太陽と焔   作:はたけのなすび

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ここすき、感想、評価、誤字報告、いつもありがとうございます。

こちら、番外編になります。
本編も同日に更新しております。

では。


太陽と医者と昔の話(上)

 

 

 

 

「アスクレピオスさん!」

 

 どかん。

 言葉にするならば、そんな音になるだろう大声とともに、食堂に突入してきた少女がいた。

 黒い髪に青い瞳、常なら被っている灰色の布を取り去って髪を高い位置で束ねている。

 医療班の仕事をしていたのか、と食堂の卓でカレーの匙を持ったままカルナは頷いた。

 

「呼ばれているぞ、アスクレピオス」

 

 カルナの目の前に座り、開いた医学書をコップに立てかけつつサンドイッチを齧っていた青年、医神アスクレピオスは鼻を鳴らした。

 

「聞こえてるに決まってるだろう。そろそろ嗅ぎつけられる頃だから、おまえの前に座ったんだ」

「……なるほど、何故敢えてオレの前で食事を摂るのかと思っていたが、彼女の追求を和らげるためか。だが、効果はまったく無いぞ?」

「チッ!」

「こんにちはカルナ!それから見つけましたよ、アスクレピオスさん!」

 

 言っている側から、靴音高く近寄ってきた少女(キャスター)の手には、タブレットが握られていた。

 カルナにはまだ上手く扱えない現代の情報端末である。

 軽くカルナに目で挨拶してから、少女(キャスター)はアスクレピオスを見下ろした。

 

「またやりましたね!医薬品倉庫の奥に勝手に溜めた無許可素材の山!今度は隠蔽術式付きですか!」

「何故そんなに見つけるのが早い。今回はパラケルススと組んだんだぞ」

「すぐ怪我も呪いも隠すどこぞの誰かと連れ添っていましたので、自然と!別にサンプルを溜め込むなとは言っていません!目録がないと、折角の素材の管理に支障が出ます!こちらでキャプテンとゴルドルフさんに申請書は上げますので、アスクレピオスさんはリストだけ作ってください!パラケルススさんはこれから捕まえます!」

「……待て。僕は蠢く腐肉に瘴気漬けの種子も入れたぞ?アレらが申請を通過すると?」

()()()()なら、現代魔術式に注釈をつけた封印術式を併せて提出すれば問題ありません。大方、理論を後退させた書類作成が面倒だから溜め込まれたのでしょうけど」

「……」

 

 図星だったらしい。

 言葉に詰まる青年の前に、記録用タブレットを置いた少女(キャスター)は腰に手を当てた。

 

「医学の発展も人死にを出さない過激実験も是非どうぞ!書類仕事はどんどん私に回してくださって構いません!神代から現代まで大体の術式は学びましたので!けれど、ルールはお守りください!医薬品の品質管理担当として、私は倉庫の収納物を正確に把握する義務があります!では!」

 

 言い、文字通り嵐のように少女(キャスター)は走り去った。

 去り際にパラケルススさんー!と追加で呼ばわっていたので、次に襲撃されるのは彼だろう。

 彼の魔術も無論優れているが、神代呪術の本気の探索からは、長くは隠れられないだろう。

 術者としての腕前よりも、神秘の強度が物を言うと少女(キャスター)が言っていた。

 

 ともあれ、偏屈な収集狂たちと鋼の看護師を同僚に持って大丈夫かと思っていたが、杞憂だったらしい。

 かつてと同じどころかそれ以上に、自らの能力を発揮している姿は喜ばしい。

 

 と、カルナは思うのだが。

 

「……おい、やけに浮かれた顔だな。そんなに嬉しいのか、カルナ」

「ああ。彼女が楽しそうでオレも嬉しい。おまえの多少の我儘などかわいいものとしか思っていまい」

「誰が我儘だ!僕のは医学の研究─────いや、考えてみれば年代だけ見れば、向こうは我儘を許す祖母ぐらいには先達か。何か面白い症例を知っているかもしれないな」

 

 入念に隠蔽した秘密を暴かれたことは、既に忘れ去ったように目を輝かせる青年に、カルナは首を傾けた。

 

「忠告だが、月の女神にした呼びかけ方は勧めない。おばさんはやめておけ」

「さすがにそこまで馬鹿だと思われるのは心外だ。大体、神を加えた親戚関係なんてまともに取り上げてられるか。解釈次第でおまえの妻はおまえの従兄姉で、おまえの宿敵とも従姉弟になるぞ」

「……それは困る」

「だろうな。そも、縁戚関係を言われるのが嫌いなことぐらい把握している。優秀な助手のド地雷を踏むのは時間の無駄だ」

「おまえに人間関係を心地良く保とうとする情緒があるのはいいことだ、アスクレピオス。だが、尚の事素材を溜め込まずに申告すべきだったのではないか?改めて目録を作る手間は省けたぞ」

「ふん。確かに助手の人格と能力を把握し損ねたのは僕のミスだ。よって、今後はじゃんじゃん素材を持ち込むとしよう。何しろ、大いに持ち込めと助手自身が言ったんだからな!」

 

 そこまでは言ってない。

 が、言う必要もないだろう。

 

 無言でカレーを食べ続けるカルナを前に、悪事でも企むような高笑いを響かせるアスクレピオスだが、周囲はいつものことかと反応もしなかった。

 カルナも同じである。

 医学の発展しか頭にないようなこの男は、蘇生の奇跡を起こした代償に、最高神に雷を落とされ人としての生命を落とした。

 それでも尚、まったく懲りず悔いずに蘇生薬の研究に邁進している。

 

 神罰を受けて尚進み続ける姿や、直接的と間接的という違いはあれど、実の母親を父たる神に殺され、その理不尽に抗って生き切った人生は少女(キャスター)とも重なり、カルナにとっては好ましい。

 高笑いを一度収めたアスクレピオスは、顔を顰めてカルナを見た。

 

「……おい、だから何故そんなに嬉しそうなんだ」

「嬉しくないわけがないだろう。今の彼女は、女だから、貴族階級(クシャトリヤ)だからと、手出しすら満足に許されなかった医術を扱えている。それに、生前はおまえやナイチンゲールのような理解者を得られなかったからな」

 

 アスクレピオスの手から、サンドイッチがぽろりと落ちた。

 さっとカルナが差し出した皿で受け止めるが、アスクレピオスはまるで気づいたふうもない。

 

「は?あれだけの技術と薬草の知識を持った助手を、医者の誰も用いなかったのか?」 

「なかった。夫であるオレの出自もあったし、何より彼女は女だった。それだけの理由で、正当な医者たちから遠ざけられるには十分だった」

「チッ。どいつもこいつも目が節穴だな」

 

 腹立たしげにサンドイッチを拾い上げたアスクレピオスは、すぐに何かに気がついたように目を瞬いた。

 

「待て。おまえの妻は呪いの解呪は頼まれていたし、最期は戦場で負傷者の救護をしていたんだろう?医者並みに働けていたんじゃないのか?」

「呪いにかかったと押しかけてきた者たちは、神がかった奇跡を当てにしていた者たちだ。これは病だと言っても聞かず、ひたすら奇跡を求めていた。または、正規の医者に断られ神に縋りに来た階級の者たちだ」

「ああ、その類の愚患者か。理解した。知識で解決できるのにできず、傲慢な神の巫女扱いされるのは、さぞ歯痒かったろうな」

 

 まさにその理由で頭を抱えていた生前の姿を知るカルナは、ひたすら頷いた。

 

「それに、クルクシェートラのあの頃は、一部の(ダルマ)や戒律は意味をなさなくなっていた。神憑りの女性や貴族であることより、生命を救う技術と、戦場での負傷者を前に動じない胆力が優先された非常事態だった」

「なら初めからそうしておけば良かったろうが。……まったく、神々もおまえたちの社会も何て勿体ないことをしでかしてくれたんだ!僕より旧い時代のまともな医療者だぞ!せめて記録が残っていれば医学の発展を早めてくれただろうに、神々のお陰でそれもご破産だ!」

「返す言葉もない。だが、彼女は己が遭遇した症例は今も記憶しているはずだ。聞けば教えてくれるだろう」

 

 逆に言うと、聞かれなければ語らない。

 少女(キャスター)には自己評価の低さが根付いており、自分の経験を大したものではないと考えているのだ。

 

 医神に認められる知識に能力、アルジュナに手に負えないと言わせる意志の強さがあるのに、極端に自己評価が低いのは、育つ過程で義家族の誰からも肯定も理解もされなかったからだろう。

 

 どうにかできないかとドゥリーヨダナとアシュヴァッターマンに相談したら、揃って無言でどつかれたので彼らにすら無理難題らしい。

 次はガネーシャ神に相談しようか、とカルナがまたカレーを一口食べて考えるカルナの腕を、医学書を閉じたアスクレピオスががしりと掴んだ。

 

「む?」

「カルナ、おまえは今、過去の症例を彼女が記憶していると言ったな?」

「言った」

「なら今すぐ医務室に行って話をさせるぞ。おまえがいれば、口の滑らかさが段違いだ。得られる情報の質が上がる」

「今すぐか?」

「当然だ!」

「ならば断る」

「は⁉」

 

 アスクレピオスの腕を外したカルナは、手元の、まだ半分は残っているカレーの皿を指さした。

 

「今日のカレーは、昨日キッチン担当だった彼女が作ったものだ。作られてから一日経ったので香辛料が落ち着き、具に染み込んでとても美味い。美味い」

「……だからなんだ」

「オレは、今日の食事を、ゆっくり味わって最後まで食す。邪魔は許さない」

「だったらさっさと食べ終われ!僕はここで待つからな!」

 

 医学書を再び開いたアスクレピオスに、カルナは薄く表情を緩めた。

 

「感謝する。ちなみに、おまえのサンドイッチはビーマの作だ。宮廷で料理人も務めた腕前だ。美味いぞ?」

「要らん情報を流すぐらいならとっとと珍しい症例を僕に施せ施しの英雄が……!」

 

 再び吠えるアスクレピオスを、やはりいつものことかと食堂の面々はスルーしたのだった。

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 やはりと言うべきか。

 パラケルススは、あのあと程なくして少女(キャスター)に襲撃されていた。

 医務室の一角で、粛々と自作の未登録薬品リストを作っている流麗な魔術師を背後にしつつ、医療班のサンソンは肩をすくめた。

 尚、医務室にはナイチンゲールもいた。一心にカルテを読み耽る鉄の看護師には、パラケルススの起こした騒動は聞こえていなかったらしい。

 

「捕獲が早くて助かったよ。彼女は薬品制作は止めないから、リストだけは漏れなく抜けなく作れと言っていたな」

 

 つまり、少女(キャスター)は医務室にはいないのだ。

 露骨にアスクレピオスが舌打ちした途端、パラケルススが顔を上げた。

 若干白衣の裾が黒く煤け、焔の気配を纏わせているのにも関わらず、彼の顔は明るい。

 

「ええ。新しい結界でしたが、見事に破壊されてしまいました。やはり神代の術は興味深い……次こそは旧き神に連なる、あの焔の力を出して頂ければと……」 

「パラケルスス、君、まさか彼女の本気の焔を引き出そうとしたんじゃないだろうね?止めておいたほうがいい」

「同意する。それに、異聞帯を抜けた彼女は、魂が放つ【熱】を探知する領域にいる。隠れるのは至難の業だ」

「……ん?」

 

 首をひねるサンソンに、カルナの影からひょいと顔を出したアスクレピオスが言い添えた。

 

「生命体が持つ【意志】を【焔】と捉えて探し出す術だ。蛇の赤外線探知機能のように正確で、魂や自我を持つ限りなかなか逃れられないぞ、パラケルスス。探知範囲外に行くのが手っ取り早い」

「……なるほど!それはますます興味深い!」

「ええ!患者を見つけ出すのにとても役立つ素晴らしい力です!ミスター・カルナ!あなたのミセスを見つけたら是非連絡を!」

 

 唐突にカッと目を見開くナイチンゲールをちらりと見、サンソンが声を潜めて耳打ちしてきた。

 

「カルナ、君が奥方の天衣無縫な面を大切に思っているのは知っているけど、ナイチンゲールと彼女が揃って暴走するのを止めるのは手伝ってほしい。アスクレピオスまで加わったら、僕一人ではどうにもならないんだ……!」

「了解した。可能な限り努めよう」

 

 確かに三人同時に荒ぶるのは避けたい、とカルナは思う。

 普段の少女(キャスター)ならば、救命の為に患者をベッドでぶん殴るナイチンゲールでも、何とか被害の少ない別の方向へ爆走させられるが、同調すると行動力が跳ね上がる。

 

 狂戦士(バーサーカー)のクリームヒルトとも友人だし、もしや割とバーサーカーに適正があるのだろうか。

 神でさえも押し潰せなかった自我の強固さも、捉えようによっては狂化と見做せる。

 

 いや、やはりバーサーカーは困る。

 暴走特急になってまたどこかへ消えられては堪らない。

 

「……」

「おいカルナ。何を固まっている」

「ん?どうかしたか、アスクレピオス」

「どうした、じゃあない。おまえは妻を探せないのか?」

「探せるものならこれまでも探している。歯痒いが、オレは探知が苦手だ」

「……ああ、それもそうか。……まったく、おまえもラーマも、インドはこれだから厄介だ……何故神の如き力を持つ理不尽や傲慢がその辺りから次々湧き出る……?」

 

 ぶつぶつと思索に耽りだしたアスクレピオスに、サンソンが肩をすくめた。

 

「カルナ、君の奥方ならご友人といるよ」

「友人……誰だ?」

 

 基本的に穏やかで、嫌悪の感情が薄い少女(キャスター)は誰かと対立することがほぼなく、交友関係が広い。

 カルナより後にカルデアに召喚されたが、友人と呼べるほど親しくなった者の数はカルナより多い。

 最近はクリームヒルトやガネーシャ神の話をよく聞くが、ラクシュミー・バーイー、エレナ・ブラヴァツキー、モルガン、ナイチンゲール、ブーディカ、虞美人、ブリュンヒルデ、巴御前、マリー・アントワネット、ゼノビアなどとの話もカルナに聞かせてくれる。

 カルナが知らないだけで、他にも親しく話す者はいるだろう。

 

 孤独には強いが、決して孤独を好んではいない少女(キャスター)が楽しげに語る他人の話は、カルナを安心させるのだ。

 

 よって、少女(キャスター)の友人と言われてもカルナには誰かわからない。単純に多すぎて。

 

 サンソンは苦笑しつつ、応えてくれた。

 

「クリームヒルトだよ。……今は行かないほうがいいと思うけど」

「は?これ以上僕を待たせるのか?」

「君はそう言うと思ったよ」

 

 一応場所は伝えるけれど、突撃は考えたほうがいいと前置きしてから、シャルル・アンリ・サンソンは少女(キャスター)の居所を教えてくれたのだった。

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

 と、ここまで来たならば最後まで付き合うつもりで向かった場所だが、アスクレピオスは部屋の手前で気配を感じるなり顔を顰めた。

 

「何が友人とのお喋りだ!あれは【女子会】じゃないか!さすがに入れるか!」

「……そうだな。あれは止めておいたほうが賢明だ」

 

 空間を歪め、かなりの広さを確保した少女(キャスター)とカルナの部屋にいたのは、クリームヒルトと少女(キャスター)だけではなかった。

 ブリュンヒルデと巴御前を加えての四人である。

 

 確かにアレは、ガネーシャ神言うところの【女子会】だろう。

 

「全員友人同士だ。問題はあるまい」

「おまえにはな。僕にとっては大問題だが?エピオネもそうだったが女子会は話が長いぞ!第一どういう面子だ⁉」

「……」

 

 言われ、カルナも廊下の陰に立ちながら首を傾げた。

 四人の共通点を考え、ふとカルナはガネーシャ神と友人の刑部姫の一言を思い出した。

 

「炎属性のヒトヅマか?」

「どこで覚えた。意味をわかって言ってるんだろうな?」

「……」

「よく知りもしない言葉を使うな。脳筋か?」

「あの」

 

 吠えたアスクレピオスの後ろから、控えめに声がかかる。

 鬼種の血を持ちながらも物腰柔らかな東方の武者、巴御前だった。

 

「部屋の中まで聞こえています、騒ぐくらいなら入って来てください、とキャスター殿が」

「……」

「……」

 

 どうやら入っても良さそうだとカルナは頷く。アスクレピオスも諦めたように肩をすくめた。

 そうして部屋に入れば、少女(キャスター)が真っ先に目に入る。

 机に腰掛け、大きな紙にびっしりとペンで術式らしき何かを書いていた彼女は、ちらりと顔を上げた。

 

「どうしたんですか、カルナ、アスクレピオスさん?」

「オレではなく、アスクレピオスがおまえに用事だ。おまえが経験した症例を知りたいらしい」

「……アスクレピオスさん、では私のお願いしたリストは終わったのですか?」

「まだだが」

「ではそちらを先に終わらせて下さい。出来上がりましたらお話しします」

 

 さらっと。

 にべもなく言い返し、少女(キャスター)は手元の紙に目を戻した。

 確かに、順序の後先が正しく、且つ偏屈なアスクレピオスに己の要求も通せる上手いやり方である。

 やらないと言ったら梃子でもやらない少女(キャスター)を、アスクレピオスもわかっているのだろう。

 舌打ち交じりにタブレットを取り出した。

 

「カルナ、この椅子を借りるぞ」

「好きにしろ」

 

 部屋の片隅に椅子を引きずって行って陣取ったアスクレピオスは、無言でタブレットを弄り始める。

 

 そうなると、カルナはやることがなくなるし。

 

「結局、何をしに来たのかしらあなたたち⁉」

 

 当然、クリームヒルトからのツッコミが飛んだ。

 

「アスクレピオスさんは症例集めで、カルナはアスクレピオスさんの付き添いでしょう?大方、あなたがいたほうが私がお喋りになるからと連れ回されたかと」

 

 顔を上げずに少女(キャスター)が言い、そのまま呻きながら机に突っ伏した。

 隣に座っていたブリュンヒルデが、困り顔で覗き込む。

 

「キャスターさん、そんなにお困りでしたら態々……」

「いえ、私がやりたいことなのでやります!」

 

 が、即座に復活してまたペンを握り直す少女(キャスター)だった。

 何をしているかがわからないが、目標があるのは良いことである。

 じっと少女(キャスター)の横顔を見ているカルナに、巴御前は声をかけた。

 

「カルナ殿、私から説明いたします。ブリュンヒルデさまの、シグルドさまへの殺人衝動を何とかできないかとキャスター様にご依頼されたのです。私もお手伝いできないかと加わらせてもらいました」 

「それでその鳥の巣を書いていたのか」

 

 鳥が編む草籠のように精緻な文字と数字と線と円の組み合わせは、武骨者であるカルナにはまったくわからない。

 だが、恐らくはブリュンヒルデが背負ったシグルド(愛する者)への殺人衝動に関わるものなのだろう。

 

 シグルドへの深い愛ゆえに、彼を殺そうとしてしまうのはブリュンヒルデの特性である。

 シグルドも愛しい彼女の愛を受け止め復活まで果たす強者だが、それはそうとその都度血塗れにならなくてもと少女(キャスター)が柳眉をひそめていたのもカルナは知っている

 殺人衝動の緩和か、消失の術式を組もうとしているのか、と判断できた。

 それを少女(キャスター)に頼んだであろうクリームヒルトは、顔を顰めていた。 

 

「鳥の巣じゃないわ。私にも読めないけれど、術式よ。これ」

「ああ。オレにも読めんが、整っていて美しい。考え抜かれた紋様のようだ」

「褒めていたの⁉本当にわかりにくいわね!」

「……む?伝わらなかったか?」

「いえ、大丈夫です。……成果がないことを除けば!」

 

 あー!と珍しく外見相応の少女のような声を上げた少女(キャスター)だった。

 

「キャスターさん、一度お休みされてはどうでしょうか?根を詰めすぎても成果はありません」

「……ありがとうございます、ブリュンヒルデさん。そうさせて頂きます」

 

 色々と難しかったのだろう。

 ペンを置いた少女(キャスター)は、大きく伸びをした。

 

「北欧の大神の息女ともなれば、干渉は難題か?」

「……その通りです、カルナ」

「鬼種としての衝動がある私もお役に立てないかと思ったのですが、力及ばずですみません」

「とんでもありません、巴さん!旭将軍様への愛で、鬼種の血を抑えられているあなたの在り方はとても素敵ですし、参考になりました!」

「それでしたらよかった」

 

 たおやかに微笑む巴御前と少女(キャスター)だった。

 改めて少女(キャスター)の手元を覗き込み、カルナは目を瞬く。

 

「……細かいな。オレにかけられた師の呪いを解いてくれた際もこれほど書いていたか?」

「これの七、いえ十倍は書きました……。パラシュラーマ様のは本気の呪いではなかったから、まだどうにかなったのです。……でもあんなのはもう懲り懲りです」

「パラシュラーマ?」

 

 首を傾げたクリームヒルトに、少女(キャスター)は目を向けた。

 

「カルナのお師匠様です。武士が嫌いな方なのですが、それを隠して入門したカルナに怒って、武器の奥義が頭からすっぽ抜ける呪いをかけまして」

「それは戦士として致命的では?」

 

 ブリュンヒルデに、少女(キャスター)は大きく頷いた。

 

「だから、どうにかしました。元々、お師匠様を庇ってカルナが毒虫に齧られて怪我をしていた温情もありましたし」

「毒虫に齧られた?」

 

 唐突にアスクレピオスが顔を上げた。

 

「どんな毒虫だそれは。カルナに傷を与えられる虫とは珍しい。素早くなければカルナは噛めないだろう?」

「いえ、カルナは昼寝していたお師匠様に膝を貸していた時に噛まれたので、虫自体は素早くはありませんでしたね」

「どういう状況かしら!」

「それは私も話を聞いて思わず言いましたよ……。そもそも、何で黄金の鎧を貫通して傷をつけられる虫がいるんですか!って」

「あれは呪いを受け、虫に変えられたアスラだった。ただの虫ではない」

「でも虫の繁殖力を持って、何年も彷徨っていたのでしょう?幼体でも大きさが二メートル弱はありました」

 

 クシャトリヤが近づくとパラシュラーマがまた怒るかもしれないと、バラモンのアシュヴァッターマンを巻き込んで山へ調査に出ていたのを、カルナも覚えている。

 「あなたは外出禁止です(足手まといは来るな)」の一言を、目が笑っていない笑顔で叩き付けてきた少女(キャスター)の姿も。

 

 あの一言は、痛かった。

 アルジュナの矢傷よりも遥かに。

 しかも結局、あの毒虫の巣を見つけて大騒動に発展したはずだ。

 

「呪いを受けた元アスラの虫か……形や毒は覚えているか?」

「時間があれば記憶再生の術がありますが……」

「よし。後でいい。出せ。神の与えた不老不死を傷つけた毒なら、薬に変えられるかもしれない」

「……アスクレピオスさん、ところでリストは終わったのですか?」

「当然だ!」

 

 ドヤ顔である。

 目を光らせるアスクレピオスからタブレットを受け取り、少女(キャスター)は頷いた。

 

「ありがとうございます。今後も更新をお願いしますね」

「わかった。では症例を話せるな?」

「私よりバーサーカーしてる医者すぎるわよ!どうして連れてきたのかしら!」

「クリームヒルトさま、ですがキャスター殿とカルナ殿の昔のお話でしたら、私も興味があります」

「ええ。私も。遥かに旧き神代の話ですから、懐かしさすら感じてしまいます」

 

 巴御前とブリュンヒルデの言葉に押されたように、少女(キャスター)が首を傾げた。

 

「でも症例と仰られても、私が手掛けたのは主に呪いで……」

「いや、あっただろう。タキシーラのさらに北の村で、村人が大勢倒れた事件だ。あれは呪いではなかった」

「ほう!謎の風土病か?タキシーラとはどこだ?」

「クルの国より北、ガンダーラの方です。……確かにあれは呪いではありませんでしたね。では、あの話にいたしましょうか」

 

 背筋を伸ばして椅子に座り直した少女(キャスター)は、詩仙のように真っ直ぐに目を見開いた。

 

 

 




この【女子会】には、虞美人が入ったり入らなかったりします。
純粋な人間のほうが少ない集団なので何となく声をかけたら、意外と居心地が良かった感じです。

巴御前は主人公経由で、ブリュンヒルデはクリームヒルト経由で集まり、時間が合えば一緒に過ごしている四人(+一人)になります。

クリームヒルト以外、素直な惚気が爆発する面子になりました。


23:10に(下)が投稿されます。
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