誤字報告してくださる方へ感謝を。そして毎度似たようなとちり方をする作者は反省します。
一合、五合まではお互い数えていた。
十合から先になると、数えるのをやめた。残るのは、互いの槍を振るって得物がかち合うたびに生まれる火花だけ。
カルナとフィン・マックールがこの大地で戦うのは二度目で、そのときはフィンの撤退で戦いが終わった。けれど今回は、撤退はなくどちらかが倒れるまで続くのだとどちらともなく予感していた。
戦い始めてすぐにカルナは気づいた。どうも相手は、始めの手合わせの頃より強化されているらしい。筋力か敏捷、あるいはその両方か、ともかくステータスが上昇している。
聖杯の効果か、とカルナは思い当たるも、カルナにはそれをどうこうできる手段もない。強化された分を上回って勝てばいいだけ、と結論付けると、一層苛烈に槍を振るった。
恐らくだが、ここからそう離れてはいないところでナイチンゲールとキャスターが戦っているディルムッドも、同じく強化されているのだろう。
あれだけ人智を越えた力を持つ器なら、他の使い方をすればもっといいことができるのに、せめて人をたくさん殺す以外の使い方ならいいのに、といつかどこかで珍しくぼやいていたキャスターの面影を瞬時に振り払ってカルナは戦う。
槍は大気を裂き、互いの武器は己の毒牙で相手を噛み殺そうとする二頭の蛇のように絡み合っては、突き放される。
一瞬の攻防の中で、幾通りもの攻めと守りを繰り返し、それでも徐々にカルナが押して来た。
フィンが槍を手元に引き戻そうとわずかに槍の穂先を下げ、それを逃さずカルナが掬うように下から槍をかちあげる。
カルナの力任せの一撃で、フィンの槍は乾いた音を立て、くるくると回ってフィンの手元から離れた。
追撃しようとするカルナにフィンは予備の剣を横薙ぎに払って距離をとるが、その瞬間カルナの目が光った。
「―――――梵天よ、地を覆え」
目から放たれたのは、炎熱の光線。さしものフィンの顔も驚愕に歪み、それでも何とか転身してかわした。
光線は一直線に砂塵の中へと突き刺さり、巻き添えで幾名ものケルト兵が消し飛ばされた。
「やれやれ恐ろしい威力だ。ろくにためもせずに放ってそれか」
そう言うフィンだが焦燥の色はない。
しかし彼の槍は手から離れて今はカルナの背後の大地に突き刺さっている。
地が割れるほどの勢いの踏み込みと共にカルナは前へと進む。そのままフィンの心臓へと槍を突き立てようとしたとき、不意に首筋に悪寒が走り、カルナは槍を後ろへ振るった。
ガン、という音と共にカルナの首筋を狙っていた槍が叩き落とされるが、フィンの槍は地面には転がらず、糸のついた操り人形のように螺旋の軌道を描きながらフィンの手元へと返った。
魔術か、とカルナは納得する。
フィンは魔術の使い手、ディルムッドは呪いの槍の使い手、と言っていたのはキャスターとシータだ。ディルムッドの呪いの槍は、キャスター一人でもどうにかできる範囲だが、フィンの魔術はキャスターにも厄介だという話だった。
たかが小手先の魔術とは言えない。圧倒的な武人や恐ろしい破壊を撒き散らす武器を前に、呪術や異能という『小手先』を使い続け、戦い続ける女をカルナは知っている。やっている当人のキャスターにそう言えば、小手先でなくて私は常に全力です、と憮然と答えるだろうが、こればかりは何千年単位で続いている地味に致命的な夫婦間の認識のずれだった。
ともかくもフィンは槍を取り戻し、不敵に笑う。だがカルナは能面のような表情をわずかに緩めた。
フィンが訝しんだその瞬間、フィンの後ろで神殿の柱のように太い青い焔が立ち上り、すぐにかき消えた。
突風が吹き、煙が晴れたその後には、背中から折れた剣の生えたディルムッドと、腕からどくどくと血を流しながらも、ディルムッドの心臓を剣で貫いているキャスターの姿があった。
キャスターはフィンとカルナの見ている前でディルムッドから剣を引き抜いて後ろに跳び、地面に片膝をつきかけたその肩をナイチンゲールが支えた。対するディルムッドは数歩よろめき、心臓に刺さったままの折れた剣を信じがたいものでも見るように一瞥してから、フィンの方へ頭を巡らせる。その体は端から順に透けていた。
霊核を砕かれた槍のサーヴァントは主へ向け、騎士としての最敬礼を取って金の粒子へ姿を変えた。
キャスターはそれを見ながら、勝ちどきを叫ぶ。西部の兵は喜びの声をあげ、ケルトの兵は目に見えて怯んだ。
「鉄の看護師と呪術師がディルムッドを殺ったか。いや、これは私もいよいよ危ういか」
言うなり、フィンは槍へと魔力を収束させ始める。瞬時に高まる魔力は宝具開帳の証。開帳前に潰せるか、とカルナは足を踏み出しかけるが、それを察したのかケルト兵が十重二十重にフィンを守るように現れ、それを思いとどまる。
フィンの宝具、神の加護を受けた水の槍が解き放たれれば、カルナは無事だろうが周囲にいる味方の西部兵には致命的だ。
故にカルナも宝具で迎え撃つことを選択した。
双方魔力を高めた瞬間、一度に多くのことが起こった。
まずフィンが女性ならば誰もが見惚れるような端正な容貌を歪めて笑い、カルナの背後で禍々しいまでに狂暴な魔力が突如膨れ上がる。
そして、それにカルナが反応するより早く、焔を纏った小さな灰色の塊が音を置き去りにせんばかりの速度でカルナの横を駆け抜けた。
灰色の塊、つまり焔を噴射させて砲弾のように吹っ飛んで来たキャスターの手から、三つの色合いが混ざりあった焔が盾のような形で吹き出した。
刹那の後、焔の盾が受け止めていたのは、カルナを背後から指し貫かんと迫っていた赤く黒く光る呪いの槍、クー・フーリンの『抉り穿つ鏖殺の槍』だった。
キャスターが『抉り穿つ鏖殺の槍』の前に躍り出るときより、時間は少し巻き戻る。
馬からおりたキャスターとナイチンゲールは、黒髪の槍兵と向き合っていた。
周囲のケルト兵は、サーヴァント同士の戦いに手を出すな、と戦いの始めにディルムッドが言った言葉を守り、干渉はしてこないらしかった。
キャスターはその物言いを見て、正々堂々とか尋常とか、そういう類いの勝負を好むのだろうな、とディルムッドを内心で評していた。逆を言えば、付け入る隙がまだある相手だと判断したとも言える。
そうして始まった戦いだが、二対一と数の上では有利なのに、二人はなかなか槍兵にまともな傷を与えられていなかった。
森で戦ったときより、どうもステータスが向上しているようだとキャスターは当たりをつける。聖杯を使っての強化だろうとすぐ思い当たるが、現状どうもできはしない。
気を抜けば目のすぐ横を槍が掠めて前髪が数本切られ、裂かれた頬から流れた血が涙のように溢れた。
顔をわずかに切り裂いて顔の横を通っていく黄色の槍を、キャスターはそうはさせじと剣を放り捨て、両腕で掴んだ。
呪術で大幅に強化された腕力に引っ張られ、ディルムッドの体勢が崩れる。ディルムッドの顔は驚愕で、キャスターの顔は腕の軋みで歪む。
「やあっ!」
槍を基点にキャスターはディルムッドに投げ技を仕掛けた。
ぎゅん、とディルムッドは宙に浮かされるが、地には叩きつけられなかった。彼は槍から手を離して危なげなく着地し、キャスターの手には槍だけが残される。
舌打ちをしてキャスターは手に槍を遥か彼方へ投げ捨てた。キャスターもナイチンゲールも槍は使えない。使用することができないなら、壊せるものなら壊したかった。が、黄色の魔槍は仮にも神秘の込められた固き宝具。破壊を待ってくれる相手ではない。
「俺の宝具を奪ったか。だがこれで終わりと思うな」
そう言いながら、ディルムッドは腰から一本の剣を引き抜いた。
そう、まごうことなき剣である。そこから立ち上る魔力はキャスターの数打ちの剣のようなものとは訳が違う。冬木で見た騎士王の持つ、黒い聖剣ほどの力強さはないが、込められた神秘は勝るとも劣らないかもしれない。
「まさか宝具…………?」
ナイチンゲールが呟き、キャスターは放り捨てた自分の剣を拾い上げながら小さく首をふった。
「いえ、恐らくは聖杯で作られた概念武装か何かかと。ただ神秘の度合いは恐ろしいほど良さそうです。…………それこそ宝具並みに」
「ほう、分かるのか。これは正しく聖杯による贋作のモラルタだ。だが威力は劣らぬ」
モラルタ、という名がキャスターの記憶を刺激する。確かディルムッド・オディナの持つ剣の銘だったか。
赤い槍、ゲイ・ジャルグとモラルタとをディルムッドは胴の入った構えで、キャスターとナイチンゲールへ向けた。二人とも知らないことだが、ディルムッド・オディナにとっては剣と槍の組み合わせは最良だったのだ。
それを受け、だがナイチンゲールは錬鉄のような表情を崩さず銃に新たな弾を装填した。
「そうですか、ですが病原菌の消毒には関係ありません。キャスター、治療を続けますよ」
全く頼もしい、とキャスターはわずかに笑みを溢す。
だが果たしてどうすればいいだろうか、とキャスターは考える。
「行くぞ!」
だが、手を思い付く前にディルムッドが攻めかかってきた。
降り下ろされるモラルタをキャスターは何とか剣で受け止めるが。
「あっ!」
甲高い音をたてて、モラルタと打ち合ったキャスターの剣が中程で真っ二つに折れ、キャスターの頭上に剣が降り下ろされかかる。
「避けなさいキャスター!」
ナイチンゲールの銃弾がディルムッドに叩き込まれ、その隙にキャスターは地を転がって剣を避けた。
頬を流れる血を拭い、キャスターは短くなった剣を逆手に持ち変える。
とはいえ不味い状況に変わりはない。何か一つ相手の気を逸らすことがあればいいのに、とキャスターは思う。
そうして無表情のキャスターとは逆に、ディルムッド・オディナは晴れやかで獰猛な笑みを浮かべていた。
キャスターはそういう笑顔に覚えがある。戦いを楽しむ戦士が戦に赴くときに見せる顔だった。
「…………それほどあなたは戦うことが、いえ、主と共に戦うことに心が踊るのですか?」
「ああ、そうだ。お前たちは知るまいが、こうして主と轡を並べて戦うことが俺の悲願だったのだ」
「悲願?この未来で、この大地で、戦う力を持たない数多の人を家畜のように住み処から追い立てることが?」
ケルト兵に追いたてられた難民を見てきたキャスターの声が尖り、ナイチンゲールの拳銃を持つ手に力が籠った。
「その悲願、少なくともこの地では叶わないままの方が良かったと個人的に思います。俗な言い方をすれば…………とても腹が立ちます」
「…………そうか。お前の言葉にも理はある。だが俺の願いを、主への忠義をお前に否定される謂れはないぞ」
「否定はしませんよ。主人にそういう仕え方をして、あなたの未練は本当に癒されるんですかこの野郎、と言いたいだけです」
それはもしや冗談ですか、と言いたげにナイチンゲールがキャスターの氷でできた面のような横顔を見た。
そちらを見ることなく、キャスターは折れてさらに短くなった剣を握りしめた。
「何れにしろ、あなたの主はここで倒れる、と私は予言します」
「大した自信、いや信頼をあの槍兵に向けているな」
「…………あなたは私たちで倒す。あなたの主はカルナが倒す。私はそう信じています。だからその結果を手に入れるために戦うのです」
喋りながら、じりじりとキャスターは己の内で魔力を溜め始める。ディルムッド・オディナが会話に乗ってくれる相手だったのは幸いだったと思いながら。
そのとき砂塵の向こう、ちょうどカルナとフィン・マックールが戦っている方で光線が瞬いた。
一瞬ディルムッドの視線がそちらへ向けられ、その機を逃さずキャスターは叫んだ。
「ナイチンゲールさん、行って!」
同時に青い焔が爆発し、鉄の看護師はその中に何のためらいなく突入した。
ディルムッド・オディナの目が味方ごとやるつもりか、と驚きに見開かれ、焔の中でも傷一つないナイチンゲールを見て、美貌の顔がさらなる驚きに染まった。彼はキャスターの宝具は味方を絶対に燃やさないものとは知らなかったのだ。
驚愕で生じた一瞬の隙に、ナイチンゲールはディルムッド・オディナへ肉薄し、その手からモラルタをはたき落とした。
けれど仕留められない。ディルムッドの蹴りがナイチンゲールの腹に刺さり、彼女は後ろへ吹き飛ばされる。
入れ替わりで前に出たのは、折れた剣を持ったキャスター。
背中から焔を噴出させた推進力で、彼女はディルムッドの心臓を狙って真っ直ぐに跳んできたのだ。
ディルムッドの赤い槍がキャスターを貫かんと正面から迫り、それをキャスターは腕一本で受け止めた。
呪術による守りは赤い槍の効果で打ち消され、無防備になった腕が切り裂かれる。鮮血が吹き出るがキャスターは止まらない。顔色一つ変わらない。
キャスターは、自分ではディルムッド・オディナの速度には追い付けないと知っている。大砲の弾丸じみた突進も二度目は決して通じないと分かっている。故に、この一撃を逃げられたら終わり。
だったら、逃がさなければいい。
キャスターは槍に切り裂かれながら腕を曲げ、刃を骨の関節と肉で抑えた。ぐしゃりと肉の潰れる嫌な音がし、痛みが脳天に突き刺さるが、あえて全てを無視した。
瞬きの間だけ、万力に挟まれでもしたように槍はディルムッドの手から動かなくなった。
「ッ!」
「やあああぁぁぁぁぁっ!」
肺から絞り出すような気合いと共にがら空きの胴へ放たれた、折れた剣による突きは、狙い過たず心臓に突き刺さった。
けれど相手はまだ死んでいない。
滝のように血を吹き出す腕を押さえ、キャスターはディルムッドを蹴ってその体から剣を抜くと、後ろへ飛びすさった。
「キャスター!」
叫んで駆け寄ってくるナイチンゲールはふらついたキャスターに肩を貸した。その間も鮮血は足元の砂を赤く染めていたが、橙の焔が腕から立ち上ぼり血は一先ず止まる。
「とんでもないことをしますね、あなたは!腕が二度と使えなくなりますよ!」
それは困りますね、とキャスターは薄く笑い、剣を掲げてケルト兵と味方へ向けて叫んだ。
「ケルトの将、ディルムッド・オディナは討ち取った!」
味方を鼓舞し、敵を消沈させるための勝ちどきは戦場では重要である。そしてキャスターの低く澄んだ声は、太陽に照らされる大地によく響いた。
たちまち上がる味方の喚声に、キャスターはつめていた息を吐く。ディルムッド・オディナが一瞬、フィン・マックールの方へ注意をそらしてくれなかったら負けていた。
「たった今、分かりました。キャスター、あなたも私の患者です。そのネジの抜けている頭には、一度麻酔的な打撃がいるようですね」
けれど胸を撫で下ろしかけて、キャスターは耳元でぼそりと言われた看護師の言葉にゼンマイの切れた人形のように固まった
「ナイチンゲールさん、今それは勘弁――――」
してください、と言いかけたとき、キャスターは不意に何かを感じた。
以前にフィン・マックールに不意討ちをされてからずっと張っていた探知の呪術と、己の直感が一度にざわめいたのだ。
キャスターは人一倍呪い、呪詛に敏感に反応できる。特に一度燃やした呪い、直に触れた呪いに関しては、間近で発動すれば例え隠蔽されていてもその感覚が狂うことはない。
肌が粟立ち、髪が逆立つ感覚は、忘れようもない。キャスターがこの大地に降り立ったときに感じた、最悪の呪いの槍のものだ。
キャスターの勘は、呪いの発生がどこかも指し示した。
場所はフィン・マックールと向き合うカルナの背後。
理屈も結果も分からない。だけれど、キャスターは今動かなければ何か取り返しのつかないことが起きることは理解した。
「キャスター、何を―――――!」
ナイチンゲールの叫びに答える暇もなく、キャスターの背中から翼のような焔が生えた。
「ぁぁぁぁぁあああっ!」
かくして、キャスターは絶叫と共に呪いの槍の前へと飛び出したのだった。
Fateのssだからか修羅の国古代インド出身者だからか、話が進むたび敵の血も自分の血もまぜこぜに、鮮血に染まっていく主人公でした。