侍女のアリィは死にたくない   作:シャングリラ

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第22話 詰んだ状態で死にたくない

少し話は巻き戻る。

ロマリーでエスデスとラン、ウェイブとセリューとボルス、そしてアリィとクロメの3組に分かれたときのことだ。

 

エアマンタに乗ってすぐ移動……と思いきや、アリィはエアマンタは個別に空から移動させ、自分たちは森に入ると言い出したのだ。

正直、アリィが自ら行動するとは思っておらずクロメは驚いた。まして森なんて危険ではないのか? と。

 

「どういうことなの?」

「いいですかクロメさん。今回のナイトレイドの行動は罠だというのは、先ほども言ったとおりです」

「でも、分かれたように見せかけて分かれてない、っていうのがアリィさんの考えだけどその根拠って何?」

 

罠を想定するのはわかる。

しかしアリィの指示はナイトレイドがこのような罠を仕掛けている、という前提のものであり、罠の内容について確信めいたような様子から出されたものだ。

アリィに限ってナイトレイドとつながっているとはとても思いたくないが、隠密部隊でもそのような情報が得られたとは考えにくい。

したがって、何か理由があってその考えに至ったということになるのだ。

 

「では移動しながら説明しましょう」

 

森の中のためエアマンタは使えない。

しかしアリィにクロメのような運動能力はなく、とても彼女の速度にはついていけない。そのため、クロメは死体人形の一人でありかつての暗殺部隊の仲間、ナタラを出すとアリィをおんぶさせた。

 

「もちろん、エスデス将軍も言ったようにロマリーで二手に分かれたという情報は罠だ、という前提で考えていきます。二手に分かれた場合、エスデス将軍の考え方からして、戦力を分けてどちらも追いかけようとする。つまり戦力を分断させようというのが彼らの狙いでしょう」

 

それはクロメにもわかる。

しかし、この片方がフェイクだとなぜ言い切れるのだろうか? ナイトレイドも戦力を分け、少人数戦を仕掛けてくる可能性があるのではないか?

そう告げると、アリィは首を振った。

 

「それは、相手がこちら側の情報をしっかりつかんでいた場合の話です。仕掛けるのはあちら側なんですから、より相性のいい組み合わせでぶつけたいはず。しかし彼らにはこちら側の情報がないんですよ」

「え?」

「もちろん、イェーガーズのメンバーが誰か、くらいなら情報をつかめたかもしれません。しかし帝具の情報までつかむことはできていないでしょう。私も情報が漏洩しないよう少し細工をしましたし」

 

もちろんこれはタツミに対する口封じの一件だ。

しかしクロメにも、タツミがナイトレイドだと知っていたという情報は漏らさない。下手に疑われるのを避けるためだ。

 

「さらに言えば。こちら側がどうメンバーを分けるかということまでは相手にわからないのですよ。したがって、分断して少人数戦を仕掛ける可能性は低い。では情報が少なく、実力は高いと警戒する相手の戦力を分断しました。さぁクロメさん問題です。より生存率の高い襲撃をするにはどうすればいいでしょうか?」

 

あ、とクロメが声を漏らす。

彼女は暗殺部隊の出身だ。さらに強化組ではあったが後に選抜組に昇格したゆえに、似たような襲撃も経験したことがある。

 

「分断した戦力を、より多くの戦力で襲撃する……」

 

よくできました、とアリィは笑った。

 

「納得してもらえましたか?」

「うん」

 

やっぱりアリィさんはすごい。クロメの中でさらにアリィに対する尊敬度が増す。

続いて、アリィは森に入った理由の説明を始めた。

 

「全戦力を投入してくるのはまず間違いないでしょう。しかし、だからといって全員が正面から襲ってくるでしょうか?」

「……奇襲を仕掛けられる可能性があるんだね?」

「そのとおり。まず遊撃役や警戒役がいてもおかしくありません。しかもそのような人はたいてい斥候役が得意な人が多い。ナイトレイドの襲撃は今回で終わりというわけではないのです。情報収集ができそうな人材をこちらが先に狩ることは非常に大きな意味があるのです」

 

そう、アリィが森に入った理由は、遊撃役を狩ること。

もちろんアリィ一人なら考えもしなかった。しかし、今はクロメという戦力がいる。彼女個人の技量もあるし帝具によってさらに戦力を追加することもできる。アリィの考えにはぴったりの人材だったのだ。

 

遊撃役を狩ることで奇襲を防ぎ、自分が襲われることを避ける。

さらに情報収集にもダメージを与え、より革命成功の可能性を下げ自分の未来を磐石なものにする。

 

「でも、どうやって見つけるの?」

「そこはこれです。反応するか不安なところはありましたが……どうやら成功しそうです」

 

彼女が指差したのは自分の首輪。すなわち、イルサネリアだった。

 

イルサネリアの素材となった危険種、パンデミック。

この素材に使われたパンデミックの死体は、偶然にも自然死しているところを当時帝具を作るため素材を集めていた狩猟チームが発見したものである。

 

しかし、自然死したとはいえ、その肉体は死んだことを認めてはいなかった。

心臓が止まっても筋肉が、細胞が死ぬことを認めていなかった。まるでパンデミックの怨念が乗り移ったかのように。

それは今も変わらない。そう、イルサネリアの素材は生きている。

 

素材が生きていることにより、アリィはイルサネリアの能力とは別に、パンデミックの「危機察知能力」を得ている。聴覚や嗅覚が発達するというよりは第六感が超強化されているといったほうが正しいが、この危機察知能力はそれゆえに五感では気づけない危機にも対処できる。

アリィがはじめてナイトレイドに襲撃を受けたとき、長距離からのマインの狙撃を撃たれる時点から気づき、回避できたのはまさにこの危機察知能力によるものである。

 

そして今、彼女はわずかに感じ取っていたのだ。

森に潜む狩人の存在を。

 

「このままダッシュ。近づいたら指示を出します」

「了解!」

 

 

 

 

 

 

 

ナイトレイドの遊撃役……チェルシーはタツミのことを思い返していた。

直情的で、危なっかしくて……でも、自分の甘さをくすぐるような、そんな彼のことを。

 

(人のこと言えないな……この責任は後でとってもらわないとね)

 

彼女の帝具は変身自在ガイアファンデーション。

自由に変身できるというものであり、これを使って敵を撹乱する気でいた。

だが、彼女は一足先に戦闘に突入することになる。

 

「右前方、そこです」

「!」

 

突然森の中から現れたのは刀を振り上げたクロメ。

慌てて避けたが僅かに腕に傷を受ける。

 

「くっ」

 

すぐにチェルシーは逃げ出す。

彼女は前に出て戦うタイプではなく、完全に暗殺者としてのスタイルなのだ。武器も針とクロメの刀に対抗できる武器ではない。

茂みに紛れ、鳥に変身するとすぐに空に飛び立とうとして

 

「上です」

「ナタラ!」

 

伸びてきた薙刀型の武具に切り裂かれる。

体が小さくなっていたとはいえ、危うく真っ二つにされるところであった。しかし傷は深い。

 

「う……」

 

落ちていく中、チェルシーは男におんぶされたクロメとは別の少女が、自分を指差しているのを目にする。

先ほどから指示を出しているのはすべて彼女だ。

 

(まさか……変身してもバレてる!?)

 

だとしたら完全に勝ち目がない。

マインに銃撃されたとき自然と察知できたときとは違い、アリィは自分に直接危機が及んでいるわけではないため相当意識しないと彼女に気づくことはできない。しかし、それでも彼女がナイトレイドとして敵である以上、「何かいやな感じ」として大まかな位置をつかむことはできるのだ。

 

これが街中だったらさすがに見つけることはできなかっただろう。

しかし、今は森の中。人もおらず、アリィの感知能力はチェルシーだけしか捕らえることがなかったのだ。

 

(だめだ、逃げなきゃ……!?)

 

落ちてすぐ立ち上がろうにも、すでにそこにはクロメが先回りしていた。

すぐに薙刀を持った男……ナタラも追いつく。逃げようにもアリィから隠れることはできない。

完全に、詰んでいた。

 

(あぁ……)

 

ナタラに殴られ、地面に倒れこむ。

瞬時にクロメがチェルシーの体に馬乗りになり、逆手に持った刀を振り上げる。

その目には喜びも哀れみもない。ただ、敵を狩る殺し屋の目。

 

(戦いで活躍して、タツミに、褒めてもらうつもりだったのになぁ……)

 

そして、刀はチェルシーへの胸へと振り下ろされた。

 

(タツミ、私、すごいでしょって……)

 

 

 

 

 

 

 

そして現在。

死体人形となったチェルシーは近づいてきたマインの腹をナイフで刺した。

このナイフはアリィが彼女を突き飛ばす際に、腰に忍ばせたものだ。

 

「ちくしょう……ちくしょう!!」

 

マインは怒りで、悲しさで吼える。

確かに自分たちは殺し屋であり、報いを受けても仕方がない存在だ。

確かにチェルシーのことは苦手だった。自分のことをからかって、馬鹿にして。

 

けど、それでも……仲間を人形にされて、怒りを覚えないわけがない。

 

パンプキンで狙って引き金を引く。

しかし、それを避けたチェルシーはただ無表情で針をこちらへと投げてくる。

腹の痛みもあってうまく狙いを定めることができない。

投げられた針の一本が足に刺さり、バランスを崩したマインは地面に倒れこむ。

 

「けど、紛れもないピンチ……!」

 

足元を撃って牽制し、チェルシーを下がらせる。

だがうまく立ち上がることができず、それを見越してか再びチェルシーが近づいてくる。

その目に光はない。

 

だが――わずかに口は動いていたのだ。

 

「……え?」

 

    撃って、マイン

 

確かに、確かにそう聞こえた。かすかな声なのに、はっきりと聞こえた。

マインの目から、次々に涙が溢れてくる。

仲間に銃口を向けることは、辛いに決まっているのだ。

だけど、今自分がやらなければ、彼女は止まらないのだ。

死んでもなお、操られる彼女を……誰かが、止めないといけないのだ。

 

「う……う……」

 

視界がぼやける。

狙撃手としては、あってはいけない状況だ。

だが目をぬぐうことなく、パンプキンを無理やり持ち上げるとしっかり彼女のほうへ向ける。

これ以上……彼女を苦しめることはできないから。

 

「わああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

涙にまみれた顔で、マインは引き金を引く。

放たれたエネルギーの先で、チェルシーは穏やかな顔を見せ……光に飲み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、奇跡だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

腹を刺され足も刺されたこの状況は紛れもなくピンチであったことが。

 

チェルシーへの思いが、怒りや悲しみすべてが込められた一撃は、「精神エネルギーを放つ」パンプキンが感情によって威力を増す故にピンチの状況と合わさって巨大な衝撃波となって撃ちだされたことが。

 

マインが、足を傷つけられて膝をついた体勢であったために、チェルシーを狙った銃口は斜め上に向けられていたことが。

 

マインが、イルサネリアの瘴気に感染していない状態であったことが。

 

チェルシーを挟んだその先に、空に浮かぶアリィの姿があったことが。

 

危機察知で気づいたアリィには、エアマンタを操ることができなかったことが。

 

指示を聞かないエアマンタが気づいたときには、すでに避けられなかったことが。

 

 

 

 

 

 

アリィが落ちていく。

 

「きゃあああああああああああああ――」

 

逃れようのない死を前に、アリィは悲鳴をあげながら落ちていく。

まるで、彼女が突き飛ばしたチェルシーのように。

 

気づいたクロメが絶叫しながら死体人形を差し向けようとするも、他のナイトレイドの面々が必死になって足止めする。

ボルス、セリューもナイトレイドの必死の抵抗でそちらにいくことができない。

ましてや、マインを止めることはできない。

 

そして、がしがしと涙を拭いたマインは、絶対にはずさないという強い意志のもと、鋭い目で落ちていくアリィに狙いを定める。

エアマンタはすでに落ちた。

そして――飛べない人間に、空中で狙撃を避ける術はない。

いくら狙撃を感知できようと……避けられなければ、意味がない。

 

「撃ちぬけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇェェェェェェェェ!!」

 

寸分の狂いもなく、マインの銃撃はアリィへと放たれた。

 

マインは感染しておらず、したがってイルサネリアの能力は一切発動せず。

 

危機感知能力があっても、避けることができず。

 

自分めがけ必殺の銃撃が撃ち放たれ。

 

逃れないようのない死がアリィへと迫り――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――アアアアアAAAAAA■■■■■!!!」

 

「奥の手」の、発動条件は整った。




垣間見えた希望。

僅かな光。



しかし、そこまで追い詰められたときに発揮されるからこそ……それは、「奥の手」と呼ばれるのである。

予定している番外編の中で、特に優先して書いてほしいものがあれば意見をください

  • IFルート(A,B,Cの3つ)
  • アリィとラバックが子供の頃出会っていたら
  • 皇帝陛下告白計画
  • イルサネリア誕生物語
  • アリィとチェルシー、喫茶店にて

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