では。
遠坂凛にとって、白矢曙宇ってのはとにかくヘンな幼なじみだった。
同じ冬木の魔導の家に生まれた、同い年の女の子。
言ってみれば、それだけだ。
でも、それだけで気にかけるには十分だった。
記憶にある父親も、白矢の家には貸しを作っておけ、と言い残していたのだ。特に二番目の娘はまさに、生きた宝に等しいのだと。
魂から唯一の武器を汲み上げ、それと共に己の心身を鍛え、魂を探求して根源に至ろうとする魔術の家が、白矢だ。
そこに加えて、確定で神代回帰が生まれる血筋である。
二番目の娘、即ち次女の白矢曙宇は、まさに当代の先祖返りだった。
─────正直、自分の魂と体さえあればどこでもいつでも成立する魔術なんて、マジでふざけるなと思わないでもなかった。土地に刻まれた魔術も無視した上、宝石魔術即ち金欠が常に伴う魔術を修める遠坂家に喧嘩売ってんのかと。
その思いは、
あ、コイツにだけは意地でも負けられない、と。
何しろこの次女、白矢曙宇と来たら、人間として生きるやる気ってものがなかった。
弓を弄っているか、太陽を見上げぼーっとしてるか、星を見つめぼーっとしてるか、弓を弄っているか、太陽を見上げぼーっとしているか、星を見つめて─────とにかく、それの繰り返しだったのだ。
人間と弓の境目がなくなるんじゃないかと思うぐらいに、弓か太陽か星しか見てない曙宇に腹が立った。
そっちじゃなくて、目の前の
あんたを見ているわたしを見なさい、と。
……今から考えたら、白矢の魔術を修めている最中だった曙宇のところに乱入して、勝負しろと言ったのは誠に優雅じゃなかった。
じゃなかったのだが、彼女の母や姉はむしろ喜んでいた。
顔はべらぼうに良いが、夾竹桃かアレキサンドライトのようなこの姉は正直なところ苦手なので、あまり覚えてないのだが。
兎に角も、白矢曙宇ってのは、遠坂凛にとっては、いつか必ず自分が倒す相手だった。
銀河のように膨大な魔力と神代に連なる魔術式と、何よりそれらを操って弓を引く白矢曙宇本人が、見れば見るほど倒したくなる綺麗な的だった。
高校生になってすぐの何度目かの勝負にて、遠坂は
知るもんかと八極拳を叩き込んだのは
最初っから、自分は白矢家に絡んだわけじゃない。
遠坂凛として、白矢曙宇に勝ちたかっただけだ。
だから。
「私の
八番目のサーヴァントと、ランサー
本当にやるのか、と散々念押ししてきた相棒の赤い
どうしたことか、宝具の嵐のど真ん中で弓を手から落としかけているランサーのマスター、白矢曙宇の前に、『盾』を展開する。
『ロー・アイアス』だなんていうギリシャ神話の名のある盾を、弓兵が召喚してのけた理由は後でとっちめて聞くとして、目標は単純だった。
アインツベルンのマスターを助けるなんて言う予想の範疇の理由で、殿を引き受けた馬鹿な主従を引っ張り戻すコトである。
もう既に、アインツベルン及びキャスターとセイバー陣営は離脱していた。
「アーチャー、曙宇は?」
『一時的な精神汚染……呪いの類が発動しただけだ。今は正気だが、記憶の混濁がある』
何やってるのだ、あのバカは。
咄嗟に、まったく優雅じゃない感想が飛び出かけた。
宝具の乱射の中で生き延びてるってだけで頭のおかしい所業なのに、その上呪いとはどういう意味だ。
「了解。それで状況は?」
『ランサーもそのマスターも、
「この際なんだっていいわ!ただし、あんたがどうしてそこまで曙宇の事情を把握してたかはキリキリ吐いてもらうからね!」
『……了解』
曙宇が呪術を使っているところは見たことがない。
けれど、アーチャーは曙宇という少女にはそれが成せると確信しているようだった。
「魔力なら必要なだけ持ってっていいわ!アンタも曙宇も、どっちも私に言うべきコトがあるんだから、それを言うまで死んだりするのは許さないけど!」
『……承知した。またな、マスター』
通信は、それで途切れた。
今隠れているのは、アインツベルンの城から離れた、
言峰教会にあったはずの車に残っているのは、間違えようのない白矢曙宇の魔力矢だった。
確実に、後から来る
車が落ちた地点から見える位置にあるアインツベルン城は、もう燃えているし融けているし、滅茶苦茶だ。
恐らくランサーに運転させて、キャスター陣営とここまでこの車に乗ってきて、車を乗り捨ててアインツベルン城へ乗り込んみ、ランサーが炎を放った。そんなところか。
「……」
色々と込み上げる感情を、拳を手のひらに打ち付けて鎮める。
アーチャーと視界を共有させ、機を逃さず待とうと遠坂凛は、車に背を預けて空を眺めた。
■■■■■
『
その名とともに解放された宝具は、ランサーの背後にあった矢を、見事に防いでいた。
同時に、それを成した
「アー、チャー……さん?」
苦虫を噛み潰したような顔のアーチャーは、物凄い目で睨んできた。
「他に誰に見えるんだ。大体、君もランサーもとっくに私が誰だかはわかっていただろう。小僧の未来である私に何がなせるか把握しているなら、とっととこの状況をきり抜け給え」
「はい?」
「呆けるな。君は魔術師である前に、呪術師だろう。私の知る最盛期の君は、自分の弓の真名を把握していた。把握しなければ、その弓は到底宝具たり得ない。教えるから、とっとと何とかしろ」
おい凄いふてぶてしいぞこの衛宮士郎。
外見年齢と享年がほぼイコールになってそうなヤツに心底言われたくないと思いつつ、さっきから宝具に滅多打ちされている七枚花弁の─────滅多打ちのせいで三枚花弁となっている盾に自分の盾も重ねて補強とした。
「ランサーじゃなくて、私が何とかするの?できるの、これを?」
ガンガンと雨だれを打つ豪雨よりもひどい宝具の衝突音が鳴り響く中、アーチャーはとびきり嫌みったらしく鼻を鳴らした。
「生憎、君の泣き言なぞ聞く耳を持つ価値もない。そこの、まぁまぁに甲斐性の危ういランサーの切り札は、まだ取っておくべきだろうな。ああ、逃げ遅れの君たち以外は既に離脱している。こちらもとっとと尻尾を巻いて退散するとしよう」
あ?とまた怒りが湧いた。
甲斐性云々のくだりで、特に。
「喧しいよドンファンレベルカンストの皮肉屋衛宮くん!成長したのは筋肉と身長だけですか!桜さんがいるのに英霊なんてのになってるきみにはこっちこそ文句が大いにあるんです!」
「この状況でまだ文句が出るのかね。まったく、二つの神器の最新の担い手がこれとは、インドの神話体系には文句を言いたい」
「……部分的に同意するし、甲斐性に関してオレは何も言えんが、そろそろ真名はどうかならないのか?」
手を休めず宝具を迎撃していたランサーから、
というかまず、私の武器の真名とやらは、今ランサーが使っている弓となるのだ。
「アーチャーさん、問います。私の武器の名前とは?」
問答形式を取る初歩的な術だと悟ったのだろう。
片手を掲げて何とか盾を維持しながら、アーチャーは応じた。
「…………其は、創造神が手がけし神器。破壊神、雷霆神、水神、炎神の手を経た後に、白の英雄に握られ、大戦で振るわれた弓。─────其の名は、神弓
瞬間。
ランサーの手にあった弓が、真昼の太陽の如く光り輝いた。
黒い
ただし其の一矢は、宝具を打ち払い、弾き飛ばした。
威力が、明らかに跳ね上がっている。
というか、ガーンディーヴァとは。
「ランサーの頸を落とした弓が何でここに!アーチャーさん⁉」
「オレに聞くな。言っておくが、オレがこれを知ったのは事故みたいなものだ。それがガーンディーヴァだと言うなら、手立てが増えるだろう。……そら、今ここに、神が四柱いるぞ」
「ッ!」
それはさっき、私の脳裏にちらついた術式の答えみたいなものだった。
魔術ではないけれど、何となく『できる』感覚がある術式だ。
私の肉体を起点にした単純な術で、単純だからこそ効き目はあるだろう防御だった。
「……わかりました。……ランサー、
「わかった」
「言葉を省略し過ぎだろう。……ま、通じ合っているなら私から言うことはないが」
あのからかい甲斐のある衛宮士郎とは到底思えないアーチャーは、それでも私の前に立って防御系の宝具をまた『投影』していた。
その出鱈目さ、最早投影ではないだろうと言いたいが、言えたものではい。
篠突く宝具の雨の中、手印を組んで自分の内側に意識を向けた。
基礎とするのは、バゼット姐さんから聴いていた
「─────素に炎と雷霆。礎に水と日輪の神。降り立つ界には壁を。四方の門は開かれ、
砕いて、混ぜて、形を変えて。
────世界へと命じる術式だった。
魔や呪という
そうあれと『力』に命じれば、『成る』ものを、意味付けで括る
されど、呪言にはまだ先が必要だった。
「─────
一度言葉を区切り、手印を変えた。
「──────汝ら、四方の守護を担う者。其の器は神
肉体と魂の裡で、渦巻く魔力に方向性を示す。
私の
私の魂は炎神に。
私の弓は水神に。
そして、鎧は太陽神に属する。
此処に集まる四つの神性は、東西南北四方の守護を司る古の神々だ。
その力、その権能は、世界を守護し保つと
ならばその神性を一部だけでもこの世に引き降ろし、世界を再現すればどうなるだろうか。
「
この時。
極度に集中していた私は気がつかなかったけれど、ギルガメッシュが一振りの剣を蔵より抜き放っていた。
其の名は『
選定の剣の大元となる旧き武器を、ギルガメッシュは一振して光を放つ。
─────それを、展開された蒼光の盾、『
結界に組み込まれたのは、世界を守護する方位神。
鎧を造りし太陽神スーリヤ。
肉体の父祖、雷霆神インドラ。
魂の父祖、炎神アグニ。
弓のかつての主、水神ヴァルナ。
以上の四柱である。
時代の変遷に伴い格落ちした神格もあれど、必要なのは神単体の力ではなく、世界の方位を護るその信仰そのもの。
スーリヤ神の不死身の鎧を基礎に、四神格で補強して放つ、即席の対界呪術である。
身に纏った者しか護れぬ鎧を、空間そのもの、つまりは
「──────ッ!」
勿論、言葉にするほど容易ではなくって、神経から魔術回路から、何から何まで物凄く熱い。
素手でマッチの炎を掴み続けているような熱さと痛みが、ひっきりなしに全身に襲い掛かる。
神に由来する
まず日輪の鎧と霊的にも物理的にも深く触れて繋がっている時点で、焼き切れてもおかしくないのだけど、
何らかの加護でもないと説明のつかないほどに、鎧は
元々が護るモノだからかとその点は一旦置いて、術式に意識を割く。
盾は本来、攻撃から我が身を護るもの。受け止めていなす防具だ。
けれど、それだけでは足りない。
受け止めるだけでなく、押し返す。
「…………ッ!」
手印を組んだ指に力が籠る。
爪が割れようが肌が焼けようが、髪が変色しようが知ったことじゃないと、魔力を汲み上げて回し続ける。
蒼光の庇護下に入ったランサーとアーチャーが、その私を見てどう思うか。
それは一時、横に置いた。
やがて、ついに。
「何ッ!」
ギルガメッシュの驚きの声と共に、剣の光が放った本人へと押し返される。
極光へ呑まれるギルガメッシュへ即座にランサーが矢を放ち、鎧を砕く。膝をついた私を抱えて空へ飛んだ。
アーチャーは霊体となり消え失せ、ランサーは即座に撤退へ移る。
ここで、ギルガメッシュを、
「ランサー!貴様、
ヴィマーナから吠えるギルガメッシュが何と言おうとしたか、それは永劫わからなくなった。
彼が視線すら向けなくなっていた、真下の焼ける森。
カーンダヴァ森林の大殺戮を思わせる火炎の中から、黒の巨人が咆哮とともに現れたからだ。不吉な怪鳥のように跳び、王に肉薄する。
「■■■■■■■■■───!!」
「死に損ないがァ!」
バーサーカーは、既に屍も同然に近い。
肉体は黒く焼け焦げて燻りの煙を上げ、繋げた四肢は灰のように脆い。蘇生も、おそらくはもう残っていない。
それでも、巨人の突進は止まらなかった。主を害そうとした黄金の英雄をこそ、彼は敵と見定めている。
ギルガメッシュが放つ鎖を逆に足場として飛び移り、宙を駆け抜けて斧剣を振り上げる。
その結末がどうなるかを見届ける前に、私の意識は暗闇に吸い込まれて消え果てたのだった。
ヴィジャヤでないのが少し残念と思っている誰かはいます。
今後は少々更新の間が空くと思われます。
主にリアルの忙しさです。
お待ちいただければ幸いです。