太陽と焔   作:はたけのなすび

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誤字報告してくださる方、ありがとうございました。

最近、更新が遅くて申し訳ありません。
4月中には完結させたいと思っているのですが。

では。


Act-30

 

 

 

結論から言うと、“赤”のランサー一人という偵察隊は、“黒”のアサシンの令呪を一画減らすことに成功した。

敵の戦力の一つが削れたのは確かなのだが、シロウをアサシンが罵った理由に関しては、ろくなことをランサーは語らなかった。

 

 「天草四郎。お前は何があろうとも、六十年の探求の果てに得たと思っている答えを捨てされないだろう。アサシンも同じだ。生きた年月はお前より短くとも、彼女がその間に培った生き方と意志は、お前の願いを認めないだろう。それ以上の答えを、この上どうして欲す?」

 

 言い捨て、ランサーは退出した。

セミラミスはおろか、キャスターも何も言えなかった。それほどランサーの背には彼らを拒絶する雰囲気があった。

それで、シロウにも分かった。ランサーもシロウの取ろうとしている方法が、人類の救いにはならないと思っている側なのだろう。

ランサーは“赤”の側で戦いはするし、裏切らない。ただし、それはシロウたちが彼のマスターを捕らえているからであって、彼個人はシロウに対して信を置いてはいないのだと彼は黙って示した。

シロウたちと分かれ、報告を済ませてしまえばランサーには戦いまでやることがない。マスターは人質として守られているから、命は保証されているのだ。側について守れれば尚いいのだが、彼らの所在はセミラミスの魔術で隠されてしまった。

この空中庭園を根こそぎ壊せば居場所の一つも分かるだろうが、危険すぎてできるわけがなかった。

 

 

アサシンがいたなら、とふとランサーは思う。

彼女がここにいたなら呪術を振り絞って何とかしようとするだろうし、恐らく探し当てることもできるだろう。

普段の様子を見ればあまり想像できないのだが、半神だからかアサシンには呪術の才能は十分すぎるほどある。

ろくな精神統一もできないような状態でも、攻撃や隠蔽などの様々な術を詠唱無しで放てるくらいには使えるのだ。

無詠唱をしている理由は単に呪文を唱えると噛むかららしいが、それはどうでもいい。とにかく、アサシンはランサーの知る中で、呪術に最も詳しい者のうちの一人だ。

カルナが師のパラシュラーマから受けた呪いも、時間をかけて解呪したこともある。引き換えにしばらくの間は死んだように眠りこんだが、逆に言うと寝込んだだけで済んでいる。

ただし彼女にとって、呪術は剣や弓や、焔の異能と同じ道具の一つでしかなく、それを使って根源に至ろうとはしない。元から興味がないのだ。

性格も甘く、お世辞にも誰かを呪うような呪術師には向いていない。

道具は使うときに使わないと損、という考えをするから、アサシンは神秘や奇跡でも他人のために行使することに躊躇いがないし、そういう気質だからこそ、所謂正当な魔術師には睨まれやすい。生前からそうだった。

だから逆に、あの素人のマスターとは衝突もない関係を築けているのだろうか。

六導玲霞というマスターを、ランサーは遠目にしか見なかった。が、できるなら彼は、主に令呪の使い方について礼を言っておきたかった。そんな機会はもうないだろうが。

それから、どこをどう歩いたのか、アーチャーとライダーのいる部屋にランサーはたどり着いた。そこからは星空がよく見えた。

 

 「ランサー、汝、戻ったのか」

 

 どこから持ってきたのかリンゴを手にしているアーチャーが言い、寝転がって半目になっていたライダーは弾みをつけて起き上がった。

彼らは槍も弓も持っていない。完全に寛いでいた。

ライダーは軽く片手を上げる。

 

 「よぅ、ランサー。で、下はどうなってたんだ?あいつらは追ってきそうか?」

「ああ。ルーラーは完全にあちらに付いたようだ。仲違いしているわけでもなく、“黒”側に溶け込んで行動していた、“赤”のセイバーの気配はなかったが、敵対しているわけでもない様子だった」

「ふむ。では“黒”の五騎にそやつらを加えるとすると、攻め手は七騎か」

 

 “赤”の側で戦闘をするのは、戦闘力がないと自己申告しているキャスターを除いて四騎だ。

数の上では相手が勝っているが、直接戦闘能力で比べると、“赤”の三騎士に正面から対抗できるのは二騎のセイバーとアーチャー、ルーラーだろう。

 

 「俺の相手は先生。お前の相手はジークフリートがする。そんで、他のサーヴァントだが―――――」

「叛逆の騎士、モードレッドとやらはアサシンが直々に歓待すると抜かしていたから、任せて構わんだろう。残りは私の弓と、アサシンの砲撃で撃ち落とす」

「そうか。規格外の魔術砲撃とお前の物理攻撃力が合わされば、対魔力スキルや耐久力の低いサーヴァントでは防ぐのは難しいだろう。……有効な戦術だ。オレにも異存はない」

 

 ランサーは頷き、ライダーは微妙な表情で鼻の頭をかいた。

 

 「そういや、あの女帝様とそのマスターは、どうしても三騎かそこらは空中で墜としたいらしいぞ。聖杯に捧げられたサーヴァントの数が少ないんだとさ」

 

 冬木の聖杯戦争は、本来、七人七騎が殺し合って最後の一組に聖杯がもたらされる仕組みだった。

この庭園に内包された聖杯が受け取ったサーヴァントの数は、まだ三騎しかない。通常の聖杯戦争なら、まだ半分しか魔術儀式としての手順は果たされていないのだ。

六十年もの長い間に、トゥリファスの霊脈から貯めに貯めた魔力は聖杯に満ちている。

それを使って、聖杯を無理に起動させることもできるのだろうが、その手段はシロウたちにとってはできるだけ取りたくない手段だろう。

彼らにとって聖杯は金の卵だ。無理に動かして割れては元も子もない。確実に起動する方法を取りたがるのも無理なかった。

そうなるとなったら、狙いがどこに集中するかは分かる。

普通に考えれば、一番に落としやすいサーヴァントに来るのは“黒”のバーサーカーだろう。バーサーカーには恐らく、自由に飛ぶための手段もない。その次が、対魔力スキルを持たないアサシンというところか。

豊富な宝具があり、対魔力スキルの高い“黒”のライダーは微妙なところだ。

 

 「そうか」

 

 表情を崩さないランサーに、ライダーはやりにくそうに息を吐いた。

 

 「おいランサー、あのアサシンを仮に俺が相手すれば、間違いなくあのサーヴァントは死ぬぞ?お前、それでいいのか?理屈ってのぁ、この際どうだって良い」

「それはオレに、本心をすべて語れと言うことか?……オレがそうすると、大抵の人間は怒るのだが」

「うるせえよ。大抵の人間ってことは、どうせあのアサシンは怒らないんだろうが。あの女にできて俺にできないわけがあるものか」

 

 どういう理屈だ、とアーチャーは呆れたようにライダーを横目で見やると、無関心そうにリンゴを齧った。

ランサーは片目を瞑る。

 

 「もちろん、良いわけがない。良いわけがないが、一度やると言ったあいつを、オレの拙い言葉で止められるなら苦労はない」

「つまり何だ、汝ではあのサーヴァントを説得するのはお手上げな上に、汝はあ奴と戦うことに躊躇いを感じているということか?」

「ああ」

 

 それは、ランサーが“黒”のアサシンより遥かに強いからこその躊躇いとも言えた。

戦えばこちらが勝つと、ランサーは自信を持って言える。逆に、彼より自分が弱いと分かっているアサシンは躊躇っている余裕が全くない。

ないからこそ、覚悟を決めるとなったらアサシンの方が速いだろう。開き直りが上手いとも言うが。

 

 「そうか。だが、私はアサシンをこの庭園にまで届かせるつもりはないぞ。あいつだけではない、バーサーカーも、ライダーもだ」

 

 アーチャーはリンゴの芯を放り捨ててランサーをじっと見た。

 

 「私には願いがある。お前たちとは違う。そして、あの天草四郎のいう世界なら、私の願いも叶えられるだろう。あまねく人々が幸福になるというなら、私の護るべき無垢な幼い者たちも皆救われるはずなのだ。……だから、“黒”のサーヴァントたちは撃ち落とす。アタランテの名に懸けて、私はそうする」

 

 止めるなら、喩えお前だろうと私は射抜くぞ、とアーチャー、アタランテは手に大弓を顕現させて宣言した。

ランサーは首を振った。

 

 「止めるつもりは無論ない。お前の願いと、オレたちの関係は全く別の問題だ。……だが、いくら気配の弱いサーヴァントとはいえ、生半な弓で撃ち落とされるような女ではないぞ」

 

 あちゃあ、という風にライダーは手で目を覆った。

ランサーに煽るつもりは全くない。どころかどちらかというと激励しているつもりだったのだが、アーチャーはそうは受け取らなかった。

ギリシャ神話最高の女弓兵の目が刃物のようにすっと細められた。

 

 「素早さと幻術頼みの暗殺者にも、あの屍と鉄の臭いのする狂戦士にも、私は微塵も負けるつもりはない。覚えておけ」

 

 承知した、とランサーは頷き、アーチャーはそのまま姿を消した。

彼女は比較的自分の心が落ち着ける場所、草木生い茂る庭園の方にでも行ったのだろう。

ライダーはがりがりと頭をかいた。

 

 「ったく。この状況も神々の采配か?だとしたら皮肉なこった。俺は師匠、お前は妻。招かれたから仕方ないとはいえ、因果は死んだ後でも巡るものかね」

「この時代、神の気配は遠くなって久しいのだろう。ならば、彼らの采配は関係あるまい。だが、人の因果というなら死んでこうしてサーヴァントになったからこそ、因果には縛られるものだろう」

「……神秘は薄れ、神はこの大地より遠ざかり、されど人の因果は残り巡るというわけか」

 

 皮肉だな、とライダーは空中庭園の外に広がる空を見下ろして呟いた。

ランサーは黙って肩を竦め、そう言い捨てた英雄の端正な横顔を見た。

ライダーはひとかたならない神々の寵愛を受けた英雄だ。

女神である母、テティスに愛され、人の英雄である父、ペレウスには慈しまれて育った。神霊に属する賢者、ケイローンの愛弟子にもなり、不死の護りを得た。

結局、人間と女神の間の夫婦の暮らしは上手くいかず、テティスとペレウスは互いに一緒に暮らせなくなって別れた。それでも彼らがライダーを愛する心に変わりはなかった。彼は神々に愛された英雄のまま、短い一生を駆け抜けた。

親友を戦で死なせ、愛せたかもしれない女を戦場で殺め、最期は神の加護を受けた射手に殺された。

ライダー、アキレウスの一生はそういうものだが、彼はそれに満足している。悲劇もあったが、自分勝手に生きたのだから当然だろう、という具合だ。

神に護られていたという点で、“黒”のアサシンとライダーとは違っているし、ランサーとも違っている。

昔に、父という炎神の話を聞いた時、アサシンは困った顔をした。

アサシンは、ランサーのように父を一途に慕ってはいなかったのだ。

 

―――――父が本当に神なのか、私には分かりません。でも、少なくとも母様はインドラ神やダルマ神のような神を信じている民ではなかったから、私にこの国の炎神の力があると分かったとき、とても悲しい顔をしました。

 

敗戦国から連れてこられた端女というアサシンの母は、早くに亡くなっていた。

 

―――――母様はどうやって私を身籠ったか分からないそうです。けれど、神に見初められるってそういうことなんでしょう?

―――――でももしかしたら、義母様の言うように私は本当は、魔物の血が混ざった子供なのかもしれません。たまに、分からなくなるんです。

 

そんなことは無かろう、とランサーが言って、アサシンは軽く笑った。

父が魔物でも神でも、私は私だからもう気にしていないと、薄く笑っていた。

 

―――――この先父には会えそうもないですが、私はこれでも感謝はしているんです。少なくとも異能の焔が無かったら、私はこうして無事に大人になれたかも怪しいですしね。

―――――本当に、私は、私にこの世で生きる命をくれたことに対して父と母様に感謝しているんです。

 

そう言った白い横顔には、神に対しての静かで固い諦念が宿っていた。

多分、神に呪われたときも、これから自分に永久続く呪縛がかけられると分かったときも、そういうものかとアサシンは激高せずに受け入れたのだろう。

 

腹立たしいと、唐突にランサーは思った。

“赤”のランサー、カルナは他人のあらゆる生き方を彼は肯定してきた。

天草四郎の暴走する救済も、セミラミスの謀略に満ちた生き方も、それはそれ、とランサーは受け止め、そこに怒りは感じない。

どんな醜悪なモノだろうが、かつて自分に降りかかってきた神の奸計だろうが、すべては等価値で怒りを覚えることはない。

なのにただ一人だけ。記憶の底に幾日幾年経っても色鮮やかに残る、日溜まりのような微笑みの持ち主にだけは、そう思うことができなかった。

 

―――――お前の人生は、お前の生き方は、確かに、誰にも貶められるようなものではないだろう。

―――――ただ聞きたい。知りたいのだ。

―――――そういう生き方で、お前は本当に幸せだったのか?

 

答える者のいない問を抱いた槍兵は、また外を見下ろした。

太陽はすでに地平線の彼方に沈み、黒い雲の海に覆われた地上の光は庭園には届かない。欠けた月は、闇夜の雲海に細く頼りない光を投げかけているだけだった。

 

 

 

 




“赤”は“赤”でごたついている話。

こいつら面倒くさいという人おられると思いますが、この話のカルナさんはこんな調子です……。
空中庭園戦に早く行きたいとも思うのですがね。



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