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「さてロビンフッド、お主の方法とやらは何なのだ?エジソンの本拠地まで正面突破か?」
野営地を後にし、エジソンの本拠地に向かう道すがらラーマが口を開いた。
「いやいやいや、違うっつーの。正面突破とかオレの不得意分野だよ。あんたらインドと一緒にしないでくれ。それに西側の戦力削ったらマズいだろ」
「じゃあ具体的にはどうするのよ?緑ネズミ」
むぅ、と口をへの字にするエリザベートである。
「まあ作戦って言うほど複雑じゃねえよ。ケルト兵を適当に捕まえて、捕虜を護送してる西側兵士みたいに見せかけるだけさ」
普通の軍隊相手ならばれそうなものだが、思考能力が極端に低下しているエジソンの機械化兵には通じるそうだ。
ロビンも何度か試したが、合言葉のようになっている挨拶さえ間違わなければそうそう疑われないという。最も、中枢へまではさすがに入れないだろうが。
「考えられるのは、薬物投与による反射神経の向上とそれに伴う思考の単純化でしょうか。何れにしろ健康への被害が心配です」
「それだけエジソンにも余裕が無いのだろう。なまくらな兵を生み出さねばならんほどにな。とっとと行かねば間に合わぬやもしれぬ。ほれ、言う側から敵影じゃ」
スカサハの槍が指し示す先には、数名のケルト兵がいた。
あちらもすでにこちらを捉えており、槍や剣を構えている。
「あいつらを無力化できる?」
「はい、マスター。峰打ちで済ませます」
白斗の指示で飛び出したマシュが盾を振るい、その隙にキャスターとスカサハが幻惑の呪術とルーンを放てばケルト兵の無力化は済んだ。
「つくづく便利だな、魔術とか呪術ってのは」
目を虚ろにして木偶のように立ち竦むケルト兵を見ながらアーラシュが言えば、スカサハは肩を竦めた。
「この場合はいいが、機械相手ではそうもいかんのだ。幻術の類いは脳筋には効くが機械相手には相性が悪い」
「はい。なので、ロビンさんの策が一番と思います」
「そりゃどーも。ま、期待に応えられるようにやってみるさ。マスターたちはなるたけ目立たねえようにしといてくれ。それとスカサハの姐さんにキャスターの嬢ちゃん。そいつらに幻覚をかけ続けられるってできるか?」
「できます」
「オーケー。んじゃ、そのままやっといてくれ。抑えんのも大変だからよ」
目立たないというのもエリザベートにカルナ、ラーマがいる時点で難しい話だったが、行き会う機械化兵は、確かにロビンがやけくそ気味にでも景気よく挨拶の言葉を言えば怪しまなかった。
「それにしても凄い言葉ですね、インダストリ&ドミネーション。意味はよく実感が沸きませんが」
「それでもって、エジソン大統王はいい社長、と続くのだからな」
何度目かの機械化兵との遭遇をやり過ごしてシータとラーマが言う。
「でもちょっと面白いです。ノリが良いというか、一回言えば覚えられます。これを挨拶にしたのがエジソン王なら、思っていたより愉快な方かもしれませんね」
意外にもどこか楽しげなのはキャスターで、そこへ合いの手を入れたのがカルナである。
「ドゥリーヨダナに似ているかもしれないと言いたいのか」
「ドゥリーヨダナ様並みに強烈なお人はそうそういないのでは?」
「獅子の頭はすでに強烈な個性だろう」
「ああ、それもそうですね。ドゥリーヨダナ様も頭は人でしたし」
ドゥリーヨダナと言えば、確かカルナが生前仕えていた王様だったか、とどこか惚けた二人の会話を聞いていた白斗は思った。
『マハーバーラタの、所謂敵役ともいえるのがドゥリーヨダナなんだよね。聖王ユディシュティラと対になる暴君ドゥリーヨダナっていうのがマハーバーラタの大きな構図の一つさ』
ぼそ、と通信機から小さな声でドクターが言い、その通信機へキャスターとカルナの視線が同時に刺さった。
如何に聞こえないように言ったところで、インドサーヴァント二人にはちゃんと聞こえていたらしい。通信機の向こうでドクターが背筋を正す姿が見えるようだった。
「その構図、あまり強く否定できませんね」
「確かにな」
しかしキャスターもカルナもあっさり認めた。
「認めるも何も事実ですからね」
「何しろ、厚顔で小心だが人懐っこく放っておけない、というかなりどうしようもない男だったからな。公明正大な聖王とは世辞にも言えない」
『そ、そうなのかい?』
そうだ、とカルナとキャスターが頷いた。
「まあ、そういう人だからついていく人もいたのですけれど」
「それはどういう……?」
マシュの疑問にキャスターが答えかけたとき、行く道の先に機械化兵が立ち塞がった。
「止まりなさい。ここから先は国有地です。アメリカ西部合衆国機械化兵兵団に入隊を届け出てから出直しなさい」
誤魔化しの効くはここまでのようだった。
道の先には白斗たちには見覚えのあるエジソンたちの本拠地たる城が見えている。
「ここからは正面突破しかなさそうです。先輩」
「了解だ、全員突撃!」
白斗の号令のあとに始まったのは乱戦。
カルナの大槍とラーマの剣、マシュの大盾とエリザベートの槍、それにスカサハの赤槍が機械化兵を薙ぎ払い、ナイチンゲールが拳で機械化兵をぶちのめしつつ拳銃を乱射する。
そこにアーラシュ、シータ、ロビン、キャスターが援護の矢を叩き込めば、門を守っていた機械化兵は、捕虜にしていたケルト兵共々一人残さず地面に倒れ伏す結果になった。
『まだ油断しないでくれ。かなり高い霊基のサーヴァント反応がそっちへ猛スピードで向かってるぞ!』
ドクターからの通信で全員が開け放たれた城の門を見れば、大剣を構えて走ってくる灰色の髪の戦士の姿があった。
それは紛れもなく、フランスで出会ったジークフリートである。
大剣バルムンクを構えたまま、ジークフリートは一行の眼前で止まった。
「侵入者があると来てみれば、貴公らか。ケルトに与した、というわけでもないようだな」
戦闘の容赦ない巻き添えを食い、丸太のように地面に転がるケルト兵にちらりと眼をやって言うジークフリートに、ナイチンゲールが拳銃を向けた。
「そこを退きなさい、ジークフリート。我々はこの先にいるエジソンを治療するためにやって来たのです。あなたとて、エジソンの病には薄々気付いているのではありませんか?」
「確かにこの場で何もせずにお前たちを通すことが最善の行いだろう。しかし俺にも守るべき筋はある。おいそれとここを通すわけには行かない」
バルムンクを下ろさないジークフリートの前に、槍を構えたカルナが歩み出た。
「マスター、ここはオレが出る。先に進んでくれ」
一人で大丈夫か、と白斗は聞かなかった。
槍と剣はすでに構えられ、下手に動けばそれだけで戦闘が始まると思わせるほど張り詰めた雰囲気が流れている。が、にらみ合いで双方動けない今なら、白斗たちは通れる。
「任せた、カルナ!」
だから白斗はそう告げて、全員で二人の横を駆け抜けた。
通り過ぎる一瞬でキャスターとカルナが目を合わせたようにも見えたが、確かめる余裕もない。
城の中に入れば、そこここから機械化兵が沸いて出てきた。
「ドクター、エジソンたちがどこにいるか分かる?」
『ちょっと――――ま―――』
機械化兵たちをやり過ごしながらドクターに尋ねるも、通信機は途切れ途切れの音声を最後に沈黙してしまった。
「多分、あっちのキャスターに妨害されたんだろ」
矢で機械化兵を吹き飛ばしつつアーラシュが言う。
「マスター。サーヴァントかどうかは分かりませんが、奥の部屋に大きな霊気を二つほど感じます」
他に頼りにできるものがなく、キャスターの言葉の通りに走ることになった。
走りながら、時々後ろの門の辺りから響く轟音が耳に届く。
「ちょっとあいつら、どんだけ本気で戦ってんの!?」
エリザベートが叫べば、呪術を放っているキャスターと矢を放っているシータが首を振った。
「いえ、違うと思います。本気で戦ったなら恐らく城が土台から揺らいでいます」
「城が揺れていませんので、まだ様子見なのでしょう」
「アナタたちの大丈夫の基準が不安だわ!」
そうですか、と似た動作でシータとキャスターは首を捻った。
「まあ大丈夫だろうさ。まだ城も吹き飛んでおらんからな」
「スカサハ、それはどこも大丈夫じゃないよ」
「城なぞ、戦士が一人で持ち上げられるような軽き物だ、案ずるなマスター。ほれ、そんなことよりあの扉の先ではないのか?」
赤い槍が閃いて、廊下の先に聳え立っていた一際重厚な作りの扉が横一文字に切り裂かれて吹き飛ぶ。
勢い込んで中に走り込んだ一行の先にいたのは、忘れもしない獅子の頭の大統王トーマス・アルバ・エジソンと、魔導書を携えた近代の魔術師エレナ・ブラヴァツキーだった。
「これは驚いた。正にナラシンハのごとき風貌よな」
ラーマの言葉にエジソンの全身から雷が迸った。
「ナラシンハなどというような古きモノではない!私はアメリカ大統王トーマス・アルバ・エジソン!何をしに来た、裏切り者どもよ!」
「誰が裏切り者よ!」
エリザベートの叫びに、魔導書を構えたエレナが冷徹に答えた。
「情報によれば、あなたたちはメイヴの暗殺に失敗したのでしょう。配下に加わったから生き延びたと考えるのは道理じゃないかしら」
「何ですって!?アタシの友達を殺したあいつらの配下だなんて冗談じゃないわ!」
竜のように吠えるエリザベートとエレナの視線がぶつかり、エレナの方が目をそらしてエジソンを見た。
「……本当みたいね。なら、ごめんなさい。浅慮なコトを言ったわ。―――――エジソン、あの子達はどうやらただの負け犬みたい。ケルトに与したって線は本当に無さそうよ」
「それなら何故、私に拳を向けているのだね、クリミアの天使よ!」
「何故ならあなたが病んでいるからです、エジソン。私たちはあなたの治療に来たのです。大人しく治療を受けるなら良し、受けないならばぶちのめしてでも治療を受けていただきます」
前に出たのは、眼光鋭くエジソンを見据えるナイチンゲール。
その斜め後ろで、キャスターは目を細めてエジソンを見ていた。
呪いを燃やす力があるからか、キャスターは生前から人一倍呪詛や怨念には敏感である。ナイチンゲールが人の病を見抜くように、キャスターには瘡のような人の呪いが見える。サーヴァントになった今でもそれは変わらない。
「エジソン王、いえ、発明家エジソン。聞いてもいいでしょうか?」
だからキャスターはナイチンゲールの隣に立った。
「むぅ!お前は誰だ、見知らぬサーヴァント!」
「私はただのキャスターです。が、それは今はどうでもいいものです。エジソン、私はあなたに聞きたいのです。あなたに憑いているその人たちは誰なのですか?あなたに発明家として有り得ざる力を与えている、その方たちは誰です?」
キャスターの白い指がエジソンを指す。ただの指摘にエジソンが目に見えて怯んだ。
「エジソン、あなたは発明家でしょう。私たちの時代には、インドラ神の手にあった雷。それを遍く地に広め、世界を灯りで照らした。たくさんの見知らぬ誰かの世界をその叡知で持って牽引した賢人。それがあなたでしょう」
「ええ。だからこそ、今のあなたの有り様はおかしく、私は何度でもあなたは病んでいると言います。数多なる国の人々が集まり作り上げた、新しき国家イ・プルーリバス・ウナムにおいて、どうしてあなたはアメリカだけを救おうとするのですか?」
アメリカを救うというユメ。それがエジソンに取りついているから、エジソンは止まれずにケルトに勝てない戦いを挑んだ。
大量生産という自らの美学の懸かった土俵で引かず、そこに拘って文字通り無限のケルトと正面から事を構えるのは、誰が見ても無謀。
それでも王であると名乗るエジソンは引かなかった。そもそも、エジソンは社長であっても、王であったことなど一度もないのに。
ナイチンゲールとキャスター、エジソンのやり取りを聞いて白斗も思い至った。
「王としてアメリカを守るというユメはエジソンに取りついている誰かのユメであって、エジソン、あなたのユメじゃない。アメリカ以外を救うというコトから目を背けて戦うからこそ、あなたは苦しいんじゃないのか?」
「私、私は―――――」
エジソンが頭を抱えてうめく。
その姿は正しく病に苦しむ病人だった。
「何か、フローレンスたちに言いたいコト全部言われちゃったわ、エジソン。それでどうするの?このままフローレンスの言葉をすべて受け入れる?それとも、戦ってあなたの裡にある澱を吐き出す?」
その肩をエレナが叩く。
「エレナ君、私は……」
「あたしはどちらでも構わないわ。あなたはあなたの思うようにやりなさいな。いつもみたいに、ね」
そう言って茶目っ気たっぷりに片目を瞑るエレナに、はりつめていた場の空気が一瞬抜けた。
山が動くようにエジソンが頭をもたげた。その目には力が戻っている。
「ありがとう、エレナ君。それからナイチンゲール女史とそこのキャスター、異邦のマスターよ。私は確かに道を違えていたようだ。だが!私にもここまでの戦いと犠牲を背負っている!故に!マスターとそのサーヴァントたちよ、戦って証を立てたまえ!」
耳をつんざく雷鳴とエジソンの咆哮が部屋に轟く。
「やっぱりそうなるのか。ま、分かりやすくていいな」
「そうね!」
全員がそれぞれの得物を構える中、キャスターの前に立ったのはエレナだった。
「あなたの相手はあたしみたいね」
「……そのようですね」
雷を四方八方に放つエジソンの相手はナイチンゲールにラーマとシータ。銃を乱射する機械化兵にはロビンにアーラシュ、エリザベートが当たり、万が一にも跳弾が白斗に向かわないようマシュが盾で白斗を守っている。
スカサハは手を出すつもりがないのか、腕組みをして成り行きを見ていた。
「あたしが言うのもなんだけど、ここ室内なのよね」
アーラシュやシータが大弓から放つ矢が、エジソンの放電が、赤い絨毯の敷き詰められた床と染み一つなかった壁や天井を穴だらけにしていく様を見て、エレナが呆れたように額に手を当てた。
「ああもう。頭に血が上ると周りが見えなくなるのは変わっちゃいないわね」
「あなたとエジソンさんは知己だったのですか」
「ええ。それもあってこっちに手を貸してた訳だけど。まあ、そんな些事はいいの。付き合ってもらうわよ、古きインドのキャスターとあってはこっちも本気でいくわ」
エレナの手元から本が浮かび上がり、キャスターも剣を鞘から抜いた。
「え、あなた肉弾戦やるの?」
構えられた剣を見て、エレナが目を丸くした。
「私の触媒は剣なもので。……やってやれないこともないですが」
「あたしとしてはインドの魔術師らしく戦って欲しいんだけど!」
「それはどうでしょうか?あと私は呪術師ですよ」
見ようによっては不敵とも取れる無表情を貼り付けたままのキャスターにエレナの放った光弾が殺到し、キャスターは剣を構えてそれを迎え撃つ。
キャスターが横凪ぎに剣を振るえば、剣の軌跡に合わせて生じた闇が光弾を飲み込んだ。
お返しとばかりにキャスターが右手を突き出し、風と水の刃がエレナに向けて放たれた。
「ドジアンの書よ!」
しかし、呪文と共にエレナの魔導書が輝き、風と水の刃が残さず消された。
「さすがのキャスターね」
「あなたこそ凄い腕ですね。私たちが使った呪術以外にも、たくさん取り入れているようですが」
「何よ、あたしの魔術はちゃんぽんとでも言いたいの?」
目を鋭くしたエレナにキャスターが心底意外そうに無表情のまま首を振った。
「いいえ、まさか。古今東西の術を束ねて一つの魔術として完成させたあなたは、正に新しき時代の魔術師だと思っただけです。それは素晴らしいことです。世界が広くて狭かった私たちの時代にはなし得なかったのですから」
「……あなた、実は結構天然なんじゃないの?」
「は?」
真顔で称えられるなんて調子狂うわね、と言いつつエレナは追加で魔術を振るい、キャスターは迎撃する。
戦いはまだ終わりそうもなかった。
流れは若干変化したものの、結局バトルに突入。
ついで、話の中で始めてキャスターらしくエレナと戦う主人公でした。