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カルナに殿を任せ、白斗たちは走り続けた。
ライダーの一人でもいれば、某かの乗り物があったのかもしれないが、サーヴァント入れ換えを行える召喚サークルに適したポイントが無い以上、走るしかない。
魔術や礼装で身体能力と体力を強化しつつ、必死でマシュたちと共に休憩を挟みながらも夜通し走り、住民がすでに逃げた後の、西部の小さな街に辿り着いたときには、白斗は文字通りの疲労困憊だった。
「先輩、仮眠を取ってください」
というマシュの言葉を、有り難く聞いたところまでは覚えているのだが、その後どうなったかが分からない。多分、眠気に負けたのだろう。
そして白斗は、酒場だったとおぼしき建物の長椅子の一つの上で、目を覚ました。
外にはすでに日が昇っている。
「起きたか、マスター」
そこへひょっこりとカルナが顔を出し、白斗の意識が一瞬で覚醒した。
「カルナ!」
無事で良かった、と胸を撫で下ろすマスターに、カルナは無表情のまま首肯した。
彼も彼で、つい先程戻ったのだという。
「ジークフリートとは明け方近くまで戦ったが、決着はつかなかった」
ジークフリートとは、ほぼ一晩中打ち合ったが、どちらにも相手を本気で仕留める気がなかったため千日手に陥り、双方ほぼ同時に剣と槍を引いて別れたのだ、とカルナは淡々と報告した。
「そうか。ジークフリートは何か言ってたか?」
「特には。フランスのときより、マスターに容赦がなくなっている、とは言っていたが」
「う…………」
いきなりアーラシュに狙撃させたことか、と白斗は思い当たる。
逃げるためには必要な判断だったと思う心に変わりはないが、それでもかつてのフランスでの共闘の記憶と、彼と戦わなければならないという事実は、白斗の中に今も爪を立てている。
しかし、白斗たちは止まっていられない。
カルデアの目的は、人類史すべてを取り戻すこと。
ジークフリートが手を貸すエジソンの目的は、アメリカのみを守り抜くこと。
ケルトを敵としているのは同じでも、目指す場所は違うのだ。
獅子の頭の大統王に向けて、白斗はすでに協力できないという旨を宣言している。
白斗は立ち上がって、頬を叩いた。
「ありがと、カルナ。マシュたちはどうしてる?」
「ひとまずマスターを待っているところだ。アーラシュは見張りに出ているが」
「分かった。すぐ行くよ」
カルナと共に外へ出れば、そこにはジェロニモ、マシュ、ナイチンゲール、それにジェロニモの仲間とおぼしき兵士たちがいた。
「おはようございます、先輩。きっちり三時間の仮眠ですね」
『体調もオールグリーン。いい目覚めだね、白斗くん』
「うん。ありがと、マシュ、ドクター」
マシュとドクターに挨拶をしてから、白斗はジェロニモに向き直る。
「起きたか」
「ああ。助けてくれてありがとう、ジェロニモ」
「礼はいい。こちらが君たちを助けたのにも歴とした理由がある。実は、我々はここに、一人、サーヴァントを匿っていてな。怪我人を治療し続けるサーヴァントがいると聞いて、来てもらったのだ。もちろん、君たちに協力してもらいたかったのも事実だが」
怪我人の治療、となれば、それは当然ナイチンゲールの領分だ。
白斗が何を言うまでもなく、ナイチンゲールがずいと進み出た。
「では、私の出番ということでよろしいですね。さあ、患者はどこなのですか?」
拳銃を抜かんばかりの勢いで、ナイチンゲールはジェロニモに詰め寄る。
「う、うむ。そう言ってくれると頼もしい。では、彼を運んで来てくれ」
そして、運ばれてきた少年を見て、白斗は文字通り絶句した。
燃えるような赤い髪をした少年の左胸、そこがぱっくり裂けて心臓が露になっていたのだ。
そして奇妙なことに、彼の心臓には暖かい色合いの橙色の焔が灯っていた。心臓を薪にして燃えているようにも見えるが、焔は少年に痛みを与えている訳ではないらしい。
白斗の視界の端で、カルナがわずかに身じろぎした。
「…………これは」
ひどい、と白斗は続く言葉を飲み込んだ。
胸を抉られ、心臓から血が流れている。これ以上ひどい怪我はない、というより、どうして生きていられるのか不思議なくらいの重傷だった。
「まあ、……頑丈なのが取り柄だからな」
だというのに、しゃべることすらこなす少年に、白斗は驚愕した。
だが、ナイチンゲールは憶さず揺らがず、少年の側にかがみこんで、傷の具合を調べ始めた。
「こんな傷は初めてです。ですが、安心なさい少年。地獄に落ちても引きずり出して見せます」
「ククク、それは頼もしい……アイタタタタ!貴様少しは手加減せんか!余は心臓を潰されかけておるのだぞ!」
少年の悲鳴が上がるが、ナイチンゲールは一切気に止めず、傷口を看た。
「どうして心臓が破壊されていくのでしょう?原因は、この焔……?いえ、違います。……しかし、それならこの焔は一体?」
ナイチンゲールが呟き、白斗たちはその様子を見守る。
そのとき、すっ、とカルナが動いた。
「少しいいか?その焔に心当たりがある」
「あなたにはこの焔が何なのか分かるのですか?」
「分かる。というより知っている。一先ず見せてくれ」
ナイチンゲールとカルナが場所を変わる。
しばし、傷とそこに灯った焔を見ていたカルナは、立ち上がった。
「この焔は宝具だ」
「……あっ!」
言われて、白斗の脳裏に浮かび上がるのは一つの記憶。
橙色の、呪いを打ち消す焔。それは冬木のキャスターが使っていた宝具だ。真名は、確か『焔よ、祓い清めたまえ』。
彼女はあのとき、黒い聖杯の呪い渦巻く冬木で、呪詛を消すのは得意なんです、と笑っていた。
『記録した魔力波と一致を確認。間違いなく、それは冬木のキャスターの宝具だ』
「冬木のキャスターさんに、会ったんですか?ええと、貴方は……?」
マシュに問われ、少年は、見た目の年齢不相応にも見えるくらい、堂々と胸を張った。
「余はラーマ。コサラの王だ」
「ではラーマ、聞きたいのだが、お前は、お前にこれを灯したキャスターのサーヴァントと、いつ、どこで会った?」
カルナの言葉に、ラーマだけでなくジェロニモまでが束の間口をつぐんだ。
「キャスターの真名は知らぬ。クラスも今初めて聞いた」
聞けば、ラーマはケルト側の王を名乗るクー・フーリンに単騎で挑み、彼の宝具、因果逆転の魔槍、『抉り穿つ鏖殺の槍』を、心臓に受けたのだという。
絶体絶命の死地へ介入してきたのが、灰色の布を被ったサーヴァント。
そのサーヴァントは、ラーマの心臓に焔の守りをかけたあと、ジェロニモとラーマを、敵の増援から逃がすための殿になったのだと、ジェロニモは語った。
「逃げているとき、白い焔が爆発するのを見た。あれも宝具の類いと思っていたが」
「そんな…………」
マシュの顔色が曇る。
白い焔、というのは、キャスターの三つ目の宝具だろう。あれは確か、全力で撃つと消滅する、アーラシュの宝具と似た特性を持っていたはずだ。制限をかけて撃った場合はその限りではないそうだが。
実際冬木にて、セイバーを倒すのに使ったあと、キャスターはすぐ消滅した。
最も、冬木の狂った聖杯戦争においては、セイバーを倒せば、遅かれ早かれキャスターは消えることは決定していたのだが、それにしても、自爆しかねない宝具を少なくともキャスターは一度撃っているのだ。
不安が、白斗の胸を刺す。
「いや、この焔は生きている。キャスターもまだ現界しているだろう」
しかし、カルナが言い切った。キャスターは、生きている、と。
探し人の消息を見付けたにしては、余りに冷静な口調だった。
「分かりました。少年の心臓の鼓動を繋ぎ止めているのは、この焔ですね。が、死をはね除けるには至っていない。ならば、余分なところを切り落とすしかありませんね」
具体的には手足を落とし、肺以外を摘出する感じで、とナイチンゲールが迫り、ラーマがあからさまに引いた。
「待て待て待て!心臓の修復のみに力を注いでもらいたい!余は、戦う術を失うわけにはいかんのだ!」
「何を言いますか!生きること以上の喜びなど存在しません!あなたにはこの大地に根を下ろした一個の生命体として、どうなろうとも生き続ける義務があります!」
「ナイチンゲール、ちょっと待って!ほんと待って!ドクター、ラーマを助けるための手段、切断以外で何かないか?」
荒ぶる婦長を、マシュと二人で必死に止めながら、白斗は叫んだ。
『うん、詳しいデータを送ってもらわなくても分かる。それはもう、呪いだ。治療より解呪が先だ。ラーマの傷は、本来ならもう死んでいてもおかしくない。そして、呪いの解呪において手っ取り早いのは、かけた当人、つまりクー・フーリンを倒すことだね』
が、クー・フーリンをすぐに倒すのは無理な話だ。
だから二つ目の案だ、とドクターは言う。
『幸い、特異点は時代の、つまり時の流れとか、因果といったものがぐらついている場所だ。そこを利用して、ラーマの存在を別の何かで強化すれば、因果が解消される。ラーマが死んでいるはず、という結果を、ラーマの存在を補強することで覆すんだ』
「具体的には何を?それとドクター、訂正を。彼は死んではいません」
『は、はい!…………ええと、一番良いのは生前のラーマを知る人を見つけること。それと、冬木のキャスターを探すことだ』
その言葉に、カルナが真っ先に顔を上げた。
「キャスターを?」
『ああ。今の彼女の宝具は、持ち主から離れて弱体化している。大きな焚き火から火分けされた、小さな蝋燭みたいなものだ。それでも、ゲイ・ボルクの呪いに抗っている。彼女がまともに宝具を発動できれば、呪いを解呪できるだろう』
つまり、ラーマの生前を知る人物を見つけて、ラーマの存在を強化し、キャスターを見付けることで呪いを解呪する。
この二つを成せば、ラーマは復活するはずだ、とドクターは結論付けた。
「ラーマさん、あなたの生前を知るサーヴァントに、心当たりはありますか?」
「う、うむ。余の口から言うのは照れくさいのだが、余と同じ時代から、我が妻のシータが召喚されているはずだ」
彼女の姿をラーマは見ていない。しかし、この大地のどこかに囚われているはずなのだ。
そも、彼がクー・フーリンに単騎でも挑んだのも、シータの場所を探し求めてのことだった。
『『ラーマーヤナ』のヒロイン、シータか。君に引きずられる形で召喚されたのかな』
白斗は、横目でカルナの様子を伺う。
槍兵は無表情に、ラーマの胸の焔を見ていた。
「現状を考えると、サーヴァントは一騎でも多くほしい。底の見えないケルト軍と、クー・フーリンに挑むには、単騎では不可能だ」
インドの二大叙事詩『ラーマーヤナ』の主人公、理想王ラーマすら敗けたのだ。
ラーマを癒し、各地のサーヴァントを集めて、王と女王に対抗する。
ジェロニモはそう言った。
「ドクター、キャスターの宝具はここにあるだろ?そこから彼女の居場所とか、探せないか?」
『逆探知か。出来ないこともないが、少々時間がいるね』
「分かった。じゃあ、ドクターはその作業を頼む。その間に今後どうするかもっと話し合いたいんだけど、―――――俺たちが戦ったケルトのサーヴァント、フィン・マックールが、気になるコトを言ってたんだ」
ケルト兵は、女王を母体とする無限の怪物、数千失ったところで困るものではない、と。
それはつまり、ケルトの兵士やエネミーは、女王有る限り増殖し続け、底などないということではないだろうか。
「無限に増える怪物か……。そういう予感はしないでもなかったが、言葉として改めて聞くと気が遠くなるな」
「エジソンさんのところの機械化兵団も、大量生産を目的としているようでしたが」
無限に増殖する怪物たちと正面から戦うには、大量生産で補う他、なかったのだろう。
ともあれ、この場にいる面々が、物量戦でケルトに挑むのは不可。となれば、取るべき道はそれとは逆になる。
「少数精鋭による、王と女王の暗殺。それしかなかろうな」
「それが妥当だと私も思う。施しの英雄よ」
手足をいくら切っても、痛くも痒くもない怪物と戦うには、頭を落とすしかない。
「各地のサーヴァントを集結させ、暗殺の可能性を上げよう。現状を考えると、セイバーが欲しいところなのだが…………」
今、主に前線に立っているのは、カルナとマシュで、後はどちらかというと援護に適している。バーサーカーのナイチンゲールも前線には出られるが、どう動くか分からないし、彼女にはラーマを治療し続けてもらわないといけない。
そう言えば、そのナイチンゲールとラーマが静かだなぁ、と思い出した白斗は辺りを見回し、目が点になった。
「ナイチンゲール?ラーマを背負って何やろうとしてるの?」
「患者の運搬に適切な処置を行おうとしています。私の開発した、ラーマバックです」
「余はいいと言っておるのに!離せ、はーなーせ!」
煤けたようにも見えるラーマは、じたばたと暴れている。
そこへカルナが寄っていった。
「気にするな、理想王よ。戦士が傷付くのが道理なら、癒し手が患者を癒そうとするのも道理だ。おかしいことは何もなかろう」
「う、うむ。それはそうなのだが、かの施しの英雄にそう言われるとますます複雑な気分になるな。…………ナイチンゲールは話を聞かんし」
「癒し手は頑固なものだ。少なくとも、オレの知る者はそうだった。オレも殴られたコトはある」
ん、と、ここで白斗は会話を聞いていて首をかしげた。
「お主を殴るとは何者だ。ナイチンゲールのような癒し手は、インドにもいたか?」
「いた。オレの妻だ。…………ナイチンゲールほどではなかったが」
「は?」
ラーマが驚愕して固まったところで、ナイチンゲールがさっさと彼を背負って立ち上がった。
「そろそろ本題に戻って構わないか?」
「む、すまん。続けてくれ、ジェロニモ」
当面の目標は各地を索敵しつつ、セイバーを探すこと、そしてその前に、ここから東よりの町にいるアーチャーたちと合流しよう、というのがジェロニモの案だった。
「アーチャーか。ジェロニモ、ちなみにそのアーチャーたち、棍棒とか双剣とか、近接戦闘できたりする?」
「いや、二人とも飛び道具を使うアーチャーだが?」
まあ、アーチャーは普通そうだよね、と白斗は引き下がった。普段の得物がどう見ても近接武器ばかり、という前例が色々とあったから期待したのだが、そううまくは行かないらしい。
そこへ、上手いタイミングで、ドクターからの通信が入った。
『もしもし、キャスターの宝具の反応が出たよ!詳しい場所は分からないけれど、キャスターはそこから見て東の地点で、その癒しの宝具を使っているね』
「―――――よし、じゃあ、東に向かおう」
全員が、その言葉で動き出した。
尚、今の今まで寄ってくる敵を延々と撃退し続けていてくれたアーラシュには、ちゃんと、平身低頭する勢いでお礼を言った。
それでも気にするな、と笑ってくれる辺り、白斗は改めて彼の懐の深さを知ったのだった。
すみません、現在周辺が立て込んだ状況になっていまして、感想が返せていません。
全て読ませていただいているのですが・・・・。
6章も進められていないし。
あ、でも静謐ちゃんは来ました!