前話の続きではなく、独立した話です。
時系列的にはドバイ前です。
「んー……」
鏡に映した自分の顔を覗き込む。
青い瞳に黒い髪、意識して口角を上げないと、冷たく見えるつんとした無表情と白い肌。
好きでも嫌いでもない、見慣れた形だった。
「これを……こう……?」
眉の上辺りにかかる前髪だけを、少しのばしてみる。少し呪術で弄れば、簡単に髪はのびて青い眼が両方隠れた。
「……見えにくい」
思ったより、視界が塞がれてしまいました。これはだめ。
それならば、と右側の前髪を元の長さに戻せば、右眼だけが綺麗にしまえる。
のびた側の前髪の先を小さめの三つ編みにして、眼が隠れる状態を維持。
たぶんこれで、メカクレとやらが完成です。
かと言って、どうだと言うのでしょうか。
あまり、変わったふうには見えないものです、と鏡の中を覗き込んで思う。
後ろ髪も少しのばし、束ねるのをやめて流してみても、やっぱり大して代わり映えしない顔。
「……変わりがないなら、このままでもいいか」
よし。
別に意味などないけれど、ただ、何となく形を変えてみるのは楽しい。
くるり、と鏡の前で回ってみせて、片眼が前髪に隠れたままになるのを確かめる。
そんなふうに部屋を出たところで。
「こんにちは!!!君がメカクレになる日が来ようとは!!!実に素敵だね!!!」
「きゃあぁぁぁぁぁッ!」
至近距離、というか前髪が振れるぐらいの近さから、凄くいい笑顔の海賊の船長さんが生えてくるなんて、まさか思いもしていなかったの。
■■■■■
はてさてどうしたものかしら。
何となく髪型を変えてみて、何となく部屋を出た瞬間、外に現れた
物の見事に廊下に倒れて気絶する
いきなり現れたサーヴァントに驚いた私が咄嗟に繰り出したのは、
そこそこの速度と重さの乗った一撃は、至極あっさりとサーヴァントを気絶に追い込んでしまったのだ。
はい、
でも、あんな近くからいきなり褒められたら、誰でもびっくりすると思うのです。
私が悪くないと言うつもりはないけれど、私にとって眩しい笑顔は本当に驚きなのです。
あと純粋に、カルナ以外の男性との距離感の耐性が、私はすごく貧弱なので。
戦闘中と患者に対しては切り替えられるけれど、そうじゃないときは本当に弱い。現代の言葉で言えば、
弱すぎて反射的に手が出て反撃してしまうくらいには、抑えが利いていない。
とにもかくにも、驚いた私から
うん、
「どうしましょう……」
起こすのは簡単なのだけれど、というか怪我はもう治したのだけれど、物凄く幸せそうな顔で倒れたままなのだ。
起こすのが忍びない気さえしてくるくらいだった。
気絶している人の名前は、バーソロミュー・ロバーツ。
クラスはライダーで、純粋な人間。
ちょっと昔の海にいた華やかなりし西の海賊で、重度のメカクレ好きの奇人さんだそうだ。
尤も私は、バーソロミューさんとほとんど話したことがない。
つい先日、彼が食堂で熱くメカクレについて語っているのを聞いたくらいで、個人的な会話はする機会に恵まれていなかった。
でも彼のメカクレ話は、面白かったのです。
私にとって、髪型は便利か否かで決めるもの。
呪術の触媒になるからのばして、忘れないよう手入れして清潔と美しさを保てれば十分な、体の
だから、あんなにも超早口で語れる人はそれだけで新鮮です。
長々と語るバーソロミューさんを見て、そんなにも魅力的な髪型と言うならば、一度くらい試してみても面白いかもしれないと思い立ったのがついさっき。
件のバーソロミューさんが部屋の外に現れたのも、驚いた私が彼を吹っ飛ばしてしまったのも、ついさっき。
「何をしている?」
ともあれ、かなり情けない理由でひたすらに困っていたら、ひょいと現れるのはカルナ。またサンタ状態なのは些事些事。
確かに、傍目から見たらとてもイイ笑顔で気絶している青年と、その横にしゃがみ込んで動かない少女というわけのわからない状態でした。
「……私が部屋から出たところに、バーソロミューさんがいらっしゃって」
「うん」
「私の顔を見て、とても嬉しそうにされたのですが」
「なるほど」
「距離があまりに近くて」
「……ほう」
「驚いて、えいやっと」
「えいやっと」
「はい。えいやっと手が出てしまいました」
「……」
「幸せそうな顔で寝てらっしゃるので、起こしていいものかと思って」
「寝かせておいていいだろう。おまえの起こし方は確実だが、衝撃が激しい」
それはそう。
だって、腐っても半神の力が籠もった
ならいいのかな。いいのだろうかな。
─────いいか。
とはいえ。
「では、廊下の端に寄せておきます」
肩甲骨と膝頭の下に手を入れてバーソロミューさんを持ち上げ……ようとしたところで、カルナがさっと持ち上げて、廊下の壁に置いた。
バーソロミューさんは倉に置かれた人形みたいになってしまったけれど、これなら踏まれることはないだろう。
「髪型を変えたのに理由はあるのか?」
などとやっていたら、カルナに尋ねられた。
「いいえ、何となくです。バーソロミューさんがこのメカクレという髪型について二時間ほど語られていたので、魔術的に意味があるのかと思って」
結果、秒で本人が釣れてしまった。本当に魔術みたい。
メカクレオタクの人にしか、通じない魔術だろうけれど。
そういう事態を引き起こしてしまった私だけど、そもそも、やらなければならないことが無いときの私の行動理由は、大抵『何となく』だ。
要するに、あまり深く考えてないのだ。
顔が怖いからそう思われないだけ。
今回はその何となくが、バーソロミューさんにとっては悪い方向に行って、
だけれど、それはあとにしよう。
せっかく、少し
「カルナも髪型を変えてみますか?」
「オレがか?」
「サンタクロースは元がメカクレなので、弄りがいがありそうで……」
どうなるかなと思っていたら、カルナは被っていたサンタの服の頭巾を取ってくれた。
「揃えるか?」
「三つ編みでいいのですか?」
「動きやすそうだ」
との建て前で、こちらの好きにさせてくれるようだ。
そのまま廊下の端に向かい合う形で座って、顔にかかっているカルナの前髪を弄る。白い髪はさらさらとふわふわの間くらいで、手触り自体はよかった。
ただ、物凄く手の中で逃げるのだ。
まるで川の魚みたいで、水も香油もないままのカルナの白髪はまとまりづらい。
櫛で梳いて束に分けて、小さく編むだけなのにまずしっかり分けられないのはどういうことなの。
やっと編み始められたと思ったら、どうしてあらぬところから髪がぴんぴんはねて綺麗にならないの。
かなりがんばらないと、絹糸の束みたいにはなりそうもない。
私だって一応、指が攣りそうになるむっつかしい連続
と悪戦苦闘していたら、昔々の生きていた頃、とある式典の列席前夜に家中をひっくり返して髪の香油を探したのが懐かしくなってくるほどだった。
仮にも
大騒ぎになったのは、カルナ列席決定のお知らせが式典前日の深夜に来たからだった。
式典に列席するとはつまり、普段から着の身着のままだろうと気にしないカルナに、非の打ち所のない装いをさせろということ。
軽く、戦闘開始の合図なのだ。
だってカルナの出で立ちを、カルナが
しかも前提が、
森育ちには半泣きものですよ、そんなの。もしくは
その上で、私の身支度が間に合わなかったので行けませんと言えば、夫をひとりにする妻があるかとか言い出すのだ。
確かに、困っている人に頼まれたら家財をすぐ渡してしまうこちら側にも問題はあったと思う。
香油とか宝飾品とかはかわいらしいほうで、家の柱を解体して他所様の葬儀の薪を賄い、ドゥリーヨダナ様とヴィカルナ様の顎を外したこともある。何の自慢にもならない。
武術以外が無欲な人と、前提が自給自足な森育ちが一緒になった弊害が爆誕したのは認めましょう。
だけれど、前日深夜はないでしょう前日深夜は。
放っておいたら、すべての身支度を水で済ませようとするカルナと、その癖っ毛との戦いを舐めないでほしい。
うん、じんわり思い出してきました。あの悪王子様のとっぽいところ。
「楽しそうだな」
「はい」
「粗野なオレの髪に触れておまえが楽しめるなら良いことだ」
「粗野か否かは関係ありません。あなただから楽しいだけです」
まずカルナ以外の他所様の髪に触れる機会など早々ないし、触れたいとも思わない。頼まれたら整えるけれど、殿方はしない。子どもは除く。
まさに目の前のカルナから、じんわり嫌そうな気配が出るためにやらないのだ。
ドゥリーヨダナ様相手でも、私が髪の毛に触れるのは駄目、というか嫌みたい。
私も、そのほうがいいけれども。
だって王族の髪は長いし、綺麗すぎて畏れ多い。
ドゥリーヨダナ様など、再臨重ねて御髪がのびたのを見た時はびっくりでした。
宝具のたびに絡まりそうですよ、あれ。
アルジュナ様の御名前のひとつ、『
あちらも、かなり手強い癖っ毛に見えるので。
あと、アルジュナ様の被ってらしたほんとのぴかぴかの王冠は、カルナがどこかで壊したらしい。インドラ様から貰った物だったそうだけれど、大丈夫だったのかな。
ともあれ、鍛練後だろうが戦のあとの血濡れだろうが、優美に保つ必要がある身分とは大変なことだと思う。
ああ、鍛練と言えば。
「カルナ、そう言えばどうしてここに来たのですか?」
「トレーニングの帰りだった」
「鍛練部屋と、逆の方向から来ませんでしたか?」
「……」
お互いの吐息がかかるくらいの近さにあるカルナの顔をじぃと見ると、右眼がひくりと動いていた。
「カルナ」
「……」
「カ、ル、ナ?」
「…………おまえの声が聞こえたので、道を変更しただけだ」
「声って、まさか悲鳴ですか?」
そんなに大きな声だったか。声だったな。だって窓の硝子が少しだけど震えていたもの。
誤魔化すのは諦めたらしいカルナは、あっさり続けた。
「悲鳴と拳が同時だったので、オレの出る幕はなかったがな」
「普通に見てたんですね……」
「いい拳だった」
「……はい、ありがとうございます」
うん、褒めてくれるのは嬉しいけれど、嬉しいのだけれど。
────髪は
と、思わなくもないし、第一、バーソロミューさんの首の骨をくきっとやってしまったのではないかと真面目に怖かったのだ。
だってそれくらい、割と簡単にできちゃいますからね、私。
かてて加えて、敢えて変えた髪型と、咄嗟に飛び出た拳のどちらに目を向けてもらいたかったかと言えば、うん、察してくださいな、本当に。
拳の速さを褒められても、私はあんまり嬉しくないのです。
素の平手打ちで大の大人を枯れ木みたいに倒せる腕力なんて、頼んでもないし欲しくもなかったのです。本当は、別に半神の血筋も要らなかったのですよ。
こう生まれてしまったのだから飲み込みましたし、同情もまっぴらごめんだから表に出さないけれど。
と、カルナの眼が、はっと何かに気がついたように大きくなった。
「……髪も、似合っている」
「はい、ありがとうございます」
うーむ、そして一拍遅れて来る言葉。
本心だけれど、このテンポのズレ具合、もはや楽しくなってきました。様式美みたいで。
─────かわいいひとだなぁ、ほんと。
私のことなんか忘れてよかったのに、後生大事に抱えて覚えて、私の喜怒哀楽を全部気にかけるなんて、そんなひと、他にいませんよ。
何周思考が巡っても、結局私の至る結論は『カルナが好き』の一点に収束するわけで、うん、変わった相手に惚れてしまった自覚はあります。
バーソロミューさんの、メカクレ性癖みたいなものでしょうか?ちがうのかな。
私は言葉の知識が乏しいので、彼ほど長くは語れませんけれど。
うーん、人間は難しい。
と、益体もないことを考えていたら、深く考えない言葉がつるりと口から出ていました。
「今のあなた、拳は速いですが言葉は遅いですね」
「……!」
がらがら、ぴしゃーん。
そんな音が聞こえてきそうなくらい、固まったカルナにはあんまり気がつかず、三つ編みの完成した前髪に小さな金色の飾りを結わえて留めて、手を離した。
「はい、できました。お付き合い、ありがとうございます」
「…………ああ」
「ところで、バーソロミューさんはそろそろ起き─────」
言いながら振り返った私の目に飛び込んできたのは、
「ばばばっ、ば、バーソロミューさん!何で死にかけてらっしゃるんですかっ!」
「案じないでくれ。君たちは実に良きメカクレだよ……」
「戦以外を理由に召されないでくださいませ!申し訳ありませんが
─────バッッッッチーーーン!
かくて、バーソロミュさんの片頬は紅葉に染まったのである。
なおこの後すぐに、カルナの調子がおかしいのを何とかしろとアルジュナ様とドゥリーヨダナ様が来襲するのを、私は知らないのでしたとさ。
■■■■■
「おい、カルナの嫁ぇ!」
「わぁ」
バーソロミューさん消失寸前事件と言う、当事者の私にも何が何だかわからないコトがあった、後日。
レクリエーションルームに突撃してきた悪王子筆頭様は、私を見つけるなり大声を出した。
慣れている私は目を瞬くだけで済んだが、一緒にげーむで遊んでいたガネーシャ様は飛び上がり、ラクシュミー・バーイー様も驚いた顔になる。
ちなみに、慣れていると言っても耳が痛くないわけではない。
声が大きいんですよこの人。ごきょうだいが百一人もいらっしゃるから当然ですけれど。
「どうかしましたか?私、今見ての通り遊んでいるのですが」
ガネーシャ様の指示による、げーむ真っ最中なのだ。
コントローラーが一つの為、バーイー様と私の交代制で遊んでいるが、これが結構楽しい。
そこに突撃して来るバーサーカーもとい、ドゥリーヨダナ様はくわっと吠えた。
「どうしましたか、ではないわ!カルナだカルナ!おまえがまた何かやらかしたのではなかろうな!わし様との食事の約束を断ってきたぞ!」
「はい?」
「え?」
カルナと聞いてひょいと顔を上げたガネーシャ様と、揃って顔を見合わせてしまう。
「キミ、カルナさんと何かあったんスか?」
「特に何も……」
変わったことと言えば、前髪編み編み事件のことだろう。
あれは、バーソロミューさんの大災難になっただけだと思う。
彼は元に戻った私の髪を見て、ぴしぴしに凍っていたから、二発もぶん殴られたのがやっぱり痛かったのだろう。
謝ったのだけど、心ここに非ずのようだったし。
あの珍事件の一体どこで、カルナの調子が崩れるの?
「失礼」
「あ」
全然わからないとガネーシャ様とバーイー様と首を傾げていると、またしても増えるサーヴァント。
ぶっちゃけ、アルジュナ様でした。
はい、絶対
「カルナの調子がおかしいのです。心当たりはありませんか、ガネーシャ神に焔の貴女」
「ブルータス」
「は?」
クレオパトラ様から何回か聞いた、彼女の旦那様の有名台詞を口走ってしまう。
いや、頭をおかしくしている場合じゃなかった。
アルジュナ様登場でうさぎみたいに跳ね上がっているドゥリーヨダナ様はともかく、本当にわからないと首を傾げる。
「同じ用件でドゥリーヨダナ様が来られたところですよ……アルジュナ様はどうされました?カルナはシミュレーターを壊しましたか?」
「いいえ。今日、ヤツは私とのシミュレーターを用いた勝負の約束を断ってきました」
「あら、微小特異点級の異変ですね」
「だから来たのです……!」
剥がれてます剥がれてます、マスターの最優のサーヴァントにしてインドラプラスタの貴公子が剥がれてますよこの人。
すっかりがるがるしているアルジュナ様に対し、ガネーシャ様は頬杖をついていた。
「でも、キミたちもう何回も勝負してるッスよね?前やってた激辛カレーの大食い勝負も最近はやってないみたいだし、勝負事が変わるなんてよくあるんじゃないの?」
象の耳を動かしつつのガネーシャ様の疑問には、ドゥリーヨダナ様が肩をすくめていた。
「カレー対決をやめたのは、そこの嫁が料理を作っとるとカルナが知ったからだろうが。嫁の手料理はかき込まずに味わいたいので、別の勝負をすると言っておったぞ」
「だからサウナやカレー同人誌で対決していたのですか……」
勝負内容がしゅーるになってきている気がするけれど、血湧き肉躍る(物理)勝負になってないのでいいと思う。
が、今回はいわゆる『普通』の勝負をカルナの側から断ったらしい。
なるほど事件だ。
「その後、カルナがどこへ行ったと思いますか?項羽とカエサルとシグルドとジークフリートのところへ順に行ったんですよ!」
「な、何なのだその人選は」
バーイー様も大困惑の人選だった。
いや、でも彼らの共通点はと言えば。
「……既婚者かつ奥様がここにおられる方、ですか?」
「ええ。正解です。ちなみに後から自主的にラーマが話に加わりました。それにイアソンとオリオンも」
「あら、アルジュナ様のお友達ばかり。……既婚者の方が多かったんですね」
イアソン様は、うん、ちょっと、まぁあれだけれど。
リリィなメディア様はいらっしゃるし、コルキスとアルゴー号に関わった神様方のえげつなさは私でも引きますよ。怖すぎる。
「何だ?つまりアルジュナ、おまえは友人をカルナに取られてこっちへ来たのか?」
「は?」
「うぉっ!」
アルジュナ様渾身のひと睨みに、ドゥリーヨダナ様はやっぱり飛び上がっていた。
千里眼持ちのお方に何をやっておられるのですか。
とはいえこれでもこっち側の元大将なので、助け船を出さないわけには行かないのです。
ドゥリーヨダナ様の前に出たついでに、指を一本立てた。
「カルナにとってアルジュナ様との勝負はらいふわーくみたいなものですから、それほど心配されなくてもいいのでは?」
「つまり、貴女の意見は?」
「自然に治ります。自然に治らないなら言葉をかければ治せます。それで駄目なら叩いてでも燃やしてでも治します」
「
「……なるほど」
「納得しちゃうんすか!」
悪王子様と神様の二段式つっこみ。
こんなの、多分カルデアでしか実現しないだろうな。
が、アルジュナ様はまだ納得しきれてはないようだった。
「……そう言えば、カルナはまたサンタさんになった上に、髪型が変わっていたのですがあれは関係ありますか?それと、バーソロミューがカルナを真剣に見ていたのですが、こちらにも心当たりは?」
「あ、カルナの前髪とバーソロミューさんのガン見の原因は私です」
と、言った瞬間やっぱりおまえじゃないか的な視線がちくちくと。
これは全部語らないとだめなやつだと察して、口を開くしかない。
「昨日私が髪をメカクレにしたとき、バーソロミューさんが生えまして」
「生え……?」
「とてもいい笑顔と近い距離だったので、びっくりして拳が出てしまい」
「ああ……」
「一発KOしてしまったところにカルナが来て、何となくでカルナの前髪を私が弄りましたけど……」
「待て待て待ちなさい。話の前後が繋がっていませんが?」
「諦めろ諦めろ。この嫁は基本的にやることなすこととんちんかんな焔娘だ。好き勝手動いてカルナを振り回しとる」
「いやぁ、割とカルナさんもフリーダム枠じゃないっすかね……てか、カルナさん周り、大体全員フリーダムのボケ属性のような」
「そうですよ。鏡も見てくださいませ、ドゥリーヨダナ様」
「なんだとぅ!」
どうしても武術を教わりたくて身分詐称でバラモンに弟子入りしていたため、呪いを受けてしまったと事後報告してきたり。
いじめっ子そのものな理由で悪さをしてガンダルヴァたちに捕まってべこべこに落ち込んだ挙句、カリに励ましてもらったり。
まったく、どこのどなた様どもでしょうか本当。
「バーソロミューさんは私がカルナの前髪を編み終えたら、何故か消滅しかけていたので、もう一度バチンとやって戻ってきていただきました」
「何故消滅になるのだ?」
「私にもわかりません……」
「あー、うん、二人はそのままでいいッスよ」
右と左に首を傾けるバーイー様と私に、呆れ半分優しさ半分という顔のガネーシャ様だった。
しかし。
「私たち全員で頭をひねっていても、どうしようもないかと。カルナに直接聞くか、マスターに仲介をお願いしては?」
が、アルジュナ様は顔をしかめた。
「ヤツとの勝負でマスターに迷惑をかけるわけには参りません」
「でしたら、カルナに直接尋ねては?私も行きます」
「そうしろそうしろ。とっととカルナを元に戻してわし様のところに連れて来い」
「食事を断られて拗ねてらっしゃるのですね」
「ああん⁉」
どう見てもそうでしょうに。
あーあ、ちゃんとげーむで最後まで遊びたかったのにな。
……と、思いつつも立ち上がろうかとしたところで。
「あ、キャスターいた!カルナ、いたよ!」
「感謝する、マスター」
渦中の当人がやって来てしまうのでした。
────マスター、いつも本当にお世話になっています。
加えて、内心、そう呟いてしまうのでしたとさ。
■■■■■
「俺、カルナがキャスターを怒らせちゃったって聞いたんだけど、キャスター、もしかして怒ってないの?」
「はい?……はい、怒っていませんけど」
何故に。
ふたり増えて、みちみちになってきたレクリエーションルームは、またしても妙なことになっていた。
マスターによれば、カルナは私を怒らせてしまったけれど、仲直りの仕方がわからなくて、あちこちに聞き回っていたらしい。
サンタさんカルナの行動の突飛さと真っ直ぐさは周知だけれども、今回は
当然マスターも気がついて、何か困っているなら手伝うよ、と申し出てくれたらしかった。
マスターもとい、立香さん、私はあなたのその善性が心配になってしまいそうです。
そんなマスターは、相変わらず自然に話してくれた。
「カルナは、皆に奥さんとの付き合い方を聞きに行ってたんだよね。話がずれて奥さんとの馴れ初め話になってったし、ラーマとオリオンとイアソンも来てくれたけど」
「面子の濃さが乳海攪拌なのですがそれは」
しかし、馴れ初め話と言ったって。
「聞いても、参考になったのですか?こちら、一から十まで政略結婚ですよ?」
「えっ⁉」
知らなかったらしいマスターとガネーシャ様のびっくり顔に対し、ドゥリーヨダナ様とアルジュナ様とバーイー様は『あっ』という顔になっていた。
カルナは……よくわからない無言。
「おいおいおい、どこのどいつだカルナにこの嫁を都合したのは。外が良くとも中身はコレだろうが!」
これには、カルナはすぐさま顔を上げた。
「ドゥリーヨダナ、それはおまえだ」
「え⁉わし様⁉」
案の定、忘れている悪王子様のぽかん顔は面白い。
面白いけれど、説明は必要そうだった。
「国と良家の娘を与えてカルナの地位を引き上げたかったのはあなたですよ」
「オレにはおまえの企みを断る理由もなかったからな」
「私はまぁまぁいいところの
「過去のわし様はなーにをやっとるんだ⁉もっとこう、他にいただろうが!大人しくてつつましいのが!」
これを当人の前で言える面の皮の厚さ、まさにヒマラヤ級だと思います。
物凄く、自業自得だと思うので。
「……ひとえにドゥリーヨダナ様の下調べが甘かったかと。確かに探せば他のお嬢様もいらっしゃったでしょうが、半神の点で目が眩んでしまったのでは?」
「浅はかな思惑でも、オレにとっては望外の幸運だった。深く感謝しているぞ、ドゥリーヨダナ」
「右に同じです」
「う、うむそうか!さすがわし様!」
はいはい手のひら
こっちもこっちで結構な様式美で面白いくらいです。
だけれど。
「こちらの結婚の仕方は式の当日が初顔合わせという超特急だったので、たとえばブリュンヒルデ様と相互にひと目惚れされたシグルド様やクリームヒルト様に惚れたあと口説くのにご苦労されたらしいジークフリート様とはちがいませんか?他の皆様も同じく」
「な、何か自分は違ったみたいな言い方だけど、ひと目惚れとかしたわけじゃないの?」
「ないですよ、ガネーシャ様。私に限らず、基本は親の決めた相手との婚姻です。ひと目惚れされた方もおられるとは思いますが、こちらはちがいましたね」
「花嫁に選択肢が与えられている、
「ラーマ様とシータ様の話は有名ですね。私たちの時代もありましたけど。そう言えば、カルナは、いつぞや大きなスヴァヤンバラに行ってませんでしたか?」
「婚姻に興味はなかったが、弓術の強者がいると聞いて見物には出かけた。参列者と間違われたが、参加はしなかったな」
聞いて思い至ったのか、ドゥリーヨダナ様は鼻を鳴らしていた。
「ふん。
「それもそれで失礼ですが、花嫁そっちのけで弓の強者だけ見に行くのもどうなのですか……?」
割と天然で無法者やってると思いますよ、私。場合によっては姫様まじぎれでは。
こちらの過去の暴露話にも、マスターは頷いていた。
「そうだったんだ。俺、カルナとキャスターはすごく仲が良いから、普通に好きになって結婚したんだと思ってたよ」
「私はカルナに対して悪い印象を持ったことはありませんが、形だけ先にできて、感情という中身はあとで詰め込んだ形になります」
「じゃあ、キャスターのカルナの第一印象と、カルナからのキャスターの第一印象は?」
「あら、そう来ますか、マスター」
うーん、と首を傾げる。
「太陽みたいな人、でしたね。あと、細くて白いなと」
「何ものも、裏切れそうにない人間だと思った。それと、小さいと」
「え?私、小さかったですか?」
「身の丈ではなく手だ。剣や弓を扱う痕があるのに、手の平が小さいと感じた」
なるほど。
武器に触れてきた人生を思い浮かべて困惑した、ということでしょうか。
こちらも、似た肌色でちょっと嬉しかったのは覚えています。
西方生まれな母様譲りの白い肌って、あまりよく思われないことも多かったので。
「……カルナ、どう見ても彼女は欠片も怒っていないだろう。一体何をどう誤解した?」
が、これで話がうやむやにはならない。というか、できないのがアルジュナ様だった。
「そうですよ?メカクレの一件なら、私は何も怒っていません。怒るなら、私に二度引っ叩かれたバーソロミューさんでは?」
「キャスター、バーソロミューはめちゃくちゃ喜んでたから気にしないで大丈夫。うん、ほんと、そこは問題ないから」
「そうとも!!!」
どこからか聞いていたのだろう。
通風孔からまた生えて来たバーソロミューさんは、しっかり床に着地して爽やかに笑った。
「魅力的なメカクレを増やしてくれた君には感謝しかしていないとも!だからこそ、君たちの間で生まれた誤解を解きに来たのさ」
「あ、やっぱり誤解なんですか」
「む」
「そう!焔の君に説明すれば、拳は速いが言葉は遅いというあの一言が、カルナには引っかかったのさ」
「あ、え、あれですか?」
わからないわけだ。
だって、感情を伴わずにしゃべったんだもの。
「あれは、髪型より先にバーソロミューさんを沈めてしまった拳をカルナに褒められたので……」
「……」
別に、何かの反応を期待したわけでもない、あくびみたいな言葉だったのだ。
が、ドゥリーヨダナ様は納得したように頭をかいていた。他の皆さんも。
「カルナ、この嫁相手でもそれはどうかとわし様は思うぞ」
「自覚している。というか、したのがその瞬間だった」
「遅いでしょう。拳の見事さなど褒められて、彼女が嬉しくないのは私でもわかりますよ。大体、その季節外れのサンタさんは、『欲しがらない彼女に贈り物をする』という修行の為でしょう。修行の成果が出ていないとは何事ですか」
「は、い?」
それはしらない。
思わず勢いよくカルナの方を見たら、すごい勢いで顔を逸らされた。
「季節外れなのに、サンタさんで居続けたのはそれが理由でしたか……」
「……そうだ」
わぁすごい渋面。
よりにもよってアルジュナ様にド真面目に指摘されて、反論できないからだろうな。このしかめ顔の理由は。
マスターは、また何かを思い出したらしかった。
「そう言えば、カルナがサンタさんをしてたときって、ヴリトラ大騒動でキャスターにプレゼント贈るどころじゃなくなってたんだっけ」
「そうでしたね。私は途中でヴリトラに箱詰めにされていたので、寝て起きたらクリスマスが終わっていてさらに何が何やら」
適当に攫われたら修行大好き状態のカルナにとっていい課題になるかなぁと思って、あまり抵抗しなかったのはまだ言ってない。
しても大して変わらないどころか、下手にやらかしたら一帯が爆炎でとんでもないことになったろうし。
そうしたら、箱詰めされて雪山まで持っていかれたのは予想外だったけれど、私は隔絶の箱の中でずーっと寝ていただけ。
むしろ、インド異聞帯での後遺症のようなものがあの眠りで治ったので、ヴリトラは恩人……でなくて、恩竜ですらあります。
でもあれ以来、ひょいひょい絡まれるのは大誤算。
わえ~と言って現れるの、本当に読めなさすぎるので。
そんなに何かしらで足掻く羽目になっている私が面白いんですか。面白いんですね。水と焔は相性悪いでしょうに。
と、それは置いて。
想像の五百倍ぐらい、かわいらしい理由のサンタさんだった。
ちょっとこれは、笑いが抑えられそうにないくらい。
「カルナっ……カルナカルナ、ごめんなさい。ちょっと、笑います」
「……」
くぷぷぷぷ、と泡のような笑いの粒が上って来て弾ける。
「何でこれで笑うのだ、相変わらずよくわからん嫁だな」
「幸せだから笑うのですよ、ドゥリーヨダナ様」
ともあれ、これだとまた迷走しているサンタさんが収まりそうにないわけで。
「私は本当に、あなたが困る必要もありませんよ」
「それが、問題だ」
「?」
「怒って当然のオレの足りない物言いに、おまえは何もしなかった。その気概すら、オレの至らぬ点で奪っているとしか思えない」
「それつまり、『私を怒らせて当然の発言をしたのに怒ってもくれないから困った』と言いたいんですか?」
頷かれましたよ、どうしましょう。
あながち誤解とも言えないこの微妙なところ。
しかも、さらに付け加えられるものすごく凹んでいるときの声音。
「……オレはサンタさんとして、おまえの望む物も渡せなかった」
「つまりサンタさんが、クリスマスにやり残しをしてしまったと?」
うーん、どのつく頑固。
私は、サンタさんでやんちゃしているカルナを見ているだけで楽しいし、理解し合う必要も感じていないのに。
だってどうしたって、カルナは戦士で、私は癒し手で。
見ている世界も求めるものも、根本ちがいます。
ブリュンヒルデ様とシグルド様のような運命の人じゃないし、成り立ちもあり方もちがうし、それでも『共にいる』ことを選び続けただけ。
一番身近にいても、まったく別の個我を持って独立している人間。
先に夫婦という名前と意味を与えられてから、関係を編み上げたのだから、そういう形になっただけ。
私たちの本質は、ぜんぜんちがうのでしょう。
治世と乱世くらいには、ちがう方向を見ているのでしょう。
でもそれを、断絶とは呼びません。
ちがっていても、そのちがいを見つけるのも楽しいのだから。
ちがっていた私を、
特別なことなんてしてないし、修行だって意気込まなくても、いいのです。
私はそんなふうに意気込んだこと一度もなくて。
いきなり落ちるような恋なんてしていなくて。
ちゃぷちゃぷと水にゆすられたざらざらの岩が、のんびり滑らかになるように、ゆっくりと、ずっと一緒にいたいなぁと、思っただけでした。
結局、その願いが、叶うことはなかったけれど。
そう思えるようになっただけで。
そういうひとに出会えただけで。
良い人生だったと想い続けていられるのです。
が。
こういう納得と満足の仕方も、カルナにはわかりにくいのかな。
私は誰かに、勝とうとか負けようとかもあんまり思わないけれど、カルナは勝つか負けるか、白黒はっきりつけたい
というか、全然違う問題として。
「私の見た目でサンタクロースからプレゼントを貰うって、絵面がちょっと……」
「いやクリスマスは何歳が楽しんでもいいと思うよ⁉ボクもめっちゃ楽しんでるよ⁉」
「でも、サンタクロースと絡むならやっぱりこれぐらいのほうが」
ざっと霊基を弄り直して、体を小さくする。
ステータスを変容させた、手軽な
一気に目線が低くなるかと思いきや、さっとカルナに首根っこを掴まれる。
ぷらん、と一瞬手足が宙を泳ぐが、すぐに膝に乗せられて目線の高さは元に戻った。
尚この子ども状態、仕様で片側の前髪がのびたりする。
つまるところは、天然メカクレなのだ。それがカルナの膝の上に乗せられたら、メカクレの二段重ねとなる。
たちまちガンダルヴァの楽でも聴いたみたいな至福の表情になるバーソロミューさんはさて置いて、サンタさん絡みはこの大きさのほうがしっくり来た。
この形になっても、欲しいものができたりはしないのですが。
だって中身は変わらないんだから。
ああ、それでも。
この嵩張らない姿なら。
「この私はサンドバッグより小さいし軽いので、カルナともうちょっと一緒にいられたり、しますか?邪魔になったり、しませんか?」
「しない。共にいよう」
「ありがとうございます。ではサンタさんからの贈り物はあなたとの時間でお願いします。ひと夏分ぐらい」
アルジュナ様とかドゥリーヨダナ様とかアシュヴァッターマン様とか、周回とか。
カルナは割と付き合いが広いし。
私は私で、
要するに、あんまり会えないのです。
得意分野が、ちがいすぎて。
サーヴァントだから別に、構いはしていませんが。
と、私がそう言った途端、ドゥリーヨダナ様ははちゃめちゃ呆れ顔になった。
「おまえ、普段からそうやって素直にカルナに会いたいと言っておけば拗れんかったのではないか?まったく手間取らせおってからに」
「普段からカルナさんを連れ回してるのワル王子様じゃないッスか」
「私が見ているときも、おまえはよく施しの英雄を連れて行っているだろう、カウラヴァの王子」
「確かにドゥリーヨダナが来てから、カルナとキャスターが食堂で一緒にご飯食べるの少なくなったっけ」
「むむむむ……!」
ガネーシャ様、バーイー様、マスターの三弾口撃だが、それは仕方ない面もある。
だって何しろ、ドゥリーヨダナ様の記憶に私はいないのだ。
私の死と同時に、私のこの世の行いすべて、関わった人の記憶ごと”なかったこと”になったのだから。
当然、座に刻まれたドゥリーヨダナ様の記憶に私はいない。
────ほんと、念入りな神罰はこれだから。
よってドゥリーヨダナ様やアシュヴァッターマン様視点、私はカルナの周りにいる全然知らん小娘なのだ。
『マハーバーラタ』に私はいないし、私の記憶ではいなかったカルナの子どもも、そこではいたことになっている。
そういう世界もあったのだなぁ、と思っているのだけれど。
事実として、私の存在定義は己の個我と、今ここにいるカルナにしかかかっていない。
それぐらい、私は証明ができないのだ。
名乗れない、信じられない、いてもいなくても、変わらない存在。
だから、ドゥリーヨダナ様が私をカルナから引き剥がそうとしても無理ないと思う。
思ったので、別に何も言わなかったし、何もしなかった。
彼の疑いはとても正しいものだし、カルナを護ると言う点で、疑心はあって当然だから。
もとい、ドゥリーヨダナ様にそれを捨てられたら困るのです、誰がって、私が。
自衛という一点において、太陽の鎧を自分から剥がしたとき、私からカルナの信用は下がったままなもので。
とはいえ疑心もそろそろ、底を突いたみたい。
予想より全然早かったどころか、ヴィマーナ並みと言っていいくらいだけれど。
ドゥリーヨダナ様のほうから、
それってもう一度、私を信じてくれたということでいいんですよね?
カルナの膝の上に乗せられたまま見ていると、ドゥリーヨダナ様は不服そうな顔をしながらも頷いていた。
「じゃあ、次の夏の
「う、うむ、認めるぞ……認めてやる以外ないではないか!ええーい!どうなっとる!」
「……仕方ありませんね」
思いっきり口惜しそうなドゥリーヨダナ様と、軽く頷くアルジュナ様。
正反対の立ち位置なのに、根は同じ反応をするのですね、あなた方。
くすくすと子どもの声で笑ってしまうと、とん、と軽く頭に手が乗った。
「楽しそうだな」
「そう見えますか?」
だってあなたがいるんだから、という一言は言わずに、子どもの顔で私は笑ったのでした。
初めて悲鳴を上げた主人公です。
なおこの後ドバイの騒動に参戦となり、一緒に過ごすどころではなくなるのがオチです。
今年の夏イベは、結婚相談所か悪役令嬢劇のどちらかに巻き込まれているかなと思っています。
洗脳にはかかりませんが、マスターが来るまでは揺蕩っている自由人たちかと。
次は元の話の続きです。
お待ちいただければ幸いです。
過去の話と設定ブレていたらすみません。
主人公の脳内がぽわぽわ気味なのは、切羽詰まった状況でないからと、インド異聞帯で過ごした影響ということで…。