太陽と焔   作:はたけのなすび

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ここすき、感想、評価、誤字報告、ありがとうございます。

こちらは昨日投稿したSN編とは関係ございません。

では。


太陽と焔とぐだぐだの話(上)

 

 

 

 

「助手、おまえの時代に義手、義足はあったか?」

「はい?」

 

 カルデアの医務室。

 アスクレピオスの唐突な一言に、少女(キャスター)は顔を上げた。

  

「技術より神秘で補っていましたね。というか、苦行でたくさんある頭を切り落として力を得たり、手足のどれかを捧げる代わりにそれを凌駕する力を授かったりなので、貢ぎ物感覚なところがないこともなく……」

「やはりトンチキか。最古の義肢の記録はリグ・ヴェーダだろうが」

「あの御本、史実だと成立が紀元前十二だの九だのぶれていますし、私たちの感覚からしてもいつだかわかりませんよ……確実に死後だとしか」

「ああ。おまえたちは紀元前五千年の存在か……」

「神話と歴史と神秘と神代の暦が混ざると、乳海みたいにわけがわからなくなりますからね。そもそも、私も一定年齢以上から肉体の成長が止まって自分の年齢は雑なので」

「おまえのは別の問題だと思うが?」

 

 そうとも言う。

 とりあえず。

 

「いきなり義肢とはどうされたんですか?ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲンさんでも召喚されましたか?」

「鉄腕じゃない。最近増えたアヴェンジャーだ。新選組とかいう人斬りサークルの一人にいる」

藤堂平助(とうどうへいすけ)さんですか?」

「そいつだ。ぼろぼろになった体を義肢で補っているというので、詳しく診せろと言ったのにろくに答えなかった愚患者候補だ」

「ぼろぼろ?」

「死因が刀の滅多切りだそうだ。全身に裂傷を受けて死亡したと言うなら、出血性か外傷性のショック死、或いは脳損傷が原因に挙げられる。なら頭部も義肢的に補っているのかと聞いたらろくに答えなかった」

「新選組の方なら現代に近いので死因の分類はそうなんでしょうが……脳を補える道具は神秘が絡まないと無理では?」

「それを含めて調べようとしたらぐだぐだと言い淀んだんだ。今後の予防のため死因に拘らずに僕の言うことを聞け、大体、医療担当のサーヴァントすら寝床で死んだのは半分以下だから気にするなと言ったらあれ以来医務室に来ない」

「……」

 

 確かに、現在の医務室メインサーヴァント五騎中三騎の死因は、暗殺、感電、自爆であり、唯一の医者の死因が神罰もとい雷霆。これはひどい。

 

「アスクレピオスさんの死因はコメントしづらいから、困惑したのではありませんか?」

「ただの問診だぞ?」

「うーん……。私は藤堂さんと話したことがないので、これ以上は何とも……」

 

 藤堂平助。

 食堂で何度か配膳した記憶はあるが、確かチョコアイスやコロッケなどの味の濃い現代の食べ物を好んでいた。

 少女(キャスター)よりも身長の低い、少年めいた風貌のサーヴァントだったと記憶している。

 

「確かに藤堂さんは義手でしたね。頭部に繋ぎ目などはありませんでしたし、特に支障なく動けるなら問題ないのでは?問題があったら、まずマスターが相談に来るでしょうし」

「サーヴァントとしての戦闘すら可能にする義肢だぞ?僕に調べさせるべきだろう」

「ただの趣味じゃないですか」

 

 来なくなるわけだ。

 呆れ顔で、少女(キャスター)はアスクレピオスにチェックを受けるべき次のカルテを差し出したのだった。

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

 

 という会話をした翌日。

 いつものように食堂のカウンター内で配膳をしていた少女(キャスター)は、ふと目の前に来たサーヴァントの視線を感じて顔を上げた。

 白い髪と、額に残る目立つ傷跡が目に入る小柄な少年だった。

 

「……」

 

 カウンターの向こう側から、無言でこちらを見てくる藤堂平助に、少女(キャスター)は首を傾げた。

 

「今日のおすすめはAランチですが」

「……じゃあそれにしてくれ」

「はい。トレーを先にお取りください、藤堂さん」

「……僕を知ってたのか?」

「はい。十九世紀の日本の英霊、藤堂平助さんですね。クラスはアヴェンジャーと聞いています。私はプリテンダーのユ■デ■■と申します」

「は?今何て言った?」

「すみません。私の真名は呪いがかかっていますので、仇名的にキャスターとお呼びください」

「キャスター……魔術師なのか?」

「呪術師です。しかし今は配膳係なので先へお進みください」

「……」

 

 藤堂平助は、無言でトレーを取って去って行った。

 見た目通りに繊細そうなひとだと、一旦少女(キャスター)はその背中を見送り、軽く肩をすくめた。

 

 が、さらに翌日。

 

「……」

「……」

 

 何か、見てくる。

 図書室でいつものように書棚の間を呪術でふわふわと浮いて本を取っていると、下の方から視線を感じた。

 首を巡らさずに呪術で軽く視点を弄り、誰かと確かめればあの藤堂平助である。

 

「どうした?」

 

 足元で本を拾い読みしていたカルナが見上げて来て、少女(キャスター)は浮いたまま首を傾けた。

 

「八時の方向、書棚の陰に藤堂平助さんがいます。カルナは彼と用事がありましたか?」

「ない。声をかけてくる」

「では私は上から行きます」

「ああ」

 

 ふわりと空気に乗り、燕よりは少し遅いくらいの速さで藤堂平助の反応がある書棚の上に移動する。

 

「ッ!」

 

 驚愕。

 と目を見開いた少年を、少女(キャスター)は真上から無表情で見下ろす。

 気まずげに踵を返そうとした藤堂の前を。

 

「待て。逃げるな」

 

 黄金の槍が阻んだ。

 切っ先を向けているのではなく、閂のように横に倒してはいるが、高さは丁度藤堂の首元である。

 人形のように固まった少年を見下ろすカルナが、淡々と告げた。

 

「用向きがあるなら話すがいい。異国の剣士よ」

「……別に、用なんてない。何だよ、文句があるのか」

「文句はないが、口を出す権利はある。オレはおまえが見ていた女性の夫だ」

「は?」

「今、おまえの真上に浮いているサーヴァントのことだ」

 

 藤堂にぐるんと見上げられ、少女(キャスター)は小さく手を振った。

 カルナと自分は、クリームヒルトとジークフリート、シグルドとブリュンヒルデのように夫婦として人類史に刻まれたわけではないので、逐一説明がいる。

 が、大半はあまり気にしないので最近は特に説明しなくなっていたのだ。

 

「昨日ぶりですね。藤堂さん。何か御用ですか?売店にチョコアイスが補充されるのは明日ですよ」

「いやそうじゃなくて……!ていうか何で君は浮いてるんだ!」

「呪術師は浮きますよ?」

「浮くぞ?」

「⁉」

 

 混乱している復讐者と共に、ひとまず図書室からは出たカルナと少女(キャスター)だった。

 

「それで?」

 

 場所を移してのカルデアの廊下。

 藤堂をとりあえず連れ出したカルナと並んだ少女(キャスター)は、尋ねた。

 

「何か御用でしょうか?問診でしたら、私ではなくアスクレピオスさんの担当ですが」

「そっちでもない。……だけどその医者が」

「医者が?」

「君の、キャスターのことを、”とんでもない死に方をした助手”と言ってたから」

 

 言いそう、と反射的に思ってしまった。

 多分自分の死因と併せて、さらっとアスクレピオスは口にしたのだろう。

 

「気になって見ていたのか」

「……そうだよ。君も義手とか義足とか、ジェットかと思ったけど違うんだろ。悪かったな、騒がせて」

「ジェットは特例だと思いますけど」

 

 だが、言われてみれば確かに。

 

「骨も残さなかったのに、きっちりしっかり体があるのは、言われてみれば不思議なんでしょうか?カーマ神でもまだ焼かれていらっしゃるのに」

「……は?」

「最期の様子が肉体に反映される者もいれば、されない者もいるだけではないのか?」

「は……?……?」

「では、カーマ神は『シヴァ神がカッとなり肉体を燃やされた』という神話の知名度の高さゆえにああなったと?」

「体、を……?……え、カッと…………!?」

「そうではないのか。武骨なオレでは無責任な憶測しか吐けないが」

「自分なりに考えた答えを、無骨ゆえと前置きして軽々に貶めるのは良くないと思います。カルナの勘は当たるので」

「そうか」

「…………?…………?」

 

 『いつもの』調子の会話に目を白黒させる藤堂に、あ、と少女(キャスター)は思い出した。

 会話がマイペース!だとアルジュナに幾度となくツッコミをくらったのに、またしてもうっかりしたのだ。

 しかし、生前からこの調子なので今更変えにくいのだと思いつつ、フォローすべく少女(キャスター)が藤堂を見たところで。

 

「なんじゃあ?珍しい組み合わせが爆誕しとるんじゃが。人類最古のボンバーガールに施しの英雄に、人斬りサークルメンバーとはの」

「あら、ノッブ様」

 

 アーチャーの織田信長、俗に言う『ノッブ』であった。

 しかし。

 

「ノッブ様、人類最古のボンバーガールは笑って良いところですか?」

「良いぞ良いぞ。おまえにとってはわしの本能寺みたいなもんじゃろ」

「でもボンバーガールだと、この前のそちらの御国のボンバー武将様と被ります」

「んじゃボンバー人妻でよかろう」

「ありがとうございます。そちらでよろしくお願いします」

「……とまぁ、これをマジトーンの本音でやるのがこ奴じゃぞ。人斬りサークルの。裏表なしのマジじゃマジ」

「……」

 

 最早絶句している藤堂にひらひら手を振った織田信長の後ろから、軽快な足取りで現れる影がある。

 新選組の沖田総司だった。

 華奢な少女ながら、新選組の一番隊隊長だった『剣』は、こちらを見るとすぐに駆け寄ってきた。

 

「そこのインドのキャスターさん!アルジュナさんが呼んでます!そちらの親父系サーヴァント二体がやり合いそうなので仲裁お願いしますー!」

 

 それはまずい。

 少女(キャスター)の顔色が変わった。

 

「どっちがどっちに仕掛けましたか?」

「火天様が帝釈天様にです!ていうか、キャスターさんが帝釈天様に一回ジュッと焼かれたことがバレました!お酒飲んだ帝釈天様の口がツルッと滑って!」

「あっ」

「それで火天様がキレたんですよー!アルジュナさんももう行ってますけど!急いで急いで!」

「だから禁酒を勧めたのに!」

 

 カルナとアルジュナが落ち着いたと思ったらそっちか。

 ノウム・カルデアを消しはしないだろうが、壁や床のタイル一枚でも剥がされたら困るのだ。概念防御や結界に、万が一支障が出たらどうしてくれる。

 

「うはは大変じゃのう!」

「ならノッブ様も来てください。相性ゲームがお得意なんですよね?」

「いやそりゃおまえの旦那も同じっ─────力強っ!」

 

 どたんばたん。

 話の流れか離脱のし損ねか、藤堂まで入った五騎で向かった食堂は、既にインドラとアグニが睨み合っていた。

 アルジュナが間で止めているが、アグニの目の金色が濃くなっているし、インドラからは雷が放出されている。

 アグニが気に入っていたアルジュナが仲裁しても止まらないのは相当だ。

 

 しかし、怒っている父親への第一声がわからない。

 

 脚も言葉も止まった少女(キャスター)をやんわり後ろへ下げ、カルナが前に出た。

 無表情のまま、躊躇うことなくカルナは口を開いた。

 

義父上(ちちうえ)

 

 さほど張り上げてはいない声は、食堂に何故かよく広がる。

 目に見えてアグニの動きが止まり、ギ、ギ、ギと音が出そうな軋んだ勢いでカルナの方を見た。

 

 どろりと溶けていた金色が元の鼈甲色に戻り、代わりに整った少年の顔に驚愕が貼り付く。

 

「ゔ、ヴァイカルタナ、今なんて……?」

「誤りか?正しい呼び方だが」

「そうだけど、そうだけど……!なん、その、何でだよ!?」

「オレにはあなたをそう呼ぶ権利があるからだ。アグニ神よ。勝負ならば、シミュレーターを使用すべきだ。レイシフトもあるが、あれはマスターや顧問たちの許可を必要とする」

「カルナ、レイシフトは最近立て続けに神霊の力に満ちた空間へ使用したので、今、設備がメンテナンス中です」

「……ではシミュレーターか。……アグニ神、そのようなわけだ。矛を収めるべきだと進言する」

 

 この『おまえがソレ言っちゃうんかよ』感漂う空気でガチ喧嘩を続行できるなら、もうその心は神でも人でも何でもないスライムとかである。

 す、と少女(キャスター)は手を挙げた。

 

「アグニ神、勘違いされているかもしれませんが、私がインドラ神に消されたのは、その後に支障が出るので自主的にやったことです」

「んっ⁉」

「第一、以前も申し上げましたが、私は婚姻した時点であなたでも人の父様でもなく、カルナに属します」

「……」

「よって私について、あなたがいちいち思い煩う必要は既にございません。七千年も前からそうです。あの頃から、他家に行った娘はその家のものとなり、舅姑に仕えるのが律だったのでは?」

「……じゃ、きみはスーリヤの側なのかい?」

「アディラタ様とラーダー様と、スーリヤ様の側です」

 

 アグニ神は、目を瞬いた。

 

「アディラタ、ラーダー……?」

「…………カルナの人の父様と母様です。私はスーリヤ様にはお会いしておりませんから、御心はわかりません」

「スーリヤが気に入らんわけがないだろうが。ヴァイカルタナしか視界にいない娘だぞ」

 

 ひょい、とインドラの両側からヴァジュラたちが顔を出した。

 

その通り(完全同意)です」

「そうそう!酒宴で絡んだ不埒者も片端から積んでいってた堅い人間だしねー!」

「は?誰だよそいつらは」

 

 何なのだこの神。

 人の話を聞い────てくれた試しがなかったのを思い出した。

 天界に来たアルジュナを地上へ返したくなくなっても、結局は彼の望み通り、地上へ返したインドラ神もいるというのに。

 ともあれカルナも面倒事を察知したのか、顔をしかめていた。

 

「誰でもいいだろう。彼女の手に余る者はオレが対処した」

「拳と蹴りですけども」

「それでケルトや日本の戦士と片端から勝負を始めたのが貴様だろうが……!影の国の女王と東方の鬼種まで巻き込んで!」

 

 毎度のアルジュナのツッコミに、少女(キャスター)は肩をすくめた。

  

「アルジュナ様も参戦されて、最終的にインドVSケルトVS日本でシミュレーター使用のトーナメントバトルになったじゃありませんか」

「何だその愉快な催し物は!当然我が息子が勝ったのだろうな!」

「伊吹童子様が楽しすぎて酒呑童子さんの神便鬼毒酒をぶち撒けてしまい、全員で酒の処理をしなければならず、中止になりました。最後まで酒気に負けず立っていたのは、アルジュナ様とカルナだけですが」

「よぅし!それでこそよな!」

 

 そこ二人は、周りが酒でほろ酔いになるのを受け入れる中、何が何でも相手より後に倒れると意地を張っていたのもある。

 上機嫌となったインドラは、既にアグニとやり合う気はないらしい。元々、然程なかったのだろう。

 一方のアグニは、まだ呑めないものがあるらしい。

 

「インドラ、きみ、そこでその娘にちょっかいかけてないだろうな……?」

「ハッ。知る前ならともかく、(オレ)は二度とヴァイカルタナの宝には手を出さん。出す気も起きんわ。杞憂で騒ぐなら、いい加減お転婆娘との距離をまともにすることだな」

「おまえ、ソレを、ボクに言えた立場か……?」

「オレのは少なくともお転婆ではない」

「ぐっ……!」

「……」

 

 一先ず鉾は収めた神々と、間で凄い顔色になっているアルジュナを前に、織田信長は呆れたように鼻を鳴らした。

 

「ホント毎回スケールおかしいじゃろ。自称非戦闘員の薬師すら城門を一撃粉砕とかギャグじゃし」

「確かにキャスターさんも、あの酒臭いとこで、シラフのまま酔っ払いダーオカを千切っては投げてましたねぇ。毒耐性強すぎですー」

「だったら、あそこに刀だけで突っ込んできた沖田さんと宮本の伊織さんも何なんですか……」

 

 ともあれ。

 そんな感じで。

 

 帝釈天VS火天の洒落にならない喧嘩は収まったのである。

 人騒がせだのぉというのは後から話を聞いたドゥリーヨダナの一言である。

 

 そう言えば。

 最後まで、藤堂平助の目と口は開きっぱなしだったな、と少女(キャスター)は後から思った。

 

 

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

 

 

「キャスター、新選組の皆と何かあった?」

「新選組?」

 

 帝釈天VS火天の仁義なさすぎる戦いが勃発しかけた翌日。

 種火の為の出撃先でマスターの藤丸立香に尋ねられ、少女(キャスター)は首を傾げた。

 

「先日、新選組の藤堂さんと会話はしましたけれど……」

「藤堂くん(・・)と?」

「くん?」

「あ。……藤堂くんて俺より身長低くてつい」

「……確かにそうですね」

 

 普段よく話すのがカルナやドゥリーヨダナというのもあり、藤堂平助は殊更小柄に感じていた。

 現に今も視界内にいるが、カルナと並ぶといっそう年の低い少年に見えた。

 子どもとして顕現したサーヴァントではないはずなのに、幼さすら感じる。

 

「その藤堂くんなんだけど、カルナたちに興味あるのかマハーバーラタを読んでるみたいで」

「え、あの鈍器ブック読むとかあ奴マジメか?」

 

 銃を肩に担いでいたアーチャーの織田信長が、くるりと振り返る。

 本日の『周回』メンバーは、マシュと彼女にカルナ、少女(キャスター)とドゥリーヨダナ、件の藤堂平助と沖田総司だった。

 今の彼は、カルナとマシュ、ドゥリーヨダナに何か話しかけている。

 マシュがいるならば、カルナの舌鋒とドゥリーヨダナの口車は大丈夫だろうと視線を外しつつ、少女(キャスター)は頷いた。

 

「アーカイブのマハーバーラタは、かなりの部分がビーシュマ様による訓話や、クリシュナ様とアルジュナ様の対話(バガヴァッド・ギーター)に尺が割かれていますから、物語の部分だけならそれほど長くありませんよ?」

「おまえの『それほど』の長さはてんで信用できんわ。つかそのビーシュマとかいうの、アルジュナに矢衾にされても長々生きとったやつじゃろ」

「あの方は死にたい時に死ねる特権待ちだったので、弁慶さん状態でもオッケーだったかと」

「どこがオッケーなんじゃそれは」

 

 頭を振った織田信長は、カルナたちの方を見て目を細めた。

 

「しかし、あそこの人斬りサークルのちまいのとはわしも少し話したの。そなたらの父が日天、火天で、アルジュナのが帝釈天と知って驚いておったわ」

「あら」

「ついでにそなたらがご落胤ぽいってことも言うたし」

「ノッブ、原因多分それ」

「?」

 

 何でも、藤堂平助も藤堂家という大名家の血を引くご落胤─────認知されていない子息、だったらしい。

 

「あー、確か施しのは王族で、こ奴は神の娘じゃったか。でも川に流されたし神とガチ喧嘩しとったくない?」

「はい。カルナの場合は生みの母様がやらかされ、私の場合は母の葬儀で父と大揉めして絶縁されましたね。本当に父が神だと知ったのは、死んでから云千年も後ですし、確かに落胤と言えばそうかと」

「明らかそなたのが大人しいのにやらかし方が旦那顔負けに物騒なのウケるわ」

 

 そうやって呵々と笑い飛ばしてくれるからこそ、織田信長相手は気が楽だ。

 豪放磊落な面はドゥリーヨダナにも似ている。ドゥリーヨダナは彼女のような覇王ではないが、それはそれだった。

 

 ともあれ、藤堂平助か。

 

「……」

 

 見た目の印象通りに繊細な性格ならば、カルナの舌鋒の鋭さは色々大丈夫だろうか。

 一応話しかけてみるか、と思ったときである。

 

 ドンッ、と地面が突き上げるように揺れた。

 

 続いて現れるのは、地を割って姿を出した巨大な─────ヒトの腕。

 マシュが素早く反応し、盾を構えた。

 

「マスター、新たなエネミー出現!記録にない個体です!」

「わかった!カルナ、ドゥリーヨダナ、マシュ、正面で応戦!キャスター、藤堂くん、沖田さんは遊撃!ノッブは皆の援護お願い!」

「承知しました」

「騒がしいのが出たのう。おい神代呪術師、あの化生をどう見る?」

「何らかの怨念の具現、かと。……あれ、巨大な怨霊の一部ですね。本体と合体されないうちに滅しましょう」

「こ奴慧眼なんじゃがナチュラル物騒なんじゃよなー。インド版ミッチーの娘じゃのに」

「誰ですかミッチー」

 

 軽口を叩きつつ、背後に三千丁の鉄砲を展開する織田信長をマスターの側に残し、少女(キャスター)は走った。

 既にカルナやマシュは応戦していたが、敵────人間の二の腕から指先までの形をした『腕』は無闇矢鱈と暴れ、攻めあぐねていた。

 

「キャスターさん!」

「マシュ!援護しますので、そのまま突撃してください!」

「はい!」

 

 白く輝く聖騎士となったマシュの突進に合わせ、少女(キャスター)は無数の焔矢を放った。

 低級の怨霊ならば掠めただけで浄化する焔の集中砲火を受けても、腕の怪物は消えない。

 だが、熱は感じているのか五指が慄くように蠢いた。

 

「やぁぁぁぁっ────!」

 

 その隙を見逃さず、マシュの盾の連撃が叩き込まれる。彼女の鎧を掠めかけた指は、カルナの槍が斬り払った。

 

「させん。ここで倒れるがいい」

「よしカルナ!よくやった!」

「働いて下さいよちょいワル王子」

「わかっとるわー!」

 

 刀を携え、跳び回って撹乱する沖田からの言葉に棍棒で腕の手首の関節を叩き伏せたドゥリーヨダナが応じた。

 だが、ドゥリーヨダナは顔色を変えた。

 

「堅いぞこ奴!わし様が殴っとるのに!」

「ではビーマ様並みの耐久ですね」

「冷静に何を言ってるんだ!」

 

 共に自由に動いて『腕』の攻撃を躱した藤堂に、少女(キャスター)は肩をすくめて応じた。

 

「マスター、宝具の使用許可をいただけますか?私のものが効くかもしれません」

「……わかった。キャスターは下がって宝具展開。合図で全員避けて!」

 

 信長の横まで飛び退り、短弓を呼び出して大弓へと変化させる。矢が自動で装填された弓を構え、少女(キャスター)は目を見開いた。

 

「弾けて堕ちよ─────『此れなるは、太陽を落とせし一矢(アルカニパータ・アストラ)』!」

 

 満月のように引き絞られた弓から矢が放たれ、五指を広げた掌に正面から突き刺さった。

 着弾と同時に矢は炸裂し、地面が抉れる。土煙が晴れた後には、何もなくなっていた。

 後に残った焼け焦げた地面を見、ドゥリーヨダナが棍棒で焼け跡をちょいちょいと突いた。

 

「復活もなし、か。おーい嫁!残滓はあるか?」

「感じられませんが、それが飛び出して来た地面はどうなっていますか?」

「……痕跡がない」

 

 『腕』が現れた際に割れた大地をカルナが覗き込み、頭を振る。

 一体何だったのかとマスターも首をひねっていた。

 

「見た目は前に戦った『鬼の腕』みたいだったけど……人間の腕だよね、あれ」

「呪術師は怨霊の腕と言っておったよな?」

「はい。……私の宝具が効いたので、確実に人ですね」

「どういう意味だよ?」

 

 宝具の破壊範囲からはしっかりと離脱していた藤堂と沖田も駆け戻り、少年のほうが首を傾げた。

 

「キャスターさんの宝具はアレで対人なんですよ、藤堂さん。つまり宝具が効いたってならアレは人間。しかも、英霊かもしれないってことですね」

「はい」

「いやおかしくね?おまえの宝具って、おまえが旦那に似とると思うほど首が落ちやすくなる宝具じゃろ?」

「はい。なので逆に弄りました。今のは、『首が落ちたならカルナに似ている英雄である』と言えます」

「あー、因果を逆にしとるのか。……しち面倒なことするのう、嫁。吹き飛ばせばよかろうに」

 

 そういう意見もある。

 が。

 

「でもさ、キャスターの宝具が効いたなら、()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 マスターの一言で、カルナが頷いた。

 

「そうだな。マハーバーラタにおけるオレの最期の再現なのだから、首が落ちるはずだ。腕が消滅したのは、本体の首が落ちて姿を保てなくなったからではないか?」

「でも、その本体がどこにあるかまではわかりませんでした……」

「司令室からも探知できなかったようです。ですが、土中に召喚された腕が大地を割ったような反応が観測されています」

「なんかきな臭いぞ。マスター、とっとと帰らんか?わし様嫌な予感がするわ」

「うん、一旦帰還して情報を────」

 

 言った立香のその背後。

 再び地面が隆起するのが見て取れて、少女(キャスター)は咄嗟に少年の腕を引き、くるりとマシュの方へ突き飛ばす。

 マスターと立ち位置を取り換えた少女(キャスター)の前に、再び腕が現れて指を伸ばした。宝具のために切り替えていた大弓では、反撃が間に合わない。

 捕まる、と頭を予感が掠めた瞬間。

 

「何やってるんだ!」

 

 横から突き飛ばされ、少女(キャスター)は地面を転がった。

 両腕で地面を突いて起き上がれば、視界に入ったのは腕に掴まれて引きずられている藤堂平助。

 藻掻いているが、矮躯のせいか振りほどけていなかった。

 

「待て!」

 

 炎を纏わせた槍をカルナが投げるが、槍が突き刺さろうと腕は止まらず、のたうちながら元の大地の裂け目へ転がり落ちていく。

 ────藤堂平助を、道連れにしたまま。

 

「させません!」

 

 手のひらから焔の鎖を飛ばし、少女(キャスター)は腕に突き立ったカルナの槍に結び付けて引いた。

 だが、既に腕は転移していた。

 鎖だけが霊的につながり、腕と藤堂平助の姿だけが消えている。

 

「マスター、ご無事ですか!」

「俺は大丈夫!だけど藤堂くんが────え、反応がこの空間から消えてる?探知ができない?」

 

 司令室との通信で告げられた事実に、立香の顔色が変わる。

 焔の鎖を結んだままの少女(キャスター)は、その傍らに駆け寄った。

 

「マスター、司令室からの探知は無理でも、今すぐならばこの鎖を辿って藤堂くんを追いかけることはできます」

「じゃあすぐに────」

「いえ、私にもこれがどこに繋がっているかはわかりません。私たちサーヴァントならともかく、生身のあなたやマシュは危険です」

 

 だから。

 

「私────私とカルナに、追いかけさせてください、マスター」

「……戻ってこられる?」

「戻ります」

 

 即答した少女(キャスター)の瞳を覗き込んでから、立香は令呪を掲げた。

 

「わかった。令呪を以て頼んだ、キャスター、カルナ、藤堂くんを連れて絶対三人で帰って来て」

「感謝する、マスター」

 

 二画の令呪が消え、魔力が体に吸収されるのを感じながら少女(キャスター)は焔の鎖を剣に絡めた。

 口の中でいつもは適当に省略している呪文(マントラ)を唱え、空間に剣を突き立て横に振る。

 無明の暗闇が口を開け、渦が出来上がった。

 轟々と生臭い風を吐き続ける裂け目に、信長が目を細める。

 

「何かちょちょいと片手間でやっとるけどコレ結構凄い術よな?」

「普通に凄いぞ。わし様の周りにおった術師のやつらと比べてもな。────というわけでカルナに嫁!ちゃんとわし様のとこに帰って来んといかんからな!」

「帰るべきはマスターのところだが」

「同じマスターなんですから細かいことはいいじゃないですか。あの、キャスターさん、カルナさん、私も行けませんか?」

 

 進み出た沖田総司に、少女(キャスター)は少し目を伏せた。

 

「すみません。沖田さん。私に縁が近いひとでないと通れないぐらい狭い道しか開けられませんでした。……あと、今にも切れそうでデリケート綱引き状態です」

「わーすみません引き留めて!ではよろしくお願いします!全員で帰ってきてくださいね!」

「はい」

「無論だ」

 

 皆に見送られ、そうして少女(キャスター)はカルナとともに『裂け目』へ飛び込んだ。

 

 

 

■■■■■

 

 

 無理に開いた『道』、つまり召喚の儀の逆探知を使った歩みは、それほど長くなく終わった。

 

 どことも知れない建物の上空へ、放り出されるという形で。

 

 いきなりの空中からの自由落下に天地がひっくり返るが、風で咄嗟に体を操り、少女(キャスター)は辺りを見る。

 カルナは、と見るが先に落ちて既にどこぞの建物の屋根を砕いていた。

 

「……」

 

 その破壊穴から少女(キャスター)も建物の中へ落ちる。

 が、建物に落ちた途端に感じたのは、異様な重力と呪詛の塊。

 体が金縛りに遭ったように硬直するが、次の瞬間少女(キャスター)の足元から吹き上がった焔が煌々と周囲を照らした。

 

「何です、この妙なものは」

 

 神秘は薄い────が、サーヴァントでも捕縛可能程度には威力のある術式である。

 呪いを燃やす浄化の焔を走り回らせて術を外し、明るくなった建物内を見渡せばどこぞの堂である。

 建築様式としては日本か中華────と確認できたところで、少女(キャスター)は板張りの床の上で倒れている少年に気がついた。

 

「藤堂くん!」

 

 駆け寄って抱え起こすが、彼は気絶している。

 サーヴァントの意識を縛る術もあることはある。カルナは────と見れば、槍を振り回して既に堂を半壊させていた。

 相手はあの節くれだった巨大な手、である。

 カルナの眼が異様に光るのを見るや、少女(キャスター)は藤堂の頭を押さえて床に伏せた。

 予想通りに放たれたカルナのブラフマーストラが腕を燃やし尽くし、同時に堂全体が軋む音が聞こえる。

 

「カ────ランサー、離脱!一時離脱です!天井の穴から!」

「承知した」

 

 堂の中には何人か、逃げ惑う人間も見えた。捕まえようと呪術を伸ばすが、際で転移により逃げられる。

 鋭く舌を打ったあと、少女(キャスター)も少年の軽い体を抱えまま屋根の穴から外へ飛び出す。

 

 瞬間、踵のすぐ後ろで建物が崩れるのを感じた。

 

「……」

「……」

 

 先に離脱していたカルナと並び、積み木の城さながらに崩れ落ちる堂を少女(キャスター)は見上げる。

 がらがらと音立てた堂は、たちまち瓦礫の山と化して土埃を巻き上げた。

 めらめらと燃え盛る炎は夜を舐め、煙は当分収まりそうもない。幸いなのか、街から離れた場所ではある。

 地面も砂利が撒かれており、燃え移るようなものはない。

 

「カルナ、燃えている間に一旦去りましょう。藤堂くんが気絶しています。何かの術を受けたようです」

「そうだな。周囲は森に囲まれているようだ。上手くとけ込むとしよう」

 

 足音を殺し、たちまち二人は闇の中へ跳び去って姿を消した。

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

「何で僕を追いかけて来てるんだよ。しかも、自分たちまで帰れなくなるなんて馬鹿じゃないのか」

 

 一夜明け、朝露滴る夜明けの森の中で気絶から目覚めた少年は開口一番そう言った。

 言われた少女(キャスター)は、ことりと首を傾ける。

 

「あれは追いかけます。マスターも追いかけようとしていましたし」

「だが、オレたちで止めた。霊体であるオレたちならばともかく、マスターやマシュには些か不安があった」

「実際、召喚即落下で御堂を一つ全壊させてしまいましたからね。あれでマスターがいたらもっと危なかったですよ」

「……」

 

 最早ツッコむ気も起きない、とばかりに薄く目を瞑る藤堂平助の額に、少女(キャスター)は手を当てた。

 

「な、何だよッ!」

「霊基に異常が出ていないかを診ています。動かないでください」

「……」

 

 言うと、藤堂は借りて来た猫のように動きを止めた。

 古い傷跡の残る白い肌からは熱も感じず、少女(キャスター)は手を下ろす。

 

「特に異常はありませんね。あの堂には、サーヴァントですら縛る術がかけられていたようですが」

「それは僕も受けたぞ。体が動かなくなって立っていられなくなった。何であんたたちは平気だったんだ?」

「あれは呪詛ですから」

「?」

 

 目を瞬く藤堂に、カルナが口を挟む。

 

「神秘はより古い神秘に打ち破られる。オレたちの基礎は、紀元前五千年前だ。早々劣る旧さではないし、彼女は呪いに対して特に強く、専門家だ」

「じゃあんたは?」

「カルナは主に気合と根性です」

「わけがわからないな……」

 

 とは言いつつも、安心したように藤堂は背中を木の幹に預けていた。

 堂を全壊させ、一旦森へ撤退した三騎は未だそこから動いていなかった。

 藤堂はすぐに見つけられたものの、帰り道の一部になっていたあの召喚陣が堂ごと破壊されたからである。

 

 つまり、今すぐは帰れなくなっていた。

 

 尤も、その旨はまだ繋がっていた通信を通してマスターに伝わっている。

 時間の流れにずれもなく、希望はしっかりとあった。

 

「あちらで術を組むのに四日かかるそうですが、こちらとあちらで時期を合わせて同時に術を起動させれば道は繋がって帰れます。大丈夫ですよ、藤堂くん」

「ならあんたたちは来なくても良かっただろ。よくマスターに呼ばれてて忙しそうなのに、四日も動けなくなるなんて」

「結果のみを語るのは感心しない。あの時、おまえがどこへ流されたかはわからなかった。咄嗟に結んだ綱をすぐに辿らなければ、座標も割り出せずにここへ閉じ込められていただろう。その場合、救出には四日どころではない時間がかかっていた」

「……」

 

 カルナの刃物のような薄い色素の眼は、ひたと少年を捉えていた。

 

「危機に陥り仲間に救われることに感じる負い目など捨て置け」

「あんたたちには危機でも何でもないだろ。強いんだから。……僕は、余分なことしただけじゃないか」

「それ以上はやめるべきだ。自ら己をすり減らすのは愚策だぞ、日の本の剣士」

 

 愚策、の一言で藤堂の肩が少し強張るのが見て取れ、少女(キャスター)は口を開いた。

 

「気にしなくていい、とカルナは言いたいようです。あなたを責めてはいませんよ、藤堂くん」

「オレはまた足りていなかったか?」

「結論の前の前置きを削っていませんか、カルナ」

「……では言い直す。……あの状況で、マスターや彼女を庇う最善の行動を取ったおまえに落ち度は何もない。余計なことに気を回さず帰還の準備を整えておくべきであり、自責の念は過ぎれば毒だ」

「……」

「ついでに言えば、おまえが彼女を庇ってくれたことに対し、オレは個人的におまえに深く感謝している。ゆえに来た」

 

 言い切るカルナに、少女(キャスター)は少しじとりと目を向けてから付け足した。

 

「実際、四日くらいなら大丈夫ですよ。数千年彷徨っても、どうにかなります」

「それ参考にしたら駄目なやつだろ!あんたたちの時間感覚は当てにするなって沖田君が言ってたぞ!」

「はいその通りです。それだけ叫べるなら大丈夫ですね、藤堂平助くん」

 

 ひらりと手を振って、少女(キャスター)は、立ち上がった。

 

「では、話がまとまったところで街へ行きましょうか」

「町?何でだ?」

「だって、あんなふざけた召喚式で私たちのマスターを襲撃した相手を捕まえないといけません」

 

 藤堂の青い眼が、す、と芯を宿した。

 

「……確かに、あんなのを野放しにはできない」

「同意する。四日間の間に情報を集め、出来うるならば原因を叩こう」

「宝具をみだりに撃つなどしなければ、四日程度の現界ならば貯めた魔力で問題ありませんしね。……とはいえカルナは霊体化でお願いしますが」

「何故だ」

「あなたの風貌と気配は誤魔化すのが大変だし、魔力消費が一番激しいからです」

 

 生前からして異様だなんだと言われたカルナである。

 神代から離れた太平の市井の中では、目立つどころの話ではなかった。

 

「この土地はマシュによれば日本の江戸、十七世紀だそうです。江戸幕府の世であるなら、少年と少女のほうが、街の人々の口も回りやすくなるでしょう」

「……」

 

 カルナ、渋面の霊体化だった。

 

「では行きましょうか、藤堂くん」

「……あのさ」

 

 目の前に差し出された少女(キャスター)の手を取りながら立ち上がった藤堂は、やや口の端を尖らせながら問うた。

 

「あんた、大体は()()か、()付けなのに、何で僕は()()なんだ?」

「ああ、すみません。マスターの呼び方が移りました。藤堂さん?」

「……別に、くんでもいいけど」

「わかりました。私のことは街では……適当に呼んでおいてください。ユウとかで結構なので」

「ユウ?」

『辛うじて抽出できた本名に近いあだ名だ。呼びやすいだろう?』

「……」

 

 念話で入り込むカルナにも、何食わぬ顔の少女(キャスター)にも、十個ぐらいは質問したそうな顔になる、藤堂平助だった。

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

 かくて降りた江戸の街。

 両国橋の袂に陣取ったかわら版売りの口上が、青空の町に響いていた。

 

「さぁ寄ってらっしゃい見てらっしゃい!外れのお堂に二体の鬼が出たそうだ!目から光を放ち、お堂を焼き払った白鬼らんすぁ(・・・・)と、火を操る青目の黒鬼だよぉ!さぁ買った買った!」

「……」

「……」

『……』

 

 かわら版に描かれている似ても似つかない絵と絶妙に特徴を捉えた口上に、沈黙する三騎だった。

 

「カルナと私ですね、あれ……」

『らんすぁは、ランサーか。咄嗟に呼び分けて正解だったな』

「あそこにいた誰かが、かわら版売りに情報を流したってのか?」

「恐らくそうでしょうね。若しくはガッツのある取材根性で割り込んだ輩がいたか。でもこのままだと私もまずいので、外見を変えます」

「え?」

 

 路地裏に潜んだままの少女(キャスター)の体が縮み、目立つ新選組の羽織は既に脱いでいる藤堂の目が丸くなる。

 藤堂の肩よりもさらに下の小柄な幼い少女は、何も気にしたふうはなさげに藤堂を見上げた。 

 

「あんた何でもありか……?」

「いやこの形とあともう一つにしかなれません。あとは水着もありますけど」

「十分だろ!君やっぱりジェット持ってるんじゃないか⁉」

『ジェットはないが、彼女は焔で飛べる』

「一緒だよ!」

 

 あれは未来でこれは過去……と言いたいが藤堂のツッコミが止まらなくなりそうなので、少女(キャスター)は止めた。

 藤堂平助は、アルジュナ並みに真面目らしい。

 

「でも、さっきの私だとこの時代基準だと背が高くて目立ちますから、小さくなったほうが良いでしょう?」

「それはそうだけど……慣れてるのか?その形」

「諜報の際に何回か使っています。今回も使えそうなので行きましょう」

 

 ちまちまとした足取りになるが、元の形ではこの時代の平均身長を超えるため目立つのだ。

 路地裏から抜けてかわら版売りの近くまで行き、じぃと見上げる。

 かわら版には、似ても似つかない『白鬼』『黒鬼』の絵が描かれていた。

 姿は似ていないが、白と黒という髪色を見た者はいたのだ。

 

「おじさん」

 

 舌っ足らず気味な声で呼びかければ、一旦呼び込みを止めていたかわら版売りが少女を見下ろす。

 

 かちり、と青い瞳が妖しく光り、男の茶の瞳を捉える。

 途端、ふつ、と男の瞳が芯を失い、表情が虚ろになった。

 

「私の質問に正しく答えなさい。誰がこの絵を描いたのですか?」

 

 口を半開きにし、芒洋と立ち尽くす男を前に、有無を言わさぬ口調で告げる幼い少女を、藤堂は物言う魚でも見るように見つめていた。

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

「わかりました。陰陽術で国家転覆を企む怪しい一団ですね」

「諜報どころか洗脳じゃないか」

「傀儡にはしていません。この形なら、気を緩めて目を向けてくれる人が多いのですよ」

 

 あっさりと、暗示でかわら版売りから情報を抜き取った少女(キャスター)は、藤堂と二人並んで町中を歩いていた。

 目指すは、かわら版売りに情報を流した陰陽師とやら。

 

 どうやらかわら版売りはその組織の下っ端で、敢えて情報を大衆に晒して不審な動きをする者を探す役目を担っていたらしい。

 目論見通り、こちらは誘いに釣られてかわら版売りに接触した。

 が、逆に術で絡め取ってしまえば問題はない。

 

 大方、聖杯かそれに準ずる魔力リソースを何者かが手に入れたがゆえの小規模特異点であろう、と少女(キャスター)は思っていた。

 以前の京都のように、何らかの超常存在が関わった可能性もある。

 だがあそこまで大きな禍津神の気配もサーヴァントの気配もないし、元々ある程度のカミならば、ぎりぎりこの戦力だけでも押し勝てる。

 何とかはなるだろう、とひとまずは前へ進んでいた。

 

「陰陽師……野良の法師にはいい思い出がありませんね。……ウシャナス様の置き土産とか、クリシュナ様のマーヤーとか、リンボとか……」

「全員誰だよ」

「生前と死後含め、私が会った中で取り分けとんでもなかった呪い人たちです。私たちの故郷、割と普通に人を呪う人が多くて」

 

 藤堂は素っ気なく肩をすくめた。

 

「あんたたちは何千年も前の人間だったか。そんなに昔なら、百年少し前の僕なんて子どもみたいなものだろ」

『同じマスターの下、肩を並べて戦う英霊を子どもと侮る謂れはない。それに、刀という武器にオレは興味がある』

「……」

「本当ですよ。カルナは以前のトーナメントバトルで、日本の刀術に興味が湧いたようです。彼我の間合いを一瞬で詰める、刀を持った渦の御方がいたものだから」

「渦の御方……?」

「刀のほうの両儀式さんです」

 

 日本は故郷と比べれば狭いが、その分凝縮された神秘や、独自の方向へ爆発した稀な例が多い、気がするのだ。

 歪曲の()然り、両儀然り、剣士たち然り。

 藤堂平助は淡白に返した。

 

「刀が気になるなら、帰ったら剣豪とかに聞けばいいじゃないか」

『オレはおまえの義肢を用いた戦い方にも興味がある』

「は?……これが?継ぎ接ぎで傷だらけだぞ」

『だが、自らの目的の為に成った姿だろう。それはおまえにとり魂の瑕疵か?』

「……」

『オレには、おまえの覚悟が顕れた姿としか映らん。アスクレピオスがしきりと義肢を見たいと騒いでいたが』

「あの蛇遣いか……?あの物騒なやつ、本当に医者か?」

『偏屈なのは確かだが、医者としての腕は良い。過激な面はあるが、人間を好いている一本気で気持ちの良い男で、オレの友だ。義肢の調整や体との接合部に違和感があるなら、助けにはなるだろう。……む、機械仕掛けの調整ならばエジソンのほうが得意分野か?』

「エジソンさんでも大丈夫とは思いますが、改造がお好きなので……バベッジさんへ先に相談されては?」

「……知り合いが多いんだな。……わかったよ。医者から逃げるのはやめにする」

 

 やっぱり逃げていたらしい。

 

『アスクレピオスから逃げるのは勧めない。愚患者と見做せば、容赦なくナイチンゲールや彼女を差し向けるぞ』

「人を刺客のように言わないでくれますか。治る病を患った身で逃げるのは許しません。適切に治療されるべきです」 

「ベッドを肩に担いで沖田君を追いかけたのってまさか……」

「それは私ではありません。ナイチンゲールさんです。赤い軍服の看護師さんの」

「あっちか……バーサーカーの」

 

 バーサーカーが同僚で、何故普通に仕事を回せるのかと言いたげだった。

 いやそっちの新選組にもバーサーカーはいるでしょうに、と言うのは口にはしない。

 

「細かいことは置いておきましょう。あの寺ですね」

 

 陰陽師たちが一時の塒としているとわかった廃寺が、見えていた。

 周囲に民家は少なく、奉行所や同心の詰所からも遠い。即座に攻めて壊滅させれば、間に合うだろう。

 

「こういうことするとき、そちら新選組には口上があるのでしたか。御用です、とか?」

「御用改めである、だよ。尤も、この時代じゃまだ新選組は生まれてもないけど」

「そうでしたね。では、静かに参りましょうか」

 

 目の前に佇む廃寺との距離は未だある。現代の単位に直せば、百メートルほどか。

 その距離で、少女(キャスター)は寺へと手を伸ばした。同時にカルナが霊体から実体に戻り、姿を現す。

 破れた瓦屋根を戴いた夏草生い茂る寺の景色を手のひらの上に乗せ、ぐ、と少女(キャスター)は拳を握る。

 

 ぐわん、と。

 寺の屋根が巨人の手に握られたようにたわみ、地面が揺れた。

 がらがらと屋根から数枚の瓦が落ち、一斉に鳥が飛び立ち、ネズミたちが逃げていく。

 

「結界を壊しました。いつでも踏み込めますよ」

 

 拳を解き、少女(キャスター)はカルナを見上げた。

 薄い青の瞳が応じ、槍が顕現する。

 

「承知した。行くぞ、藤堂平助」

「わかってる」

「私はここで後詰めをしています。あの『腕』の召喚の妨害と補助はお任せください」

 

 刀と槍をそれぞれ構え、真っ直ぐに突っ込んでいく藤堂とカルナの背を見送って、少女(キャスター)も体の大きさを元に戻した。

 暮れなずむ江戸の空をこれ以上かき乱すことなく、今回の一件は終わりを迎えられそうだった。

 




(上)(下)編で終わります。

頂いたリクエストと、単に作者がぐだぐだ勢との絡みと、藤堂平助を書いてみたかったがために書きました。

幼女形態は普段こういう目的で使っている主人公でした。

帝釈天→インドラ、火天→アグニ、日天→スーリヤ
韋駄天→スカンダ(アグニ或いはシヴァの息子)の体で書いています。
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