尚、ルーマニアのあちこちの魔術師さんたちは皆無事だったり。
結果として、“黒”のサーヴァントは七騎がトゥリファスに結集することに成功した。
アサシンだけはユグドミレニアではないマスターに使役されているが、そのマスターは魔力をろくろくサーヴァントに与えることもできない一般人。アサシンも、暗殺者なのだから当たり前だが、正面切っての白兵戦向きのステータスではない。
ステータスだけ見るなら、敏捷値だけが妙に秀でたキャスターと言ってもおかしくはない。だが剣と弓まで持っているため、何とも正体の掴みづらいことになっている。
ついでに宝具の性能は高いようだが、その最大火力は、何の因果か“黒”のバーサーカーたるフランケンシュタインの怪物と同じく自爆特性が付きまとう。つまり、全てを解放すればアサシンは消えるのだから、投入の場を正確に読みさえすれば、むしろ後腐れのない爆弾として扱えるだろう、とダーニックは冷徹に計算していた。
以上のことから鑑みて、ユグドミレニアが長、ダーニックはアサシンを大きな脅威にはなり得ないとした。
ただ、彼のサーヴァントである“黒”のランサーは微妙に異なった。彼は王たる己の威圧を凌ぎ、膝を折らず、視線を曲げもしないサーヴァントが、戦死者の亡霊や無名の暗殺者であるはずがないと思っていたのだ。
おまけにライダーが聞いたところによれば、アサシンは願いがないという。仮にも英霊が、格下の魔術師に使い魔にされてでも現界するのは一重に聖杯に願う悲願を抱いているはず。
誇りをかけた願いを抱く“黒”のランサーだからこそ、我欲がないように宣う、彼からすれば異形の怪物の血が混ざったアサシンの物言いは胡散臭く聞こえた。
知名度により強化されているランサーはもちろん、セイバーやアーチャーにも到底叶わない矮小な暗殺者だろうが、まだ何かある、何かを隠している、というのがランサーの見解で、ダーニックもそれには同意した。
故に“黒”の王は、暗殺者には適当に魔力を与え、何かの折りに投入すればいいと裁定を下した。
誅することもしないが、城には入れず、格下の配下として扱う。
如何にも貴族的な解決策だったが、主を守ることを第一義にするアサシンには不満もなかった。
ダーニックからしても、元一般人という格下のマスターをミレニア城塞に招き入れずに済むのだから異論はなかった。
また、アサシンを呼び出すはずだった魔術師だが、ダーニックはただの人間にしてやられたのは魔術師としては失格と見なし、こちらも問題視はしなかった。彼は未だにアサシンの暗示にかかったまま日本のどこかにいるが、令呪もない。聖杯戦争にはもう手出しはできない。
ともあれ、こうしてアサシンの一件は一応解決を見、ダーニックと“黒”のランサーは来る“赤”との対決に思考を割く。
全面的な対決までにはまだ猶予があり、そのための準備など、幾らでもあるのだから。
「と、そういう結論みたいだね。うちの王様とそのマスターは」
開口一番、玲霞とアサシンが移ったホテルに現れた英霊、サーヴァント・ライダーはそう宣った。
教会からユグドミレニアの目の届くホテルへと移ったアサシンと玲霞が部屋にいたところで現れたのがライダー。
初対面から親しげに話し、底抜けに明るい天衣無縫なライダーは、アサシン個人としては付き合いやすい相手だが、トゥリファスでアサシンを見付けたのもこのサーヴァントである。
あれは不覚にも久しぶりに見る街と人間に心踊らせてしまった盛大なアサシンのうっかりなのだが、ライダーの数値にしてA+もある幸運も関係しているような気がしていた。尚、別に自分は幸運が最低ランクなのを気にしているわけではない、とアサシンは思っている。
「まあ、ボクとしても良かったと思うよ。切り裂きジャックっていう殺人鬼かと思ってたけど違うし、キミ、そんな悪いやつじゃなさそうだしね」
あははと笑うライダーである。
魂食いはしない、とアサシンが言い切ったからか、善性のライダーは彼女にそこそこ好感を持っているらしかった。といっても、アサシンはライダーの真名を知らない。彼に限らず、”黒”のサーヴァントの真名はランサー以外彼女には伝えられていない。自分の名前を晒していないのだから、相手から教えてもらえるはずもないとアサシンはあっさり諦めていた。
ライダーは、ミレニア城塞を抜け出してアサシンと玲霞に情報を渡しに赴き、そのついでに城下を遊んで回るという話だったが、遊びついでにこちらに来たのでは、とアサシンは内心首を傾げていた。
連絡だけなら、ホムンクルスなり使い魔なり手段はいくらでもある。サーヴァントがやってくるまでもないだろうに。
「ライダー、あなた、遊びに来たというけれどマスターの側にいなくていいのかしら?」
佇むアサシンの横に座る玲霞の問いに、ライダーは笑顔を引っ込めて困ったように頬をかいた。
「あー、うん。ボクのマスターは黒魔術師なんだけど、ちょっと……何というか……アレでさ。四六時中一緒にいるのは勘弁かな~って」
その点、キミたちは仲が良さそうで羨ましいかも、とライダーが言い出し、玲霞はにこにこ笑い、アサシンの方は曖昧に笑う羽目になった。
多分、一般に人から外れた道を歩んでいる魔術師では、如何にも正道の英雄に見えるライダーとは反りが合わないだろうな、とアサシンは感想を抱いた。
続けて、何でもないことのようにライダーは喋る。
「あ、あと、セイバーとそのマスターがトゥリファスに来てるみたいだけど、強いよ、アレ。幸運以外のステータスにC以下がなかったとか、一部ステータスは隠蔽しているとかなんとか」
「……それはまた。強敵ですね。ステータスの隠蔽も厄介です」
「いや、真名の無いキミもどっこいどっこいだろ。……でも確かに。セイバーとかアーチャーならともかく、ボクやキミじゃ敵わなさそうだね」
そうは言うが、からから笑うライダーに、恐れの色はない。玲霞もアサシンも知らないが、このライダーの真名は文字通りに理性の蒸発した騎士にして、シャルルマーニュ十二勇士が一人、アストルフォである。恐れという感情が普段は吹っ飛んでいるのだ。
「あとは……あ、そうだ!ルーラーが召喚されたってさ」
「ルーラー……審判役かしら?」
「裁定者のサーヴァントなんだって。今回は規模が桁違いの聖杯戦争だから、呼び出されたらしいよ」
ルーラーというクラスはアサシンにも耳慣れず、そんなサーヴァントまで呼び出されるのか、と驚く。
が、ライダーにもルーラーの何たるかはあまり分かっていないらしく、それよりも何故だかルーラーを狙って“赤”のランサーが現れ、これを防ごうとした“黒”のセイバーとの間で戦いが起きたという話の方を語りだした。
「強かったみたいだよ、その“赤”のランサー。本人の身の丈くらいある槍を使ってさ。……まぁ、ボクも直に見た訳じゃないんだけど」
サーヴァントならば、霊体になれるはずなのにどうしてだかルーラーはブカレストからヒッチハイクを使ってトゥリファスへと向かっていた。だが、その彼女を抹殺するために“赤”のランサーが待ち伏せしていたところに、“黒”のセイバーが駆けつけたのだという。
しかし、ルーラーとセイバー対ランサーという構図にはならなかった。ルーラーが自分は裁定者だからと、セイバーとの共闘を拒否したからだ。
かくて、トゥリファスに続く街道沿いにて、夜から始まったセイバーとランサーの対決は朝まで続いた。
が、朝を迎えたことで最後は引き分けになり、“赤”のランサーは撤退、ルーラーは“黒”のセイバーのマスターがミレニア城塞へ来るよう勧誘したが、彼女はこれを一蹴して単身トゥリファスへと向かっているという。
「裁定者のサーヴァントなら、誘いには乗らないわよね。だって審判役だもの」
そこが肩入れしてしまっては、運営も何もないものね、と玲霞は首を傾けながら言う。
「そりゃそうだ。でも、ゴルド……あ、セイバーのマスターの名前だけど、彼は結構お冠だったみたいだよ」
聞けば、ゴルド・ムジーク・ユグドミレニアという名のセイバーのマスターは、最優のセイバーの強さに疑いを持っておらず、それを傘に来た振る舞いをしていたという。
だというのに、彼はそれと互角に戦うランサーに初戦から出くわしてしまった。
「それは面白くないでしょうね。セイバーとマスターとの間に、信頼関係があれば良いですが」
「あー。それ、難しいかも。何かアイツ、セイバーの真名バレをやたら気にしてて、セイバーに口を利くなって命令しちゃったんだよね。だからボクもアイツと話したことはないんだ」
椅子に座ったまま、ライダーは足をぱたぱたさせて言った。恐らく、誰かに話したかったのだろう。
身の丈ほどの槍を使うランサーのことも、どうして中立である審判を“赤”が真っ先に抹殺しようとしたかは気になるが、“黒”陣営の最高戦力のセイバーとマスターに確執があるのも一大事である。かといって、アサシンにも玲霞にもそれからライダーにも、どうこうしようもない問題というのがまた厄介だ。
「“赤”のランサーもセイバーも強いけど、まあ、ボクもシャルルマーニュの騎士なんだから、やるときはやらせてもらうさ」
そして、蛮勇無策無鉄砲なんでもありの騎士はさらりと己の真名に関わる言葉を言い放ち、根が真面目なアサシンは指摘しようか迷った。
玲霞はシャルルマーニュと言われてもあまりピンと来ないのか、頬に手を添えて聞いているだけだ。
「それで、ライダー。用件はそれだけですか?」
アサシンは、シャルルマーニュ云々は聞かなかったことにし、水を向けられたライダーの顔は薄雲に覆われた日のように曇った。
ライダーには珍しいことに、考えをまとめるように腕組みをして宙をにらみ出す。
しばらくしたのち、ライダーは膝を叩いて立ち上がった。
「うん。決めた!キミにも手伝ってもらおう!」
アサシンと玲霞は、ライダーの様子に顔を見合わせる。
ちょっと聞いてほしい、と前置きしてから、ライダーは語りだした。
曰く、ユグドミレニアがサーヴァントの魔力供給用として鋳造したホムンクルスの一体が奇跡的に自我を持ち、供給槽から逃亡した。しかし、一級の魔術の素質と引き換えに、脆く造られた生命体のために一人では満足に動くこともできず城からは逃げ出せない。その彼を、今はライダーが匿っているという。
おまけに、理由は分からないが“黒”のキャスターがそのホムンクルスをしつこく探しているらしく、連れ出すことも難しいという。
「それで、あなたが彼を匿っていると?何故ですか?」
「何故って、理由なんて無いさ。ボクはあの子に助けてって言われたんだ。だったら、納得いくまでそれに応えたいんだ」
そうですか、と無表情に頷くアサシンの顔を玲霞は盗み見た。
いつかの夜に、玲霞に対してライダーとそっくり同じことを言った暗殺者のサーヴァントは、腕組みをしている。
「助ける、と言いますけど、それには一先ず城からそのホムンクルスを連れ出さないといけませんね」
「そうなんだよね。ボクのヒポ……じゃなかった、宝具には空を飛べるのもあるけど」
ヒポ、の言葉の先をアサシンと玲霞は再び考えないことにした。
「空なら私も多少は飛べますが、昔ならともかく、この時代に人一人抱えて飛ぶのはどうしても目立ちますよ。例えば、そうですね……。サーヴァントが城に攻めてきたときのどさくさ紛れに連れ出すとか」
「あ、それいいね!採用!ってことは、敵襲があるまで待たなきゃいけないか」
むむむ、とライダーが唸り、玲霞が小さく手を上げた。
「逃げる先も、考えた方がいいんじゃないかしら?ユグドミレニアの魔術師さんたちの手が届いてない村とか町とか、そういうのも必要だと思うわ。この街の近くにそういうところ、あるの?」
「あ……確かに。うん!キミたちに相談してよかったよ。アーチャーとも話し合ってみる」
じゃあね、と言い残し、ライダーはどたばたと城へと戻っていった。
「嵐みたいなサーヴァントね。それにしてもあんなに可愛い女の子なのに、騎士って自分から名乗るのね」
ライダーの飛び出していった後を見ながら玲霞がいうと、窓辺に佇んで下を見下ろしていたアサシンは不思議そうに顔を上げた。
「……レイカ、ライダーは男性ですよ?」
「え?」
「確かに彼はとても愛らしいですけれど、でも、少女ではありません」
生前に一人、やたらと精度の高い女装をしていた英雄を見たことがある、というアサシンに言わせればライダーは男性ということであった。ブリハンナラ様よりかは云々、と呟いて視線を逸らしたアサシンを置いて、玲霞はあのライダーの真名について思いめぐらせる。間違いなく男性というのであれば、ライダーの真名を女騎士として考えていた玲霞の前提は崩れることになる。
しかしそれにしても、シャルルマーニュ大帝傘下で、ヒポで始まる名前の空飛ぶ宝具を持つ騎士となれば、真名はかなり絞られる。
名前に関して人のことは言えないが、ライダーはあのザルさでいいのだろうか、とアサシンはホテルの窓からどんどん小さくなっていく桃色の髪を見下ろしながら思う。
「ライダーのいうホムンクルスの子、助けられるかしら?逃げたあと、ちゃんと生きられる?」
そこで、ふいに思い出したように玲霞が呟き、アサシンはそちらへ顔を向けた。アサシンの顔色を読み取り、玲霞は悟った。
玲霞にはホムンクルスの何たるかはあまり分からないが、それでもきっとアサシンが目を伏せるからには、彼がまともに生きていくということは、難しいことなのだ。
「……アサシン、生きたいっていうそのホムンクルスの子、あなたなら助けてあげられるかしら?―――――わたしを助けてくれたみたいに」
アサシンは、無理を言われたかのように金の輪で束ねた長い髪をぐしゃりとかき混ぜながら、呟いた。
「……できるだけはしてみましょう。それが、マスターのオーダーなら」
ただ、とアサシンは玲霞の目を覗き込んで言った。
「私たちはサーヴァント。根本は戦い、殺し合うための存在です。今も、彼以外の、自我のない他のホムンクルスから魔力を摂らねば立ち行かない。そして人を一人生かすのは、殺すよりずっとずっと難しいのです」
―――――だから、あなたにお願いしたい。簡単に人を殺めるなんて言わないでほしい。
最後の一言は口に出せず、アサシンは一礼して引き下がる。玲霞は何も言わなかった。
訳もなく広い景色が見たくなり、アサシンはホテルの屋根へと上った。
眼下には夕日に照らされるトゥリファスの街。夜になれば、また何処かで聖杯戦争の小競り合いが始まる可能性が高い。
それにしても、とふとアサシンは茜色に染められかける建物を見ながら、ライダーの話を思い出す。
―――――身の丈ほどの槍か。
そんな扱いづらそうな得物、一体どこの誰が使うのだろう。少なくとも自分には絶対無理だ。
世界に英霊は綺羅星の如くいるのだからそれだけでは何も分からないのだが、何故かライダーの話の中でそこが引っ掛かった。
息を一つ吐いて立てた片膝に顎を乗せ、アサシンは地平線に沈む夕陽を見る。
そのままミレニア城塞からの連絡の使い魔が来て、玲霞がアサシンを呼ぶまで、暗殺者のサーヴァントは彫像のようにそこを動かなかった。
次辺りで筋肉です。
こそっと出てきたブリハンナラさん。
FGOのダヴィンチちゃんに頼んだら、似顔絵とか書いてくれたりしますかね……。
後が怖いでしょうが。