太陽と焔   作:はたけのなすび

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久々に投稿です。

ズレてしまいましたが、extella linkの発売とネロ祭での嬉しさが合わさった結果、番外編を投稿します。

例によって作者はふざけており、本編時空とは一切関係ありません。
主人公がextella時空に召喚されたIF話です。
今回はすべて主人公一人称視点で話が進みます。

では。


《IF編》月の都のネロ祭-1

 

 

月に、新王の治める平和な都が築かれた

そうなるには紆余曲折があった。争いがあり、敵がいて、和解と別れと、涙と希望があった。

世界の文明と人々すべての命運までがいつの間にかかかっていた超弩級の戦いが終わり、その後に築かれたのが今という穏やかな時間だ。

私もその戦いには参加した。

といっても私は、他の人たちのように戦いに最初から飛び込んだというわけではない。

初めのうちは月で戦いがあるということすら知らなくて、果てしなく不毛な未明の大地に召喚された。

何をしろとも言われず、何かを為さねばと感じることも無いまま、ふらふらと迷い子のように歩いているうちに何となく戦いに巻き込まれ、これまた流れでとある陣営に味方し、そのままになったのだ。

そうなってみても、私がその陣営に味方したのは、そこにずっと会いたかった夫、つまりカルナがいたからというだけだった。そうでないなら、月面を彷徨う旅人を続けていただろう。

私が、自分が渦中に飛び込んだ戦いがどういう類のもので、何を掛けているものか理解したのは、他の人より遅かったと思う。

要は、どういう戦いにおいても、私は大体振る舞いが中途半端で情けないのに変わりはなかった。

しかし私は、ええい、いっそもうどうにでもなれと、開き直って戦った。戦いへの悠長な戸惑いだとか葛藤だとか、そんなことを持ったままでいては消し飛ばされてしまうくらい戦いは激しかったのだ。

自分が中途半端だとしか思えないのならばそのままで良い、ただ己を卑下することの無いまま、己らしくできることをやれ、というカルナからの言葉を胸に戦い、何とか生き残った私は、桜舞い散る都に住み着いていた。

月は慣れない土地で周りは知らない人々ばかりだけれど、今はとても楽しい。

大好きな人と共に暮らすことができて、この国を統べる良き王様とその良き伴侶たちの力になれるならそれ以上望むことは何もないのだ。

更にここは、地上で生きていた頃と比べても、このときが恐らく最も平和な時間ではなかろうかと思える程、のんびりしている。

今日も小さな家の窓を開ければ、変わらぬ電子の蒼穹と、大気を薄紅に染める小さな花弁の乱舞に出会う。

優しい香りのする異国の花に、朝の挨拶を告げて一日が始まるのだ。

 

それは、なんて幸せなことだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

平和な街があれば人が集まり、人が集まれば金も集まる。金が集まれば物を持つ人が訪れ、そうなると商売が始まる。

物とお金と、人が巡り来る場所には活気がやって来る。

月でも何処でも変わらないこの世の真理だ。

玉藻の前が支配していた千年京時代も賑やかだったが、戦いが終わってネロ・クラウディウスのローマ領域とも自由に行き来が出来るようになって以来、この桜の都は更に人が増えた。

NPCという純粋な電脳世界人や、地球から魂をデータに変換してやって来た魔術師や一般人たちなど、訪れる人は様々。そうなると商売の幅も広がって来る。

 

「顕著な所だと、やはり食事処ですか。日本の料理以外を取り扱う店も増えていますね。最多はローマ!……の系列ですが、その他もちらほらと」

「人々が増えれば、腹を満たし心を落ち着かせる憩いの場は必要になる。新王のセイバーとキャスターが競って料理を作ろうとするのも頷ける」

「いや、それは何か違うような……」

「そうなのか?」

 

私が首を傾げると、横を歩く白髪の人、カルナは眉を上げた。

人々の憩いの場である食事処の話題と、月の新王岸波白野のサーヴァント、赤いセイバーと青いキャスターとの正妻の座をかけた料理対決を比べるのは根本が違うと思う。

もしや料理ならばどちらも変わらないだろう、などと考えているのではなかろうか。

そうだったとしたら、セイバーことネロ皇帝とキャスターこと玉藻の前の両方からとっちめられそうだ、なんて余分で面白いだけの考えをつらつら思いつつ、カルナと桜の都を歩いて行く。

そう言えば、ネロ皇帝は闘技場での一大武術大会も行うつもりだとか、そうなったなら参加したいな、等など話すことは他愛ないことばかりだ。

心の中に余分と面白さがある暖かさを、桜の都の日差しの中に感じつつ進むと、一軒の店に着いた。

店先には朱色の布がかけられた長椅子が幾つか出ている。紺色の暖簾のかかった戸口に立って右を覗けば、猫の置物や獅子のおもちゃ等など、雑多なものが置かれた棚。左を見れば、卓袱台に座布団が見える。

玉藻の前の故郷、日本国の茶店と骨董店を合体させたような店であり、現在私が働いている所でもあった。

 

「おはようございます、キャスターにカルナ」

 

店の右側から片手を上げた猫の置物を抱えた紫の髪の美女が現れてそう言った。

 

「おはようございます、メドゥーサ」

 

私は暖簾をくぐりながら、カルナは軒先に立ちながら揃って頭を下げる。

ライダーのサーヴァントこと、メドゥーサは綺麗な薄紫の髪を揺らして軽く頭を下げた。

メドゥーサとは同じ陣営で戦っていた仲間で、今では同じ店で働いている。

サーヴァントが店員をやっているという物珍しさからか、そこそこ人はやって来るし、食い逃げも喧嘩沙汰も起こったことがない。

良い仕事場だと思うし、私はここが好きだ。

そうやっていつも通り、じゃあまた後で、と店先でカルナに手を振って別れれば、それでカルナは辻を曲がって、川に落ちた紅葉のように何処かへと流れて行った。

その背中が見えなくなるまで小さく手を振れば、私の働く時間は始まるのだ。

さあやるぞ、とくるりと振り返ると、そこにはいつもと違ってメドゥーサがまだ猫の置物を持ったまま立っていた。

 

「あの、私に何か?」

 

水晶みたいに澄んだ瞳の麗人に見られると、結構迫力を感じる。私はメドゥーサより小さいから尚の事だった。

問うと、メドゥーサは口を開いた。

 

「些細な疑問です。……あなたたちはいつもそこで別れていますが、カルナは普段何をしているのかと思いまして」

 

単なる疑問です、とメドゥーサは付け加えた。柱に引っ掛けてあるエプロンを取って着けながら、私は思い出すために片目を瞑る。

 

「一言で言うと自由、ですね。街を歩いたり、領域の外へ出たり、何処かの茶屋の軒先にいたり、そんな所です」

 

だから、店がない日に街へ出ると、あちこち歩き回っているカルナの方がどこに何があるのかは詳しいのだ。

と言うと、メドゥーサは猫の置物をことりと棚に置きながら呟いた。

 

「……それは、世間で言う無職ですか」

「………」

 

ふむ、とエプロンの紐を結びながら言葉が頭に染み込むのを静かに待った。

無職。つまり手に職が無い人、または収入のない人のことだ。

 

「……言われてみれば、そうですね」

 

少し前、戦いがあった頃は、カルナは玉藻の前陣営の副官だったけれど、玉藻の前とネロ皇帝が揃って新王と共に国を治めるようになって以来、争いはない。

ネロ皇帝の副官、無銘と名乗っている赤いアーチャーは今でも戦闘以外での多種多様な雑務をこなしているが、カルナはしていない。

というか、はっきり言うならば。

てんから、向いていないのだ。

カルナは戦闘力が隔絶しているのは言うに及ばず、用兵や軍略はできる。できるが、カルナはそれ以外の平時のことには疎い。交渉事に赴けば口下手と本心を直接口に出す癖が災いして紛糾しかねない。

一人で行くと言ったら、お願いだからやめてくれと土下座してでも止めたくなる程だ。

平時に向いていて、戦時に汲々とする私とはそこが真逆だ。

故に市井に混ざっているのだ。

その現状は、なるほど確かに見ようによっては無職だった。

 

「それにもう一つ。あなたは働いているのでしょう?」

「それは……私がこう言う風にずっと暮らしたかったからです」

 

生活の対価を自分の手で賄って、平和な街でただ暮らす。それが夢だったから。

カルナがクー・フーリンや李書文のような冒険の旅へと出てゆかなかったのも、私の考えを薄々察してくれていたためもあると思っている。

しかし、今の今まで全く気付いていなかった訳だが、カルナは職無しだったのだ。

じっとしているメドゥーサはまだ私が何か言うのを待っているように見えた。

 

「……まあ、それはそれで良いと思います」

 

色々と言葉を頭の中でひっくり返した末に、答えた。

 

「前に仕えた王様の言葉ですけれど、将軍と警吏、それに医術師に呪い師は暇なほど良いと言うのがありました。カルナは将軍だから、彼が暇でいられるならそれだけ治安としては良いと言えると思います」

「なるほど、道理ではありますね」

 

私はメドゥーサに頷きを返した。

どれも、非常時に人が頼りにする職で、だからこれらは暇な方が良いと言っていた。

カルナは勿論のこと、私は医術師兼呪い師だから身につまされたのを覚えている。

私たちのような俗世から外れた人間が忙しく立ち働いているのは、本当は良い状況ではないのだ。

 

「それに、平時に向いているのが私で、非常時に向いているのがあの人です。だから何もない今みたいなとき、あの人が何もしない時間を楽しんでいるのを見るのは、私が嬉しいんです」

 

あの人の平穏こそが、私にとっての平和の象徴なのだから。

と、つまりそういう考えを持っていたから、私は自分が働くとカルナの無職ぶりが目立つのに気付いていなかったのだ。

あちらはどうなのだろう。

まさかと思うが、気付いていながら何も言っていなかっただけという展開だったなら、とても凹む。

よし、と意気込んでから私は知らず組んでいた腕を解いた。

 

「とりあえず―――――」

「とりあえず?」

「食材の仕込みにかかります!!」

 

敬礼の真似事をして厨房に飛び込む。メドゥーサから少々冷めた目線が来たように思うが、どのみちここで考えても仕方ないことに割く思考は無し。

今日もいつも通りにやろうと鍋へと手を伸ばす私は、だからこの店の一つ離れた辻で、誰が何を聞いていたのか、完全に察知できなかった。

 

「……そうか」

 

などと宣って、何処へか歩き去る白髪長身の槍兵がいた事をこれっぽっちも知らなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

#####

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「未確認の領域への調査……ですか?」

 

今日も何事もなく仕事も終わった後、私は軒先に立ったままそう返していた。

帰ろうと店の暖簾をくぐった途端、反対側の店の座敷に座っていた面々がすすすと近寄って来たのだ。

 

「えぇ。ご存知の通り月には未だ解明されていない領域があります」

 

そう言うのは新旧入り混じった日本国の青の巫女装束を纏った狐耳の女性、玉藻の前である。

 

「この都から最も近い未踏領域にな、今回強い反応が見つかったのだ」

 

二番目に口を開いたのは赤い華やかな衣服に身を包んだ可愛らしい金髪の少女、ネロ・クラウディウス。

 

「敵性反応はない。でも近くにあるのは気になるから、カルナとキャスターに調査してもらおうかと」

 

三番目は、白を基調にした衣装を羽織る茶色い髪をした柔らかい雰囲気の青年。柔和そうな外見ながら、彼はこの月で一番の重要人物である。

彼は月の新王、岸波白野。

先の戦いにおいて玉藻の前とネロ皇帝のマスターであり、この月と地球すべてと、それから一人の小さな女の子を救った立役者だった。

傾国の美女と麗しい皇帝の両方から熱烈に愛されているという、最早それだけでも人類史に残る偉業なんじゃなかろうかと思いたくなる境遇でありながら、日々をのほほんと幸せに過ごしている色々と規格外な御仁である。

彼らの姿を見たときは、月世界の最重要人物が三人揃って訪れるなんて、すわ何事かと思った。

が、言われたことは案外普通だったために、私は拍子抜けしたような声を出してしまった。

 

「事情は分かりましたけれど……偵察にカルナは不向きですよ」

「……あ、やっぱり?」

 

新王に頷く。

大体の敵はとりあえず正面から撃破していけばほぼ何とかなるのがカルナだ。……いや、それが災いするのもカルナなのだけれど。

ともかく、彼の父譲りの神威まで含めて彼は存在自体がかなり分かりやすい。

何より偵察や隠密は、他の人間に任せた方が上手く行くと本人が割り切っている節もあった。

 

「偵察なら、ロビン・フッドさんと行ってきましょうか?彼の隠密技術も観察してみたかったですし」

 

言った瞬間、ごつんと後頭部に軽い一撃を食らった。

 

「てぇーい!こんのド天然娘ぇ!それじゃ意味ねぇんですよ!精神年齢何歳なんです察しなさい!」

「ちょっ、待っ!鏡は無しです!神器なんでしょそれ!」

 

今度は正面から飛んできた玉藻の前の宝具である大きな丸い鏡を、両手で挟んで受け止めた。

 

「これがホントの真剣白刃取り……?」

「ぼけている場合ではないぞ、奏者よ。元より月の呆け担当はインドペアで十分だ」

 

じりじりと鏡に押されながら、呑気な会話を聞く。鏡越しに見る玉藻の前の琥珀の色の目は、割りと本気だった。

 

「何で自分からイベント潰しにかかるんですかねこの人は!元々耽美な千年京にあるまじき純粋幸せオーラ全開の人でしたけど!今更好感度上げるフラグなんざ必要ないと言いたいんですかねぇ!」

 

訂正。割りとではない。完全に彼女は本気であった。

 

「玉藻、ちょっとそれくらいで……」

「そうだぞ。もっとやれと思わんでもないが、これでは話がさっぱり進まん」

 

玉藻の前の鏡がようやく引き下がって、肩で息をした。彼女に言われてもまだ分からないほど、私は鈍くはない。いや、本当なら最初のときに分かっておけという話なのだけれども。

 

「……新王と妃方の心遣いに感謝します。未踏領域調査、しっかり赴いて来ます」

 

まぁ、つまり、たまには二人で過ごして来いという、とても嬉しい命令なのだ。

それに最初から応えられない私は、確かに惚けていた。平和な暮らしで頭が鈍っているのだろうかと、少し不安になる。

新王はうんうんと頷いて、でももう一つあるんだ、と言った。

 

「あのさ、キャスターはアルテラを知ってるだろ?」

「はい。忘れる訳ありません」

 

地球の文明を一度滅ぼした、魔の星ヴェルバー。それから分かたれた、奇跡のような存在が今この月で新王やネロ皇帝に囲まれながら、健やかに学び生き始めた女の子、アルテラだ。

よく知られている名前は地上世界で神の鞭とまで言われた大王アッティラだけれど、彼女はその名は可愛い響きでないから好きではないのだとか。

アルテラはそういう女の子で、私も何度か話したことはあった。

 

「うん。そのアルテラだけどさ小さくなってからあまり都から外へは出てないんだ」

「そう言えば……そうでしたね」

「だろ?何度かあの子の故郷に似てる草原エリアに遊びに行ったけどそれくらいだし……あと、俺たちがいない所で、人間とも関わった方が良いと思うんだ」

 

アルテラはセファールの一部として生きていた。でもそこから巣立ち、新しい一つの命として月世界で生きようとしている。

今は幼い女の子の姿だけれど、普通の人間のように成長だってするかもしれない。

そして、成長には刺激が必要だ。

刺激とは、新しい人々や新しい環境に触れること。

アルテラにはそういうのに見て感じてほしいんだと、新王は言った。

もしかしたらいつかは、あの子も地上に根を下ろすことだってあるかもしれないんだから、と。

 

「とにかくさ、カルナや君なら安心して任せられるんだ。だからアルテラも連れて行って欲しいんだけど」

「勿論ですよ。それにしても―――――」

 

アルテラのことを心底楽しそうに話す新王を見て、何となく思ったことを口にする。

 

「新王は、まるで彼女のお父上のようですね」

「そうかな?って待ってくれよ。それじゃあ、お母さんは―――――」

 

新王が言った瞬間、彼の肩は両側からそれぞれがしりと掴まれた。

不味い、と私も失言に凍り付く。

玉藻の前とネロ皇帝の花も霞むような笑顔が、彼の両肩の上に咲き誇っていた。どちらがお母様なのか言えと言わんばかりである。

やらかした、と内心で頭を抱えた。

 

「……あの、それではいつ出発すれば良いんでしょうか?」

「い、今すぐかな?実はカルナとアルテラは都の外れにもう待機してるんだ」

 

どうやら、話は私が思っていたよりずっと早く進んでいたらしい。

新王はやや慌てながら月の王権の証である指に嵌めたレガリアを掲げた。

 

「じゃあ、いってらっしゃい!気を付けて行って、しっかり帰って来てね!メドゥーサには俺から言っておくから―――――!」

 

レガリアの機能のほんの一部を使った、空間移動が行われる。

変換はあまりに一瞬で、何かを言うより早く粒子になった身体は空へと浮き上がり意識が霞む。

 

最後まで締まらないなぁとぼんやり思いながら、私は粒子になって都の空を流れて行ったのだった。

 

 

 

 




あくまで番外編なので、最長でも後二話で終わります。

今書いてる連載に戻らなければならないので。

では、失礼しました。

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