「おはようございます、間桐慎二くん。教会から出て来ていいの?」
間桐邸を襲撃し、ライダーを倒したランサーとバゼットは、間桐慎二を教会に入れて戻って来た。令呪も回路もないとは言え、仮にも聖杯戦争のマスターだったからには、教会の中にいるのがいいと思っていたのだが、間桐慎二はそうしなかったらしい。
プライドがあったのだろうか、と彼を見る。
みるみるその端正な顔が怒りで染まるのが見えて、ああ、と思った。
また、かける言葉を間違えたらしい。
「おまえ、白矢ァ……!」
怨念の籠もった呪言のように私の名前を言いながら、衛宮くんもキャスターも無視して近寄り、こちらの襟元を掴み上げようとする。
「止まれ」
それは、霊体化を解除したランサーの手で止められる。唐突に現れた槍兵に間桐慎二は狼狽え、けれど不敵に嗤った。
「何だ、おまえもサーヴァントを侍らせてたのかよ、白矢。じゃあ、僕のサーヴァントとどっちが強いか勝負しようじゃないか!」
「何?」
「え?」
どこにも魔力の繋がりが視えないのに、何を言っているのだろう。その戸惑いをどう取ったのか、間桐慎二は嬉々として虚空を振り仰いだ。
「ほら出番だぜ、
瞬時にランサーが鎧を纏い、槍を手にする。
されど、二秒経とうと五秒進もうと、何の気配もなかった。
「……は?」
産毛一筋もそよがない無風の中、間桐慎二が呆然と辺りを見回す。
一瞬で元の現代の装束へ変わったランサーが、平坦に口を開いた。
「間桐慎二、祖父にとっても、王にとっても、おまえは道化だ。道化は王に呼ばれるコトこそあれ、王を呼びつけるコトはない」
「う、嘘だ!だって、あの神父が─────」
「サーヴァントとの契約を与えるとでも言われたか?だが、おまえは何者とも繋がってはいない。おまえの運命は此処にはない。疾く失せろ」
果たして、前に進むも戻るもできず、立ち尽くす間桐慎二を視て、私は鼻を動かした。
「待って。間桐慎二、きみは今までどこにいた?」
「……あ?」
「応えて」
手の中に大弓を出して、魔力の矢を番える。魔力で輝く弓矢を見て、また間桐慎二は顔を歪めた。
「おまえもそんな魔術を使えるのかよ……!落ちこぼれの負け犬のくせに!姉貴に負けたから、学校を卒業したら家を追い出されるんじゃなかったのかよ!」
「私の家と、きみの家は違う。私は、きみがしたコトで怒っている。きみは、偶々誰も殺せなかっただけ。一体何人をその狭い視野に囚われているがために蔑ろにすれば気が済むの?……そういうの、きみのお爺さんとそっくりだよ」
私が射殺した、あの老魔術師に。
かつては何かの理想に燃えて、夢に溺れて腐り果てたという蟲の翁に。
「きみから死臭がする。極薄いけど、生きた屍の気配がする。蟲の気配とは違う。今わかった。ギルガメッシュの魔力はそこから来たんだ。……だから尋ねているの。間桐慎二、きみは一体どこにいた?きみが気がついてないだけで、身近にいたはずだ」
あの夜、ギルガメッシュから微かに感じた魔力と同質の気配が薄っすらと間桐慎二から漂っていた。
こんなの、前まではわからなかった。
原因は、十中八九でランサーから教わった弓術で感覚全部を研ぎ澄ませた結果だろう。
今まで視えなかったものが視えて、感じ取れないものが解るようになった。
それが、いいことかはわからない。
けれど今まで蟲の気配はしても、こうあからさまな死臭を放ったことのない間桐慎二だからこそ、違いははっきりと認識できた。
笑みの欠片もないだろう私の顔を見て、間桐慎二の瞳が歪む。
「……教会だよ!あの似非神父の教会さ!ギルガメッシュがどこにいるかも、知るもんか!ハッ!精々おまえたちの家が潰されないように祈っとくんだな!」
捨て台詞と共に、間桐慎二は足音荒く去って行った。衛宮くんの止める声も聞かず、桜さんの行方も聞かずにだ。
が、果たしてどこに帰るのだろう。
屋敷は更地なのだ。
……まぁ、間桐家は資産があるからどうにかはするのだろう。蟲を殺すのが優先されたのだ。
弓を消して、ランサーを見上げる。
「行くか」
「行きます。……衛宮くん、キャスター、私たちは今から教会に忍び込むけど、どうする?」
間桐慎二を追うことはしなかった衛宮くんは、硬い顔のまま頷いた。
彼も、今の会話で悟ったのだろう。教会が何か、悍ましいものを隠しているのだと。
「行かないわけには行かないだろ」
「……そう。でも、多分目を覆いたくなると思うよ。キャスター、お願いね」
「お任せください!……ランサーも」
「心得た」
冬木の教会へ続く道を、寒い冬の風が駆け抜けていった。
剣槍同盟陣は、主人公以外『前世』が誰だったかは察し状態です。
ポジティブシンキングな惚気気味が1名
ボケ属性2名をからかうのが楽しいのが2名
乙女的に惚気をもっと聞きたいが言えないのが1名
『よくわからないけどみんなたのしそう』が1名です。