では。
カルナの槍と藤堂の刀に叩きのめされ、逃げようとすれば全員
『新皇』復活を目論む彼らは、実験を重ねるうちに聖杯に準ずる魔力リソースを得ることに偶々成功。
それを基礎に次元を越えて『新皇』復活の贄になり得る者を探して召喚を試み、それにこれまた偶々カルデアのマスターが引っ掛かった。
何しろ、数多の英霊と縁を繋いできた彼だ。贄として特別なのは間違いない。
だからこそ、彼を捕らえようと放ったのが、『腕』だったそうだ。
「だけど肝心の腕があんたの宝具で縁を逆に辿られ、繋がりかかってた首を落とされて失敗。しかもさらに追ってきたあんたたちに召喚陣を破壊されたから、再起を図ろうとしていたところを……」
「追撃を重ねられて、逃げる間もなかった、と」
廃寺の境内には、ひとまとめにされて捕縛陣に絡め取られた術者たちがいる。
陰陽師と言えど正規の存在ではないからか、虚無僧や拝み屋、山伏くずれのような格好の彼らには統一性がなかった。
陣の中で指一本動かせない重圧をかけられながら、舌だけを動かして男の一人が吠える。
「き、貴様らはどこの物の怪だ!朝廷の式か!」
「朝廷?そんなわけないだろ」
「あなた方に、物の怪呼ばわりされる筋合いはありません」
「オレたちは確かに使役される存在であるが、ならば主を狙われた使い魔からの相応の反撃を予想して然るべきだろう。過ぎた力に溺れ、防衛を怠ったゆえの結末だ」
「くっ……!」
首魁らしき男のうめき声に冷えた目を向けつつ、
「なっ、触れるな女郎が!」
「静まりなさい。この時代の人間には過ぎた力で溺死したいのですか」
男の体の奥に埋め込まれた聖杯に近しい魔力塊へ、そのまま触れる。
畑から根菜でも抜くように手を動かせば、無色の魔力の塊を引き摺り出せた。
この時代の人間からすれば破格の魔力の塊であり、神代の呪術師の基準から見てもかなり凄まじい力を内包している。
だが、何も願いを入力しなければ、ただ漂うだけのモノでしかない。
海月のような頼りない手触りのそれを、
「な、何を……」
「これがなければ、あなた方は私たちの主には手が出せない。なので取り上げたまでです」
「ッ……!」
別に、生命まで奪う気はない。
彼らはこの微小特異点になりかけた世界の人間であり、深く関わる気はない。
マスターの立香や、カルデアに害を及ぼす力は奪うが、その後の彼らは彼らなりに生きていくだろう。世に仇なす彼らをどうにかするのは、本来この時代の人々であるべきだ。
尤も、カルナや藤堂の威圧や殺気、
まだ声を上げられた頭領らしい男も、魔力塊を引き剥がされるや、がくりと体から力が抜けた。
「魔力による無理な身体強化と魔術回路の活性化の反動ですか。……そうまでして、傾国を成したかったと」
「復活を目論んだ『新皇』とは何者だ?」
「……」
カルナの問いに反応する気力すら、魔力とともに失ったらしい陰陽師たちから、
「藤堂くん?」
が、藤堂平助は何かを思い出そうとするように目を細めていた。
「どうかしましたか?」
「……何でもない」
「待て。その考えは口に出せ。オレや彼女はこの国の人間ではない。おまえの視点でしか、見えないものがあるのではないか?」
「……」
くしゃり、と前髪を軽く握り潰して、藤堂は肩をすくめた。
「『新皇』なんて大層な名前が気になっただけだよ。……あともう一つ、僕たちが最初に落ちた御堂の場所が気になったんだ。地名、覚えてるか?僕は気絶しててわからないんだ」
「……確か、クヮンダでしたか。それとも、カンダ?」
「そのような響きだったな」
「それ多分、神田だ。なら、あそこは神田の明神の近く─────」
今度こそ引っかかりを覚えたように、藤堂は目を見開いた。
「こいつらは、神田で『新皇』の体を呼び出そうとしたんだな?」
「え、ええ。怨霊そのものでなく影のようですが、影でさえ次元を隔てて干渉できるかなり強い霊体かと……正体に心当たりが?」
「……ある。当たってたら、まだ終わってないかもしれない。さっきの御堂まで戻ろう。確認したいことがある」
言って、藤堂は何処か挑むようにカルナと
自分の言葉を信じるのか、と叫ぶように。
「わかりました。霊体化して飛びます」
「承知した。先行する」
「そ、そうか……」
その視線の鋭さの理由はわからないでもないが、時間が惜しい。
実体を解いて霊体となり走り出せば、然程時間はかからずに初めに落ちた場所へ辿り着く。
未だ焼け跡のにおいの強い廃虚の奥、本尊があったと思しい場所から─────。
黒い泥さながらの魔力が蠢き、溢れかけていた。
「カルナ、焼いて!」
瞬時にカルナが
されど、半球状に浅く抉れた地面よりまだ滲み出る黒に、
「カルナ、藤堂くん、警戒を!あの怨霊、ただ者ではありません!藤堂くんは正体に気がついても名を口にしないで!相手が強化されます!」
「わかった!でも、こいつが
「……やることは変わらない。この国に伝わる強大な怨霊であれど、彼女の宝具で首は落ちたはず。ならば、オレたちの攻撃も通ずる」
「はい。よって、命数が尽きるまで叩き続けます。……亡霊に命数というのも、変ですが」
「……死ぬまで殺せって?」
「ええ。此方彼方揃って、もう死んでおりますけれど、ね」
だからこそ、これが今を生きる者の道を阻むことは許さない。これは捨て置けば、また縁を辿ってカルデアのマスターへ干渉しかねないほどの怨霊だ。
槍と剣をそれぞれ構える神代の二人に、新選組の剣士は軽く頭を振ってから応じた。
「了解。さっきみたいな大技、好きに撃ってくれていいさ。あれぐらい避けれなきゃ、魁はやってられないからね」
「承知した。元より手加減する気はない」
「地形は、地形は変えないでくださいよ……できるだけでいいですが……」
「あんたもだろ」
ハハッ、と笑い声を上げて刀を振るい、小柄な隊士はじわりと染み出す黒泥を見据えた。
「……」
無言でカルナも槍に炎を纏わせ、闇を払うように振るう。
サーヴァントの魔力を感じているのか、蠕動する黒泥は即座に形を変え、触手に転じるや襲い掛かってくる。
「ッ!」
三方向に散り、
「残存魔力には気を配れ」
「言われなくても」
マスターの立香と離れたここでは、魔力回復の手段が限られるのだ。
とはいえそれは、扱う超常の技がすべて魔力食いのカルナも同じことだ。
最も簡素な形に槍を顕現し、ブラフマーストラの威力も落としているのはそのためだろう。
「魔力の消費的には、サンタのほうが適していたか?」
「素手でアレを殴ろうとしないでください。汚染……はあなたならされないでしょうが、私がなにか嫌なので」
「おい!話す余裕があるなら斬ってくれよ!」
片側の義足に仕込んだ火花仕掛けを黒泥に叩き込み、義手の仕込み刀と右手の刀の二刀流で黒泥を斬っては離脱を繰り返している藤堂から怒号が飛んだ。
彼へと伸びた触手を槍の一振りで解体し、カルナは隣に並ぶ。
「左右で脚の出力が異なるのに、よくも動けるものだ」
「片目から火を噴いてるあんたに言われてもな……!」
「二人とも左右に避けてください!」
即座に二騎が左右へ跳び退いて開いた空間を、
ネズミの断末魔のような、甲高い音が響き渡った。
「効いてる……!」
「アレにとり黒泥は外殻だな。削れば本体へ届く」
「どっちが先に削りきれるかってか。カルナ、さっきの片目ビームは?」
「魔力不足だ」
「……わかった」
カルナの簡潔な一言に、藤堂の目が細められる。何かを感じ取ったように、触手を蹴り飛ばして一旦距離を取ったカルナが藤堂を振り向く。
「藤堂平助、宝具はやめておけ」
「は?」
「こちらはマスターから、三人で戻れと令呪を授かった。おまえが欠けてはマスターの意が無駄になる」
「……」
「藤堂くんが倒れると、私たちにかかっている令呪の力が薄れるんです。そも、あの
確かに恐るべき怨霊の一部だが、こちらとてこれくらいの修羅場は潜ってきた。
油断はしないが相討ちなどと意気込むつもり必要もないし、三人で帰ってきてというマスターの願いは無駄になどしない。
が、それにしてもカルナの自爆宝具発動を嗅ぎつける無駄な察知能力、また無駄に高まってはないだろうか。
無駄に高まった原因は、確実に
別に好きで弾けているのではなく、他に取る手段がなく、復活のあてがあるときしかやらないのだが。
あてもなく己を木っ端微塵にしたのは末期のあれだけだし、さすがに二度は死ねない。
などと、知る由もない藤堂は駆け回りながら叫び返してきた。
「わかったよ!僕の宝具は使わない!……だけどどうするんだ。吹き飛ばさないとキリが無いんじゃないか」
「いや、削れている。回復速度が鈍くなってきた」
「ですが、私も宝具は撃てそうにありません。朝が来るまで刻み続けましょう。人避けの結界も張りましたから、邪魔は入りません」
「多数で囲んで叩いて死ぬまで殺せってあんたたちも言うのかよ!」
とは言いつつ、藤堂は危なげなく触手を掻い潜り、二刀で削っては離れるのを繰り返していた。
確かにカルナの言うように、生身の脚と機械仕込みの脚でよくもあそこまで俊敏に動けるものだ。重さも長さも違うだろうに。
「アスクレピオスさんが見たがるのもわかりますね……」
呟きつつ、
触手が直撃すれば、魔力を吸われて消滅は免れないだろう。
だが有り体に言って、生前
尾の一打ちで後に湖となる穴が地面に開いただの、蹴りの一発で山頂が物理的に吹っ飛んで落ちてくるだのがないのだから。
夜明けは未だ遠いが、必ず訪れる。
その確信とともに戦いは進む。
そして、ついに。
「いい加減ッ─────倒れろォ!」
戦いの中で、アヴェンジャーの荒々しい側面を露わにした霊基に換装した藤堂の一刀が怨念の根元に突き刺さり、ついに魔力の触手が地面を巻き込み崩壊を始める。
「危ない」
その地割れに巻き込まれるすんでのところで、藤堂はカルナに回収された。
小柄な少年の襟首を猫の子よろしく掴み、離脱したカルナである。
「おいっ、離ッ、離せよっ!」
「暴れるな。先に離脱する。走るぞ」
最後の一言は、藤堂でなく
御堂が建っていた地面がすり鉢の形に崩落し始め、怨念の残滓を中心に埋もれてゆく。
崩落の音が止まると同時に足を止めて振り返れば、瓦礫と煤の山だった御堂の跡地は、浅く凹んだただの更地となっていた。
「……何だったんだ……」
カルナに半分地面に落とされ地面に尻餅をついた藤堂平助は、浅葱の羽織を纏った霊基へ戻りながら、疲れたように息を吐く。
「あの土地には、元々怨念を封じる術が籠もっていたようですね。私たちが怨念の力が削ったことで、術が力を取り戻して再度封じてくれたかと」
乱戦中に吹っ飛ばされていた藤堂の義手を渡し、
仕込み刀の鞘でもある腕を嵌め直し、藤堂は調子を確かめるように手のひらを握っては開いていた。
「……詰まる所、あれは何だったのだ?」
藤堂と同じことを口にするカルナに、
「この国に伝わる三大怨霊が一角────
の。
「
本体でなく、欠片に近い。
ただ、その中でもかなり力の強いモノだろう。捨て置けば、聖杯並みの魔力と合体してまたトんだ特異点が開幕していた可能性はある。
どうも、この日本国が絡んだ特異点はハロウィンのアレ並みにすっ飛んだことになりがちだから。
立ち上がった藤堂は、首を左右に傾けていた。
「もう名前を言っていいのか?……だけどカルナ、あんたアレが何かわかってないのに刻んでたのか……」
「おまえと彼女は正体に気がついていたのだろう?その上で出した結論が攻撃し続けるという戦法ならば、オレは乗る」
そういうところが、アスクレピオスに脳筋!と言われる由縁である。
「……とにかく、全員無事で良かったです。藤堂くんが気がついてくれたお陰で、形を取る前に潰し切れました。ありがとうございます」
「……別に。神田は、平将門の
「からだ、が訛ってのカンダですか。……噂程度でも、人々に広まれば後付けで
平将門は戦死の後に斬首され、首は遥か京都で晒されたという。
だが、彼の首は切り離された己が体を求め京都から坂東まで飛んだとも伝わる。
首の目指した土地こそが、体が埋められた神田だったのだろうか。
「京からここまで?……西にあった都から飛ぶとは凄まじき執念だな。神代でもそうはいまい」
「あんなのが沢山いて堪るか!そっちの国と一緒にするな頼むから!」
「対人魔剣や神斬りの技持ちが、近代でも普通にいらっしゃった上に、町中を闊歩していたそちら幕末も私から見たら相当なのですけど……」
「……普通には、いないぞ……いないからな……」
互いの国の魔境ぶりはさておき。
「様子を見る必要はありますが、マスターに攻撃をした『腕』の原因は倒せたかと。将門公の体の一部を限定召喚し、贄に相応しい者の元まで送り込んでいた、というのがからくりでしょうから」
「ああ。聖杯もどきも回収できたし、残りの日数で警戒して問題なければ帰れるな。……将門公なんて大物の首、あんたよく落とせたな」
「繋がりかけていた首だからこそ、彼女の宝具で落ちやすくなっていたのだろう。斬首の逸話がある英霊に対し、特攻を持つゆえな」
「斬ったり繋いだりまた落ちたり、首ってそんな簡単にどうにかなるものなのか……?」
「オレも首は落ちたが、今は繋がっている。便利なものだ」
「聞いてないんだよ!」
「その冗談はさすがに私も笑えません」
「む……」
空気を和ませようとしたのだろうが、それはどうかと思う。
「一旦、また町へ向かいますか。戦いの余波が届いていないか確認したいので」
「あんたは気を回しすぎだよ。ま、市中見回りは僕の仕事だったから付き合うけどさ」
「オレは霊体化しておこう。いざとなった場合に備える」
言うなり姿を消したカルナを眩しいものでも見るように目を細めて見送ったあと、藤堂平助は
■■■■■
「…………で、何で僕はあんたたちと釣りしてるんだよ」
太陽が中天に差し掛かる頃。
海に近い川下の橋下で、
「水には情報が集まりますから、水辺からの偵察は便利なのです」
「それが、呪術ってやつか?」
「はい」
「便利……なんだろうな」
「街の中心を川が走っていれば、大体は真っ先に調べますね。……井戸だった場合、病の源になって大変な時もありますが」
「……それは僕もわかる。戦国時代には城攻めの時に井戸に毒を投げた、なんて話も聞いてたよ」
「ノッブ様の時代ですか」
「ああ。別に毒じゃなくてもいいんだよ、屎尿で十分さ」
「確かに。占領地の井戸水は、まず調べてからでないと汲めませんね」
『……』
穏やかに語る話題がそれでいいのか、というぼんやりした思念が霊体化しているカルナから届いた。
水面に目を凝らせば、横に並んだ藤堂と
水とは、かくも写し取るものなのだ。
藤堂はその影を一瞥してから、
「水から何かわかったのか?」
「少なくとも、将門公の影は大人しくしているようです。陰陽師のわらわらした方々は、麻の如くと言ったふうかと」
「どこにいても何してもばれてるのか……。あんたたちだけは敵にしたくないよ」
「なりませんよ?少なくとも、同じマスターの下にいる今は」
「今は、な」
肩をすくめ、釣り竿を振り直した藤堂は頬杖をついた。
戦闘の際の荒々しさが鳴りを潜めた横顔は、気さくな少年に見えた。それに真面目だ。
弓のアルジュナ並みに律儀なツッコミを続ける相手は、そういない。
「そう言えば藤堂くん、マハーバーラタを読んでいるとマスターから聞きましたが」
「えっ」
「必要があればご説明しますよ?しきたりや律はアルジュナ様のほうがお詳しいですが」
「……アルジュナって二人いるけど、どっちでもいいのか?」
「はい。オルタ様のほうはあまり表に出られませんが、話せば普通に」
「そうか……」
ふつ、と藤堂は浅く息を吐いた。釣り糸が揺れる。
「アルジュナは、カルナを殺したんだよな」
「はい」
「なら、あんたは?あんたはマハーバーラタのどこにもいない。そういう呪いがかかったのはわかってるけど、一体何をしたんだ?」
真面目ゆえに、藤堂平助は取り繕った聞き方ができないらしい。或いは、三十年にも満たない人生を駆け抜けたせいか。
どちらにしても、その不器用で真っ直ぐな在り方は好ましかった。カルナに、似ているからだ。
目線は釣り糸の先の浮きに向けながら、
「カルナが戦死する多分少し前に、クリシュナ様とガトートカチャ様という敵方のお二人が私のいた後方の野営地に現れました」
「……」
「クリシュナ様が主導で、私を人質にカルナから戦いの自由を奪おうと画策されておられて」
「……………」
「それを許すわけにはいかないので、諸共爆ぜて巻き込みました。ガトートカチャ様とは相討ちで、クリシュナ様は生存されたようですが」
「…………つまり、自害したのか?」
「人を道連れにしましたけれど、そう、ですね。ええ、私は自害しました。ノッブ様曰く、ミッチーの娘と同じじゃなーとのことです」
「細川氏のガラシャ夫人か」
供養を受けられなければ、天上の国に至れないあの時代に、自ら肉体を粉々に消し飛ばすのは、異端ではあった。
クリシュナたちも、ただの女がまさかそこまでするとは思っていなかったのだろう。だから、巻き込まれてくれたのだ。
己のやると決めたことを貫き通して地の底に墜ちるならば、そう悪い最期とも思えない。望まれて生まれた生命でないならば、せめて望んだ時に死にたかった。
「わからないな。そんなに悪いことだったのか?戦の最中に襲われて反撃しただけなのに、全部奪われて呪われるほど?」
「全部を奪われてはいませんよ。カルナは始めから覚えていてくれたので」
『オレとて、我が父の介入がなければ記憶は失っていた。……これ以上、我が息子から奪うのは認められんと護ってくれたお陰だ』
「……それは、知りませんでした。帰ったら、スーリヤ様にはまたお祈りいたします」
なんだ、こちら側の父神のお陰ではなかったのか、と乾いた思いがちらりと掠め、
ともあれ。
「クリシュナ様は神の化身です。それに私は元々涜神行為が嵩んでいた。私のような、必要とあれば神に楯突くことを躊躇わないモノが半神であってはなりません。いないほうが良いものは、始めからいなかったことにすればいいのです」
その冷徹さは何も神に限った話ではなく、人の為政者も行う。
ギリシャもローマもエジプトでも、歴史から名を削られた者は大勢いる。
まつろわぬ者は、我が民にあらじ。
ひいては、人にあらじ。
それだけのことなのだ。
織田信長とて、ドゥリーヨダナとて、そうしたろう。
神も人も、統べる者は変わらない。
長閑にきらめく水面を穏やかな青い瞳で見つめる
「あんたは、本当に心底それで良かったんだな……」
「ええ。私はそれで良かったのです。私も人を殺しましたから。……良くないと思っている人は、今、真後ろにいますけど」
「……哀しませるって知ってて、やったのか?」
「ええ」
「……恨んだり、してないのか?あんたに、その選択を取らせたやつらを」
「……」
それか。
そちらか、聞きたかったことは。
そうまで真っ直ぐに問うなら答えよう、と
「それなりに、悲しくて苦しい思いはありました。でも、もうあの殺し合った時代は過ぎ去った。だから、いいのです」
「……」
「と、偉そうに言いましたけど死んだ直後は色々考えることもありましたよ?」
でも。
「皆みんな、あの戦争での死者も、勝者も、神々すらも時の彼方に運び去られて、そのあとに生まれた人たちは、また前を向いている。マスターやマシュのようや子どもが生きている。……なら、それでいいか、と思えただけです」
「……気の長い話だな。神代からマスターたちが生まれるまでって何年かかってるんだよ」
「ざっくり数えて、七千年ほどです」
「長すぎるよ!」
「ええ。長すぎます。人にとっては、永遠に等しい。でも大切な人たちを、或いは自分自身を殺された恨みも悲しみも、本来そういうものです」
理不尽に奪われた哀しみ、恨みは、消えるものではないのだ。消せないのだ。
ただ、その憎悪の炎が弱まるだけ。
復讐以外の何もかもを捨て去るのが、普通の人間には難しいだけ。
弾みで再び燃え上がれば、炎は己も周囲も沸き尽くす。
「だから、
「……」
「己忘れることも薄れることも、自らに許さず、身を焼く炎を捨てない道を選んだのですから。……私はそこまで、至れなかったので」
『当たり前だ。おまえは恨み言に向いていない』
「はい。そしてあなたも。あなたは私や恩ある人を理由にすれば道を曲げ、私はあなたやマスターを理由にすれば怒れる。他人を理由に据えれば為せぬことが為せても、己のためだけにはできない。……向いていないのは、お互い様ですよ」
「……あんたも十分恨んでてもおかしくないよな、カルナ。クリシュナってやつが召喚されたら、どうするんだ?」
ゆらり、と水面のカルナの影が揺らめいた。
『一度は殴る。アルジュナも認めた』
「まだ諦めてなかったんですか……もういいのに」
『おまえが良くても、オレの腹の虫が治まらないので一度は殴る。が、それで終わりにする』
「頑固」
『鏡を見ろ』
「ちょうど全員水面を見てるんだから、それでいいだろ……」
つぷり、と浮きが沈んだ竿を引いて、藤堂は針にかかった魚を手のひらに落とす。
けれど、存外優しい手つきで水へ戻した。
「何となくだけど、わかった。あんたたちは、お互い出会えて良かったんだ」
「……」
「……僕もそうだったら、そういう相手に出会えていたらって思ってしまうのは、間違いかな?」
カルナは、霊体のまま藤堂の隣に腰を据えたようだった。空気が動いていた。
『歩んできた道に悔恨の念を覚えるのは、人であるなら当然だ。オレとて悔やむ事はある。されど、その重荷は消せない。オレたちは死者ゆえな』
「……」
押し黙った藤堂に、カルナは言葉を重ねた。
『それでも、何も変えられないわけではあるまい。……たとえばオレが生前から知る戦士の、アシュヴァッターマンがいる』
「あしゅ……?」
「大きな車輪を持った赤い人です。額に宝石がはまっています」
「……あのアーチャーか。僕が見たときはやたら怒ってたけど」
『あの怒りはオレたちの死後、憤怒の化身となって敵陣に夜襲をかけ殺戮を繰り広げた名残りだ。やつもそれがために、三千年死を許されず地上を彷徨ったという』
「七千の次は三千年か……」
「……」
それに関してはともかく。
『アシュヴァッターマンの宝具【
「え?」
『生前は至れなかった、無私の戦いという道を選んだからこそのあの宝具だ。……サーヴァントは本来過去を変えられず、未来はない。それでも、座に何も刻めないわけではない。カルデアという特異な環境は、殊更得られるものが多いとオレは思う』
「……」
『通常の聖杯戦争では、知己や愛する者と再会したとしても、殺し合うが必定だ。おまえが身を置く新選組の戦士も、例外ではないだろう』
「……僕は、もう新選組の皆と特異点でやり合ったけどな」
『そうだったか。だが、おまえの今のからくり交じりの姿形も、サーヴァントになってから得たものだろう。何かを変えたいと思わねば、そうはならない』
「だって、あんなバラバラな体じゃ戦えなかったんだ!……僕はそのアシュヴァッターマンみたいに、何かを悟ったわけじゃない!」
藤堂の青い瞳に倦んだ暗い光が宿り、義手に握られた釣り竿が軋む。
完全な霊体から微かな実体へ移ったカルナは、淡々とした薄青の瞳で少年を見ていた。
『戦えぬ体を良しとせず、立ち上がる手脚をおまえは望み、選んだのだろう。きっかけが恨みや憎しみだろうと、暗闇の屍から自らの意志で立ち上がり、前へ進んだ人間は得難い』
「ッ……」
ふ、とカルナの纏う空気が揺らいで、緩んだ。春の日差しのように。
『オレは、おまえのその在り方をとても好ましく思っているよ』
藤堂平助の耳が、じわりと桜に染まった。
「こ、のまっ────そっ、んなっ、ことっ、普通に言うなよ!」
『む?伝わっていないのか?』
「サンタ時並みの、これ以上ないほどのストレートパンチですよ……」
これに関しては、カルナの言動がどうというより、藤堂平助の好意の受け取り方に掛かっているのだろう。
だけれど、それはそこまで案じていない。
「藤堂くん、カルナの言葉はそのまま受け取ればいいのです」
「裏表がないんだろうなってのは僕もわかるさ!だけど、慣れてるあんたみたいにできるか!」
「受け取ろうとしてくれるだけで、十分です。あなたには、カルナが向けた好意を捨てる気が欠片もなさそうだから」
「捨てる?」
ただただ目を見張る少年に、
つん、と糸が動く。
「あ、引いた」
「え、まさか、普通の釣りもしてたのか?」
「してましたよ……」
「……ごめん。呪術に集中してると思ってたんだよ。……さっきから全然釣れてないし」
『単に下手なだけだ。彼女の場合、釣り竿を通して焔の気質が伝わるから、魚には大概逃げられる。漁りをするなら、銛か岩を選ぶべき人間だ』
「岩?岩ってまさか石打ち?……豪快だな」
「すみませんね。幸運Dの
「僕はEだよ」
沖田総司から聞いた彼女の国の言葉を使ってみれば、藤堂平助は呆れたように、楽しそうに、頬を緩める。
続けて
■■■■■
平将門擬きとの戦いという、それなりな事件を経て、藤堂平助、カルナ、
「何か珍しい顔がいるッスよね」
「……別にいいでしょう」
コタツで温もるガネーシャ神の視線の先には、小柄な少年がいた。
天板の上に置いたマハーバーラタ全巻のうちの一冊を開いていた藤堂は顔を上げ、ガネーシャはうーんと唸る。
「キミ、この前カルナさんと焔ちゃんと一緒に怨霊バトルしたんでしょ?そっから時々来てるッスよね?」
「この本で、わからないところがあったら聞いていいって二人に言われてますから。出てくる人が多いし、皆名前が似てるし助かります」
「…………ちょっとカルナさんに焔ちゃん!何があったのかなぁ!」
言われ、ガネーシャの隣のコタツのスペースに収まって術式を描いていた
「特には」
「特にはない」
「別にありませんよ。戦って釣りをして、江戸の町を四日ぐらいぶらぶらしただけです」
「あれ?割とヤバい怨霊とバトルしたんじゃないの?」
「戦闘は一日目で終わってます。マハーバーラタの英雄がいたんですから」
「ふ、ふーん!そうだよね!カルナさんは強いからね!」
神であり、歓喜天たるガネーシャには敬語を使うことにしたらしい藤堂平助は、頷いてそのまま本にまた目を落とした。
鈍器ブックと織田信長には言われたが、確かにこうして人が読んでいるところを見ると、長い、分厚い、とにかく長いの三拍子である。
それに登場人物が、多い。
何も見ないままだったら、全員の名を正しく覚えていられた自信はない。
まして、異国生まれ異国育ちの藤堂平助には名前の響き自体耳慣れないと思うのだ。
「藤堂くん、随分進んだようですけど不思議に思うところはありますか?」
「不思議って言うなら全部僕には不思議だよ。蛇は喋るし猿は暴れるし神様はすぐ降りてくるし……あとあんたの父親の神様、割とパーンダヴァのほうには出てきてたんだな」
「彼の神はアルジュナ様の真摯なところがお気に入っていたようですよ」
「ふぅん……。真摯ってなら、あんたも同じなのにな。今は仲、どうなんだ?」
「んー……」
どう、なのだろう。
指を頬に添えて首を傾げる。藤堂平助の尋ね方は、取り繕うこともしていないのだ。
カルナとも似た物言いだからか、拒絶の意思は生まれて来なかった。
「お互いが、お互いを見ない時間が長すぎて今更何を言えばいいかわかりませんね。少なくとも私からは理由や無理を通さないと、会話をする気が起きません」
「……そういうものなのか」
「あちらも、インドラ様やアルジュナ様がおられて楽しそうですし、無理を通す必要はないでしょう。共闘に支障がなければ、私からお話することはありません」
アグニに向ける言葉が塩だのキツいだの折々言われるが、特にそのつもりはない。隔意を言葉に織り交ぜるほど、関わる気が起きないからだ。
ないが、端から聞いてそう聞こえてしまうなら、こちらから関わるべきではないだろう。向こうから来るなら応対するが、それまで止まりだ。
その程度の距離が、最も心地良いと感じてしまうのは確かだった。
スキルに加護がある以上、向こうもこれまでのように視野にも入らぬ無関心ではないのだろうけれど。
落胤だという藤堂平助と彼の父がどうであったかまで踏み込む気はないが、こんな話でも彼が聞きたがり役に立つと言うなら、口にするのに躊躇いはなかった。
書物に目を落としてから、藤堂は細やかな字を辿るように目を細める。
「火天様は、この本に出てきてもここと全然違うんだよな。僕が見たのは子どもの姿のサーヴァントなのに、本には太ったお坊様って書いてある」
「その理由は私にもわかりませんね。でもインドラ神のお姿も腕がもっと多かったりするので、姿は気分では?」
「気分で体を弄るのはあんたもだったけど。僕より小さくなってたし」
「気分でなくて便利だからですよ、もう」
途端、ガネーシャの象の耳がぴんと動いた。
「キミ焔ちゃんの幼女形態見たんスか!いいなぁ!ボクも見たいのになかなかなってくれないレアロリモード!」
「あれ、喋ると違和感が凄いってアルジュナ様やドゥリーヨダナ様には言われるのですけど」
「いやかわいいじゃん!かわいいは正義!」
周回の都合でナーサリー・ライム、ジャック・ザ・リッパー、ジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィと一緒になった際、アルジュナとドゥリーヨダナに言われた一言である。
普段気の合わない二人が異口同音だったのだから、相当だったのだろう。
「ガネーシャ神の仰るろりモードは、刑部姫様にも言われますね。また姫路城の頃になりましたから、刑部姫様はまた大変な目に遭われるかもしれませんし……刑部姫様がお望みでしたら、ろりになってみるのもありかもしれませんね」
「いや、今回こそは解体のはずだ。ようやくあの特異点も閉じる……だろう、恐らくは」
「……姫路城の頃ってなんだ?」
「定期的に事件を起こす、特異点たるチェイテピラミッド姫路城のことだ。奇妙かつ壮大な建築ではある。ハスティナープラにもインドラプラスタにも、あれほどの威容を誇った建築物はあるまい」
「ちぇい……え、姫路って……まさかあの白鷺城……?」
「またそんな、ユディシュティラ様でも助走をつけてぶっ飛ばしに来そうなことを言う……。アレを正気で建てる君主がいて堪りますか」
「?……?……?」
「あー、藤堂クンだっけ?もう見たほうが早いから、マスターと一緒に見に行けばいいと思うよ。今回こそは解体で見納めらしいから。ま、ボクは行かないけど!」
と言いつつ、ガネーシャはタブレットから【チェイテピラミッド姫路城】の画像データを出す。
覗き込んだ藤堂平助の目と口が、ぽかんと開いた。
「やっぱり白鷺城じゃないかこの一番上に乗ってるのは!なのに下はめちゃくちゃだし、何だってこうなったんだよ!」
「うーん……気がついたらこうなっていたとしか」
一番下の謂わば土台にエリザベート・バートリーのチェイテ城、その上に逆さに突き刺さったファラオのピラミッド、さらに上に鎮座まします姫路城もとい白鷺城という奇跡のバランス状態は、言われてみれば何がどうしてこうなったとしか言えない。
ガネーシャは小さくガッツポーズを取っていた。
「うーんこれこれこれ!この当然の反応が新鮮ッス!カルナさんも焔ちゃんも、『ああ、なるほど』で受け入れちゃってリアクション薄かったから!」
「愉快な反応を期待されていたならば面目ない。オレは承知の通りつまらない男だ」
「私は、受け入れたほうが早い類の怪異だと思ったので……」
「怪異扱いしてるじゃないか!確かに、白鷺城の刑部姫は姫と言えど城化物って聞いていたけどさ!」
ぜーはーと肩で息をする藤堂に、ガネーシャは首を傾けた。
「藤堂クンまさか、四日間ずーっとそうやって二人にツッコミ入れてたわけ?真面目?」
「だって僕が言わないとずっとこの調子なんですよ……。二人とも真剣で悪気なんて無いのはわかってますけど、話のテンポが……テンポと内容が独特で……」
「……お疲れ様」
ととととと、と藤堂の前にスナックのチョコ菓子を並べるガネーシャだった。
が、彼女はそのまま思い出したように手を打った。
「でも、焔ちゃんはこのぶっ飛び城事件に結構呼ばれるから、藤堂君とはまた一緒になるんじゃないの?焔ちゃんはマスター抱えて空を飛べて呪術使えて回復できる超便利キャラだから。ただ今回も、タダでは解体にならずに絶対に何か起きるってガネーシャさんが言ってるけど」
「それはマスターやマシュにも言われましたね。万が一城から振り落とされた時のため、マスターを抱えて空を飛べる人員は調査隊にいれたい、と。……素直に解体されてはくれませんか、そうですか……」
「オレは数秒しか飛べないな……」
「僕は一秒も無理だよ。……ほんとに僕も行くのか?この城に?」
正気でいられるのか、とアヴェンジャーの目が言っている。
「藤堂くんに面白いものを見せたいとマスターが言われていたので、ほぼ確定かと」
「そんな理由かよ!面白いで片付けて良いのか!天下の白鷺城がぶっ飛んだことになってるのに!」
「無理やりに面白みを感じなければ、心が挫けかねない珍奇で突飛で奇天烈な特異点ではあるな」
「このツッコミの量だと、心の前に藤堂君の喉が枯れちゃいそうッス。焔ちゃん、そのときは回復よろしく」
「はい。水筒を持っていきます」
藤堂平助は、ついに頭を抱えてしまった。
しかし、チェイテ以下略城に限って言うと、習うより慣れろでしかないのだ。
今回の編成はさてどうなるのかと、再び術式に取り掛かろうとした
「邪魔するぞ!」
「っす」
ほぼ同時にスライドドアを開けて入って来たのは、何とも変わった組み合わせだった。
「ドゥリーヨダナ様?」
「原田さん?」
揃うと壁かと思うほど丈高い二人である。
最近、藤堂平助や近藤勇とともにカルデアと契約した新選組の青年は、毎度人を睥睨して憚らないドゥリーヨダナの半歩後ろで軽く頭を下げた。
「珍しい組み合わせだな。ドゥリーヨダナ、どうした?」
「カルナ、おまえではなく嫁だ、嫁。おい嫁よ、例のキテレツ城の件でマスターがおまえとそこの小さいのと、このデカい槍使いを呼んどるんだ。わし様まで駆り出して探してこいとはまったくどうなっとる」
「……そういうことっす。平助、今度はあの白鷺城が何回目かの特異点になったって話だ。局長におまえに俺、それにヒラクチの彦斎とそっちの焔さんに声がかかったぞ。解体前に城全体を偵察するとさ」
藤堂の手からマハーバーラタの本がばさりと落ち、ガネーシャがうわぁと口を手で覆う。
「じ、人選!焔ちゃんしかあの城の経験者いないじゃないッスか!ついに解体するからってマスターはっちゃけてるでしょこれ!」
「マスターの単なる善意ではないのか?姫路城は彼らの国の名城なのだろう?見聞を広められそうだが」
「御国の名所を見て回れるのなら、新選組の皆さんと彦斎さんでも問題はないのでは?」
「正気か?」
簡潔明快過ぎて最早罵倒並みに鋭い藤堂からのツッコミだった。
原田が目を瞬き、首を傾げる。
「平助、おまえなんか知ってんのか?」
「たった今その特異点について教えてもらってたところなんですよ!この神話並みに変わった場所ですからね、原田さん!」
「んー?なんだ、マハーバーラタではないか。マスターの故郷の英霊にしては、珍しいもの読んどるなぁ」
するりと部屋に入り込み、ドゥリーヨダナは書物を手に取る。
藤堂と並ぶと、まるきり大人と子どもの体格差だった。
「本気で読んどったのか。どこまで進んだ?ん?」
「……カルデアのキッチンにいるビーマが、女装したところまでですけど」
「マツヤの話ではないか!」
よりにもよってな場面だった。
そのシーンのキーチャカは、次の瞬間ビーマの怪力で文字通り丸められてしまうだろう。
未だにキーチャカを嫌っているカルナの眼が細くなり、原田左之助は興味を惹かれた様に覗き込んでくる。
「平助、おまえずっとこれ読んでたのかよ。こっちの槍使いの兄さんと何でも燃やす姐さんの話だからか?」
「いやわし様もおるぞ!弟たちに、アシュヴァッターマンもな!」
「平助が興味あんのはあんたじゃなくてそこの二人でしょ。ちょいワル王子様さん」
にべもなく原田左之助は言い切り、肩をすくめた。
「言わせておけば言いおるなぁ。……そこの小さいの、最近カルナや嫁と仲が良いようだが?うちにでも来る気か?んー?」
ず、とドゥリーヨダナの周りの空気が重みを増す。原田左之助の腕に、力が籠もる。
藤堂は青い瞳を見開き、きっぱりと首を横に振った。
「いいえ。僕はカルデアのマスターのサーヴァントであり、新選組八番隊隊長、藤堂平助です」
真っ直ぐに己を見上げて応える少年に、悪王子は鼻を鳴らした。
「なんだ、つまらんな。おーいカルナに嫁、どうなっとるんだ?」
「オレたちは藤堂を勧誘していたわけではない。既に己の軸を定めた者に対して欲をかくな」
「興味を惹かれたらすぐさま人を引っ張ろうとしないでください、ドゥリーヨダナ様」
「ええい、こんなときばかり口を揃えるでないわ!」
束の間放った為政者の重圧など跡形なく雲散霧消させ、お道化た調子で大袈裟に肩をすくめるドゥリーヨダナに、原田左之助の瞳の険がようやく和らぐ。
それを横目でちらりと見て、
壬生狼と言われた戦士の前でも、ドゥリーヨダナは変わらない。変わるはずがない。
言いたいことを言いたいときに言い、欲しいものを見境いも際限もなく欲するのが彼だ。
知っていて、彼を君主として仕えていたのだ。それぐらいはわかる。
藤堂とドゥリーヨダナの間に割り込みながら、原田左之助は笑っていない漆黒の瞳を
「まぁ焔の姐さん、そういうわけなんで城巡りではよろしく頼みます。最近、平助が世話ンなってるみたいだし」
「いえ、お世話をしてもらっているのはこちらな面もありますのでお気になさらず」
主にツッコミの方面で。
「よろしくお願いします。原田さん、藤堂くん。チェイテピラミッド姫路城の偵察、頑張りましょう」
「行くしかないのか……!行くけど……!退くは士道不覚悟だ……!」
「いや死番かよ」
飄々と構える原田と、完全に眦を決した藤堂だった。
ともあれ向かうは司令室である。
カルナ、ガネーシャ、ドゥリーヨダナとは一旦別れ、
カルナは若干心配そうな眼をしていたが、今回の目的は解体である。多少の騒ぎはあるだろうが、大丈夫だろうと
扉が閉まるなり、
「藤堂くん、原田さん。先ほどは、ドゥリーヨダナ様が失礼しました」
「僕は気にしてないさ。ただの冗談だろ」
「あの方は、冗談みたいに気前よく、カルナや私を拾い上げて使ってくれました。本気と狂気と、冗談の区別を敢えてつけない時すらありますよ」
「……こえー御人だな。悪王子って名は、伊達じゃねぇってことですか」
「ええ。だから悪王子なのです。でも、私のような属すべき社会から外れた者にとっては、仕えたくなる主でした。私は、彼がカルナを友と呼んだから、彼に従っていたわけではありません」
かつて、新選組の戦士たちが近藤勇を、『局長』を慕い、集っていたように。
言外の意を汲み取ったように藤堂は頷いて、眼を真っ直ぐ前へ向けた。
「どっちにしても、今は皆同じ旗の下にいるんだ。チェイテピラミッド姫路城でもどこでも、僕はマスターについて行くさ」
つ、と原田左之助の眦が緩むのが見えた。
「ああ、そうだな。……ところで焔さん、あんた今回の城にも慣れてるぐらい古参なんすよね?」
「ええ」
「平助がこんなに言うってならかなり突飛な城なんでしょうけど、どうなんですか実際?」
「そうですね。……あのお城、出てくるたびにすっ飛んだことを引き起こしますので……。上に大阪城が増えるとか、もしくは地下空間が爆発的に広がるとかがあるかもしれません。偵察だけで終わらない可能性がありますので、皆様装備を整えておくのをお勧めします」
「あの、本気で言ってるんすか?それとも冗談?」
「原田さん、これは本気ですよ。本気の眼をしてます」
「……本当に仲良くなってんだな、平助」
原田の一言に藤堂は片眉を上げた。
「神話の時代の、それも異国の人と手合わせできる機会なんて滅多にないじゃないですか。原田さんも同じ槍使いなんですから、勝負を申し込んでみたらどうですか?絶対受けてくれますよ。僕もこの前手合わせしましたし」
「おいおい、あの施しの英雄にかよ?不死身の鎧をつけてるってなら、死に損ねとは次元違いの不死だろ」
「その鎧は封印されているので今のカルナは不死身ではありませんよ。そもそも、生前自分で切って鎧を引き剥がしてしまったので。あれ、未だに私は許せないのですが」
原田の動きが一瞬止まり、藤堂は軽く眉間に皺を刻んだ。
「……あっちはあっちで、あんたの自害は未だ飲めてないみたいだけどな」
「ええ。でしょうね。だからお互い様です。大切なひとだからこそ、飲めないことも許せないこともあるので」
藤堂平助よりカルナよりとろりと濃い蒼穹の瞳が、同じ浅葱の羽織りを纏う少年と青年の姿を映す。
※この後チェイテピラミッド姫路城は、
・マスター
・メカエリチャンⅡ号機
・何だかんだ城を探検していた藤堂平助
・それに付き合っていた原田左之助
・マスターの護衛をしていた主人公
を乗せて宇宙へ飛びます。
局長は旗を取り出し、カルナはスーパーカルナになります。
以下、おまけです。
カルナ→藤堂平助
理由はさておき、暗闇の中でも前を向いて歩き出す人間が(主人公と似ていることもあり)好きなので気にかける。義肢を用いての戦闘にも興味あるので、ちょいちょい声もかける。
主人公→藤堂平助
真っ直ぐで不器用なところがカルナと似ていると感じ、気にかける。それはそれとしてあまりに逃げるなら医務室に強制連行も辞さない。
ちなみにスーリヤ神への祈りの中身は、カルナ観察日記。ただのレポート提出的なもの。
藤堂平助→カルナ&主人公
かけがえのないたった一人を得られた者という点が羨ましくもあるが、憐れみや詫び等無いからりとした空気の居心地が良いので気が向いたら近くに来る。
好きと言われたんだから僕は来ていいんだろ精神。アルジュナにはツッコミ仲間認定されるが、そっちもボケ属性では?と思っている。
概ねこんな感じの、歳も環境も離れた友人か先輩後輩みたいなものです。書きたかったのが書けて、楽しかったです。
ちなみに新選組のほか面子から主人公への印象は、顔だけ大人しい火攻め破城槌で、沖田さんのみ城門破壊お願いしまーす!ありがとうございまーす!と笑っている感じです。
リクエストも、マシュマロでお待ちしています。