太陽と焔   作:はたけのなすび

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ここすき、感想、評価、誤字報告、ありがとうございます。

こちらは本日投稿の2話目になります。

では。


太陽と女王と昔の話(下)

 

 

「と、キーチャカ様は一旦退けられたのですが、この方は王妃スデーシュナ様の弟だったので、話が拗れたのです。……普通に嫌われました。私が」

「馬鹿な弟を引っ叩かれて姉が出るのはどうなんだ?アルテミスのおばさんもヘラ神に喧嘩を売って弓で叩かれたが、羊は別に出張らなかったぞ」

「そうだったなら良かったのですが、王妃様は違ったもので。……助かったのは、軍司令官が女によって退かされたのは外聞が悪すぎると、隠蔽してくれたことぐらいです」

「それ、何であんたの助けになんだよ?」

羅刹女(ラークシャーシー)扱いされて、人里に入れなくなるのは不便でしょう?セタンタさん」

「お、おう」

 

 不便になるのが嫌なだけで、怪物扱いが嫌というわけではないのか、とカルナは瞬きをした。

 軽く笑いをこぼしたスカサハが、少女(キャスター)の肩を叩き、話の続きを促す。

 

 あのとき、少女(キャスター)は呪いの痕跡を探すために後宮へ出入りしたがったのだが、王妃に否と言われたのだ。

 曰く、後宮に弓や剣という武器を携えた野蛮な女の出入りを禁じる、と。

 

 弓も剣も呪術に必要な呪具であるからと王から許可は受けていたもので、持ち込むことに同意は得ていた。

 だが、呪具として儀式にのみ使うという約定を破ったと言われたのだ。

 少女(キャスター)が武器を武器として使ったのは、キーチャカに狙われたためである。

 キーチャカより腕力に劣る少女(キャスター)が、武器無しでどうやって身を護れたと言うのかと述べたものの、カルナの主張が容れられることはなかった。

 老いた王は、愛する王妃と武勇を誇る軍司令官の言葉しか通さなかったのだ。

 キーチャカの蛮行を、無かったことにしたのである。

 

 王が、真実ではなく後宮に巣食う王妃とその弟の力に阿るならば、後宮と王宮の壁を一切消し飛ばし、区別を無くしてしまおうか、と一瞬考えたほどだ。

 

 察知した少女(キャスター)に止められたし、実際にやりはしなかったろうが、それほど度し難かった。

 

 あれから数年後、ドラウパディーに惚れて彼女に手をかけようとしたキーチャカは、ビーマによって見るも無残な亡骸となり、百人以上いた彼の弟たちもビーマ一人の手で全員斃され、マツヤ国は戦力を大幅に減らすことになった。

 あの老王の決断力の無さと王妃の愛が招いた事態として、何ら不思議はない。

 

「しかしそれでは患者を診られないので剣も弓も持ち込まないと謝り倒して、やっと入れてもらえました。けれど、時間が大幅に無駄になってしまいました」

「患者と言うからには、呪いではなかったんだな?」

「そうでもないんです。……妊娠された方に起こる吐き気や痛みもありましたが、体の衰弱もひどく、どこまでが呪いで、どこまでが妊娠ゆえの不調か判断できなかったようです」

 

 区別をつけられなかったにも関わらず、あの国の医師は、呪いと言い出して事態をすべて少女(キャスター)に押しつけたのだ。

 司祭(バラモン)も匙を投げた呪いを解ける少女(キャスター)を貶めたい欲が、あそこにはあった。 

 彼女が解決できれば自分たちの判断は誤りではなかったと言い、できなければ少女(キャスター)に責を負わせて逃げられる。

 どちらに転んでも、彼らに損はない。

 

 そこに彼らが救うべき、女性の安否は考慮されてない。

 彼らにとって、彼女は餌だったのだ。

 やはり、アスクレピオスを大激怒させる医師しかいなかったのである。

 

 呪いに雁字搦めにされたような状態で、しかし弓も剣も、戦車を操る腕も、役に立てられない。

 カルナにできるのは精々、キーチャカが二度と少女(キャスター)に近づかないよう殺気交じりに睨むぐらいだった。

 

 けれど、ここで少女(キャスター)が折れなかったのもカルナは知っている。

 

 マツヤ国とクル国に戦争を起こさないこと。

 苦しんでいる女性を救うこと。

 

 その二つだけが、少女(キャスター)にとっての重要事だったのだ。

 というより他を優先順位から蹴落として片付け、その上でこの状況を強いたすべてに対し─────()()()()()

 

 ─────いいでしょう、上等です。

 ─────邪魔をするならやってやります。受けて立ちます。

 ─────絶ッ対、負けるか!

 

 よりにもよって、()()()()()()()()を、自らの目的のため利用する。

 それは、孤児(みなしご)だった少女を激怒させるに十分だったのだ。

 

 太陽に向かって咆哮した少女(キャスター)の背中を、今も覚えている。

 

「まともに診察できるようになるまで面倒事に巻き込まれすぎだな。僕なら途中で暴れたくなる」

「おまえでは暴れても制圧されているぞ、アスクレピオス」

「当たり前だろう。僕は医者だぞ?助手にも腕力で負ける」

「ああ。おぬしら医療班の男どもは、パラケルススとサンソンを加えてもナイチンゲールと焔の術師に力で劣るなぁ」

「スカサハ様、呪術で肉体強化した筋力前提で言わないでください……」

 

 くくッとセタンタが笑った。

 

「嫁さん、あんたやられっぱなしかと思ったらきちんと怒るんだな。いいじゃねえか」

「あら、そんなふうに思われていたんですか。私も怒るときは怒りますよ」

「あなた、そう言って特異点でも爆発を仕掛けて来たわよね」

 

 第五特異点での戦いを思い出したのかメイヴが軽く少女(キャスター)を睨み、少女(キャスター)は首を傾げた。

 

「あれが一番火力の出る攻撃なので。私の死因ですし」

「聞いてないわよ⁉」

「はい、言っていません。……では話の続きですが、患者の女性は王妃様の縁戚の侍女でした。身籠られたものの体調を崩されてしまい、呪いではないかと言われるようになったのです」

「身籠ってどれぐらい経っていたんだ?」

「五、六ヶ月でした」

「腹の膨らみが目に見えるあたりか。繊細な時期だな」

 

 手元で話を書き取りながら、アスクレピオスは呟いていた。

 妊婦という単語に、薄っすらとクー・フーリンの顔色が変わったのをカルナは見る。

 そう言えば。

 

「アルスターには、戦士全員に生みの苦しみを味わう呪いがかけられたことがあったか」

 

 ふと呟くと、クー・フーリンが盛大に酒を吹いた。

 

「おまっ、カルナ、知ってたのか!」

「以前、彼女が読んでいた本を横から眺めていたときに目についた。身籠った女性と、馬を競走させ落命させたためにアルスターの戦士が呪われたとあったな」

「ヴァハ、またはマッハの呪いですか。当然至極と思いますが、それは戦士の皆様全員、動けなくなったでしょうね」

「……」

 

 当時を思い出しただろうクー・フーリンは、無言で酒を煽った。

 一方、隣のアスクレピオスの手元ではペンがバキンとへし折れる。

 カルナは無言で代わりのペンをアスクレピオスの前に置いた。

 

「何を、どうしたら、妊婦を、馬と競走させて、生命を奪う、馬鹿が、誕生する……?」

「妻の脚の速さを自慢をした夫がいたの。そしてその呪いが効いてる隙にアルスターを攻めたのが私よ。クーちゃんに止められたけどね!」

「そこでセタンタに恋したのだろう?コノートの女王、メイヴ」

「……繋がりはあるものなのですね」

 

 少女(キャスター)は頷いた。

 

「色々無駄なことに巻き込まれて、やっと女性に対面できたのですが、そのときには胎動がまったく感じられなくなっていたのです」

 

 あのとき。

 女性だけが入れる部屋から出て来た少女(キャスター)の顔色は、青ざめていた。

 どうしようと呟きながら、血が滴るほどきつく手を握りしめ、ひたすら考えていたのだ。

 

 そして、明らかに女性は『呪い』を受けていた。

 体を徐々に衰弱させ、死に至らしめる呪いである。

 

「ですが母体ではなく、胎児を呪うものでした。普通なら呪いに気がつかず、死産になっていたところです。呪いの効きが遅くて完成はしていませんでしたが、女性の衰弱もひどくて生命が危うかった」

「出産は母子ともに命がけだから、子が死んでいても呪いが原因と気づきにくくなるというわけか。……当然、すぐその呪いは外したんだろうな?」

「いいえ。私の呪いの外し方は、効き目が強い代わりに反動が激しいのです。体の弱った人に施せば、生命に関わります。彼女の場合、私が負担を引き受けても足りないぐらいでした」

「……そう言えば、おまえはカルナやアルジュナなら即座に全身燃やして呪いを外しているが、僕やマスター相手のときは火力を下げていたか」

「そうですね。あと、カルナは自分で体内に炎を巡らせて異物を除去できるぐらいには痛みに耐性があります。でも普通の女性にはできません」

 

 とはいえ、負担を減らして呪いを解く方法も少女(キャスター)は持っていた。

 特殊な薬草と儀式を用いて行えば、時間がかかる代わりにできるのだ。

 薬草と聞いた途端、アスクレピオスの眼が異様に光った。クー・フーリンが引いた。

 

「薬草だと?効果は?生息地は?用法と用量は?」

「残念ながら、アプサラスのような神の眷属が降臨した跡にしか生えないのでもう手に入らないかと。アムリタとかソーマとかの、特殊な霊酒霊薬が少し零れたあとに芽吹くものだったので」

「チィッッッッ!」

「確か、摘みたてでないと効き目がない短命な花だったな。乾燥させると使えなくなるのは何故だとおまえも怒っていたはずだ」

「変なところで怒るのね、あなた」

「神気で爆誕した植物なら、もう少し根性が欲しかったんです。本当に萎れやすい花で困りました。しかも真夜中の一時間しか開花しないのです。月下美人でもあるまいに」

 

 根性とは。

 とにかくも、その『花』を胎児と母親の二人分(・・・)摘んで儀式をすれば呪いが解けるとなった。

 マツヤ国には幸い、かつてアプサラスが降臨し戯れた小さな湖が森の中にあり、そこに行けば薬草が手に入るとわかった。

 今すぐに行けばまだ間に合うと判断した少女(キャスター)と、その森へ向かったまでは良かったのだが。

 

「キーチャカ様がまた邪魔をしに来ました。今度は兵士連れで」

「懲りねえ野郎だな。今度はどんな難癖だ?」

「オレたちが向かう森は、ある砦を越えた先にあった。総司令官として、国の防衛のため砦は通せないというのがヤツの言い分だった。嘘だったが」

「ああ、おまえさん嘘は嘘とわかるんだったか」

 

 サーヴァントとなった今は『貧者の見識』のスキルに昇華されているが、生前も特別な力だと感じたことはなかった。

 あなたは視線が鋭いので、やましいことがある相手には刺さるのではないか、というのが当時の少女(キャスター)の考えだった。

 ではおまえにとってもオレの視線は鋭いのかと聞けば、慣れました、との一言である。

 

 つまり、慣れるまでは普通に怖かったのだ。

 

 ともあれ、当時は嘘だと見抜けてもどうするのかという問題はあった。

 

「時間を奪われては病人の体力がもたない。花が咲く時間も限られている。そのため、スーリヤの照覧を希った上でオレがキーチャカに勝負を挑んだ。オレが勝てばこちらが通る。負ければ引き下がることにした」

「お、いいじゃねえか!わかりやすくなったな!」

 

 手を叩いて喜ぶセタンタと逆に、少女(キャスター)は頬に指を添えていた。

 

「砦の兵を連れていたキーチャカ様なので、挑戦は受けないと名誉に関わります。決闘は、割と先に宣言して重いものかけた者勝ちです。……カルナの場合、スーリヤ様との縁である鎧をかけて挑んだので」

「それは随分思い切ったものを捧げたな、施しの英雄よ」

 

 む、とカルナは首を傾げた。

 

「当然だろう?彼女の決意が掛かっていた。オレの持ち得るモノで釣り合うかはわからなかったが、あの男をこちらの土俵に引きずり出せたので間違いではなかった」

「……何、惚気?」

「事実だ。実際、キーチャカは乗った」

「乗りますよ。乗らざるを得ないでしょう。あの場の全員、あなたと鎧がスーリヤ様に縁付いているのは察しているんですよ?逃げては軍司令官の面目丸潰れです」

 

 こうして始まった戦いだったのだが。

 

「カルナが宣戦布告とほぼ同時にキーチャカ様を吹き飛ばして砦の壁をブチ破ってしまったので、兵士の方々に砦から出て行ってもらうことにしました。巻き添えで死にそうな新兵もいたので」

「戦を避けるために一人たりとも死なせてはならなかったからな。避難は任せた。難題を押しつけたのはすまなかったと思っている」

「国を守るためでもない、名誉も何も無い争いに巻き込まれて死にたいのですかと尋ねたら皆様すぐ消えてくれましたよ。何人かはキーチャカ様に助太刀しそうだったので、転移でどこかへ飛んでもらいましたが」

「どこかって、どこ?」

「さぁ?死なない高さから落ちるようにして方々に飛ばしたので」

 

 いよいよ楽しそうなスカサハの視線には気がついた様子もなく、少女(キャスター)は素っ気なく首をすくめた。

 

「決闘の模様、私はろくに見ていないのですよね。兵士がいなくなったとカルナに念話で伝えたのとほぼ同時に、ブラフマーストラが炸裂して砦が半分融けたので」

「ほう!やっとか!」

「時間はかけられなかったのでな。人がいないならば撃てる技もある」

 

 巨大でないとはいえ、堅固な石垣を備えた砦だった。

 その砦の半分が、一瞬で融けて消えたのだ。子どもが遊びで丸くくり抜いた、土の山のように脆く。

 どろどろと赤く煮立った、かつて城壁であった石塊を見、キーチャカはカルナを前に忌々しげに『負け』を認めた。

 

 しかしそのときには、薬草を摘める時間が迫っていた。

 今から森に踏み入っていては、カルナが戦車を駆っても間に合わない。

 

「次の開花はひと月後で、呪いが完成してしまいます。待っていられませんでした」

「まさかと思うけどよ、森を吹っ飛ばして直線の道を作ったとかじゃねぇよな?」

「していませんよ、薬草ごと吹き飛ばしてしまいます」

「そうだな。確かにおまえはしなかった。土地をめくってこちらに引き寄せ、そこから薬草を摘んだだけだ」

「は?」

 

 セタンタの目が丸くなる。

 多分、あのときの自分も同じ顔をしていただろう。

 少女(キャスター)はまず、カルナに弓を貸してほしいと頼んだ。

 おまえに扱えない大弓をどうするのかと言えば、いいから貸してほしいと頼まれ、渡したのだ。

 

「彼女はオレから弓を借り、薬草のある森の奥に矢を五度射ち、銛で貫いた魚を綱で引き寄せる漁師のように、矢を楔に土地をめくって焔の鎖で引き寄せ、落とした。結果、砦は無事だった残り半分ごと倒壊した」

「さすがに重すぎて手元が狂いました。人は潰してませんし、森の生き物は空間ごと保護して死なせていませんけれど」

 

 森を、そこに住まう生命ごと、傷つけずにそっくりそのままに引き寄せ天から落とす。

 言うは易いが、間違いなく大呪法だったし、実際の光景を見た者としては絶句しか無かった。

 何らかの概念的な呪術と、焔の力も使ってはいたが、結果としては森落としである。

 

 あのとき。

 

 (チャンドラ)(ターラー)の光も遮る森林が、矢と結びついた何本もの焔の鎖によって夜空を駆けて引き寄せられ、落ちて地を揺らしながら砦を押し潰した。

 湖も樹木もある森を、地表(テクスチャ)ごと引き剥がして呼び寄せた少女(キャスター)の眼が、宝石のように夜でも光っていたのを覚えている。

 

 クー・フーリンが、何とも言えない顔になった。

  

「あー……嫁さん、そらまた豪快だったな……。つか、引けたのか?カルナの弓だろ?」

「五矢射ったら、肩が外れて指が焼けました。治しましたけど。自分の弓があればそちらでしましたが、キーチャカ様のせいで壊れていたので。……でも、私のだと矢の距離が届かず失敗したかもしれないので、カルナから借りて正解でした」

 

 スカサハが、ついに堪えきれないというふうに呵々と笑い出す。

 少女(キャスター)は、そっとスカサハから距離を空けた。

 

「いやはや、おまえはそんなことをしていたのか!土地をめくったというから、地割れを起こした程度かと思っていたぞ!まさか持って来ていたとはな!面白い発想よな!」

「ハヌマーン様のお話を思い出しただけです。彼はカイラーサ山を千切って持って来て振って薬草を落とし、ラーマ様の弟君の傷を癒やされたそうですから」

「思い出したのと実践するのは天地ほど差があるぞ。確かに、ハヌマーンが運んだカイラーサ山よりは小さかったが」

「やったら何かやれたんですよ」

「……今度ビーマに同じことを言ってみろ。間違いなく、あの男でも顎を外す」

 

 しかも、少女(キャスター)があの大技で受けた傷は、カルナの弓を引いた反動だけだ。

 強すぎる弓を無理に引いて肩の骨が外れ、指先が摩擦で炭化すると知っていれば、弓を貸したかどうかはわからない。

 少女(キャスター)は、カルナのそれも見抜いた上で、何をするか言わなかったのだろう。即座に怪我を癒して、薬草を求めて駆け出していた。

 あのときと変わらない、危ういほど純粋な眼で少女(キャスター)は、言う。

 

「でも、やらなければ人が死にます。なら、やるでしょう?」

「……僕でもやれるならばやっているが、医者は怪我をするな。誰が患者を治すんだ。医者をやれるのはお前だけだったんだろう」

「……はい」

「で、薬草は二人分手に入れたんだろうな?そこまでやったんだ。当然だろうな?」

「二人分手に入りはしたが、一人分はキーチャカに撃たれて失った」

 

 あのときのキーチャカは、妬みと嫉みで何も見えなくなっていたのだろう。

 将軍はカルナではなく、少女(キャスター)を撃った。

 戦士は女を殺さないという当然の誓いを破られるとは思わず、刹那の間反応が遅れ、少女(キャスター)は護れたが、矢を弾いた余波で薬草が燃えてひとつを失ったのだ。

 

 助けられるのは、これで母親か赤子かどちらか一人だけだ。

 選べ、施しの英雄、と。

 

 あの男は、嗤った。

 

 二本目のペンが、アスクレピオスの手の中でへし折れる。

 

「……よく、わかった。今度マスターに、そいつを絶対に召喚しないよう頼んでおく。それでもカルデアに現れたなら、僕はカルナとビーマを差し向けるし僕も行く。薬は毒にもなるからな」

 

 恐ろしいほど据わった目の医神である。

 

「そうか。オレは手を貸そう。ビーマも乗るだろうな」

「……カルデアを壊さないで下さいよ?」

 

 少女(キャスター)は、軽くため息を吐いた。

 

「けれど、キーチャカ様の一撃は、無駄でした」

「え?薬草は二人分必要だったんじゃないの?」

「ああ、それは嘘です」

「ん?」

 

 メイヴが目を瞬かせ、セタンタが声を上げた。

 

「母親と赤ん坊の二人分いるんじゃなかったのかよ?」

「ええ。キーチャカ様に聞こえる嘘を言いました。あの人はカルナより弱くて、弱い人は、私みたいになりふり構わず何を仕掛けてくるかわかりませんから。本当の分量なんて言いません」

 

 過去、カルナ含めて周りを謀った少女(キャスター)は、告げた。

 

「あの女性は、()()()()()()()()()んです」

「どういうことよ?腹が膨らんで、身籠った女の特徴が出てたのよね?」

「所謂つわりですね。はい。ありました。でも、違ったのです。最初から、彼女は子を持ってはいなかった。でも、妊娠と見まごう状態には陥っていました」

 

 憤怒で据わっていたアスクレピオスの目が元に戻り、考えをまとめるように指先を動かす。

 ややあって、青年ははっと目を見開いた。

 

「想像妊娠か!」

「はい。胎動がないのもそのためです。そして本来ならとうに発動しているはずの呪詛の完成が遅れたのは、呪う対象の胎児がおらず狙いがずれたから。尤も、想像妊娠といえど現代のとは違いましたけど」

「数週間で終わるはずの想像妊娠が、数ヶ月続いていたのか」

「なぁ、その、そーぞー妊娠てのは何だ?」

 

 召喚の際の知識でも、補えなかったらしい。

 カルナは口を開いた。

 

「子を宿してはいない女性が、身籠ったようになる体の変調だ。腹が膨らむことすらある。原因は定かでないが、そういう状態になってしまうとのことだった。オレも、当時は知らなかった」

「僕の時代にもあるにはあった。が、より期間が長いぞ」

「多分、常識が現代と違う神代だったことと、患者本人に呪術の才能があったのが原因です。子を持ちたい強い願いで、ある意味彼女は、自分で自分を呪った状態になっていました」

「……思い込みによる心身の変化と、呪いの線引きが曖昧になった、か。だが、僕でもあまり診なかった症状だぞ。何故わかった?」

 

 少女(キャスター)は、束の間唇を噛んだ。ちらり、と目線をクー・フーリンに向けてから口を開く。

 

「私がいた森にはニシャーダと呼ばれる狩人揃いの一族もいらっしゃり、彼らは猟犬を飼っていました」

 

 狩人の怪我を治し、薬を作る代わりに狩りの獲物を分けてもらう共生していたことが、あったらしい。

 少女(キャスター)に弓を教えてくれたのも彼らで、穏やかな関係だったのだ。

 彼らの住処で、少女(キャスター)は多くの猟犬を見た。

 

「孕んでいる雌と、そうでない雌を混ぜていると、時折孕んでいないはずなのにそう思い込み、そうであるかのように振る舞う個体がいました。雌雄で交わり子を設け、愛という執着心を持つ仕組みは、人も犬も変わらない。なら人間も同じでは、と思ったんです。……でも、言えませんでした」

「確かにな。現代の医学で説明された理屈でも、僕たち半神には微妙な部分もある。ましておまえの立場で、犬と人を同じと見て症状を説明するなんてできるわけがないか。カルナ、おまえは納得できたのか?」

「意外ではあったが、彼女が知識と経験で得た見解なら、ありえないと言うほうがありえないだろう」

「カルナがこういう人でなかったら、火炙りもあり得る発想なのはわかっていましたよ……」

 

 兎にも角にもキーチャカには目もくれず、少女(キャスター)はカルナを急き立てて都へ戻った。

 ぎりぎりで呪いを解き、女性の生命は救えた。

 

 それでも、子は駄目だったと告げた。

 嘆き、泣き喚く彼女と寄り添う夫を、少女(キャスター)は黙って見つめていた。

 

「想像妊娠を説明できないので、呪いで子は亡くなって、助けられたのは貴女だけだと伝えました。恨み言は言われましたけど、仕方ありませんね」

「オレにはおまえも病人に見えた。今も昔も、誠実という名の病にかかっているのは変わらないな」

「真実は時として刃ですし、他人を恨んでいる間、人はなかなか死にません。心身衰弱した彼女が生きるにはあれでよかったのです。それに誠実さの墨守に関しては、後でお話しましょうか、カルナ」

 

 目が笑っていない笑顔がカルナに向いた。

 せめてキーチャカの蛮行で薬草を失った事実だけでも言えばよかったのに、それはそれで軋轢になると口を噤んだのだ。

 堪りかねて、カルナは嘆く妻を支えていた夫にだけは隠れて事実を伝えた。

 おまえの妻は子を流してしまったのではなく最初から身籠ってはいなかったこと、まだ子を宿す可能性はあることも、包み隠さず伝えた。

 想像妊娠は『病』とだけ伝えたが、彼は妻の行いを詫びて感謝し、落ち着けば妻に事実を伝えると約束し、子が生まれたらあなたたちに貰った名をつけたいと請われた。

 

 断る理由はなかったので、男女一人ずつ考えた名を渡した。

 

 チトラセーナという男の名と、彼女から名を取った『■■■■■』という女の名。

 

 彼らがその名を子に与えたかはわからない。

 だが、与えていたならば■■■■■という少女(キャスター)と同じ名前の子が生まれていたはずだ。

 或いはその娘の名は、欠片であっても人類史に残ったかもしれない。

 

「私たちは国へ帰ることにしました。剥がした森は帰り道で直しましたが、砦はキーチャカ様に押し付けました。スーリヤ様の名の下の決闘を、無かったことにはしませんよねと言ったら、ええ、快く後始末をすると言ってくれたので」

「あの男は、破壊された砦を私財で建て直したと聞いた。ドゥリーヨダナは笑っていたな」

「私もざまあみろと笑っていましたよ。あの人のせいで私の弓が壊れたんです。せっかくカルナが作ってくれたものだったのに!」

「新しい弓などいくらでも作るし、贈る。おまえはもう少し真面目に怒るべきだ……」

 

 本当に。

 少女(キャスター)には己のための怒りが、乏しい。キーチャカへの関心の薄さもそうだ。

 

 とはいえ、キーチャカへの無関心を正すつもりはない。

 

 大弓を満月のように引き絞って夜空を断つ矢を五つも放ち、大地を焔の鎖で引いて落とした少女(キャスター)の姿に、キーチャカが見惚れたのを、カルナだけが知っている。

 

 懸命に何かを成そうとする者。

 己の力不足を知ろうと全力を尽くす者。

 一心に誰かのために駆け出せる者。

 それらは美しく尊く、見惚れるのは必定だ。

 

 キーチャカの最後の一撃も、決して己を見ない少女(キャスター)への想いと少女(キャスター)の視線の先にいたカルナへの嫉妬があったとすれば、説明もつく。

 

 つくが、どの面下げて誰の妻を見ているのかという話だ。

 

 ドラウパディーといい少女(キャスター)といい、キーチャカは届かぬ星へそれでもと手を伸ばす(さが)をしていたのだろう。

 彼の瞳に映ったのが少女(キャスター)でなかったなら、違った目で見れた。あの男は、ドゥリーヨダナのように人間らしかった。

 

 だが、彼女は、彼女だけは駄目だ。

 許せない。

 認められない。

 

 己は、息をするように善を成せる『英雄』ではなく。

 ごく普通の、嫉妬も欲もある男だからこそ、そう思う。

 

「て、結局呪いをかけたやつは誰だったんだ?」

 

 まだ英雄ではない少年は、軽く尋ねた。

 

「調べませんでした。面倒事になりそうだったので。でも、呪い返しはしましたら、しばらくして、呪いをかけられた女性の夫の競争相手の武士が体を壊した話が流れていたので、多分動機はそこかと」

「夫の政敵が妻と腹の子を狙う、か。ありふれた話よな。……その解決の方法がありふれていなかったが。まさか、森落としとはなぁ」

 

 スカサハは微笑み、メイヴは呆れたように頭を横に振った。

 

「森を落として砦を潰すなんて、対城宝具になりそうじゃないの。できないの?死因の自爆よりはマシでしょ」

「神代の空気でないと、あれは無理です。それにカルナに借りた弓でやったため、カルナから武器を借りないと駄目らしくて」

「ランサーのオレには弓がないからな。だが、あれは宝の持ち腐れのままでいい」

 

 半神としての力が強大でも、少女(キャスター)は根っから争いに向いていない。

 誰かを助けるためなら大地を空から落とせても、戦場には落とせない。本当に、狙って砦を壊したわけではないのだ。

 

 何より、結局自傷を伴うので弓を貸したくない。何でもは施せない。

 セタンタは納得いかなそうに腕を組んでいた。

 

「でも砦を壊してんだよな?半分はカルナで、半分は嫁さんだろ?」

「何なら、嫁さんが落とした森がトドメじゃねぇのか」

「夫婦揃って豪快なものよなぁ。少しのやる気で丘を消し飛ばす男が身近にいるだけはある」

「あの、落としたら下に砦があっただけでわざとでは─────」

「何言ってるの?自覚有りで破壊するよりも、自覚無しで破壊するほうがヤバいヤツよ。わからない?」

 

 尻尾を踏まれた仔猫のような声が、少女(キャスター)の喉から漏れた。

 よりによって、ケルトの者たちに口々に言われたくなかったのだろう。

 アスクレピオスは得たい情報は得られたとばかりに、三本目のペンを走らせている。

 この話も、彼の糧になって残されるならば、無意味でも無価値でもない旅ではあったのだろう。

 

 場を設けたスカサハは、にやりと笑って少女(キャスター)の肩に手を添えた。

 

「焔の術師よ、この戦いが終われば影の国に移り住んだらどうだ?おぬしならば馴染めると思うぞ?」

「……有り難いですが、太陽がない国はお断りします、スカサハ様」

「そうか。そうだろうな。おまえたちは日輪が輝く大地にいてこそだ」

 

 言って、影の国の女王は酒宴の終わりを告げたのだった。

 

 





百人助ければ五十人に罵倒され、三十人に蔑まれ、十人に恐れられ、十人に感謝される。
大体そんな割合で生きていた主人公だと考えています。

森落としは、水着とかでアーチャーやセイバー霊基とかになったらワンチャン宝具になるかもしれませんが、隙が大きい大技なのでカルナか誰かにカバーに入ってもらわないとできません。
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