では。
「お前たちはな!真面目に何を考えている!?ちょっと町に行って“赤”のランサーに会って、奴と話し合いをするためだけに令呪を使っただと!」
と、ユグドミレニアの城まで戻ったルーラーたちの一団からの報告を聞いて、ゴルドは真っ赤な顔で会議用の円卓を叩いた。
アサシンと玲霞が口を開く前に、ライダーがいつも通りのにこやかな笑みで肩を竦めた。
「やー、そんなに怒らないでくれよ。セイバーのマスター。緊急だったんだってば。だってまさか、“赤”のランサーみたいな英雄が偵察で街に来るとか、予測できないだろ。それにボクらだって令呪があんな風に発動するとか予想外だったしね。ねー、ルーラー」
「ええ、まぁ……」
ライダーは、横のルーラーに水を向ける。ゴルドの視線を押し付けられたルーラーはライダーを恨めしそうに見たが、彼は目を逸らした。
見かねたのか、カウレスが咳払いでゴルドの注意を引き付けた。
「そんなに怒るなって、ゴルドのおじさん。敵の超級サーヴァントと出会って帰って全員で来れたんだからいいじゃないか。そう考えたら令呪一画はまあ、駄賃ってことにしとこうぜ」
ゴルドはまだ不満げだったが、カウレスの隣のバーサーカーがジト目で自分を睨んでいることと、アーチャーが手を上げたことで彼も黙った。
「アサシンの報告が正しいなら、“赤”のランサーは天草四郎のためではなく、あくまで“赤”のマスターのためだけに戦っていることになりますね」
「それがどうかしたの、アーチャー?」
フィオレは車椅子に座ったまま、傍らのサーヴァントを見上げて聞いた。
「ええ。仮の話ですが、そのマスターをこちらが保護することができれば、“赤”のランサーの戦う理由は無くなりませんか?」
問われ、フィオレは顎に手を当てて考える素振りを見せた。
マスター権を奪われた“赤”のマスターたちは、てっきり殺されてしまったのだと“黒”の陣は思っていたが、アサシンが聞いてきたカルナの話を聞く限り、そうではないのだ。
「“赤”のマスターたちがいるとすれば、あの空中庭園でしょう。地上に彼らの痕跡はありませんでした」
教会を調べたルーラーが言う。
「突入の際、彼らを見つけることができれば確かにカルナに恩を売れますね」
と、全員が遠慮して避けていた言い方で、アサシンがさらりと核心を突いた発言をし、一同は何とも微妙な表情になった。
玲霞はアサシンの顔をちらりと見た。表情は変わっていなかった。
シギショアラからここに帰ってくる間、アサシンは考え事に耽っていた。ただ車に乗って引き上げる直前に、アサシンは玲霞をまっすぐ見てありがとう、と言った。
そのときのアサシンの瞳は、数日前、予期せぬ形でカルナと再会したときの圧し殺したような淀みではなく、何かを吹っ切ったような光があった。
――――それはそれで不安にならなくもない、というのが難しいところではあったのだが、玲霞の意識は続くアサシンの言葉で断ち切られた。
「といっても、カルナにはマスターのことだけでなくて、こちらのセイバーとの約束もあるようですが」
それもまた、今からたった数日前の話だ。カルナがルーラーを抹殺するために道路で待ち伏せ、セイバーと初めて戦った。
そのとき、セイバーはカルナの武を讃えて言った。次こそは貴公と心行くまで戦いたい、と。
そしてカルナはそれを承諾した。初戦でセイバーのような戦士と撃ち合えたことを誇りに思う、とも言った。
「あのときの、口約束か?」
ゴルドは苦虫を嚙み潰したような顔で言う。彼にとっては、あの戦いは英霊に対しての自分の無力さを痛感させられた出来事でしかなかったのだ。
が、アサシンは頭を振った。
「口約束でも、戦士同士の言い交わしたことです。セイバーのマスター。あなたに魔術師の誇りがあるのと同じです。ただ誇りの矛先が違うんです。あなたが納得できなくても、ただ事実としてカルナはそちらのセイバーとの再戦を心待ちにしています。私はセイバーにそれを伝えるように、カルナから言われました」
アサシンの白い掌がゴルドの傍らに立つセイバーを指し示し、ゴルドは反射的にそちらを見た。セイバーは頷いただけだったが、ゴルドは彼の口元に好戦的な微笑みがあるのを見て取った。
アサシンの諭すような言い方は、ゴルドには正直癪に障るものだったのだが、その笑みを見て、彼は黙った。彼には理解しがたいが、戦士の誇りとやらは確かにあるのだろう。それは分かったし、セイバー以外に“赤”のランサーの相手ができるサーヴァントが“黒”にいないのは事実だった。
“赤”のセイバーとそのマスターに関しては、腹を割っての同盟というより、ただの相互不干渉だ。頼りにはできない。
「ねえ、結局のところ、あの空中庭園にはいつ向かうことになったの?」
斬り込むようにして玲霞が言い、フィオレの顔が引き締まった。
「……空中庭園へと突入するのは、五日後と決めました。私たちはライダーの宝具にかけることにします。ライダー、本当に新月になったら思い出せるのですね?」
「え、えーと―――」
頬をかいたライダーへ、アッシュの視線やその他の面々からの視線が向けられる。
ライダーは拳を握りしめて頷いた。
「うん!思い出せる……っていうか絶対思い出す!何ならもう一回月に行ってでも!」
「それは頼もしいですね。ですが、今ここでは月に行っている時間はありませんよ」
「分かってるってばアサシン。今のは意気込みだよっ」
「それも分かっています。こちらも今のは冗談です」
アサシンがにこりともせずに言い、冗談が分かりにくい、とライダーが机に突っ伏す。それで少し場の空気が緩んだ。
アーチャーが場を締めるために再び咳払いをした。
「ついては突入の具体的な方法ですが――――」
アーチャーとフィオレが、考え出した案を広げる。
それに議論を重ねていくうちに、その日は過ぎて行った。
#####
制限時間は、五日先と定められた。
今から五日先に、この聖杯大戦と銘打たれた御大層な戦いの終わりが始まる。
”赤”が勝てば人類はその形を永久に変える。
逆に”黒”が勝ったらどうなるか、それは分からない。
聖杯戦争のそもそもの根幹は、根源に至るための大規模な魔術儀式だから、魔術師として真っ当な者が勝てば、当然根源への到達を願うだろう。
―――――到達して帰ってこれるかは別の話として。
だがそうなると、このミレニア城塞で真っ当な魔術師と言える者は誰になるのだろう。
ダーニックが生きていたなら文句なしに彼だったろうが、彼は亡くなり、姉弟の魔術師と、悪態はつくがどうにも非情になりきれていない錬金術師が残った。
その魔術師姉弟の弟が暗殺者のマスターに漏らしたことだが、彼は自分がそうそうに脱落すると思っていたそうだ。
サーヴァントの神秘の薄さもそうだが、自分の魔術師としての技量はどう見積もっても三流だから、彼は自分が勝ち残れるとは微塵も思っていなかったそうだ。
というのに、何の因果か自分もサーヴァントも大怪我すら負うことなく最後の戦いに参加しようとしている。
不思議なこともあるもんだ、と魔術師姉弟の弟、カウレスは夕食時にふと呟いた。
「それを言ったら、わたしなんて魔術も使えないし、そういうことが本当にあるとも思ってなかったのよ」
とは、カウレスの愚痴ともつかない言葉を聞いていた玲霞の意見で、これにはカウレスも渋い顔でホムンクルス手製のスープを啜るしかなかった。
会議の後の夕食時とあって、マスターたちは一同に会していた。てんでばらばらに動かれると食事を用意するのに非効率だと、厨房担当のホムンクルスが言ったのだ。
かなりの勢いで食事を平らげているルーラーとそれを不思議そうに見るフィオレ、呆れ顔のゴルドとアッシュいう四人組を視界の端に捉えながら、カウレスは玲霞に聞いた。
ちなみに、食事を摂る必要のないサーヴァントは各々ばらばらに過ごしていた。
アーチャーとセイバーはそれぞれのマスターの横に控え、ライダーはアッシュの横で料理をぱくついている。
アサシンは、魔力供給の肩代わりを続けてもらう対価としてホムンクルスに延命のための魔道具を作らなければならないと言って城のどこかに消え、バーサーカーはそれについていった。
どうやらバーサーカーはアサシンを、ライダーほどでなくとも何かとやらかすサーヴァントと認定したらしく、彼女のお目付け役をするつもりらしかった。
といっても、二人の仲が険悪かと言われるとそうでもないのだ。
アサシンは唸り声しか上げないバーサーカーと会話できるし、バーサーカーもアサシンの言葉には返事を返している。
多分その影響で、カウレスも玲霞との距離がユグドミレニアの他マスターに比べて随分近くなっていた。彼自身、その自覚はある。
自覚があるからこそ、カウレスは何気ない風で尋ねた。
「真面目な話だけど、アンタはあの空中庭園まで来れるのか?」
六導玲霞の適応能力の高さが異常なのは、”黒”のマスターは皆分かっている。
が、逆に言うと異常なのは適応能力だけで、他は一般の女性と変わりないのだ。時々それが逆に恐ろしくなるが。
しかし間違いなく、セミラミスの造った魔術要塞などに踏み込めば、色濃い神秘に耐性のない玲霞では死ぬだろう。
身軽に動けるフィオレとカウレスは庭園に踏み込む覚悟を決めたが、躊躇いもした。二人ほど素早く動けないゴルドは明らかに躊躇っているし、アッシュに関してはライダーが彼を行かせたくないと頑張り、アッシュはどうしても行って結末を見たいのだとお互い譲っていない。
そしてその話を持ち出すと、玲霞は困ったように笑った。
「無理でしょうね。わたしが行ったら、アサシンはわたしを気にして、庭園につく前に墜とされちゃうわ」
しかしマスターという杭がないと、サーヴァントは糸の切れた凧のように頼りない存在になる。ついでに言うとアサシンには単独行動スキルもない。
この先の戦いではサーヴァントたちの宝具飛び交う乱戦になるだろう。
スパルタクスの宝具と同じか、それ以上の威力の宝具が幾つも飛び交うなんて、彼の宝具の余波を受けたカウレスとしてはゾッとする話だが、ほぼ間違いなくそうなるだろう。
アサシンの依り代になる人間はどうしても必要だった。
「ルーラーさんの中の人に頼めないかなってわたしは考えてるし、アサシンも多分同じことを考えてるみたいね」
そうか、とカウレスは呟いた。
カルナと話をするように、という命令のために玲霞が感情任せに令呪を使ったと聞いたときは、絶句したものだが意外に玲霞は落ち着いていた。
アサシンはあの鉄面皮だからよく分からないが、何か得たものがあったのだろうかと聞くと、玲霞は口を尖らせた。
「分からないわ。アサシンもわたしに何でも話してくれる訳じゃないしね。でも、あなたたちを裏切ったりはしないって言ってたわ」
「......そりゃ安心だな。まあ、そっちは俺たちはあんまり心配してないよ」
玲霞は意外そうに目を見開いた。
「アイツの時代、つまりマハーバーラタの頃になるが、その中の戦士ってのは
「ええ、そうね」
「で、アサシンはその英雄の奥さんだ。謀略で命を落とした英雄の妻が、俺たちを同じように嵌めるとは思えないだろ」
「......」
「ならアイツは、俺たちを裏切れないってこっちは考えてるのさ。これはアンタたちが街に行っている間に、俺たちにアーチャーが言ったことだけどな」
何しろギリシャ神話随一の賢者の意見だ。さらに彼はアサシンと個人的に話をしたことがなく、彼女を庇う理由がない。
だからゴルドやフィオレは納得した。
ややあって、玲霞はまた尋ねてきた。
「アーチャーもあっちのライダーの師匠さんなんでしょう?聖杯戦争って、みんなこんな風に因縁が絡んだものになるのが普通なのかしら?」
「......多分、違うと思うぞ。ギリシャとかは有名な英雄が多いから被りやすいんだろ。アンタんとこのは本当に偶然みたいだけどな」
ふうん、と玲霞は鼻をならして立ち上がった。
「ご馳走さま。わたしはアサシンのところに行ってくるわね」
そのまま玲霞は歩き去っていった。
主従揃って彼女らは掴み所がない。というより、分かりやすい弱味があるようでそれを他人に掴ませないのが上手いのだ。
多分、彼女らのそういう飄々としたところがプライドの高いゴルドには気に入らないのだろう。
けれど、これから姉と重要な話し合いをしようとしているカウレスにはそちらのことまで気にかけている余裕はない。
いつも通り、あっちはあっち、俺は俺で頑張るか、とカウレスはスープの最後の一滴を啜ると立ち上がった。
戦い前のインターバルver.黒の話。