侍女のアリィは死にたくない   作:シャングリラ

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アリィ暴走編
第24話 キョロクに行くけど死にたくない


臆病で自分からは人を襲わない危険種・パンデミックが特級に分類されるに至った逸話がある。

たった一匹のパンデミックが集落を一つ壊滅させたという逸話だ。

この出来事に対し……人間は完全には事態を理解できていない。

パンデミックによるものだろうとは分かった。瘴気が蔓延していたからだ。

だがいったい何があったのか、その詳細についてはわかっていなかった。

 

この出来事の真実を知っていれば、もしかしたらパンデミックは超級に認定されていたかもしれない。

そもそもパンデミックは凶暴でありさえすれば超級とされてもおかしくないのだ。それほどの力がある。

 

ここからは誰にも観測されなかった話。あの時、いったい何があったのか。

 

当時、まだパンデミックの能力について詳細がわかっていなかった。

そのため、狩人たちは仲間が死んだのを見て「この危険種によって殺された、この危険種はやはり殺さなくては」と考えた。

実際は、狩人の方から手出ししたがゆえに反撃にあっただけだというのに。

 

当然パンデミックを殺すことはできず、いったん撤退してから人、武器をそろえ襲撃するということが繰り返された。

パンデミックは何度も襲撃されたがゆえに、相手を危険と判断し、自分の命が危険だと恐慌状態に陥った。

そして自分を襲う者が集まる集落に瘴気を振りまいた。

 

パンデミックの瘴気……さらに言えば細菌は、感染することで相手の意識を自傷衝動に誘導する。

しかし、この細菌が活性化する原因が実は悪意の感知以外にもう一つある。

それは、本体が恐慌状態に陥ること。そして本体が死の危険を強く感じること。

本体の危機を感じ取った細菌は、本体の危機に共鳴して一種の暴走状態に陥る。

その能力は通常より強力となり、心臓や肺、脳といった体の器官が生存をやめてしまう……という恐ろしい状態を引き起こす。

 

この結果、パンデミックが危険と判断した集落は全滅したのである。

 

そしてイルサネリアにも、この能力は引き継がれた。

通常の段階を越え、アリィの合図により強制的に発動する死相発症。

通常の手順を踏まないためにいわば裏技ともいえるこの技こそ、「感染爆発」というイルサネリア最大最凶の真骨頂。

ただでさえ凶悪のイルサネリアの能力を、能動的に発動する技。

 

もちろん安易に発動できるものではない。

前述したように本体……すなわちアリィが死の危険を強く感じること。

精神的な安定がなくなる……恐慌状態になること。

「排除しなければ自分が死ぬ」とアリィが相手に殺意を強く持つこと。

さらに言えば当然相手が瘴気に感染している必要があり、また自分が目視できる範囲の相手しか対象とならない。

 

このように複数の条件が存在するが……

精神的に追い詰められたアリィは、本能的にこの能力をイルサネリアから引き出し、発動させた。

 

 

 

 

 

突然死んだレオーネとセリュー。

何が起こったのかはわからなかったが、誰がこの状況を作ったのかは悩むまでもなかった。

 

アリィ・エルアーデ・サンディス。

マインが追い詰めるも、帝具の奥の手によって回避した……しかし自分の撤退指示が受け入れられなかったために、恐慌状態に陥った少女。

 

全員が戦いをやめていた。

これ以上戦うとアリィをさらに刺激することになりかねないと誰もがわかっていたから。

イェーガーズすら今の状況の原因を完全には理解できていなかったために、誰も下手な動きを見せようとはしない。

 

「なんでだよ」

 

タツミが、インクルシオを着たまま叫ぶ。

 

「なんで、仲間まで殺したんだ! お前とセリューは仲間じゃなかったのかよ!?」

「よせ、タツミ!」

 

これ以上アリィを刺激したら危険だ。

将として優れたナジェンダにはアリィの危険性がすでに十分理解できていた。だからこそタツミを止める。彼の一言がアリィを刺激することになりかねないから。

 

「……何が悪いって言うんですか!」

 

何かを振り払うように腕を振るってアリィが絶叫する。

自分は正しいのだと。間違ってなんかいないのだと。

 

「貴方たちもセリューさんも私が死んでいいと思ったのでしょう!? 辻斬りと同じ!

そんな危険人物をどうしようと私の勝手じゃないですか!!」

 

髪を振り乱し、目を見開いて絶叫する。

タツミはこの光景に覚えがあった。

右手を前に突き出して叫ぶその姿も、みなあの時と同じ。

 

「だいたい貴方がそれを言うのですか!? 民のためという題目で人を殺してきた貴方たちが!? 私だって殺されそうになったから身を守るためにこうするしかなかったというのに!」

 

初めて帝都に来たあの夜と。

初めてナイトレイドと出会ったあの時と。

初めて帝都の闇を見た時と……アリアの本性を知った時と、まるっきり同じだった。

 

「だから殺したんですヨォォ!! むしろこの場の全員を皆殺しにしなかったことに感謝すべきです!!」

 

全員が注目するアリィはというと、肩で息をしているが先ほどよりは落ち着いたようだ。

はぁ、はぁ、と荒い息を吐いた後大きく深呼吸して告げる。

 

「……あらためて言います。撤退です。ナイトレイドの皆さんも、ここは引いてくれますね?」

 

ゆらりと動いたその顔。

彼女の目に光はなく、ただただ濁りきった感情のない目がそこにあった。

 

「戦いを続けるなら殺します。ナイトレイドだろうがイェーガーズだろうが、誰だろうと殺します。お分かりいただけますよね?」

 

ナジェンダとしてもこれ以上の交戦は危険だと感じていた。

今現在、アリィの精神状態はまともではない。

セリューとレオーネを殺したのは間違いなくアリィだ。しかしその手段がまるで分からない。帝具の力であることはわかるが、その条件、能力がまるで分からない。

したがって、対処もできないためここは引くのが賢明だと考えた。

 

「……全員、引くぞ」

 

レオーネ、チェルシーという大事な仲間を失った。

思うところは大いにあるが、セリュー・ユビキタスも死亡したためイェーガーズの力も削れたことになる。

そしてアリィが危険な状態にある今、これ以上手は出せない。

 

全員がそれを理解できた以上、それぞれの思いを胸に撤退していった。

 

 

 

 

 

「……そうか。セリューが死んだか」

 

ロマリーの街。

エスデス、ランと合流したクロメたちはナイトレイドと戦闘になったこと、そしてセリューが死んだことを報告していた。

 

「戦いの中で死んだのならまだしもよりによって……アリィか」

「アリィが、そんな……」

 

スサノオに吹き飛ばされたウェイブも合流していた。

自分が戦闘に参加できていれば、アリィが暴走するほど追い詰められることはなかったかもしれない。

そう思うと、自分がいかにふがいなかったかと歯噛みするウェイブ。

 

「それで、当の本人はどうした」

「それが……」

 

街に戻った後……アリィは部屋に引きこもってしまった。

奥の手を発動させるほど死に瀕したことが、彼女の精神に深い衝撃を与えていたのだ。

 

ナイトレイドはある意味幸運だった。

あのまま戦っていればイェーガーズが勝利していたであろうが、アリィが追い詰められたことにより暴走したため、痛み分けとなったのだ。

そうでなければナイトレイドにはもっと大きな被害があっただろう。

 

「フン、やはり根は腑抜けということか……まったくもって腹立たしい限りだ。全員聞け。大臣から護衛任務が入った。これよりキョロクに向かう」

 

どうやらこの護衛対象がナイトレイド遠征の理由かもしれないとのこと。

 

「アリィさんはどうしますか?」

「私たちがキョロクに行くことは伝えておけ、おそらくついてくるだろう。なにせ一人になったら自分を守るものがいなくなるんだからな。残るというのならそれでもかまわん。30分後に出発だ」

「了解しました……」

 

この後、クロメがアリィにキョロクへ行くことを伝え、アリィは震えながらもキョロクに同行すると伝えた。

しかし彼女の様子はクロメから見てもやつれており、正直このまま休んでおいてほしいと思うほどだった。

 

「くそっ!」

エスデスは部屋で一人になると、勢いよく壁に拳をたたきつける。

自分とランが向かった先にはナイトレイドではなく山賊の集団がいた。アリィの言った通りとなり、まんまとナジェンダの策にはめられた。

その苛立ちから一人で賊を殲滅し、生かしておいた賊を拷問したところ自分たちがここに来ると情報が流されていたらしい。

敵を足止めしつつ、賊を殲滅させるという実に合理的な一手。

 

「今回の戦いではナジェンダにしてやられた……アリィの言う通りになったのも気に食わん」

 

おまけに、自分が無理やり連れてきたアリィによってセリューが死ぬという事態になった。

さらに腹立たしいのは、アリィによってナイトレイドが二人死んだため、彼女をただ責めるわけにもいかないということ。

彼女の言う通りにしておけばナイトレイドを殲滅できたかもしれない上に、自分の采配によって思い通りにならない結果となった。

 

「だが同じ手は二度と食わんぞ……キョロクで蹂躙してくれる」

 

彼女の苛立ちはすさまじく、いつもの余裕からくる冷静さはそこになかった。

 

 

 

 

 

部屋で一人、少女が震えている。

 

「……キョロク……安寧道。反乱、起点?」

 

ぶつぶつと呟く彼女。

部屋には他に誰もいない。キョロクにいくと伝えてくれたクロメは後ろ髪を引かれるような表情をしながらも、部屋を出て行った後だ。

死にたくない。だから本当はナイトレイドが来るであろうキョロクに行きたくない。

だがロマリーに一人とどまるわけにもいかない。もしここで襲撃されたら誰が自分を守ってくれるというのか。

 

「……隠密部隊に通達しておきますか」

 

手紙を足に括り付けた鳥を窓から空へ放つ。

ちょうど隠密部隊の人間がキョロクに行くという連絡があったことを彼女は思い出していた。一度合流して直接報告を聞いてもいいと考えたのだ。

自分は護衛対象とはあまり近づかずに、自分のやれることだけをやっておく。

 

「…………」

 

アリィの瞳に、光はない。

 




少し遅くなりました、申し訳ありません。
原作やアニメを見直していたらいつの間にかこんなにも時間が。

キョロク編はたぶん、そこまで長くなりません。

ワイルドハント編はアニメにはないから原作を買って予習しようとしたら書店に10巻がないという悲劇。
キョロク編が終わるまでに何とかしなくては……

予定している番外編の中で、特に優先して書いてほしいものがあれば意見をください

  • IFルート(A,B,Cの3つ)
  • アリィとラバックが子供の頃出会っていたら
  • 皇帝陛下告白計画
  • イルサネリア誕生物語
  • アリィとチェルシー、喫茶店にて

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