太陽と焔   作:はたけのなすび

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お久しぶりです。

少しだけ書けた番外編の1話です。
作中時間軸としては、

冬木でマスターたちに協力

別れ

第五特異点でカルデアに協力

別れ

カルデアで再召喚

第二部開始の時点でカルナと共に一時退去

カルナは再召喚成功、こちらは失敗、リンクロスト発覚

ユガ・クシェートラで再会
アグニ神の残り火を絶やさないための依代状態

ユガ・クシェートラ後にアルジュナ・オルタと同タイミングで再召喚に成功

ドバイではジナコとずっと一緒に行動

現在

になります。


太陽と焔と雷霆降臨-1

「私にさしたる感慨はありませんが……。父が息子に与えたもうた贈り物を、謀を用いてまで奪った一件に関して、尊き神の王がどのようにお考えになられているかについては……些か興味がありますね」

 

 ────それは、久方ぶりの、爆弾発言であった。

 そう言えば、この人こういう一面があるんだよなぁとカルデアのマスターは白目を剥きそうになるのを堪えたのだった。

 

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

 

 カルデアには数多のサーヴァントが属しているが、中には生前夫婦であった男女も含まれている。

 とはいえ、夫婦揃って人類史に刻まれ同じ場所に敵対せず召喚されることは稀なのか、然程数は多くない。

 

 その中の一組は、本日も絶妙な距離を開け、謎の無限空間を生成しつつ食堂の一角を使っていた。

 

「……」

「……」

 

 白い肌に白髪、薄青の鋭い瞳を持つ青年、【施しの英雄】カルナ。

 白い肌に黒い髪、青の瞳の少女、【灰色のキャスター】。

 神代から現代まで名を遺す紛れもない英雄と、生前の行いにより真名を喪失した少女である。

 真逆の在り方と言える二人は、それでも生前は伴侶であったのだ。

 

 歴史に証明されずとも、人理から消し去られようとも、二人は互いを【そういうもの】と定めた。

 それがすべてであり、それだけで十分だとカルデアに籍を置き続けている。

 

「……あ、茶柱が」

「そうか。目出たいな」

 

 少女が呟くと、青年が応じる。

 会話は煩わしくないが、敢えて口を開くこともないのだ。

 こくり、と今の(マスター)の故郷の茶を少女が一口飲んだのを見計らったようにカルナが口を開く。

 

「お前は、彼の神と既に邂逅したのか?」

「カルナ、待って下さい。それはインドラ神のことでしょうか?」

 

 ここには、数多の神が所属していた。

 そもそも二人からして太陽神と炎神の血を半分引いており、神性という属性は珍しいものではなくなりかけている。

 確認を取らずに、万が一行き違いが発生しては困る。

 カルナは軽く頷いた。

 

「ああ。インドラに違いない」

「そうですか。顕現したとは聞きましたが、私の周囲に別段変わったことはありません。それが何か?」

「マスターが気にかけていた。何か大事があったのではと思ったのだが、杞憂だったか?」

「杞憂も何も、私は未だインドラ様にお会いしておりません」

 

 さらり、と湯呑みを傾ける合間に応じる少女にカルナの顔が一瞬、親しい者でなければ分からない程度に顰められた。

 

「お前は、インドラ神へ思うところはないのか?」

「?」

「オレが鎧を剥いだ際の……お前の、その……取り乱し様が、だな……」

「あなたが皮剥ぎされた若鹿のような、肉が削げた患部露出の全身血濡れで戻った原因となられた神に対して、私が平常心で接せられるか否かと問いたいのですか?」

「……」

 

 さすがにこれは底意地悪く聞こえるか、と少女は無表情(いつも通り)のまま考える。

 意趣返しのつもりはなく、当時の有り様を過不足なく言葉にして伝えただけなのだが、そうなると言葉が棘だらけになる。

 これでは、第三者が聞けば横っ面を殴りに行っているように聞こえないだろう。

 

 真実、意趣返しの意図はない。

 カルナの思う()()も、理解はしている。

 

 神代バーラタ族の時代に生まれながら、半神半人でありながら、神を敬えず呪われ果てた、ただの人間。

 少女は己をそう自負している。

 神を恐れる心はあれど、そのすべてを敬えと言われれば従えず、神罰を受けようと悔い改めることができない外れ者。

 それが己の限界で、矜持だった。

 だから己の辿った末路に、未練も後悔もなく、カルデアに顕現した神々に思うところもない。

 

 ただ、己が割り切れても周囲がそうであったかは別なのだ。

 己は満足していても、他人から見れば四捨五入して悲劇の人生を辿った自覚はある。その程度の客観視ができねば、マスターの未来に関わる。

 

 何しろ、敵兵を巻き込んでの大自爆である。

 

 兵でも将でも、戦士ですらなかった癒しを任とする薬師が、敵に捕らわれ利用される前に自害したのだ。

 しかも、己の父である神から与えられた炎の力を振るって。

 

 骨片どころか聖なる河に撒く灰のひとつまみも残らぬほどの神性の炎で、己諸共周囲を焼き払って消滅させた跡地を、遺された者が見たとき何を思ったかは、当人にしかわからぬままだ

 瞑想で構ってくれない夫の目を塞いで悪戯したら夫に第三の眼が開眼して光線を発し山を焼き払ってしまったとか、妻がひとりで造った子を知らず切り殺してしまったので象の頭部を繋げて蘇らせたとかいうかわいらしい失敗ではない。

 

 そのことに関して、後悔を滲ませている筆頭が目の前のカルナなのだと少女は理解していた。

 彼も彼で悲劇的な英雄として語り継がれるに足る壮絶な生前を歩みつつ、本人は後悔がないどころか幸福だったと思っている筋金入りの英雄なのだ。

 が、その彼が俗人じみた悔いを覗かせるときもある。生前の、妻に関してである。

 

 半神半人(オレ)と出会わなければ、あのような最期に至らなかったとしても。

 戦士(オレ)と婚姻などしなければ、幸福で心穏やかな生を全うできたとしても。

 

 それでも、カルナ(オレ)と出会わない未来を選んでほしくない。

 傷つくことはわかっていても、自分(オレ)の側にいたいと願ってほしい。

 

 という、何とも早人間らしい想いを英雄カルナに抱かせたと理解はしている。

 その辺りの諸々は、いつだったかのクリスマスで、普段よりもやや精神が若くなったボクサー・カルナから聞けたことだ。

 

 ある意味では、大自爆よりも規模の大きいやらかしだった。それは間違いない。

 

 だが、どのような道を選びどう生きようが、結局のところ神の時代に馴染めなかった己は、いつかどこかで潰えていたと思う。

 雷神、風神、水神、炎神、秩序神、維持神、律法神が人と共にいたあの時代では。

 敗戦国の異教の巫女が炎神に孕まされて生まれた時点で、己は勝者の神々を恐れ敬い尊ぶことができなかった。

 しない、と決めた。

 カルナに出会おうが出会うまいが、滅びは必然だった。

 

 詰まる所、()()()()()()()()()()()

 自分の末路は、その一言に集約できる。

 それだけのことだ。ありふれている。

 

 よって、末路に関してカルナが思い煩うことも、まして後悔を積み上げる余地も謂れもない……と宣言するのはさすがに人の心がなさすぎる。

 曲がりなりにも夫婦であったのだから。

 あなたも私も生前は色々ありましたが、お互い後悔していないならそれでよろしいでしょう。

 今はこうして再会する機会を下さったマスターとカルデアの善き人々のために務めましょう、と。

 

 そのような感じに丸め切ったのが、カルナと少女であった。多少の無理は押し通すものとして。

 

 はてさてそこに現れたるのが、インドラ神である。

 彼がカルデアと縁を結んだ際の一騒動は既に収束し、インドラ神もサーヴァントとしてカルデアに降臨した。

 神格を削りに削り、階層を幾つも下ろし存在を削いでようやく顕現したインドラだが、それでも尚ヴリトラハンとしての力は感じ取れる。

 

 異聞帯や様々な事件を経て、あの時代のインドゆかりのサーヴァントたちも増えた今のカルデアでも、インドラ神の存在は目立つ。

 

 彼の神に対する印象を、そう言えばマスターに問われていたな、と少女は少し前の出来事を反芻した。

 反芻しつつ虚空を見上げる少女へ、カルナは問う。

 

「別段、私はインドラ様に対し思うところはありません。彼もまた、あの時代の神々であったと言うだけ。アルジュナ様とアルジュナ・オルタ様や、ヴリトラ様のほうを気にかけるべきかと。特にあの邪竜様はど派手にやらかされたばかりです」

「彼らは自力でインドラの誘いや試練を切り抜けられるが、お前はそうではない」

「誘いに試練?私など、インドラ様に取れば雨粒のようなものでしょう」

「不正確な自己評価だ。幾年経とうと、お前の存在にはアグニ神の権能が混ざっている。ユガを巡らせていた異聞帯を経て、その気配はより強くなった」

「……そう言えば、そうでしたね」

「何故忘れたままにできる」

 

 人でない存在の血を受けた者、或いは尋常でない生まれをした者。

 そのような存在はインドラ神にとれば珍しくも無かろうが、さすがに炎神アグニの気配を帯びた者を、路傍の石のように気づかぬことはないだろう、とカルナは言いたいらしかった。

 

「神々とお前では格が違う。そして、あの神は……」

 

 珍しく言い淀むカルナの言葉の先を感じ取って、少女は口を開いた。

 

「確かに、色恋沙汰もそれに纏わる争いも多き神ではあらせられますね」

「……」

 

 カルナのこの奥歯にものが挟まったような態度と物言いは、詰まる所そういう心配から来ているらしい。珍しいものだ。

 そのようなことあるはずがないだろうに、と少女は首を傾げる。

 

「だとしても、インドラ様がカルデアにおられる間ずっと、エレナやガネーシャ様にお世話になったり、ラクシュミー・バーイー様に助けて頂いたり、ドゥリーヨダナ様に押し付っ……介入して頂いたり、穴倉の鼬になったりするわけには行かないでしょう?仕事が滞ります」

 

 神代の薬師かつ呪術師としての知識や能力で、主に防御や回復を担当する後方支援が、少女の役目である。

 医療系サーヴァントと括られることも多く、主に回復要員として現地に召喚される。呪いへの耐性と除去の能力が飛び抜けて高いために、たとえば神の呪いなどの特級の厄介事への招集もかかりやすく、端的に言って忙しい。

 インドラ顕現に纏わるヴリトラの騒動のときは、随所で起きたサーヴァントたちの異変の原因を調べて忙しくしていた。

 まぁ、途中から原因も因果もインドラとヴリトラとトリシラスに収束すると看破したため、手を引いていたが。

 

 尚、戦闘はできなくはないが同じ神代の他の面子と比べれば見劣りする程度だ。

 同じ医療系サーヴァントの一角、神代ギリシャの蛇の医神(アスクレピオス)と同程度かやや勝る戦闘力というのが周囲からの評価である。

 パンクラチオンを会得し、野良法師を叩きのめせる医神と同格なら決して悪くはないはずなのだが、如何せん周囲の火力と武力と存在感が強すぎるのだ。

 

 バーラタの時代を生きた皆が皆、ビームを習得しているわけがないというのに。

 第一、うっかりで山を吹き飛ばせる薬師なぞ怖すぎるだろう。

 

「オレが、お前の間近にいればよいのではないか?」

「ああ。その方法もありましたか。ここでの役目が違うので考えておりませんでした。あなたは、インドラ様の敷かれる試練に興味があるものと」

 

 撃沈の一言である。

 だが実際、少女の認識はその程度であった。

 

「……否定はしないが、オレが試練に挑みたいと望むこととお前の安否は混同するものでも、比べるものでもない」

「わかりました。ではしばらくの間、共に過ごしてくれますか?カルナ」

「無論だ」

 

 平坦で起伏がなく、ともすれば冷淡にも聞こえるやり取りが、彼らには『いつも通り』であった。

 

 

■■■■■

 

 

 とはいえ現実として、四六時中カルナと共にいられるわけもなく。

 

「そこの女よ、その神性は炎と縁があるものか?」

「……」

 

 物の見事に()()()を引いて、カルデアの食堂にて出くわしたのはインドラである。

 側に侍っているはずの意志ある武器、ヴァジュラの不在に微かに目を細めつつ、少女はゆるりと水鳥のように礼を取った。

 

「偉大なるインドラ神にお応えいたします。はい。相違ありません。(わたくし)の父は炎神。その力の一欠片を継いでおります」

「やはりそうであったか。……その割に何だ、その貧相な格は」

「恐縮でございます」

 

 それはそうである。

 少女の立ち位置は、言うなれば神代からの排斥者。塵のように折り重なった人の死のひとつ。

 たまたま、神の血筋という炎で燃え残っているだけの崩れかけの薪のようなものだ。

 それでも幻霊よりも確かな存在と力を備えた者として在るのは、元が神代の存在であるのと、炎神の権能の欠片を未だ持っているのと、カルデアのカルナが結びついた縁を決して手放そうとしないからだ。

 あとは、アルジュナ・オルタがいた異聞帯での活動中、アグニ神の依代になり続けて霊基が強化された影響もあるか。

 

 とはいえ、それをインドラに述べるのは─────畏れ多い(超めんどくさい)

 

 というか、名と記憶を世界から剥奪する神罰を下した神々の中に恐らくインドラもいたはずである。

 

 が、まず覚えていないだろう、と少女は拝礼したまま思う。

 世界から記憶を剥奪するとはつまり、()()()()()()()()()忘却するのと同義。

 いつぞやの異聞帯で、『不出来』となった者たちはユガが巡る度消え失せ、親しい者からも忘れられていたが、同じ現象が個人への半永久的な神罰として下されたのが今である。

 忘却の例外は、カルナのみ。

 世界でただ一人だけ、存在しない人間の記憶を抱えるのを良しとしたカルナだけだ。

 

 その辺の事情諸々は、現在マスター経由でカルデアのサーヴァントたちには共有・認知されているが、インドラはまだなのだろう。

 半端に知られても畏れ多い(超ややこしい)事態になるのが目に見えているので、積極的に知らせてほしいとは思っていないが。

 

 穏便に退散したいと願いつつ、流麗な所作と精巧な仮面の無表情はそのままに、暴風に揉まれても折れない柳のように少女は立ち続ける。

 

 この辺りで、数体のサーヴァントが食堂を出て行った。

 

「そうか。ガネーシャが言っていたアグニの依代を務めたことのある女とは貴様か。あの炎を宿し続けるのは、苦行ではなかったのか?」

「偉大なるインドラ神にお応えいたします。父神の焔は、娘を損なうものではございませんでした」

 

 アグニ神の依代を務めることとなったユガの異聞帯では、炎熱に耐えきれずに手足が端から徐々に炭化し、最終的に霊格以外の肉体すべてを焔に置換して耐えるところまで行ったが、魂を燃料にしたわけでもない。

 むしろそれ以来、体を焔に変換して攻撃を無効化できるようになったくらいだ。マスター曰く、『強化クエスト』という現象らしい。

 

 よって己は、()()()()()()()()と、少女は認識している。

 そう認識しているのならば、嘘にはならない。

 

 雷霆神の気配を前にしているせいか、ちりちりと髪を焔が縁取り始める気配がする。

 異聞帯で初めて言葉を交わして以来、薄っすらと存在を感じるようになったアグニの力の漏出だろう。

 生前接触のなかった父は、白紙化された地球というここに来て微妙に不出来な娘の周囲に出没するようになったのだ。

 インドラ神に何か言いたいことがあるとしても、静電気のようで落ち着かないから即刻止めて頂きたいと祈りつつ、止む気配のない焔に少女が微かに眉を顰めたところで。

 

「ハハハハハ!その物言いたげな炎、確かに貴様はアグニに縁ある者!余興として(オレ)の前に立つことを許す!」

「…………承知、いたしました」

 

 どうやらカルナが案じていたのとは少々違うようだが、驚天動地に畏れ多い(めんどくさい)ことになったと少女は優雅に礼をしつつ、内心で呟くのだった。

 

 

 ■■■■■

 

 

 前提として、アグニ神が司る炎は幅が広い。

 赤色の体に火の衣を纏い、天上に在っては太陽、中空に在っては雷、地上においては祭火を担う、()()()()神である。

 さらには、人が祈りを込めた供物は、(アグニ)に投じられて煙となって天へ上り、神々へ届く。

 人と神の橋渡しを務め、その炎は竈にも焚き火にも火打ち石にも、時には人の心の中で燃える意志の灯としても扱われる。好物はギー(バター)だそうだ。供物の炎に投げ入れた際に、良い香りが立ち上るからだろう。

 

 己の祈りを天へ届かせる神となれば人々はこぞってアグニへ祈りを捧げ、賛歌を紡ぐ。

 結果、神々の王がどうなるかと言うと。

 

「アグニか。アレは(オレ)に次ぐ賛歌を人から捧げられていたな。娘、貴様は父へ賛歌を手向けたことはあるのか?」

 

 ─────かなり、炎神様(アグニ父様)を意識したインドラ様になる、ようだ。

 

 話の流れでインドラの前に座ることになった少女は、思う。

 神としての力の強大さとは関係なく、神と人の橋渡しの役を負う神に人が縋るのは至極当然だろう。時には人を苦しめる雷霆や太陽よりも、目に見えて優しいのだから。

 アルジュナ・オルタのいたユガの大地に残っていたアグニも、そう言う気質が特に濃かった。人に寄り添おうとしていた。

 だから体を貸して依代になったのだ。

 

 そんな神の、娘と言えば。

 

「偉大なるインドラ神にお応えします。ございません」

「ない、のか?」

「ございません」

 

 父への賛歌を捧げたことは、生前はないのである。

 知識として知ってはいるが、心が伴わないから唄えない。唄ったのはただ、滅びの大地(異聞帯)で共にいたときのみ。

 しかし、結論と結果だけを端的に言う言葉がどうなるかはそれこそ火を見るより明らかである。

 

「ほう。では貴様は、神に連なりながら神を讃えぬ不信心者か?」

 

 当然、そうなる。

 目の前で紫電迸らせるインドラに見据えられつつ、少女は拝礼を重ねた。

 

「私が生まれるより前の出来事を踏まえてお応えします。……私の母は、西の神に連なる者でした。神々同士の戦に連なる人の争いに巻き込まれ、囚われ人となった巫女にございます」

「…………良い、続けろ」

「はい。そして、母はこちらの炎神に見初められ、私を孕みました。そうであれと神が望んだから、()()()()()。そこに、弱き人である母の心は、ございませんでした」

「……」

「なれどそれは、神の恩寵です。思い苦しみ、悩むことは不敬です。母は、私を産み落としてくれたあと儚くなりました」

 

 皆が母を羨んだ。

 神の恩寵を受けたから。

 皆が母を妬んだ。

 神に見初められたから。

 皆が母に、嘆くことを許さなかった。

 

「皆が褒めた母を、皆が妬んだ母を、私は哀れみ、弔いました。そうでなければ、母は故郷へ続く西風に乗れなかったから」

 

 娘から母への憐憫など、侮辱だったかもしれない。

 けれど、寄り添いたかった。

 同情して、背中を擦って、頑張ってくれてありがとうと告げて、少女は母を遠く離れた故郷へ還した。

 

「母の苦しみを憐れみ癒すのであれば、彼女の涙の始まりたる父を心から畏れ敬うことは、私にはできません」

 

 愛してはいても、父は母の尊厳を破壊した。

 ただの人を、脆く強い女を、あってはならぬやり方で傷つけた。

 皆が父を称えようと。

 皆が母を言祝ごうと。

 

「私は、父を讃えません。それでは母があまりに────()()()()()だから」

 

 神の王を見上げながら、告げる。

 焼き焦がされても、それはそれ、であった。

 雷霆の代わりに、神は言葉を投げてくる。

 

「卑賤なる母の供養のために、尊き父を敬わぬと申すか」

「恐れながら、父母に、卑も尊もございません。私は母に感謝しております。よって、その感謝を返すため必要なことを行いました。私は父を恨んではおりません。けれど、あの方は母を深く深く、損ないました」

「……」

「心から尊び伏し拝めぬならば、口先だけの賛歌(ヴェーダ)はこの上のない侮辱です。ゆえに私は、唄いませぬ」

 

 なのに、アグニ神の権能を振るう点については。 

 

「それが無ければ生きてゆくことも儘ならなかった、私の弱さが原因でございます」

 

 生まれた直後から、それが神の権能だと知るより前から、焔を制御しなければ周囲を燃やしていた。

 制御できるようになった頃には、焔の癒しの力を求める者が大勢いて、彼らの要望を跳ね除けられるほど少女は強くなかった。

 

 物心ついてから焔の力を授かっていたなら、最初から制御できていたならば、隠して使わないという選択肢もあった。

 無い物ねだりも甚だしいが。

 

「私はそういうものでございます。ご随意になされませ、神々の王インドラ様」

 

 実際、消し飛ばされても仕方なかろうな、とは思う。

 目を逸らさず告げる少女のその前で、インドラは手を翳す。

 

「娘よ。貴様は、その生に悔いを残さなかったのか?」

「ありましたが、妄執になるほどではございません。ありふれた、人なら誰もが抱えて逝く当然の未練を持ったまま死にました」

「よく言った。では、神の裁きを下す」

 

 直後、弾けた紫電が華奢な少女を消し飛ばし、床の黒墨へ変えたのだった。

 

 

 

■■■■■

 

 

 

「と、言うことがありました」

「事!後!報!告!」

 

 食堂雷撃炸裂事件から、ほんの三十分後。

 サーヴァント、ガネーシャの部屋にて、部屋の主のツッコミが響いていた。

 部屋の中心にでんと据えられた炬燵の一角にちんまり入り込むのは、先ほど食堂でインドラ神に消し飛ばされた少女(キャスター)────本人である。

 それにツッコミを飛ばすのは、ガネーシャ神のサーヴァント。

 床の消し炭となった少女の再顕現(リポップ)先がこの部屋になったのは、偶然だった。

 

「消し飛ばされたと思ったら!無傷でボクのコタツの中から出てくるとか!ホント神様系サーヴァントってどうなってるのさー!」

「■■■様、私は神様系ではありませんよ」

「でもアグニって神様が混ざってるッスよね?カルナさんが言ってたし、今回リポップしたのもその力なんでしょ。よく知らないけど」

「……やっぱり、私は神霊に片足くらいは突っ込んでしまったのでしょうか?中身は変わった感覚はないので、コーティングされていると言ったところでしょうか」

「ボクに言われてわかるわけないでしょ……」

 

 インドラ神の裁定の雷により消し飛ばされた。それは事実である。

 だが、少女に宿っているのはアグニの焔。

 その特性は、()()

 

 アグニの焔は、ありとあらゆる場所にある。どのような場所からも、再生する。

 天にも、地にも、精神の中にも。

 ────ガネーシャ神のコタツの中の炎からも、再炎する。

 

「ここに私を留めたい意志の焔さえあれば、私はどこからでも戻れます。ユガの異聞帯からこちら、そういうことになりました。サーヴァントという枠に収まっているインドラ様の力では、アグニ様のその特性を破れはしない。……と、前髪オフのインドラ様の力でしたら、別かもしれませんが、前髪オン状態ならば大丈夫ですよ」

「体丸ごと消し飛ばされて大丈夫とは言わないよ!ちゃんとカルナさんに無事って連絡したんだよね!」

「今からするので、■■■様、端末を貸してくださいませ」

「おっそーい!」

「■■■様、痛い。痛いです」

 

 ポコポコとガネーシャに背中を拳で叩かれつつ、ポチポチと端末で各所に無事を知らせる。

 追加で、インドラ神とのあれはお互い納得尽くなのでこれでこの一件は終いだ、とも。

 これでよし、と連絡し終えてからコタツの中に戻る。

 

「何一つよくないよねぇ!どうするの次から!顔合わせる度に消される気ッスか!」

「いえ?一度裁定が下ったのでこれでお終いです。あのインドラ様は、裁きや試練を生き残った者にまた雷を落としたりされません」

 

 ことり、と首を傾けるとガネーシャ神─────になっている人が動揺するのが見えた。

 

「えっ、そうなの?」

「武の試練は別でしょうけれど、裁きは下り、私は消されました。話はそこで終わり。その後の私の復活は別の話。要は手打ちと言うことです」

「……もしかして、わざと?」

「どこかで一度、消されるだろうなと思いましたので早めにとは思っていました。カルナに忠告された翌日は、さすがに早すぎましたか」

「予防接種みたいに言うことじゃないッスよねぇ!ボクにもわかるよ!」

 

 どうどう、とガネーシャの依代となった人間を感じ取りつつ、宥める。

 神に嘘は通じない。

 偽りは述べる気もない。

 ならば、インドラに認知された瞬間、心根丸ごと明かさなければならないだろうな、とは思っていた。

 そうなれば、一度くらいは消されるだろう、とも。

 神の権能は振るうが神を敬えないと堂々述べる人間を、残しておいては禍根になるからだ。

 

 ともあれ、慌てふためくガネーシャには落ち着いてほしかった。

 

「インドラ様も、私が消されてもすぐ戻るとご存知でしたよ」

「へ?」

「ご存知の上で、示しをつけるために雷を落とされたのです。本当に、存在ごとカルデアから抹消するおつもりはなかったのでしょう」

(オレ)を語るな、焔の娘よ」

「あら」

 

 ガネーシャの部屋の扉が開き、現れたるは件の雷霆神である。

 当然のように何の断りもなく降臨した神から、そっと距離を取ってコタツから抜けた。

 

「な、な、何でーーーー!!」

「ガネーシャ様、落ち着いてくださいませ」

「キミは落ちつきすぎー!!」

 

 慌てふためく神と、無表情のまま宥める人間を前に、神々の王は何故かコタツに腰を下ろした。

 

「喧しいぞ、ガネーシャらしき者。神であるならば、そう慌てふためいた様を見せるな。人間の焔の娘に落ち着きで負けるとは嘆かわしい」

「このコの肝の太さはあのメタボ象より太いくらいッスけど⁉それと比べられても!」

 

 ガネーシャでない部分が露出しまくってすっかり■■■・■■■■であると、目を細めた。

 依代になった人間の真実の姿を知られない呪いは、元々持っていた存在抹消の呪いとどういうわけか相殺されている。

 ために、少女には最初からありのままが見えていた。ガネーシャの中身も、その過去も現在も。

 なので、人ひとり消し飛ばして尚この態度の神々の王の平常心は、彼女(・・)には理解しにくいだろうなともわかるのだ。

 いやこの場合、己を消し飛ばした神の真横でけろりとしている人間のほうが無茶苦茶か。

 

 何にせよ。

 

「私は本当に大丈夫なのですが……」

「ほう。神の雷に打たれて尚、答えは変わらぬか、娘よ」

「インドラ様、それで改心できる程度なら、始めから答えておりません」

「……戦士でもないのに剛毅なことだな。焔とともに遍在するとは言え、その華奢な肢体が灰になる苦行の痛みは感じたのだろうが」

「苦行……」

 

 苦行とはああいうバチンと来てすぐに終わる痛みではなく、腕が腐れるまで上げ続けるとか、太陽を凝視するとか、何年何十年も片足立ちをし続けるとかを指すのではないのだろうか。アレらは普通にしたくない。

 んー、と首を捻っているとインドラは呵々と笑った。

 

「まぁよかろう!詰まる所、貴様はアグニのところのお転婆娘というわけだ。ハハハハハッ、人間から数多の賛歌を捧げられながら、娘のひとりにも唄ってもらえんとはな!アレの悔しげな顔が目に浮かぶ!」

「う、わー……ガネーシャさんの想像以上にオレ様じゃないッスか……金!酒!女!とか言いそう……」

「■■■様、最初の一つはともかく、あとの二つはかなりの数の神々や英雄の標準値では?」

 

 どこぞの干魃の竜も、インドラ神の酒や女の絡んだ失敗をあげつらっていた。

 とはいえ彼女の場合、かなり主観を入れているだろうから、アテにはしていない。

 当のインドラはと言えば、何やら機嫌良さげであった。糸杉のように長い脚を、コタツにどう収納しているかは謎である。

 

「酒と言えば、(オレ)が設けていた酒の席は見事にあの騒ぎで潰れたぞ、娘」

「そりゃそうでしょ……。ガネーシャさんは見てないけど、一瞬でこのコが消されたんなら、大騒ぎになるッスよ。復活までの三十分の阿鼻叫喚、あー、想像したくもない!」

 

 何だかんだ、インドラに慣れつつあるガネーシャは、むぅと口を尖らせたまま尋ねる。

 

「ていうか、そもそも雷の神様は何でここに来たッスか?」

「ん?そこな焔の娘が、再び現れた気配を感じたゆえだが?神の酒の席を壊したならば、酌でもさせようと思ったまでだ」

「……」

 

 ─────酌、酌か。

  ─────そちらのほうが、困る。

 

 むぅ、とガネーシャと同じく少女の口が尖る。

 普通に困ったのだ。

 ある意味では結果の知れ切った問答に挑むより、酌のほうがよほど大変なことになるだろう。

 

「どうした?まさか、これもできぬと?」

「…………はい、できません。約束がありますゆえ」

「ほう?申してみよ」

 

 これで雷撃一閃にならないのだから、かなり父性よりのインドラ神だと思いつつ、少女は礼を取ってから応えた。

 

「夫との間で、彼がいない場では如何なる者にも酌をしないように約束しております。向こうが己の武具に掛けて結んだ約束なので、破ることはできません」

「あー……何かそんな約束してたッスね。ま、自分がいないときに奥さんにどっかでお酌なんてさせたくないのはそりゃそう。何なら、いてもさせたくないだろうしね」

「生前の私も、よく絡まれましたから、その反動もあるようで……。私、割と御しやすそうな見た目なのに肩書きだけは神の娘なので、攫えそうだと手を出してくる輩が割とうじゃうじゃ……不届き者は全員、引っ捕らえて法の下に突き出しましたけれど」

 

 お前は手を伸ばすことすら躊躇う深き湖の蓮ではなく、摘み取れそうだと思わせる森の菫だ、とどこぞのカリの化身の王に言われた言葉だが、少女は正しいと思っていた。

 欲深な分、彼の審美眼は確かである。

 

 この答えもまた、インドラ神にとっては()()()()()らしい。

 青い眼が、紫電のように光る。

 

「ほう。仮にも、神の娘にそのような約束を強いるとはどのような夫だ?どこぞのバラモンか?」

「いいえ、戦士です」

戦士(クシャトリヤ)か!いずれ名のある者であろうな!それこそ、(オレ)の前に出ても怯まぬような!この天文台に来ているかも定かでないが!」

 

 御眼鏡にかなわなければ消し飛ばしそうな呵々大笑ぶりに、少女は再びことりと首を傾げた。

 

「私の夫でしたら、あなた様も、出会っている者です。此処にもおります」

「何?」

「あ、ええと、そのあなた様ではなく、バラモン姿であられたときなのかもしれませんが……」

 

 カルデアのサーヴァントとして契約したインドラの姿は、どうやら本神が色々と手を加えて造った人間の形の依代らしい。

 どうりで、男女どちらとも言えるし、どちらとも言えない気配を纏っているわけだ。

 だが、()()()()のインドラもそうであったかはわからなかった。

 

「貴方様の記憶に、水辺で身を清めていた戦士がおりませんか?肉体と癒着した黄金の鎧を身に着けたまま、水を使っていたと思うのですが」

「…………何?」

 

 あちゃあとばかりに、額を押さえるガネーシャに気がつきながらも、少女はごく平坦な調子で続けた。

 

「私の夫の名は、カルナ。ヴァスシェーナ、ラーデーヤ、アルカプトラ、そして、ヴァイカルタナ(切り取る者)とも呼ばれる、施しの英雄(ダーナヴィーラ)にございます」

 

 淀みなく軽やかに、何らの含みを持たず放たれたその言葉に。

 ─────本当に珍しく、インドラ神の動きが止まったのだった。

 

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

 

 

「次に!このようなことをしでかしたら!義姉上(あねうえ)と呼ばせていただきますからね!」

「アルジュナ様アルジュナ様アルジュナ様、捨て身が過ぎませんか?」

「そう!させて!いるのは!一体!誰ですか!」

「すみませんでした」

 

 諸々の事件を経たあとの、食堂である。

 ガネーシャの部屋をとりあえず無傷で出てきた少女は、ふと食堂に残っただろう事件現場を片付けようと思い至った。

 いつも通りに歩き、顔を出した食堂にて、少女(キャスター)を真っ先に見つけたのは、アルジュナであった。

 

 カルナは、普通にいなかったのだ。

 どうやらレイシフトからの帰還直後に事件の知らせが入り、マスターや同行サーヴァントは方々に散って情報収集を開始。

 食堂で鉢合わせしたのが、偶々マスターやカルナとは別行動を選んだアルジュナだった、という流れらしい。

 

 自分であったモノの残した床の黒ずみを、呪術で呼び出した水で洗い清めようとした少女の前に現れたのが、仁王立ちの授かりの英雄である。

 何か言う前に告げられた、キレ気味のアルジュナからの義姉上呼び宣言に、さすがの少女も降参した。

 

 自分は居た堪れなくなるだけで済むが、どう考えてもアルジュナのほうがダメージが大きい提案である。

 もうひとりのアルジュナまでやり始めたら、いよいよまずいことになる(話が拗れる)

 

 とりあえず、授かりの英雄は憤懣やる方ないらしかった。

 

「貴女の心身が損なわれたり、所在不明であったりすると、カルナの調子が崩れるのです!それで私との勝負に差し障りが出るのは見過ごせません!」

「そうでしたか。何があっても、あの人の槍や弓の冴えには衰えがないと思うのですけれど」

「……戦いにおいては、ええ、そうでしょうとも。あの男の武技に衰えも鈍りもない。私が言っているのは、普段の調子です!」

「はぁ」

 

 手のひらに集めた水で、床に残る黒い染みをざあざあと清めつつ、少女(キャスター)は生半可な返事を返した。

 

 そんなこと言われても、が正直な感想であった。

 カルナの武術の冴えに乱れがないのにアルジュナから小言が飛んでくるということはアレだろうか。

 夏の特異点でよくやっている同人誌対決やカレーの辛さ対決などのあっち方面の勝負だろうか。何か微妙に巻き込まれてるのはこちらなのだが。

 あの対決をする度に作っているカレー、今度は豆板醤入りにしようか。ナンに甜麺醤でも塗り込めようかな。

 

 という本心がさっぱり読めない無表情で、アルジュナを見上げた。アルジュナにしろインドラにしろ、親子揃って縦に大きいのである。首が痛い。

 

「けれど、此度のことはインドラ様と私の間のお話です。アルジュナ様やカルナであっても、手出し無用です」

「神の裁定で消されて尚言いますか!マスターのサーヴァントとしての自覚は!」

「マスターの許可なく益にもならず、この戦いから消え去るようなことは絶対にいたしません。……インドラ様も、私がすぐ戻るとわかっておいででしたよ?」

 

 双方わかっていて、消して消されて復活したのだ。

 話も禍根も、そこで終わりだった。

 

「……では、そのインドラ神はどちらに?」

「ヴァジュラ様と共に、ガネーシャ様のお部屋でコタツ争奪戦をなされるとのことでした。酌もできない私は邪魔だそうで、追い出されたところです」

「コタ、ツ……?」

「コタツ争奪戦です。ガネーシャ様お気に入りの暖房器具をかけた争いです」

「私もコタツの何たるかは知っています!カルナと貴女の部屋にもあるアレでしょう!ガネーシャ神以外使っている形跡がまるでありませんが!」

 

 それもそうか、と風を吹かせて床を乾かしながら少女は頷いた。

 

「コタツが心地よいので、インドラ様が貢物的に持っていかれたいとのことです。なので、コタツに籠もりたいガネーシャ様と小競り合いが始まりました。私同様、ガネーシャ様も早々に追い出されるでしょうが」

「はぁ……」

 

 尤も、そうなるとガネーシャ/■■■は別の部屋にあるコタツに移るだけなので特に支障はないと言えた。

 アルジュナは、ようやく静かに問いかける。

 

「貴女の遍在する焔の特性は私も知っていますし、その力があればこそインドラ神と向き合ったのでしょうが、肉体を消し飛ばされる苦痛や、擬似的な死の恐怖はそのままでしょうに」

「そうですね。インドラ様も同じことを仰いました。似ていらっしゃいますね」

 

 動揺らしい動揺が一向に表れない少女を前に、アルジュナが額を押さえた。

 

「…………レイシフトからの帰還早々、あの男を待ち受けていたのは貴女の消滅の知らせでした。マスター以外にも、私とラーマとアシュヴァッターマンが偶々共にいましたが、カルナもあんな顔ができたのかと驚きました」

「…………」

「決して、愚鈍でも短慮でもない貴女が、何故カルナの心労だけは正しく計らないのか、それとも計れないのか、私は不思議で仕方がありません」

 

 心労。

 心労と来たか。

 その言葉を持ち出されると、地味にカチンと来るというか、割とお互い様だろう(どっちもどっち)と言いたくなる。

 

 強いて言うなら。

 生前にやらかしたのがあちらで。

 死の直前と、サーヴァントになってからやらかしているのがこちらか。

 それは、色々と、酷い。

 

「……今度はどちらかが先にいかないと、カルナと約束しました。それを破るつもりはありません」

「破るつもりはないのでしょうが、貴女はよく行方知れずになるでしょう!退去後、四つ目の異聞帯を攻略するまでカルデアとの召喚リンクを失い!いつぞやではガネーシャ神と共にドバイへ漂流!それ以前にもヴリトラにちょっかいをかけられ、ヒマラヤへ流されたはず!」

「お言葉ですが、私は狂ったり欠けたりせず、全部きちんと戻ってきました。自分から試練を望んでもないし、旅に出たら妻が増えた殿方でもないし、親戚に呼ばれた宴席で良からぬ遊び(賭博)に引っ掛かったわけでもないし、ちょっと水浴びに出掛けたと思ったら、お父様からの贈り物を失って帰ってきたわけでもございません」

「ぐっ……!」

 

 これも言い過ぎかと思いつつ、風の最後の一息を吹かせて少女は磨かれた床を見下ろす。

 

「では、床は綺麗にしましたので、カルナを探しに行って参ります」

「その必要はない」

「は?……わぷっ!」

 

 振り返った途端に、衝突した。

 誰にと、考えるまでもない。

 

「カルナ?」

 

 とはいえそれでも、尋ねてしまう。

 何しろ、抱きすくめられて視界が暗くなったからだ。

 

「……」

「……」

 

 骨が軋むほどの力で締められては両腕やら肩やらが痛いのだが、これは甘んじて受け入れるべきだろう。

 とりあえず、動く片手で触れられる所を撫でると一層かかる力が強くなる。

 呆れた様子のアルジュナの声だけが聞こえた。

 

「カルナ、直に触れて無事を確認したいのでしょうし、言いたいことは山ほどあるのでしょうが、ひとまず彼女を離しなさい。鯖折るつもりですか」

「……」

「聞こえていないのか!彼女の骨が折れると言っている!……この頑固者!聞け!」

 

 腕の感覚がなくなりそうだとやや呑気に傾きかけている少女の頭ごなしに、アルジュナがついに吠えた。

 

「貴女は己で霊基を再編するなりなんなりしてさっさと抜けなさい!司るのが無形の焔ならば、先日のヴリトラのように縮めるでしょう!」

「……」

 

 できると言えばできるのだが。

 華奢な少女の全身に蒼い焔が走り、体がさらにか細く、小さくなる。

 ほどなく、カルナの腕の中には四歳ほどの少女が収まっていた。

 

「非力になる上に親子のようでおかしいから、あまり縮みたくないのですけれど」

 

 声は流暢なままに、幼女は口を尖らせる。アルジュナは肩をすくめた。

 

「多少の絵面のおかしさなど、この際どうでもよろしい。その脆さならば、カルナも貴女を砕きはしないでしょう」

「そういう問題ですか……」

「いっそ、熊のオリオンとアルテミスのように纏まっていてください。あのサイズまで縮めないのですか」

「サーヴァントが自分から戦闘不可能なサイズまで縮んでどうするんですか……!」

 

 だいぶ愉快なことを言い出している授かりの英雄から一旦視線を外して、まだ自分を降ろさないカルナを見上げる。

 薄青の瞳と、まともに視線がぶつかる。

 一見すれば酷薄に見える薄刃のような瞳の奥の奥が、嵐の到来した大海のように揺れているのが見えて少女はたじろいだ。

 

 そこまでとは、考えていなかった。

 

「……アグニ神よ、深く感謝する」

 

 一言だけ呟いて、少女を持ち直したカルナである。

 布の靴を履いた脚が、中空で人形のように揺れた。

 カルナの腕を止まり木のようにして座ったまま、少女は困る。

 

 これはあれか。

 しばらくこのままがいいということか。

 無言の圧をかけられなくとも、わかった。

 

「……」

「……」

 

 沈黙の二人に、アルジュナがまた頭を抱えた。

  

「そこで無言になってどうする……!言いたいことがあるだろう……!」

「……多分あるのでしょうけど、私の顔を見て言葉が吹っ飛んでしまったのでは?口下手を自負しているようですし」

「貴女が冷静に解説するのですか!」

「他に誰もいないので……」

 

 完全にぐたぐだである。

 居た堪れなくなってきて、少女はカルナの腕を突いた。気遣いなのか、鎧が硬いランサー霊基ではなく軽装のセイバーであった。

 体温が伝わりやすいので、正直この霊基のほうが落ち着く。

 

「カルナ、事の顛末なら先ほど端末に送りましたけれど、私の口から説明しましょうか?」

「……ああ」

「はい。……食堂でインドラ様に遭遇しました。私の在り方を説明しましたら、裁きが下って体が燃えました。その後は、ガネーシャ様のコタツの火種から戻って参りましたので、これで話は手打ちです」

 

 己と、同郷の神の相性の悪さは心底わかっている。

 ならばその神々の王が降臨したらどうなるかと言うのが、今回の事件だろう。

 霊格に宿るアグニ神の力がここまで強くなっていなければ、インドラには見落とされたかもしれないが、力がなければここまで早く戻れなかった。

 因果と解決策が、完全に癒着している。

 

「カルナ、私がこうなるのは必然でしょう?生前から神々への不敬を重ね、結末があれですよ?どうにもならないことでしょう」

「必然だという理解と、肯んじられないという想いは同居する。それを誰よりも理解しているはずのお前の引き起こした事態が、これか」

「心配や心痛をかけたことは謝罪しますが、取り返しのつかない事態に発展する前に収拾しなければマスターのサーヴァントとして不誠実です」

「相手が神であれ人であれ等しく誠実に向き合おうとするあまり、最も手早く支払える我が身を対価に事態を収めようとするのは、お前の悪癖だ。安直で度し難い」

「生涯貫いた不信心の裁きとして、仮初めの生命一度を支払うのは正当です。私は、それだけの行いをしました。己が選んだ道で痛みや試練を被った者を見て安直で度し難いと感じるならば、私に関わるより先にあなたは鏡を覗き込むべきです」

 

 端から聞けば、高火力の舌戦である。

 しかも片方が幼女なだけに、絵面は混沌。

 カルナは、無事だったからそれでお終いにはしたくないらしい。

 そう言われても、因果が縺れた始まりはカルナに関わりない出生の時からで、終わりは自分で始末をつけた。

 冷徹に言ってしまえば、カルナには関係ない。口が裂けても言わないが。

 

「……わかりました。謝ります。大人しくしますので、ジト目はやめてください」

 

 カルナはすぱりと首を振った。

 

「謝る対象が明確にならなければ、謝罪は受け取れない。しかも、お前の罪悪感の矛先は、オレ個人の感傷であってお前自身へ向いていない。これでどう解決策になる?」

 

 ぴき、と微かに少女のこめかみに青筋が立つ。割って入るようにアルジュナが片手を上げた。

 

「……つまり貴様は、彼女が自ら己を損なう選択肢を取らないと言うまで待つとでも?」

「は?それは普通に無理難題です。カルナもできないでしょう、そんなこと」

「……」

「何故ここで黙るんですか……!」

 

 不死と治癒という加護を受けたからか、揃いも揃って我が身を切り売りできるもののように捉えがちな自覚はある。

 人と異なる存在の血を受けた影響もあったのだろうが、そんなところまで遡っても仕方ない。

 アルジュナは、腕組みをしていた。

 

「貴女方は喧嘩しているわけではありませんが、両成敗で決着をつけるべきでは?長引かせてはマスターへの負担になる。そんなことは望んでいないだろう」

「……」

「……そうですね」

 

 では、とアルジュナはさして躊躇いも見せずに続けた。

 

「貴女はそのまま縮んでいるといいでしょう。カルナ、貴様は……しばらく彼女を持ったままでいては?サンドバッグより軽い枷にしかならないだろうが」

「…………了解、した」

「…………アルジュナ様の提案でしたら。……義姉上呼びも困りますし」

「貴女は一言多い!」

 

 一体このお騒がせな身内どもはどうするのかと周りで見ていたサーヴァントたちも、一応の決着がついたと思ったらしい。ざわめきや野次が戻り、空気が緩む。

 その瞬間、ついに我慢の限界が来たとばかりに立ち上がるとてもいい笑顔のクリームヒルトと、明らかに妻を止め損なった様子のジークフリートも見えた。

 

 思わず、カルナの腕を掴む。

 狂戦士(バーサーカー)の彼女は普通に怖いのだ。

 カルナの眼がすぅと細くなった。

 

「何故、ここでオレを頼る。お前は、神々の王よりも怒れる人の王妃が恐ろしいのか?」

「そうです。クリームヒルト様は、叱り方が物凄く怖いんです。……良い方だから尚更に!」

「人にも神にも、己の信じる道理を通して接するのはお前の美徳の一つだと思うが、こうもあからさまなのは驚きだ。納得はできるが」

「どこで何をどう納得したのですか。人には相性と言うものがあります。あと何でちょっと嬉しそうなんですか」

 

 早口かつ小声で言い合う、到底夫婦に見えない青年とその腕に小鳥のように据えられた幼女の前に、怒れる王妃が現れる。

 

「そこのお二人?具体的には、私の目の前で消し飛ばされてくれやがった英雄に感染してるお小さい貴女と、唐変木ここに極めておられそうな文句の付け所のない太陽の英雄様?」

「……」

「……」

「ちょーっと、お話、よろしいかしら?」

 

 申し訳なさそうにするならあなたの愛する伴侶を止めてくれ、とクリームヒルトの後ろで所在なさげにしているジークフリートを、思わず見てしまう少女だった。

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

「神話の時代の方は本当に不思議ね。ええ、不思議だわ。一体全体どう生きたら、自分の体をすべて消し飛ばされ床の染みにされて”良し”とできるのかしら」

「……」

「あなたはいわゆる英雄様ではないし、普通の、戦い向きではない、人間だと思っていましたわ。ええ、思っていたのよ、ついさっきまでね!」

 

 結論、少女はクリームヒルトをめちゃくちゃにブチギレさせていた。

 

 食堂のど真ん中からは移動したものの、一角を占領してのお説教である。

 テーブルの椅子の上にちんまり正座した少女(キャスター)の体面に陣取ったクリームヒルトの眼は、完全に据わっていた。

 生前、夫ジークフリートの復讐のために己のすべてを捧げ国を巻き込み、本懐を遂げた苛烈な彼女だが、カルデアでの姿は夫が関わらなければ普通、どころかかなり常識人である。少なくとも、少女の主観ではそうだ。

 

 カルナとジークフリートの性格的な相性の良さや過去の聖杯戦争での何やかやがあって交流があり、その流れでクリームヒルトとは話す機会も比較的多いほうだ。

 

 というか、伴侶の性格が似ていて在り方も似ているとなると、『わかる』となる場合が多い、らしい。

 彼女曰く、英雄の男に散々苦労を掛けられた女の臭いがするのだとか。

 どんなにおいなのだろう。お日様みたいな香りだろうか。

 

 尤も、今回はその同調感が殊更クリームヒルトの怒りを爆発させることになっていた。

 

「あの、クリームヒルト様……私、別に、あれが”良し”とはしていないのですが……」

「あらそうなの?でも、葛藤も躊躇いも、何もなかったじゃない。自分の生命ひとつ出せば、争いを止められると思ってらっしゃるの?あなたを愛している人が、代わりとばかりに怒り狂うかもしれないと想像できないのかしら?」

 

 怒る前に復活できるとわかっていました、あとあなたの隣の夫の顔が悲しそうなのですが、という答えと指摘はド地雷であろう。

 かと言ってカルナが理性をかなぐり捨ててバーサーカーになるほど怒る姿もまた、想像できない。

 そんなことになれば、割と冗談抜きで国が何個か消し飛ぶので本人もやらないだろうし。

 仕方ない。

 クリームヒルトの問いは、別のところから答えるしかなかった。

 

「葛藤や躊躇いは、生前に大体終わっていますので、そういうふうに見えるだけだと思います」

「はいもっと最悪に最悪ねー!つまりあなた、そこの夫と一緒にいたときからあんなふうになっていたということじゃないの!無私の英雄が感染しているわ!」

「アスクレピオスさんのようなこと仰らないでください。それに、カルナは別に無私というわけでもないかと」

「え?」

 

 何故か、まだいたアルジュナからの疑問の声である。

 多分、離れ時を見失ったらしい英雄は目を瞬いていた。

 

「アルジュナ様が驚くのですか?」

「え、はい。それは……いや貴女こそそう思っていたのですか?」

「思っていましたよ?生きていた頃から。……言っていませんでした?」

「聞いておりません!」

「では今言いました」

 

 さらりと言ってのけた幼女に、カルナの眉が猫のように素早く少しだけ動いた。

 これは言葉を追加しなければならないらしいと、少女は口を開く。

 

「カルナはドゥリーヨダナ様やドゥフシャーサナ様の策がアレだとわかっていても手を貸すし、アシュヴァッターマン様とやんちゃもするし、拘りも贔屓もしているので普通です」

「それは……そう、ですか……」

「何より、前も今もカルナはあなたとの勝負で楽しそうにしていますから。……あなた方のカレー対決で、何回私がガラムマサラを取りに行って、鼬を追いかけてギーを作っていると?あなた方全員が同人誌を描いているときの差し入れ、次から全員分止めましょうか?」

「失礼しました」

「はいそこー!義姉弟(きょうだい)漫才しないで頂けますかしら?」

「すみませんでした。話が逸れました」

 

 何だったか。葛藤の話だったか。

 神に相対して意見を述べることに対する恐れなら、躊躇いなら────生前でとっくに終わっているのだ。

 

「神々と相対する際の、葛藤や躊躇いに関してでしたか?」

「ええ、そうね。あなた自身も、あなたの夫も、あなたの義弟も、半分は神だそうだから私とはまた違う感覚なのでしょうけれど、それでも、自分の死を良しとするあれは、一体どういうことかしら?自らが英雄でないと言うその口で、他人のため一人で生命を危険にさらすのは英雄の振る舞いではないの?」

 

 どうやらクリームヒルトの中で、アルジュナはイコールで義弟らしい。いいのかそれは。

 本人から抗議が出ない限りいいか、と幼女はさっくりその思考を切り捨てた。

 しかしどこから答えたらいいのか、と首を傾げる彼女を見るクリームヒルトの眼に、つ、と理解したような光が灯った。

 

「そう……あなた、生前からああだったのね。それも死の間際の一度だけの決意、とかではなく。何回も、何回も、危機を経験して、慣れているのね。夫にも頼らず、または頼れず、自分一人でどうにかした。しなければならなかった。一人で立ち向かうことが当たり前なら、対価を用意するのはあなた以外いないのも当たり前になるわ」

「……」

「あなたはずっと、痛みや嘆きを受けない選択肢がないから英雄になれない。あなたにとって、英雄とは選べる立場にいる強者のことだもの。誰を敵にするか、どう死ぬのか、選べる強さをあなたは持てない。痛みや苦しみを試練と美化することもできず、雪崩のような不幸に見舞われて埋もれた。ちがう?」

「……埋もれたわけではありませんけれど。埋もれていたら、ここにいません」

「ああ、それはそうね。では訂正します。不幸に見舞われても、埋もれて潰れて、そこでお終いになれないくらいの強さだけを、あなたは持っていた。でもその強さが、今回のあれに繋がるのよね。それは、どうかと思うわよ?」

 

 最後の一言に込められた、()()に、幼い少女の青い眼が瞬かれた。

 生前、何十年もかけて夫の復讐を遂げた王妃の慧眼は鋭いの一言だ。

 神通力で心を読める神霊より、こういう知性と理性と経験に裏打ちされた人のほうがよほど怖かった。

  

「忠告、本当にありがとうございます。でも別に生前が不幸とも、特に思えないんですよね。色々ありましたけど、私が捻くれちゃったのは自分のせいでカルナは関係ありませんし。……あ、含みは無くて言葉の意味、そのままです」

「ひねくれていた自覚はあったのね」

「ありますよ。自分は誰かの妻になどなれないだろうけど、別にいいと思っていたくらいなので」

「そう……なのか?」

 

 何故ここで反応する、と若干のジト目がカルナに刺さった。

 

「そうですよ。義父様に恩はありましたから、縁談の話が持ち込まれたなら断らないつもりではいましたが、辺りを燃やしまくった私など普通は嫌でしょう?」

「……興味が、薄かったのだな。嫌悪の情が沸かないほどに、お前の中では自らの婚姻に対する優先順位が低かった。そこから生まれる愛や幸せに対する夢や希望も、諸共なかったか」

実の父(アグニ)様と母様を見ていたら、そういう余地は保てなくなりますよ……」

 

 身分はないが図抜けた武術の腕を持つ武士と、身分はあるが女としての評価が終わっとる娘を一緒にさせたら、両方わし様の役に立ってくれそう!というのは、わかりやすくて愉快な王(ドゥリーヨダナ)だと思ったものだ。

 恐らく、カルナの性格ならどんな(ラークシャーシー)嫁でも誠実に向き合うだろうし、あと件の娘も評判より全然マシな外見をしているから大丈夫と思ったのだろう。

 その通りである。

 論外のラークシャサ婚とパイシャーチャ婚など、カルナは考えたこともないだろうから。

 

「お国柄なのでしょうけど、夫婦も色々ね。でも、そこから愛し合うようになれたなら結果的には良かったのでしょう。……それで?婚姻前のあなたの多分一回だけでは済まないやらかしについては?」

「……本当に知りたいのですか?クリームヒルト様、はっきり言ってお耳汚しです」

「耳汚しになる経験を妻がしていたと今初めて知ったという顔をしている英雄様があなたの隣にいるので、今すぐ知りたいのよ」

「えええ……」

 

 出てる出てる。私怨が出てきているぞ、この王妃。 

 あと、そっちの隣にいる旦那様が本当に形容しがたい顔になっているのだが。

 

 今さら身の上話など、というのが一番の感情だ。

 尤も、本当に嫌がったらカルナは抱えて逃げてくれるだろう。

 動かないのは、妻が完全に拒絶していない上に自分も知りたいと思っているからに違いない。

 

 それでもなんだかなぁ、と口元をもごつかせていたときだ。

 

「おい、そこで寄り集まって何を話している、アルジュナ、ヴァイカルタナ、焔の娘?」

 

 食堂に再び、神威が君臨する。

 と同時に、どたばたと足音もついて来た。

 

「ちょっとーっ!なんでそっちに行っちゃうんッスかー!!!」

 

 杯片手のインドラと、彼を追いかけて来たであろうガネーシャ神の登場に、本当に幼女は頭を抱えたくなった。

 

 当然、インドラ神はずかずかと海を割る西の預言者のように食堂を突っ切ってテーブルに陣取り、絵面がもっと最悪になる。

 

 

 同郷サーヴァント五体中、二体が神、残り全員半神半人という言葉だけでも濃度がおかしい神性まみれなところに、竜殺しとその妻が加わっての七体サーヴァント揃い踏みである。

 

 しかもはちゃめちゃ飲酒している最高神がいるし、その眷属神の性格を継いでいるヴァジュラたちも元気に跳ねまわっていた。

 

「ほらはやく、はーやーく!」

「断るなど無礼千万(ありえません)

 

 宴会芸みたいに言われても困るのだが。

 しかしインドラ神まで出てきたら、もう話すしかなさそうだった。

 できればあまり、カルナとアルジュナには聞かせたくなかったのだが、カルナはそれでも聞きたがるだろうし、アルジュナはインドラ神への責任感から離れそうになかった。

 

「……承知いたしました。生前のことを、お話しします」

「前置きはいらんぞ、焔の娘。言葉が多少崩れようが許す。貴様が神や精霊に対してついた度重なる嘘の話を述べてみろ」

「嘘?お前が?」

 

 人を何だと思っているのか。

 心底意外そうなカルナに、幼女の大きな澄み切った瞳が向いた。

 

「ええ、嘘です。……確かに、つきました。ついて、そのままにしております」

「だろうな。その罰で下っただろう呪いや苦難はどうした?」

「呪いは自力で解きました。苦難は生き延びられました。それで足りる程度の噓だったのでしょう」

 

 アグニから貰った浄化の焔で、受けなくてもよかったのに受けた呪いを外すなど、力の無駄遣いだとドゥリーヨダナに酷評された話である。

 

「な、何かめちゃくちゃ言いたくなさそうッスね?誰のためについた嘘なわけ?」

「え?」

「え、いや、キミが嘘つくなら誰かの為だったんじゃないの?キミは正直過ぎるってカルナさんが言ってたし」

 

 ガネーシャに、青い瞳が据えられた。

 ぱきりと音が立ちそうなほど見開かれた眼が緩み、幼い少女はやわくほほ笑む。

 

「■■■様、私、あなたのそういうところ、大好きですよ」

「突然何ッ⁉カルナさんに言ったげなよ!」

「思ったときに言っておいただけです」

 

 ガネーシャ神の慧眼や見識というより、内側の■■■の見立てだろう。正解と言えば、そうなのだ。

 なるべく、重くはならないように口を開いた。

 

「私に、嘘をついてと頼んだ人たちの名前を、私は知りません。すべて忘れたので、そこのところは失礼します」

「頼んだ?お前に、神霊の怒りを買うような嘘をつけと願った者がいたのか?」

「いました。数だけは覚えていますが……ざっと、二十七人ほど」

「多いわよ!」

 

 こくり、と頷いた。

 

「多いのか少ないのかはよくわかりません。頼まれて応じたのが、二十七回というだけなので」

「……それで、頼まれ事の内容は何だったのかしら?もう既に頭が痛くなりそうだけれど」

「腹の中の我が子の父親を、神や精霊だと偽りの宣言をしてほしい、というものでした。全員、私が出産に立ち合った妊婦です」

「……は?」

 

 無言で杯を傾けていたインドラの眉が上がり、ヴァジュラたちが浮いた。

 

「それで?それでそれで?」

「お前はそれを、受け入れたのですか?」

「受け入れました。嘘だと知っていましたけれど、頼まれたので」

不敬千万(あり得ない)!」

 

 ヴァジュラの雷に目を細めて、ことりと首を傾げる。

 神からすればそうだろうけれど、事情はあったのだ。

 

「子の父親を、せめて人でない尊き者としなければ殺されてしまう、と頼まれました。そうだろうな、と感じましたので、その通りに。……私に、()()の神の血が流れているのは隠しようがなくなっていたから、偽りが通りやすかった。私は、産婆ではなく縁起物としてそこにいただけの人間ですけれどね」

「……不貞の始末を、あなたに押しつけたの?」

「いいえ。やむにやまれず、()()()()()()になってしまった方たちだったと思います。大抵、夫君の身分が低いか、年若い方ばかりだったと思うので」

「…………ああ、なるほどね。わかりたくないけれど、わかったわ。あなた、彼女たちと母親が重なったのね」

「ええ」

 

 当時の自覚は乏しかったけれど、今考えるとそうだったのだろう。

 

 子の父親が、夫でなければ殺される。

 

 望まない行為の結果だとしても、どれだけの目に遭っていたとしても、咎めを受けるのは妻のほうだ。

 それが当然だった。

 どうにもできなかった。

 

 姫であっても、たとえば婚姻前の妊娠は咎めを免れない。情熱とか愛とかは、意味を成さない。

 天真爛漫な誰からも愛される姫であっても、神との間に生まれた子を、川に流してしまうほどに恐ろしいことだったのだ。

 

 けれど、ただの人間よりも高貴なるものからの()()()()()であったなら、どうだろう。

 

 自分の母や、或いはどこかの神の子を産んだ王妃が、そうであったように。

 

 少なくとも、不貞を咎められて、殺されることは、ない。

 

 それならば、と。

 

「嘘をつきました。この母親と子は護られるべきだと、アグニ神の焔を持つ私が、言いました」

「……」

「……と、一度で終われば良かったのですがそうならなかったのも事実ですね」

 

 父親なのだと名前を騙った精霊に呪いを吐かれたり、難行を押しつけられたりした。

 彼らからすれば、嘘をついて名誉を貶められたのだから当然だ。

 名を借りるだけで養育の義務を押し付けたりはしないし、無力な親子を助けてほしいと供物も捧げたが、精霊たちからすればそういう問題ではなかった。

 

 人間に、()()()()()

 それが、許せない行いだったのだ。

 

「偽りは一度ついたらつき通さないと意味がないし、弱った産後の方と乳飲み子を狙われては堪らいので、一切合切、私に呪いを向けてもらいました。そんなもので死ねるほど弱くはなかったし、武術の秘技も呪文(マントラ)も、失って困るものが何も私にはなかったので」

「……戦ったのか?」

「何度かは。……言い訳するなら、一度で終わると思っていたんですよ?でも人の噂は怖いですね。あの人なら助けてくれると、野火のように話が広がりましたから」

 

 一人助けたなら、次が現れた。

 あの女は助けたのにどうして私とこの子は駄目なのかと、縋られた。

 断りきれずに二十七回そうなって。

 

「だけれど、嘘には限界が来ます。二十七回目の方は、出産のあとクシャトリヤの夫に頼んで私を殺めようとしました。弱かったので、平手打ちして池に叩き落とせましたが」

「……」

「それも当然ですね。私は彼女たちに、見返りを求めなかった。本当に、何も要らないから要求しなかっただけなのですが、それってかなり、不気味でしょう?」

「不気味ではないでしょう!やり方はともかく、貴女は彼女たちを思い遣っていたはずだ!」

 

 そこで怒れる辺り、アルジュナもアルジュナ・オルタも嫌いにはなれないな、と思う。

 カルナを殺した相手というので、馴染めない気がしていたのだが、案外そうでもない。

 苦笑しそうになった。

 

「不気味ですよ。私の行いは、苦行ですらないのです。苦行は、求めるものや目的があって自らするもの。何もなく、ただ自分が苦しみつつ助けてくれるだけなんて、彼女らにとって私は意味不明で理解不能の化物でした」

「ッ!……だとしても、貴女はそれで良かったのですか!」

「良くはなかったけれど、理由を聞いたら、()()()()()()と思ってしまったので」

 

 彼らはただ、自分の家族を護りたかっただけだ。

 見返りのない、いつ破綻するかもわからない善意を振りまく半人間がいなくなれば、自分たちの秘密は護られるのだから。

 

「自分だけの欲望のためでなく大切なものを護るために、他人から奪い、時には殺す。……肯定したくはないけれど、それも愛情です。正しくなくても、間違ってもいない。そう思ったら、()()()()()かと納得してしまいました」

 

 だから、それ以上どうする気にもなれなくて、やめた。

 同時に、見返りなく、愛してもいない他人に尽くすのもやめたほうがいいのだと悟った。

 自分も他人も、堕落してろくなことにならない。対価を要求しない善意は、機械のすることだと。

 誰も教えてくれなかったから、痛い目を見て自分で学ぶしかなかったのだ。

 

 そういうことがあったから、結婚前の生活ではほとんど森から出なかった。

 出なくても、生きていくことはできたのだ。

 他の、同い年の少女たちのように、守られる必要も価値もなかったから。

 

「くだらんな。人の愛をそこに定めて、貴様は己が浴びた苦痛を肯定したのか」

 

 雷霆の神に、今度こそ少女は笑顔を向けた。

 

「肯定はしておりません。でも、母の無い子と子の無い母、或いは我が子の母も妻も失った夫や父親が生まれるよりは、遥かに良かったと思います」

「……ふん」

「インドラ様、私は他の誰より、何より、私がそう信じたから、そうしました。……何か、してあげたかったんです」

「……貴様、本当にアグニと出会っていなかったのか?アレは天空のオレと違って、どこにでもいるだろう」

 

 尊大な顔ではなく、苦虫を噛み潰したような顔になっているインドラは不思議だった。

 何だかとても、人間に見える。

 

「焔の父様とは、出会っておりません。でも異聞帯で話はできたから、いいのです」

「……なるほど。だが、貴様は良くてもそこのヴァイカルタナは、そうでもなさそうだぞ」

「はい?」

 

 隣を見ると、カルナがいる。

 

「……何故、それを、オレに言わなかった?」

 

 珍しく小さな声だった。

 本当に、珍しいことだと少女は軽くかぶりを振る。

 

「言えません。彼女たちや子どもたちにとっては、知られたら破滅ですから」

「人に知られればお前も咎めを受けるだろう。なのに、誰に打ち明けることも頼ることもしなかったのか?」

「あなたであろうが、他の誰であろうが、私は言いませんでした。少なくとも、彼女たちとその子どもたちが生きている間は、絶対に、何があっても。約束をしたり、秘密を守ったりするとは、そういうことでしょう?」 

 

 単純な話、秘密を知る人間は少なければ少ないほどよかったのだ。

 

「交わした言葉は守ります。秘密は私の中だけに留めます。心の底から請われたなら、応えます」

 

 誰に対しても、平等に、例外なく───向き合う。

 自分に不利益が来ると知っていても。

 約束を、心情を────守りたいから、守る。

 それで自分が、受け入れられなくなったとしても。

 

「何故、あなたにわからないのですか、カルナ?」

「……」

()()()()()()()()()()()()()()

 

 幼く青く澄んだ瞳の中には、言葉を返せない青年だけが映っていた。

 




久しぶりなのでざっくり紹介です。


色々あって名前のない主人公/キャスター
・生前ダイジェストは第一話だが、その他も色々やっていた。
・幼女形態と少女形態の二つがあり、幼女形態はロストベルト後にできるようになった形。水着verがこれ。カルナにとっては持ち運びしやすく安心できるサイズだが、傍から見たら兄妹になる。
・ジナコのことは好き。姉か妹のように懐いている。
・生前の時点で一般通過クシャトリヤ男性を、ビンタで池に叩き落とせる程度には強い。ビームは撃てない。
・インドラ神に対して本当に含みがない。一番苦手なのはビーマ。

カルナ
・本当に知らない情報がわらわらと出て来た。
・生前も今も失踪しまくる妻が内心でとても心配である。



キャラブレっぽい言動は、ユガクシェートラを経由した変化と考えていただけたら嬉しいです!

続きます!
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