侍女のアリィは死にたくない   作:シャングリラ

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第18話 衝突の日が迫って死にたくない

イェーガーズ会議室。

現在はウェイブとクロメの二人が椅子に座っている。

 

「ウェイブくん、クロメちゃん。お茶が入ったよ」

「一緒に食べられるようお菓子も用意してあります。よければどうぞ」

 

そこへおぼんにお茶をのせたボルス、そしてお菓子の入った皿を持ったアリィがくる。

侍女であるアリィはもちろんのこと、家庭的な面があるボルスはこうしてアリィを手伝い飲食物を用意することがしばしばあった。

 

「あっ、ありがとうございます! いつもすみません」

「わーい、お菓子だ!」

「いいのいいの、私は好きでやってるんだから」

 

ボルスも椅子に座り、三人でお茶を楽しむ。

アリィも一緒にどうかと誘われたのだが、アリィはあくまで自分は侍女だと言い、誘いを断ってなくなったお茶を注ぎなおしたりと給仕に務めている。

 

「しかし、あの人たち、せっかく助けてもらったのに見た目だけでボルスさんのこと判断して……」

「ウェイブがそれ言えるの?」

「最初にやってきたときは冷や汗だらけの顔をしていましたね。私が間に入らないと自己紹介どころか会話もできなかったのでは?」

「うぐっ! そうだったっ……。でもボルスさん、こんなに優しいのに」

 

その言葉に、ボルスの動きが止まる。

わずかに息を吐くと、暗い雰囲気をただよわせたまま口を開く。

 

「ウェイブくん。前にも言ったけど、私は優しくなんかないよ……」

 

ボルスはイェーガーズに入る前は、焼却部隊に所属していた。

その頃は命令さえあればなんだって燃やした。人を襲う危険種も、疫病に犯された村も、罪人として磔にされた人々も。

しかし彼はその手を汚し続けた。それがお仕事だからと。

誰かがやらなくてはならないことだから、と。

 

「だからきっと、私はきっと多くの人から恨みを買っていると思う……」

「ボルスさん! よ、よければつらいことがあるなら俺が話を……」

「ボルスさん」

「わかっているよアリィちゃん。いつ報いを受けてもおかしくない、殺されても仕方ないって思ってた。でも」

 

ばたん!

そこへ急に扉が開く。

扉の前にいたのは長い髪をなびかせた美しい女性と、にこにこと笑うかわいらしい女の子。

 

「パパー!」

「あーなたっ!」

「ややっ!? どうしてここに!?」

 

そう、その二人はボルスの妻・エリシアと娘のローグ。

突然の家族の来訪に驚いた声をあげて近寄るボルス。その姿を見ながら、後ろではウェイブとクロメがやはり驚きで固まっていた。

確かにエスデスが参考にと恋愛経験者がいないか確認した際妻帯者であると言っていたが……まさかこんなに美人だったとは!!

 

「あなたったらお弁当忘れていたでしょ?」

「パパのうっかり者ー」

「はっはっは! これはしまった!」

 

娘を抱き上げたボルスは、自分たちを見つめる面々のほうに向き直ると笑って(といっても覆面で表情まではわからないのだが)言った。

 

「ありがとうウェイブくん。でも、妻も娘も、私がどんな仕事をしているか知っていて、その上で応援してくれているの。だから私は辛いことがあっても、家族がいれば全然平気!」

「うおお……眩しい……!」

 

そこにあったのは、紛れもなく理想的な家族の形のひとつ。

その眩しさに思わずウェイブは目を押さえる。アリィも彼の言葉、そして幸せそうな三人を見てわずかながらに顔を綻ばせた。

 

(私が言った言葉で、彼が前を向けていると言うのなら私にとっても嬉しいことです)

 

そして思い出す。かつて両親が生きていた時の頃を。

地下室に案内されたあの日、自分は両親の裏の顔……いや、真の顔を知った。

最初は恐怖した。自分の知らない、こんな恐ろしい面があったのかと。その後も両親の趣味に反対したら、興味がないことを知られてしまったら自分は見捨てられるのではないか。そう思うとついぞ自分の心を正直に伝えることはできなかった。

 

しかし……確かに、彼女は愛されていたのだ。

両親は確かに、アリィを愛していたのだ。

 

ボルス一家を見ていて、アリィもやはり眩しそうに目を細めていた。

 

 

 

 

 

「平和です。すばらしいです。最高です」

「私としては緊急事態だと思うのですが……」

 

ランがあきれた声を出す。

ボルスの妻と娘が訪れた数日後。新型危険種の殲滅もだいぶ進行してきたときにエスデスが行方をくらますという事態が起こった。

代行してランが指示を出しており、その関係上大臣との連絡役もかねるアリィと会話することが多くなる。

 

そのアリィはというと、ことあるごとに自分をトラブルに巻き込んだエスデスがいなくなって実にのびのびとした生活を送っていた。

彼女がいないだけでこうも精神的に楽になるとは彼女自身驚きであった。

 

「ですが、部隊はしっかり回っているのでしょう?」

「それはそうなのですが……」

 

あくまでまじめな態度を崩さないランに、アリィは少しため息をついた。

自分も堅物の類ということは分かっているが、やはりエスデスがいないことで相当気が緩んでいたらしい。

 

「では、まじめな話をしましょうか」

「!」

 

アリィが表情を変えたことで、ランもまた背筋を伸ばす。

現在のイェーガーズにおいて、アリィはあくまで侍女でありメンバーですらない。

なのに。今ランは、エスデス同様上司を前にしているような緊張感を味わっていた。

 

「まずエスデス将軍のことについてですが、本当にしばらく放置していていいと思います。彼女はスタイリッシュと違い個人の戦力、サバイバル技術、共に高い。おそらく障害があって帰れないという程度で条件さえそろえばすぐ帰ってこれるでしょう」

 

アリィの推察は正しい。

さらに言えば、彼女は帰れないというより帰ろうとしていない、というほうがより正確である。

何せ現在、孤島で最愛の少年と二人生活をしているのだから。

 

「そう、でしょうか」

「えぇ。私があなたと話しておきたいのは別件です。新型危険種ですが、大まか片付いたのですよね?」

「はい、あと隊長と話したのですが」

 

新型危険種……その正体はどうやら、人間である可能性が高いということ。

人間を危険種にできるのは帝具の力の可能性が極めて高く、さらにその技術とあわせ一番怪しいのが先日行方不明となったDr.スタイリッシュであること。

さらに研究室が予想以上に淡白だったことからほかに研究所があり、そこから出てきたのではないかということ。

そして――

 

「そこから鍵を解き放った誰かがいるかもしれない、というのが隊長の見解です」

「なる、ほど。そうですか」

 

新型危険種を解き放つ真似をする危険な人物。

ナイトレイド含む革命軍? その可能性は低い。

民に危害を加えるのは彼らの思想から考えてもおかしい。今回の下手人は明らかに被害が出ることを全く気にしていない節がある。

 

結局その時には考察を進めることができなかった。何しろ情報が足りない。アリィも元暗殺部隊のメンバーで構成した隠密部隊をすでに運用しているが誰によるものかまではわかっていなかったのだ。

しかし、この人物について、エスデスの帰還と共に情報がもたらされることになる。

 

「傷跡……顔に、ですか?」

「あぁ。十字傷、というよりバツ印のような傷だったな。そいつが空間を操る帝具によって私を孤島に飛ばした。さらに新型危険種についても知ってそうだったのだがな」

 

今回の騒動の原因……エスデスの推察した危険種を解き放った人間、それはまず彼女が遭遇した人物で間違いないだろう。

さらに言えば……その人物についてはすでに情報が上がっている。あまり喜ばしくない情報が。

 

(……これはまず情報を整理したほうがよさそうです。そのあと彼にも伝えておきましょうかね。約束ですし)

 

 

 

 

 

さらに数日後。廊下でアリィは報告に向かう途中だったらしいランを見つけた。横に並ぶと、小さな声で話をする。

 

「例のピエロですが」

「!!?」

 

その言葉だけでわずかな殺気が漏れる。

殺気を収めるよう強くにらんでから、アリィは話を進めた。

 

「途中から情報が遮断されている節があります」

「まさか、どこかで権力によって」

「その可能性を強く見ています」

 

やはりこの帝国は腐っている。

ランとてそれは分かっている。しかし彼は革命軍に入って血を流すやり方よりも、中から帝国を変える道を選んだ。

エスデスをはじめ権力者に取り入り、また手柄を立てようとするのもより上に行くためだ。

 

「確証は持てませんが……これを」

 

アリィが手渡したのは、先日エスデスが話した内容を正式に証言としてまとめた書類。

ランは不思議そうな顔をして中身を読む。どこにも彼が追っている男の影はない。

 

「これは」

「今すぐ効果があるとは私も思っていません。しかし……私のもとに寄せられた報告では、その男と接していた可能性が示唆されています。そしてその傷の男が私の予想通りであれば」

 

帝都に来ます。いつか、必ず。

 

彼女の言葉に、ランは眼を鋭くする。

そしてようやく彼女の真意をつかみ、大事に書類をしまう。

 

「わかりました。その時に使えるようにしておけ、と」

「さすがランさんは頭が回りますね」

 

このあたりでようやくランの目的地に着いた。

そこはエスデスの部屋。

アリィ自身に用はなかったものの、ランがいつもより険しい顔をしてエスデスの部屋に向かっていたため、その情報を一緒に聞くことにしたのだ。

 

部屋に入ると、エスデスは一人ノートに書かれた何かを読んでいた。

何もしゃべらぬエスデスに、ランは静かに話しかける。

 

「隊長。ナイトレイドのアカメやマインと思われる人物が、東のロマリー街道沿いで目撃されたそうです」

 

その報告に、エスデスはぱたりとノートを閉じる。

帽子をかぶりなおすと立ち上がり、ゆっくりと二人のほうへ歩いてきた。

 

「アリィ。イェーガーズ全員を招集しろ」

「かしこまりました。エスデス将軍」

 

 

 

 

 

 

 

人が次第に朽ちいくように、国もいずれは滅びゆく――

 

新国家の誕生を目指す者たちと、国を守る者たち――。

そして、己の安寧と平穏を祈る少女。

 

思想、理念、目的、全てを違えた彼等は

避けられぬ運命によって、衝突の日を迎える。

 

必殺の武具をその身に纏い、己の決意を胸に秘め、

決戦に挑む。

最凶の首輪をその首に巻き、己の死を恐れ続けて、

少女もまた、戦いの中に巻き込まれていく。

 

ナイトレイド、現在8名。

イェーガーズ、現在6名。

侍女、1名。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この戦いの果てに、命を落とすのは――3名。




次話より新章とするか、迷いました。
しかし……考えた結果ロマリー街道決戦編まではまだこのまま、第2章とさせていただきます。

第1章の最後である10話に、第2章「アリィ暗躍編」の影が見えたように。
第3章「アリィ●●編」の幕開けに一番ふさわしいのはやはりこの戦いの結末なのです。

そして、もうすでに皆さんお察しの通り。
この戦いの結末は、原作と大きく違う道をたどることとなります。
読者の皆さんがいい意味で「え?」「は?」という顔をしてくださることを祈っています。

予定している番外編の中で、特に優先して書いてほしいものがあれば意見をください

  • IFルート(A,B,Cの3つ)
  • アリィとラバックが子供の頃出会っていたら
  • 皇帝陛下告白計画
  • イルサネリア誕生物語
  • アリィとチェルシー、喫茶店にて

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