太陽と焔   作:はたけのなすび

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おふざけ時空その4。

お祭りはこれにて終いです。

ジナコの記憶でのccc事件はぼんやり。
何か宝石みたいな大事な言葉を誰かに言われたがよく思い出せない、という体で書きました。

では。


《IF編》月の都のネロ祭-4

 

 

 

 

ジナコと名乗ったその人は、落ち着くとまずじぃっと私を見た。

二つの丸くて分厚い硝子越しにじいっと見られるものだから、こちらも困ってしまって少し後退る。

そうやってから、私は目の前の人物をよく見た。

ジナコ。本名、ジナコ=カリギリ。

その名前を私は知っていた。会ったことは一度もなかったけれど。

 

「あの、あなたはジナコ=カリギリさんですよね?」

「そうッスよ。で、キミはあれでしょ?カルナさんの奥さんでしょ。顔、何度か見たからジナコさんは知ってるんですよ」

「……私もあなたを知っています。カルナのマスターだった方、ですよね?」

 

そう言うと、ジナコは大きな目を更に真ん丸に見開いた。

一度も会ったことが無いのに、同じ人間を通して私たちはお互いを知っている。

不思議な感じがして、同時に嬉しかった。

私の昔を覚えている人に会うのは、カルナ以来だから随分久しぶりなのだ。

何故と頭を働かせるより先に、じんわりとした暖かさが胸に灯る。

 

「……ええと、それでジナコさんは何故ここに?」

 

カルナに会いに来たというのだろか、そうだったならきっとあちらも喜ぶのにと思いながら尋ねると、ジナコははっと何かを思い出したように辺りを見回した。

 

「あー、忘れてたッス!ボクの持ってるデータがどうとかでヘンなのが来てて―――――」

 

と、彼女がそこまで言ったところで後ろに気配を感じて振り返る。

振り返った先には、明らかに堅気ではない雰囲気を纏った人間がいた。

見た所では、女が一人に男が二人。彼らの発する気配はいずれも魔術師だということを感じさせた。

 

「ひゃぁ!もう来てるッス!」

「……彼らは敵ですか?」

「そうッスよ!さっきからボクの持ってるデータが欲しいとかで付き纏って、もう訳分かんないッス!」

 

彼らを見た途端、ジナコは走り出しかける。

それを察知してか、彼らは腕を前に突き出した。ジナコへと構えた人差し指の先に魔力の収束を感じ取った瞬間、私は動いていた。

一足で前に立つ男二人の間に飛び込み、彼らの襟首を同時に掴んで床へ叩き付ける。

男二人が床に沈むや否や、女の指が私へ向けられた。

人間にしては非常に素早い反応速度ではある。

だが、彼女程度の放つ現代式魔術、つまりコードキャストは、当たったところでどうということはないのは分かっていた。

私の目へ向けて撃たれたコードキャストは当たりはしたが、何の痛みも齎さなかった。

二歩目で驚愕の表情を浮かべている女の懐へ当身を食らわせれば、女も床へと崩れ落ちた。

彼らが気絶しているだけなのを確認し、ジナコへもう大丈夫ということを伝えるために手を振ると、あちらはぽかんと口を開けていた。

 

「め、めっちゃ強いじゃないッスかキミ!」

「私もサーヴァントですから。これくらいはできます」

 

多分、李書文老師ならばいつ攻撃したかも相手に悟らせないうちに無力化するだろう。

それにしても、と私は制圧した彼らを見下ろした。魔術師三人が雁首揃えて、何故ジナコを追っていたのだろう。

 

「……とりあえず彼らは警備プログラムに引き渡しましょう。攻撃して来たのはあちらが先なので正当防衛です。あなたを追っているというのは、これで全員ですか?」

「そうッス。ついさっき会った奴らだけど、そいつらしか見てないッスね」

 

なら一先ずは安心か、と地面に倒れた彼らの頭を見ながら呟いた。

この魔術師たちが、月側のサーヴァントである私がいたにも関わらず攻撃して来たのは、私が自分にかなり厳重にサーヴァントの気配を眩ませる術をかけていたからだ。

そうでないなら魔術師単体でサーヴァント相手に攻撃などして来ないだろう。

何れにしろ、こちらをただの人間とみなした途端に攻撃してくる輩など祭りには相応しくない。

呼んだ警備プログラムが到着するまでの間、私とジナコは並んで廊下に座った。

 

「えーと、とりあえず……ありがとうッス。お陰で助かったッスからね」

「いえ、気になさらないで下さい。私は運営側のサーヴァントですから。警備救護結界張りが仕事ですので」

 

それにジナコがカルナのマスターなのならば、助けないという選択肢など無いのだ。

 

「つまり、パシりッスか?」

「?」

「……いや、今のはナシで。キミ、そのとっぽさはカルナさんとそっくりッスね」

「と、とっぽさですか?」

 

夢で見た通りッス、とか何とかジナコは私の顔をしげしげと眺めながら呟いていた。

そう言えば、と思い出した。

新王から聞いたことがあったけれど、マスターはサーヴァントの過去を夢という形で垣間見ることがあるそうだ。

では、彼女が私を知っていたのは、カルナの記憶を見たからなのだろう。

玉藻の前陣営に入る前、カルナは月の聖杯戦争に参加したと言っていた。そこでのマスターはとても戦うのに向いていなくて、カルナは戦わずに聖杯戦争から去ることになった。

だが、聖杯戦争で勝たなかったマスターは例外なく死ぬことになる。

それをさせないために、カルナはマスターに対してあるものを使ったと言っていた。

 

「で、これがこいつらの探してたヤツだと思うんスけど……」

 

ジナコが小さな携帯端末を見せてきて、私はそれを覗き込んだ。

そこに記された情報を見て、ああやっぱり、と呟く。

 

()()()()ですか」

 

カルナがジナコを無事に地上へ返すために使ったのは、彼の最強の盾である黄金の鎧だ。

彼はそれを自分の体から剥がし、ジナコに纏わせ、彼女を消滅から救って地上へ返した。

黄金の鎧はカルナの父様から彼への何よりの贈り物であり、宝具であり―――――同時に永久に失われてしまったものだ。

 

「狙われた訳です」

 

こんな貴重なデータ、欲しがる者は数多いる。何せ、彼の英雄王すら欲していたそうだから。

それは今も、ジナコの魂を護っている。

逆に見る者が見れば、それがどういう価値を持つものかはすぐに分かってしまうだろう。

 

「やっぱこれマズイんですかねー?ジナコさん、ひょっとして超レア素材をドロップする雑魚エネミー状態?ハンティングクエストの対象ッスか?」

「?……えぇと、はい。不味くはありますね」

「げ、ばっさりッスか」

 

後半の物の喩えはよく分からなかったが、彼女の言うことは正確だと思う。

 

「……あの、ジナコさんは何故月に?」

 

怖々床に倒れている魔術師たちを見ているジナコを見ていると、問いが口を突いて出た。

カルナ曰く、ジナコ=カリギリという人は聖杯戦争に向いていなかった。参加したとはいえ実のところは、至極軽い気持ちで巻き込まれたようなものだったそうだ。

だから彼女にとっては、月は怖い場所ではないのだろうか。

うろうろと視線を彷徨わせていたジナコが口を開いたのは、しばらく時間が経ってからだった。

 

「……ここに来るのはちょっと躊躇ったッス。聖杯戦争とか、カルナさんのコトも何かよく覚えてないとこもあるし、きっと情けなかったと思うッス」

「……」

「でもね、地上のネットワークに、ちょこちょここっちの映像とか流れて来るんス。多分あれ、宣伝用でしょ」

 

そこにカルナが映っているのを彼女は見た。折良く、月の祭を観戦するため地上の人々がここを訪れやすくなっている時期だったから、それに交ざってやって来たそうだ。

 

「ボクはカルナさんの鎧とかいらないッス。それに借りパクは気が乗らないし、ちょろっと返してすぐ帰るつもり……だったんスけどね」

「彼らがやって来たという訳ですね」

 

ジナコは頷いた。

月が栄えるようになって、ここまで人が集まると、様々な人々が訪れるようになる。野盗のような人が交ざるのも理解はできた。

ここに来る地上人は、魂を霊子へ変換して訪れる。彼らは、言ってみれば剥き出しの魂たちだ。

聖杯戦争にて、カルナが鎧で護ったときのジナコもその状態だったはずだ。

だから鎧が格納されたのは、恐らくだが彼女の魂。実際に肉体を覆っているわけではない。

地上で生身でいるうちは堪付かれにくかったのだろうが、ここでは皆魂で訪れている。

故に、彼女は聖遺物に似た気配を持つデータを所持する一般人となる。

狙われない方がおかしかった。

 

「ホント、何でカルナさんはボクにこれをくれたんですかね?」

「それは……あなたを護るためと聞きましたよ。鎧は彼には不要で、あなたには必要だった。それだけだと思います」

 

カルナにとっては本当にそれだけだったのだろう。

与えられるものはすべて与えてしまう人だから、与えた結果として、自分に何にも残らなくなっても別に良いのだ。

与える選択をしたのは己だからと、誰をも恨まないし憎まない。というよりそういう心の動かし方が、できないのだ。

こちらからすれば、どこがどう良いと言うんだこの唐変木、という気分なのだが。

 

「でもボク、魔力も回せなかったッス。結局何にもしないうちに、気付いたら地上に帰ってたんスよ。訳分かんないッス」

 

ジナコは私ではなく、ここにはいない違う誰かに問いかけているようだった。

私も宙へと視線を向ける。

 

「えと、ジナコさん。……そのですね、カルナに会いに行きませんか?」

 

この人は何かが知りたくてここに来た、そんな気がした。

そして多分その答えは、カルナが持っている。

私は立ち上がって床に座ったままのジナコに片手を出した。

倒れた魔術師たちはちょうどやって来た警備プログラムが回収、運搬してくれるから気にしなくとも良かった。

ジナコの手がおずおず伸ばされかけた、そのときだ。

 

『ちょぉっと、アナタ今どこにいるんですかぁ!?』

 

頭の中で結構な音量の声が響いて、思わず耳を押さえた。

 

「あれ、玉藻さん?」

『玉藻さん、じゃありませんよ。現在何処にいるんですか?結界の修復も無いわアナタの気配が感じられないわ姿を見せないわでカルナさんが客席をうろうろしだして騒ぎになりかけたんですよ!?』

「あ」

『おまけに警備プログラムまで呼んだでしょうが。一体、何をやらかしたんです?』

「すみません、すぐ行きます!すぐに!結界は試合には間に合わせますから!」

 

念話を断ち切って、目をぱちくりさせているジナコに向き直る。

 

「若干急ぐ理由が出来たのですが、構いませんか?」

「ま、まあボクは構わないけど。……どっち行けばいいんスかね?」

 

案内します、と私は頷いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

急ぐと言ったからには、急ぐのである。

けれどサーヴァントが本気で走っては普通の人間には追い付けないため、ジナコを抱えて走ることになった。

 

「ねぇキミ、もしかしてもしかしてだけどボク、重くないッスか?」

「はい、支障はありませんよ」

 

サーヴァントの筋力なら、人一人抱えて走るなど容易いのだ。

ジナコを両手で抱えたまま、階段を一足飛びに駆け上がる。

最後の一段を蹴り飛ばして、陽のあたる場所に踊り出た。

そこは闘技場の最上階。人々のひしめき合う客席が一望できる、結界の基点が設置されている場所だった。

 

「高ッ!?何なんスかここ!?」

「最上階です。よく見えるでしょう?」

 

すり鉢状の闘技場の一番底に当たる場所に、四騎のサーヴァントがいる。

皆、いずれ劣らぬ英傑たちでここを勝った方がこの戦いに優勝するのだ。

床にしゃがみこんで、ジナコはそろそろと下を覗き込んだ。

 

「そりゃ見えるッスけど……って、あれ、カルナさんじゃないですか?隣のは……誰?」

「アルジュナ様です。この大会は二人で一組になっての連携戦で、籤で選ばれたカルナの相手が彼だったんです」

「アルジュナ様って、それあの授かりの英雄?……めっちゃ因縁のある相手じゃないッスか!?」

 

叫ぶのも分かる。私も同じ気持ちだからだ。

かなり傷んでいた結界の基点の綻びを手早く直して、私はジナコの隣に座った。

同時に中空に指で紋様を書いて術を起動し、人の目には小さく見える景色を、遠眼鏡を使っているときのように拡大して目の前に投影する。

観戦の準備は、これで整った。

映像には四騎がくっきり映し出されていて、その中でふいとカルナが空を向いた。

空間を貫いて、あちらは私たちの方を見ている。身を乗り出して手を振ると、気付いたのか映像のカルナの表情が緩んだ。

 

「私たちがここにいることに、気付いたみたいですね」

「マジッスか?カルナさん、眼、良過ぎでしょ」

「弓兵もやっていた人ですから、眼は良い方だと」

 

そんな、友人同士のような軽口を叩いたあと、私たちはどちらともなく映像に見入った。

映像の中では、席から立ち上がった新王が手を振り上げていた。あれが振り下ろされたら、試合が始まるのだ。

電子で編まれた太陽は中天にあって、槍の穂先と神器の弓を輝かせていた。

白衣に包まれた新王の手が振り下ろされる。

 

―――――歓声と共に、蒼穹を焦がさんばかりの火柱が吹き上がった。

 

月の都の祭りは、こうして最後の戦いの幕を開けたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聖剣と薔薇の劇場、太陽神の神威と神造の弓での戦いは後者に軍配が上がった。

ジナコと私は、その光景を持ち堪えてくれた結界の基点の横で見届けた。

 

「ジナコさん?……ジナコさーん?」

 

動きを止めているジナコの前でぱたぱたと手を振る。彼女ははっと目を開けてこちらを見た。

 

「どうかしましたか?」

「どうかしたも……ジナコさんには容量オーバーですよ!あんなにドンパチやるとは思ってなかったッス!」

「祭りなもので、皆さん派手にやりたいようですからね」

「それ、それッスよ!カルナさん、めっちゃ笑って楽しそうじゃないスか」

「実際、楽しいのでしょうね。それがカルナですから」

 

事の善し悪し関係なく、彼の根源的な衝動は戦いに向いている。

その感情は、私には分からない。

私に分かるのは、カルナが楽しげにしているのを見るのは私にとって喜びだということだけだ。

 

―――――自分で分かっているが、私も大概どうしようもない類の人間だなと思う。

何がどうしようもないって、改善する気がちっともない辺りが一番そうだ。

 

「しかもキミもケロッとした顔で応援するし……。まぁ、キミも魔窟の出身なんスから当たり前かもしれないけど」

「む。魔窟とは聞き捨てなりません。ジナコさんだって最後がんばれー、って言っていたじゃありませんか」

「雰囲気に流されただけッス!隣であれだけ応援されたらその気にもなっちゃうじゃないッスか!」

 

でも全く楽しくない訳では無かったようだ、とムキになったように言い募るジナコを見て思った。

視線を下へ戻したジナコは、驚いた声を上げた。

 

「って、アレ?試合終わったんじゃないスか?何でカルナさんもアルジュナって人も武器を下ろさないんス?」

「あぁ、それはこれから所謂()()()()()()とやらが開始されるからですよ」

 

観衆が見守る中、勝ったカルナとアルジュナ様は新王に宣言した。

この場この時において、相手との決着をつけたいと。

新王はすぐに、それを了承した。

そして出来上がるのは、闘技場の中心で向かい合う二人の戦士たちの構図だった。

私は結界の基点に綻びが無いか改めて確認して立ち上がる。

 

「ジナコさん、ちょっと降りませんか?やっぱりここだと遠くって」

 

こんな戦いもう二度とあるか分からないから、出来るだけ近くで覚えておきたかった。

でもそれを言うと、ジナコの顔が一瞬引き攣った。

 

「え、アレを、間近で見ると?……あー、分かったッス!そんな目されたら断れないじゃないッスか!ジナコさんには鎧もあるしね!」

 

でも弾みをつけてジナコは立ち上がって、私の手を掴んでくれた。

ありがとうとそれに言って、私たちはまた下へと降る道を辿るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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かくて、元の席へと戻って来た。

階段を一段一段降りていては時間がかかり過ぎるので、結局私はジナコを抱えたまま上の階から飛び降りて席に着地するという荒業を使った。

 

「焔さんってたまに思い切りよく変なコトやっちゃいますよねぇ。で、その人が月にまでやって来ちゃったカルナさんのマスターですか」

 

着地した所は新王と玉藻の前とアルテラのいる実況席である。

青い着物の袖で口元を隠しながら出迎えてくれた玉藻の前に、目がちょっとぐるぐるになっていたジナコも驚いたようだった。

おぉ、と言いながら玉藻の前のひょこひょこ動いている狐の耳と、新王の膝の上に収まって下をじっと見ているアルテラとの間で視線を行ったり来たりさせている。

 

「……まぁ、驚くのは後でもできるッスよね。で、ジナコさんはどこ座ればいいんです?」

「あ、こっちですこっち」

 

ジナコを席に導いて、私たちが隣同士に座ると新王は頷いてくれた。

会釈して、私は下に見える闘技場に目をやる。

辺りを睥睨していたカルナと目が合ったので、手振りでジナコの方を示した。

触れば斬れる刃物のように吊り上がっていたカルナの目尻が少し下がった……ような気がし、同時に相対しているアルジュナ様はカルナとこちらへ向けて奇妙なものを見る視線を送っている。

彼からしたら私は月側の一般サーヴァントで、ジナコは一般人なのだから当たり前の反応だった。

それを見計らっていたかのように、新王が立ち上がった。

 

「ではこれから、月の祭の最後を飾る祭典を行おう!」

 

各自悔いが残らないように、存分に全力を奮ってほしい。そう高らかに宣言する新王の横顔に玉藻の前は見惚れていて、アルテラはぱちぱちと小さな手を叩いていた。

私はただ何も言えずにじっと前を見ていた。

いつかの遠い昔の光景と、今の目の前とは、重なりそうで重ならない。

あのときあの場にいた人々と、ここに集った人々の顔ぶれは全く違うのだ。

皆何処かへと旅立った。何処かへと永久に去った人もいる。遥か離れた()の大地には、もう一人だってあの頃の人々は残っていまい。

けれど睨み合う主役は変わっていないことが、懐かしいようで泣きたいようで、ただ何となく胸の深い所が疼いた。

 

―――――勝って。

 

小さく漏れてしまった声が聞こえたらしく、ジナコが私の方を見る。

困ったようにジナコは頬をかいていた。

気遣いを表すため、笑顔になるのはあまり得意では無いが、それでもこの人にはそうしなければならない気がして、私は笑った。

 

「そういえば、鎧返さなくて良かったッスか?」

 

頬をかいていた手を下ろして、ジナコが言った。言われて私はまた闘技場を見やる。

戦意は既にびりびりとした圧を感じるほど高揚している。

 

「……後にしましょう。あなたからそれを取り外して返すのも、かなり時と準備がいりますし」

 

元々は生身の体に癒着していたモノだ。

カルナが自力で剥がしたときは全身血塗れでとんでもないことになっていた。同じことをするなら手順を踏んで対策を取らなければ危ないと思う。

 

それに、多分カルナは、今はいらないと言いそうだった。無い方が楽しめるとか何とか、そんな理由で。

 

再び、新王の手が高々と掲げられる。

 

今はただ言葉を置いて見守ろうと、胸の前で静かに手を組んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――再現された神話の激突の結末は、ここでは語られない。

ただ激突が済んでも彼らのどちらかが消えることはなかった。

故に、途切れなかった宿痾はこれから先も続く。彼らが彼らである限り、途切れることはありえない。

 

ただ、かつての主と従者は語らった。

一頻り語ってそのあとには、地上から月へと主が携えてきたものはあるべき場所へと還った。

 

この祭りの後の余韻は寂しいものではなくてきっと良いものになるだろうと、見届けた焔の娘は笑って告げた。

 

じゃあまたね、とかつての主は地上へ戻る。

別離ではなく再会を。彼らは望み、約束を結んで別れて行く。

 

月を彩る祭りの話は、これにて確かに幕引きであった。

 

 

 




と言う訳で、お祭りは閉幕です。

全四話の短編にお付き合い頂きありがとうございます。

試合の結末は……真の英雄は武具など無粋、という結論にお互いが至って戦ったとだけ。

その日の夜に、夜を徹して電脳ゲームをやってみる焔娘がいた、というオチがありましたが、書けなくなったのでここに書いておきます。

尚、アルジュナが出て来た理由は次なる異変の前兆、ということで。

その他突っ込み所やご質問があれば答えさせて頂きます。

では祭りははけましたので、今の連載の方へ戻ります。
改めまして、ありがとうございました。

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