太陽と焔   作:はたけのなすび

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評価、感想、誤字報告、ここすき、ありがとうございました。

本筋を更新と言いながら、まだ番外編で失礼します。
2025年水着イベントのネタバレが含まれます。
ユガ・クシェートラでの補完話でもあります。


太陽と焔と夏の話(上)

「夏になった。夏は熱く、火を感じさせる。つまりおまえの季節だ」

「今度はどこで何を拾ったんですか屈んでくださいカルナ今すぐに─────洗脳されてるんじゃありません(神代呪術上乗せチョップ)っ!」

 

 ─────ベチンッッッ!

 

 

 

■■■■■

 

 

「目が覚めた。また世話をかけたようだ」

「起きたのは良かったのですが、何故私より、あなたの洗脳耐性が低いのですか……?」

 

 どこかの島の白い砂浜の片隅にて。

 若干むすりと口を尖らせる少女と、若干面目なさそうに目尻を下げる青年がいた。

 

 カルデアのサーヴァントとしてどこかの離島の形をした特異点に引っ張られてから、早十日。

 

 どこからどう見ても、ぶっ飛んだコトになっていると、少女(キャスター)は思う。

 何がどう飛んでいるのかといえば、ここに喚ばれたサーヴァント大体全員、頭がゆるくなっていることだ。

 

 有り体に言って、軽い洗脳にかかっている。

 『夏を楽しむ』というどういう内容だと言いたくなる効果だが、間違いない。

 

 何しろカルナまで、思考が『夏を長く楽しむ』方へ傾いていたのだ。

 なんでさ。

 それもあり精神で他者を受け入れる幅が広いがゆえに、洗脳まで受け入れてしまう的なあれだろうか。

 

 自分がかかっていないのは─────まぁ、うん、多分、ちょっと運が良かったのだろうと少女(キャスター)は納得する。幸運Dか、D+かの違いぐらいしかないが。

 

「この特異点をやらかしたのが誰かは一目瞭然ですけれど、どうしましょうかね……」

「確かにな。これ以上ないほどに正体を晒しているが、かと言って簡単に手が出せるわけではない」

 

 浜辺に並んで座ったまま、遠い目で見上げるのは、島の中心に聳え立つ巨大な像────U-オルガマリーである。

 

 何してるんですか、自称地球代表にして正体不明のアンビースト。

 

「あの御方はちょっと……マスターが来るまでどうもこうも……」

「同感だ。……では、マスターが来るまでやることは決まったな」

「何でしょうか?」

「夏を、楽しむことだ」

「……………………」

 

 ─────おっかしいなぁ。

 ───まだ洗脳が解けてないのかしら?

 

 七色に発光する呪術上乗せ拳を無言で掲げた少女(キャスター)に、カルナが慌てたように手をかざした。

 

「待て。無言で拳を出すな。どう見ても禍々しいぞ」

「呪術すなわち物理ダメージと玉藻の前様が仰っていたので─────お覚悟」

「何をだ」

 

 ─────と、いうのは冗談だけれど。

 

「あなたがこれだけ頭を夏にされるなら、他の方々も同じでしょうね。となると、無理に何かしようとすれば反発される。マスターが来られたら、洗脳は解けやすくなると思いますが」

 

 ところで、頭夏ってなんだろう。そうとしか言えない状況だから、そう言っているのだけれど。

 ともあれ拳を引っ込めた少女(キャスター)に、カルナは肩を応じた。

 

「だから結論として、マスターが来るまでここで夏を過ごせば良いとオレは言った。言ったぞ」

「その格好で言われたら、洗脳続行かと思うじゃありませんか。思考回路の過程も口にしてください。過程も」

 

 カルナの格好は、ランサー(いつもの)でもサンタでもない。前回の夏の際に用意された霊衣である。

 髪は内側が赤く染まって束ねられているし、サングラスとフードも付いているし、槍には蟹のストラップまでがゆらゆらと。

 

 かなりイメチェンしているのだ。

 

 ひきかえ、少女(キャスター)の格好はいつもの青い衣の上から灰色の布を被っただけ。

 夏にこれは、ふさわしくない。凄く目立つ。

 

「……」

 

 無言で衣を弄り、水着────の上から薄い紅色と黒のパーカーを羽織った姿に変わる。

 水着は所謂タンキニとミニスカート、こちらは白い布を薄い紅色が縁取ったもので、足元は白のグルカサンダル。

 飾りと言えば、胸元の小さな赤いリボンとスカートの裾についた小さな金糸の茉莉花の刺繍と、サンダルについた象のチャームくらい。髪飾りは刺繍に変化させたので、髪型も右耳の下で三つ編み一つにして肩の上から下ろしている。

 水着というより、少し露出が高いだけの普通の現代服にも見えるが、これ以上露出と装飾を増やすと恥ずかしくて動けなくなる。

 一緒に水着を選んでくれたクリームヒルトに、もう少し攻めてもいいんじゃない?と言われはしたが、聞いた途端真っ赤になった少女(キャスター)を見て、色々と察したらしい。本当に助かる。

 

 そんな彼女も、どこかで水着になって夏を満喫しているのだろうか。

 あちらも旦那様が隣にいたらいいのに、と思う。

 

「こちらのほうが目立たないでしょう。ひとまず、街へ行ってみましょうか」

 

 パーカーのフードを引っ張って下ろすと、いい感じにいつもと同じ視界になった。

 アシュヴァッターマン経由でドゥリーヨダナが何だかんだ言いつつくれた服だが、とにかく大きいのだ。

 どう着ても袖が余り手の甲くらいまで隠れてしまう。が、フードの大きさはこれくらいがちょうどいい。

 男性物の気がするが間違えたのか敢えてなのか、わからないままだった。

 

「カルナ?」

 

 フードの端をつまんで持ち上げ見上げると、いつもの瞳と視線が合った。

 

「いや、何でもない。似合っている。とても良い。とても、良い」

「…………ありがとうございます。あなたの服も、格好良いですよ」 

「そうか」

 

 ─────やっぱり、嬉しそう。

 

 前も言ったことだけれど、何回言われても嬉しく思ってくれているのだろうか。

 

 ─────あ、そうだ。

 

 ─────夏をすると言うなら、これくらいはいいのかな。

 

 少し伸ばした指先で小指を握ると、しっかりと手を握り直せる。

 それくらいで顔どころか全身が赤くなるのだから、やっぱり自分も夏にかかっているのだろうか。

 

「待て、何故また無言で拳を出す」

「私もかなり浮かれている自覚が今出たので、一発己を殴っておこうかと」

「極論に走るなとオレは何度も─────待てと言っている!」

 

 ─────バゴーン!!!!

 

 カルナによって狙いを逸らされた拳が海面を縦にまっすぐ割り、白い泡が弾けて雨になって降り注ぐ。

 冷たい。

 

「……」

「……」

 

 今年の夏は、二人揃ってびしょ濡れになるところから始まったのであった。

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 海岸から一番近くの街までは、それほど距離がなかった。海水で濡れた服が、歩いている間にしっかり乾く程度の距離である。

 道中で遭遇したサーヴァントはゼロ。遠目に波乗りをしている者たちはいたが、声が届く距離ではなかった。

 そして、街に着くなり出会ったのは。

 

「へいよーかるでらっくす」

「何をしているのだ貴様は!」

 

 毎度おなじみになりつつある、アルジュナだった。

 ひょい、とカルナの後ろから少女(キャスター)は顔を出して手を少し振る。

 

「へいよーかるでらっくす」

「貴女までその挨拶を使いますか!」

「多少は浮かれないとダメな特異点らしいので……」

 

 周囲にいるサーヴァント以外の人間も、概ねそのような空気を醸し出しているし、何よりも。

 

「アルジュナ様も、普通に水着ではありませんか」

「これはあんちゃっ────兄様が」

「ん?どうかしたのか、アルジュナ?」

 

 アルジュナの後ろの曲がり角から、ひょいと現れたのはビーマセーナ────ビーマだった。

 かなり下の位置にある小柄な少女と視線がまともにかち合う。

 

「カルナの嫁……に、カルナか!」

 

 それなりに顔を引き締めるビーマに対して、カルナは淡々としたまま片手を上げた。

 

「へいよーかるでらっくす」

「……へいよーかるでらっくす」

 

 そんな挨拶をされれば気も抜ける。

 目を瞬かせるビーマに、頭を抱えるアルジュナは、揃いの水着だった。

 ズボンタイプの競泳用水着にパーカーを羽織っているが、それだけでひと目を惹くのだから凄いと思う。

 

「……おまえらも観光か?」

「いや、島を歩いている」

「……補足します。特異点であるこの島に、マスターの立香がいるか探していました。……ちなみにですが、ビーマ様、アルジュナ様、あなた方はこの島についてどう思いますか?」

「明らかにおかしいでしょう」

「ん、そうか?過ごしやすいいいとこじゃねぇか」

 

 正反対なアルジュナとビーマの反応に、カルナと目配せし合う。

 

「アルジュナ様、そちらビーマ様、軽くですが洗脳されています。さっきカルナもかかっていたので、呪術で元に戻したところです」

「あれは物理攻撃を乗せた手刀だが、事実はそうだな。アルジュナ、難題ならば手を貸すぞ」

「断る。……兄様、少しよろしいですか?」

「うん?」

「─────失礼いたしますッ!」

 

 ─────ドゴンッ!!!!

 

 人体から出ていいのか、不思議なくらいの轟音が響いた。

 跳躍し、筋力Aランクの手刀を兄の脳天に落としたアルジュナは、着地してカルナをじろりと見た。

 

「いい打撃だ。おまえも呪術Aランクを上乗せすれば、同程度の威力は出せるか?」

「できますが、呪術を乗せる時間の分、どうしても私のほうが遅くなりますのであしからず」

「……そうか」

「戦闘で使うなら、あなたを強化したほうが速いかと」

 

 ではなく。

 

「ビーマ兄様、大丈夫ですか?」

「怪我されたなら治します」

「おう。俺は大丈夫だ。怪我はねぇがよ……」

 

 たん瘤ひとつ作らず、弟の一撃でしっかりきっちり目が覚めたらしいビーマは、何とも言えない顔をしていた。

 色々と、カルナが絡むと()()()()()()カルデアのアルジュナである。

 ビーマの記憶にある『弟』とも、また違う面があるのかもしれない。

 以前は、少女(キャスター)に対しては遠慮がちかつ紳士的な態度を保っていたアルジュナだが、奇行が多すぎたらしい。

 

 最近は、まとめて容赦ないツッコミが入るようになった。

 

 アルジュナ・オルタまでいたら、ツッコミ役が足りないようだが、彼は今回どこかにいるのだろうか。

 

「……で、おまえらは数時間前その辺りに現界して、マスターを探して歩き回ってたってのか」

「ああ。おまえとアルジュナは現界してから幾らか時間が経っているのか?」

「私たちが来たのは三日前です。その間に調べたところ、この島は六つのエリアに分かれているようです」

「六つも?」

 

 アルジュナ曰く、今いるのは【第二】エリアらしい。

 普通なら【第一】エリアが始まりの場所らしく、アルジュナとビーマもそこに現界したという。

 

「オレたちは近い砂浜にいたのだが……」

「これだけサーヴァントがいるのですから、バグが出て第二に落ちたのでは?若しくは、また私の漂流事故属性が出たか」

 

 正規のサーヴァントでないせいか、たまにとんでもないところへふっ飛ばされるのには最早慣れた。

 

「とするなら、島の中に飛ばされただけ貴女の運は良かったようですね。……ちなみにですが、もう一人の私を見かけませんでしたか?」

「オルタ様は見かけていません。気にかかることでも?」

「無いとは思いますが、サーヴァントに洗脳を仕掛ける島に、【邪悪】判定を下さないかと……」

「大丈夫では?」

 

 当たり前の日々を楽しみ怒る人の顔と感情を、今のアルジュナ・オルタは思い出しているし、何よりマスターがいる。

 早々、廻剣を取り出すことはないだろう。

 それよりも、気の向くままふわふわと海で遊ぶ姿のほうが想像できた。

 アルジュナは、さして心配したふうもなく佇む少女(キャスター)に頷く。

 

「あの異聞帯に、最も長く居た貴女がそう言うのでしたら……」

「でも気になられるなら、探すのは構わないと思いますけど……サーヴァントの皆様、とにかく頭が夏らしいので」

「頭が夏ってのは変な言い回しだが、しっくりは来るな。それと、この【第二】エリアの説明も続けるぜ」

 

 ビーマ曰く、このエリアは西洋……風らしい。

 あくまで()であり、完全にそちらの文化圏が移ってきているのではないと彼は続けた。

 

「鎧を着て二本の足で歩くサメがうろつく西の国なんて、俺は見たことも聞いたこともねぇよ」

「はい?今何と?」

「何だと?」

「サメだよ。魚のな。あれが鎧を着て剣を持って、騎士としてそこらを歩き回ってる。素直で気の良いやつらだが、中身も見た目もサメだ。人は食ってないようだが」

「……さすが特異点」

 

 相当愉快な方向の特異点らしい。

 が、カリの怪物が彷徨くよりいいかと、すんなり少女(キャスター)は受け入れることにする。

 アルジュナは、気にしたふうもなく続けた。

 

「また彼らサメの騎士団を束ねているのはカルデアのクリームヒルトですが、彼女は今このエリア全体を使って【悪役令嬢もの】の劇をしようとしているようです」

「待って待って待ってください」

 

 受け入れられなかった。

 

 シラフで【悪役令嬢もの】というアルジュナがまず情報量過多である。

 完全にきょとんとした顔でカルナが口を開いた。

 

「【悪役令嬢もの】とは何だ?」

「私は知らない。サメ騎士団がそう言っていたのを聞いただけだ」

「俺も知らねぇな。クリームヒルト本人に聞ければよかったんだが、門前払いだったのさ」

「……」

 

 少女(キャスター)は呻いた。

 

「これ、私が説明しないといけないんですか?【悪役令嬢もの】の何たるかを?」

「知っているなら頼む」

「……」

 

 ─────カルナに頼まれなかったら絶対断る!

 

 素で説明が大変なのに、なんで同郷の男性英雄三人相手に言わないといけないのだと、少女(キャスター)はフードをさらに深く下ろして中に引きこもった。

 

 とはいえ、誰も知らないならば仕方がない。

 

「……【悪役令嬢もの】の主人公は、名前の通りに【悪役】の【令嬢】です。身分が高く、大抵は婚約者の貴公子や王子がいる少女になります。一方、【悪役令嬢もの】には別の少女が現れます。物語の雛形によくいる【不幸な境遇から障害を乗り越え、幸せを掴み取る】タイプの女の子です」

「?」

「?」

「?」

 

 大英雄トリオ、きょとん顔は勘弁して、と本気で言いたくなった。

 いや触れたことがない物語だから仕方ないのだろうけれど。

 

「……そして悪役令嬢は大体彼女に婚約者を奪われ、場合によっては破滅する未来があります」

「は?」

「む」

「何だそりゃ」

「そういう破天荒なパターンを楽しむものなのです!疑問は全員あとにしてくださいませ!」

 

 王族二人と彼らの異父兄一名にこの説明を続けないといけないのかと、頭を抱えたくなる。

 

「……肝心なのは、本来物語の主人公たる少女の障害となる【悪役令嬢】が何らかの理由で、【自分が歩むかもしれない破滅の未来】を知り、雛形から逸脱した主役になることです。彼女が破滅を逃れようとあれこれ奮闘する物語を、【悪役令嬢もの】と呼びます」

「何らかの理由とは?」

「千差万別だそうです。私たちの時代にも、修行していたら色々『成る』方がおられましたし、ふわっとした感じでお願いします」

 

 アルジュナが目を細めた。

 

「急に適当になりましたね」

「お黙りください。現代文学アーカイブかシェイクスピアさんをぶつけますよ。……悪役令嬢のイメージが難しいなら、湖に落ちるか何かして綺麗になったドゥリーヨダナ様でよろしいでしょう」

「おい、今ので一気にわからなくなったんだが!」

 

 ビーマと逆に、カルナは心得たように頷いた。

 

「オレはわかった。もしドゥリーヨダナが『マハーバーラタ』の記憶を得た上で、幼少期にでも回帰すれば、未来を変えようとするだろう。その過程はまた、別の物語として記憶され、記録になるかもしれない。そういうことか?」

「概ねはそうです。……が、すみません。自分で言っておいてあれですが、ドゥリーヨダナ様がその程度で綺麗になるのはちょっと無理かもと……被害が拡大しそう……」

「無理だな。オレの乏しい想像力では思い浮かべるのも不可能だ」

「おまえら自分たちの大将の扱いがそれで良いのか!」

「?」

「?」

 

 右と左に首を傾げたカルナと少女(キャスター)を横目に、アルジュナは兄の肩を叩いた。

 

「諦めてください兄様。この二人に、ドゥリーヨダナを貶す意図はありません。ありのまま述べているだけで、裏もないのです」

「……おう」

 

 ひとまずこの一連の会話で得たものは、ビーマがツッコミ役なことぐらいである。

 アルジュナがまとめるように指を一本立てた。

 

「整理すると、このエリアは【悪役令嬢もの】の芝居をしており、クリームヒルトは主役である。彼女を守っているのはサメ騎士団で、彼らはエリア内を自由に闊歩しているが敵ではない。これだけです」

「……ジークフリート様はいないのですか?」

「見かけていません。別のエリアでは?」

「クリームヒルト様の近くにいて当然の方だと思うのですが……あ、でも悪役令嬢がおしどり夫婦だと前提が崩壊しますから、一時的に離れていらっしゃるかも……」

「照れ隠し魔剣(バルムンク)を振るわれた可能性もあるが」

 

 クリームヒルト本人に聞かれれば、それこそバルムンクものなことをさらっと言うカルナだった。

 さて置き。

 

「アルジュナ様、先ほど第六までエリアがあると言われてましたけど、各エリアごとで演目の違うお芝居でもしているのですか?」

「概ねは。ほとんどのエリアが何をしているかは不明ですが、どうやら各エリアに中心となる何がしかの虚構があり、それと戯れる島のようです。近い第三エリアは詳しくわかりませんが、因習村という言葉だけ聞けました」

「悪役令嬢の次が因習村……ジャンルが濃いですね……」

「カルナの嫁は因習村の意味もわかるのか?俺たちはさっぱりだったんだ」

「…………わかりました。説明します」

 

 だが己含めた全員、古代インド生まれの半神半人。

 存在自体が、因習越えて幻想に片足突っ込んでいる。

 これまた説明しづらいと、顔が紙くずみたいなくしゃくしゃになりかけた。

 

「因習村も物語のジャンル名と考えて結構です。現代の常識とは違う価値観や風習が存在する村を訪れた主人公が村で事件に巻き込まれ、狂気に慄いたり、謎を解いたり、時には生命を落としたり、最終的に村が爆発炎上したりします」

「ん?」

「は?」

「む?最後のはどうした?」

「疑問は後ほど!……因習村ものは物語の締めが色々なのです。主人公が生還するかしないか、洗脳されるか否か、村が習慣を守り続けるかどうか等など分岐は様々。共通しているのは【異なる社会に翻弄される主人公】くらいですね。悪役令嬢もので味わう爽快感とは違い、恐怖や不安など負の感情を得る場合が多いかと」

 

 とはいえである。

 

 因習村など、一発一瞬で爆発炎上大四散できる三人なのだ。というか少女(キャスター)も三人より遅いだけでできる。

 何なら呪術でよりえげつない事態も招ける。しないけど。

 

 大体、初手ブラフマーストラの選択肢がある半分人外が因習村へ行ったところで、ただの出落ち。

 サーヴァントとして重要なのは。

 

「立香はどちらのジャンルも知っているようだったので、問題はないかと」

「それならばいい」

「推測ですが、他のエリアもマスターの時代にある物語と繋がっているのでは?でしたら、適応は難しくないと思います」

「なるほど。ちなみに、他のエリアの物語として貴女の予想はありますか?貴女はかなりそちらの文化に詳しいようですし」

「私はガネーシャ神から聞いて知っただけです!予想できるほどは知りません!」

 

 もうこれ以上説明したくない。

 アルジュナは一応納得したようだった。

 

「エリアを跨いでマスターの捜索も考えたのですが、越境にはポイントが必要とのことで足止めされてしまいました。そのうちにビーマ兄様の様子が変わってきたところへ、おまえたちが来たという状況です」

「悪かったな、アルジュナ。最初は警戒してたんだが、どうも『楽しんでもいい』って思考が強くなってきたんだよな」

「ビーマ様は、皆様を料理で楽しませたい、喜ばせたい欲求を増幅されたのでは?本来ない欲求を植え付けるより、元からお持ちのものを強化したほうが効きますし。……いずれにしても、時間経過で洗脳が進むのは厄介ですね」

 

 三日程で洗脳が進行したのがビーマ、違和感は感じ続けていたのがアルジュナ。

 となると。

 

「召喚直後から頭夏だったあなたは色々と大丈夫ですか?」

「…………」

 

 まさかこの面子で一番洗脳耐性が低いのがカルナなのか。

 いや自分が状況をおかしいと思えたのはカルナの調子がおかしかったからなので、今も洗脳されてないのかと聞かれたら自信がないのだが。

 

 うーん、とフードの奥で生真面目に頭を捻る少女(キャスター)と固まっているカルナに、ビーマが頭を掻いた。

 

「そりゃ単に、やっと嫁と一緒に長閑な場所に来られて、浮かれてたんじゃねぇのか?俺だって、散々離れたり行方知れずになった妻がここにいたらそうもなる」

「……?」

「元々持ってる感情や衝動の増幅が、より簡単な洗脳なんだろ?つまりカルナがおまえと夏を楽しみたい素の感情が、この特異点と噛み合いすぎたんだろうさ」

 

 なるほど、とフードを被ったまま少女(キャスター)は頷く。

 頷いて、一言。

 

「では、私が退去したらカルナの洗脳耐性は元に戻りますか?」

「それはさすがにやめろ!」

「それはさすがに極端でしょう!」

 

 兄弟揃って否定された。

 アルジュナの目は、完全に三角になっている。

 

「貴女は!常に!カルナが絡んだ途端!行動がゼロか百になり過ぎです!もっと幅を持たせなさい!」

「アルジュナ様には言われたくありません。さすがにひとりでカルデアには帰りませんから。解決策の可能性を提示しただけです」

「より面倒な問題を招く方法を解決策とは言いません!確実に拗れるカルナを放置しないで頂きたい!」

 

 しかもめちゃくちゃ叱られた。

 むー、とパーカーのフードの奥で口を尖らせる少女(キャスター)を、ビーマは見下ろした。

 

「おまえ、特異点だとしてもここを普通に楽しむ気はないのか?」

「む。楽しんではいます。カルナがいますし、平和だし、天気が良いし」

「……それだけか?」

「カルナがいますよ?」

 

 それ以上に、『楽しい』要素はあるのか。

 争いと無縁な人の営みや、穏やかな風、長閑な太陽の光を浴びれば、人並みに楽しいと思う気持ちはある。それを失くせば人でなくなる。

 自分がその人の輪にいなくても、見ているだけ、存在を確かめるだけであたたかくなれるのだ。

 

 とするなら、この、争いではなく楽しい思い出を抽出したかのような特異点は。

 

「私は十分楽しんでいます。顔に出ていないだけです」

「そうなら……いいんだけどよ」

「ドゥリーヨダナ様にもわかりにくいとよく言われるので、多分本当に出てないんだと思います。すみませんビーマ様」

 

 ぺこり、と軽く頭を下げたところで、しっかり肩を掴まれた。

 

「……退去は止めろ。選択肢ごと消していてほしい」

「しませんから」

 

 割と真面目にダメージだったらしいカルナだった。結構なジト目になっている。

 

「……」

「いやしませんから!ぜーったいしませんので!」

 

 ぎゃいぎゃい。

 肩を掴んだままと掴まれたままで言い合う青年と少女に、声がかけられる。

 

「あなたたち、またまた何をしているのかしら?」

「クリームヒルト様⁉」

 

 黒い上品な水着を着た王妃は、呆れ顔で扇子を閃かせてそこにいた。

 

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

 

 

 

「サメ騎士たちが街で揉めているサーヴァントがいると言うから来てみたのよ。まさかあなたたちとはね」

「失礼しました。クリームヒルト様はここで、悪役令嬢役をされているですか?」

「そこまでもう知っていたなら話は早いわね。そうよ、私こそが真の悪役令嬢なの!」

「……()と敢えて言うならば偽もいるのか?」

 

 しれっと。

 またしても顔色ひとつ変えずに言ったカルナに、クリームヒルトの目が吊り上がる。

 場所は街中からクリームヒルトが使っている居城に移り、豪華な広間に招かれていた。

 ここには悪役令嬢の義弟で執事という【設定】の、カルデアのジークもいた。

 彼も軽く洗脳されていたので、軽くペチっとして軽く目覚めてもらっている。

 

 そんな悪役令嬢クリームヒルトは、軽く荒れていた。 

 

「ええ、そうです!パッションリップが男爵令嬢をやらないの!それどころか悪役令嬢をやりたがって、サメ騎士団も別れてしまったのよ!」

「……なぁカルナの嫁、男爵令嬢をやるってのはどういうことだ?」

「【悪役令嬢もの】の悪役は、大体主役より身分の低い女の子です。男爵令嬢がそれに当たります」

「てことは、パッションリップが悪役なのに悪役をやらねぇってのか」

「はい。恐らく、ここは劇が進むどころか始まってませんね」

 

 大きな体を目一杯縮め、ひそひそと尋ねてくるビーマに答えつつ、少女(キャスター)も話を整理する。

 要するに、クリームヒルトはこのエリアの支配者、エリアリーダーとして【悪役令嬢】ものの劇をやり遂げようとしたが、頓挫しているのだ。

 

「この状況で見慣れない少女が来たというから、また主役狙いが増えるのかと思って来てみたらあなたたちだったのよ。焔のあなた、率直に言って悪役令嬢に興味はあるかしら?」

「ありません」

「よろしい。でも、あなたも男爵令嬢より悪役令嬢向きなのよね……。代役ができないかと思ったのだけど……はぁ……上手く行かないわ……」

「え、悪役令嬢は彼女でもできるのですか?」

 

 思わず、だったのだろう。

 疑問を出したアルジュナにクリームヒルトはまだ鋭い目を向けた。

 

「素質はあるでしょう?だってこの()、ちゃんとやれば所作はきちんとした令嬢でしかも政略結婚。【悪役令嬢もの】の婚約も政略結婚なのよ」

「しかし、私が聞いた物語の悪役令嬢と彼女ではイメージが……」 

「では聞くけれど、あなた、もし国益のため定められた婚約者の王子が、真実の愛を見つけたとかいう浮気隠しの世迷い言をほざいて一方的かつ理不尽に婚約破棄してきたら、どうするかしら?」

 

 話を振られて目を瞬きつつ、少女(キャスター)はきょとんと答えた。

 

「何が何でも(ダルマ)の下まで引きずり出します。浮気相手の方にも出ていただかないと困ります」

「浮気女ともども抵抗されたら?」

「可能なら自力で叩きのめして法廷に出します。仮にも婚約相手の不始末なら己で決着すべきでしょうし、王子に無法(アダルマ)を許せば国が終わります。いえ、終わりました」

「はい確定!あなたなら悪役令嬢になれるわ!なられたら困るのだけれど!」

「しませんって。クリームヒルト様以上に似合う方はいないでしょう」

 

 と、いうか。

 

 まさに、身内同士の愛憎の縺れとごたごたとやらかしで正解を選び損ない続け、突入したこの世の地獄(ナラカ)がクルクシェートラの戦いなので、【悪役令嬢もの】を物語として笑って見られないのだ。

 

 少女(キャスター)の淡々とした答えに若干引いているアルジュナとビーマを尻目に、カルナはまた淡々と続けた。

 

「クリームヒルト、悪役令嬢ものを成功させたいおまえの思いはわかった。だが、ジークフリートはどうした?」

「じ、ジークフリート?い、今の私には関係ありませんけど⁉」

「いやあるだろう」

「いえあるでしょう」

「いやあるだろ」

「御三方その辺りで……!」

 

 何でそこだけ声が揃うのだ男三兄弟。

 案の定顔を真っ赤にしたクリームヒルトは、けれどすぐに己を取り戻した。

 優雅に扇子を閉じ、きっぱりと言い切る。

 

「たとえ関係あったとしても、今の私にはサメ騎士たちがいます。彼らは私を悪役令嬢とし、自らを騎士として奉仕してくれているのです。王族として、彼らを顧みないわけにはいきません」

「……そうか。その信念ならば、確かに愛する伴侶がいては演劇に集中できないか」

 

 途端、クリームヒルトが閉じた扇子をカルナにぴしりと向けた。

 

「愛する伴侶とかいう言葉は、隣のその()に贈ってあげなさいな!よく考えたら、絶対浮気も婚約破棄もしないあなたがいるのに、この娘が悪役令嬢できるはずがないわね!ないわ!」

「オレはたとえ芝居でも、彼女との間の約束も誓約もこれ以上何一つ違えたくないな」

「でしょうね!でも言う相手は私ではないわよ!」

「だが、ジークフリートもオレと変わらないだろう。劇であり、通すべき筋と王族の矜持がかかっていても、()()()()()()()()愛する伴侶が芝居でも別の男の隣に立つのを好ましく思うわけがない。ジークフリートは元々、他の者に盗られたくないからと妻を語るに語れない男なのだろう?」

「……あのですね、あなた、太陽の英雄様?珍しく長文を喋って、他所にお節介を焼いている場合かしら?何度も言っていますけれど、言葉を尽くす相手を間違えないことね。さもなければ」

 

 クリームヒルトの扇子が、今度は真っ直ぐに少女(キャスター)を指した。

 

「?」

「そこの焔の娘を、悪役令嬢(わたし)の友人役として借りて行くわよ?バカンス中、ずーーーーーっとね?」

「え、劇の役を増やしていいのですか?」

「当然よ。義弟で執事のハンス……じゃなくてジークだって私が任命したわ。何なら、料理人でもダンスの先生でも増やせます。でも頭も鎧もお硬い英雄様は要りませんので」

 

 つーん、という言葉がこれ以上ないほど似合うクリームヒルトだった。

 まあこれは、カルナが勝てるわけがない戦いだった。むしろわかっていて舌戦に挑んだだけいいほうだろう。

 よほど、ジークフリートが気がかりだったらしい。

 

「……えーとクリームヒルト様、質問なのですが、婚約者役はどなたでしょうか?」

「……あら、そう言えば誰だったかしら。でも悪役令嬢ものの婚約者なんて最初に婚約破棄すればおしまいだし、誰でもいいわ。……とにかく、パッションリップにきちんと悪役をやってもらわないとなの!」

「うーん……」

 

 あくまで恋するパッションリップよりも強かなクリームヒルトが適任だと思うが、それは個人の意見だ。

 元々、パッションリップよりクリームヒルトと親しい自覚は少女(キャスター)にもある。

 これでは中立として仲裁できない。

 マスターが来なければ、本格的に解決できそうになかった。

 す、とアルジュナが静かに手を挙げたのはその時だ。

 

「失礼。私からも質問があるのですが」

「何かしら?」

「別のエリアへ向かうにはポイントが必要と聞いたのですが、手に入れる方法はありますか?」

「ええ。色々とね。たとえばサメたちはならず者を取り締まってポイントを貯め、サメ騎士になりますし、エリアリーダーの手伝いをして得る手もあります。この場合は私ね」

「……なるほど」

「なので、その()がここで手伝いをしてくれるならポイントを渡して上げても─────」

「断る」

「え、カルナ⁉」

 

 珍しく人の発言を途中で切り捨てたカルナに驚いている間に、腕を掴まれて引っ張られ、広間を出ることになる。

 

「えっ、えっと、し、失礼しました!クリームヒルト様!」

「ええ、また遊びにいらっしゃいな!」

 

 悪役令嬢さながらの高笑いを背中で聞きながら、少女(キャスター)はひとまずカルナに腕を掴まれたまま館を後にするのだった。

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

「で、貴様ともあろう者が、ろくな言葉も返せず撤退とは。何をやっている、カルナ」

「……」

王妃(クリームヒルト)の指摘は尤もだろう。ジークフリートにとれば、確かに伴侶が悪役令嬢だの婚約破棄だのは好ましくない。ならば彼も物語に絡め取るなりなんなり、方法はある。それをあんなに真正面から指摘して─────」

「……」

 

 つけつけつけつけ。

 街へ戻ってから、真面目にカルナへ説教を叩き込んでいるアルジュナと、無言で説教を受けているカルナを、少女(キャスター)は路地の壁に背中を預けたまま見守る。

 上から長身の影が差した。

 言うまでもなく、ビーマだった。

 

「嫁よ、アレは止めねぇのか?」

「カルナがしっかり叱られるのは面白いのでもう少し見ています」

「お、おう……」

「せっかくクリームヒルト様から色々と聞けたしお話して楽しかったのに、カルナが途中でぶった切るので台無しです」

 

 深くパーカーのフードを被ったまま、少女(キャスター)はひょいと肩をすくめる。

 

「で、どうしましょうか、ビーマ様。ポイントを貯めて他のエリアに行くのも手ですが、そもまだ立香が来ていない気がするんですよね」

「ああ。エリアリーダーのクリームヒルトがマスターに関して何も知らないって感じだったしな。来てねぇか、来ても多分第一エリアからだろ」

「でしたら、第一エリアに行くのも手ですか。あ、でもカルナと私は第二エリアから始まっているので、ある意味密入国。キレーちゃんに咎められそうで」

 

 第一エリアにあるゲートを、通っていないのだ。

 ここのU-オルガマリーは気にしない可能性もあるが、こう言う場合、大概事態は悪い方向に転ぶ(幸運DとD+)ので運任せもあまりしたくなかった。

 尚、キレーちゃんは第二エリア内にもいる警備ロボット……たぶん、ロボットなナニカである。

 

「マスター用にポイント稼ぎつつ、第二エリアにいるのがいいんじゃねぇのか。クリームヒルトはおまえと親しいようだし、あれこれ誤魔化してくれるだろ」

「そうですね。そうしましょうか。……でもポイントになりそうなならず者って、サメ騎士さんたちに聞いてみたら第二エリアにあまりいなさそうなんですよね」

「第一エリアのごろつき共を倒してなれるのがサメ騎士だぞ。ここには上澄みのサメだけで、そいつらが護ってる第二エリアの治安は良くなって当然だな」

 

 上澄みのサメとは。

 しかし一番簡単そうな戦闘が使えないのは困る。

 と、頭をひねっているとふと頭上に魔力の気配を感じる。

 顔を上げれば空を旋回する鳩がいて、目が合うと手紙を落として来た。

 受け取って開いて読めば、クリームヒルトからだった。

 

「何て書いてあんだ?」

「ポイントを稼ぐなら、街で働きなさいと。ちょうど空いた店があるので、しばらく家賃なしで使っていいし、元々料理屋さんで設備もそのままだと」

「おお!」

「料理人がいるならやってみれば?、だそうです。乗ってみますか、()()()()()様?」

「ハハッ、そいつはいいな!」

「でしたら決まりですね。───カルナ!アルジュナ様!お話はそこまで!こっちに来てください!」

 

 明らかに言い足りない顔のアルジュナと、正論なのはわかっているが拳を出したいという顔をしているカルナだが、声をかければ戻って来た。

 クリームヒルトからの手紙を見せれば、二人とも頷く。

 特にアルジュナはわかりやすく嬉しそうだった。

 

「料理屋とは丁度いい。ビーマ兄様にぴったりの場所ですね」

「嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか!」

 

 カルデアでも、進んでキッチンに立って料理を振る舞うビーマである。

 確かに適任だったし、クリームヒルトにもビーマのバッラヴァ時代を話していたのを少女(キャスター)は思い出した。

 あれを、クリームヒルトは覚えていたのだろう。

 

「おまえもまた料理番になるのか」

「そうですね。キッチンがビーマ様と私で、ホールがカルナとアルジュナ様─────あの、勝負しないでくださいよ?」

 

 さっとアルジュナが先に目を逸らし、カルナも応えなかった。駄目である。

 

「物理的な張り合いだけは、しないでくださいね。クリームヒルト様にお借りする場所なので壊したら直してください」

「わかっています」

「無論だ」

「はい」

 

 接客にカルナが向くか向かないかは、置いておく。

 この際店が破壊されなければよかった。

 多分、接客は確実にアルジュナが勝つだろうと思いながら、少女(キャスター)は手紙に書かれていた住所へ靴の爪先を向けた。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 クリームヒルトが示してくれた空の店は、確かにいい場所にあった。

 店主がいなくなったのも、ポイントを貯めて自ら別のエリアに移ったかららしい。

 何でも、必ず理想の相手と結婚できる結婚相談所を目指したと。怪しい。

 

「確実にサーヴァントが何かやっているな。それもかなり強力な」

「でしょうね。さっきも市場でテスカトリポカ様を見ました。神霊系の皆様も普通に来ているようです」

 

 というか、その怪しすぎる結婚相談所、テスカトリポカが噛んでいるのではなかろうか。

 怪しい商売に手を出しそうな神霊といえば、文句なしに彼である。

 ガネーシャ神も商売を司っているが、カルデアのガネーシャ(■■■)はそういったものに手は出さない。

 

「お店に、ガネーシャ様の像を飾ってもいいでしょうか?」

「勿論だ。ガネーシャ神は商売を司る。いて当然だ」

「はい」

 

 木から小さなガネーシャ像を作るくらいは、すぐできる。

 料理の材料は大体クリームヒルトが貸してくれたが、その中に木材もあったのだ。

 ともあれ、店の支度自体はすぐ終わった。借りられた材料と、その辺りの森から採れた物で。

 放浪時代があったビーマとアルジュナに、貧しい御者の息子でもあったカルナに、大体森育ちの少女(キャスター)なので、色々慣れているのだ。

 こう言う場合一番足手まといになるのは、確実にドゥリーヨダナ(ずっと王子だった男)だろう。

 一応落ち着き、キッチンで並んで料理を作る様になってしばらくしてから、ビーマが口を開く。

 

「しっかし、こんなことになるとは思ってもみなかったぜ」

「?」

「だってそうだろ。あのカルナとアルジュナが同じ店で働いて、俺はそこで飯を作ってるんだぜ?こんなの想像できるかって話だ」

 

 店の表にカルナとアルジュナだけを出すと言う、過去なら考えられないことをしているのは、確かだった。

 

「そうですね。確かに私も想像していませんでした。店を壊さないなら喧嘩も勝負も結構なことです」

「止めないのか?」

「楽しそうなので。以前に勝負でカルデアのシミュレーターをブチ壊したときは、二人に修理の材料を全部集めてきてもらいましたけど」

 

 修理をしたのは、道具作成ができる少女(キャスター)だ。

 まだ、地球が白紙になる前の頃だった。

 

「まさかシミュレーターを壊すまではやらないだろうと高を括っていたら、完膚なきまでにやらかしてくれたので、共同で修理用の素材を探してきてもらいました」

 

 兵站が破綻した戦線で、設備を壊すクシャトリヤがあるかとほとんど蹴り飛ばして素材集めに行かせた。

 シミュレーターが完治するまで、少女(キャスター)はカルナともアルジュナともまともに口を利かなかった。

 あれ以来、勝負の内容にカレー対決だの同人誌だのが増えた。シミュレーターを壊さない程度には戦闘もしているようだけれど、懲りたのだろう。

 

「おまえ、色々と強いな……」

「いえ、弱いですよ?」

「戦いじゃねぇよ、度胸と精神だ。おまえ、もう一人のアルジュナの異聞帯に()()()()()んだろ」

 

 軽快に野菜を刻んでいた手が、どちらも止まる。

 ビーマの言葉には、重さがあった。

 多分、この話をする機会をビーマはずっと欲していたのだろう。

 

 だが、カルデアでは少女(キャスター)はあまりビーマと交流がない。

 医務室にいる時が多いし、生前の戦場のビーマセーナの恐ろしさの記憶もあって、自分から話しかけに行く気は起きない。あとドゥリーヨダナが騒ぐので。

 カルデアのビーマの中身が正々堂々たる好漢と知っていても、戦う彼の記憶も、戦場でカルナに失礼な言葉を口にしたビーマにカチンと来て当時の彼の髭を燃やした記憶も、ある。

 

 気が昂って心にもない言葉を吐くようになる戦場など、やはり心底嫌いだった。

 それが、その人の本質ではないだろうに。

 

「カルデアの記録は俺も見てる。おまえ、一度カルデアから退去した後、カルナと違って異聞帯へ流されたんだろ?で、そこでそっちのアグニ神の依代になって、あのアルジュナを見ていた。カルデアが来るまで、クルクシェートラの戦いの直後から、ずっと」

「……ええ、そうですね。でも、そうしようとしたわけではありません。偶然、消えたくないアグニ神の手が私に掛かっただけで、彼の神にとって依代は誰でもよかったのだから」

 

 アルジュナ・オルタにほとんどを喰われ、それでもとある理由から消えたくないと望んだアグニ神の咆哮を、聞いてしまったのが自分だ。

 アレが父で、己が娘であったから。

 これ以上ないほどの、呪い(血縁)だった。

 

「あちらのアルジュナ様が、人から神へ墜ちるのを私はずっと視ていたけれど、視ていただけです。アグニ神は、あのアルジュナ様を助けたいのに助けられないのをいつも嘆いていましたけれど、私には嘆く力もありませんでした」

「そりゃ……当然だろ。こっちのカルナが死んだときの記憶とあっちのカルナが死んだときの記憶、二つ分受けたんだろうが」

「……カルデアの記録は、そこまで優秀でしたか」

 

 確かに、アグニ神と半融合した依代になったために、彼が記憶したクルクシェートラの戦いの記憶も、視ることになった。

 自分が知る地獄と、自分が知らない地獄の二つを視た。

 視たくなくても、目に焼き付けられた。

 

 この世の地獄の果ての果てに、たったひとりの寂しき神が生まれるその光景も。

 

「見てるだけってのでもなかったろうが。カルデアが来るときまで、あの世界で消えた人間全部の記憶を全部持って、異聞帯が終わるとき全部返したんだろ」

「あれも主導はアグニ神です。あの世界の人々の記憶と繋がっていた祈りや願いは、あの世界に還します」

 

 消えた記憶を抱え生きる人々へ、喪った者たちの思い出を還したことが、正しいかはわからないままだ。

 喪失を埋めて消えるか、喪失したまま消えるか。

 

 結末は、異聞帯の消滅のみ。

 変わることはない。

  

 廻り続けるユガの世界の中、休むことなく、叶えられもしない人々の願いや祈りを集め続けた。

 あの行為は、アグニ神にとっては世界を存続させる神としての責務で、自分にとってはいずれ終わる世界への供養だった。

 

 墓に手向ける花を集め続け、最期にすべて散華させて彩った。

 他に何も、できなかった。

 己が汎人類史(殺す側)の人間であることは、譲れなかったから。

 

 思い出すように、青い瞳の奥に金の焔を灯す少女に、ビーマはゆっくりと声をかけ続けた。

 

「どう言おうが、あのアルジュナと同じ年月、おまえがあそこにいたのは変わらねぇ事実だろ。だが、あいつのようにはならなかった。神でないにしても、何千何万もの人の願いを取り込んだんだろ?」

「アルジュナ様と私はちがいますよ。大半が欠けた神性と、私と同じただの人間たちの願いの集積装置になっただけ。……半端に受肉したから戻れなくなりましたが、どれだけの年月が経とうが、私は汎人類史の死者です。あそこは私の世界ではありません」

 

 間違っていようと、此処だけが己の世界だと進むしかない黒きアルジュナと。

 此処は、己のあるべき世界ではないとわかっていた名もなき少女。

 同じ時間を過ごしていても、積み重なった負荷はまったく違った。

 

「私は、いつかこの世界が終わるとわかっていました。人生と同じで、終わりは必ず訪れる。あちらのアルジュナ様は、そう思うわけには行かなかった。だって、自らの意志で背負うと決めて、神へ変わってしまったのだから。彼と私のちがいは、己を神としたか、人としたかだと思いますよ」

 

 終わりがあると知りながら、前へ向かって進む人間。

 止まってもいいのだと、己に許していた者。

 

 終わりを認めるわけにはゆかず、ただ存在し続ける神。

 止まれないと、己に責を課した者。

 

 意志の自由と、意志の束縛。 

 人であるか、神となるか。

 そのちがいが、何を生んだのか。

 

 いずれにしても、あの世界は最早どこにもない。

 黒き神だった者の心は、ただの青年に幾らかでも立ち返り、魂に灯火を宿して此方にいる。

 

「まぁ、あれだけユガを抜けて、朽ちない体で長い年月を過ごして、まだ人のままのつもりかとヴリトラには爆笑されたのですけれどね。うっっるさいです」

「……」

「私が私を人としたので、私は人間です。それでいいのです」

 

 カルナが人間として生きて、死んだように。

 ()()()()()()()()()()()

 

 言葉にすれば、極めて単純な願いだ。

 カルナと過ごした時間が、会えない時間よりずっと小さくなってしまっても。

 異聞帯での千年、万年と比べれば、瞬きの時間しか思い出がなかったとしても。

 

 刹那のきらめきが、闇でも輝く星になったから。

 だから、自分は、自分のままだ。

  

 が、あのやかましい邪竜は爆笑してからかってくるのだ。

 いくら恩竜でも、し つ こ い。

 やっぱりサンタ事件のとき消えたままでいてほしかったかも。数百年ぐらい。

 

 思い出して、ちょっとイラっとする。

 包丁に変な力が入って、野菜の切り口が斜めに滑った。

 

「あっ。……すみません、飾り切り失敗しました」

 

 普通の少女のように、小さく謝る少女(キャスター)を、ビーマはただ無言で見下ろす。

 見下ろして、ひょいと肩をすくめた。

 

「安心したぜ。おまえは、ちゃんと俺たちの敵(カウラヴァ)だったんだな」

「あら、やっとそう思ったんですか」

 

 戦場にいなかろうが、戦士を治して戦いに向かわせた。

 自分が助ける戦士が、ビーマやアルジュナや、他のすべてのパーンダヴァを殺しに赴くと知って、治療した。

 肉を補い、破れた腹を塞ぎ、骨を繋ぎ、血を注ぎ、これから誰かを殺す人間の生命を治した。

 

 その時点で、己もクルクシェートラの戦いに加わっていた。

 ビーマは忘れているだろうけれど、彼の息子、羅刹の子(ガトートカチャ)を、自爆で殺したのだ。

 

 とっくの昔に敵同士で、とっくの昔に戦は終わった。

 

 見た目が少女で女だから、ビーマには迷いもあったのだろう。

 どう接すればいいのか、カウラヴァ()であったのかも覚束ない相手だと。

 

 それを、彼はしっかりと吹っ切ったらしい。

 

 被っていたフードを取り、ようやく顔を晒した少女(キャスター)はにこりと笑った。

 

「今更ですね、狼の食欲を持つ男(ヴリコーダラ)。私はずっと、そう思っていましたよ」

「はいよ。怖いやつだな、おまえも、カルナも」

 

 愉快そうにからからと笑い、ビーマはついでのように口にした。

 

「あとは弓のアルジュナのことなんだが」

「はい」

「率直に言わせてもらうが、恨んでねぇか?カルナとアルジュナは折り合いのつけようもあるが、おまえはちがう」

「ほんとに率直に聞きますね」

 

 クリームヒルトを少し思い出した。

 未だにハーゲンを敵視している彼女だが、あれは無理ないと思う。親友同士で完結し、置いてけぼりにされたら怒るに決まっていた。

 

 翻って、少女(キャスター)は。

 

「確かに、アルジュナ様に隔意はありました。殺し殺されと頭でわかっていても、感情は消えなかったので」

「ああ……だろうな」

「でも異聞帯を経た後は、そうでもなくなりました」

 

 神へ変わり果てていく、アルジュナという人間を視て、異聞帯の最期の瞬間、彼と言葉を交わして。

 

「私は、もう、アルジュナ様を憎めません。誰の為にも祈り、どうしようもないことをどうにかしようと諦めなかった、普通の、優しい人としての一面を視たから」

 

 異聞帯を経た後でなければ、得られなかった感情だ。

 だからあそこに落ちたのは、つらく、苦しいことばかりではなかったと言える。

 尚、アルジュナのほうは。

 

「私のことより、異聞帯の記録とかあれこれ見た弓のアルジュナ様が、私にもお説教するようになったのどうにかなりませんか?最近は義姉上(あねうえ)呼びを盾にしてきて、捨て身すぎますよ」

「義姉上ぇ⁉……待てよ、考えてみればそう……なるな」

「いや流されないでください」

 

 神が血筋に挟まっているため、諸々関係が既にぐちゃぐちゃなのだ。

 

「親戚関係の面倒な呼び方を、これ以上増やさないでくださいませ……!」

「嫌なのはそこかよ!」

「あと、マスターが混乱するので」

「おまえが大人しくしてりゃ済むだろ」

「ヴリトラがいるのに?」

「……インドラ神に頼めばどうだ?」

「嫌です!今投げ槍になりましたね!!」

 

 論外すぎる。

 ヴリトラに絡まれる原因は、インドラと同じ神たるアグニ神に引っ張られたからだ。頼れるか。絶対嫌だ。

 しゃーしゃーぽこぽこ怒る少女(キャスター)に、ビーマは軽く息を漏らす。

 

「とりあえず、賄い食べるか?」

「頂きます!美味しいので!」

「吹っ切れすぎじゃねぇのかおまえ?」

 

 などと言っている間に。

 

「入るぞ」

「あ、カルナ」

 

 裏口側から、厨房にカルナが顔を出す。

 夏の衣装そのままで接客しているのだが、今のところ特に問題もないらしい。

 水着にパーカーのアルジュナも同じだった。

 

「どうしました?」

「店は昼の休憩に入った。それと、客が来た」

「客?」

 

 誰だろうか、とカルナの横からひょいと顔を出した途端。

 

「もう限界ッス!ほんとに助けてカルナさんに焔ちゃん!」

ガネーシャ様(■■■さん)⁉」

 

 半泣き寸前の顔をしたガネーシャ神である。飛びついてきそうなガネーシャに、少女(キャスター)の目が丸くなった。

 

「ど、どうされたんですか?夏は室内でのんびりされるんじゃ……?」

「二人がレストランしてるって聞いて、ボクも食べに来たッスよ!行きたくなるじゃん!」

「自ら外に出たのか、いいことだ」

「だけど出たらあんなことになって……!」

 

 あんなこと、とは。

 ガネーシャ神が指差した先、所謂ホールの方を、カルナ、ビーマ、少女(キャスター)で覗く。

 

「あれは……」

「あー……」

「ああ……」

 

 客がいなくなった、さほど広くはない木造の店内の真ん中。

 無言で杯を傾けているのは、神々の王、インドラ神。

 彼の対面にぴんと背筋を伸ばして座るのは、アルジュナ。

 

 まさかの、親子面談状態だった。

 

「お客様が神様でしたか」

「現代の格言がこうなるのか。……ガネーシャ神、もしやインドラ神はずっと無言なのか?」

「ここ入ってからはずーっと無言ッスよ!ホテルのボクの部屋にうるさく突撃して来たのに、浮いてるアルジュナさんが来たら静かになるし、弓のアルジュナさんがいらっしゃいませって言ったら黙るし!」

「……」

「ディスコミュ過ぎて耐えられないッスよ!どうしよう!」

 

 どうしようも何も。

 

 どうしたらいいんだ、と厨房の三人は顔を見合わせるしかなかった。

 

 

 




お読みいただき、ありがとうございます。

ユガ・クシェートラを書いてほしいとコメントも頂いたのですが、書いたら終わらなくなるので会話や地の文での断片的なものにさせてください。

とりあえずこの世界線のインド異聞帯は、カルナがいたから神の中に魂の灯火が残っていたアルジュナと、カルナがいたから人のまま神にならなかった主人公という、色々重い感情がぶつかってる感じです。

インド異聞帯で『神のような何か』として存在し続け、信仰もあったりなかったりしたので、カルデアが来る頃にはきっかけ次第で女神変生できるくらいには力がありました。
が、カルナを護る為と、集積した異聞帯の人々の願いを異聞帯へ降らせる為に力はすべて使い果たしました。

精神的には多少円熟して変わっていますが、それでも水着は恥ずかしいし、水着でカルナと手を繋ぐだけで顔が赤くなるくらいには『普通』の少女のままです。

アルジュナへの隔意も本当になくなっていますが、逆に言うとユガ・クシェートラを経ないと無理です。
ただし父神とは拗れに拗れました。

インド異聞帯での出来事は全部カルナに話しています。さすがにそこは『言わなくていいか』ではなかったので。
アルジュナ・オルタと異聞帯が終わるときに何を話したかは、後々。

未だに暑い日が続きますが、体調と精神を崩さず書いていきたいです。
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