侍女のアリィは死にたくない 作:シャングリラ
「がああああ!?」
痛みに叫ぶレオーネ。彼女は今、激しく取り乱していた。
傷ついただけならここまではならない。
しかし、今回は違う。気づかれないはずの相手に、奇襲が気づかれた。
気が付いたら、自分で自分の手をねじ切っていた。
要するに――わけがわからない。
それでもレオーネはプロだった。混乱しながらも血を流す腕の筋肉を引き締め、簡易ながらも止血をする。
彼女の奥の手、「獅子は死なず」と仲間の帝具を組み合わせれば腕はくっつく。
「お父様を殺したのはあなたですね。私も殺すのですか?」
そうだ、と叫びたくなる。
しかし第六感が……ライオネルの力で半ば超能力の域にまで引き上げられた第六感が全力で警報を鳴らしていた。
殺意を見せれば、自分が死ぬ、と。
「……さぁてね」
選んだのは、無回答。
殺意を見せない、いや考えない。しかしじりじりと移動はする。
いつでも、状況に応じて行動できるように。
「そうですか。私は怖いです。逃げたいですけど逃げたほうが危険な気がします」
目の前の少女は、濁った目を変わらず向けている。
正直、レオーネが警戒しているのは彼女の目も理由のひとつではある。
彼女の目は見たことがある。何度も何度も、今まで殺してきたやつが最後に向けてきた目。
それは、死への恐怖。アリィの目は何を経験したらそこまで濁るのかと思うほどの恐怖で淀んでいる。
だがそれ以上に、レオーネを警戒させるものがあった。
それは彼女から溢れているような……黒い瘴気。
うっすらと、しかし確実に彼女の周りに瘴気が発生していた。いや、本当はもっと前からあったのかもしれない。ただ薄くて、目に見えなかっただけで。
それが目に見えるほど濃くなっている。これはヤバイ。
レオーネ同様、彼女もゆっくりと移動していた。無理もないとレオーネは思う。
彼女だって逃げたいのだろう。嘘はついていないのだ。
(!)
頭の上の耳がピョコンとはねた。
注意しないとわからないような足音。ライオネルで強化された聴力と嗅覚で警戒してようやくわかるほどの気配の殺し方。
しかも聞き覚えがある、まず間違いなく仲間の一人――アカメ。
彼女が、すぐそばに近づいてきている。
彼女の帝具は一斬必殺を二つ名とする妖刀、村雨。いくら得体のしれないアリィであろうと斬られれば死ぬだろう。
扉を隔ててアリィの背後に潜んでいる。レオーネはそれをサポートすればいい。
(なのになんだ、この感じ!)
頭の中の警報が止まらない。むしろ強まった。
それと同時にアカメが刀を構えたのがわかった。もう、レオーネは待っていられない。
「やめろアカメ! ここから離れろおおおおお!!」
「なっ!?」
驚いたのはアカメだ。
お互いに暗殺者としての腕は認めている。だからこそわかるはずだ、ここで標的の背後に仲間がいるとわかるような声を上げるのは愚策でしかないと。
だがレオーネはわかっていながらもやった。
レオーネとしてはやらざるを得なかったのだ。自分がアリィに奇襲を仕掛けた時、自分がどうなったのか。覚えていない彼女ではない。
(もしアカメが村雨で私と同じなにかをされたら……! 自分で自分を村雨で斬ることもありえる!)
村雨の必殺性は、条件を満たさぬ限り使用者も例外ではない。アカメが自分の手を切らないよう、整備の際はたいそう気を使っているのはレオーネも知っている。
だからアカメが、スイッチを入れる前に止めた。
そして、同時にチャンスも生まれた。
「なぜかはわからないけど、あいつはヤバイ! 撤退するぞアカメ!」
アリィが扉から離れた隙に、自分が扉へとダッシュする。
もちろん、その際にはねじ切れた自分の左手を拾うことも忘れない。
ラリアットのように腕でアカメの体をつかむと一目散に廊下を走る。このまま戦うことは絶対に危険だ、撤退すべきだとレオーネは判断していた。
「離せレオーネ」
「今回はやめておけって! 私の勘が相当ヤバイってさっきから警報鳴らしまくってるんだよ!」
言い争いながらも、レオーネは足を止めることなく窓から飛び降りると全力で離れた。
アカメもレオーネの左腕がちぎれていることに気付く。レオーネになにかあったのだと理解してそれ以上抵抗することはなかった。
彼女たちが逃げていく様子をうかがっていたアリィは、危険が去ったことを確認すると走り出す。
「今のうちに、逃げないと……」
今夜いったい何があったのか、完全に把握しているわけではない。
しかし、襲撃があったのは確かなのだ。とどまるのは危険であり、愚策。
まずは近くの警備隊詰所にむかおう。いくら夜とはいえ夜勤のものがいるはずだ。
これからの方針を決めたアリィは慣れた廊下を走り抜け、階段を駆け下りて玄関から外に出た。さすがに先ほどの襲撃者のように窓から飛び出す度胸も身体能力もなかったから。
「来た! 屋敷の玄関から外に出たぜ!」
サンディス邸よりやや離れた木陰に二人はいた。
彼らもまたナイトレイドの一員――ラバックとマイン。
今より少し前、ラバックは帝具によりはっていた糸の結界で仲間たちが離脱したこと、そして彼らから標的の一人であったサンディス家の娘、アリィに得体のしれない力がありレオーネの片腕がねじ切られることになったことを聞かされた。
「おそらく帝具だよね、それ」
「だろーね……奪えればそれが一番なんだけど、私の勘がやばいって叫んでてさ。撤退を選んだよ」
「能力のわからない帝具相手に撤退は一つの手だ。それに、接近戦で危険でも狙撃なら可能性がある」
手早く連絡をすませ、二人を除くメンバーは撤退、マインとラバックは狙撃によってアリィの殺害を狙うことになった。
アリィはレオーネたちが逃げた後様子をしばらくうかがったという時間的ロス、加えてレオーネの俊敏さに比べ戦闘力もない一般人のアリィは走って逃げたといっても速さはたかがしれている。おまけにご丁寧に窓から飛び降りたりはせずに玄関へ移動。
レオーネたちからマインへ連絡が伝わり、狙撃準備をする時間は十分だった。
そしてついに、ラバックの糸の結界に反応がかかったのである。
「オーケー、この距離なら余裕よ」
マインは銃の帝具、浪漫砲台パンプキンの引き金に指をかけた。
ピンチになればなるほど威力を増すこの帝具。威力を求めるには危険度が少ないため心もとないが、狙撃するだけなら問題はない。
スコープごしに逃げるアリィに標準をあわせ、軽く深呼吸。
護衛にラバックもついているし周りの心配は彼に任せる。あとは全神経を傾けて狙い撃つだけ。
そして確実なタイミングを見計らい、引き金を
「えっ」
ひく。
だが、マインは思わず声をあげてしまった。確かに見たのだ。
引き金を引いた瞬間、そう、銃声もノズルフラッシュもわかるわけがない、引き金を引いたその瞬間にアリィが自分の方を向いたのを!
「なっ」
「嘘でしょ!?」
そして彼女の狙撃は失敗した。
アリィは顔を横にかたむけ……必要最小限といってもいい動きで自分の頭部めがけて放たれたパンプキンの攻撃を回避してみせた。
しばらく狙撃があったほうから視線は外さなかったが、アリィはそのまま逃げていく。
「もう一発!」
しかしまたもや回避される。今度はもっと余裕をもって回避された。
マインは舌打ちをすると起き上がる。
「こっちに来るならまだピンチの度合いが増して威力が上がるんだけど……アイツ逃げることしか考えてない。なんで避けられたかわからないけどこれ以上の狙撃は無理ね」
「まじかよ……遠距離からでもダメってことか」
厄介な存在が現れた。
正直なところためいきをつきたくなるような事態だった。
ましてナイトレイドの標的になるような相手だ、革命軍の側になることはないだろうし、まず敵になるだろう。
「とにかく撤退よ」
「了解。あー、ナジェンダさんに褒めてもらいたかったのになぁ!」
「狙撃成功していても手柄はア・タ・シのよ」
軽口をたたきつつも、アリィに狙撃までもが通用しなかったことに危機感を抱いて二人は撤退した。
この情報は、革命軍に絶対に伝えなければならないから。
「もうすぐ、ですね」
走るアリィは首に手をやる。
そこにあるのは黒い首輪。そう、ゴーザンが見つけ出し、使っていたあの首輪である。ゴーザンは絶対に付けるなと言っていたがアリィはその言いつけを破っていたのだ。
なぜなら、この首輪は自分がつけることを望んでいるようにも思えたから。
怒られるかもしれないと正直怖かったが、怒られる前に父は死んでしまった。
母も生きてはいないだろう。逃げる途中、護衛が殺されている現場を目撃した。
でも、私は死ななくてよかった。
やはり、この首輪をつけたのは正しかった。
「いえ、ただの首輪ではありませんね。確か……」
失敗作と呼ばれ、記録にも残されなかった帝具。
どうにか使えないかアリィの先祖が調査を命じられつつも、成果を出せず蔵に眠ることになったその帝具の名は。
――死相伝染 イルサネリア
予定している番外編の中で、特に優先して書いてほしいものがあれば意見をください
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IFルート(A,B,Cの3つ)
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アリィとラバックが子供の頃出会っていたら
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皇帝陛下告白計画
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イルサネリア誕生物語
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アリィとチェルシー、喫茶店にて