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「……何をそこまで考えていた」
会議室を出てキャスターとカルナは廊下を歩いていた。
カルナやキャスターは機械化兵の整備やら何やらを手伝えないが、やることは探せばいくらでも見付かるだろう。
廊下を歩きながらキャスターは答えた。
「メイヴのことを少し考えていました」
キャスターがアメリカに召喚されてすぐに会った自称女王にして聖杯の所有者。
顔を合わせたのはほんの短い間でキャスターは宝具を撃って即座にその場から放れたが、それでもメイヴのことは強烈に覚えている。
キャスターが生前から今までに見た美しい姫たちと比べても、文句なしに随一の美人かつ相性の悪そうな相手、というのがその印象だ。
正直なところ、あの可憐な見た目でクー・フーリンを策に嵌めて死に至らしめたというは信じがたいくらいだった。
ベオウルフやフィン・マックールの物言いを鑑みるにメイヴはキャスターにかなり殺意を燃やしているようだが、キャスターは宝具を撃ったのだからそれも当たり前としてさておいていた。
「私があのメイヴだったなら、どう動くのだろうかと考えていたら、つい」
「深みに嵌まって考え込んでしまった訳か。お前は戦術家ではないだろう」
「それはそうですけれど、どちらかといえば女の直感でしょうか」
ほんの少しおどけたようにキャスターは言う。
「……」
「沈黙しないでくれますか。合わないコトを言ったのは分かっていますから」
「すまん。驚いただけだ」
尚悪い、とキャスターは額に手を当てた。
普段は冷静だが肝心なところは勘任せという矛盾した面のあるキャスターだが、少なくとも頭に血が上っていない分には思慮深い思考ができる。キャスターが冷静な思考を丸ごと吹っ飛ばすほど頭に血が上ったことは、死の直前のあの出来事くらいだが。
ともあれ、キャスターは城の外を目指して歩きながらカルナを振り返って言う。
「カルナ、私はあのクー・フーリンと直に顔を合わせましたし、あの槍の呪いにも触れました。だからこそ言いますが、クー・フーリンとあの槍には、あなたの鎧を貫いて心臓を穿つだけの力がある。彼と戦うなら、あの槍を放たせては駄目です」
「……確かか、とは聞くだけ野暮か。忠告は覚えておこう」
「お願いします」
無意識にキャスターは仮初めの心臓の上に手を当てた。かつてそこを抉られて命を落としたキャスターには、心臓穿ちの呪いの槍は最悪の鬼門である。自分の心臓が貫かれた瞬間は正に思い出したくない記憶だ。
しばらく無言で歩いた二人は、廊下を抜けて城を囲む城壁の上に辿り着いた。
空には満点の星と、それから夜になって一層禍々しく輝く光の輪がある。
あの光の輪が空に輝く限り、ここは未だに歴史の狂った特異点なのだ。
城壁の縁まで行って、キャスターは夜空を見上げ、つと光の輪を指差した。
「ドクターさんが言うには、あれは魔術王の仕掛けたものだそうですね」
「ああ。魔術王ソロモンか。マスターたちが第四の特異点で遭遇したという」
「あの……あまり魔術王の真名を口に出さない方が良いかと。名前はそれ自体力ある言葉で―――――」
「歴とした呪文、だというのだろう。分かっている。お前の口癖だ。だが名を口に出すことすら憚っては徒に恐れを膨らませるぞ」
「要するに必要以上に恐れを膨らませば、いざ実物と見えたとき戦えなくなる、と言うのでしょう。それも分かっていますよ」
長い付き合いなんですから、とキャスターは言って石垣に肘をついた。
その下には、篝火や無駄なくらい煌々と輝く電球に照らされた兵士たちが食事をしたり騒いだり、各々の時間を過ごしていたが、二人が黙して見るうちに彼らは一人、また一人と寝床へ入って行った。
明日、戦いに赴くのはサーヴァントたちとマスターだけではない。彼らも戦場に行くのだ。
彼らのうちの一部は確実に明日の朝日は拝めない。例え、特異点が修正されればすべて無かったことになる、言ってみれば仮初めの死だとしても。
「魔術王……いえ、ソロモンはどうしてこんなことをしたのでしょうね」
美しい音楽でも聞くように今を息づく兵士たちに耳を傾けながら、キャスターが呟いた。
「こんなこと、とは世界を燃やしたことか?」
「そうです。一切合財燃えてしまえばいいと思うほど、彼は人間が嫌になったのでしょうか。自分の生きていた道までも燃やしてしまうほどに」
何の躊躇いなく燃やせたとしたら、魔術王は悲しい人かもしれませんね、とキャスターは言った。
「そう思えるのはお前が人を好いているからだ。お前は人の非道を見るたび、泣きも折れもするが絶望してそれきり、ということだけは決してない。お前は時がかかろうが何度転ぼうが、人の未来を信じて歩み続けられるのだろう」
キャスターはどこか憮然として首をふった。
「私は慈悲深き人類愛者にはなれませんよ。母様や師匠やドゥリーヨダナ様や、私の覚えている人たちの生きていた時間を燃やされたくない、マスターやマシュさんに死んでほしくない、当たり前に身内贔屓の人間です」
人類史を守るという使命は下されているが、本音を言えばキャスターには些か規模が大きすぎる。
それに人類愛というのはある意味神の領域に入った精神だろう。ならば、まかり間違っても自分には相応しくないと思う。
「それから、次に何時言えるか分からないので今言いますが」
キャスターはカルナをどこか冗談めかして言葉を続けた。
「あなたはつくづく物言いが直裁で返事に困ります」
「……実はな、以前聖杯戦争で会った別なマスターにオレは一言多いのではなく少ないと言われて以来、何とかしようとしているのだが」
「残念ながらあまり直っていませんよ。精進してください」
「…………………………そうか」
真顔でキャスターが切り返し、今度はカルナが沈黙した。
「一言足りないと言うとは、的を射たマスターもいたんですね。どんな人でしたか?」
「………マスターとしては文句なく役に立たない主人だったな。サーヴァントとして断言できるほどに」
「なるほど、ある意味相変わらずの主に仕えた戦だったと。でも―――――結末はそう悪くない戦いができたようですね」
隣に立つカルナを横目で見て、キャスターは言った。
「そうだな。オレの力不足で主を聖杯戦争の勝者には押し上げられなかったが、ともかく守ることはできた」
「………あなたでも力不足になるとは、巷の聖杯戦争は本当に過酷なんですね」
そう言って視線を下げたキャスターの目に、ふと城を出ていく白斗とナイチンゲールの姿が映った。
何か話し込みながら、白斗たちは城の周りを歩いている。サーヴァントならば、耳をすませば声が聞こえないこともないだろうが、二人のうちどちらもあえてそうはしなかった。
「マスターは夜の散歩。ナイチンゲールはその警護、と言ったところか」
「でしょうね。…………私たちは、マスターには大変な役を背負わせています。でもナイチンゲールさんなら正しい言葉をマスターにかけてくれるでしょう」
白斗の最初のレイシフト、炎上した冬木での彼がどうだったかをキャスターはよく覚えている。
燃え盛る亡骸に怯み、シャドウサーヴァントの殺気に怯え、それでも白斗はマシュや、確かオルガマリーという名前の女性魔術師と並んで歩いていた。
エジソンの元へ向かう道々白斗に聞いたことだが、あのオルガマリー所長という人物も殺され、今はいないそうだ。
あの頃と比べると、白斗は別人かと思えるほどマスターとしては成長している。
そうして頼もしくなった分、白斗にはまた重みがのし掛かる。
世界の重みを一人に背負わせるなどまさに狂気の沙汰だ。それでも他に手はない。
他に手はないという言葉で、誰か一人に何かを負わせる有り様はキャスターにも覚えがある。今さらだが、キャスターが白斗をほぼ無条件に信用しているのも彼の誠実という人柄以外に、そういうところに惹かれたのだろう。
とはいえキャスターが今すぐに白斗のためにできることは、この異常を直すために尽力する以外ない。
それでもやりきれないし、割りきれない思いが消えない。
「カルナ、この戦いが終わったあとあなた方はカルデアに還るのでしょう」
「そう聞いている。特異点が修正されればオレたちは帰還する」
「そうですか。なら、言うまでも無いことですが白斗さんとマシュさんとをよろしくお願いしますね」
「無論だ。しかし、マスターだけでなくマシュもか?彼女はデミとはいえマスターを守るサーヴァントだろう。必要はあるのか?」
あります、とキャスターが言い、カルナは無言で先を促した。
「サーヴァントですが彼女は女の子ですよ。生物学上だのそういう問題ではなく心の有りようとして、彼女は女の子です。マシュさんは白斗さんを普通のマスター以上に心の支えにしていますし、白斗さんもそれは同じです」
「お互いがお互いを心の支えにしているということか」
「ええ。あの子たちはある意味では二人で一人。普通のマスターとサーヴァントの関係には当てはまらない。どちらかが欠けても駄目になってしまうと思います」
カルナが考え込むように腕組みをした。
「…………そういう心に関しては万事お前の方が上手だ。忠告に従おう」
「精神面でのケアもと言いたいところですが。それはカルデアに適任がいることを願います」
カルナの精神は少々どころではなく常人とは隔絶しすぎているから、適切なカウンセリングなりなんなりがカルナにできるとはキャスターは微塵も思っていない。畑違いも良いところだろう。
「ならばドクター・ロマンか。本業は精神科含めた医療だと聞いたぞ」
「ああ。―――――そうですね」
それは安心ですね、とキャスターはうんうんと納得したように頭をふった。
お節介かもしれないが、特異点の修正後はいつ会えるのか、そもそも今後会えるかすらも分からない身として色々と言い残したくなったのだ。
「それで、オレたちはカルデアに還るとして、お前はどこへ還るのだ?」
「また元通りですね。つまり謎の空間で出番待ち」
星空を仰ぎ見ながら、乾いた声でキャスターが言った。
「何も茶化して言わなくても良いだろう」
「あれ、そう聞こえましたか?」
「聞こえたな」
カルナが深く頷き、キャスターの肩が落ちた。
「先にも言った気がしますが、私の還る場所はあまり辛くはありませんので」
「本当か?」
「基本、ぽけぇっと寝ているだけです。地獄のように燃やされたりしているわけでもありません。要するに言いたいことは、私の方は心配しないで大丈夫ということです」
「…………だから心置きなく戦えということか」
「はい。こちら側にも勝つ以外の選択肢がありませんし」
相手はこちらを全員殺すまで止まらず、こちらは相手の力の源である聖杯を何としても確保しなければならない。 だから普通の戦いと違ってケルトとの戦いは停戦だの休戦だのがなく、交渉の余地までもが全く無いのだ。
それだけでもあり得ないのに、兵站も兵力も無尽蔵だというキャスターからすればふざけるなと言いたくなるような相手が敵なのだ。
一撃で世界を吹き飛ばす威力のある弓だの、戦場を丸ごと覆う幻覚だの、撃てば必ず相手に当たる槍だの、理不尽なほど凄まじい威力の攻撃ならキャスターもさんざ見たし場合によっては肌で感じもしたが、それより何より兵力補充が無限というのは凶悪だろう。というより凶悪過ぎる。
「撤退と敗北が許されず、勝つ以外の選択肢がない戦いか。言われてみれば月の聖杯戦争と同じだな」
「月?月ってあの月ですか?聖杯戦争とは月でもやるのですか?」
キャスターの白い指が月を指差した。人理焼却の光輪があっても青白い月の目映さは何千年前と変わらず、少しも揺らいでいない。
「あの月だと思うぞ」
「…………聖杯戦争とは実に摩訶不思議ですね。そういえばカルナは聖杯戦争には何度か喚ばれたこともあると言っていましたが」
「あるな。ジークフリートとはそこで敵として戦った。今は味方だが」
「ちなみにそこでの勝敗は?」
「主の命は守れた。聖杯は捧げられなかったがな」
「………何とまあ」
カルナほどの英霊が二回喚ばれて二度とも同じ結末になるとは、『普通の』聖杯戦争とは何なのだろうと、キャスターは少々真剣に考え込んだ。
「聖杯戦争の模様を聞きたい所なのですが、どうもその時間は無いようです」
地平線からまた次なる朝日が昇り、大地を金に染めていた。
そこ此処で兵士たちが動きだす気配が伝わる。戦いへと繋がる喧騒が戻って来たのだ。
青く染まりつつある空を、どこから飛んできたのか白い小鳥が甲高く鳴きながら飛んでいった。
放たれた礫のようにどこかへと飛び去っていく小鳥を、キャスターとカルナは束の間同時に目で追った。
「中へ戻りましょう。マスターに編成を聞かなければ」
「そうだな」
それから小鳥の飛び去った方から目を背けて、二人は城へと戻っていった。
夜明けから数時間経った後の城の外。
太陽に照らされてギラギラと輝く、すでに勢揃いした機械化兵と一般兵を横目に、白斗がサーヴァントの編成を発表しようとする直前、スカサハが挙手した。
「マスター。この土壇場にすまぬが、私はどちらの軍にも加わらぬ。このままここを離脱し、メイヴとクー・フーリンの動向を監視し、場合によっては抑え込む役に回ろうと思う」
「え、でも、それって…………」
白斗が言い淀んだ。
スカサハは自分ではクー・フーリンには勝てないと言った。なのに今はその彼へと単身向かうと言うのだ。
「あなたは、捨て身で挑むつもりか」
「捨て身とは何だ。ジークフリート、私を誰だと思っている」
「影の国の女王だろう」
「そうだ。私は死においていかれた者。お主ら、その私が死ぬと思っているのか?」
スカサハが両手を広げて一同を見渡し、彼女の真正面にいたキャスターはしっかりと目があった。
何か言え、とスカサハの赤い瞳が語っていた。視線を受けて、キャスターは答えた。
「いえ、あまり思いません」
「ほれ、正直者のキャスターもこのように言っておるだろう。何、命がけは皆同じさ。一晩考え、私はここで離れ、遊撃に回るべきと判断したのだ」
「…………分かった。ここまでありがとう、スカサハ」
「改まった別れの挨拶など止せ止せ。マスター、白斗よ、よく戦い、そして勝って生き残れ。さすればどこかで見えるときもあるだろうさ」
ではな、とスカサハは疾風のように消えた。
その消えた先をしばらく見てから、白斗は再びサーヴァントたちに向き直った。
その編成はといえば、侵攻を食い止める北軍に、エジソン、エレナ、ジークフリート、ロビン、エリザベート、アーラシュ。
攻めいる南軍には、マシュ、ラーマ、シータ、カルナ、キャスター、そしてナイチンゲール。
これでどうかな、と白斗は一同を見渡し、誰からも不満は出なかった。
「俺は守る側か。ま、何とかしてみせるさ。それとロビンフッド。お前さん、見張りしてたときにトラップで兵力六割は削れるって言ってたよな」
「げ。しっかり覚えてたのかよ」
「俺からも頼む。期待している、森の狩人」
アーラシュはロビンフッドの肩を叩き、ジークフリートは真摯に頭を下げていた。ロビンフッドはそれに閉口しているようにも見えたが、アーラシュの手を振り払おうとはしていない。
一先ず北軍は何とかなりそうだった。
南軍の方はといえば、ラーマとカルナが地図を挟んで向き合っている。
「軍勢だが、ラーマ。指揮はお前が取れ」
「構わぬが、良いのか?カルナ」
「オレは槍に徹する。王としての格があるものの方が適任だろう」
「分かった。確かに任されたぞ」
握手するラーマとカルナの隣では、シータ、ナイチンゲール、キャスターが額を付き合わせていた。
「私は主に弓で援護をします 」
「もちろん私は患者の治療にあたります。キャスターは治療と遊撃、双方こなせますか?」
「遊撃しつつ患者を見付けたらナイチンゲールさんのところにまで運ぶ方法の方が確実かと」
「分かりました。ではそのように」
こちらもこちらで役割は決まったらしく、全員がまた白斗とマシュのところへ戻ってきた。
次に何時再会できるか分からないため、普段よりは二人とも饒舌。
尚、キャスターのカルデアマスターへのスタンスはブーディカに近い。あっちよりは厳しめかつ普段は無表情な姉貴ですが。