当たり前だが、ルーラーは“赤”のランサー、カルナを警戒していた。が、“赤”のランサーと“黒”のアサシンの反応が近づいた後、どちらも消滅せずに一緒に行動し始めたので、胸を撫で下ろしたという。
そこから、ニ騎分の反応が自分の方へ一直線に向かってくるというのは想定外だったそうだが。
「アサシン!?」
次いでルーラーは、カルナの背中に乗っているアサシンの様子を見て驚いたようだった。味方の、それもあまり戦闘型でないはずのサーヴァントがぼろぼろになっていれば、それは驚くだろう。
「あなたと戦ってこうなった……訳ではありませんね、これは」
地面に横たえられたアサシンの様子をざっと見て、ルーラーはため息をついた。
「違う。オレが着いたときにはこうなってしまっていた。毒、だと思うが」
「でしょうね。ですが、仮に毒が体内にあっても解毒は現状不可能です。私には聖骸布で痛みを和らげることくらいしか……」
「それでいい。やってくれ。オレにはそれすらできん」
と、そういうやり取りの間もアサシンは目を覚まさなかった。が、ルーラーが聖人のスキルで創り出した聖骸布をかけられると、顔の生気は戻った。
そこまでやって、ルーラーは一息つく。
ルーラーとしては先を急がなければならないが、心情としては“黒”のアサシンを放っておくこともできかねた。判断に困る所である。
困るというなら、目の前の“赤”のランサーもそうだ。ジークフリートを落としたのは彼だろうが、アサシンを連れてきたのも彼だ。
と、ルーラーはそこで気付いた。
カルナの全身には火傷や裂傷が至るところにあるが、一つも治っていない。痛々しく傷口は開いたままで、血が流れ続けているのだ。
ルーラーの視線に気づき、カルナは何でもない事のように肩をすくめた。
「傷が治らないのが気になるのか。こちらは供給されていた魔力を切られてしまってな。残存魔力だけで動いている状態で、治癒が行えないのだ」
「い、一大事ではないですか!?ランサーに、単独行動スキルは無いでしょうに!」
「仕方あるまい。こいつをお前のところにまで連れてきた時点で、天草四郎はオレを裏切り者と見なしただろうし、それは予想していたことだ。魔力を食らう鎧は消えたから、生憎まだ保つが」
淡々と言うカルナに、ルーラーは目眩を感じた。その場でルーラーの令呪に籠められた魔力を彼に譲渡するが、焼け石に水である。
「助かる。礼を言わせてくれ。ルーラー」
「いえ。それよりこれから先、あなたはこちらの味方と判断して良いのですか?」
聴いてしまってから、勢いで令呪を渡したあとでする質問ではないとルーラーは気付いたが、どうしようもなかった。
カルナは気負った様子も見せずに首肯した。
「お前や“黒”のライダーと戦う理由はオレにはすでにない。どの道、彼女が――――」
カルナはそこでアサシンの寝顔に目を落とし、青白い頬にはり付いた髪を細い指でそっと払った。
「しばらく動けない以上、代わりの分の働きくらいはする」
「……訂正して下さい。動けますよ」
唐突に、アサシンが起き上がった。
調子を確かめるように首を回してから、ルーラーの聖骸布を羽織ったまま立ち上がる。
「アサシン、起きていいのですか?」
「一応は。体の中の毒は残さず燃やしましたし、今起きない方が不味いでしょう。あと数時間くらいなら、何とか動けます。それから布、ありがとうございました、ルーラー」
アサシンはけろりとした声音で宣った。
心情的にはともかく、言うことは実際その通りなので、三騎は改めて先に進むことにした。
「ルーラー、庭園で脱落したサーヴァントは何騎だ?」
「ええと……“黒”のアーチャー、バーサーカー、セイバー。“赤”のアーチャーと……セイバーです」
ルーラーの付け加えた最後の一言に、アサシンが軽く目を瞑った。あの不敵なセイバーも脱落したのだ。
ともあれ、残る敵は“赤”のライダー、アサシン、キャスターと前回のルーラー、天草四郎である。
「了解した。ならば、“赤”のライダーの相手はオレがしよう。魔力は少ないが、足止めくらいならばやってみせる」
「少ないというか……あなた、魔力の供給が絶たれていませんか?」
走りながら、ややジト目でアサシンがカルナを見た。カルナの方が上背があるので、上目遣いで見上げるとどうしてもこうなるのだ。
怒っているわけではない。
「ああ。さすがに気付くか」
「気付きます。どうしてそうなったかは聞きませんが。……ありがとうございます、カルナ」
「追及がないのは助かる。正直説明の時間が惜しいからな。それと、お前が礼を言う必要はない」
「私の気持ちの問題なので、あなたが気にする必要もありません」
傍で聞いていて、ルーラーは微妙な表情になった。
二騎とも、会話の温度が冷めている。かと言って、無情という訳でもお互いを思いやっていない訳でもない。交わす視線を見れば互いへの感情がどういうものかは大体分かる。言葉だけでは微妙に分かりにくいが。
“黒”のライダーがいたなら、揃いも揃ってめんどくさぁい、とでも叫んでいるだろう。
そんな考えがルーラーの頭を掠めた瞬間、場違いなほど明るい叫びがした。
「あ、ルーラーにアサシン!それと……うぇえええ!何でキミがいるのさ、“赤”ランサー!?」
道の先、一つの大扉の前で“黒”のライダーことアストルフォが立っていた。フィオレ、カウレス、アッシュもいる。
全員煤けたり、すり傷が付いたりしているが、無事ではあった。アサシンはカウレスを見て軽く頭を下げ、カウレスは刻印のないまっさらな手をひらりと振って返した。
「事情があってな。安心しろ、今は敵対してはいない」
温度のないカルナの言葉を聞き、ライダーは額にしわを寄せたあと、にかりと笑った。
「……オーケー!色々あったんだろうけど、それだけ分かれば十分だよ。良かったね、アサシン」
ばんばんとライダーはアサシンの肩を叩いた。アサシンは少し痛そうだったが、控え目に笑っていた。
「ライダー。状況を説明した方が良くないか?」
近寄って来たアッシュが言う。
「そうだった。簡単に言うと、この先の道で“赤”のライダーが門番してて通れないんだよ」
「ええ。ライダーは、ルーラーなら通すと言っていましたが。わたしたちがくっついたままではライダーは戦えっこありません。だから往生していたんです」
背中に蜘蛛の足のような魔術礼装を装着したままのフィオレが言う。彼女の手からも、令呪は失われていた。
アサシンは首を傾げる。
「ルーラーなら通すとはどういう意味でしょうか?」
「さあな。大事業を前に、正真正銘の聖人の意見が聞きたいんじゃないのか」
カウレスがやや投げやり気味に言った。
カルナは肩をすくめて言う。
「“赤”のライダーの相手はオレがしよう。聖杯と“赤”のアサシン、キャスター、天草四郎はお前たちで何とか出来るか?」
言われ、他の三騎は顔を見合わせる。
ルーラーが決然と言った。
「私の特攻宝具で、大聖杯を壊しましょう。サーヴァントが七騎くべられ、天草四郎が何時でも聖杯を使用できるようになった現状では、もう解析だの解体だの悠長なことは言っていられません。宜しいですか?」
かつて千軍を率いた聖女の声の迫力に、フィオレが釣り込まれたように頷いた。ライダーは首を縮めた。
「うへぇ。発想がおっかないなあ。まあ、ボクは賛成だけど。にしても、キミも特攻宝具かよ」
“黒”のバーサーカー、アサシンも特攻型宝具持ちのサーヴァントである。威力はあっても、生命と引き換えなのだ。対価は大きく使いどころが難しい。
ルーラー、ジャンヌ・ダルクの持つ宝具もこの部類だ。それは旗の聖女唯一の剣で、一度使えばジャンヌは必ず『座』へと還る。
「そういう宝具何ですから、仕方ありませんよ。行きましょう」
それでもルーラーは細い銀の剣の柄を叩き、綻びが少し目立ち始めた旗を握った。
大きな扉を、“黒”のライダーが開ける。広間の中心には下へ続く黒い入り口が開けていて、肌を刺す魔力が吹き上がっていた。大聖杯はあの奥にあるのだろう。
その前に一人立つのは、槍を携えた銀の軽鎧の青年である。
“赤”のライダーは、入ってきた面々を見て肩をすくめた。
「意外な奴らが残ったモンだ。……いや、死にそうな奴も混ざってんな。誰にやられたかは想像が付くがね」
ライダーの視線が顔色の悪いアサシンに向いたが、カルナがその前に立つ。ライダーはひゅう、と口笛を吹いた。
「おい、ランサー。お前はそいつらに付いたってことで良いんだな?」
「ああ。何と謗ってくれても構わない。だが、“赤”の陣で戦う理由は最早オレにはない」
「謗るもんかね。分かりやすくなって良い。話は簡単さ。ルーラー以外の奴は、ここを通りたきゃ俺を越えていけ」
ライダーは手の中で槍をくるりと回し、槍の先はカルナに据えられた。
「……って言いたい所だが、まあいい。ランサー以外は勝手に通れ」
「え、いいの?」
“黒”のライダーが素っ頓狂な声を出した。
「お前らの中で一番厄介なのはソイツだ。ライダーにアサシン。ぶっちゃけお前ら程度なら見逃しても……多分、構わんだろうさ」
「なら、普通に通って問題ありませんね?」
「まあな。というかアサシン。お前がこの先で聖女を引き受けるはずだったキャスターの心臓に剣を刺したから、俺がこっちで門番なんぞやってるんだぞ」
心臓に剣を刺したのに死んでないのかと、アサシンの呟きを聞きとがめて、カルナは微かに顔をしかめた。
「門番は重要な役じゃありませんか。性に合っていないのですか?」
「合ってないね。俺は護る戦より攻める戦の方が好みなのさ。だが、やってやれないこともない」
それに姐さんのこともある、とライダーは言い、カウレスが肩を震わせ、アサシンは少しだけ目を見開いた。
「この場にいた以上、死ぬも生きるも紙一重だ。だが、姐さんを倒したヤツらを何も手出しせずに見逃せるほど俺は穏やかでも無いのさ」
槍が構えられる。
“赤”のライダーから放たれた殺気にサーヴァント以外の生者は肌が粟立った。
踵を撃ち抜かれ、不死の護りがなくなったことなどアキレウスはそれがどうしたと鼻で笑い飛ばすだろう。
彼も、そしてカルナも、鎧の一つが失われた程度で臆する訳もない。
「ここは引き受けた。先に行け」
と、前に進み出たカルナは鋭い刃のような視線を、ライダーから一時たりとも離さずに言った。
「……行きましょう。時間がありません」
アサシンが他を促し、残りの人間とサーヴァントは進む。
部屋の入り口で、アサシンは振り返った。
澄んだ青い瞳は、蜘蛛糸の先で震える雫のように光っていた。何か言いたいのに、言いたいことは山ほどあるのに、ここでは何を言っても虚しくなってしまいそうだった。
「……先に、行け。後で聞く。必ずな」
カルナは不器用に口の先をつり上げて槍を振った。微笑みのつもりらしかった。
相変わらず作った笑い方が下手だなと思いながら、アサシンはぐいと目元を擦って頷く。それからもう後ろは見ずに、暗い地下へと飛び込んでいった。
黒髪の先が跳ねて暗闇に消えてから、カルナはライダーの方を見た。
「すまん、待たせた」
「全くだ。何だってこんな所で惚気るかねお前らは。戦りづらくなったらどうしてくれる」
「いや、そういうつもりは無かった。ただ間が無かったのだ」
そうかよ、とライダーは憮然とした表情を消し穂先をわずかに上げて言った。
「色々あるが、お前と違って、こちとら一応あいつらに恩がなくもないのさ。あいつらが場をくれ、おかげで俺は長年戦いたかった師匠を打ち負かせたからな」
「そうか。理屈は理解できる。だがこちらも譲れん。お前を倒さねば先に進めないと言うなら、その通りにしよう」
カルナから、炎のような殺気が膨れ上がる。殺気には、地上に降りた太陽のような勢いがあった。カウレスやフィオレたちがこの場にいたなら、卒倒していただろうそれを真正面から受けたライダーはただ笑った。
目の前のカルナは魔力をマスターから回されていないようだ。が、それをまるで問題にしてはいない。
だったら合わさねば気が済まない、とライダーもマスターから与えられる魔力を切った。何と思われようが構うものかと陽気に構える。
そう言えば、こいつと戦うときは全力で殺し合うときだけと決めていたのだと、ふとライダーは思い出した。
「じゃあ――――始めるとするかね」
かくして大聖杯の手前で、激突が始まった。
#####
「アサシン」
カルナを“赤”のライダーの所に残して進みながら、唐突にルーラーが口を開いた。
辺りは暗く、互いの顔が何とか見えるくらいの光しかなかった。
「私が持つ、貴女の分の令呪の魔力、全て渡します。それでは戦うのも辛いのでしょう」
ルーラーの腕が輝いて、アサシンは体が楽になった。続けてルーラーはライダーとアッシュを見る。
「どうせです。あなた方にも令呪を渡してしまいましょう。残して負けたら意味がありませんし、あなた方は聖杯を使って叶える願いも無いでしょうから。裁定者の権限の範囲内で良いということにしてしまいましょう」
「あ、ああ」
こちらも手早く譲渡し、アッシュは補填された令呪を見て一先ずルーラーに礼を言った。
「いえ。この面子で庭園から帰るとなると、ライダーのヒポグリフくらいしか手がありませんからね。レティシアには、私が倒れた場合には安全な場所まで転移してもらうことになりましたが」
「てことは、三人かぁ。……ちょっと定員オーバーっぽいんだけど、まあボクのヒポグリフは根性あるし、行けるよ」
「だ、大丈夫なんですかそれ?」
フィオレがやや引き攣った顔で言い、ライダーは何とかするよと笑った。
「キミらも生身でここまで来るなんて根性の持ち主なんだから、大丈夫だって。って、ホントこんな最後のトコまで来なくても良かったんじゃない?大聖杯間近だよ、ここ」
「“赤”のライダーとランサーのぶつかり合いの所に間近でいる方も危ないと思う。だろう、アサシン?」
ん、とアッシュに言われてアサシンは頷いた。
「……悪気なく致死級の攻撃を流れ弾にしますからね、あの人たちみたいな方々は。避けられなければ死ねくらいの容赦なさで。あそこまで行くと下手に援護なんぞしようものなら、私程度は消し飛ばされます」
「ねえ、前々から思ってたんだけど、キミの故郷怖くない!?」
「む。心外です。そんな人外魔境じゃありませんよ。住めば良いところでした」
珍しくやや不満そうにアサシンが唸ったところで、行く手に眩い光が見え、肌刺す魔力が流れ込んできた。
ライダーとアサシンとが弛緩させた空気が元に戻り、皆が張りつめた顔になった。
行こう、と旗を掲げてルーラーは促す。彼らはそうして最後の場へと足を踏み入れたのだった。
不死無しアキレウス vs ccc的魔力不足カルナさんとか……。
尚、シェイクスピアは消えていないだけで参戦は不可能ということになっています。