花々に囲まれる、風見幽香のお話です
「ああ、凄いな、これは!」
私の花畑にそんな声が響いたのは、ある夏の日のことだった。誰だ、と不快さを感じつつ私がその声の方向へと視線を向けると、そこには人間の男が居た。
「あ、もしかしてこの花畑は君が? いやあ、実に綺麗な花だ。僕は花屋をやっている――あれ? やっていた、かな? まあいいや。そんな感じなんだけど、いやあ本当に凄いよ。この花畑は」
誰で、目的は何か。そういうことを私は聞いたはずだったのだけれど、彼は私の質問にそう返した。一応、
「しかし、ここにいる花達は本当に凄いね! それぞれが美しく咲き誇っているのに、それでいて他の花達を排さない。互いが互いを高めあっているって感じだ。うん、実にいい!」
しかも、このようなことを言うものだから、段々と怒っているこちらが馬鹿らしくなってくる。流石に、こうも褒められてしまうと色々とやりにくい。仕方がないので、その日は適当に彼を言いくるめて、穏便に帰すことにした。
「やあ! またここの花を見に来たよ!」
しかし、彼は次の日もまた私の花畑を訪れた。二度目と言うことで、昨日よりも強く言ったつもりだったのだけど、暖簾に腕押しという風で、どうにも上手く行かない。しょうがなく、その日もまた彼を適当に言いくるめて帰した。
だが、また次の日も、その次の日も、彼は花畑を訪れた。昼の少し前に来て、夕方になる前に帰っていく。そんなことが何日、何週間、何ヶ月と続いた。まったく、何故こうもここを訪れるのか、理解に苦しんだ。
ある日、聞いてみたことがあった。この花畑を訪れる理由についてだ。最初に会った時に、彼は花屋をやっているようなことを聞いたので、ここの花を売る事が目的なのかと、そんな風に思ったからだ。しかし、そんな私の問いかけに対し、彼はこう言った。
「何故そんなことをする必要があるんだい? ここにいる花達は、
そう言う彼の目はとても真っ直ぐで、嘘をついているようには見えなかった。だから、私はここでようやく、彼に対し白旗を揚げることにしたのだった。
それからは、私の花畑を管理する人間が加わることになった。勿論、それが誰かは言うまでもない。彼のおかげでこの花畑は、よりいっそう綺麗になったように、私には感じられた。
そのうち、彼を家に泊める事もあるようになった。何せ、彼はわざわざ人里からここまで来ていたからだ。この花畑から人里まで、歩いて通おうと思えばかなりの時間がかかる。道理で、彼が昼を中心とした短い時間しか来ないわけだと、当時の私は思ったわけだ。同時にここの、朝や夜の花達の姿を見れないのはもったいないと、そうも思った。だから、私は彼を家に泊めるようになったのだ。泊まる様に言う度に、彼が何とも不可思議な表情を浮かべていた事を、今でも覚えている。
次第に、彼がここを訪れる間隔が長くなっていった。毎日が二日おきに、数日おきに、一週間ごとに、という風に。最初は、そういうこともあるだろうと思っていた。彼にも、まあ人間関係の付き合いなどはあるだろう、と。しかし、どうにも調子が出ないのだ。彼が来ない日は、どうにも。あれほど綺麗だと思っていた花達も、どこかあせているようにすら感じられるほどに。
ある日、私は久しぶりに訪れた彼に、ここで暮らさないかと聞いた。発作的なものだったような気がする。
「……それも、いいかもね」
そう答える彼の髪には、いつの間にか白いものが増えていた。彼の笑顔は変わらないのに、気付けば彼の顔には皺が生まれていた。その時初めて、私は時の流れを実感した。
その日から、私の生活は変わった。時折、が日常的になることで、これほど変わるかと思った。彼はもう、昔ほど私の手伝いは出来なくなっていたけれど、私達の花は確かに美しかった。
それがどれほど続いたのか、私には分からない。あえて、分かろうとしなかったのかもしれない。何となく、理解した瞬間に、この日々が終わってしまうような気がしたからだ。
だけど、そんなことは関係なかったのだ。
「……今まで、ありがとう」
そう呟いた次の日、彼は目を覚まさなかった。彼が何を思ってその言葉を言ったのか、それも私には分からない。
ひまわりが咲き誇る花畑の中心に、彼の墓がある。墓と言っても、名は刻んでいない。彼の名は、私が覚え続けていればいいと思ったからだ。
墓は今日も、彼が特に綺麗だと言ったひまわりたちに囲まれている。彼が一番好きだと言っていた、ひまわりたちの中に。
時折、彼の気配を感じる事がある。気のせいなのだろうけど、不思議とそういう日は、特に花たちが綺麗なように感じられる。
――ああ、今日も、花たちが咲き誇っている。