侍女のアリィは死にたくない   作:シャングリラ

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第16話 死にたくなって死にたくない

アリィがタツミに秘密をどう守らせようとしたか。

そこにはイルサネリアの能力を利用した仕掛けがある。

 

イルサネリアの能力は大きくわけて3段階。

1段階目は瘴気を放って細菌を感染させる「瘴気伝染」。

2段階目は感染した細菌が感染者の悪意を判定する「観察潜伏」。

 

そしてこの2段階目においてアリィへの悪意が認められた場合……3段階目の「死相発症」が発動する。

 

悪意といってもいろいろある。

殺意や害意はもちろんのこと、アリィ本人に危害を加えるつもりがなくとも、結果としてそうなる行動をとろうとした場合、それもアリィにとっては「悪意」と判定される。

 

これらはすべて、思想に伴ういわば「感情」であるわけだが……

 

 

 

 

 

 

 

この感情・悪意を、全て「自傷衝動」……さらに程度が大きくなれば「自殺衝動」に変化させる。

これが「死相発症」であり、数々のアリィの危機を退けてきたイルサネリアの能力の正体である。

 

 

 

 

 

 

 

死相発症によって変化した自傷衝動は、悪意の大きさによってその強さも変わる。

また、イルサネリアによる自傷衝動が導く行動には大きく二つの特徴がある。

まず、アリィに危害を加える行動を停止させようとする点、そしてそれまでにとろうとしていた行動に大きく影響を受けるという点である。

 

たとえばザンクは殺さなければこっちが危ない、という追い詰められたが故の強い殺意を持ってアリィの首を切ろうとした。

その結果、自分の首を落とすという衝動に体を乗っ取られアリィではなく自らの首を切り落とした。

 

一方レオーネはというと、殺意こそあったものの彼女が伸ばした腕はつかんですぐに首を絞めて殺すため、とか折るためではなく、ただ単に首をつかむためだけだった。

アリィの父、ゴーザンのように。

だからその手が自分の首に伸びるということはなかったが、殺意を伴っていたため、また彼女の左腕を止めるために右腕が左腕をねじ切る、という結果が出たのである。もしレオーネがすぐ彼女の首を折ろうと考えていたらあの場で彼女は死んでいた。「獅子は死なず」という超再生能力の奥の手を持っていたことを含め、彼女がアリィに殺意を持ったにもかかわらず生き延びたのはただただ運がよかったからなのである。

 

この衝動はいわば本能的、反射的なものに近い。

意思が操られるわけではないため、体が勝手に動くような感覚を味わうことになる。

意識的なものではないがゆえに自分の意思で止めようとすることもまず不可能。

まして普段から欲に従って生きる者や本能が強化された者はなおのこと。

 

さて、ここでタツミについての話に戻るが……。

実のところ、「秘密を漏らす」という悪意だけでは今回のようにナイフで自害する、というほど強い衝動にはなりえない。

 

 

 

この説明をするには、「内心の悪意」について、能力がどう効果をもたらすかという点について話さなくてはならない。

直接的な行動をとった場合にはアリィが実際に体験したようにたいてい自傷衝動によりすぐ相手の行動に出る。

だが、例えば、心の中で「彼女を殺そう」と思い続けたらどうなるか。

これについては、イルサネリアについての記録を元にアリィも罪人を使った「実験」を行い、最近になって詳細が把握できてきたことである。

 

殺害しようとする行動は自ら死ぬという行動に変わる。

傷つけようとする行動は自らを傷つけるという行動に変わる。

では殺そうとする意思はというと……死のうという意思に変わる。

 

「自殺したい」「死んでしまいたい」と思うことはそう難しくはないし、実際に思った人は多いだろう。

だが、それを行動に移すまでには大きな壁が存在する。

 

がけの下を覗き込んで「飛び降りたらどうなるだろう?」と思ったことはあるだろうか。

しかしまず実際に飛び降りてみたという人はいない。

 

だが、この「死んでしまいたい」という気持ちが、どんどん蓄積されていったらどうなるか? やがて限界をむかえた意思は、行動へと変わってしまうのだ。

彼女について害するようなことを考えるだけで死ぬかもしれない……というのはこのためである。

殺意を持ち続けるということは自傷衝動を蓄積させていくということなのだから。

 

 

 

アリィがサヨたちの話を持ち出し、タツミの悪意を煽ったのはここに起因する。

つまり、アリィは秘密を漏らすという悪意だけでは情報が漏れることを止められないと考えた。せいぜいが軽く舌をかむ程度で終わるかもしれない。だから、タツミの悪意を増幅させることで内心の自傷衝動を増幅させたのである。

 

そして、実際にタツミが話そうとした時点で、悪意から変換した自傷衝動は限界を迎えより進んだ行動に転じた。それが、あのナイフを用いた自殺衝動。

 

 

 

 

 

「厄介だな……」

「情報が得られないのも痛いが、レオーネのときと同じだ。想像以上に危険な帝具らしい」

「ほんとアンタ使えないわねー。ただ捕まっただけなんて」

「うるせぇ!」

 

タツミの手からナイフをもぎ取り、恐る恐るアカメ達が手を離したときにはもうタツミの手は止まっていた。

タツミ自身が話そうとすることをやめたというのが大きいだろう。

だが、結果としてナイトレイドは情報を得ることができなかった。

それでもわずかな手がかりからナジェンダは考察を重ねていく。

 

「アリィの帝具は他人の体を操り、自滅させるといった類のものだろう。その詳細についてはわからんが……タツミやレオーネがまだ生きている、ならびに意識を乗っ取られたりはしていないことから限定的な能力だろう」

「何かしら条件があるのかもしれないね」

「スーさん、何か知らない?」

 

話を振られた人間帝具であるスサノオは申し訳なさそうに首を振る。

 

「すまない、俺はその帝具について知らない。だから妙だ、記憶にある限りそのような帝具は存在していなかった。文献に載っていなくてもおかしくないだろう……何かしら事情があって世に出なかった帝具かもしれない」

 

彼の推測は正しい。

イルサネリアは失敗作として判断され、アリィの先祖が解明を試みるもやがて死蔵されてしまった帝具なのだから。

 

「標的にはあげたが、不用意にアリィに攻撃しないほうがいいのかもしれんな。条件がわかるまでは私たちが直接彼女に攻撃するのは避けるとしよう。情報収集に徹する」

 

 

 

 

 

 

「――と、いうあたりでしょうか。ナイトレイドの出方は」

 

まず自分の帝具について詳細はわからないはずだ。

アリィは、一人部屋で考える。

 

さすがにタツミ・レオーネと例が二つもあればイルサネリアの能力をある程度までなら推察することはできるだろう。ナイトレイドを率いるナジェンダ元将軍は帝国にいた際、優れた知将として名をはせたという。

だが、あくまで推察にとどまるし、何より彼らの悪意が引き金になること、そしてその悪意の判定基準は自分にあること……ここまではわからないはずだ。

 

しかし反撃を受けるカウンターに近いものとは考えるかもしれない。

それはそれでいいのだ。自分への攻撃を相手が控えるというのならそれに越したことはない。

自分の危険が減るというのは当然アリィにとって歓迎すべきことだ。それだけでもタツミをナイトレイドの元に返した甲斐があるというもの。

 

「そのための被害も、今後の危険がなくなるとなれば些末なことです」

 

アリィはスタイリッシュの研究室から持ち出した資料のうち、一冊のファイルを取り出す。

ランに気づかれないよう、隠して持ち出したファイル。

それは主に侍女たちの血液検査の資料などがまとめられていた。

他にも空気の検査や、細菌についての考察……などなど。

 

「まさか、私が侍女だからと、私が関わることの多い方から調査をしていたとは」

 

スタイリッシュは本人から許諾を得られないからと、宮殿にいるほかのものから少しでもアリィの帝具について情報を集めていたようである。

彼女の能力の概要はスタイリッシュも知っていた。なので、何を調べればいいのかわかっていたのはさすが研究者というべきであろう。

 

「だからあなたが悪いんですよ? 私はイルサネリアの力が無効化されるのを恐れただけ。私の身を守るためには仕方がないことなんです」

 

そっとファイルをランプの元に近づけ、火をつける。

ゆっくりと燃えていくファイル。

今は使っていない暖炉に燃えるファイルを放り投げると、彼女はゆっくりとその炎を見つめていた。

 

「さようなら、Dr.スタイリッシュ」

 

火が消えるまで、ずっと見つめる。

自分の首に巻かれた帝具……イルサネリアをなでながら。

 

 

 

 

 

 

ナイトレイドに襲われるよりも前、まだ両親が生きていたころ。

この帝具……死相伝染イルサネリアを首につけた時。

彼女の中に、強大な思念が流れてきた。

 

『死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にタくない死にたくナイ死にたクナい死にたくない死ニタクナイ死ニタくない死にたくない死にたくない死にタクない死にたくない死にタくない死にたくない死にたくない死ニタくない死にタクナい死にたくない死にタクない死ニたくない死ニたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死ニたくない死にたクナい死にたクない死ニタくない死にタクナい死にたくナい死にたくない死にたくない死にたくない死にタクナい死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死ニタクナイ死にたくない死ニタクない死にタクない死ニたくない死にタクナイ死にたくない死にタクない死にたくない死にタクない死にたくない死にたくない死にたくナイ死にたくない死にたくない死にタクナい死にたくない死にたくない死にたくない死にたクナイ死にたくない死にたクナイ死にたくない死ニタクナイ死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死ニタクナイ死にタクない死にたくない死にタくない死にたくない死にたくない死にたくない死ニタくない死にたくない死にタクない死にたクない死ニたくない死にたくない死にたくない死にたくナい死にたくない死にたくない死にたくない死にタくない死にたくない死ニタくない死ニたくない死にたクナい死にタくない死にたクナい死にタクナい死にたくナい死ニタクナイ』

 

折りしもザンクが聞いた、あの声。

あれはアリィの声だけではない。同時にイルサネリアの思念でもあったのだ。

そう、イルサネリアの帝具の素材となった危険種……パンデミックの本体こそ死亡はしたが。その肉体、素材はまだ生きていた。パンデミックの怨念が宿るかのように。

 

この首輪をつけた人間の気が狂ったのはこの暴虐ともいえる恐怖のためだ。

流れ込む膨大な死への恐怖。ほとんどの人間がこの恐怖に飲み込まれ、すべてを恐れ、そして狂った。

それはかつてイルサネリアをつけようと挑んだ者も、ゴーザンが拷問で使ったときも同じ。

 

こんなものが、死を恐れては何もできない兵士たちに適合するわけがない。

命を懸けて戦うものたちに適合するはずがない。彼らは恐怖にすくめばそこで終わりなのだから。

精神力の強い一握りの屈強な戦士たちはまだ意識を保つことができた。

しかし、それはそれでイルサネリアに認められることはない。

 

彼らは恐怖に抗った。それはつまり、イルサネリアの意思に抗ったということ。

当然適合するわけもなかった。

 

これが、イルサネリアが失敗作とされた理由。

帝具はもともと、「帝国を守るため」に開発された武具。

しかし、それを使うべき帝国の兵士は誰も使うことができないのだ。なぜなら、命がけで戦う彼らとイルサネリアは相容れることがなかったのだから。

帝国を守るための武具としては、完全に失敗作としか言いようがなかったのである。

 

だがアリィには適合した。

それは彼女が恐怖に耐えたわけでも、乗り越えたからでもない。

 

 

 

 

 

 

「あぁ……そうですね。死ぬのは、嫌ですね」

 

 

 

 

 

まるで母が子を抱くときのように。

人が人を愛するように。

 

彼女は、イルサネリアの恐怖を受け入れた。あの膨大な恐怖に狂うこともなく、当然のものとして彼女は恐怖と共存した。

だって、それはずっと彼女の心の中にあったものだから。

ザンクが聞いたのはイルサネリアの声だけではない。あの恐怖は、イルサネリアをつける前からずっとアリィの心の中で膨れ上がっていた恐怖でもあるのだから。

 

そして今もアリィはイルサネリアをつける。

きっとこれからもつけ続ける。

 

彼女がいつか死ぬ、その時まで。




ようやく出せた、イルサネリアについての詳細。そしてイルサネリアが失敗作となった理由。
説明回が長くなったのは申し訳ないです。

イルサネリアをつけたときのシーンは、エスデスがデモンズエキスを得たときを想像してもらえればイメージがつかめるかと。
もっとも、適合の仕方はだいぶ違うわけですが。

といっても、今回見せたものがイルサネリアの全てではありません。
第3段階には「裏技」というべきものが別途存在しており、また「奥の手」も明かしていません。

これはおそらく、最初のイェーガーズVSナイトレイドの激突で見せることになるでしょう。
新型危険種の騒動の後、ついに物語は原作と大きく違った道をたどることとなります。

予定している番外編の中で、特に優先して書いてほしいものがあれば意見をください

  • IFルート(A,B,Cの3つ)
  • アリィとラバックが子供の頃出会っていたら
  • 皇帝陛下告白計画
  • イルサネリア誕生物語
  • アリィとチェルシー、喫茶店にて

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