sideアキ
「遅くなってすまないな。強化合宿のしおりのおかげで手間取ってしまった。
HRを始めるから席についてくれ」
担任こと西村先生は手に大きな箱を抱えて教室に入る。
あの箱には先程にも言った通り、強化合宿のしおりが入っているのだろう。
「さて、明日から始まる強化合宿だが、大体のことは今配っている強化合宿のしおりに書いてあるので確認しておくように。
まぁ旅行に行く訳ではないので、勉強道具と着替えさえ用意してあれば特に問題ないはずだが」
前の席から順番に冊子が回されてきたので、その中から1冊取って後ろに回す。
「集合の時間と集合場所はくれぐれも間違えないように」
念を押すように西村先生の声が響く。
「肝心な集合場所なんだが、我々Fクラスは――――――現地集合だ」
「「「案内すらないのかよ!!!???」」」
あまりの扱いのひどさにFクラス全員は叫んだ。
★
「あと2時間くらいはこのままですね」
スマートフォンの画面を見ながら姫路さんはそう言った。
「2時間か……眠くもないし、何をしていようかな~」
車窓を流れる緑の風景を眺めながらため息をつく。
今回僕らが向かうのは卯月高原という少し洒落た避暑地で、そこに現在電車で向かっているところ。
「アキちゃん、ここに新しく着てもらいたい衣装があるのですが――」
「それは却下で、姫路さん」
「はぅぅ……せめてこれだけでも着てください……!」
どこからか、またもう1つの衣装を取り出して、なかなか食い下がる気を見せない姫路さん。
「いや、そういう問題じゃなくて…………そもそもどこで着替えるの? こんなところじゃ着替えられないんじゃ……」
「トイレで着替えてこればいいだろ。鏡もあるし、着替えにはもってこいだぞ」
と横から雄二が口を挟む。
「ん、そうなんだ……なら着替えてくる」
姫路さんから衣装を受け取って、車両の後ろに設置されてあったトイレで着替えてきた。
「ふぅー……ただいま」
「おかえりなさい、アキちゃん!」
戻ってきた僕に姫路さんは歓喜の視線を浴びせる。
「今回も似合ってます! この日のために用意した甲斐がありました!」
「それは何より……って言った方がいいのかな?」
「巫女服姿も様になっておるな~。お主なら何を着ても似合うかもしれぬぞい」
衣装に着替えた僕を見た秀吉もそう言った。
「これはただの巫女服じゃありませんよ! 博麗霊夢の衣装ですから!」
「何それ? 神社か寺の名前?」
「違います。博麗神社というものは存在しますけど、これはキャラクターの衣装です!」
「へぇー……これもキャラクター衣装なのか……」
ただの巫女服ではないみたいだ。
確かにすごく飾りっ気のある巫女服だなぁとは思っていたけど。
こんなリボンやフリルの多い巫女服を着ている巫女さんがいる神社は、どんな秘境にあるんだろうか。
「はぁ……着替えたのはいいものの、また暇になっちゃったなぁ」
「その衣装であることにはなんとも思わぬのか?」
横に座っている秀吉が不思議そうな顔をする。
「別に? こんなのいつも通りだし、気にするほどでもないけど」
「女になってお前の感性はどうなったんだ?」
こちらの話を聞いていたのか、別の席から雄二が言う。
「何言ってるのさ、雄二。こんなのいつも通りだよ」
もちろん衣装が過激ではない限りの話だが。
「ムッツリーニは……寝っちゃってるのか」
「昨日、強化合宿だからといろいろと準備しておったからのう……」
雄二の横で寝ているムッツリーニを見る僕と秀吉。
何か物足りない気がしたと思っていたら、こういうことだったのか。
「美波、さっきから何を読んでいるの?」
僕の斜め手前に座っている美波は単行本らしきものを読んでいた。
「ん、これ? これは心理テストの本。100円均一で売ってたから買ってみたんだけど、意外と面白いの」
心理テストか~……これはちょうどいい暇潰しになるかもしれない。
「面白そうだね。美波、僕にその本の問題を出してみてよ」
「いいわよ」
そう答えて、適当にページをめくりだす美波。
「それじゃあいくわよ。『あなたの目の前に花が咲いています。何本咲いていますか?』」
目の前に花が咲いている……か。
なんとなく想像してみる。
「1本だね。大きな花が1本咲いている感じ」
「あら、アキにしては意外な回答ね」
「意外って……その問題の解説はどうなっているの?」
「これは『あなたが人生で付き合う人の数』よ。つまり、アキが人生で付き合う人の数は1人ってことね」
人生で1人か…………少なすぎる気がするけど、何回も別れて付き合うを繰り返すよりかは全然いいよね。
「アンタのことだから、イケメンをとっかえひっかえしてるかと思ったけど、一途なところもあるわね」
「美波……君は僕をなんだと思っているんだ?」
失礼なことを言われた気がしてならなかった。
運命の相手は1人か……どんな相手なんだろう?
この姿だから、男ってことになるのかな?
でも、元の姿に戻った時のことを考えて女……?
いや、このまま戻れないことも考えるから男……?
う~ん、僕は男と女のどっちと付き合うんだ!?
と普通の人間ならば考えもしないはずであろうことを脳内で繰り広げている内に、次の問題へ。
「次は『あなたの好きな色を挙げてください』だって」
「ん~……僕はオレンジかな」
と僕。
「ワシは青なのじゃ」
と秀吉。
「私は白ですね」
と姫路さん。
「俺は赤だな」
と雄二。
今度はみんなで回答した。
みんなでやる方が楽しいに決まっているからね。
「えっと、『あなたの好きな色はあなたの性格を表しています』だって。それぞれ――」
美波が順番に指をさしながら、
「陽気で友好的。諦めが早い」←僕
「冷静で自制心が強い。どちらかというと内気」←秀吉
「純粋で素直。嘘がつけない」←姫路さん
「プライドが高い。行動的でリーダーシップが取れる」←雄二
と告げた。
「うーん、諦めが早いのか……」
「冷静で自制心が強い……悪くないのじゃ」
「私に当てはまっているかもしれませんね」
「まぁ俺らしいと言えば俺らしいな」
と口々に楽しそうに盛り上がっていた。
こんな感じでその後も美波の心理テストを受けているまま、時間は過ぎていく。
「……目が覚めた」
「あ、ムッツリーニ。おはよう」
「目が覚めたようじゃな」
「…………空腹で起きた」
「あれ? もうそんな時間?」
スマートフォンを取り出して現在時刻を確認すると、とっくに真昼の時間帯になっていた。
「確かにいい頃合いじゃの。そろそろ昼にせんか?」
「そうだね。お昼にしようか」
「あ、お昼ですね。それなら――」
と秀吉と僕が話している横で、姫路さんがカバンを手繰り寄せて、中から何かを取り出し始める。
嫌な予感が全身を駆け巡る。
「実は、お弁当を作ってきたんです。よかったら……」
予感的中。
姫路さんが取り出した大きな弁当箱からは命を脅かすオーラを放っており、彼女のうれしい好意が台無しだ。
「姫路。悪いが俺は自分で作ってきたんだ」
「すまぬ。ワシも自分で用意してしまっての」
「…………調達済み」
即座に自分の弁当を見せる雄二、秀吉、ムッツリーニ。
自衛策は万全のようだ。
「ごめん。僕も自分で作ってきたんだ……」
と作った料理を詰めた弁当箱を姫路さんに見せる。
この身体で姫路さんのお弁当を食べてしまったら、生か死を選ぶこととなる。
彼女の好意を無碍にするのは気が引けるが命がかかっている以上、選択の余地はない。
「そうですか……残念です……」
せっかく作ってきた弁当を言葉では言っていないが、いらないと言われたように凹む姫路さん。
「……………………」
姫路さんは弁当箱を開けて、女の子1人では食べきれそうにないくらいの量を食べ始めようとしていた。
「……ごめん、姫路さん。やっぱりそのお弁当、食べさせてくれないかな?」
「本当ですか……?」
僕の言葉を聞いて、パアッと明るくなる姫路さん。
「お、おい!? 正気か!? 明久!」
「何をやっておるのじゃ! お主は!?」
「…………気は確かか……!?」
姫路さんから弁当箱を受け取った僕を見て、驚きのあまり声を上げる雄二、秀吉、ムッツリーニ。
「だって……せっかく作ってきたお弁当を食べてもらえないなんてかわいそうだよ……」
「死ぬ危険性のあるものに情けをかけるなよ!?」
「だ、大丈夫……これくらい、どうってことないよ」
「お主はどこまで優しいのじゃ……」
「じゃあ、いくよ……」
「…………お人好しは馬鹿を見るとはこのこと……」
箸で目に入った食材を持ち上げる。
うぅっ……目の前で見るとすごい危険な匂いが……。
「そ、それ……じゃあ……い、いただき……ます」
我が人生に一片の悔いなし……!
うぅ……女の子のまま死ぬことになるなんて思いもしなかったよ……。
あまりの恐怖と緊張に涙が出てきたけど、後悔はしない。
「……っだああッ!! それを寄越せ明久! 俺の弁当だけじゃ足りん。姫路、これは俺がありがたくいただく」
「わ、ワシもいただくのじゃ! よく見たら美味しそうなのじゃ!」
「…………前言撤回……!」
口に運ぼうとした瞬間、雄二がそれを弁当箱ごとひったくって秀吉とムッツリーニと共に姫路さんのお弁当に食らいつく。
ゆ、雄二たち……もしかして僕のために……?
突然の行動に驚いたが3人の本意に気づき、その勇気ある行動に僕は心の底から感謝した。
あっという間に全部食べきれるかどうかの量だった姫路さんのお弁当を完食していた頃には、既に雄二と秀吉とムッツリーニは意識を失っていた。
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