では。
「バゼット姐さん!」
「曙宇、よく来てくれました」
ドイツの白鳥城を思わせるアインツベルンの城の門の横に、バゼット姐さんは潜んでいた。
突撃はしていなかったのかと思いきや、中から爆弾でも破裂したような轟音が響く。
駆け寄って、隣で同じように物陰に身を潜める。
「セイバーは?」
「既に中に。気配を隠して霊体化していますが、飛び出したいようで。ランサーは?」
「同じく待機状態です」
城に近づく前でランサーとは別れたのだ。
ギルガメッシュ、バーサーカー、セイバー、ランサーという三つ巴越えた四つ巴に、現代の人間が無策で近づけるわけがない。
加えてマスターと言う実体化した弱点が側にいるだけで、ギルガメッシュ以外の三人はどうしたって不利だった。
「承知しました。では、ランサーに参戦をお願いします。セイバーは機を見て打ちかかると」
「わかりました。─────ランサー、お願いします」
『承知した』
途端、城の一角が爆発し、
自らの体を霊体から実体に切り替えると同時に、ランサーが炎を帯びた魔力を放出したのだ。
片目はランサーと視界を共有しているから、状況は視て取れる。
荘厳な貴族の館だっただろうアインツベルンの城は、英霊同士の対決で見る影もない瓦礫の山になりつつあった。
ランサーの視界を通して覗けば、くろがねの狂戦士としろがねの少女、こがねの英雄がいた。
自らが放った宝具────すべて形の違う剣や槍────で、バーサーカーを串刺しにしている赤い瞳のギルガメッシュが、ランサーへ一瞥をくれる。
にぃ、とその口元が不吉な三日月のように嗤った。裂けた。
あ、と悟る。
魂にまで、視線が衝撃として叩き込まれる。
アレは、ランサーの瞳の奥の『私』に気がついた眼だった。
おそろしい眼力だと見つめ返し、視界の共有は切らないでおく。一度見つけられたなら、視ていたほうがまだマシだった。
彼の中では私の死は確定事項らしいから、今更無礼も糞も気にしなくて良かった。
共有した視界の中ではランサーの炎が城の一部を当然のように融解せしめ、火の手が上がるのも見て取れた。ギルガメッシュが愉しげに高笑いを響かせ、ランサーに応じているのも視える。
槍でギルガメッシュの宝具を弾き炎を操るランサーは今までにないほど全力に近い戦い方だが、魔力の消費は以前に比べて遥かに少なかった。
桜さんのお陰だ。
「……ランサーが、ギルガメッシュとバーサーカーの戦いに参戦しました。ギルガメッシュに焦る気配はなく、彼は宝具を乱発しています」
「宝具を乱発?」
「背後に次元孔を幾つも展開し、そこから宝具を射出して弾丸にしています。Aランクだろうがお構い無しです。彼のクラスはアーチャーですね」
「……イリヤスフィールは?」
「バーサーカーに庇われていますが、自力での離脱は不可能かと」
バーサーカーとイリヤスフィールに絆はあるとランサーは言っていたが、絆があっても連携できているとは言い難いとも言っていた。
破格の大英雄の戦術眼と理性を奪うよくわからない方法を繰り出した時点で、アインツベルンにもそこのマスターにも、戦術面は期待していなかったけれど、今回はまさにその脆弱性をギルガメッシュに突かれていた。
「それで曙宇、イリヤスフィールを救出する方法は?」
バゼットの何気ない一言に、危うくランサーとの視界リンクを失うところだった。
「え?と、止めないんですか?」
「あなた方ならイリヤスフィールを助けたいと言うだろうし、止めては時間の無駄でしょう。大英雄カルナの意志を曲げることは、太陽神スーリヤでも不可能だったのです。さっさと協力し、ギルガメッシュを思う存分叩けるようにしたほうがいいとセイバーも言っていました。……
執行者に無茶振りしている我が姉に感謝しつつ、頷いた。
「私たちは衛宮くんとキャスターと一緒に来ました。私がイリヤスフィールを弓で飛ばしますので、彼らに彼女を受け止めてもらいます」
「では、私たちは逃げる彼らの援護ですね。……言峰神父にも警戒しつつでしょうね。教会にはいなかったようですし」
「はい。すみません、令呪は壊せませんでした」
「問題ありません。行きますよ。神話同士の戦場に介入するのです。一撃与えた後、即離脱しなければ。……バーサーカーはこの戦いで落ちると見做し、イリヤスフィールの救出を最優先に。機があればギルガメッシュの撃破、と目標を定めます」
「はい」
既に
頷き合って、アインツベルン城の中に踏み入る。
美しい花園は剣の群れに蹂躙され、血に染まった花弁を褥に女性が一人事切れていた。服装からして、アインツベルンの侍女だろう。
側にはもう一人、百舌鳥の早贄のように剣で串刺しにされた女性も亡くなっていた。
最期まで、主を、イリヤスフィールを守ろうとしたのは明らかだった。
「……」
やるせない。やりきれない。
人の死は何度見ても、きっと慣れないのだろう。七千年こんなことばかりに関わって、いつまで私はこうなのだろう。
そんな感傷は、後にすればいい。
「上から行きましょう。私がカバーしますので、あなたはイリヤスフィールと衛宮士郎を繋ぐことだけを考えてください」
「はい」
そうして、アインツベルン城の壁を駆け上って、大広間を見下ろせる塔まで登る。
ランサーが天井をくり抜くように開けた大穴によって、塔からは戦場となっている広間がよく見えた。
ギルガメッシュは真正面から城の大広間に踏み込み、城主たるイリヤスフィールはバーサーカーと共に、同じく正面から彼を撃破しに向かったのだ。
結果、大広間は神話を再現したが如き戦場になった。
塔からは、豆粒よりもう少し大きいぐらいのギルガメッシュと、そら豆ぐらいの大きさに見えるバーサーカーの巨体が視えて、彼の陰に庇われているイリヤスフィールの銀の髪が光るのまで見えた。
そのさらに向こう、大広間の外の城壁の陰に潜んでいる衛宮くんとキャスターの姿も『視える』。
糸を、針の穴に一度で通すようなものだ。
弓を取り出して矢を番え、鏃を銀の髪の少女へ向ける。
冬の風が叩きつけられる塔の先端にいるのに、何も聞こえなくなった。何も感じなくなった。マスターとサーヴァントの
あとはすべて、弓に込めた。
『マスター、届くか?』
「届きます。ランサー、二時の方向に衛宮くんたちがいます」
『心得た。マスター、合わせろ』
言うなり、ランサーは目の前に迫っていたギルガメッシュの宝具を槍で弾いて、軌道を変えガラス窓を叩き割った。
ギルガメッシュが興味を惹かれたようにそちらに視線を向ける、より先に。
引き絞っていた弓を、解き放つ。
蒼光を纏い放たれた矢は流星のように飛び、イリヤスフィールに届く。
矢に込められた魔力が触れた瞬間に華奢な少女の肢体を浮かび上がらせ、戦場を突っ切らせて窓の向こうへ運んだ。
ランサーが叩き割って開けた風穴より、少女は戦場から強制的に逃がされる。
「曙宇、伏せて!」
途端、バゼット姐さんに襟首を掴まれて塔から飛び降りる。もとい、飛び落ちた。
落ちながらの視界に、爆発する塔の先端が見えた。ギルガメッシュの宝具が、私たちのいた場所に即座に叩き込まれたのだ。
凄い反射速度だ。
尤も、窓の外へ運び去られたイリヤスフィールを追おうとした彼は、ランサーに阻まれていた。
視界を奪う剣の形の炎をバーサーカーとギルガメッシュ双方に叩きつけて怯ませ、イリヤスフィールが消えた窓を背にしたランサーの槍は、黒い刃を備えた大槍へ変じている。炎に飲まれたギルガメッシュも、黒い現代服から黄金の甲冑へ換装していた。
間髪入れず射出された宝具を冷静に大槍の刃で弾き返し、主を奪われたと突進するバーサーカーの足元に打ち返して無理やりに下がらせたランサーは無言で立ちはだかる。
その振る舞いは、何よりも雄弁だろう。
即ち、通りたくば此の屍を越えていけ、である。
しかし、それを成しているランサーに
一方の、塔から宝具で以て叩き落とされたこちらである。
轟音が響き渡り、炎の熱気が吹き付けてくる城の中を走りながら、バゼット姐さんが吠えた。
「まったく!他所のマスターを護るための門番など、マハーバーラタの大英雄にさせたくはなかったのですけどね!」
「……ランサーにイリヤスフィールを助けてとは、お願いしてないんですけど……その、すみません……汲み取ってもらってしまって……」
「口に出さず願っていなくても、あなたはいざとなれば体が勝手に動くでしょう。ならば、先読みして手を貸したほうがマシだ。それに、聖杯の器にして鍵をギルガメッシュに奪われるのが不味いのも事実ですから」
「私、そんなにわかりやすいんです?……っとととっ!」
ギルガメッシュの宝具の射出孔が目の前に現れる気配を感じ取り、即座に矢を放って放たれた宝具の切っ先を微かに逸らし、その隙に駆け抜ける。
どうやら、ギルガメッシュ本人がいなくてもある程度までは任意の場所に宝具を出せるらしい。或いはそれは彼個人の能力ではなく可能とする宝具があり、使っているだけだろうか。
どちらにしろ、立ち回りをひとつでも誤ると死ぬだろう。
私たちが駆け抜けた直後に、僅かに軌道を変えられた槍が廊下を破壊して足場が崩れた。
壊れる瓦礫を二人して飛び石のようにして、とにかく大広間から離れる。
腐っても七千年そこらを蓄積した魂から切り出された弓と鏃だからか、宝具相手にぶつけても撃ち負けはしていなかった。
始めから、この弓がサーヴァントに撃ち負けた試しはなかった。
押し負ける理由は常に、私にある。
だって、いくら魂とそこから汲み出された武器が強くても、その力を現世に出力する端末もとい、
加えて、私たちの一族は魔力の汲み出し方法、魔術の基盤が、肉体や物質界よりも魂や虚無界に寄っている異常体質でもあった。
自分の肉体の生命力、
魂から物質を汲み出す魔術基盤持ちだから、そんなおかしなことになるのだ。疑似神経どころか、魂に直接回路が張り巡らされて癒着している、神秘の塊みたいなものなのだ。
だから、私たちは魂を通して魔力を生成するし、源が生命力ではないからか、扱える魔力が多くなる。
けれど、魂と肉体の強度が釣り合ってないと、魔力が魂を流れる余波で肉体にダメージが入ってしまう。
翻って、魂が転生の繰り返しで膨れ上がっているのが私だ。
神代回帰の器だろうと、
いつぞやランサーに語ったように、私の
あの冬の夜、ランサーが宝具を使用したあと魔力の生成に耐えられず倒れた私を指して、キャスターは『魂から来る熱が原因』と言ったそうだけど、彼女の指摘は限りなく正しいのだろう。
人間として起動・稼働するためには最低限神代回帰した器が必要で、魔力だの何だの人から外れた力を振るうには、そこからさらに出力に耐え得る器にならないと、私はまともに戦えない。
正確に言うと、思うがままに戦えない。
魂を使って魔力を生成し、
……その特性があるから、歴代の『私』は、自爆なんて無茶な終わりを迎える羽目になり続けたのだろう。
器の限界以上の力を出せば覆せる理不尽に晒された途端に、私たちの器は私たち自身を崩壊せしめる爆弾となる。
出力を始めから決められていて、世の英雄たちのように限界を超えて理不尽を覆すのを許されていないのだ。
最初から最後まで筋道が決められていて、その通りに争い殺し合い、人類の総数を減らして世界を救った、『マハーバーラタ』の物語の縮図みたいで嫌になる。
限界を超えた奇跡を成してこその英雄の資格を得られるというのに、それができないのだから幾ら強大な力や英雄の血筋であろうが、己の屍を積んでは魂を巡らせるより他にない。
英雄になり得る力を持っていても、振るえずに四散する。
元は普通の人とそう変わらなかったはずの魂が、七千年の蓄積ですっかり膨れ上がって器を破壊していく、因果の集積装置。
それが、強大な力を振るえば振るうほど私が自壊する理由で、正体だ。
聖杯戦争が始まるまで、わたし自身も気がつかなかった私の中身は、詰まるところそんなくだらなさに満ちている。
……本当に、聖杯戦争がなければ気がつきもせず、今までの『私』たちと同じように私も因果に連なるだけだったろう。
異常を異常と認識もできず、従順に。
その因果を破壊するには、私自身がこの円環を壊さないといけない。でないと、この一生が終わろうとこのままだ。
もし破壊を成せるなら、この『今』しかないだろう。
だって、『今』は辛うじて、その力の放出を補えているのだから。
「ところで曙宇、先ほどからあなたの体に、
火の手が迫る廊下から窓を蹴破って外へ飛び出し、切り立った断崖を飛び降りながら器用にバゼット姐さんが尋ねてくる。
その視線は、私の片耳に引っ掛かった小さな
「お察しください。……これがないと前線に出せないって話になったんです」
「…………なるほど、大方、イリヤスフィールを助ける対価にされましたか。それに、さっき使ったのは
「『私』の弓ではあります。それに、ランサー本来の武器は弓なんですから丁度いいです」
「……確かに、あれならば彼の神秘にも振るう技にも耐えられますね。自分の魂を他人の手に委ねている状況ではありますが」
「その辺りはマスターとサーヴァントだからということにしておいてください!どのみち一蓮托生ですから!」
今私が手にしているのは、今までの黒い大弓ではない。ほとんど同じ形だが、ほんの僅かに小ぶりな
意味するところは、単純だ。
ランサーの
ランサーの鎧があれば、私は自分の魂の神秘を十全に扱えて。
私の弓であれば、ランサーは自分の弓術を存分に発揮できる。
ある意味で、私たちの相性は最悪で最高だった。
察したバゼットは、深く息を吐いていた。
「ランサーのその宝具、人に纏わせることもできたのですね。しかし、神殺しの槍を発動すれば消えてしまうのでは?」
「……所有権ごと私に付けたので、消えません。『自らの意志で他者に渡して失った』状態なら、伝承と矛盾しませんから」
「納得です」
そういう、ことらしい。
なので今回に限り、ランサーの黄金の鎧を借りている私は
何故ならランサーの鎧、『
内側からの攻撃に対して鎧の防御力は意味を成さないので私の自壊は止められないが、治癒能力が崩壊より前に私を治してくれるのだった。
……治癒の痛みは、相応にあるけれど、そんなもので鏃がぶれるほど私は
脳が損傷、もとい容量をオーバーすることによる意識の断絶も、『負傷』と見なして治癒が働くので、気絶だってしなくなったのだ。
多分、ランサーには、この鎧を渡したがために私が自分で定めていた出力値の限界をあっさり踏み越えるのは予想していたろう。けれど、渡したほうがまだ生存の芽があると踏んだから渡したのだ。
護るために渡されたはずの鎧で、自壊のラインを踏み越えて戦うのは、渡した当人の感情も意図もまるきり無視した蛮行なのは、さすがにわかる。
わかるけれど、他にイリヤスフィールを助ける手が、私が私をまともに駆動できる手段が、思いつかなかったのだ。
本当に、どこの愚か者だ。
前回の聖杯戦争で、あんな天災そのものな王を呼び出したのは。風神の子らより恐ろしくないか。
「たかが!戦争の!おままごとで!戦争そのものを呼ぶ阿呆がいるとは!思いませんでした、よ!」
背後に展開した射出孔に矢を放ってまた辛うじて宝具を逸らし、避ける。
それだけで、引き出した力に耐えきれずあちこちの筋肉と神経と魔術回路がまとめて捩じ切られ、しかし瞬時に回復する。
肺に血が回るよりも先に治っていくのだから、走るのにも支障はない。
我ながら無茶だとは思うけど、やらないと死ぬのだからやるしかない。降ってくる瓦礫は、バゼット姐さんの拳が迎撃して落としてくれる。
二人して転がるようにアインツベルン城から駆け出して抜け出して、そこでやっと
イリヤスフィールと衛宮士郎、キャスターだ。言い争いでもしていたのか、動いた様子が見えない。
「まだいたの。さっさと走って」
アインツベルンの城を揺るがしている音が聞こえないのかと見れば、イリヤスフィールの紅い瞳に睨まれる。
「何をしに来たの、ハクヤに執行者!わたしを今すぐバーサーカーのところへ戻してよ!」
「できない相談ですね。……失礼します」
瞬間的に距離を詰めたバゼットの手刀がイリヤスフィールの蟀谷を打ち、強制的に意識を奪う。
崩折れる銀の少女を片腕で受け止めたバゼットは、あっさりと衛宮くんに彼女を渡した。
「大切なら離さないように。バーサーカーではギルガメッシュに勝てない。ランサーやセイバーは私たちがいるからこそ、全力を抑えざるを得ない。よって、今すぐ森から離れます。死にたくなければついてきなさい」
平然と。
人を狩り取るコトを生業としてきた女魔術師は言い放ち、衛宮士郎を見据えた。
きっと、本人的には普通に見つめただけなのだろうが、慣れてないと射殺される鋭い眼光に見えるだろう。
小さく咳払いして、二人の注意を引く。
「あのね、とにかくさっさと逃げよう。大体、ギルガメッシュは私のコトも攫うか殺すかしたいんだし、側にいたい相手じゃないんだ」
「その通り。まったく、射手でないなら曙宇には離れていて欲しかったのですが」
「すみません……」
ほら、と言いながら衛宮くんとキャスターを蹴飛ばすように走り出す。
離脱しながら、ランサーと念話を繋げた。
『離脱に成功しました。どうぞ』
『心得た』
淡々と、返答があった直後。
冬の城が、屋根ごと融け落ち爆発した。
魂を通して魔力を生成→神代半神の魂の魔力は現代の体に毒→毒で弱る体を補助するため生成魔力が減る→魔力が足りずさらに魔力を生成→体に毒が蓄積→以下ループ→許容量超えれば爆発
というシステムです。
前話のインド人を右に!ネタを拾ってもらえて嬉しかったです。