侍女のアリィは死にたくない   作:シャングリラ

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第29話 上の命令で死にたくない

『アリィ。余は、帝都で待っておるからな』

『はい』

『必ず、無事に帰ってくるのだぞ。余との約束だぞ』

『……はい』

 

あの日交わされた約束。

確かに、アリィは帰ってきた。

体に大きな傷も怪我もない。死ぬこともなく帰ってきた。

だが、はたして「無事に」帰ってこれたのであろうか。

死にたくないと願う少女が、無理やり戦場に行くことになった結果死にかけ、ボロボロの精神状態になっているのならとても「無事」とは表現できないのではないだろうか?

 

 

その結果、幼き皇帝の望まない結果となったのであれば……なおさら。

 

 

 

 

 

「なん……だと。アリィ。もう一度、もう一度申してみよ」

 

エスデスやアリィ、イェーガーズが帝都に帰還した後。

久しぶりにアリィに会えるとなって皇帝はご機嫌であった。

普段は顔をしかめるオネストやブドーですらわずかに口元が緩むほどに。

だが、彼の笑顔は彼女と再会したしばらくした後、凍ることとなる。

 

「大変申し訳ございません。侍女を、辞めさせていただきたく思っております」

 

アリィから出たのは、辞職を願う言葉。

驚いたのは皇帝だけではない。オネストも同様に目を丸くしている。

彼女が侍女として活動して不利益なことを与えたか? いや、一切悪影響が出ないようにしてきたはずだとオネストは頭の中で整理する。万が一アリィや皇帝の不興を買うようなことをしていれば一大事だからだ。

 

まさか、先日戻ってきた己の息子(・・・・)と遭遇した?

いや、そんな話は聞いていないし何よりそんな時間はなかった、はずだ。だが彼女が帰ってきた以上釘をしっかり刺しておかなければならない。

この後息子――シュラのところにいくかとオネストは決める。

 

だが、そんなことを考える余裕のある大臣とは違い、皇帝は頭が真っ白になっていた。

なぜ、自分から離れようとするのか。

離したくない、いなくなってほしくない。

ならば何があったのだ。自分がいったい何かしたのだろうか。

すがるように皇帝は叫んでいた。

 

「なぜだ……なぜだ、アリィ! 余が、余が何かしたのか? 余のもとでは、だめなのか……?」

 

お前も、余のもとを去ってしまうのか……?

 

近頃、名だたる将軍をはじめとする武官や内政官が離反する事態が相次いでいる。

それでもうろたえるなと、部下を叱咤してきた。だが、だが……

アリィまで去ってしまうのかと思うと、彼の胸ははりさけそうだった。

 

「いいえ、陛下。陛下に問題があるわけでは、ないのです」

 

アリィは話す。エスデスに強引に連れて行かれることとなった、今回の戦場で死にかけたことを。

このような危険がある以上、もうイェーガーズの侍女をするだけではなく、エスデスのいる宮殿にいることで彼女にまた無理強いをされることになりかねないと。

それならば……侍女をやめ、暗殺部隊や隠密部隊の管理を屋敷にこもってしているほうが安全であると考えた、と。

 

「私を殺すことになりかねないエスデス将軍なんて、死んでもらったほうが私の安全のためには一番なのですが……彼女は帝国を守る上であまりに大きな兵力。平時ならともかく、革命軍が迫りつつある今殺すわけにもいきません」

 

そしてこの言葉に今度は大臣が戦慄する。

皇帝や自分の前であるにもかかわらず、平気でエスデスの死を願うようなことを口にするとは。

さらに、彼女の目が帝都を出る前以上に濁っていることにも彼は気がついていた。

オネストにはわかる。裏であらゆる悪事にかかわる中で当然……彼女のような、狂った人間は何度も見てきたのだから。

 

(エスデス将軍、なぜここまでアリィ殿を追い詰めてしまったのですか……っ!)

 

まずい。

彼女は爆弾だ。刺激せず安全に放置しておくことが一番だというのに。

エスデスを説得できずに彼女を連れて行かせたことは大失態であったと、頭を抱えたくなる衝動をごまかすように手に持った肉を噛み千切る。

だが、起死回生の一手はあった。

 

「大臣」

「は……はっ!? いかがしましたかな、陛下?」

「以前、アリィが話したことを覚えておるか……?」

 

そしてオネストも思い出す。

エスデスから屁理屈とも言える理由で無理に戦場に連れて行かれると、アリィが願った対策。

その時はすぐに実行できるものではなかった。ましてイェーガーズがこれから任務を担って出立する直前であったのなら。

 

だが。

だが、今の状況を全て考えれば……

彼女があの時願ったことをさらに

 

「もちろんでございます。なのでアリィ殿には――」

「うむ、そうだな! アリィよ、これならもう二度とエスデス将軍に振り回されずにすむ! だからどうか、考え直してはもらえないか……?」

 

オネストが出した案に皇帝は迷うことなく賛成した。これなら、アリィを守ることができると。

二人の言葉に、アリィはゆっくりと頭を下げる。

 

「……そういうことであれば。私のためにここまで配慮していただき、断ることなどできません」

 

それでも、彼女の顔には安堵も喜びも、何もなかった。

 

 

 

 

 

その後、エスデスだけではなくイェーガーズ全員が謁見の間に呼ばれた。

玉座に座るのはいつもより厳しい顔をした皇帝。横にはオネスト。

そして、反対側にはアリィがいた。

 

エスデス以下、生き残った3名が跪いたのを見て皇帝は口を開いた。

 

「キョロクまでの遠征、ご苦労であった! だが、護衛任務は失敗と終わり、余は大変残念に思っている」

 

その言葉に、イェーガーズの全員が顔をゆがませる。

特にひどいのはエスデスだ。今回の結果は、彼女にとって苛立ちでしかなかった。

さらに、皇帝の言葉は続く。今回の結果に対する言及が。

 

「なぁ、エスデス将軍。余の侍女を強引に連れて行った挙句、彼女は死に掛け、任務は失敗する。さらに、貴重な帝具使いが二人も死んだ。これはどういうことだ?」

 

エスデスは歯噛みする。

護衛任務という自分の嫌いなものではあったが、それでも任務は任務。

そして、エスデスは任務に失敗した。これが現実である。

さらにナイトレイドにボルスが殺された。エスデス自身としてはこれはボルスが弱かった、だから弱いボルスが悪いと考えているのだが当然そう答えるわけにもいかない。

 

しかし、エスデスとしても言いたいことがあった。

 

「恐れながら、陛下。セリューを殺したのは、そこにいるアリィです」

 

だから自分は悪くないだろう、そう言いたかった。

おまけに自分はそこにいなかった。自分が責任を負うことなど何もないではないか、と。

これが彼女の言い分であった。

 

しかし、それは通らない。

 

「そのアリィを、詭弁で無理やり連れて行ったのは貴様であろう! エスデス将軍! アリィが敵に襲われているとき、貴様は何をしていたのだ!」

 

まんまと策にはめられ、分断されていた。これが事実。

彼女は今、自分の興味本位だけでアリィを戦場に連れて行った、大きなツケを支払わされているのだ。

だが、この程度では終わらない。終わるわけがない。

命の危険にさらされたアリィが、この程度で満足するはずがない。

 

「そなたが責めるアリィだが、同時にナイトレイドを二人討伐したと聞いているぞ。エスデス将軍、そなたは何人討伐したのだ? 余が報告を受けていないというのなら申し訳ないが聞かせてはくれないか?」

 

そう、今回の任務……アリィは無理やり連れて行かれた結果でもナイトレイドを二人殺している。

一方、戦力として大いに期待されるはずのエスデスは戦果なし。

彼女にあるのは、任務失敗と部下を死なせた責だけだ。

 

「アリィは敵の策を読み、見事敵を討ち取った。しかしエスデス将軍は相手に踊らされ護衛任務を失敗、さらにイェーガーズの一人を死なせておる。そもそも、アリィが殺したというもう一人だが、アリィの言うとおりにしていればそなたも一緒にいたのであろう? イェーガーズだけで敵を討伐し、帝具使いが死ぬことはなかったのではないか?」

「それは……っ」

 

反論が、できない。

アリィは確かに、戦力を分けることは敵の思う壺だと強く反対していた。それにもかかわらず無理やり分断させたのはほかならぬエスデス自身だ。

さらに、護衛任務においてアリィは一切関与しておらずすべてエスデスの指示によるもの。当然、その失敗の責を問うなら他ならぬ彼女しかいない。

 

黙りこくってしまったエスデス将軍を前に、皇帝はゆっくりと告げる。

 

「今までエスデス将軍は大いに活躍してくれている。ゆえに、今回任務を失敗したといえどそなたを処分するつもりはない。だが」

 

アリィが、ゆっくりと前に出る。

エスデスはいぶかしげな視線を送るが、アリィは彼女のほうを見ることなく皇帝の前でひざまずく。

 

「今回の事態は、そもそも余の侍女たるアリィがイェーガーズの侍女としてもそなたたちをサポート(・・・・)していたため、エスデス将軍が彼女に命令できると勘違い(・・・)したことが原因であると考えた」

 

だから、と皇帝は念を押した。

アリィは皇帝つき侍女であってイェーガーズつきの侍女ではない。つまりエスデスの部下ではないのだ、と。

そして続けられた言葉は、エスデスの目は大きく見開かせるに十分なものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「今回の功績を踏まえ、アリィには隊長であるエスデス将軍のさらに上として、イェーガーズの司令官となることを命ずる。戦場に出る必要はない。現場の対応はエスデス将軍に任せ、任務の方針や計画を決定してもらいたい」

「おおせのままに、皇帝陛下」

 

 

 

 

 

 

 

 

立ち上がったアリィはイェーガーズへと近づき、足を止める。

今、彼女がいるのは玉座から床へと降りる階段の途中。つまり床よりは高い位置にある。

そしてエスデスはひざまずいている状態。完全に位置としても上下の関係にあった。

 

「これからよろしくお願いしますね、皆さん」

「「「はっ!!」」」

 

エスデスが振り返れば、アリィに頭を下げるウェイブ、クロメ、ランの姿がその目に飛び込んできた。

 

ボルスが彼女に妻子を託したのを見たウェイブは信頼を。

暗殺部隊の仲間を救ってもらい、今も保護してもらっているクロメは忠誠を。

復讐に協力的で情報提供も受けているランは追従を。

 

それぞれが、アリィに対して従うに足る理由を胸に秘めていた。

 

「アリィ、貴様ッッ!!」

「皇帝陛下の前ですよ? エスデス隊長」

 

思わず激昂して立ち上がるエスデスを、あくまでアリィは冷静に、冷徹に見下ろしていた。

もう、かつてのようなことは起きない。

もう、エスデスによってアリィが振り回されるようなことはない。

 

 

 

 

 

この日。

アリィは、イェーガーズの全権力を掌握した。

 




上司の命令で死ぬかもしれないなら、権力を握り返せばいいじゃない。
というわけでアリィが権力を握りました。
皇帝から言いましたが、彼から言うことがなければ「あの時申し上げましたが・・」とアリィから頼むつもりでした。

次回エスデスが大臣に詰め寄りますが、大臣の反応やいかに。
そして、イェーガーズを掌握した彼女の前に現れる者たちとは。

予定している番外編の中で、特に優先して書いてほしいものがあれば意見をください

  • IFルート(A,B,Cの3つ)
  • アリィとラバックが子供の頃出会っていたら
  • 皇帝陛下告白計画
  • イルサネリア誕生物語
  • アリィとチェルシー、喫茶店にて

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