侍女のアリィは死にたくない   作:シャングリラ

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第25話 潜入した中死にたくない

ナイトレイドの被害は大きかった。

今回の遠征の目的はあくまでボリックという男の暗殺。

しかし、その道中にしてレオーネ、チェルシーの二人が死亡してしまった。

さらに、マインも大きなダメージを受けた。腕を深く切り裂かれ、完治までには数日ではとても足りないだろう。

彼女の真価は狙撃だ。しかし、この腕では精密な狙撃を行うことはできない。かつての持ち主であったナジェンダがパンプキンを手放した理由のひとつは腕を失ったこと。それほど狙撃というのは難しいのだ。

 

「…………」

 

メンバーの間には沈黙が流れる。

当然だ。策は破られ、あのまま戦っていたらもっと大きな被害を受けていただろう。

これでもましな結果。それでも、ふたりの大事な仲間を失った。

今の彼らは敗残兵なのだ。

 

(いかんな、このままでは)

 

ナジェンダは全体の士気が下がっていることに危機感を覚える。

このままではボリック暗殺にも影響が出かねない。

そしてまず間違いなく、エスデスが出てくる。今回は策によって戦力を分断したことによりエスデスとの戦闘を回避できたが、次もうまくいくとは限らない。

そしてそうなった場合、半端な意識では間違いなく命を落とす。

 

だからこそこの雰囲気をなんとかしなくてはならない。

そう考えていたところに、ぽつりと声が漏れた。

 

「……俺はさ」

 

声の主はタツミ。

チェルシーやレオーネ、彼によく絡んでいた二人が死んだのだ、彼も辛いはずだ。

その彼が、何かを言おうとしている。

タツミに注目したのはナジェンダだけではない。全員が立ち止まり、タツミの言葉に耳を傾けていた。

 

「イェーガーズのところにいたとき、アリィと二人で話したことがあったんだ。革命軍に入らないかと説得もした」

 

無理だったけどな、と力なく笑うタツミ。

あの時タツミはアリィの口から出る言葉に流され、感情的になってしまい考えるという行動ができない状態にあった。

 

「でもな、拷問とかは親の目があったから、仕方なくやってたって言ってたんだ。帝国が腐ってなきゃ、拷問好きの両親が娘に拷問をやらせる、だなんてきっとなかったと思うんだ。だったら」

 

それは、今となっては可能性の話。

もしも、帝国が腐っておらず、民に拷問を行うような外道がいなかったら。

もしも、彼女がまともな親の元に生まれていたら。

 

彼女は狂わなかったかもしれない。

あの時見た、濁った目にはならなかったのかもしれない。

だったら、とタツミは思う。

 

「変えなきゃいけないだろ、こんな国……」

 

決して大きくはない、静かな声。

だがその声は、ナイトレイドの同士たちが革命への意思をより固めるには十分だった。

ナジェンダも先に助けてもらってしまったな、と心の中で苦笑する。

 

太陽に照らされる中、一行は間近に迫ったキョロクへと歩いていく。

 

 

 

 

 

 

キョロク。

帝都から東に位置するその街は安寧道という宗教団体の本部がある街である。

そしてこの街の中でも特に大きな屋敷がある。

屋敷の主の名はボリック。

教団のNo.2にして、大臣の子飼いの人間である。

この人物こそ、ナイトレイドの標的にしてイェーガーズの護衛対象。

 

イェーガーズの面々は、ボリックの屋敷に来るとまずアリィを部屋の一つに休ませ、ボリックと面会していた。

 

「ようこそ、私の屋敷へ。あなたという強大な戦力を派遣していただけるとは……歓迎いたしますぞエスデス将軍」

 

ボリックは薬漬けにした女たちを侍らせ、腐った笑みを浮かべてイェーガーズの前に座っていた。

ウェイブなどは嫌そうな顔をしてはいたが、エスデスは気にもとめない。

 

「我らイェーガーズ、大臣の命により、お前の護衛任務を行う。賊を殲滅するまでいくつか部屋を借りるが構わんな? まあ、既に一つ借りているが」

「ええどうぞどうぞ。私の屋敷は退屈しないと思いますぞ?」

 

ボリックがそばに侍らせている人間だけではなく、ほかにも際どい服装をした者たちがこの部屋にはまだ数人いた。

無論、この者たちも皆薬によりボリックの操り人形となってしまっている。

エスデスはそんな彼らには目も向けず、天井へと視線を移した。

 

「あいにくとそっちはどうでもいい。それよりも、天井からこちらを伺っている奴らの方がよほど興味があるな。そいつらとはぜひ顔を合わせてみたいものだ」

「ほう。さすがですな、お気づきでしたか」

 

笑みを浮かべたボリックがパチン、と指を鳴らすと天井から4人の人影が飛び降りてきた。

彼らの存在に気づいていなかったイェーガーズのメンバーは驚きの表情を浮かべる。

 

「な、なんだこいつら!?」

「ご紹介しましょう。彼らこそ教団を掌握するため私が帝国より預かった暴力の化身。皇拳寺羅刹四鬼です」

 

皇拳寺とは、帝国最高峰の拳法寺である。

その皇拳寺で修行するものの中でもトップクラスの戦闘力を誇る大臣直属の護衛集団。それが羅刹四鬼である。

彼らについて特筆すべきは、素手でありながらすでに5つの帝具を回収しているという実績があることだ。

羅刹四鬼の一人、イバラがそれを愉快そうに誇るが直後に後ろに回ったエスデスから氷の剣を突きつけられる。

戦闘力ではイェーガーズも決して負けてはいない。

 

だが、エスデスは別のことに懸念を持つ。

 

(大臣の持ち駒であるこいつらがここにいながらも私を派遣するとは……。大臣め、よほどこの宗教団体を重く見ているようだな)

 

一方、クロメはどこか沈んだ様子でその場に立っていた。

明らかに落ち込んでいる様子に気づいたウェイブ。普段はにぶい男であるが、それでも気が付くほど普段のクロメとは明らかに様子が違っていた。

 

「どうしたクロメ?」

「アリィさん、大丈夫かなって……」

 

表情と同じく沈んだ声のクロメに、ウェイブはどう答えたものか迷う。

確かに、雨の中合流した時のアリィは今思い出しても憔悴しきっていた。

精神状態もセリューを殺すほどだ、よほどの恐慌状態に陥っていたのだろう。

今もなお部屋にいる彼女のことは、ウェイブとて気になってはいたのだ。

 

「大丈夫だよ二人とも」

 

声をかけたのはボルス。

心優しい彼とてアリィのことは心配であった。

だが、彼女ならきっと立ち直ってくれると彼は信じていた。

 

「アリィちゃんはきっとまたいつものように戻ってくれるよ。確かに私だって、彼女が死にかけた時に胸が止まりそうだった。でも、彼女は生き残った。だからきっと大丈夫」

 

思い出すのは、彼女と初めて会ったときのこと。

二人しかいないからと話をしたとき、ついぽろりとこぼしたかつての本音。

それに対する、アリィの言葉。

 

ボルスは信じる。

彼女は生きて帰ってきた。だから、きっと立ち上がることができるはずだ。

 

 

 

 

 

キョロクに入ったナイトレイドのメンバーたちは、別れて調査を開始する。

 

「手配書をイェーガーズがまいてるかもしれなから気をつけて……って言ってるそばから何やってるのよアンタはーっ!!」

「そりゃわかってるけどさ、あんま張り詰めていても危ないんじゃないか? もっと自然体でいよう。ほら」

 

2つ買ったアイスのうち、片方を差し出されてマインは黙る。

 

「それも一理あるけど……うわ、何コレおいしーいっ!」

「だろ? 帝都にはなかった味だよな!」

 

タツミとマインは時にアイスを食べたりと仲を深めながら。

 

(幸い俺は名前も顔もバレてないし……情報を集めてナジェンダさんのポイントアップだぜ!)

 

ラバックはナジェンダに褒められようと一人意欲に燃えながら。

しかし、ラバックを見つめる二つの影があった。

 

「ねぇシュテン。あいつ、さっきから周囲を探る動きしてない? アタシの勘がビンビン敵だって言ってるんだけど」

「何より足運びだ。気をつけているようだがワシにはわかる」

 

褐色の少女はメズ。髭を生やした筋肉質の大男はシュテン。

どちらも羅刹四鬼の人間である。

数々の戦闘をくぐり抜けてきた彼らは、ラバックがただものではないことを見抜いていた。

 

「じゃあ黒だね。殺しちゃおうぜ……?」

「違うぞ、メズ。魂の解放と言え」

 

人の多い昼間である以上、その時すぐには手を出さない。

しかし、夜になってから――二人の鬼は動き出す。

 

 

 

 

 

 

「ちっくしょう、どこでバレたんだ!」

 

夜。完全に人気のない裏通りでラバックはシュテンに追いかけられる。

その巨体に似合わず、素早い動きで距離を詰めたシュテンは飛び上がるとラバックを地面に叩きつけた。

だが、その後に首をかしげる。腕利きと思ったラバックがもう動かなくなってしまったから。

 

「なんだ、もう死んだのか。歯ごたえのない」

 

立ち去るかと思いきや、シュテンはしばらくその場に残っていた。

ぬぅ……と言いながらずっとその場に待機する彼に

 

(ぬぅ、じゃなくて早くどこか行けよ! いつまで死んだふりしていればいいんだ俺は!)

「シュテーン! もう一人そっちいくよー! 革命軍の密偵!」

 

死んだふりをしているラバックは内心顔をしかめる。シュテンが立ち去らないと思っていたらさらにもうひとり現れたのだ。

シュテンの攻撃は服の下に仕込んだ糸の鎧で防ぎ、脈も血管を糸で縛ってごまかしていた。

そしてもう一人、少女がメズに追いかけられ恐怖のまま走ってくるのが分かる。

 

(あっちゃぁ、俺と合流するはずだった密偵の子か。悪いが助けられないぜ。密偵をするならこうなるのも覚悟のうちだった……はず……)

「ワシがお前の魂を解放してやろう……喜ぶがいい!」

「た、助け……」

 

シュテンが少女の首を絞め始め……たところでナイフが飛んできたのに気づき、指で挟む。

彼らが見つめるその先には、死んだふりをやめ立ち上がったラバックの姿があった。

本人は不本意そうな表情を浮かべつつも、戦意を滾らせている。

 

「あーダメだ、やっぱ味方の女の子見殺しにはできねぇや。おまけに、嫌なこと思い出しちゃったし」

 

彼が思い出したのは、アリィだ。

自分の命のためなら、敵だけではなく味方までも平気で殺した、あの少女。

その彼女を思い出したとき、自分が死んだふりをしてこの場をやり逃すために密偵の少女を見殺しにするのは、狂った彼女と同じではないかと思ってしまったのだ。

 

ましてや、自分には戦う力がある。女の子を見殺しになんてできはしない。

 

「ふん、生きていたか」

「いざ戦うとなりゃ……ガチでやるぜ! 二人まとめてかかってきなぁ!!」

 

糸の帝具、千変万化クローステイル。

時に攻撃に、時に網状にして防御に。

自由自在につかいこなしてみせる彼はさらに糸を束ねることで武器を作り出し、シュテンへと振り下ろす。

だが、シュテンも実力者。彼の攻撃を受け止めてみせた。

 

「この程度が奥の手か? ぬるいわ」

「そうでもねぇよ。俺の目的は達成されたからな!」

 

気が付くと、少女の姿は遥か遠くに。

クローステイルを派手に使って見せることで目を引き、彼女を逃がすことこそがラバックの本当の狙いだったのだ。

そして、目的を達したとばかりに背を向ける。

 

「ってことで俺もさよならする!」

 

ぬぅ、と唸ったあとメズに一言告げ、逃げ出すラバックの姿をシュテンは猛スピードで追い――

彼が路地に仕込んでいた、特別強靭な糸、”界断糸”に自ら首を食い込ませることとなった。

それでも肉体を鍛えていたシュテンを殺すには足りなかったが……

ラバックが作った槍が彼の胸を貫き、その糸は体内でシュテンの心臓を切り裂いた。

 

 

 

 

 

 

ラバックのおかげで無事逃げられた少女は――

逃げた先である部屋へと入る。

そして待たせることとなってしまった、自分の上司にもあたる先客に頭を下げる。

 

「も、申し訳ありません……遅くなりました、アリィさん」




原作に出てきた密偵部隊、バイスちゃんはお休みです。

本当は後もう1シーン入れたかったけど、長くなるので投稿します

予定している番外編の中で、特に優先して書いてほしいものがあれば意見をください

  • IFルート(A,B,Cの3つ)
  • アリィとラバックが子供の頃出会っていたら
  • 皇帝陛下告白計画
  • イルサネリア誕生物語
  • アリィとチェルシー、喫茶店にて

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