太陽と焔   作:はたけのなすび

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ここすき、感想、評価、誤字報告、ありがとうございます。

では。


太陽と焔と雷霆降臨-8

 

 

 

「かくて傍迷惑な炎神は帰り特異点は閉じ、やらかしたおまえたちは僕の治療を受けに来た、というわけだな」

「相違ない、アスクレピオス」

「違いありません。カルナは神殺しの力を拳に無理やり宿してゼロ距離右ストレート。私は無理やり神弓を使った反動で肩が壊れ、マスターの熱傷を移して久しぶりの火傷です。やらかしました」

「よしよくやった!」

「よくはないのだが」

 

 言うに事欠いてこの医者は。

 少女(キャスター)は、うきうきと治療道具とサンプル採取キットを取り出すアスクレピオスを見た。

 

 アグニの創った微小特異点は消え、事件は終わった。

 奪われた力は各々へ戻り、それだけでなく少女(キャスター)の真名の一部が歪ながらも記録された。

 

 このまま記憶と記録を重ねれば、『マハーバーラタの英霊』でなく、『カルデアの英霊』として人理或いは歴史に残るかもしれない。

 それが、事件の成果と言えなくもなかった。

 ただ、呪いを軽減するには新たに生まれたプリテンダーの霊基になる必要があるとのことだった。

 

 が、医務室の主となったアスクレピオスの興奮はそれではなく。

 

「半神が神殺しの力を肉体に宿し振るった場合は気になってはいたんだ。普段は槍に宿っているからな。それに、炎の耐性がある肉体が負った火傷がどう回復するかも調べたい。滅多に怪我をせず、してもさっさと無傷になるおまえたちが、雁首揃えてまさかいいサンプルになるとはな!」

 

 高笑いでも始めそうな医者は、いつも通りだった。

 

「この人はもう……。治癒が遅いのは、火傷でなく呪創の判定が出ているからだと思うのですけど」

「興味深い推察だな。よし、腕を出せ」

 

 テンション上がり過ぎではないだろうか。

 怪我と見ればベッドを投げてでも患者を安静にするナイチンゲールを医務室から出している辺り、先にサンプルを採る気満々である。

 

 採取したあとに治療はしてくれるのだろうけれど、やはり面白い医者だった。

 

 ひと通り皮膚や組織を採取し、治療を終わらせたアスクレピオスは、腕を組んで医務室の椅子を揺らした。

 

「で、あれからどうだ?まさかと思うが、カルデアで酒盛りをして脳筋たちに腕試しを開催した雷神と同じことは起きていないだろうな?」

「アスクレピオスさんの不敬発言メーカーぶりは、死んでも治りそうにないですね」

「おまえに言われたくないな。雷神に不敬で消し飛ばされたすぐあとに、炎神の首を落とすやつがいるか」

「いますねぇ」

「知っている。僕が気になったのはやり方だ。仮にも神だろう?半神半人とはいえ、三騎士でもないおまえのスペックでどうやったんだ?」

「んー……」

 

 人に言いふらす性格でもないアスクレピオスにならいいだろうと、少女(キャスター)は口を開いた。

 

「あれは呪いです。使ったのは見立ての呪術ですね」

 

 マスターの故郷では人形を用いたものが最も有名らしい。

 基本的に、見立ての呪術や魔術は『見立てる』ものが『本体』に近ければ近いほどよく通る。

 髪や爪を人形に仕込むやり方はまさにそれだ。

 

 では、その髪や爪の代わりにしたのは。

 

「まず、カーンダヴァの森があることから、あそこはマハーバーラタの時代だと見立てました」

「神代に近い特異点だったらしいな。神にとって懐かしい舞台を用意していたのが刺さったか」

「はい。次いで利用したのは、アグニ神が取り込んで一体化した、カルナの力です。カルナの最期は、皆様も知っている通り……本人の記憶とはズレもあるようですが、今回は『誰もが知る』マハーバーラタのものを使いました」

 

 伝承に曰く。

 英雄カルナは呪いによって戦車の車輪が大地に沈み、足を奪われた。

 次に身内の将に裏切られ、戦場で孤立した。

 最後に、戦士の戒律を敢えて破ったアルジュナの放ったガーンディーヴァの矢に首を落とされ、空へ還り父と一体化した。

 

「カルナの戦車を沈めた呪いはアグニから私の母への(呪い)に、身内の裏切りはアグニ神に盾突いた娘の私に、アルジュナ様とガーンディーヴァも私で再現しました。娘が父を撃つ肉親殺しの無法も組み込んだら、条件は当てはまります」

「……なるほどな。マハーバーラタの『カルナの巻』を再現し、アグニ神が取り込んだカルナの部分を射抜いて、神にも攻撃を通したというわけか」

「そうでもせねば、拳をまともに食らわせる機会すらなかったのでな。元々アグニ神は強大な神な上、様々なものを取り込み多少とは言え変質していた」

「それが隙になったのは皮肉ですけれどね。……むしろ、カルナとアルジュナ様が対等に決着をつけていたら、呪術に利用できる部分はありませんでした。かつて弄された策があったからこそ、今回付け入る余地になったわけで」

「……素殴りで戦っていたら、確かにどうにもならなかったな。神々まで介入した謀も、無駄ではなかったらしい」

 

 アスクレピオスは足を組み直し、頬杖をついた。

 

「結局、僕の所業なんぞおまえたちに比べたらそよ風以下だな。僕は死者蘇生で神に黒焦げにされただけだが、おまえは神を刎頸にしたし、カルナは神殺しを叩き込んだんだぞ」

「そんな不敬のどんぐりの背比べやめましょうよ。第一、私も黒焦げ……にはならなかったのでした。遺して利用されないように、骨片も遺灰も全部ありませんね」

「おまえは想定が常に最悪の斜め上かつ行動力が予想の三段階上だな」

クリシュナ様(アヴァターラ)が、無法(アダルマ)上等の覚悟で出てきた時点で全然足りませんよ?」

「常識を語るように言うことか。このトンチキ神話出身者が」

「住めば都だったのに」

「真名解呪のついでにプロフィールの特技欄をポジティブシンキングに変えてこい」

 

 そろそろカルナから抗議が出そうなので、軽口はここまでだった。

 

「一応の予防箋だが、父親が降臨したら僕のところへ来い。胃薬なら出す。既にアルジュナには処方したし、助手にまた障りが出ると面倒だ」

「インドラ神でも胃薬レベルなんですね」

「ま、おまえたちもアルジュナの胃薬の種になるかもしれないがな。アグニ神との戦いについてアルジュナは何か言ったか?」

「特には」

 

 アルジュナの成したカルナとの最後の対決の逸話を利用し、アグニの首を落とす。

 改めて言葉にすると色々とアレだった。

 しかも、アルジュナの意志が介在しない、望んでもいない数々の横槍を、全部利用してのこれである。意趣返しのようになってしまった。

 とてもいたたまれないが、謝罪するものでもなくそのままになっている。 

 

「しかし、ガーンディーヴァをよく借りられたな。からくりの種はアルジュナ・オルタか?」

「そうですね。一応インド異聞帯で、私はアルジュナ・オルタ様を『助けた』判定だったようで」

 

 アグニの頼みを聞き、彼を助けたアルジュナに与えられたのが、神弓ガーンディーヴァである。

 ガーンディーヴァは元々水神ヴァルナの物でもあり、どちらもアルジュナ・オルタに取り込まれている神性だ。

 

「複合神性のオルタがおまえに『貸す』ことで、アグニが自らを助けたアルジュナに弓を『貸し与えた』神話も再現したのか。……それも、おまえが異聞帯でアルジュナのオルタと関わったからこその縁だな」

 

 そこはそれ以上深く言う気がないのか、アスクレピオスは素っ気なく肩をすくめた。

 

「もう一つ気になったんだが、おまえは母親そっくりになった自分の姿を被せてアグニ神に呪いをかけ、弾みで真名の一部が戻ったわけだが」

「はい」

「何故、異聞帯でそうしなかった?自分の可能性の姿を降ろすぐらいなら、神代に近いあの異聞帯でもできただろう」

 

 これはカルナも気になっていたようで、視線を寄越してきた。

 会話をサボるなと横目で睨んでから、少女(キャスター)は口を開く。

 

「技術的にはできても、状況的にできなかったんです。アグニ神への私の母への執心が、あの形を見て掻き立てられ、魂を探しに行かれたら堪ったものではないので。異聞帯にはまだ母の魂が『いる』可能性がありました」

 

 転生しても神や仙に前世の業で追われる人間の話など、いくらでもあった。

 神の執着は恐ろしく、生前は西の国の神の領域まで母の霊魂を逃がせたとはいえ、所詮人間の術だ。

 母の霊が転生したあとならともかく、縁が上手く観測できなかったあそこでは、できなかった。

 異聞帯の母だからどうなってもいいと思えなかった、自分の甘さが原因だ。

 

「今回使えたのは、アグニ神の精神に娘を想う余地が生まれていたからです。愛玩した女を孕ませて産ませた娘に何千年と勝手に間借りして、しかも娘と気がつかないまま別れたあと、また無理やり娘探しに駆り出そうなんて、滑稽にもほどがあるでしょう?」

「インドラ神もいる状態で、しつこく人の魂を探してどうこうしようなど、いよいよ恥の上塗りだ。しないだろう」

「確かにできるはずがないな!面子と信仰心で成り立つ傲慢な神らしい!」

「あとは、異聞帯の半融合状態で真名周りを弄ると霊基が不安定化する可能性もありました。目立つ異変や存在の未確定を起こすと、ユガで消えてしまいます」

 

 異聞帯に落ちた直後は、世界の有り様も知らなかった。

 カリ・ユガは知っていたが先の時代のはずだった。なのに、何故もう起きるのか、それを齎すのがアルジュナかもわからなかった。

 カルデアが来るかも賭けで、来ても何千年か先になる予測がついたときは、さすがに気が遠くなったものだ。

 

 真名だの父だの母だの、やっていられなかった。

 

「トリアージして自分の名前を下げたというところか。結果論だが、プリテンダーという予想外も生まれているし、妥当な判断だな。……で、霊基はどうするんだ?」

「マスターと相談しますが、霊基グラフに問題ないなら使おうかと。……フリーダムにサンタになったり戻ったりの人もいますし」

「プリテンダーでは自爆の宝具が封印され、今回の刎頸の矢の宝具になっていた。構わないだろう」

「私情が入った判断は容れませんので悪しからず。どのみちサーヴァントとしての性能を試してからです」

「どのみちアルジュナの胃薬の処方箋は追加だな」

 

 違いない。

 己含めたカウラヴァ側サーヴァントたちは、基本的にゴーイングマイウェイだ。自覚はある。

 

 などと、若干呑気に考えていると。

 

「失礼するッスよ〜……」

 

 医務室の扉から、ガネーシャ神が現れる。その隣にいるのは頭痛が痛そうな顔をしたクリームヒルトだった。

 

「あ、よかったぁ、カルナさんも焔ちゃんも傷の手当て終わったんスね!……ところでちょっと問題が」

「アルジュナにあなたたちを呼んでこいと言われたの。一緒に行くわよ」

「……一応聞きますが、また神ですか?」

「予測できていることを聞くのは賢明とは言えんな。……早く済ませるぞ」

「注射前の子どもか?胃薬なら作っておくから早く行け」

 

 半ば追い出されるような形で後にした医務室から、向かった先は食堂である。

 しかし、入る前から高笑いが聞こえてきて、全員足を止める。

 耳を澄ます必要もなく、声の主は明らかだった。

 

「ハーハッハッハッ!アグニ、傑作だな!何だその貧弱な姿は!マスターとお転婆娘と義息子にしてやられてしょぼくれたのか!」

「やかましいよインドラ!ヴリトラハンのくせにヴリトラにしてやられて前髪上げたきみに言われたくないな!」

 

 一拍置いてから、高まる神気に窓ガラスが震えた。

 

「……何だと?」

「……何だい?」

「お二人とも!落ち着かれてください!」

「そうだとも!ここはカルデアであることをお忘れなきよう!」

 

 インドラとアグニに加えて、アルジュナとラーマの声である。

 

 絶望的に、行きたくない取り合わせだった。 

 

「…………召喚、されてしまいましたか」

「…………されたみたいっすね。ちなみにクラスはアルターエゴ」

「妙なところに収まりましたね」

「呑気なこと言ってる場合じゃないでしょう。どうするの?」

 

 クリームヒルトの声に、少女(キャスター)は首を傾けた。

 

「インドラ神はアルジュナ様にぎせ……何とかしてもらえても、もう片方は私がいってこないと。でもカルナは待機で」

「何故だ」

「あなたが特異点の最後でアグニ神に素でまじれすを入れたからです」

「カルナさん何してるんすか」

「面目ない。伝わるよう言葉を重ねたのだが……言い過ぎていたとは……」

「言葉選びに過不足はなかったと思いますけど、的確すぎて向こうがどう取ったかがわからないので。真実を突かれると、皆様よく怒りますから」

「……」

 

 沈黙したカルナはクリームヒルトに任せ、ひとまずガネーシャと食堂に入る。

 ビーマの作であろう料理が並んだテーブルを挟み、インドラと小柄な少年が向き合っていた。

 

「アグニ神」

 

 少年の背中に声をかける。

 振り返った目線は、随分と低かった。

 少女(キャスター)よりも何歳か下、ヴァジュラに近い年齢の器に入っている。

 金瞳に赤い肌と黒い髪をした少年は、目を丸くしていた。

 

「アグニ神」

「な、何だい?」

「何をされに来たのですか?」

 

 純粋に、疑問だった。

 仔を探す目的は果たしたろうに、何故インドラのように霊基を削って無理くり窮屈なサーヴァントに収まったのだろうか。

 カルナは、カルデアに手を貸すことを提案していたが、アグニ神に利点などないはずだ。

 

「まだ御用事があるなら承りますが」

「いや別に……別に何でも。……インドラが来てるなら、ボクが来てもいいだろう!それからその怪我はどうしたんだい!」

「あなたと戦った際の負傷です」

 

 途端、アグニが凍り、アルジュナが虚空を仰ぎ見、ラーマが額に手を当て、インドラは盃を傾けて告げた。

 

「情けないな、アグニ。ギーを食いすぎた鈍いおまえに戻ったのか?娘一人にへどもどしやがって」

「どっちがへどもどだよ息子相手の不器用野郎!」

「あ゛?」

 

 アグニとインドラの額に青筋が立つのが見えた。

 喧嘩されては困る。

 

「御用が無いなら、私事を述べさせて頂きます。……今後は同陣営として戦われるなら、よろしくお願いいたします。不肖の者ですが、邪魔にならないようにしますので」

「そ、そうかい……」

「それと差し出がましいですが、もしマスターやマシュさん、ゴルドルフさん、職員の皆様のような、今を生きる人類の方々に近づかれる際は、体温にお気をつけを。あなたの普通は、高温過ぎて痛みを伴いますので。神代の人間たる私の母ですらそうでしたので、一層ご注意ください」

「……」

「よろしくお願いいたします」

 

 ふわり。

 優雅に一礼し、本当に用事はないのかと、一点の曇りもない碧眼が少年姿の神を捉える。

 

「……」

「……」

「…………」

「…………」

 

 少年()少女()の無言は積み重なり、ふい、と金眼のほうが逸れた。

 

「か、カルデアのためになることをしに来たんだよ。ボクは願いを叶える神だからね!人の切実な願いがあれば(ボク)はそこに在るものだ!」

「はい」

「それだけだよ!あと、ボクの娘なら身なりには気を使うように!」

 

 アグニの指が振るわれ、少女(キャスター)の全身を紅の焔が包む。

 ガネーシャが悲鳴を上げるが、焔が消えたときには少女(キャスター)の傷はすべて修復されていた。

 

「……ありがとうございます、アグニ神」

「別にね!……で、きみは食事などはするかい?」

 

 テーブルの上には酒瓶もあり、酒気が漂っている。

 少女(キャスター)は首を横に振った。

 

「申し訳ありませんが、私はカルナがいない場で酒宴に出ないと約束していますので、お断りさせてください」

「えっ」

「アグニ、その娘は同じ理由でオレの誘いも振った。まったく、ヴァイカルタナは度胸のある娘を迎えたものだな。ま、この場は諦めて義息子に先に声をかけることだ」

「何をしてくれてんだいきみは!粉かける相手は選べよ!」

「おまえの身内だろうが、佳き女であるならオレは声をかける。当然だろう」

「どれだけ女に目がないんだよ猿好きが!そもそも、何でヴァイカルタナに力貸してボクをボコすの手伝ったんだい!アイツの鎧剥いだのきみが先だろ!」

「ハッ!今回のは、おまえの女の口説き方が極下だったのが原因だろうが!見るに堪えねぇんだよ!」

 

 何だろう。

 争いは同レベルにしか発生しない、というガネーシャ神の言葉を思い出す光景だった。

 格の近い神同士だからこそのやり取りなのだろうが、いつ終わるのだろうか。

 

 第一、女好き云々はアグニ神の言えたことか。スヴァーハー女神の六変身はどうなる。

 インドラ神もアルジュナの顔をちらとでも見ていいのではないだろうか。口調が乱れているし、雷が漏れている。

 

 と、少女(キャスター)の影に半ば隠れながらもガネーシャ神が手を挙げた。

 

「どっちも身内目当てで来ただけなんじゃないのー?ってガネーシャ神が言ってるんスけど」

「……」

「……」

 

 二柱が同時に真顔で着席し、ガネーシャがえ、え、え、と呟く。

 

「え、図星?ガネーシャさん正解突いちゃった?」

「突いちゃったのだろう……。……ともあれインドラ神にアグニ神、御身たちの力は強大だ。努々お忘れなきように、ヴィシュヌ神に縁ある者として願う」

「……ふん」

「……まー、ヴィシュヌの縁者に言われちゃ仕方ないやね」

 

 コサラ王、万歳。

 真顔のまま内心呟いた少女(キャスター)は、一礼して食堂を出た。アグニ神の指が虚空を泳ぐが、少女(キャスター)の目には入らない。

 廊下に出れば、カルナとクリームヒルトがいなかった。気配が遠い。

 

 何なのだろうかと走って駆けつければ、アルジュナ・オルタとヴリトラが増えた一同がいた。

 

「うわ、蛇」

 

 素で呟くと、金の髪の邪竜の化身は楽しげに手を振ってきた。

 

「おー!おまえか!焔の!今回も面白かったぞ!」

「はいはい。高みの見物を決め込んでくれてありがとうございました」

「当然よな!おまえはつくづく見ていて飽きが来ぬわ!」

「そこまで仰って下さるなら、泡風呂をお届けしましょうか?水でもマグマでも、泡に違いはないでしょう?」

「わー!落ち着いて焔ちゃん!」

 

 ガネーシャに抑えられながら指先に焔を灯す少女(キャスター)と、けたけたと笑い転げるヴリトラだった。

 その後ろでカルナが槍を顕現させる。

 

「……一度串刺しにしてもいいのではないか?」

「妻が絡むと沸点の下がるやつじゃなぁ、施しの。わえはアグニのツラを観に行こうとしただけじゃのに、インドラの息子と西方の王妃まで揃って止めおって」

「止めるわよ!ただ引っ掻き回すのと試練を与えるのは違うでしょう!家族の問題でこの娘を振り回すのはいい加減になさい!」

 

 楽しげな邪竜に、少女(キャスター)はため息が漏れる。

 

「本当に懲りないんですね、ヴリトラ」

「そりゃおまえじゃろ。神に逆らえばどうなるかなぞ、幼子でもわかっておったろうに。神の掌中の珠を掠め取るとはなぁ」

「私の母様は蒐集品ではありません。それだけです」

「キヒヒヒッ!あー愉快愉快!」

 

 くるくると踊り回るヴリトラだった。

 毎度これで、相手をするのも疲れるのだ。父親(アグニ)と同じ枠である。

 

「で、やっとおまえの親父は味方として顕現したようじゃが、感想はないのか?」

「さぁ、よくわかりません」

「雑だの。幼いおまえを孤独という不幸に放り出したやつじゃろうに。すべてを不運で済ますつもりか?」

 

 はぁ、とまた素でため息が出た。

 

「ヴリトラ、勘違いしているようですが私はずっと幸運です」

「ほーう?」

「あの時代を生き延びて大人になれたことがまずそうでしょう、確かに神に見捨てられはしましたが、原因は背いた私の意志ですし、人に完全に見捨てられたことはありません。師匠にカルナにドゥリーヨダナ様に、沢山いました」

「チッ。こっちへ転んでくれればのう。おまえの不屈の心からは、さぞ良い試練の獣が産声を上げたろうに」

「性癖を押しつけるな。薬の材料(蛇の黒焼き)にしますよ」

「落ち着け。己から因縁を増やすな」

「そうっすよ!どうどうどう!」

 

 カルナとガネーシャ、二人がかりで止められれば引き下がるしかない。

 そうだ。丁度いい。

 

「オルタ様」

「?」

「お返しします」

 

 右腕を撫でて粒子化していた弓を取り出し、アルジュナ・オルタに向ける。

 無言でヴリトラを睨んでいた青年は、目を瞬いてから手を伸ばしてきた。

 一瞬だけ白い弓が姿を現し、すぐにアルジュナ・オルタの中へ溶ける。

 

「ありがとうございます。お陰で助かりました」

「いえ、お気になさらず。あなたが扱えるかは賭けでした。使えるならばまた貸しますよ」

「借りる危機が二度とないのを祈ります……」

 

 ガーンディーヴァは、でかい、重い、弦が強いの三拍子だったのだ。こんなもの、よくアルジュナたちは扱えるものだ。

 ともかく。

 

「アルジュナ・オルタ様、よく貸してくれましたね?アグニ神の患いを除いたあなたのようなことを、私はしていましたか?」

 

 かつて神たるものだった青年は、薄く微笑んだ。

 

「あなたはあの異聞帯が消え去る間際まで、私と話をしてくれたでしょう?恐れることも、臆すこともなく、真っ直ぐに」

「……」

「ユガの仕組みを認めることはできないけれど、争いを止めようと走り続けた事実に対して、あなたはただ私を労った。あれは、あなたが思うよりも得難い言葉だったのですよ」

「そう、でしたか」

 

 確かにインドの異聞帯が閉じる間際にそう言ったけれど、そんなに重かったのだろうか。

 ずっと見ていたのに、見ていることしかできなかったのに。

 

 どうしようもないと誰もが諦めた争いを、どうにかしようと進むアルジュナの姿に、幾らかでも救われたのはこちらなのに。

 

 アルジュナ・オルタは悪戯っぽく笑った。

 

「とはいえ、私に本心からごゆっくり休んでくださいと言っておきながら、自分はカルデアで戦うと言ったあなたには驚きましたが。驚き過ぎてついて来てしまいました」

「……オルタ様と私の召喚が同時だったの、偶然ではなかったのですか?」

「さぁどうでしょうか」

 

 ヴリトラはつまらなさげに肩をすくめた。

 

「じゃからこ奴は、人ならざるモノへ堕ちたほうが面白かったのにと言うとるだろう。孤独のままなら良かったのに惜しいことじゃ。夫婦とかいう人の営みを持ったからか?」

 

 す、とカルナの目が据わった。

 

「やはり燃やす」

「落ち着きなさい!竜退治ならジークフリートが来てからよ!」

「マジのバーサーカーじゃないッスかこの王妃様!」

「ストップです!やめてくださいカルナまで!洒落になりません!」

 

 滅多にないカルナとクリームヒルトの意気投合はやめてほしい。自動でジークフリートが増える。

 幸いガネーシャ神とともに止めている間に、ヴリトラは何処かへ去って行った。人騒がせな竜である。

 

「迷惑な……」

「焔ちゃん、あれ大丈夫なんスか?」

「遊びでしょう。私が獣になれるわけもありません」

「うーん、キミの自己評価肝心なとこで当てにならないし……どうなのカルナさん?焔ちゃんのド根性気質って問題ないの?」

 

 カルナは、珍しいしかめっ面になっていた。

 

「なかったらオレは槍を出さん」

「なかったら私は来ません」

「やっぱ駄目だったー!焔ちゃんは一人でヴリトラと会うの禁止ッス!禁止!」

「あの変な力は、異聞帯のあちこちで使って全部跡形なく消えているから大丈夫なのに……」

「つい最近消えたも同然だった名を取り戻したのに?何で戻るかわからないのが縁でしょう」

 

 四方から言わないでほしい。

 どうしたものかと顔を引き攣らせる少女(キャスター)は、ふと気配を感じて振り返った。

  

「キャスター!カルナ!」

「キャスターさん!カルナさん!」

 

 そこには、今にも駆け寄りたそうな立香とマシュがいた。尤も、種火が転げ落ちそうなほど詰められた箱を抱えているのでできなかったらしい。

 指先をくいと曲げ、少女(キャスター)は二人がそれぞれ抱えていた重たい箱を呪術で持ち上げる。

 目に見えない糸で釣られて宙に浮いた箱に驚きつつ、二人は走ってきた。

 

「ごめん!皆で話してた?キャスターは荷物ありがとう!」

「大丈夫ッスよ〜。てかそれ、焔ちゃん用の種火じゃない?」

「え」

 

 キャスターの再臨より、プリテンダー霊基は倍か三倍以上の種火がいるという計算だったはずだ。

 しかし、マスターもマシュも笑顔のままだった。

 

「もちろん!あと再臨素材も、スキルを開ける触媒も全部!一括で!」

「ぜ、全部?」

「はい!プリテンダー霊基なら呪いが軽減され、キャスターさんの真名が視えるようになるかもとダ・ヴィンチちゃんから伺いました!早急にスーパーキャスターさんになっていただこうかと!」

「すーぱー……」

「だから再臨しに行こう!で、カルナも来てほしいんだ!名前知ってる人が再臨の時にいたら、さらに良いって!」

「つまりオレも触媒足り得るのだな。光栄だ。では向かおうか」

「え、まだ霊基のチェックが─────いえ、わかりました、行きましょう」

 

 マスターとマシュの喜びようを見れば、断れるはずもない。ダ・ヴィンチが言うなら、既に『問題ない』のだろう。

 今を生きる二人の眼は、きらきらと星のように光っている。

 どうしてかその笑顔に、遠い昔に初めて冬木の炎の中で出会ったときの姿が重なり、薄れた。

 自分ですらとうに諦めた名を、彼らはずっと呼びたくて、知りたかったと言ってくれた。

 長い時の果てに彼らのような子どもたちに出会えたなら、自分はやはり類まれな幸運があるのだろう。

 どうしてか少しだけ悪戯心が湧いた。くすり、と風が吹き抜けるように笑う。

 

「プリテンダーになるのに、キャスター(・・・・・)でよいのですか?」

「あっ!でも、俺にとってのキャスターってなんかずっとキャスターで……カルデアのキャスターってことでどう?」

「わ、わたしにとってもキャスターさんはずっとキャスターさんで……プリさんとか?」

「冗談です。キャスターでもプリテンダーでも私は私。マスターのサーヴァントのユ■■リ■です。好きなようにお呼びください」

 

 マシュの顔に、ぱっと笑顔が咲いた。

 

「今、二文字くらいわたしにも何か聞こえました!アグニ神が召喚されたからでしょうか!」

「そうかもしれません。近くにあちらがいたら薄まるのは確かなので。こう、音ズレ部分が少なくなる感じかと」

「やりました!石、たくさんあって良かったですね、先輩!」

 

 珍しく興奮気味のマシュを眺めながら、キャスター(少女)はやわらかく微笑む。

 もちろん、自分だって嬉しいのだ。

 母親からの最期の贈りもので、カルナに、他の多くの人々に、何度も呼んでもらえたものだから。

 

「行かないのか?」

「行きます」

 

 もう立香とマシュの方へ歩き出していたカルナが振り返り、問うた。

 少女(キャスター)は走りより、アルジュナ・オルタやクリームヒルト、ガネーシャ(ジナコ)に軽くお辞儀をして踵を返す。

 彼らは皆一様に、穏やかに笑っていた。

 

 そうして。

 

 ■■■■■(ユーデリカ)はカルナとともに、少年と少女の方へ歩いて行った。

 





このイベントでは、限定星5プリテンダー「■■■■■(ユーデリカ)」と、限定星4アルターエゴ「アグニ」が実装されたイメージで書いていました。
明らかに混ぜてはいけない父娘混同ガチャ(見た目はショタと少女)で、父神は娘に星1個譲って顕現した感じです。


22:10におまけのプリテンダー霊基のマテリアルを上げます。

長くなりましたが、そちらにインド異聞帯での主人公の行動や、主人公の生前、最期を知ったカルナの反応などを多分一番まとめて書いていますので、ご興味あればご覧ください。
楽しんでいただけたら幸いです。

アルターエゴ・アグニは、インドラの悪友のような感じです。
神話によってはスーリヤ含めて父親が同じ兄弟説もあるので、カルデアでは周囲を破壊しない程度にやり合っています。

ちなみにアグニがカルナに妙に絡んでいたのは、無意識に自分の(モノ)を奪った相手で、ショタ化したのは主人公を怯えさせないためです。
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