侍女のアリィは死にたくない 作:シャングリラ
ナイトレイドが次なる標的としたのは、ボリックという男だ。
安寧道という宗教団体が近々一斉蜂起を行うことになっており、革命軍もそれに乗じて帝都への襲撃をかける予定であった。
しかし……ここで出てくるのがボリック。安寧道のNO.2であった彼はオネスト大臣のスパイであったのだ。彼は教主を殺して自分がトップに成り代わることをたくらんでおり、また信者たちを少しずつ薬漬けにして操る外道でもあった。
このため、ナイトレイドが彼を殺すことに決めたのだ。
そして、同時に。
「この機会に……イェーガーズを狩る」
ボスであるナジェンダは重い言葉で告げる。
彼らは彼らで自分たちの正義に従っているのだろう。
帝国を守る。その正義は、ナジェンダも認めるところである。
だが、だめなのだ。ナイトレイドとイェーガーズの正義は決して同じ方向を向いてはいない。
今の帝国を変えなくてはならない。その理念をかかげたのが革命軍であり、ナイトレイドなのだから。
「具体的にどうするの?」
「アカメとマインは帝国に顔が割れている。私も含めてな。故にあえて私たちを目撃させ、情報を流す」
「おびき出す、ってことか?」
あぁ、とうなずく。
危険な賭けだ。自ら戦いを呼び込むことになるのだから。
しかし……イェーガーズが脅威であるのは紛れもない事実。ボリック暗殺の際も彼らとぶつかる可能性が高い。
ならば、先手を打って罠にかける。それがナジェンダの考えた、一番勝機のある作戦だった。
「二手にわかれ、それぞれを目撃させる。場所はロマリー街道。その後東と南にそれぞれ向かう姿を目撃させるんだ」
「相手を分散させるってこと?」
「そうだ。全員と全員でぶつかり合うのは危険だからな」
東には安寧道の本部があるキョロク。南は革命軍の本部をはじめ革命軍に協力する町が数多く存在する場所だ。
ナイトレイドの人間がどちらに向かってもおかしくはない。
そして、と彼女は続ける。
これこそが作戦の肝。
「私たちは……ここで待ち伏せをかける」
地図の一点をナジェンダは指差す。
森や岩山だらけの地域で、かつ一本道を崖が囲んでいる地帯だ。ここで襲撃をかけることができれば確かに相手が逃げるのは困難であるだろう。
「で、メンバーは? 二手にどうわけるの?」
「わけない」
マインの問いに、ナジェンダはすぐさま返した。
相手を分けた上で……かつ、全員で襲撃をかける。確実に勝利するため、そしてこちら側の被害をなくすために。
これがナジェンダの決断だ。
「チェルシーには遊撃、そしてラバックには空の警戒を頼む」
うなずく二人。
他のメンバーにも、緊張が顔から読み取れる。
相手は、全員が帝具使い。簡単に倒せる相手では断じてない。
それでも、戦わなくてはならないのだ。革命を成功させるために。
「敵を分断し、その一方を……全員で叩く!!」
(――と、相手は動くつもりでしょうが……彼女、それはわかってるんですかね?)
アリィは本気で、エスデスの指示通りイェーガーズについてきたことを後悔していた。
話はイェーガーズが出動する前までさかのぼる。
今回の出動にも、アリィは当然ながら宮殿に残るつもりでいた。
誰が好んで戦場となりうる場所へ出向くというのか。
だが、ここでエスデスが待ったをかけてきたのである。
「アリィ。今回はお前にも出てもらうぞ」
「は?」
イェーガーズの会議室において、開口一番に言われたのはよりにもよって出撃命令。
当然アリィは異議を唱える。
「私はあくまで侍女であって、イェーガーズのメンバーではないのですが」
「だが、お前はイェーガーズのサポートを命じられているだろう? それがイェーガーズに入らない条件でもあったはずだ。ならばお前には戦場についてきてでもサポートに出る義務があるはずだ。たいていは見逃してきたが、今回はナイトレイドが出てくる決戦だ。イルサネリアという強力な戦力を見逃すつもりは私にはないぞ」
ぐ、とアリィが言葉に詰まる。
確かに大臣は言っていた。「部隊に入れとは言わないが、特殊警察における侍女として働いてほしい」「エスデス将軍にもこの条件で納得させた」と。
だが彼女としては何としても回避したいところ。
「私はあくまで、”侍女”として働くはず。つまり宮殿内の仕事でしかないのでは?」
「違うな。侍女が働くのは宮殿だけではないだろう? 私たちは何も常に野外活動ばかりというわけでもないんだ。キョロクに着いても侍女の仕事がないといえるか?」
「そもそも戦力として数えるのが間違っていると思うのですが」
「ああそうだ。だからあくまで戦場に出ろとだけ言っているんだ。お前から前線に立てと言いたいところだがさすがにそれは何を言っても無理だろう。しかしそれなら後方で補助をしろと言っている。お前のほうに敵が来た時だけ蹴散らせ。不利なら退却したっていい。特攻しろと言っているわけではないしお前を殺そうと思っているわけでもない」
結局エスデスを説得することはできず、さらに侍女としての最低限の務めを果たさないならメンバーとして正式に活動しろとまで言われた。
さすがにそれだけは避けたい。
結果、アリィは折れるしかなかったのである。
出動する前、アリィは皇帝の昼食を給仕する際、自分がエスデスたちとともにロマリー街道、そしてキョロクへ向かうことを伝えていた。
アリィが危険な場所についてくことを承諾したと聞いて、皇帝もオネストもたいそう驚いた。
しかし、もちろんアリィがただ現状をよしとするはずもなく。
「もちろん可能ならば行きたくないのですがね。しかし今すぐに私がどうこうできる問題では残念ながらなさそうです。ですが、帰ってきた後は」
「えぇ、わかっております。先ほどの件、考慮しておきます」
「うむ。エスデス将軍なら失敗はないとは思うが、万一もある。余はアリィの味方だからな、任せておくがいい」
ただ、と皇帝はアリィを手招きする。
なんだろう、と内心では首をかしげつつもアリィは彼のもとに近づく。
皇帝の横にアリィが立つと、彼はおそるおそるアリィの両手に自分の両手を伸ばし、ゆっくりとその手を包み込んだ。
「アリィ。余は、帝都で待っておるからな」
「はい」
「必ず、無事に帰ってくるのだぞ。余との約束だぞ」
「……はい」
不安げに揺れる少年の目に、侍女は穏やかに微笑んで見せた。
そしてロマリー街道。
報告によるとナジェンダはそのまま東へ向かい、アカメが南に向かったのが報告されている。
そこで、エスデスを中心とした作戦会議が開かれたわけだが……アリィは正直呆れていた。
ここで先ほどのアリィの心の呟きに戻るのである。エスデスは本当に分かっているのか、と。
エスデスも馬鹿ではない。だからこの目撃情報がナイトレイドの誘いであり、罠であるということはわかっていた。
だがそこからがアリィとしてはいただけない。
よりにもよって、エスデスは罠とわかっていてなおかつ「部隊を二つに分ける」ということを言い出したのだ。
敵を分断させるなど襲撃を成功させるために決まっている。にもかかわらず、エスデスはそれをした。
理由も聞くにたえない。「罠ごと叩き潰せばいい」?
まったく持ってリスクを考えていない。戦力を減らしておいて、罠を仕掛けてきても破れるなどどうしてそう安易な自信をもつことができるのか。そもそも退却していいとは言うが相手がそれを許すような罠を仕掛けるものだろうか?
エスデスの狩人思想にはまったくもってついていけなかった。
(いつもなら黙っておくのですが……)
今回ばかりは自分も当事者。
ゆえに黙っておくことはできなかった。
「私とセリューとランはナジェンダを追う。クロメとウェイブとボルス、それにアリィはアカメを追え。帝都に仇なす最後の鼠だ。着実に追い詰め、仕留めてみせろ!」
「「「了解!!」」」
「ならば、あなたの采配は間違いでしょうに」
アリィの言葉に、エスデス含めイェーガーズ全員が一斉に言葉を失って彼女のほうを見る。
微笑む彼女。しかし、その目に光は一切ない。
「罠とわかっているのならなぜその先まで考えないのですか。相手が二手に分かれるというのはこちらの戦力を分けるためでしょうに」
それは明らかに、エスデスの指示を批判する言葉。
「しかもその分け方が本当に言葉もありませんね。ナジェンダというリーダーが動けばあなたは必ずそちらを追う。だってあなたは一番大きな獲物をほしがりますものね? さらに言えばそもそも戦力分断させる意味はなんです? そこを叩くためでしょうに。フェイクという言葉を知らないのですか? 分断させたうちの片方を全戦力で叩いて確実に」
まさしく、先ほどのエスデスの言葉の通りだ。
着実に追い詰め、そして仕留める。
「まぁ相手はほぼこちらが戦力を分断させると踏んでいるのでしょうね。さすがは知将と謳われたナジェンダ元将軍。彼女とは言葉を交わしてみたかったものです」
僅かに冷気が漏れ出したことに、イェーガーズのメンバーは気づく。
もちろん顔も真っ青になっていく。
ただ一人、エスデスだけは顔をうつむかせその表情を見せない。
いっそ死にたくなるほどの怒りを覚え、同時に自分がイルサネリアの能力に侵食されていることに気づきさらにいらだちが募る。
やはりアリィを無理やり連れだした代償はあったようだ。
もちろん、それで怒りが消えるわけでもないのだが。
「あなたなら罠とわかってもそのまま飛び込んでくるとわかっているのでしょうね? 獲物が二手に分かれるならそのまま二手に追いかければいい。そんなエスデス将軍の考えは獣の発想そのままだろうと彼女はよくわかっていらっしゃるようで」
イェーガーズのメンバーはすぐさまその場から走り出す。
もちろんアリィも走り出す。
ロマリー街道に轟音が響き、続いて怒りのままに叩き折られた街路樹が大きな音とともに倒れこんだ。
不思議なことに、その街路樹は凍りついたのちさらにばらばらに砕けていたという。
今回、アリィは不本意ながらもロマリー入りすることになりました。
もちろんエスデスもただではすんでいません。
イルサネリアによって思想が侵食され、「死にたい」という気持ちが僅かに浮かぶようになっています。
もっとも精神力は本能的とはいえそこそこ強いのでこれだけでは死にませんが。
アリィの口出しによって、イェーガーズの戦力わけにわずかながら変化が起きます。
ただエスデス将軍はアリィの言うがままになるのも嫌なので戦力を二つに分けるのはそのままです。素直になっておけばよかったのに。
具体的にどう変わるかは次回で。
予定している番外編の中で、特に優先して書いてほしいものがあれば意見をください
-
IFルート(A,B,Cの3つ)
-
アリィとラバックが子供の頃出会っていたら
-
皇帝陛下告白計画
-
イルサネリア誕生物語
-
アリィとチェルシー、喫茶店にて