太陽と焔   作:はたけのなすび

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またもや閑話です。

今回はマハーバーラタ由来のお話で、上下構成です。
注意事項はオリキャラが登場していることと、独自設定のタグが働いていることです。

誤字報告してくださる方、いつもありがとうございます。


閑話-2

ここ最近、街では道行く人や牛や馬に牽かせた車の数が増えている。

行き交う人々の囁き声に少し耳を傾ければ、誰も彼もが期待顔で噂しあう。

曰く、クル一族の武術の腕を披露する武芸大会が開かれるという。

今こそ、名高き武芸者ドローナの下で研鑽を積んだ、聖なる王子たちの絶技の数々を目にできる絶好の機会。これを逃すは末代までの未練。王城に向かい彼らの武術の冴えに心踊らすも、参加者として挑むも良し。

さあ民草よ、武人よ、老いも若きも王城に向かおうぞ。

 

「馬鹿くさい。それでこの騒ぎかい」

 

と、巷に流れる謳い文句を詩人の真似事をして語れば、師は呆れたとばかりに言い捨てた。

 

「………師匠。馬鹿くさいはあんまりですよ。楽しみにしてらっしゃる方々もいるのに」

「他の奴のことなんざ知るか。あたしゃね、五月蝿い騒ぎは何だって嫌いなのさ。ほれ、手が止まっとる」

 

やるならさっさとやれ、と言われ、鍋の中身の緑色の薬湯をかき混ぜることに集中することにした。

師の切り捨てた武術大会は、確かに師には直接の関わりがない。師は一通りの武術も教えてくれたけれど、それも護身の域を出ないし、それ以上極めるつもりもない。

自分が極めるべきは薬を作ったり、呪術を操ったりするための方法である。

 

「しかし武術大会ねぇ。王様も暇なことをするもんだ」

「カヴラヴァ御兄弟とパーンドゥ御兄弟の武術の腕前を披露することは、悪いことでは無いのではありませんか?」

「そりゃね。武を見せることは他国への牽制にはなるだろう。だがね、五王子と百王子との対立まで外目に晒すこたぁないだろうよ」

 

今この国を治めているのは盲目のドリタラーシュトラ王で、ドゥリーヨダナを長男に頂くカヴラヴァ王子たちはその息子。

対して、五王子はドリタラーシュトラの弟である先王パーンドゥの息子。しかしそのパーンドゥはすでに亡くなっており、五王子はドリタラーシュトラに引き取られて王宮に暮らしている。

こうなると、次の王が誰なのかという話になってくる。

百王子の長男ドゥリーヨダナにも、五王子の長男ユディシュティラにも、王位を継げるだけの理屈は立つのだ。

今はドリタラーシュトラ王が健在だからいいが、いずれ彼に老いが目立つようになれば露骨に対立が表面化するだろう。

師は、そんな内情を晒しかねない武術大会を開いて他国に弱味でも見つけられないのか、と言っていた。

一つの王国に、技量に差のある親戚の王子たちが犇めいているというのは、確かにつけこまれやすいだろう。

見せ掛けでもパーンドゥとカヴラヴァ兄弟は友好的である、と示せれば良いだろうが、どちらの兄弟たちも性格上それができない。むしろ、本気になりすぎて公衆の面前で本気で殺し合いかねないのだから厄介だ。

ちなみに人である父はドゥリーヨダナに仕え、カルナは養父がドゥリーヨダナの父の御者であるため、カルナも少女も立場はカヴラヴァ側である。

 

「まあ、あたしらみたいな外れものに、政をいう資格はないね」

 

とはいえ、宮廷に仕えてもいない呪術師たちには手のだしようもないことだ。

つまり師は、手のだしようのない余計なことに煩わされすぎるな、と遠回しに自分に釘を指していると察した。

 

「はい師匠。薬湯です」

 

考えを追い払うように頭をふって、器に注いだ緑色の薬湯を師に差し出した。

しばらく前に風邪をひいて以来、少女の師は体調が芳しくない。

日に日に萎んでいくように見える師の姿を見るたび、胸の奥を寒い風が通り抜けていく気がする。 歳を考えれば当たり前ではあるが、親より長い時間、少女はこの老婆と過ごしてきたのだ。

こうして作った薬湯も気休めだ。寄る年波には勝てぬという言葉通り、師は遠からず亡くなるだろう。

いずれ来る別れのとき、自分は師が安らげるように送り出せるのかという問いに、今の少女は答えられない。

不味い、と渋い顔をした師は、それでも薬湯を全て飲みきって器を返してきた。

 

「そういやお前さん、その競技会にはカルナも参加するのかい?いや、あの無欲の化身のことだ。頼まれでもせん限り出ることもないか」

 

己の武の腕を見せびらかすことに、カルナはいつもなら興味を示しはしない。ただ、今度ばかりは違うのではないか、と少女は思っていた。

どうもパーンドゥ五王子、特に三男のアルジュナが参加すると聞いて以来、カルナが落ちつかなげにしているように見えるのだ。

アルジュナとカルナは共に同じ師について学んでおり、その師はアルジュナを殊の他可愛がっているそうだが、まさかその一事でカルナが泰然とした在り方を変えてまで競技会に参加しようと思うほどの因縁が生じるとも思えない。

ともあれ、参加するならする、しないならしないで少女はどちらでも構わないのだ。競技会を催す王候たちは武を修めた全ての者に門を開くと言っている。カルナの身分が低くても、参加するだけなら断られはしないだろう。

王族のアルジュナに挑戦するとなれば話は別になるし、そうなれば確実に災難を呼び込むだろうが。

それでも、カルナが珍しく我を出すなら、彼の思う通りに振る舞ってほしかった。

ただ、彼女は未だカルナから直接に競技会に参加するのかしないのか、はっきりと聞いていない。態度からは察せられるが言葉にして伝えられてはいないのだ。

一応、参加の意志を伝えてくれる位には信頼されるようになっていると思いたい。

 

「…………どうでしょうね。参加したいように見えましたが」

 

故に少女の答えはいかにも歯切れ悪くなった。

珍しく人の目を見て答えなかった弟子に、師はちょっと片眉を上げたが、何も言わずに、ごろりと寝返りをうって弟子に背を向けた。

 

「そうかい。なら今日は帰りな」

「でも、師匠…………」

「馬鹿弟子に泊まり込んで看病されるほど、あたしは弱っちゃいないんだよ。いいから帰れ」

 

後ろ手で木の匙を軽く投げられ、少女はそれを避けた。 一度言い出すと師は梃子でも動かないことをよく分かっている少女は、鍋と器を持って立ち上がった。

 

「それでは師匠、私は帰りますが、また来ますね」

 

返答はなく、師は後ろを向いてひらひらと手を振っただけだった。

それを挨拶として家を出る。夜の森は暗いが、歩き慣れているから森は庭より身近だ。

片手に青い焔を灯し、蛇に噛まれないように気を張りながら歩く。焔は傷を癒しても毒は消せないのだ。

下草を払いながら歩くうち、暗い道の先から白い人影が歩いてくるのが見えた。夜闇に浮かぶ白い顔が、一瞬幽霊に見えて思い鳥肌が立ったがすぐに違うと気づいた。

 

「迎えに来たぞ」

 

歩いて来たカルナに、そのまま持っていた鍋と器と道具の入った袋をひょいと取り上げられる。両手で抱えていたそれを、カルナはそれを軽々と片手で担いだ。

 

「…………見た目より重いな。これをいつも持って森に通っていたのか」

「………もう慣れましたから。あの、どうしたんですか、今日は?一大事でもありましたか?」

 

日々森に通っているうちは心配しなくていい、と言ったのは自分だ。

一大事ではない、とカルナは首を振った。

 

「それならまたどうして?」

「最近色々考えて決めたことがある。それを報告しておこうと思った」

「はあ」

 

夜に森で言わなくても、家で言えばいいのではないだろうか、という疑問が顔にそのまま出ていたらしく、カルナはまた口を開いた。

 

「それと街の人間から、最近森に青い人魂が出るので様子を見てこいと頼まれた」

 

どうも話の流れが掴みにくい、と少女は、カルナの歩幅に合わせて小走りに歩きながら考えた。

最初に森の様子を見るよう頼まれたカルナが人魂、つまり青い焔を灯して歩く自分を見つけついでに自分の考えも話しておこうと思った。順番で言えばこうなるだろう。言葉足らずに言うからよくわからなかった。

 

「しかし、見る限り人魂の正体はお前のようだな。珍しい色合いの焔だから間違えられたのだろう」

「…………」

 

無言で焔の色を青から橙に変える。これならまだ普通の明かりと同じだ。

 

「お騒がせしてすみませんでした」

「謝る相手が違うぞ。オレへの謝罪に意味はない。だがお前が師の身を案じるのも、また当然だ。―――――それほど悪いのか?」

 

周りへの配慮を忘れて森へ通い詰めるほどに、というカルナの言葉にならない一言が痛かった。

 

「…………来年の年明けは越せます」

 

そこから先は口に出せなかった。

代わりに手を伸ばして、カルナの持つ袋を取り返した。

 

「やっぱりそれは私が持ちます。呪具も入っているので、気遣いだけで十分です」

「しかしな………」

「鍋を壊しでもしたら、師匠にどやされるのは私ですし、道具の管理は私の責です。それであの、あなたの話というのは何なのですか?」

 

そちらがカルナの本題だったはずだ。

話の続きを無言で急かすと、カルナは口を開いた。

 

「城で近々行われる競技会のことは知っているか?」

「ええ、もちろん」

「あれに出ようと思う」

 

真っ先に胸に飛来したのはやはり、という思いだった。そうとなれば、自分の返す答えももう決まっている。

 

「分かりました。御武運を」

 

気負いもせずに即答すれば、逆にカルナが不思議そうに見下ろしてきた。

 

「…………オレが言うのもなんだが、答えが早いな」

「何となく予想していた話でしたから。ここ最近、競技会を気にかけてきたのでしょう」

「オレはそこまで分かりやすかったか」

「はい。いつ言ってくれるかと思っていました。簡潔に言ってくれたので嬉しいです」

 

顔の前に垂れてきた枝を払い除け、足を止めずにながら答える。

 

「競技会にはパーンドゥ御兄弟も出られるのでしょう?」

「ああ」

「では、そこでアルジュナ様に挑まれるつもりですか?」

 

今度はすぐに答えが無かった。

振り返れば、枝を挟んでカルナは向こう側に立ち尽くしていた。

 

「カルナ?」

「いや、何でもない。少し驚いただけだ。それとアルジュナに挑むかどうかだがな」

 

正直に言えば分からないのだ、とカルナは言った。

 

「挑みたいとは思う。だがオレのこの考えは我欲や執着と呼ぶべきだろう。我欲に支配されて勝負を挑むのは道理に反するのではないだろうか?」

 

どこがどう、とは咄嗟に分からなかったがカルナの言葉は何かがちがう、と少女は思った。

 

「………いいえ。反していないと思います。我欲や執着を抱くことは、別にすべて悪いことではないでしょう。確かに度の過ぎたものは身を滅ぼしますが、無さすぎては人は石と大差無くなってしまいます」

「だがな―――――」

「いいから、最後まで聞いてください。人は泣きもすれば笑いもします。心がある限り冷たい石にはなれません。武人が好敵手を得てそれと戦いたいと願うのは、何に恥じることでもないと思います。ではカルナ、聞きますがあなたは物言わぬ石ですか?」

 

いいや、とカルナは首を振った。

 

「要するに、オレが心の赴くままに戦うことをお前は止めない、むしろそれを望んでいるということだな」

「ええ。ただ…………アルジュナ様は王族です」

 

実の父はともかく、御者の息子の身分のカルナが挑んで相手は挑戦を受けてたつだろうか。

それは大いに気にかかったが、そのまま言葉にするのは躊躇われた。

生きとし生けるすべての人間を等しい者と捉えるカルナの価値観は、ある意味では誰より狂っている。

少女は身分で人を見ることはないが、それは故国で貴族だったという実母が戦争で捕虜から奴隷となって零落した事実を目の当たりにし、人の生まれ持った身分の儚さを母から教えられたからだ。

当たり前のように、自分含めたすべての人を等しい価値あるものと捉えているカルナとは違う。

けれど少女は、かつてその価値観に心を救われた。

自分の実母に化け物のようだと告げられてから、ずっと見えない血を流していた心には、人にすべて価値がある、という言葉は何よりの助けになったのだ。

カルナは己の在り方が誰かの助けになったとは考えもしないだろうし、少女も今さら言うつもりもない。

 

「だが競技会は全ての者に開かれると言っていた。加えてドゥリーヨダナがオレに言って来た。気にせず挑め、とな」

「ドゥリーヨダナ様が?」

 

ドゥリーヨダナとパーンドゥ兄弟の不仲など、この国の人間なら誰でも知っている。

となれば、ドゥリーヨダナがカルナにそう言った理由も見えてくる。

競技会という舞台で、アルジュナに匹敵するカルナの技量を示し、加えてカルナはカヴラヴァの味方だと大勢に示したいのだろう。ドゥリーヨダナも、アルジュナやカルナと同じくドローナ師から武術を習っている。アルジュナとカルナの技量のほども、よく知っているはずだ。

ただの競技会と見せかけ、策謀の糸を張っているわけだ。

それにそもそも、少女とカルナの婚姻を決めたのもドゥリーヨダナだった。

少女の父はドゥリーヨダナの臣下である。そこからしてすでに、カルナを自陣へ引き込む算段は立てていたのだろう。

政をやる人間の腹なぞどこでも真っ黒くろすけさね、という師の言葉と、それくらいせねば国は守れないさ、という言葉も共に思い出した。

ということは、ひょっとしなくとも自分は、ドゥリーヨダナの思惑通りに思いっきりカルナを焚き付けてしまったのではないか。

その考えの不吉さに囚われて、今度は少女が黙りこんでしまう。

橙の焔だけが道を照らす夜の森で、草を踏み締める音だけがしばらく続いた。

 

「…………カルナ、その競技会は私も行きます」

「分かった。そも、ドゥリーヨダナにお前を連れてくるように言われている。一度会ってみたいそうだ」

「は?」

 

少女など、ドゥリーヨダナにしてみれば臣下の一人の名も無き娘だろう、それも妾から産まれた身分の低い者だ。言うまでもないが、少女とドゥリーヨダナに面識はない。

 

「何のために?」

「聞いてはいない。だがその焔ではないのか」

 

カルナの指が手の上で明々と燃える焔を指した。

異能を目当てに呼ばれるなど、なおさら悪い予感がした。ともあれ、もうカルナに言った言葉も取り消しなどできないわけで。

 

「…………分かりました」

 

と言う以外無かった。

 

「それとこの格好は不味いですよね」

 

今自分の来ている衣の裾をつまんだ。

丈夫だが、あちこちに繕い跡の目立つ男物の服だ。間違っても着ていけない。それに髪も伸ばしてはいるし手入れもしているが、草を編んで作った紐で束ねているだけで、飾りも何も付けていない。

 

「…………すまん、晴れ着のことに全く気づいていなかった。今更だが、お前はそういうものを持っているのか?」

「それくらいの用意はちゃんとありますよ。衣は母様のものがありますし、飾りは花でも使います」

 

手入れはしているから、母の衣とはいえ古びてはいない。遺品として父から与えられたときは、裾を引きずるほどだった衣だが今はもう丈も合うだろう。

それに、街に買い物に行くときのための女物の服もちゃんとある。着飾ることに喜びを感じず、街にわざわざ行かなくても森で大概の物が手に入るためにあまり着ないだけだ。

 

「そうか、なら良かった」

 

一人ごちるカルナに曖昧に笑い返し、ただ夜明けには遠い夜道を急いだ。

 

 

 

 

 




ドゥリーヨダナさん策士説。

本編の決戦間近状態で閑話かよ、と言われれば是非もない話です。

プリヤコラボ開始しましたね。万歳!!
魔法少女メイヴには驚きましたが。

それからすみません。
諸般の事情で今週の投稿はこれで終わりです。面目ありませんが、ご理解下さるようお願いします。

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