カルデアでぐだっています。
尚、本編は原作の5章にあたるところまでしか行かない予定です。
カルナがカルデア内を見てまわる、と言って部屋を出たあと、白斗とマシュは手分けして広げた資料を片付けていた。
手伝おうか、とカルナは申し出てくれたが、二人でやった方が慣れているから大丈夫、と白斗は断った。
慣れているのは本当だが、白斗はそれよりマシュと二人で話したいことがあった。
「面談が恙無く終わって、良かったですね、先輩」
「うん、確かに。清姫のときは大変だったしなぁ。あと、スパルタクスとかファントムとかも」
清姫は白斗を、自分で焼き殺した生前の恋人と思い込んでいたものだから、話がなかなかどころかてんで通じなかった。
叛逆の剣闘士スパルタクスに至っては、白斗が少しでもマスターらしい振る舞いをしようものならスープレックスを仕掛けて来ようとするし、ファントム・オブ・ジ・オペラは途中から何かのスイッチが入って、恋していた女性の名前を連呼しながら歌いだす、と無茶苦茶なことになった。
逆に、平和に終わったのはアーラシュやヘクトール、エウリュアレとアステリオスのペアくらいだった。
そこへ来て、マハーバーラタの大英雄、カルナである。
どことなくカルナはフランスで会ったジークフリートに似ているな、というのが白斗の印象である。
そっくりとまではいかないが、物言いや醸し出す雰囲気に、某か通じるものがあるような気がした。もちろんこれは、白斗の勘に過ぎないのだが。
片付けの手を止めずにマシュに聞けば
「先輩の勘は、特に人を見る目に関しては抜群ですし、間違っていないと思います」
と、返された。
そうかなぁ、と頬をかく白斗に、そうですよ、と力強く答えたマシュはふいに顔を曇らせた。
「先輩、名前や記憶をすべて消す、だなんてそんな呪い、有り得るんでしょうか?」
「……わからないな。この後、メディアに魔術を習うことになってるから、そのときに聞いてみるけど。認識阻害っていうほど簡単なものじゃあ無さそうだったしね」
カルデアに来た頃の白斗は魔術に関しては、素人よりはいくらかマシ、という水準だった。
今では、極めて正統派のキャスター、メディアに師事し、知識はそれなりになったが、実技の進みは芳しくないままだ。
ちなみに、メディアによれば白斗は魔術師としては、死ぬほど努力して一流に指先が届き、死なない程度に努力して二流、しなければド三流になると言われている。
辛辣にも聞こえるが、白斗はメディアを師匠として尊敬しているし、自分をちゃんと見てくれているからこそ、そう言ってくれるのだと分かっていたから、その評価も素直に聞くことができていた。
「そうですね、メディアさんなら何か分かるかもしれません。……わたし、話を聞いて何だか他人事に聞こえなくて。その、わたしも、わたしに力をかしてくれているサーヴァントの方の名前が分からないままですし」
すみません、上手く言えません、と俯くマシュの肩を白斗は励ますように軽く叩くしかできなかった。
マシュは、デミ・サーヴァントである。
デミ・サーヴァントとは、人と英霊が融合した存在である。もちろんマシュは生まれつきそうだったわけではない。
レフ・ライノールによるテロの際、マシュは例えでも何でもなく死にかけ、そのときにマスターを失って消えかけていたサーヴァントと融合することで、ようよう命を繋いだ。
そして、あまりに混乱した中での融合だったからマシュは自分の中にいる英霊が誰なのか分からない。宝具の名前すら、仮のものだ。
名前の分からない英霊を宿したマシュと、名前を忘れるよう仕向けられた『誰か』。
二人とも成り立ちは似ているようで全く違う。
違うけれど、それでもマシュにも白斗にも、何か感じるものがあった。
うし、と白斗は手を叩いて気合いを入れ直した。
「一先ず、俺はメディアに呪いのことを教えてもらうよ。マシュ、すまないけどドクターにデータは紙媒体で出しておいてくれるように頼んでくれないかな?」
カルナは絶対タッチパネルの端末とかには慣れてないだろうから、と言うと、マシュはそうですね、と小さく笑った。
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コルキスの王女、メディアと言えばギリシア神話の中でも異彩を放つ存在だ。
アルゴナウタイを率いて現れた英雄イアソンに一途な恋心を燃やし、そのために国を捨て、弟を手にかけた。イアソンの心が別な女性に奪われそうになると、恋敵を、その父諸とも焼き殺し、イアソンとの間に出来た子どもまで殺めた。
激情の王女、裏切りの魔女、とまで言われるメディア。
カルデアで契約するまで、白斗はメディアがどんな人物なのか分からなかったし、実を言えばどれだけおっかない人なのかな、と少々不安に思っていた。
それが今では、こうして師事しているのだから、とんと伝説の伝える人物と本人とは分からないものである。
「さてマスター、今説明した術式を紙の上に陣として再現してみなさい。それができたなら、描いた術式を元に魔術を発動させること。制限時間は三分よ」
ホワイトボードの前に立ち、細い棒でぴしぴしと突いてくるのは、メディアである。
その姿はまさにスパルタ教師で、白斗は悲鳴のような声をあげた。
「さ、三分!?」
「さあ早くなさい、口は呪文の詠唱以外に動かしては駄目よ」
うわあ、と慌ててペンを動かして、がりがりがり、と一心に陣を描き、そこから言われた通りに小さな竜巻を起こす。
それをすませてメディアの方を見れば、まあいいわ、という一言。
白斗の肩から、がっくり力が抜けた。
「とはいえ、まだ無駄が多いわ。一度の魔術でそこまで気が抜けるのも、いらない魔力を使っているせいね。次は最小の魔力で最大の結果が出せるようになさい」
「り、了解しました」
気が抜けているのはメディアが怖いせいもあるのだが、当然白斗は口に出さなかった。
それから、教導に一切手を抜かないメディアにびしびしとしごかれながら、何とか白斗は及第点をもらった。
この後、メディアに聞こうとしていることを考えると、いつもより一層熱も入るというものだ。
「名前と記憶が消える呪い?そんな悪辣なもの、神がかけたに決まっているわ」
果たして、白斗が呪いの件を持ち出すと、メディアはぎゅっと眉ねに皺を寄せた。
メディアの一生を狂わせたイアソンとの恋。しかしそれは、一説によると神に吹き込まれた偽りのものだったという。
だからメディアは、こと人の運命を弄ぶ神の話になると、とたんに機嫌が悪くなるのだ。
しかし、白斗もそれで引いてはいられない。
「神が呪いをかけたとしたら、解く方法はあるかな?」
「あるときも無いときもあるわ。何れにしても、生半可には解けないでしょうね。神はいくら理不尽に思えることでもやるわよ。彼らは、私たちとは異なる法則の下で動くのだから」
そう言ったメディアの瞳は、怒りと哀しみがない交ぜになった強い光を宿していた。
紫の美しい髪をかきあげ、メディアはそれで、と白斗に話の続きを促した。
「今ので話が終わりというわけでは無いのでしょう?今度はどこの誰の頼みを聞いたのかしら?」
「いや、頼まれた訳じゃないよ」
「同じことよ。人が良いのも大概になさいな。まあ、あなたは言っても聞かないでしょうけれど」
そうは言うが、メディアだって手を貸そうとしてくれている。
本当に関心が無かったら、そもそも話を聞こうとすらしないだろう。
素直じゃない師匠だなぁ、と口の中で呟きながら白斗は事の顛末を話した。すべて聞き終えると、メディアは難しい顔になった。
「厄介ね。まず、本人がいなければどうしようもないわ」
「本人っていうと?」
「その施しの英雄の妻よ。彼女がカルデアに来るなり何なりすれば、まだ判断のしようもあるけれど、いないのならこちらからは手が出せないわ。
そもそも、名前も分からない誰かを英霊として喚び出せるのかも分からないのだけれど」
「あ」
サーヴァントは基本的に『座』に召し上げられた過去の英雄だ。
確かなことは、英雄にしろ、反英雄にしろ、彼らの共通点は何らかの逸話なり伝説なりを持ち、人々の記憶に生きていること。
人が生きている限り語り継がれる、真の不死を手に入れた存在であることなのだ。
それが無いというなら、その人物を英霊としてカルデアに喚ぶことはできるのだろうか。
白斗には、少なくともすぐには答えられなかった。
「メディア、俺にできることって無いのかな?」
「とりあえずは、施しの英雄を喚ぶのにほぼ全部使ったっていう聖晶石を集めることくらいかしら。新たにサーヴァントを喚ぶにはあれが必要なのでしょう?」
「…………うん」
「そんな顔をしないの。貴方は他にも困難を抱えているわ。背負い込みすぎて潰れては、元も子も無いのよ。次の特異点も見つかる頃合いでしょう」
忘れろと言っているのではないのよ、とメディアは言った。
「分かってるさ。目の前のことに気をとられ過ぎて、足元をすくわれないように、ってコトだろ」
「そういうことよ。マスター」
「うん、相談に乗ってくれて、ありがとう。メディア」
「どういたしまして。課題、忘れるんじゃないわよ」
最後にきっちり教師としての一言をもらい、白斗は部屋を出た。
うーん、と伸びをして廊下を歩き始める
歩きながら思うのは、カルナたちのことだ。
クルクシェートラの戦いに伝承と違う部分があったことは分かる。
何しろ、冬木の特異点で会ったアーサー王は伝承と違う女の子だったし、フン族の王アッティラも実際はアルテラと名乗る女性だったから。
白斗が思いを馳せるのは、そこではない。
カルナの妻のように歴史に紛れていった名前の残っていない人たちのことだ。
名も無き人たちの生と死の積み重ねも、きらびやかな英雄の物語も、どちらも白斗たちカルデアが取り戻そうとしている人類史だ。
魔術王の気まぐれひとつで塵も残さず燃え尽きてしまっていいものなんかじゃ、ない。
うし、と白斗は気合いを入れ直した。
「よし、まずは聖晶石を貯めよう」
カルナを他のサーヴァントの面々に紹介しないといけないし、彼らとカルナとの連携も考えておかないといけない。
白斗のやるべきこと、やれることはたくさんあるのだ。
頑張ろう、と一歩白斗が廊下の角を曲がったところで。
「あ、先輩。見つけました!」
「フォウ!フォォーウ!」
狐とリスを足したような生き物、フォウを肩に乗せたマシュに遭遇した。
「どうかしたのか?マシュ」
「はい。どうかしました!カルナさんの奥さんが見つかりました」
「え、早くないか?」
「そ、それが、意外な人だったんです。黒髪のキャスターさんだったんですよ先輩!」
「へ?……てことは、え、冬木のキャスターか!?」
灰色の布で顔を隠した、黒髪のキャスターの面影が、白斗の瞼の裏に蘇る。
言われてみれば、確かに白斗は彼女の真名を知らない。
彼女がどこで、どう生きて死んで、サーヴァントにまでなったのか、一つも聞かなかったから。
「カルナはどうしてる?」
「冬木でのログを見るそうです。見つかって良かった、って言ってました」
白斗は思わず額に手を当てた。
何だか、訳もなく悔しかった。
「俺たち、カルナの奥さんに会えてたんだ。なのに……」
気付けなかった。
あの状況では、分かっていたってどうしようもなかっただろうけれど、それでも、水が手のひらから零れていくのを黙って見過ごしてしまったような落ちつかなさが、白斗とマシュの間に漂う。
「ログを見たなら必要ないかもしれないけど、カルナに冬木でのコトを聞かれたら、話さなきゃな。俺たちにしかできないコトだから」
「はい」
行こう、と白斗はマシュを促して歩き出した。
「はい、ちょっと注目ー!」
カルナと契約した日の夜。
カルデアの談話室にて声を張り上げる白斗の姿があった。
隣にはカルナ、半歩下がったところにマシュが立ち、肩にはフォウが乗っている、という位置取りである。
談話室にいるのは、白斗がこれまでに契約したサーヴァントたちだ。全員が揃っているわけではないし、白斗が呼び掛けても関心がなさそうにしている者もいるが、何人かは泰然と立つカルナに注目していた。
「知っている人もいるかもしれないけどこっちは、今回カルデアに来てくれたカルナ。くれぐれもいきなり喧嘩吹っ掛けたりはしないでくれよ」
冗談混じりの白斗の言葉にこれまたサーヴァントたちは、好戦的に口の端を吊り上げたり、苦笑いしたりと様々に反応した。
「マスター、クラスは何だ?」
そう言ったのは、手前にいた浅黒い肌をした精悍な面立ちの青年だった。
「ランサーだ」
答えたのは、白斗ではなくカルナ。
「そっか。ま、よろしくな、カルナ。俺はアーラシュ。アーチャーさ。かの施しの英雄と会えるとは思わなかったぜ。ちなみに、お前、宝具撃ったら消滅とかそういうことはないか?」
「それは光栄だ。が、すまない、そういう宝具は持っていない」
「ランサーねぇ。ま、同じクラス同士仲良くしてくんな」
そう言って口を挟んだのは、気だるげな雰囲気を纏った髭面の男性、ランサーのヘクトールだった。
そのままカルナはアーラシュとヘクトールに挟まれるようにしてテーブルに座り、さらにはクー・フーリンもその輪に入って、がやがやと話始める。
本人曰く、言葉足らずなカルナが、どう受け入れられるかと白斗は思っていたが、この分では、心配なさそうだった。
「ふぅん。あれが施しの英雄なのね」
と、そこでいつの間に談話室に現れたのか、メディアが白斗の隣でぽつりと漏らした。
「珍しいね、メディア。こっちに来るなんて」
「騒がしいのは嫌いなのだけれど、マスターがあそこまで気にかけていたら私も気になるわよ。それにしても…………」
と、メディアはカルナの方を見やった、
「施しの英雄というから、どういう男かと思ったけれど、見事に英雄らしい英雄ね。確かにマスターが手を貸したくなるのも分かるわ」
そういうメディアは、穏やかな表情をしていた。
顔のいい男は信じられない、と普段から言う彼女だが、少なくともカルナは王女の信用を勝ち得たようだった。
「ちょっと、何笑っているのよ。マスターにマシュ」
「何でもありません、メディアさん」
「うん、何でもないよ」
「フォーウ!」
「あなたたちそう言うときは本当に仲が良いわね。…………いいこと?私はね、誠実な男は嫌いじゃないだけよ」
そういうことにしておこう、と白斗は口に出さずに思った。
結局、その日はドクターが消灯時間を告げにくるまでカルナやアーラシュたちは談笑し、白斗は不機嫌な顔のメディアに渡された追加の課題に必死に取り組むはめになった。
そして、それから程無くして、ドクターから第五の特異点が発見されたという通達が成された。
感想欄での鋭いご指摘に、キョドりまくっているなすびです。
メディアさんは白斗くんの師匠になりました。
次話からアメリカです。
でもすみません。次話は遅れます。