太陽と焔   作:はたけのなすび

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ここすき、感想、評価、誤字報告、ありがとうございます。

では。


太陽と女王と昔の話(上)

 

 

 

「ここにいたのか、焔の術師」

 

 図書室にて。

 書棚に手を伸ばしていたカルナは、その声に動きを止めた。

 

「スカサハ様?」

 

 カルナより二つ離れた書架の列にいる少女(キャスター)の訝しげな声が応じ、ふわりと空気が揺れるのを感じた。

 呪術で浮き、手の届かない位置の本を取っていたのだろう。床に下りるために、呪術を解除した姿が想像できた。

 

 そして、少女(キャスター)にそれをさせた相手は、ケルトのスカサハ。

 顔を出すか否かを考え、カルナは変わらず本を集めることにした。

 影の国の女王は厄介な存在だが、敵意は感じない。少女(キャスター)ひとりでどうにかなるだろう。

 

 女同士におまえが顔を出すと荒れるからやめとけ、とアシュヴァッターマンに言われた言葉が頭を過った。

 

 特に耳を澄まさずとも、この程度の距離なら二人の会話は聞こえた。

 

「スカサハ様、何か私に御用でしょうか?」

「何、おまえが先日、面白い話をしたと耳に挟んでな」

「面白い?」

「おまえたちの過去だ。口下手を自負するおまえたち夫婦から、知る者の絶えた古の物語を聴き出せた者がいたようだな?」

 

 ケルトの女戦士、スカサハの声にははっきりと喜色が滲んでいた。

 彼女の言う話とは、先日アスクレピオスやクリームヒルトたちに語って聞かせた昔語りだろう。

 アスクレピオスは過去の医学の話を知れたと喜び、聞き手の王妃や武者御前、戦乙女は楽しんでいた。

 

 が、それとスカサハがどう結びつくのか。

 疑問はすぐさま解決した。

 

「巴御前からメイヴに、メイヴから私に話が伝わったのだ。なかなかに愉快な昔があったそうだな」

「愉快……?」

「神代に受肉した精霊種と、おまえの夫の戦いだ。さぞ心躍ったろう」

「え、いえ、全然」

 

 完全に素が出た少女(キャスター)の声だった。

 ドゥリーヨダナがいたら吹き出しただろうし、アシュヴァッターマンならば呆れ顔になったはずだ。

 

 そりゃそうだろう、と。

 

「む、そうか。そうなのか……」

「戦いよりも、あの場では精霊の怒りを鎮めるほうが先だったので……」

「それもおまえには道理か。で、他に何か話はないのか?」

「……戦いの話、ですよね?」

「当然だ。おまえは私よりも長く存在しているからな」

 

 聞くところによると、影の国の女王スカサハは数多の怪物や勇士、果ては神霊と戦い続けた結果、己の国ごと世界の外側に弾かれ、『死』すら訪れることがなくなったのだという。

 人理焼却によって『死』したと見做され、サーヴァントとなれた今でこそ喜怒哀楽を露わに槍で暴れ回るランサーとなっているが、本来は長い年月生き続けたがゆえに、感情が薄い人物らしい。

 

 『死』を奪われ、数千年を経て魂が淀んだとも評されるスカサハから見て、死後とはいえ数千年存在し続けても、魂に腐臭や欠損、劣化がなく、この先も自我が崩壊する予兆のない少女(キャスター)は、面白いという。

 何故そう在れたのか、理由が本人にも説明や理解ができないところも含めて『面白い』と宣っていた。

 カルナからすれば面白いどころではないのだが、在り方は違えどあれも稀な戦士よな、というのは女王からすればこの上ない賛辞だろう。

 

 尚、少女(キャスター)からスカサハへの印象は、頭が八割戦闘なので怖い、である。

 

 共闘したアメリカではそこまでと思わなかったのに、カルデアで共に過ごすうちに戦闘全振り女王だと気がついたようだった。

 

 スカサハに誘われ、もとい強制招集されて、ルーン魔術と呪術の対決をやる羽目になったときは空間破壊寸前までやり合い、引き分けに持ち込んだものの、もう二度としないと悲鳴を上げて一時医務室に引き籠もっていた。

 ちなみに対決と聞いて、ついどんな戦いだったかカルナが詳しく聞こうとした途端、少女(キャスター)のぶん投げた医務室のクッションが飛来して顔面に直撃した。

 ベッドでないだけ優しいな、とは端で見ていたアスクレピオスの一言である。

 

 ともあれ、笑いながら致死級のルーン魔術を繰り出してくるスカサハの姿は、少女(キャスター)には完全にトラウマになったようだった。

 獣や野盗、羅刹(ラークシャサ)食屍鬼(ピシャーチャ)、その他神々は平気でも、スカサハはどうも駄目になってしまったらしい。

 似た外見と雰囲気ながら、中身が異なるスカサハ=スカディにすら一瞬身構えるほどだから、よほどである。

 そのスカサハに、マハーバーラタに残っていないカルナの戦いで何か激戦はないのかと尋ねられ、困っているのは明らかだった。

 

「戦い……戦い……あ、マツヤの小さめの砦を……」

「砦を?」

「砦を、半分くらい融解させて、全壊させてしまったことなら……」

「融解か?破壊ではなく?」

「融解と破壊です。カルナの一撃でジュッと半分ほど融けて、もう半分は私が地面をめくったときにグシャッと……」

「ほう!それはよい!」

「よくはありませんでしたが?マツヤですよ!他国です!」

 

 あれか、とカルナはすぐに思い出した。

 他国の砦を全壊させた出来事など、そうあるものではない。

 そしてその一言で、少女(キャスター)はスカサハには完全に興味を持たれたらしかった。

 ごく僅かな一部例外を除いた者に対しての負の感情が薄く、平等に誠実に応対する性格が、完全に裏目に出ていた。

 要するに、生真面目過ぎるのだ。

 

「他国の砦で夫共々戦うとは、お主も暴れていたのではないか」

「断じて!好きで!暴れたわけでは!ありません!……あの、図書館でこれ以上のお喋りはよくないと思いますので、また他所でどうでしょうか?」

「良いぞ。今度我らの宴に来るが良い。当然、夫と共に来ような?おまえは夫がいなければ、酒の席に顔を出せない誓約があるのだろう?」

「そうですが……。スカサハ様、宴の中でも終わったあとでも、私たちが帰るまで戦わないと約束していただけるのでしたら、お伺いします」

 

 影の国の女王の誘いを断るのは無理だと悟ったのだろう。完全に諦めた声音だった。

 

「良かろう。変わりに必ず来るように。制約(ゲッシュ)するか?」

「夕食のお代わり感覚でゲッシュは止めてください!燃やしますよ!」

 

 燃やしていいのかゲッシュ。

 そもそも燃えるのかあれが。

 呪いとして捉えれば燃やせるのか。

 

 カルナの疑問は置き去りに、スカサハは笑いとともに去って行った。

 去り際に本棚の間にいたカルナに一瞥をくれるほどだ。最初からカルナの存在に気がついていたのだろう。

 

「カルナ、聞こえていましたよね?」

 

 ひょいと本棚の間に現れた少女(キャスター)は、両腕に本を抱えたままだった。

 重たげなそれを数冊取り上げつつ、カルナは肩をすくめる。

 

「聞いていた。オレは構わないが、おまえはいいのか?」

「さすがに十一回言い逃れするのは心苦しくなってきていたので、行きます……。事後承諾ですみませんが、同行お願いしますね」

「無論だ」

 

 なるほど、十回は言い逃れしていたのか。

 そこまでして行きたくなかったのは、スカサハへの苦手意識を差し引いても、戦闘と生活の営みが継ぎ目なく繋がっているケルトの価値観と、根本的に性が合わないのは知っている。

 

 しかもそこへ来て、生前もあまりいい思い出がなかった、戦士だらけの酒が出る宴の席。

 静かな森の中や木の上で、ぼんやりとした猫のように空を見上げて過ごすのが好きな少女(キャスター)には、元から合わない場所である。

 

 ふむ、とカルナは顎に手を添えた。

 

 口下手な己では話を拗れさせるかと敢えて口を出さなかったが、どうもそれは間違いだったらしい。

 槍と戦意ぐらい露わにしておけば、スカサハの戦闘意欲がこちらに向いて話を有耶無耶にできたかもしれない。

 こうなれば、手助けとなる人間を呼んでくるのが然るべきだろうと一人決めた。

 

「カルナ?」

「どうした?」

「変なことを考えている気配がして……」

 

 首を傾げる少女(キャスター)に、鋭いなとカルナは微笑んだ。

 

 

■■■■■

 

 

「珍しい症例が聴けると聞いて」

「やっぱり」

 

 マスターに事情を話し、シミュレーターでケルト風の館を再現したスカサハ主催の酒の宴の席に現れたアスクレピオスは、居並ぶケルトの前でも医務室と変わらない佇まいだった。

 

「カルナに呼ばれて来た。おまえたちが過去に経験した症例は僕が記録すると言っただろう。酒の肴として一夜限りの楽しみにするだけは勿体ない」

「思わぬ助っ人よな。施しの英雄が呼んだのがよもや戦下手の医神とは。意外なところで友誼を結んだか?」

 

 楽し気なスカサハに対し、アスクレピオスは顔をしかめていた。

 

「何とでも言えばいい。カルナは確かにろくな怪我も病気もしてこない点はつまらないが、医務室にいると愚患者の問診が正確になる。そっちの彼女は助手として役に立ってくれる。友誼かは別にしても、僕にとっては貴重な人材だ」

「もうそこまで言ったらカルナとは普通に友達と言っていいのでは?」

「ふん」

「来てくれて感謝する、アスクレピオス」

 

 ともあれ、医神は今回も絶好調で参加するようだった。

 影の国の女王が集めたのは、成熟したランサーのクー・フーリンと彼の少年期であるセタンタとメイヴである。

 他のケルトの英雄、たとえば狂王のクー・フーリンやフィン・マックール、フェルグスやディルムッドなどは来ていなかった。

 

「メイヴ様も来られたのですか」

「当然よ。クーちゃんが来るのに来ない訳はないわ。今日は酒の肴にさせてもらうから!」

「はい。楽しんでいただけるかはわかりませんが、頑張りますね」

 

 メイヴに対しては怯えも敵意もなく、少女(キャスター)は笑っていた。

 第五特異点では彼女の王道に対して敵意を持っていたが、それは既に更地になっているようだった。

 第一、インドの異聞帯という長い歳月を経験した少女(キャスター)にとって、人理修復を巡る戦いは遥かな過去になっている。

 カルナとの再会や、立香やマシュ、ラーマやシータ、ナイチンゲール、エレナと笑い合った記憶は確かにあるが、戦いに関しては、今まで通り過ぎた数多の争いと同じく、記憶の戸棚に仕舞われて久しいそうだ。

 

 つまり、少女(キャスター)にはメイヴに負の感情を抱く理由は既にない。

 

 あったとしても、この場においてはスカサハへの苦手意識が勝る。

 そのための『普通』の対応なのだが、コノートの女王は不服げではあった。

 愛情であれ憎悪であれ恐怖であれ、他人の『特別』に君臨してこそのメイヴと、彼女にも平等に接する少女(キャスター)はやはり相性が悪いらしい。

 

 と、冷静に観察している間に。

 

「では先に、マツヤ国がどこであったか話したほうがいいでしょうか?」

 

 少女(キャスター)が、世間話の続きのように口開いていた。

 スカサハがひとつ頷く。

 

「そうだな。おまえたちの駆けた大地は広大だ。前回は北の山での戦いだったようだが、今回はどうだ?」

「マツヤはクル国から見て西、ヤムナー河を越えた先の国になります。ウパプラヴィヤを都と定め、当時は王ヴィラータ様、王妃スデーシュナ様が治める国でした」

「マハーバーラタにも記されていたな。確か、ドゥリーヨダナが攻めて、アルジュナたちパーンダヴァに負けていただろう?おまえもいた戦場じゃないか」

 

 明け透けなアスクレピオスに、クー・フーリンが肩をすくめていた。

 あまり興味がなさげな彼は、師匠であるスカサハに強制的に召喚されたとのことだった。

 そのスカサハは杯を片手に、笑みを浮かべていた。

 

「オレたちがマツヤ国を訪れたのは、あの侵攻の少し前になる。アルジュナたちが未だ追放期間に在った頃のことだ」

「アルジュナってカルナのライバルだよな。追放されてたのか?何でだ?」

 

 セタンタの言葉に、少女(キャスター)が考えるように頬に指を添えた。

 

「ドゥリーヨダナ様の策略にアルジュナ様の御兄様のユディシュティラ様が引っかかり、他の皆様と共に十三年間国を追われたのです」

「ユディシュティラはパーンダヴァの長兄になる。法に精通した善き王で、土地を開いてインドラプラスタを築いた男だ」

「間違いなく名君なのですけれど、桁のおかしいギャンブル好きで……イカサマとわかっていてもやってしまうぐらいには」

「まさか、国を賭けてド派手に負けたのか?」

 

 クー・フーリンの一言に、少女(キャスター)がこくりと頷いた。

 

「一度賭博で負けてすべてを失って、宮中の皆様の計らいで取り戻して尚、再度同じ相手に同じ勝負を挑んで十三年間国を追われたので、本当に芯からの賭博好きとはあの御方を指すのでしょうね……。ドゥリーヨダナ様も途中から出来過ぎだとドン引きしていましたし。国を富ませ、民にも慕われる公正な方でありながら、賭博好きを克服できなかったのは人の王らしいですが……」

「……変な王もいたもんだな」

「ユディシュティラは法の秩序を司るダルマ神の息子でもある。賭博は神の正義には反していなかったようだ」

「カルナ、そりゃおまえさんなりの冗談か?」

「ただの事実だ」

 

 くく、とスカサハが喉を鳴らすのが聞こえた。

 

「イカサマを仕掛けた悪王子に加担していたのがおまえたちだろうに」

「はい、否定はしません。……個人的に言っていいなら、王族は多少悪辣なほうが民にとっては有難いと思いますが」

「んっ?」

 

 メイヴが目を見張るのは気に留めたふうもなく、少女(キャスター)はその話を続ける気はなさげに髪を耳に掛けた。

 

「ともあれ、今からお話しするのはその十三年の追放期間が折り返しを過ぎた時期でした。マツヤ国の高貴な女性に呪いがかけられた、何とかして来い、とのことでした。今回もドゥリーヨダナ様からの依頼というか、命令でした」

「前と変わらず大雑把な言いざまだな。しかも、呪いではなかったんだろう?」

「完全に呪いではない、と言ったほうが正確だ」

「私としてはどちらでもいいぞ。どのみち結末は、おまえたちで砦を破壊したのだろう?」

「は?蛮族か?しかもおまえも壊したのか?」

「好きで壊したわけではありません!地面をめくったら残り半分が倒壊しただけです!」

 

 一切合切何の弁明にもなっていない少女(キャスター)だった。

 あのときの彼女がしたかったのは、『地面をめくる』ことのみで、確かに砦を崩壊させる気は毛頭なかったとカルナは知っているが、第三者にはわからない。

 

「砦の崩壊は、オレたちが目的を遂げたがゆえの副産物だ。そこに辿り着くまでの話を聴きたいのだろう?」

「おう!」

 

 含みなく、今度はセタンタが応じた。

 大人のクー・フーリンと違い、話の続きを待ちかねているらしい英雄の少年時代に少女(キャスター)は薄っすら笑いかけつつ、口を開く。

 

「マツヤ国の宮中につくまでは、長閑で何もありませんでした。人が他にいると足が遅くなるので、カルナと私の二人だけで行ったのを驚かれたくらいです」

「平和な旅だった。獣や鳥、森の植物を糧に太陽の下を旅するのは、気持ちが良いものだ」

「ま、おまえは宮殿生活にゃ向いてなさそうだからな。嫁さんもか?」

「私は元々森育ちですよ、クー・フーリンさん。むしろ、アディラタ様の息子だったカルナのほうが都会住みです」

「オレと出会うまでおまえは主に森に留まり、人里での時間が短かったのだったか?」

「そうですね。義父母に呼ばれたら街へ行きましたが、基本的には森にいました。そのほうが燃やさずに済みますし皆平和です」

 

 人々が織りなす平和の輪の中に自分を入れてほしかったのだが、とカルナは首を傾けた。

 幼い頃のビーマが半神ゆえの怪力で意図せずカウラヴァ百王子に怪我を負わせたのと同じく、少女(キャスター)は幼い頃感情任せで焔を出していたらしい。

 父親が人ならざるもので、奴隷に落とされた母親を物心つくかつかないかで亡くした孤独な子どもなら、感情の抑制が利かないことなどいくらでもあっただろうに。

 が、その都度焔が出ていたとしたら、それは人を傷つける怪力と同じ脅威にはされたはずだ。

 ビーマと異なるのは、受け入れてくれた家族の有無に加えて、姫の息子か奴隷の娘かという違いだろう。

 

 ともあれ結果として、少女(キャスター)はカルナが出会った頃には、野宿が完全に平気な逞しさを持っていた。

 カルナの操る戦車に座り、無心に風景を眺める少女(キャスター)と旅ができたのは、確かに良い思い出だった。

 途中で遭遇したラークシャサやヤクシャなどの諸々は、語らなくともよいだろう。

 怪我の一つもしなかったのだからアスクレピオスには何ら益にならないだろうし、永遠に二人だけのものにしておきたい会話や記憶もあるのだから。

  

「旅を経て、マツヤ国のウパプラヴィヤに辿り着きました。呪いがかかったという女性とはすぐには会えませんでしたが、その時点で症状は深刻でした」

「ほう?何だ?風土病か?」

「どれだけ風土病好きなんですか、アスクレピオスさん。あんなところで流行り病は堪ったものじゃありません」

「件の女性は後宮内に留まれる身分だった。閉ざされた豪華な空間で感染が広がっていては、打つ手がなくなっていたところだ」

「……確かに最悪だな。宮殿ごと焼き払うしか手がなくなっていたかもしれない」

 

 病を権能に持つ太陽神の息子は、食い下がらずに頷く。

 さらりと苛烈なことを言った医者にメイヴが瞬きをしているが、アスクレピオスは気にした様子もなかった。

 一方、セタンタは軽く唸っていた。

 

「今のとこ、戦士らしい話がねぇなぁ。嫁さんの呪術師としての力っつーか、巫女みたいな力をアテに呼ばれたんだろ?」

「ああ。オレは今回も、偶々手が空いていたから同行しただけだ」

「おまえたち全員、妻に纏わるカルナの『偶々』は信じないほうがいいぞ。十中八九、ゴリ押ししているからな」

「そんなこったろうと思ったぜ。フィンが言ってたからな。この前ちぃせぇ特異点で嫁さんに声掛けたら、えらく遠いとこから太陽の視線が飛んできたってな」

 

 少女(キャスター)が、瞬間カチンと固まってクー・フーリンを見た。

 

「え、お待ちくださいクー・フーリンさん。その視線、ビームではありませんよね?」

「安心しろよ、ただのジト目だ」

「それならよいのですけど……多分、フィンさんの癒しの水と私の癒しの焔について意見交換していたときです。カルナ、あなた、話の中身を聞いていませんでしたね?」

 

 あの会話はそうだったのかと安堵しつつ、カルナは一言だけ口にすることにした。

 

「声が、聞こえる距離ではなかった」

 

 途端、クー・フーリンが吹き出してカルナの肩を叩く。

 

「いいじゃねぇか!ラーマにしろおまえにしろ、大英雄でも嫁は弱みってことだ!で、宮殿に殴り込んでそのあとはどうした?」

「殴り込んではいませんから……」

「最終的には近しい状況を招いたが、当初は違った」

 

 とはいえ、世辞にも歓迎されてはいなかったのだが。

 

「マツヤ国には、キーチャカという将軍がいました。マハーバーラタにも記されている方です」

「キーチャカ?……ああ、そう言えばビーマが言っていたな。あいつらの妻に言い寄って、肉団子にされたんだったか?」

「あいつ()の妻?何人もいたの?」

 

 メイヴの疑問は、当然と言えばそうだったがカルナは首を横に振った。

 

「いや、アルジュナたち五人兄弟は一人の妻、ドラウパディーと婚姻していた。彼ら共通の妻だ」

「んっ?どういうことよ?」

「これに関しては色々あって……姑にあたるクンティー様の一言が原因なのですが……結論として、多少変わった形の結婚とは言われども、ドラウパディー様は皆様を愛し愛される妻に落ち着いたということにしてください。ちなみに、絶世の美女でもあらせられました」

「半神五人と閨を共にして健康や美貌を損なわないとは、余程頑丈な姫だったんだろうな。肉体に加護でも持っていたのか?」

 

 相変わらず独特な視点を発揮するアスクレピオスに、少女(キャスター)は一度首を傾げてから頷いた。

 

「ドラウパディー様は双子のお兄様ドゥリシュタデュムナ様とともに火と祭壇の中からお生まれになったので、神の化身とも言われていましたね。確かに、ラクシュミー神っぽい気配はお持ちでした。サーヴァントになられたなら、肉体にかかる黄金律スキルは持っていても不思議はありません」

「また半神か化身か。やはり、おまえたちの時代には半人が多いな。で、そのキーチャカがどうした?」

「キーチャカ様はカルナに隔意があって、調査にとても邪魔でした。本っっ当に、邪魔でした」

「不届き者だったが、マツヤ国の総司令官だ。無下にはできない」

「不届き者とは珍しいな、施しの英雄。おまえは滅多なことではそのように他人を評さないだろうに」

 

 スカサハの真紅の瞳は、葡萄酒のようにきらめき、ちらりと少女(キャスター)を捉えてから笑う。

 ふむ、と女王は考える素振りを見せた。

 

「そうさなぁ、余程の逆鱗に触れられたか……たとえば、そこの妻に不埒な真似をされたか?」

「……さすがの慧眼だな、影の国の女王」

「単におまえがわかりやすいだけだ」

「わからないわけないわ。他に理由なんてないでしょう」

「…………そうか」

 

 そこまで自分はわかりやすかったのか。

 ちらりとアスクレピオスに目をやると、ふんと鼻を鳴らす音が返ってきた。

 

「こっちを見るな。わかりやすいに決まってるだろうが。僕から見たおまえは誠実で頑固な脳筋だ。それにしても、おまえの前で妻に手を出そうとするなんてとんだ命知らずもいたものだな。……ビーマのように、キーチャカを丸めなかったのか?」

 

 カルナが答える前に少女(キャスター)が、手を挙げていた。

 

「キーチャカ様は、私がカルナと離れたのを見計らって、私の方に確かに来ました。来ましたけれど、弓で引っ叩いて逃げたので、どうにかなりました」

「……は?」

「でも、叩いた途端に弓が弓幹(ゆがら)のところで真っ二つになったのはびっくりしました。剣も受け止められる弓で、長い間私を護ってくれたのに」

 

 クー・フーリンとセタンタ、アスクレピオスは、平坦に言う少女(キャスター)をまじまじと見てから、カルナに視線を送ってくる。

 カルナは、無言で首を横に振るしか無かった。

 

 これに関しては、誇張抜きでそうなのだ。

 それ以上近寄るなと言う警告を無視して腕を掴もうとしてきたキーチャカを、少女(キャスター)は弓で叩いて怯ませ、少し燃やして逃げた。

 

 しかも今すぐ帰るべきだと言っても、今ここでマツヤとクルの関係を悪化させられないし、呪いに苦しむ人を放っておけないと反対してきたのだ。

 

 要するに、少なくとも今すぐ、衝動的に、キーチャカに手を出すなとカルナは止められたのである。

 

 己一人でマツヤの総軍を相手にしても構わないと言ったら、できるできないは聞いていない、しないでくださいと返され、撃沈になったのである。

 カルナの衣の袖を掴んだ指先は目に見えるほど震えていたのに、そこまで言われてしまえば引き下がる以外なかった。

 

 スカサハは、酒を入れた杯を揺らしていた。

 

「どうも話が繋がらんな。キーチャカとやらは、おまえたちの国とは別の者だろう?権力争いをするには遠く聞こえるぞ」

「それについては、私の推測も入るお話しかできないのですが、よろしいですか?」

「いいわよ。続きを話しなさいな」

 

 二人の女王に促され、少女(キャスター)は頷いて続けた。

 

「キーチャカ様は、マツヤ国王の御者(スータ)でした。つまり、カルナと同じ身分となります。そのため、何かと引き比べられる機会が多く、元々対抗心があったようです」

「そう言えば、あなたの夫は一応王だったのかしら。片や王で、片や王に仕える御者。嫉妬深い男なら、さぞ気に障ったでしょうね」

「はい。キーチャカ様は強さで一国の総司令官を務められ、キーチャカ様がいるからとマツヤへ戦を仕掛けない国もあったほどの方でしたが、御者(スータ)御者(スータ)だと陰口を叩かれることもありました。……それで傲慢で粗暴な振る舞いをし、カルナを攻撃する方へ走ったことに納得はしたくありませんが、想像はできます」

 

 キーチャカを語る少女(キャスター)の口調には極微かな憐憫こそあれ、嫌悪や怒りはない。

 本当に、彼女にとってキーチャカは傷にすらならない男だったのだ。

 

 少女(キャスター)は、さらりと話の続きを口にした。

 

 




本編より番外編のが先に書けてしまったため、更新します。

しかも、フォルダを整理していたら昔書いていたFate/stay night編が出て来ました。

現代冬木に転生した主人公(生前の記憶なし・女子高生・相変わらずのメンタル強度)が、うっかりでカルナ(ランサー・生前の記憶あり・カルデアとジナコの記憶あり)を召喚してしまうやつでした。
よくこんなの書いてたな、と懐かしいです。

22:10に(下)を投稿します。
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