東方之短編集也   作:kokohm

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 歴史を食べる、上白沢慧音のお話です



満月の夜に、歴史は変わる

 森の奥の奥、そう易々とは入ってこられない広がりで、それ(・・)は片目を開いて身を起こした。

 

「――客人とは、珍しい」

 

 一言呟き、それは木々の先に目を向ける。

 

「……む?」

 

 それが訝しげな声を漏らしたのも、無理からぬ話であった。何故ならそこにいたのは、知を欲する賢者でもなければ、永劫を夢見る王でもなく、

 

「ひっく、えっぐ……」

 

 泣きじゃくる、幼い少女であったからだ。少女は、それ(・・)の存在に気付いていないのか、ただ顔を伏せて小さくすすり泣いている。

 

 

「ふむ……?」

 

 何故、このような少女がここまで来れたのか。その理由は、すぐに悟る事が出来た。

 

「ほう、これはまた」

 

 何処かおかしそうに、それ(・・)は呟いた。そして、同時に思う。

 

 ――これが、我の求めていた者か。

 

 このような場所で、このような者に会えた。そのことに、それ(・・)は愉快そうに嗤い、そして

 

「――少女よ」

 

 泣く少女に、声をかけた。

 

「……え?」

 

 その声にようやく気がついたのか、少女は不思議そうな声を漏らす。

 

「……ぁ」

 

 顔を上げ、少女は小さく声をあげる。それは驚きの表現としては小さなものであったが、その見開いた目が彼女の心情を如実に表している。

 

「汝、両親を失ったのだな」

「……どうして」

 

 それ(・・)の言葉に、少女はさらなる驚きの声を漏らす。彼女が泣き、そしてここまで来てしまった理由。それを目の前の、白い牛のような妖怪に言い当てられたことに、少女の涙は完全に止まる。

 

「我には、分かる」

 

 重苦しく、それ(・・)は少女に言う。彼女の両親がいなくなった理由、それが歴史に残る(・・・・・)程のものであったが故に、それ(・・)には悟る事が出来たのだ。

 

「――汝、己が両親のことを、正したいと願うか?」

「え?」

「己が両親の罪、……否、間違った罪を、正したいと願うか?」

 

 その言葉の意味を、少女が十全に理解できたかというと、決してそうではなかっただろう。言葉がやや難解であったということもあるが、何より妖怪という存在そのものが、少女の思考を恐怖で淀ませていたのだから。

 

 

 ――だが、それでも、

 

「……お父さんとお母さんが、悪くならないの?」

 

 突如、少女に降りかかった災難。そして、もはや亡き彼女の両親に対する悪意。それを、目の前の存在がどうにかしてくれるのかもしれないと、そのことだけは少女にも分かった。

 

「然り。汝がそれを求めるのであれば、我は汝に力を授けよう。その力をもってすれば、汝らの歴史を正すことも出来よう。――如何する?」

 

 それ(・・)の問いかけに、少女は少しの間目を伏せ、そして――

 

「――ちょうだい」

 

 はっきりと、そう口にした。

 

 ――お父さんたちが、悪くならないのなら。

 

 少女の心は、それだけであった。逃げるように人里から出て、泣きながら歩き続けたその理由。それを直せるのならと、少女は縋る。……欠片も、その言葉を疑うことなく。

 

 

「左様であるか」

 

 少女の返答に、それ(・・)は嗤った。目の前の少女の純粋さと、――愚かさに。

 

 

「であれば授けよう。汝に、歴史を正す力を。――我が力の一端を」

 

 

 

 それ(・・)が大きく吠える。己が力を、その少女に分け与える為に。新たなる歴史の編纂者の誕生を祝う為に。――歴史を失い、そして得る少女の為に。

 

 

「汝が歴史を糧に、汝に歴史を授けん……!」

「――――」

 

 

 その言葉を最後に、少女の意識は永遠に消え去った。

 

 ――そして、少女は歴史から消え去った。

 

 

 

 

 

 

「――確かに、授けたぞ」

 

 そう言い残し、それ(・・)は――白沢は、その場から消え去った。

 

 

 

 

「……」

 

 その場に残ったのは、一人の少女だけであった。

 

 

 

「私は……」

 

 

 ここにいる理由も、今で自分が何をしていたのかも。今が、彼女にはまったく分からなかった。唯一つ、分かっていたことは、

 

「私の、名前は――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふう」

 

 月光の降り注ぐ室内で、上白沢慧音は軽く首を回す。

 

「次で最後にするか」

 

 今日は月に一度の満月の夜、歴史の編纂を行う日であった。月が昇ってから今まで、ずっとやっていた作業の疲れを感じ、慧音は次の編纂を最後とすることにした。

 

「次は……」

 

 最後にと慧音が選んだのは、随分と前にこの里で起こったとある事件であった。

 

 

 

 当時の有力者の夫婦の屋敷に火がつき、それが原因で多数の人間が死んでしまった事件。それは、当時こそその夫婦の所業だと思われ、憎まれていたが、後に別の者によって引き起こされていた事件だと分かった。

 

 当時の住民たちの怒りは深く、その夫婦の一切は否定されていた。その影響の大きさゆえに、その事件は人里の歴史と、幻想郷の歴史として数えられるほどのものであった。幸いにも、その夫婦に子供はいなかった(・・・・・・・・)が、もしいればその子供は大きな悪意にさらされたことだろう。

 

 

 その事件の歴史を正すべく、慧音が編纂に入ろうとしたところで、

 

「……あれ?」

 

 何故か、その頬を涙が伝っていた。困惑し、彼女は涙を拭おうとするが、涙は止まらない。

 

「何故……?」

 

 理由も分からぬまま流れる涙に、彼女はただただ困惑する。まるで意味が分からなかった。

 

 

「……どうして……?」

 

 ――どうして、嬉しいんだ?

 

 

 その心に浮かんだ感情を胸に、彼女はしばし泣き続けた……。

 







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