いつかに存在した、博麗の巫女のお話です
こうして書いたことすらも後の世に残ることはないのかもしれない。それでも、私は足掻きたいと思う。だからこそ、私は筆をとることに決めたのだ。
博麗の巫女というのものは血縁や世襲によって受け継がれてきたものではない、あくまであの、スキマ妖怪の手によって受け継がれてきたものだ。博麗の巫女がこの世から消えるとき、彼女、もしくは彼女が組んだ何らかの術によって博麗の巫女の素質を持つ少女をどこかから連れてこられる。人里から、はたまは外の世界から連れてこられた少女はその瞬間に博麗の巫女として生まれ変わる、前の記憶の全てを失って。それは少女が去った後の、彼女がかつていた場所も同様に、そこに居たはずの彼女の一切を失ってしまう。そう、博麗の巫女とは、一人の少女の犠牲の元に生まれるのだ。
そうして生まれた博麗の巫女は幻想郷を幻想郷たらしめている博麗大結界の維持と、幻想郷のなかで生きる妖怪と人間のバランスをとるために生きていく。それは巫女にとって当然のことであり、そのことに一切の疑問を覚えることはない。博麗の巫女にとってそれは、もはや本能ともいえるものなのである。その、本能のままに博麗の巫女は時に凶暴な妖怪を退治する。そのことに一切の疑問を挟むことはないし、例えそれで命の危機に陥ろうとも決して手を引くことはない。まるでそれだけが、彼女たちの存在意義であるというほどに。
そんな博麗の巫女の死は、時としてあっけないものだ。妖怪との戦いで若くして命を落とした巫女もそう少なくはない。いや、むしろ大往生した者などほとんどいない。まるで戦えない巫女に用はないというかのように、歳をとった巫女はややもすればあっけなく、日常の中で突然死ぬ。そうしてまた、新たな博麗の巫女が生まれるのだ。
博麗の巫女と言う存在、それが必要なものなのだということは分かっている。もとより強力な妖怪の側ではなく、非力な人間の側に最強の調停者を置くことは至極当然のことだ。だが、だがである。何故そうあらねばならなかったのだろうか? 何故博麗の巫女と言う存在を造らなければならなかったのでろうか? 気まぐれに私に博麗の巫女というものを教えたあのスキマ妖怪も、このことについては決して語ろうとはしなかった。何故、少女達は自身の存在を奪われなければならないのだ? そして、なぜ博麗の巫女達は最後に全てを奪われなければならないのだ?
博麗の巫女、それは継承するものでありただの一人しか存在しない。それゆえなのか、博麗の巫女はその生涯を全うした瞬間にこの世界から消滅してしまう。これは生命活動を停止したと言う意味ではない、この世界から彼女に関する記憶が消えるという意味だ。巫女としての活躍は残っている、だが彼女自身がどういう女性であったのかという記憶が消滅してしまうのだ。
例えどれ程人に愛された巫女であっても、例えどれ程妖怪から恐れられた巫女であっても、その命の灯火が消えた瞬間に彼女に関する思い出は全ての人妖から消え去ってしまう。試しに誰かに聞いてみればいい、先代の博麗の巫女はどういう人だったのかと。誰もが、例えかつて親友であったものすら、彼女の名前を覚えているものはいないのだ。ただ、先代の博麗の巫女という記号でしか彼女を表すことはできない。これは博麗の巫女を生み出す術の弊害なのか、あるいは最初からそうあるべきとして仕組まれているのか、それはあのスキマ妖怪にしか分からない。かつてを失った少女達は、その後すらも失ってしまう。そんな彼女達は、死してどのような存在となるのであろうか。哀れだと思うと同時に、いつかは私にも訪れるのだと思うとわずかとは言え恐怖というものを感じてしまう。
そうだ、いずれは私にも訪れる結末だ。逃れることの出来ない、確定した未来なのだ。何故このようなことをあのスキマ妖怪は私に話したのだろうか。おおよその見当はつく、私が人を愛したからであろう。上手い手だ、知ってしまえば私はこの愛を諦めるよりほかない。彼と、そしていずれ生まれるかもしれない子に、どのような影響が出るのかが分からない以上、私はこの想いを抱えたまま終わるしかないのだ。ああ、まったく。
私には博麗の巫女という存在をどうこうする事はできない、むしろ私以外の誰にだって何も出来ないであろう。だから私はこうしてこの書を残すのだ。もしかしたらこの先の誰かに読んでもらえるかもしれない、そんな想いをこめて書くのだ。できうる限り私と言いう個性を消して書いた、これならもしかしたら博麗の巫女を表す記憶として認知されないかもしれない。そんな僅かばかりの希望を託して私はこれを残す、願わくばいつかの博麗の巫女がこれを読まんことを。そして願わくば、このどうしようもない決まりすらも越えて、人々の記憶に残る巫女が生まれんことを。誰からも、人からそしてあるいは妖怪からも愛され、決して忘れられることのない少女が誕生することを、私は心の底から願っている。
『博麗 』