突然と表れた『文字』にアリスは戸惑いながらも操作を行う。
確か、この一覧のこの辺だったはずです。
瀕死のアリスがおぼつかない手取りでウインドウを操作するのを見て、殺せんせーには何をしているのか分からない。
それでも、何をやってるのか分からないアリスの行為をやめさせようとする。
「アリスさん!!しっかりしてください!!今先生が応急処置を―――」
「大丈夫ですよ、殺せんせー。……今、治りますから」
「な!何を言って―――――――っ!!?」
殺せんせーの応急処置を拒否したアリスは、ようやく目的の場所を見つけた。
今更ながら、希望に縋るようにしっかりとタップをする。
結果は希望通り。
ざっくりと切り裂かれた傷口は跡形も無く消え去り、身体の調子はきれいさっぱり戻った。
むしろ、今まで以上に身体が軽い、とアリスは思った。
「……アリスさん、それは!」
「どういう訳か、一時的な権限を得たようです」
心当たりはありますが………。
アリスの頭の中にスティーナの言葉が甦った。
『今は何か用があって現れた、と思って下さい。何の用かは後ほど分かる形になっていますので。それをどう使おうと、あなたの勝手です。物語はあなたたちの気づかないうちに、終末へと進んでいくのですから』
何か用があって現れた、とは私に一時的な権限を与える為でしょう。
後ほど分かる、は私がマスターの手によって瀕死に陥ったから一時的な権限が発動したのでしょうか?
それをどう使おうとあなたの勝手、なら私がマスターの助けを行っても、何もしなくても、殺せんせーを殺しても、私の勝手。
でしたら、私は………………
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風月は今、幾つものハブや装備スキルによって誤魔化していた身体の弱さを目の当たりにしていた。
本来ならば、人外となった殺せんせーとの戦闘に生身の人間が肉弾戦を挑んでも勝てない。
ましてや風月の身体は人一倍弱い。
そんな体で戦闘を行った後、誤魔化しが消えたらどうなるのか?
「ぜぇぜぇぜぇ、っう!ゲホゲホ…あぁ!!!」
答えは単純、重度の無理によって筋肉痛どころではなくなる。
何で権限が無くなったの!!?
あぁ!体中がバラバラになるほど痛い!!
初めは権限が無くなった事に対する怒り、嘆きと言った感情だけだったが次第に身体の悲鳴だけが頭の中を占めていく。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛イイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ……………………………………………………………………………………………………………――――――――――――――――――。
今まで感じたことのない痛みに、風月の思考は逆に冷静になって行った。
管理者権限………が無くなった……………………今……………………あの家に……もう……、戻ることは……………………出来ない。
集めた……………………本も……もう、…私の…手には………戻ってこない。
……これから、…私は……どう生きれば……………良いの…だろうか?
……………いや、……………生きる…意味は…もう……失ってしまった。
このまま………………この…痛みを……受け入れたら……私は………死ねる…だろうか?
『テレポート』でないと行き来が不可能な場所に建てた風月の家。
管理者権限を失った風月では、もう二度とその場所に行くことは出来ない。
そう悟った風月は無駄な足搔きを辞めた。
痛みを受け入れて死のうと、目を閉じた。
あぁ、痛みが消えていく。
これが死ぬ……私が何回も望んだ感覚……。
しかし神は風月を簡単には終わらせさせなかった。
身体は軽くなっていくのに対し、意識は一向に薄れて行かない。
むしろ、ハッキリとしていく事に風月は戸惑い、目を開けた。
「何が起こって!!?…ゑ!」
今にも死にそうだった身体は風月の脳の命令によって、いとも簡単に動いた。
痛みが消えたのは幻覚などではなく、管理者権限をもらう前と何ら変わりもない状態に戻っているのを風月は感じとる。
死に掛けだった風月を元の状態に回復させた。
その様な奇跡、神以外にいるのだろうか?
否この場に一人、神の代行者とも言える権限、『管理者権限』を一時的にだが持つ者がいる。
「…マスター」
「どうして…!」
アリスである。
アリスは自分を創ってくれた風月に生きて欲しいと願い、風月の身体を完全回復させた。
どうして?と言われましても、私はマスターに生きて欲しいから助けたのです。
生きて、恩返しをさせて下さい。マスター。
アリスが考え、行動した行いは、それだけを見れば『助けられた者が助けた者の窮地を救い恩返しをしたい』そう見えるだろう。
しかし、死ぬ直前の生き物の命を救うことは、必ずしも救われた物を助ける事になるとは限らない。
風月の事例も同じだ。
死にたい、終わらせたいと願っていた風月に、アリスが己のエゴで風月の命を増やした。
「……死ねない?……………」
結果、風月は壊れた。
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風月が大人しくなったのを確認したアリスは殺せんせーに向き合う。
「この度はお世話になりました」
「いえいえ、先生が生徒を助ける事は当然のことです。ですが、アリスさんが来てくださらなかったら先生は殺されていました。偽りの力であろうと、先生を此処まで追い込んだのは見事でした」
「…。これで良かったのでしょうか?今になってそう思います」
アリスは俯いて殺せんせーに問う。
「いいですか、アリスさん。あの時こうすれば良かった、ああすればこうなったのに。そう考えることは終わった後で幾らでも出来ます。大切なのは、これからどうするかです」
「これから?」
「そう、これからです。アリスさんはどうしたのですか?」
アリスは殺せんせーに問われ考える。
これからどうしたいのか?
そんなこと、生まれた時から決まっています。
「マスターに一生仕えます。それが恩返しにならなくても、私がそう決めたのですから」
アリスに依然聞いた決意を思い出させると、殺せんせーは教室に戻って行った。
「さて、アルバム作りの続きといきますかね」
「ありがとうございました」
アリスは殺せんせーにお辞儀をして見送ると、敬愛するマスターに意識を向けた。
「マスター、外はまだ寒いです。私達も校舎に戻りましょう」
「……………」
アリスは風月に声を掛ける。が風月は一向に動かない。
不思議に思ったアリスは風月に近寄った。
「マス、たー?…!」
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時は経ち、レーザー発射まで後わずか。
アリスと風月を除く生徒達が無事に校舎に辿り着き、柳沢と二代目死神の襲撃があったものの何とか撃退。
そして今、最後の出欠を取っていた。
番号順に名前を呼ばれ、答える。
最後の方になった。
「二十七番若麻績風月さん」
「……………。はい…」
感情のこもってない声がでる。
違う、こもってないのではなくて感情がないのだ。
風月は壊れた。
全てを失い、終わろうとしても終わらない。
風月は考える自我を棄てた。
今、風月の状態を言葉に表せたのならこんな風だ。
アリスや誰かに呼ばれたりしたら、遅くても十秒以内に答える。
排泄や睡眠も取る。
用意さえされれば食事も取る。
しかし何もなければ、時と場合関係なくぼーっとしている。
行動がゆっくりとしている。
目にも声にも生気が漂っていない。
時折、手を動かして何かをしようとするが何もない。
ただ何も感じず生きてるだけ。
風月の状態はそんなだった。
風月から二人呼ばれ、最後に。
「三十番アリス・ホワイトシルバーさん」
「…はい」
殺せんせーにお礼申し上げた後、アリスはマスターの異変に気づいた。
アリスは暗殺を勝手に止めた自分に、何も言ってこないマスターを心配した。
声を掛けても返事はする。
だけど、その声には感情がない。
殺せんせーに相談してみると、時間経過を勧められた。
自分のせいでマスターが壊れた。
そう思い、取り乱すアリスは管理者権限で何かないかと探そうとした。
しかし、管理者権限の一時的な許可は切れた後だった。
「っ!後は自分で何とかしろってことですか?スティーナ様」
アリスは風月と違い、焦ったりしない。
落ち着いてやるべき事を一から見直す。
先生はおっしゃたではないですか。
こうすれば良かったなどの言い訳は、後から幾らでもできる。
大事なのはこれからどうすればいいのか。だと!
アリスはマスターの状態が良くなるのを信じて、この一週間お世話し続けた。
マスターが望んだ『殺せんせーの死』その直前に至っても、まだ状態は変わらない。
先生の死、その直前なら何か変化が訪れれば!と思いましたが…。
仕方ありません、何年でも待ちましょう。
そして、潮田渚の手により殺せんせーは暗殺された。
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風月とアリスが椚ヶ丘中学校を卒業して、七年が経った。
「では、マスター。お仕事に行って参りますので、お留守番の方よろしくお願いします」
「……………うん」
「では、行ってきます」
アリスはとあるマンション一部屋を借りて暮らしていた。
風月を養う為に今日もお仕事に出勤するアリスを後に部屋には風月一人だ。
長いと言えないが短いとも言えない時間が経ってなお、風月の状態は変わっていなかった。
かのように見えた。
風月はアリスを見送ると、一冊の本手に取る。
タイトル名は『殺せんせーのアドバイスブック 若麻績風月編』
風月個人が持っている唯一の本だ。
「……………三回目」
最後のページを読み終えた風月は呟いた。
三回目、もちろん意味は読み終えた回数のことだ。
他のクラスメイトは半分すら読み終えてない中で風月は三回も読み終えていた。
ただぼーっとしていたある日、アリスが本を読ませれば治るのではないか?と思って風月にアドバイスブックを渡した。
それから風月は一人でいる時、少しずつ読み進めていた。
一回目はそこに本があるから本能的に読んだ。内容は頭の中に入ってない。
二回目は内容をきちんと整理しながら読んだ。
三回目は二回目に解らなかった内容を知ろうと読んだ。
そして、三回目を読み終えた今……………
「出来る事を………探そうかしら?」
今回を持ちまして『本好きと暗殺教室』を完結とします。
最後まで読んでくださった方、感想を言ってくださった皆様のお陰で完結することが出来ました。ありがとうございます。
主人公は本が好きシリーズはまだまだ続いて行きます。良ければ他作品、次作もよろしくお願いします。
今までありがとうございました!!