侍女のアリィは死にたくない 作:シャングリラ
イエヤスとサヨの、死。
貧しい村を一緒に救おうと共に帝都へとむかった大事な仲間。
しかし途中ではぐれてしまい、帝都での再会は二人がすでにアリアたちの拷問によって致命傷を与えられた後だった。
帝都の闇を間近で見ることになってしまった、あの日のことをタツミは決して忘れない。
だから、二人の死の痛みも、ずっと、忘れない――
「あんた……は……」
「誤解していただきたくないことが一点。私は二人の拷問に対して一切手を出しておりません。私はあくまで、二人をアリアに引き合わせ、彼女の本性を伝えなかっただけ。何もしていないのですよ。二重の意味でね」
加害者ではない。しかし決して善意の第三者なんかではない。
「お前のせいで……お前のせいで、二人は」
「だから私は何もしていないです。私がアリアに教えなかったとしても、何も知らない彼らは帝都の闇に別の形で引きずり込まれていたでしょう。あなたは本当に、運がよかった」
タツミの目は、怒りに燃えている。
確かに自分はあやうくアリアたちの餌食になるところだった。そこを、今は仲間となったナイトレイドに救われたことは本当に運がよかったとしかいえない。
しかし、二人が死ぬきっかけを作ったのは紛れもなく彼女だ。
たとえ直接手を下したのがアリアたちとしても。別の形として彼らが死ぬことになったとしても。
「そんなこと聞いて、俺が黙ってられるかよ……!」
「いいえ、あなたは黙ります。確実にね」
今もアリィは両手で彼の頬を押さえ、顔を近づけている状態だ。
その体勢のまま、彼女は自らの帝具を発動させた。
「イルサネリア」
「!?」
溢れ出す瘴気。
タツミはもがくが、縛られた彼が逃げ出せるわけもなく。
また突然のことだったので思わず彼は瘴気を吸い込んでしまった。これがアカメであったらすぐに息を止めることができたのであろうが、まだ暗殺者としては未熟な面があるタツミはとっさに息を止めるということができなかったのである。
そしてアリィは笑顔を見せる。
すでに感染していたが、あえて瘴気という目に見える形を見せることで彼がアリィの帝具の効果を受けたのだと理解させる。
「今のはっ」
「さあ、あなたには私の帝具の能力がかけられました。あなたは二つに一つを選択することになりますね。イェーガーズや私について、沈黙を守るか。それとも、自分が死ぬことになったとしても情報を仲間に伝えるか」
「俺がその程度の脅しで屈すると思ったのかよ。なめんなよ……!」
タツミがすごんで見せる様子にアリィは肩をすくめてそれに答える。
「人間、死ぬのは惜しいものです。私は死にたくない。ずっとこの気持ちを抱えて今を生きています。だからきっと、あなたもそうなると思いますよ?」
完全になめられている。
タツミはそう思うと悔しくてまた怒鳴り返したくなったが、ブラートの言葉が頭をよぎる。
熱くなるな。冷静に物事を見極めろ。
そうだ、こいつは自分が情報を話すことはないと頭から思い込んでいる。だったらそのまま思わせておいてやろう。
自分は必ずここを脱出して仲間に伝える。イェーガーズのことも、そして迂闊にも今目の前で使って見せた帝具のことも、持ち主であるアリィのことも。
「さて、タツミさん。私からの話は以上です。あなたから私に聞きたいことはありますか? もちろん何でも答えてあげるとはいいませんが」
手を離してアリィは背筋を伸ばし、タツミから離れる。
俯いて黙ったままのタツミを見て、さすがにもう話すことはないか、と彼女は判断する。
さて掃除でもしておくか、と歩き出した彼女の背中に、声がかけられた。
「じゃあ、聞くけどさ」
「……はい。なんでしょうか」
振り返ると、今までとは違いまっすぐな目を向けたタツミ。
その真剣なまなざしに、アリィも今まで笑みを浮かべていた口元を引き締め、まじめな表情になって彼の言葉に耳を傾けた。
「あんた言ってたよな。拷問とかは、アリアとは違って、親の目があるからやってただけだって」
「そうですね。楽しいと思ったことはありません」
「だったら!」
タツミの声が大きくなる。
外道のやつらを見て見ぬふりをするやつだ。多くの人を虐げて殺してきたやつだ。
けど、それでも。
タツミは希望を持って呼びかけた。
「今の帝都がおかしいってあんたにはわかるだろ!? 帝都だけじゃない、帝国すべてもだ! 死ぬのが怖いっていうのはわかる。けどそれが誰よりもわかっているなら、他の民だって同じ思いをしているってわかるだろう!?」
「……はい。私は誰よりも死にたくないと思っています。当然、他の人が同じ思いを持ってもおかしくないと思っています」
「なら! なら、あんただって理解してくれるはずだ! 今虐げられている多くの民を救わなきゃいけないって!!」
タツミは確かに手ごたえを感じていた。
アリィはさっきから何度も口にしている。「死ぬのが怖い」と。
そして、他の人間だって同じ思いであることも理解していると。
なら説得できると思ったのだ。
この帝国は変わるべきである、だからお前も俺たち革命軍の味方になってくれ、と。
エスデスには拒まれた。それは彼女は虐げられる側の気持ちがまったくわかっていなかったからだ。
弱いやつらが悪いのだ、と。
しかし彼女は違う、彼女はむしろ虐げられる恐怖を、今も胸の中に抱いている。
そんな、タツミの希望は。
「……なぜ、他の方々を救う必要があるのです?」
届くことは、なかった。
「なんで、って」
「私は死にたくない。何度も申し上げているとおりです。確かにあなた方革命軍は民の平和のため、人々を救うために命がけで戦っているのでしょう。それが間違いだとは言いません」
しかし、と彼女は続けた。
「なぜ、私の命をかけてまで他の人々を救う必要があるのでしょうか」
「あんたは……それでいいのか? 自分さえ生きていれば、他の民が死のうと苦しもうとそれでいいって!」
「はい」
唖然とした。そして同時に、彼女の本質をまったく理解できていなかったことをタツミは悟る。
彼女はサンディス邸で人々を拷問し殺し続けた。なぜか?
最初は違ったかもしれない。しかしやめることがなかったのは両親に虐げられないため、捨てられないため。
つまり自分が死なないため。
死なないために……彼女は人を殺し続けた。
彼女はもう、他の人間がどうなろうと構わないと思っている。
さらにタツミが聞くことはなかったが、アリィにはまだ革命軍に参加することを拒否する理由がある。
彼女はそもそも……革命をよしとすら、思っていない。
タツミに「間違いだとは言わない」と言ったのはあくまで人を救おうとすることを指すのであって、革命そのものを間違いだとしていないわけではないのである。
だから彼女はタツミの誘いを拒絶する。
イルサネリアに適合した彼女が……
「命がけで戦う戦士や兵士では適合できない帝具」に適合した彼女が、他人のために命をかけるようなことを、するはずがなかった。
「私は、死にたくない」
ただそれだけを言い残したアリィを前に、タツミは今度こそ閉口する。
革命軍の側につくよう説得できると思った自分は間違っていた。
エスデスのほうがまだ可能性があったのだと今なら思う。
自分の命のためならどれだけの命が失われてもいいと、アリィは本気で思っているのだ。
アリィは、説得できるできないかという以前に――人として壊れている。
「お聞きしたいことはそれだけですか?」
タツミからの返事はない。
アリィはタツミに一礼すると、その部屋から立ち去った。
翌日の午後。
アリィの元に、タツミが逃げたという一報が入った。
フェイクマウンテンに狩りに出かけた際、一緒にいたウェイブの隙を突いて逃げ出したのだという。
さらにウェイブはインクルシオをつけたナイトレイドと遭遇、これをとり逃したそうだ。
ウェイブに対するエスデスの怒りはアリィが即逃げ出すほどにひどかった。
ウェイブに拷問を与えた末、今度失態があれば自ら罰を与えると言い渡すほどに。恋人に逃げられただけではなくナイトレイドを取り逃すとは情けない、と彼女は言う。
もちろん、報告を聞いてアリィにはインクルシオの使用者がタツミだとすぐにわかった。
おそらくインクルシオを使って逃亡している最中に運悪くタツミを探していたウェイブと鉢合わせたのだろうと。
しかし彼女はそれをイェーガーズに伝えない。
やがて会議室から全員が出て行く。
ぼろぼろになったウェイブも。
それを見て笑うクロメも。
ウェイブを心配するボルスも。
微笑みつつ何か考え込む様子のランも。
黙ったまま腕を組み片手を頬に当てていたスタイリッシュも。
正義をしっかり伝えられなかったと落ち込むセリューも。
そして、いまだに苛立ちが収まらない様子のエスデスも。
アリィを残し、全員が出て行った。
「ふふっ」
会議室で一人、アリィは笑う。
種はすべてまき終わった。
後は結果を御覧あれ。
全てが、アリィの計画通りに動いていた。
次回、アリィの計画の中身が明かされる。
なぜ、アリィはタツミを見逃したのか。
なぜ、アリィは彼を見逃した上で彼の悪意をかきたてるような真似をしたのか。
そして。
彼女が排除しようとしていた「脅威」とは、いったい誰のことなのか?
予定している番外編の中で、特に優先して書いてほしいものがあれば意見をください
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IFルート(A,B,Cの3つ)
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アリィとラバックが子供の頃出会っていたら
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皇帝陛下告白計画
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イルサネリア誕生物語
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アリィとチェルシー、喫茶店にて